ゼード…ピース依頼事務所の所長。過去に勇者として魔王を倒した経験あり。
ロザ…エノスの古城に住む女性。手が二回り程大きく、赤く鋭く尖っている。バラが大好き。
スラー…スライム系のリーダー。ゼードにはスーさんと呼ばれている。物理が効かず、そっくりに変身が出来る。魔族四天王の一人。
ベルフェ…悪魔系のリーダー。皆からはベルと呼ばれている。魔力はピカイチだが、人語が話せない。魔族四天王の一人。
ゴラド=アーサ…ドラゴン族のリーダー。単純な物理攻撃力に加えて火の魔法も使える。戦闘バカでおつむが弱い。魔族四天王の一人。
レント…植物系のリーダー。非攻撃的であり、戦闘スタイルも待ち伏せて敵を誘い込むのを得意としている。魔族四天王の一人。
『前々から、あっしも危ない橋を渡りながらセントクルス城を探ってたんすよ』
「……何故に?」
『そりゃあ…………秘密っす』
「まぁ、それはいいや。で、何か役に立つ情報あんの?」
そう問い掛けると、鏡の向こうのクランガンはニッと歯を見せて笑う。目深のフードのおかげで鼻から上は窺えないが、とても良い笑顔に違いない。
『勿論っす。追手を振り切ったかいがあったってもんっすよ!』
「へー、どんな?」
『まぁまぁ。口で説明するのは大変なんで、城の見取り図を渡します。スー……さんたちに預けて大丈夫っすか?』
「あぁ。そのために行ってもらったんだからな」
俺の言葉を聞くと、クランガンはおもむろに鏡を地面へ置く。そのため、こちら側からはブルーシートと商品、それとクランガンの足と思わしきものしか見えない。映ってはいないが、向こうで何かしらのやり取りがあったみたいだ。おそらく、地図が渡されたのだろう。
そして、鏡面が大きくブレたと思ったらまたフードの商人を映し出した。
『じゃあ、確実に渡したっすからね』
「オーケー、了解」
『それと――』
普通ならこれでやり取りは終わり、通信が切断されるはずだった。しかし、クランガンは歯切れ悪く口を開いていた。
「どうした?」
『……それどころじゃないことは承知の上なんすけど、昨日の晩から町長が行方不明なんす。どうやら、セントクルスの大図書館からの帰りに居なくなったみたいなんすよね』
「町長が?」
『…………これはあくまでもあっしの予想なんすけど、もしかしたらこの案件に巻き込まれた可能性があるっす。根拠はないんで、鵜呑みにされても困るんすけどね』
「……つっても、何か思い当たる節があるから言ったんだろ?」
質問に対して、クランガンはゆっくりと首を縦に振る。それから、ローブのポケットから手帳を取り出すと、具体的な説明をし始めた。
『今朝になって、セントクルスから資料の請求がきました。住民数や所得、予算の振り分け等っすね。何でも、近隣国や都市の経済状況が知りたいらしいんす。期限は1週間以内。けど、調べてみたらそんなの来てるのヘーンフィオだけなんすよね。まるで――』
「まるで、町長が不在の時を狙ったみたいだな」
『……そうっす。ヘーンフィオでは慌てて、町長代理を立てるか、見つけようと躍起になっているみたいっす』
「成る程な……。町長も攫われてるかもしれねぇって、視野に入れておく」
町長は以前、俺が町外れでトビと戦闘していた際にも遭遇していた。もしかしたら、今回も何か重要なことを目撃してしまったのかもしれない。そして、王国からの通知。捕らえられているのは、ほぼ確実だろう。
……問題は、まだ生きているか、だろうか。
『それとっすね……』
「ま、まだあんの!?」
正直なところ、城の情報が欲しかっただけで、町長の案件は想定外だった。それに加えて、まだ何かあると奪還計画に支障をきたすのではないかと身構える。
『あ、城とは関係ないっす。"ヒロイスト"の件なんで』
ヒロイスト――メンバーの大半が残存勇者で構成されている大物ギルドだ。以前、ロザを討伐しに来たので、クランガンに動向を追っていてもらっていたのだ。
「また何か、しでかそうってのか?」
『おそらくそうだと思います。最近、優秀な魔術師を雇ったらしいんすよ。で、そいつがエノスの丘周辺を嗅ぎまわっているらしいっす。成果は上がっていないようですが』
ミュゼ曰く、ロザの術は厳密に言えば魔法とは異なるらしい。空気中の魔素を塗り替えているだとかなんとか。それに入り口は、岩壁と区別が付かないほど精巧に隠してある。ミュゼが感心していたくらいなのだから相当なのだろう。そのため、そこらの魔術師では痕跡を辿るだけでも困難なのかもしれない。
「うーん……近いうちにそっちにも手を打っておかないとな」
『それくらいっすかね。詳細は地図に記入してあるっすから、そちらをご参考に』
「おう、ありがとな。スーさん!ベル!帰ってこい!!」
☆
「という訳で、これがセントクルス城の地図だ」
何故か自慢げに、スーさんはテーブルの上に折り畳まれた地図を広げる。あたかも、自分の手柄だと言わんばかりに。
その地図にはクランガンが仕入れた情報がびっちりと書き込まれていた。大筒や大砲の数、おおよその兵士や騎士の巡回ルート。更には一般人が知り得るはずもないのに、地下牢の場所まで明記してあった。収容されていた俺だから分かるが、こんなに正確な情報をどうやって手中に収めているのか毎度不思議でたまらなかった。
「……何か異常にボロボロなんだけど?」
地図自体は真新しい紙に描かれている。しかし、そうとは思えないほど切れたり破れたりしているのだ。
「あぁ、袖口にしまっておいたらゼードのナイフにやられた」
「普段袖口にしまったりしないからね、懐に入れるよ?何でちょっと俺のせいみたいに言ってんの?結構高い金払ってこれ買ってるからもうちょい丁寧に扱ってよ。つーか、本当に能力引き継いで変身できてる?今から心配なんだけど」
「そこまでにしてあげなよ。もうスラー、ゲル状保ててないから」
俺の責め立てにスーさんは、変身する気力を失い、広い床に染みを作っていた。レントはそれらを慣れた手つきで金魚鉢のような器に押し込むと、以前のように椅子の上に置く。
「ここがベルの屋敷じゃなくて良かったね。だとしたら、優秀なメイドさんに罰金取られてたよ?」
そう、今居る場所はベルの屋敷ではない。あそこでも良かったが、いつまでも間借りしているのも悪いので、魔王城の大講堂へ場所を移していた。初め、ハインツに断られるかと心配であったが、ミュゼの案件と知ると否応なしに迎え入れてくれた。但し、部屋を貸してもらうのには条件があった。
