勇者と魔娘の3年間   作:碓氷 修夜

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☆登場人物
ゼード…ピース依頼事務所の所長。過去に勇者として魔王を倒した経験あり。


ロザ…エノスの古城に住む女性。手が二回り程大きく、赤く鋭く尖っている。バラが大好き。

トビ…中央国秘密部隊ハクジュンの成員。影で暗躍し、どんな命令でも断らない。しかし、その姿勢はやる気のなさが漂っている。


ベルフェ…悪魔系のリーダー。皆からはベルと呼ばれている。魔力はピカイチだが、人語が話せない。魔族四天王の一人。

レント…植物系のリーダー。非攻撃的であり、戦闘スタイルも待ち伏せて敵を誘い込むのを得意としている。魔族四天王の一人。


case:20   張りつめた糸

「ここか?礼拝堂ってのは」

 

『見れば分かるでしょ?いかにもって感じの。……こっちからじゃ、探知はできても様子は窺えないからね』

 

胸ポケットのクチナシの花から小馬鹿にしたようなレントの声が聞こえてくる。まぁ、そりゃそうだ。レントはベルのように魔法の鏡は使えないし、この花に目が付いている訳でもない。実際の光景は向こうに見えるはずもないのだろう。

 

「つっても、信仰心なんてこれっぽっちも持ち合わせてねぇから、礼拝堂なんて滅多に来ねぇんだよ」

 

『魔族の俺に言われても困るんだけど?』

 

確かに。人間の俺でさえ神を崇めるつもりなどないのだ。魔族にとってはもってのほかだろう。

 

『そういえば、ベルは?気配を近くに感じないんだけど』

 

「あぁ、ベルなら…………あ、来た」

 

振り返った俺の遥か後方からベルが走ってきていた。息も絶え絶えで、今にも足がもつれて転んでしまいそうだった。

 

「ダ……はぁはぁ…………ダイジョ……ブ?」

 

「いや……こっちのセリフなんだが。お前は運動苦手なんだから無理しなくてもいいって」

 

『そもそもベルを置いて一人で突っ走ってきたのはゼードなんだけどね』

 

「てめっ、人聞き悪いこと言うんじゃねぇよ!!ベル本人が追っ手は任せてくれ、って言ったから先に来ただけであってな?」

 

俺の名誉のために言わせてもらうが、置き去りにしたくてした訳ではない。ベルがそう言い出したから、それに甘えただけなのだ。だから俺は悪くない、断じて。

 

「とりあえず息整えておけ。そんくらいの時間ならあるから」

 

疲弊しきったベルの姿を見て提案をするが、当人は首を横に振ってそれを退ける。休憩時間が無いほど切羽詰まっているということでもないが、ベルは一刻も早く先を急ごうとしていた。

 

「本当に平気か?5分くらい休んでも問題無いからな?」

 

「ダイ……ジョウブ…………」

 

「助けに行くお前がやられちゃ、元も子もないぞ?」

 

それでもベルの意思は変わらないようで、俺の背を軽く押して進むように促してくる。このまま主張を押し通しても向こうとかち合うだけなので、譲歩して前へ向き直る。

 

石造りの白い外壁。西日が反射してキラキラと輝く大きな窓ガラス。

外からでも神聖なオーラが伝わってくるくらいには豪華な礼拝堂だった。それもそのはず、大陸で一番大きい国の城内にある建物だ。そんじゃそこらのものとは格が違うのだろう。一般人には到底訪れることは叶わない場所なので、こうしてお目に掛かるだけでも御利益がありそうなものだ。

……尤も、信心深い人にとってはの話だが。

 

俺はまだ息が荒いベルを気に掛けながら、その大きな扉を乱暴に開け放つ。

 

 

ヒュン……!

 

礼拝堂の扉を押し開けたのと同時に、二つの刃物が高速で飛んできた。俺がベルをいつも以上に気に掛けていた理由はこれである。弾こうとナイフを構えた瞬間、2メートルほど手前の空中で刃物がピタリと停止した。隣のベルが手を伸ばし、魔法で動きを止めていたのだった。ベルが腕を下ろすと、自然と刃物も糸が切れたように床へ落下した。カランという高い金属音と共に刃物が転がる。それに目を落とすと、予想通り"クナイ"であった。

 

「おうおう、いきなり顔面狙ってくるなんて常識知らずにもほどがあるんじゃねぇの?トビさんよ?」

 

できる限り厭味の籠った声を出し、投てきしてきた馬鹿野郎へ視線を移す。前方、両脇には五、六人が座れるであろう長椅子がいくつも並べられており、真っ直ぐ拓けた場所にそいつは居た。

 

「やっぱおかしーですよ。何でてめーにはバレるんですかね?」

 

「知らねぇよ。牢屋ん中居た時に何度も顔見せに来たお前のせいじゃねぇの?」

 