『絶対にミュゼを連れ帰ること』――――。
元よりそのつもりであった俺たちは、強い意志を持って頷くと、ハインツは鼻から息を吐いて大講堂を出て行った。
今、この部屋に居るのは俺、ベル、レント、スーさん、そしてロザであった。ゴラドは作戦会議に出席しても無駄であるから、一旦家に帰したのだ。
「……それで、何故私がこの場に居るのだ?完全に場違いなようだが……。戦闘も得意ではないし…………」
そのロザが椅子に座ったまま、落ち着かなそうにもじもじとしている。それもそうかもしれない。"元"勇者に四天王の内三人、そしてロザだからだ。いくらベルと面識があるとは言っても、居心地が悪いのは当然だろう。しかし、今回の作戦においてロザはかなり重要な役割を担ってもらうつもりなのだ。
「いや、お前が必要だ。不可欠といっても良い。
今回セントクルス城へ攻め込む目的は落城させるためじゃない。ミュゼ、そして捕らわれている可能性がある町長の救出だ。……個人的にクソジジイもぶっ飛ばしておきたいが、それは二の次だ」
「だったら、それこそ戦闘の得意な者が出向いて短期決戦で終わらせれば良いのではないか?」
「そうしたいのは山々だ。けど、向こうには"ハクジュン"っつー秘密部隊が居てな?滅法強い。具体的には、俺が手も足も出ない」
「それは…………厳しいな」
ロザとは一度戦っていて、俺の強さはその身をもってある程度知ってもらえているはずだ。トビやイツキがどれほどのものか理解してもらえただろう。
「けど、それは一対一で戦った場合だ。今回はこいつらも居るし、奇襲を仕掛け、できる限り素早く二人を捜す。でも、ある程度の戦闘は避けられない。そこで、お前の出番だ」
俺はテーブルを挟んで正面に座っているロザを真っ向から見つめる。けれども、ロザは渋い顔をするだけであった。
「だから何度も言うように、私に戦闘は――」
「お前は戦わなくていい」
「ふぇっ?」
予想外の言葉に驚いたのか、ロザは素っ頓狂な声を出す。
「洞窟の入り口を隠したのってお前の魔法だよな?」
「正確には魔法ではないのだが、まぁそうだな」
再度確認すると、俺はゆっくりと頷く。そして、テーブルの上の地図全体を指さした。
「お前には、この城を外から"この状態"に見えるように術を掛けてほしい」
「この状態?」
「平常時の城の様子だ。さすがに強敵との戦闘で周囲への被害は避けられないだろうから、多少なりとも城の壁なんかに傷とか付くだろうさ。それを隠しておいてほしいんだ」
「住民らに不審がられないためか?」
「それもあるけど、セントクルスはザックダランって国と睨み合いをしてるんだ。もし、城に変化が見られたら、その混乱に乗じて攻め込んでくるって可能性も捨てきれないからな」
「成る程な。危険は未然に防いでおくに越したことはないからな」
「それで、だ」
俺は両手でテーブルを軽く叩くと、ロザへ真剣な眼差しを向ける。
「この城全体にカモフラージュを掛けるとしたら、どれくらいの時間が掛かる?」
「外壁も含めてか?」
「そうだ」
それからロザは拳を口に当て、地図をじっくりと眺める。身体こそはピクリとも動かないが、目は忙しなく動いて脳内で演算をしているようだった。やがて顔を上げると、片手の指を四本立てる。
「40分……くらいだろうか」
40分。これだけ大きな規模である城全体へ魔法を使うのだ。妥当どころか、かなりの速さだろう。しかし、今度は俺が両手を顔の前に持ってくると、右手の人差し指と左の手のひらを見せる。
「15分だ」
「半分以下だと……!?」
「それは無茶ぶりってもんじゃないかな?」
ロザは目を見開いて驚き、レントは首を掻きながら呆れたような声を出す。スーさんもベルも声こそ上げないが、眉間に皺を寄せていた。
「厳しいってのは分かってる。けど、理想はその時間だ。お前は確か、水があればそれすらも操れるんだよな?ここには、水属性のトップレベルでもあるスーさんも居るし、近くには水堀もある。不可能じゃないと思いたい。というか、お前ならできるって信じてる」
俺の説得にロザは腕を組んで、悩んでいる。この時点で俺は確信した。可能だ、と。なぜならば、ロザのその眼からはできるか、できないか、の思考を巡らせているのではなく、やって見せようという強い意思が感じられたからだ。今度は長い沈黙の後、構想が練られたのか椅子から立ち上がる。
「…………一日、時間をくれないか?」
「は?」
「私はお前たちと違って、力を蓄えれば蓄えるほど大きな術が使える。そのための充電期間だ。それとも、一刻を争うか?」
「……本当ならこの後、すぐにでも突撃したかったが、仕方ねぇ。何だってお前は、今回の作戦の要だからな」
「すまない。では、さっそく自室に戻って瞑想させてもらう」
そう言い残すと、足早に出口の方へ向かって歩いていく。しかし、途中で何か思い出したかのように声を漏らすと、顔だけこちらへ向き直る。
「そうだ、一つ訂正しておこう。カモフラージュに要する時間は、"10分"でいい」
ニッと笑顔を見せてからロザは大講堂を去って行った。扉が閉まる音が鳴り止むのを待っていたかのように、頬杖を突いたレントはさも楽しそうにしながら俺へ語り掛ける。
「勇者だけかと思ってたけど、あの人間も大概変な性格だね。けど、嫌いじゃないよ」
「人間界では、多分ミュゼと一番仲良いからな。ミュゼを助けたいって気持ちは、ここに居る誰にも負けてねぇよ」
俺は目を瞑ったまま答える。そして、椅子から立ち上がるとロザに続いて扉へ身体を向けた。
「つー訳で、今日は解散。明日に備えてしっかり休んどけよ?」
片手を挙げてそのまま部屋を出て行こうとする。しかし、それはベルの言葉によって遮られた。
「~~~~!~~~~~~~~~~~?」
「ん?何か言った?」
おそらく、俺への問い掛けだろうと判断し、その場で180°回転する。だが、その言葉の意味までは理解できないので誰かが通訳してくれるのを待った。ベルの隣に座っていたスーさんが、教えるつもりなど毛頭なさそうなレントを一瞥して、やれやれと喋り出す。
「どうやって侵入するつもりだ?」
どうやらスーさんのは、ジュリアスとは違い意訳をしているらしかった。俺もその方がスムーズに会話できているような気がしてやりやすい。
「どうやっても何も、ベルのワープがあんだろ?」
それを聞いたベルは大きなため息をつく。がっかり、失望、そして少し悲しそうに。
「……~~~~~~~~~?」
「ベルの魔法が万能だと勘違いしているだろう?」
「え?好きな所に転移できるんじゃないのか!?」
「……それが可能ならお嬢や町長の傍に行けばいい話だろう?」
「………………ごもっとも」
スーさんはベルと顔を見合わせ、互いに苦笑いをする。そして、軽く咳払いをしてスーさんが律儀にも説明をしてくれた。
「私からベルの魔法について話させてもらうぞ?ベルの転移魔法の発動条件は二つに分かれる。一つは、自らで地に足を付けた場所。もう一つは、魔法の鏡で映し出した場所に限るのだ」
「セントクルス城に行ったことは……ないだろうから、その魔法の鏡で二人を映せばいいんじゃないか?人間界に居る俺もそうやって監視してたんだろ?」
「それができないから、こうして聞いているのだ」
「できない?何で?」
「魔力結界のようなものが張られているんだよ」
レントが面倒そうに口を挟んでくる。緊張感の欠片も無いのか、欠伸をしている始末だ。
「じゃあ、入るのもできないってことか?」
「いや、遠隔からの魔法に対抗する用みたいだから物理的な進入は可能だよ?じゃないと、普段から城の出入りさえできなくなるからね。問題は、どう入り込むかってことで。これ見る限り、中々骨が折れそうなんだよね」
皆の視線を追い、地図に目を落とす。確かに、四方を高い塀で囲われていて、正面からしか入れなさそうだ。それでも、二度の跳ね橋を隔ててやっと城内へ進めるのだ。魔法での進入が無理となると、自分らの足で城内へ忍び込まなくてはならない。しかし、はっきり言って困難を極めるだろう。
「んー……、難しいな。じゃあ、休憩も兼ねて作戦会議すっぞ。えーっと…………そういや、あんまお前らに詳しくないな」
「それなりに親交はあると思っていたが?」
「いやいや、そうじゃなくて。お前らの得意な魔法とか、能力的なモンとか?」
「あー、成る程な。詳しく話したことはなかったはずだ」
「よし!じゃあ、順番に得意な魔法とか聞いていこう。……何か面接みたいだな」
考え方一つで堅苦しいものになってしまった。ただでさえ、作戦会議という名目の集まりなのだから、肩の力を抜いて行いたいものだ。しかし、緊張していたのはロザくらいなもので、俺も含めて今この場に居る奴は誰も神経質になってなどいなかった。そのくらい、戦闘慣れしているメンツなのだ。それを頼もしく、呆れながら俺は椅子に座り直す。そして、まずはスーさんを見据える。
「お前は変身能力と水属性の魔法以外に何が使えんの?」
質問に対してスーさんは、胸を張ると自信満々に一言で答える。
「それだけだ!」
「じゃあ次――」
「待て待て!!?」
「……何だよ。他に無いんだろ?」
「十分ではないか!?それに使えるのはそれだけだが、この姿でなら物理攻撃は一切無効だぞ?」
「本当に?」
「疑いが晴れないのなら、実際にナイフでも投げてみるといい」
そう煽られては、俺も乗らない訳にはいかない。瞬時に袖口からナイフを取り出すと、スーさん目掛けて投てきする。無論、手加減など一切無しに。
放たれたナイフは、真っ直ぐスーさんの眉間へと突き進んでいく。そして、許可を得てから3秒にも満たずにその身体へ突き刺さった――。
――――かのように思えたが、ナイフは貫通もせず、停止もしなかった。ゲル状の身体に刺さったナイフは、まるで飲み込まれるかのようにズブブブ……と沈み込んでいく。しかも、そのナイフの先端から溶けていき、見る見るうちに跡形無く消え去った。
「お前!攻め込む前からナイフ消耗させんなよ!!」
「一本くらい良いではないか!?」
「タダじゃねぇんだぞ!!」
「人間界まで赴いたのは私だぞ!?人件費と思え!!」
「…………初っ端から喧嘩しないでよ。まあ、予想は付いてたけど」
テーブルへ身を乗り出して口喧嘩している俺たちを横目に、レントが鬱陶しそうに愚痴を零す。血の気の多い俺らも俺らだが、わざと聞こえる程度の声量で呟くあたり、レントも相当にたちが悪い。一方、残されたベルは意に介さずとばかりに行儀良く座っていた。
「……よし、一旦落ち着こう。今日中に終わらなくて徹夜は勘弁だからな。それに、切り出したのは俺からだし」
「私もあまりの理不尽さに我を忘れていた……」
「じゃあ、次。……お前だ、お前。レント」
「んあ?俺?」
一部始終を見ていたくせにとぼけた声を出す。こいつには問いただしたいことが山ほどある。
「お前については、俺、これっぽっちも知らないからな?」
「嫌だなー。勇者とは長年の付き合いじゃないか」
「一年くらいだよ。それなのにお前、俺の前で魔法使ってるの二、三回くらいしか見たことねぇぞ?」
レントは四天王の中で、一番初めに会った。しかし、魔界代表会でも俺と戦うのを避け、その後ものらりくらりと自分のことを語るのをかわし続けていたのだ。
「ミュゼを助けるために一緒に戦うんだ。お前はどんなのが得意なんだよ?」
「えー?どうしよっかなー」
その態度にまたしてもカチンときたが、スーさんの二の前になってしまっては今回も聞けずじまいに終わってしまう。溢れんばかりのイライラを何とか抑え込み、追及を続ける。
「逃げようったって、そうはいかねぇぞ。絶対教えてもらうからな?」
「逃げてるつもりはないんだけどね。でも、"いつ敵になってもおかしくない相手に手の内を見せびらかす"のはどうなのかなーって」
「…………王国側に寝返るつもりか?」
「そんな訳ないでしょ。"今回は"勇者の味方」
一々引っ掛かる言葉を交えながらも、まだ口を割ろうとはしない。
いずれ直接戦おうとでも思っているかのような口ぶりに、俺は敵意を剥き出しにしながらレントを睨み付ける。それでも、横に座っているレントは笑顔のまま黙っていた。顔こそ笑っているが、漂わせているのは胡散臭さ。俺はこれ以上の言葉は不要と判断し、向こうが喋り出すまで視線を逸らさない覚悟を決めた。そのため、作戦会議を行っているはずの大講堂は沈黙に包まれた。ベルもスーさんも、場の空気を察しているのか一言も発しない。
何分経ったのだろうか。あまりの閑散とした空気に耐えきれず、俺は我慢の限界を迎える。しかし、諦め掛けたその時、レントが大笑いしながら口を開く。
「――――なーんてね。別に隠してた訳じゃなくて、機会が無かっただけなんだよね」
「……じゃあ、さっさと教えろよ」
「そんな焦らせないでよ。そうだね…………俺は"蜘蛛"なんだよ」