投てきした姿勢のままだったトビは、ゆっくりと体勢を戻した。俺の言葉にわざと聞こえるくらいの大きさで舌打ちすると、目に見えて嫌そうな顔をする。警戒しながら礼拝堂へ足を踏み入れると、ベルもぴったりと後ろをついてくる。

 

「……律儀に料理なんて運ばねーで、餓死させときゃよかったですね」

 

「んで、今日は何の用だ?構ってる暇ねぇから、とっととどいてほしいんだけど」

 

「勝手に侵入してきやがった奴のとは思えねー発言ですね。今回ばかりは自衛ですから、文句を言われる筋合いはねー気がしますけど?」

 

「じゃあ、お前んとこのリーダーたちがかっさらってったうちのミュゼちゃん、大人しく返却してくれよ。そしたら、お前に危害は加えねぇからさ?」

 

トビは小さく笑みを浮かべると、首の骨をこきこきと鳴らす。

 

「それはできねーですね。一応、飼い主様直々の命令ですんで」

 

「お前ってそんな忠犬だったか?やる気のないアホ犬じゃなかったのか」

 

「いやですねー。昔っから命令に"だけ"は忠実でしたよ?長年の付き合いなんですから、知っててほしかったですね」

 

「誰がお前になんか興味あるか。邪魔だから消えろっての」

 

「俺はてめーに興味津々なんですけど」

 

「気持ち悪ぃんだよ。本当に気持ち悪い」

 

「あらら、ショックです。……悲し過ぎて枕を涙で濡らしそーなんで、てめーをぶっ殺して憂さ晴らしするとしましょーか」

 

こいつの自己中心的な考えで俺は死の淵に立たされようとしているのか。こんなので死んでは堪ったものじゃない。しかしトビは、何を言っても聞き入れるタイプの人間ではない。だったら不本意ではあるが、こちらも行動で応えなければならないだろう。まぁ、端から話し合いでどうにかなるとは思ってもいなかったが。

……自信があるように言っているが、俺はこいつに勝てたことがないのだ。

 

トビが両手を振り上げるのと同時に、建物のあちこちからクナイが飛び出てきた。長椅子の死角、窓枠――瞬時に確認できたのはそこだけだが、量的にもっとあらゆる場所から現れているだろう。

クナイの後ろの輪っか部分に括り付けられている糸が夕日を浴びて、幾重にも重なった線を視界に映し出している。俺らがここへ来るずっと前から準備していたのだろう。その無数の刃物が見えたと思った次の瞬間には、四方八方から襲おうと俺たち目掛けて迫ってきていた。いきなり仕掛けてくるとは、トビも本気だということか。

逃げ場はどこにも無いが、俺は微動だにしなかった。それはベルも同じであった。

 

ゴォン!!

 

クナイが到達するよりも速く、別のものが礼拝堂の壁を突き破ってきて俺たちを覆い込む。一瞬にして目の前が、鮮やかな緑一色に染まる。それは太い茎からびっちりと生えたツタの葉――。

 

『……俺が優秀じゃなかったら、今頃全身がハチの巣だよ?』

 

「信じてたんだよ。ありがたく思え」

 

『助けてあげたのにこっちが感謝しろって、随分と図々しくない?』

 

だが、さすがはレントの魔法だ。以前、魔界でクイズ大会した時にも感じたが通常の植物ではないようで、簡単に石の壁を貫いている。それだけではなく、回避不可能だったトビの攻撃をも完全に防ぎきった。しかも防御にとどまらず、余っていたツタでクナイに繋がっていた糸を切断するというおまけ付きだ。

ツタが解かれると、前方にはしかめっ面をしたトビの姿があった。

 

「真っ向勝負してやると思ったか?前に自分の強みと弱みを理解しておけっつったのはお前だぞ。今の俺の強みは、かなり強い魔族たちっつー後ろ盾を待ってるってことだ」

 

「……まー、一筋縄ではいかねーだろーとは思ってたんで」

 

「へっ!城全体に根を張り巡らせたレントに敵は居ねぇからな。お前なんか俺が手を下すまでもなく――」

 

『あー、ごめん。ちょっとそっちの手伝いはできなさそう』

 

「――叩きのめして…………は?えっ、何で!?ここにきて嫌がらせしてくんの!!?」

 

胸ポケットから花を取り出して、大声で怒鳴りつける。傍に居たベルはあまりの煩さに、両手で耳を押さえていた。

 

『違う違う。助けたいのは山々なんだけど、優先順位は"向こう"の方が上だからさ』

 

「…………向こう?」

 

 

ガキィィン……!!