「はぁ?お前のどこが蜘蛛なんだよ。どっからどう見たって蜘蛛には見えねーぞ?」
俺はレントの緑色の髪、尖った耳、そしていつも座っている木の塊の椅子を思い出しながら目を細める。椅子の形状自体は蜘蛛のようにも見えなくもないが、脚の部分は完全に木の根っこであるから、イコールとして位置付けるには見当違いも甚だしい。
「俺は植物系だけど、蜘蛛じゃないよ。蜘蛛って言うのは、戦闘のスタイルのこと」
「……つーと?」
その問い掛けに応じて、レントは大袈裟に両腕を開く。
「俺は造網性の蜘蛛だから、攻め込まないんだ。じっくりと巣っていう網を張り、獲物が来るのをひたすら待つ。そして掛かった餌は、絶対に――逃がさない――――」
随分と自分を形容しているが、全ては最初の一言に詰まっているだろう。つまりは、こちらから攻め入ることを得意とせずに後方で根を張っている。自らを参謀と名乗るにはうってつけのスタイルという訳だ。
「んで、魔法はあのツタか?」
「うーん、主にはそうだけど木属性の魔法なら全般使えるよ?」
「木属性……って、例えばどんな?」
「木製の家具作ったり、木製の船作ったり、木製の――」
「職人かっ!!」
実用性皆無な――いや、ある意味実用一直線か――魔法に思わずベタなツッコミを入れてしまう。
「そう。だからあまり戦闘には向いてないんだよ。だから、俺は戦力外でお願いしまーす」
「あっそ。じゃあ、残るゴラドは…………えーっと、炎が吐ける、空が飛べる以外に何があんの?」
「「無い」」
満場一致の答えであった。魔族語の分からない俺でもベルの言葉が分かったくらいだからだ。確かにゴラドは強いが、そのおつむの前には全てが無意味になる。今の二つの事は、ドラゴンとして最低限のことであって、脳は一切使用していないのだろう。
しかし、ここまで皆の見解が同じだと、ゴラドといえど可哀そうになってくる。だが、所詮はゴラドだから仕方ないのかもしれない。
「……そうなると、少なくともロザの術が終わるまでゴラドは待機だな。だから戦闘は俺とスーさん……はロザの支援か。…………ってあれ?結局、俺一人で戦うの!!?
………………ベルって戦闘は?」
いくらロザの術が10分で完成するとしても、その間、城の兵士やハクジュン相手に俺一人で保てる訳がない。最悪な状況を想定しながら、恐る恐るベルに質問してみる。
けれども、ベルはこくこくと力強く頷いて見せた。いつも頼りにしているが、この時ほど頼もしいことは無かった。
「ベルは凄いよ。殆どの魔法は網羅してるからね。魔法で戦ったら右に出る者は居ないよ」
「私でもベルフェの魔力までは真似できんからな」
しかも、二人からのお墨付きである。ベルは少し嬉しそうに、程良い大きさの胸を張っている。他人を褒めるのが珍しいこの二人が言うくらいなのだから、担ぎ上げているのではなく事実なのだろう。だからこそ、その片寄せが運動神経の無さに表れているのだと心の中で納得した。
それでも魔法に富んでいるならば、二人で10分凌ぐくらいどうってことはないだろう。
「戦力は多分問題ないとして、問題はどうやって城へ進入するかってことだよな?」
「そうだな。いくらロザが頑張ってくれるとしても、入れないことにはどうしようもないだろう」
「……………………」
「どうした?何か妙案でもあるのか?」
突然黙りこくった俺に、スーさんが尋ねてくる。先程の皆の言葉を反芻し、ある可能性を思い付いたからだ。
「なぁ。魔力結界って、確か物理的な進入は平気なんだよな?」
「そうだね。ミュゼが捕まる前から張られてる古いものみたいだから、大方敵国に対する警戒用だったのかもね。尤も、現にこうして攻め悩んでるからその効果は絶大だった訳だけど。まあ、そんなものだから一回でも入れちゃえば転移は可能だと思うけど。どう?」
レントの投げ掛けに対して、ベルは無言で首を縦に振る。ということは、ベルの足が一瞬でも城内の地面へ付いたならば、いつでもワープし放題ということになる。
「……ならいけるかもな、お前らの力を借りれば。早速ゴラドを呼んできてくれ」
「ゴラド?飛んで城壁を越えるつもり?銃弾の餌食になるよ?」
「スーさんが居れば問題無いだろ?」
「それはそうだが、城内の魔法使いに勘付かれたら一巻の終わりだぞ?」
魔法に抵抗力の無いスーさんが心配そうに語る。そんな奴に、俺は満面の笑みを向けてやる。光明を得たかもしれないからだ。
俺は立ち上がり、地図を見下ろしてみる。
……やはり、皆の言うことが事実であればこの難攻不落の城を攻略できる。
「まず始めに――――」
俺は全員を見回しながら、攻略作戦の内容を告げた。
☆
「スーさん、今どこら辺だ?」
「え?何か言ったか?」
「いま!どこら辺!!?」
「目標までもう少しだ!!」
スーさんはすぐ傍に居る。それなのに、いったいどうしてこんなに大声を出しているのかというと、風を切る音が煩いからだ。
そう――俺たちは今、セントクルス城の遥か上空に居るのだ。正確には、雲より上でゴラドの背に乗っている。
1月の寒空。更にこの体温を確実に奪っていく冷気。通常ならば、凍えてまともな生命維持活動も困難なはずだ。それが悠長に会話できているのは、ゴラドのおかげでもある。体内に炎を宿しているためか、その体温はこの寒さをもろともしない。だから俺は、ゴラドの背にぴったりとしがみついて、その恩恵にあずかっているのだ。
「あー……この時期は一家に一台ゴラド欲しいわ」
「勇者の頼みならいつでも駆けつけるぞー」
「言葉の綾なんで聞き流してください」
実際にうちに来られたらとんでもないことになるに決まっている。家の中がひっちゃかめっちゃかになり、30分後に形として残っているかも怪しい。
「そろそろ目標地点だ!!」
スーさんが大声で皆に告げる。翼の横から地上を見てみたが、米粒程度の城らしきものが見えた。飛んで撃ち落とされる危険があるのなら、そのもっと上を飛べばいいのだ。そうは言ってもここまでの高度で飛ぶのは、ゴラドを含めた数人の飛行に特化した魔族でしかなし得ない。
「よっしゃ!じゃあ、準備はいいか?…………俺はまだ駄目だ」
作戦の内容としてはここから飛び降り、地面への落下の衝撃をスーさんに吸収してもらい、ベルが地面へ降りた瞬間に魔王城へ逃げ帰るといったものだった。ぶっ飛んだ作戦だが、四天王の力を集結させれば可能になる。しかし、いくら平気だと信用していてもこの高さから飛び降りるのは、かなりの勇気を要する。
ゴラドに地上まで運んでもらうのも手だが、このでかい図体ではリスクも大きい。多少の銃弾を浴びてもこの硬い鱗を突き破るとは到底思えないが、警戒度が段違いに跳ね上がるだろう。そもそも、人間界に小さな人間サイズのドラゴン系の魔族は住んでいても、こんな巨大なのを見たことがある人などそう居ないはずだからである。だったら、比較的人間に近い二人と人間界でもメジャーなスライム系のスーさんだけの方がまだましだろう。
それに何と言っても、チャンスは一度きりなので作戦を理解しているかも分からないゴラドに任せるのは心もとないのだ。
覚悟を決められないのは、他のメンバーも同じようであった。クッションの役割をするスーさんも不安げであるし、あのレントでさえもさっきから黙ったままだった。
皆の自信が付くまで少し待ってもらうことにした俺は、ゴラドへ呼び掛ける。
「ゴラド!!もうちょっとここで旋回しててくれ!!」
「分かったぞー!」
それに応じて、ゴラドが回転をした。
――――縦方向に。
「「「………………は?」」」
今の今まで下から感じていた温もりが、急に無くなる。というか、乗っていたはずのゴラドが消えた。無論、重力によって俺たちは地上へ急降下を始める。
「てめっ……誰が宙返りしろっつったよー!!!」
そんな叫びも虚しく、赤いドラゴンの姿は見る見る小さくなっていく。
「~~~~~~~~~!!?」
珍しくベルが大絶叫をしている。普段、冷静なベルでもこのアクションは予想外だったらしい。
さっきまで、点くらいの大きさしかなかった城がどんどん近付いてくる。俺は焦って辺りを見回す。だが、肝心のスーさんの姿が無い。そして、少し上を見るとそこに居た。ゲル状の身体が、風圧によって面白いくらいにびろびろはためいているが、そんなことを考えている場合ではない。
「スーさん!!?お前が上に居たら俺たち死ぬって!!」
「え?何か言ったか?」
「早く降りて来いっつってんだよ!!!」
「何だ!?聞こえん!!」
「あーもう!!!」
俺は悪いと思いつつも、手を伸ばしてスーさんの身体を掴む。
「おっ?」
「行ってらっしゃーい!!!」
そして、下に向けて叩き付けるように引きずり降ろした――。
「おわあああああああああああああ!!?」
☆
「隊長、2時間前の件について魔術師たちの魔力感知が終わりました」
隊長と呼ばれた男の元に、一人の部下らしき男がやってきた。二人とも比較的動きやすそうな鎧で、腰には長めの直剣を差していた。配給された安物の装備であることが目に見えて分かるほどだ。
「どうだった?」
「確かに微力な魔力は感じられるものの、何かを仕掛けたなどという訳ではなさそうです」
「そうか……、少なくとも幻ではなかったということだな。いや、幻惑魔法という可能性も捨てきれんか。まぁ、それよりも先にお前が不本意な形で証明していたが」
「……すみませんでした」
隊長はふと外を見る。日は沈んでおり、城外の町の点々とした明かりだけが眼下に見える。
事は2時間前に遡る。
夕日が西から射し込んできていて、そろそろ城内の貴族らが館へ戻っていくだろうという頃だった。何の前触れもなく、突然空から人やモンスターが降ってきたのだ。貴族らはあまりのことに逃げまどい、辺りはパニックに陥った。兵士たちはすぐに日頃の訓練のように大砲や大筒での迎撃の準備に取り掛かったのだが、それを隊長が止めさせたのだ。正確には止めざるを得なかったのだ。
それらが降ってきたのは、中庭の端の方。つまり、内壁よりも内側であったのだ。それぞれ外壁、内壁には重火器などの武器が配置してある。無論、外からやって来る敵軍のためだ。しかし、今回はその壁の内側へ落下してきた。向きを変えて砲弾を放つことも可能ではあったが、一つでも外した場合はどうなるか考えるまでもないだろう。城内、最悪の場合は城を傷付けることになる。僅か数十秒の出来事ではあったが、その間何もできずに侵入者が落ちてくるのを見ていることしかできなかったのだ。
勿論、侵入者をみすみす見逃すほど兵士たちも馬鹿ではない。重火器が使えないと分かるや否や、隊長の指示で近接武器を手に落下地点へ急いだ。しかし、着いた時には落下してきた奴らはまるで白昼夢を見ていたかのように消え去っていた。だが、そうではなかったことを今伝えられた魔術師の解析、そしてこの部下が証明していた。
こいつは隊長の指示を無視し、侵入者へ向けて大砲を放ってしまったのだ。臍を噛んで反省はしているようだが、一歩でも間違っていたら今この場にこいつの姿は無かったであろう。それがこうして首の皮が繋がっているのは、奇跡的にその砲弾が侵入者の一匹のモンスターにぶち当たったからである。けれども、弾は突き破りも破裂もせずに侵入者同様、影も形も無くなってしまったのだ。そのため、厳重注意ということで処刑は免れたのである。
「真上から来るとは予想外だったな。下種なモンスターも少しは知能があるらしい」
「騎士団の方では対空用にランスの支給を要求しているとか」
「何!?そんな話、私は聞いていないぞ。……騎士団め、何も対応できなかったくせに抜け抜けと……!!」
隊長は怒りを露わにして、近くにあったテーブルの脚を蹴りつける。その衝撃で、上に乗っかっていた果物が床に散乱するが、気にしている様子は無い。見ての通り、兵士団と騎士団には大きな溝があり、兵士団の隊長は敵国よりも騎士団を目の敵にしているほどであった。
「それと……ですね」
「……どうした?」
あまり聞かれたくない話なのか、辺りを確認して部下は隊長へ近付く。そして、手で声が外に漏れないように細心の注意を払ってから小声で話し始めた。
「…………兵士館の地下倉庫なのですが、やはりどうやっても開きません」
「……力尽くでも試してみたのか?」
「はい……。ありとあらゆる手を」
「そうか……。さっきの件で、城への出入りはより厳重なものになっている。鍵屋を寄越すのは暫く後になりそうだな……」
「それまで、酒はお預けですか?」
「…………そうなるな。後で俺も見てみる」
城内での飲酒は禁止されている訳ではない。しかし、それは休みの者に限った話だ。その日、職務に当たっていた者は終日まで気を抜いてはいけないと許されてはいないのだ。そうは言っても気楽な貴族たちとは違って、兵士たちは城内での楽しみは休憩中の賭け事や、休日城下町へ繰り出して酒をあおったり、娼館へ出向くくらいしか無いのだ。そのため、兵士しか出入りの無い兵士館の地下倉庫には、大量の酒が樽で隠してあったのだ。地下倉庫が開かないということは、その楽しみが奪われたことになる。兵士たちの気力の低下は当たり前だろう。それは黙認している隊長にとっても、だ。
☆
「あの野郎……帰ってきたらただじゃおかねぇからな」
露骨に怒りの感情を見せる俺をスーさんが宥める。
「ゴラドに文句を言ったって、無駄だろう。それより、今は作戦が成功したことを喜ぶべきではないか?」
「……まぁな」
作戦は成功した。大砲が撃ち込まれたのは予想外だったが、さすがはスーさんといったところで、完全に無効化させた。しかも、物凄い高さから落下したにもかかわらず、その衝撃さえも吸収したのだ。そして、余裕を持ってベルを地面へ降ろし、魔王城に転移してきたのだ。これでいつでもセントクルス城へ乗り込めることになった。だが、これは作戦の第一段階が成功したに過ぎない。肝心のミュゼや町長の居場所さえまだ掴めていないのだ。
そしてもう一つ、攻め込むに当たって問題があった。左手を右肩へ乗せ、深く悩み込む。それを察してくれたのか、ベルが俯いていた俺の顔を覗き込んでくる。
「~~~~?」
「あ、いや……何でもない」
「もしかして、あの刀男のことか?」
「……何でお前が知ってんだよ」
イツキのことは俺とミュゼ、そして鏡で見ていたベルしか知らないはずだ。しかし、スーさんはふふんと鼻を鳴らすと何故か自慢げに語った。
「ベルフェに見せてもらったのだ。ざっくり、袈裟に斬られるのを。お嬢に感謝しろ?」
「え、何?あの鏡って過去も遡って見られんの?」
俺の問い掛けに、さも当然といったふうにベルが頷く。この分だと、スーさんだけではなくレントも見ていたに違いない。あいつの嘲笑う様子が脳裏に浮かんできて無性にムカついてきた。
「あれは磁力操作の魔法だろう」
「磁力操作?」
「専門は土属性が得意なお嬢だろうが、レントが言うにはそうらしい。最初、刀で斬られる前に鞘で殴られただろう?」
「あー、された気がする」
「あの時にゼードの体内の鉄元素の電子を活発化させ――」
「その話、長くなります?ちょっと難しい所すっ飛ばして答えだけ教えてよ」
今の一瞬で脳がパンクしそうになって、ドクターストップを掛ける。人体構成の内容っぽかったが、元素とか電子とかもう想像の付かないことはパスである。ギブアップである。
「つまりだな、殴られた時にゼードが磁石に変えられたようなものなんだ」
「何となく読めてきたぞ。んで、イツキが反対極になったから、俺をありえねー力で引き寄せたってことか」
「そんな感じだな。だろう、ベルフェ?」
ベルはいつものようにこくんと頷く。魔法を網羅していると言っていたから、大体の原理も理解できているのだろう。改めて思ったが、とても難しいメカニズムを知っていなければ魔法が使えないのならば、やはり俺には一生掛かっても使うことはできないだろう。ちょっとこいつらへ尊敬の眼差しを向ける必要があるのかもしれない。
「しかし、ゼード?目下の問題はイツキではなく、トビでの方ではないか?何度も負け越しているのだろう?」
「……ねぇ、どこまで知られてんの?俺にプライバシーは無いの?…………トビに勝つ方法は幾らでもある」
「ボロ負けしてたくせにか?」
「…………謝るからもう止めて。俺もそんなメンタル強い方じゃないから」
若干泣きそうになるのを堪えながら、俺は天井を見上げる。強がりではなく、きちんとトビを打ち負かす術は考えてある。しかし、今回の奪還作戦において大きな障害となり得るのが、やはりイツキであった。対峙したのはほんの数分ではあったが、全く隙が無かった。あったとすれば、"あの"一瞬だけだろうか。伊達にハクジュンのリーダーを務めていないということか。
「そういえばレントが言っていたな。"イツキのような戦術を使うのがベルの屋敷に居る"と」
「えっ!!?そうなのか?」
俺に詰め寄られると、ベルは大きく身体をのけ反らして何度も頷く。顔が真っ赤になっていることに気が付き、少し離れてやった。俺も思わず興奮してしまったことを強く反省する。一方のベルは、何故か少し残念そうにしていたのは気のせいではないだろう。そして俺は両の手のひらを合わせると、頭を深々と下げる。
「頼む!!そいつと軽く戦わせてくれ。何か掴めそうな気がするんだ」
「……~~~」
「良いそうだ」
「本当か!?サンキューな、ベル!!」
そう言いながらベルの手を握り締めて感謝する。思った以上にベルの手は温かく、自分の手が冷たいと知り、早めに手を離した。だが、温かかったのは手だけではなかったようで、頭からも湯気を出していた。
「じゃあ、早速ベルん屋敷に向かおうぜ」
「~~~~~~~」
「ここへ呼ぶから良いそうだ。戦うのならこの広い魔王城がうってつけだろうしな」
「成る程。じゃあ、来るまでちょっと身体解してくるわ」
言い放つや否や、大講堂を飛び出す。それまで、軽く城内でもランニングしておこうと思ったからだ。
……すぐにハインツに見つかり、叱られたのは言うまでもないが。
『ねぇ?』
「どうした?」
『どうしてレントはそれを知ってたの?誰にも教えたはずはないんだけど……』
「私が知り得るはずないだろう?レントはそういう奴だからな」
『……そうだよね』
☆
「君かい?僕を冥界より呼び寄せた光の戦士とは。死した心魂を管理する職務を放棄させてまで連れて来たんだ。無論、それなりに愉快痛快なひと時を送らせてくれるのだろう?」
先程まであった大講堂のテーブルや椅子はいつの間にか片付けられていて、正面には異様な風貌をした男が立っている。重装備な黒い鎧、そして骸骨を模した面を付けていた。それだけでも異質だが、その手に持っているものがより奇妙な威圧感を放っていた。長さ2メートルほどの大きな鎌を掴んでいたからだ。
その姿はまるで――死神。
「……おい。本当にこいつがイツキみたいな戦闘すんのか?」
「しますよ。おそらく」
「おそらく、って何だよ。お前らが雇ってんじゃねぇのか?……そして、何でお前まで来てんの?」
俺が視線を向けた先には、何故かジュリアスが居た。わざわざ来てくれたのだろうが、嫌々感が滲み出ている。その証拠に、わざとらしくため息を吐いて首の骨を鳴らしていた。
「ベルフェ様に頼まれまして、こうして見守りに来てあげた訳でございます。くれぐれも、勇者様にお怪我がないように、と」
「あっそう……」
ベルとスーさんはそれぞれ家に帰って明日の準備をしている。ロザのように力を蓄えることはできないだろうが、休養は誰にとっても重要である。だから、先に帰させたのだ。俺も本来ならば休んでおくべきなのだろうが、イツキとの戦闘において何か手掛かりでも見つけておかねば、また一方的にやられるだけである。
「さて、長話は定められた生の中では無為なこと。早く始めよう。僕はレアリム。君を冥界へ送る者の名だよ」
「えーっと、名前がレアリムで……後は…………通訳お願いしていいですか?」
「何言っているんですか?全部、人間の言葉ですよ」
「いや、だって……こいつ、変なこと口走ってない?」
「いつものことです」
「いつもかー……そっかー、そういうタイプかー…………」
「怖気づいているのかい?クククッ、無理もない。もうすぐこのクリムゾンスィクルで、その生に幕を閉じてしまうのだからな!!」
バトンのように大鎌を振り回してそう語る。顔は隠れてて見えないが、身体だけでそのドヤ顔が目に浮かんでくる。
「寸止めな?一応、模擬戦ってことになってるから」
「笑止!獅子は兎を捕えるにも全力を尽くす、という言葉があるように僕も決して手加減などはしない」
「よく言いました。手加減無しで首を掻っ斬っちゃってください」
「怪我どころで済まないんですけど!?何、このアウェー感……」
「クククッ、久々にこのブラッディサイズが血を欲している……」
「さっきと名前変わってね?」
「なっ……!?あれ?」
「あまり突っ込まないでください。レアリムの世界観は非常に脆いもので出来ているので」
そういうキャラでいくなら、とことん貫いてもらいたいものだ。戦うこちらとしても非常にやりづらい。……戦闘以前の問題として。
「ま、まぁ、揚げ足を取るのは上手いと誉めてやろう」
「揚げ足も何も自爆しただけだろうが」
「ちょっと黙ってて!……遠慮することはない。全力で掛かってきたまえ」
今度は目に見えて動揺しているのが分かる。顔を隠していてもここまで、挙動不審さが現れているくらいなのだから、本来はかなり見た目に出やすいタイプなのだろう。面をしているのも表情を隠すためなのかもしれない。
……まぁ多分、本人はかっこいいと思って付けているだけだろうが。
見兼ねたジュリアスが片腕を上げて、戦闘開始の合図をしようとする。
「無駄話はもういいですか?じゃあ、始めますよ。あ、それと、勇者に呆気なく負けたら門番クビですから。……始め!!」
「え?あ、ちょ――」
最後の一言で完全に意識を持っていかれたレアリムに対し、俺は開幕と同時に二本のナイフを投げつける。勿論これで仕留めるつもりはない。様子見がてらに放ったものだったが、動揺が隠しきれていないレアリムにはこれで十分かもしれない。しかし、これで勝負がついてしまったら、イツキへの対抗策が練られないで終わってしまう。それはそれで困るのだ。
けれども、そんな心配は杞憂に終わる。突然、レアリムの姿が消えたのだ。そのため、投てきしたナイフは的を見失い、そのまま自然落下する。
「――どこを見ている?よくこんなので、光の戦士を名乗れたものだ」
突如として聞こえてきたレアリムの声。あり得ないことにその方向は、俺の真後ろからだった。瞬時に危険を察知した俺は、低い姿勢で前方へ向けてダイブする。俺の足が地面から離れた瞬間、背後から金属音が聞こえてくる。刹那、大鎌が横に薙ぎられたのか下半身に風圧を感じる。
前転をしながら向きを変え、レアリムの追撃に備える。向こうは俺の反応速度に少し驚いていたのか、そのまま追ってくることはなかった。
「へぇ……。今のをかわすか。痛みを感じぬまま冥界へ送ってやろうと思ったのだけど、これは酷く無残なことになるかもしれないね」
「お前こそ何だよ、今の。後ろに来るまで全く気配しなかったぞ?」
「当たり前さ。鎌を振るうその時まで、僕はここに存在していなかったんだからね」
成る程。原理は違くとも、間合いがあってないような戦闘スタイルは似ているかもしれない。イツキのは磁石のようなものだと言っていたから、瞬間移動されることはない。しかし、こいつはその上位互換の魔法が使えるらしい。戦闘力はあっちが断然上だろうが。そのため、練習相手にはもってこいという訳だ。
(つってもなー……鎌相手にしたことないから、受け流し方が分かんねぇんだよな)
「……ちっ、惜しい」
「聞こえてんぞ、腹黒メイド」
「気のせいではないでしょうか?それに私は、あくまで中立の立場です。相討ちして両者とも消し炭になってくれないかな、などとはこれっぽっちも思っておりません」
「……俺が嫌われてるのは分かるけど、お前も凄い嫌われてんな」
「人には向き不向きというものがあるのさ。彼女はたまたま僕と相性が悪かったのだろう。だから決して嫌われている訳ではない!」
仮面の下ではきっと目に涙を浮かべていたことだろう。それなりに一緒に働いているのに、ここまで嫌悪されてしまっていたら自信を無くすのは当然かもしれない。そして、現実逃避……。
(ミュゼに嫌われてはいなかったよな、多分。……慕われてはいなかったけど)
「…………じゃあ、尊敬されるように頑張らねぇとな」
「何か言ったか?」
「空耳だ。ほら、掛かってこい。じゃねぇと練習にならねーからな!」
「言われなくとも――」
レアリムは答えた瞬間、姿を消した。それと同時に、俺もあるアクションを起こす。
「――あれ?」
瞬間移動してきたであろうレアリムが素っ頓狂な声を上げる。何故なら、背後を取ったはずの俺の姿がそこには無かったからだ。正確には、レアリムの視界に居なかった。俺は消えると感じ取った時に、その場に反転しながらしゃがみ込んだのだ。鎌という武器の性質、それを逆手に取ったのだ。
剣や刀、メイスなどは横薙ぎも振り下ろしも可能だ。しかし、鎌はその形状故に振り下ろしてしまうと地面を穿って刃先を痛めてしまう。そのため、接近状態で上下方向に攻撃するには振り上げという方法しかない。だから、俺はしゃがみつつ振り上げの攻撃に備えていたが、レアリムはまた横に薙ごうとしていたようで視界に鎌は見えなかった。
そうと分かると反射的に足払いを放ってレアリムのバランスを崩す。意表を突かれた一撃に、なす術もなく腰から倒れる。それに向けて追撃をしようとしたが、闇雲に鎌を振り回されたので、一旦後方へ距離を取った。
「クククッ……少しはやるようだね。僕も久々に本気を出せそうで嬉しいよ」
「……待っててやるから早く起き上がれ」
重装備のせいか、レアリムはごろんと寝転がったままもがいている。まるで、逆さまになった亀のようだ。そして漸く、鎌の柄を杖代わりにして立ち上がると、何事も無かったかのように会話を再開した。
「本来ならば使いたくはなかったのだけど、これを使うしかあるまい。さあ、この身に宿りし黒き紋章よ!冥界よりその力を与えたまえ!!」
無論、何も起こるはずはない。
「クククッ…………溢れてくるぞ……。暗黒の力が……!」
「……俺、魔力感じられないんだけど、何か変わった?」
「いえ、全く」
「はいそこ!余計なこと言わないで!…………この諸刃の剣ともいえる漆黒の力で、君を真っ黒に染めてあげよう……」
「話長いから早くしてくんな――」
頭を掻きながら、レアリムの名乗り口上を待っていると突然目の前が黒い鎧に覆われた。しかも先程とは構えが違う。大振りなのは変わらないが、横薙ぎの準備段階であるはずの鎌の刃が斜め後ろ方向に無いのだ。となると、鎌が思う存分振れる方向は――。
目を下に向けると同時に、両手に持ったナイフをクロスさせる。ガリガリと地面を削る音と共に、鎌が勢い良く振り上げられた。上体を反らし、ナイフで僅かに軌道を逸らさなければ、今頃真っ二つだっただろう。弾かれた勢いを殺さずに、そのままバク転をして次の行動に移る。だが、体勢を整えた時にはレアリムの姿が消えていた。
「言ったはずだよ。ここから先は"本気"だってね」
またしても背後から聞こえる声。思わず寒気がする。完全に予想外で、反転して防御するにも間に合わないからだ。微かに聞こえる風を斬り裂く音。もう断罪の鎌は振るわれているのだ。回避しようにも、もう手遅れだった。
分断される直前、俺は一か八かで決死の行動をした。防御でもない、回避でもない、はたまた相討ち覚悟の攻撃でもない。俺はただ、後ろへ数歩下がったのだ。どうしようもないので、少しでもダメージを減らそうと思ったからだ。狙いはあの長い鎌の"柄"の部分。せめてそこにぶつかれば、大きな打撃ダメージは食らっても、死に至ることはないと踏んだからである。しかし、そのまま弾かれて鋭利な刃に裂かれる可能性も十分に考えられたので、まさに賭けであった。
だが、事態は予想もしない方向へ転んだ。……そう、転んだのだ。
後退した俺は、誤ってレアリムの足を踏ん付けてしまったのだ。それも踏み込もうとしていた軸足を。またもや意外な形でバランスを崩されたレアリムは、勝ちを確信していたのか鎌を振るうことしか頭に無かったようで、手を出すこともできずに前へ倒れこむ。勿論、前に居た俺をも巻き込んで。鎧というのは見た目通りに重量を持っている。平均より痩せ型の俺には、それに押し潰されるだけでもかなりのダメージであった。
「きゃあ!?」
「おぐぇ!?」
轢き潰されたカエルのような声とは裏腹に、レアリムが女々しい悲鳴を上げる。カランカランという音に痛みを堪えながら、片目を開ける。目と鼻の先には、反動で落としたであろう大鎌と、骸骨の面が転がっていた。そして首筋に掛かるふわっとした感覚。何事かと、首だけの力で上に乗っかっているレアリムを肩越しに覗く。
「はぁっ、おまっ!!?」
驚いたのは言うまでもない。骸骨の面の下にあったのは、長い群青色の髪をなびかせた顔立ちの整った"女"であったからだ。
「お前……女だったのか!?」
「え……?…………!!?」
自分の面が外れていることに気が付くと、突如暴れだした。面を取りに行こうとしているのだろうが、鎧の重さのせいで上手く身動きが取れていない。更に言うと、その下敷きになっている俺は擦り潰されんばかりに固い鎧と地面に圧迫されている。
「おぶぇ!!分かった分かった!いったん落ち着け!!じゃないと死ぬ!!死――ぐはぁ!!?」
「……はい、そこまでにしましょう。このまま眺めているのも楽しそうですが、一応ベルフェ様に死なないように見張っておくことを命じられておりますので」
「いいから!そんなんいいから、さっさと上のこいつをどけろ!!本当に――げへぇ!!?」
「お面!僕のお面!!」
「…………収拾がつかないですね」
――――――――――――――――――――――――――――――――
「それで、収穫はあったのか?」
レアリムとの模擬戦から一日。いよいよ、セントクルス城へ乗り込む日である。良い緊張感の中、スーさんが俺に尋ねてくる。その問い掛けに対して、俺は満面の笑みを浮かべる。
「ああ!イツキの弱点が分かった気がする。まぁ、あくまで予測だけどな」
「ほう。あれだけ自信無さそうにしてたわりに、随分と一日で持ち直したものだ」
「まぁな。ロザも準備はいいか?」
ひときわ真剣な表情をしているロザに話し掛ける。ロザは俺を一瞥すると表情を崩さないまま力強く頷いた。どうやら準備は万端のようだ。その様子に俺は頼もしくなって自然と笑いが零れる。いよいよ面白くなってきやがった。
「ベルもいつでも大丈夫か?」
「~~~~」
「構わんそうだ」
「よし!ゴラドは、指示があるまで待機な?絶対に出番はあるから」
「分かったぞー!待っていればいいんだなー?」
「どっか行ったりすんじゃねぇぞ?よっしゃ、後は静かにひと暴れしてくれるのを待つだけだな」
「ひと暴れ?」
疑問に思ったのかロザが訊いてくる。確かロザには話していなかったと思う。余計なことを話して集中を切らせたくなかったからだ。その問い掛けに対して、俺はあえて言及せず、勿体ぶる言い方をした。
「あぁ。お前も向こうに着いてから分かるだろうさ!」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりでございます。
碓氷 修夜です。
18話です。今回は城へ攻め込む準備回でした。やりたいことを詰め込んだ回でもあって楽しかったです。以前に登場はしていましたが、ベルの屋敷の門番レアリムがある意味持って行った回でしたね。本人のキャラはぶれっぶれですが、私も掴みきれていません。一度書いてから、台詞を全部書き直すくらいですから(笑
でも、それがレアリムのキャラなのかもしれません。
さて次回ですが、『王城激震編』の名に恥じることの無い、討ち入り回になります。これから戦闘マシマシになっていくので期待していてください。
それでは改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。