 

今ほど自分の腕が"普通"でなかったことをありがたく思ったことはない。これまではこの醜い腕のせいで、他人に変な目で見られ、虐げられてきた。けれども今は、こうして攻撃を弾く強固な盾として役立っている。

 

「ほらほら、守ってるだけじゃジリ貧だよ!お姉さん?」

 

ゼードたちが居なくなってすぐに、この女が姿を現した。ハンと名乗った彼女は、ずっと中庭の戦闘を見ていたようで私の術も承知済みだった。

 

「何故私の能力を知っているのに、殺そうとするんだ!?術が解けてしまったら、その隙を突かれて敵国に攻められてしまうかもしれないんだぞ!!」

 

「ここがそんなやわな国に見えますか?仮にそれで沈んだら、せいぜいその程度の王国だったってことだね!」

 

ハンの繰り出してきた槍の穂先を掌底で払いのける。そこまで力が強い訳でもないようなので、血液の球体に籠ってしまえば全て無効化できるだろう。しかし、そっちに意識を移すと城を包んでいるカモフラージュが崩れてしまう。そのくらい、際どいバランスによって保たれているのだ。

 

「お前はここに仕える者だろう!危機は未然に防ぐという考えができないのか!?」

 

「自分が危機に晒しておいて、よくそんなこと言えるね」

 

彼女の頭の中では、私という存在も外敵に分類されてしまっているのだろう。しかし、そうは言っているものの、どこか普通に戦闘がしたいだけのようにも見えなくもない。槍を振り回しているハンの表情が楽しそうであるからだ。

 

一旦距離を取ったハンが、槍を構えて一直線にこちらへ走ってくる。このまま逃げようとも考えたが、体力を大分奪われている私では追いかけっこしたところで捕まるのは時間の問題だろう。それならば、最初から受け身に徹して時間を稼ぐ方がこちらとしても体力消費の配分がしやすいに違いない。そう思い立ち、正面からハンの攻撃に備える。

けれども、彼女は途中まで伸ばしていた槍の穂先を別の方へ向けてしまう。その動作にハッとした私は、構えを解き咄嗟にしゃがみ込んだ。すると動作とほぼ同時に頭の上を何かが通過し、まだ重力に逆らっていた長い髪の毛先が左右に薙がれる。ハンは突きを止め、その場で半身になって背中側から柄の部分を振ってきていたのだ。おかげで髪は千切れることなく跳ね飛ばされただけだが、しゃがみ込んでいた私に回し蹴りが命中する。柄の不意打ちを回避するだけでも精一杯だったので、その次の攻撃など受け流せるはずもない。右肩の辺りに重い一撃が入り、なす術もなく倒される。

それでも痛みにうずくまっていられる余裕はない。地面に倒れた私が横目で上を見ると、矛先が迫っていたのだ。歯を食いしばりながらそのまま転がって、ハンの足元から遠ざかるようにして起き上がる。一方のハンは、容赦なく逆手に持った槍を振り下ろしていた。無論、その矛先は深く大地を穿った。

 

「惜っしーい。あともう少しだったんだけどな。ほら、お姉さんも本気出さないと本当に負けちゃうよ?あたしも寸止めにするつもりなんて全くないから」

 

地面に突き刺さっていた槍を抜きながら喋り掛けてくる。彼女の言うことは本心のようで、穂と同じ形のぽっかりと空いた穴がそれを物語っていた。私もそうしたいのは山々なのだが、カモフラージュのことを考えるとこちらに力を分散できないのも事実である。これは私一人の問題ではなく、ミュゼや町長を助けるため、そして救出に赴いているゼードたちのためでもあるからだ。

しかし心の片隅には、どっちにしろ私が殺されてしまったらカモフラージュが解けてしまうのだから、己の保身のために――なんて考えもあった。

 

だが、私は邪な気持ちを払拭するように頭を横に振る。一体、私は何を消極的な考えをしているというのだ。二人は無事だし、ゼードたちは必ず助け出してくれる。そう約束したではないか。ここで術を解いてしまっては皆を裏切ることと同義だ。いっそ、血液を操る能力が無くともあいつを倒す――くらいの強い意志を持たなくてはならないだろう。

 

「へぇ……良い面構えになったね」

 

私が顔を上げると、心境の変化を感じ取ったのかハンが面白そうな声を漏らす。やはり彼女は、この状況を楽しんでいる。

 

「私は皆のためにも引く訳にはいかないのだ」

 

「うんうん!そうこないとあたしもつまらないからね。じゃあ、ちゃっちゃかやっちゃいましょう!!」

 

そう言い放ち、ハンが走って距離を詰めてくる。私は正直体術が得意ではないけれど、この際四の五の言ってはいられない。先程の受け身とは打って変わって、こちらからも攻めに行く。見様見真似ではあるが、経験を元にやるしかない。

 

長いリーチを生かした槍が高速で向かってくる。これまでは掌底で弾いたり、大袈裟に避けたりしていたが、今度は真っ向から体勢を低くしてそれへ走っていく。そして、穂先が目と鼻の先に迫った瞬間、僅かに顔を一つ分横へずらす。この身をもってして戦ったゼードのように寸前でかわそうとしたのだ。見ただけでそう完璧にはいかず、左の頬を掠めチリチリと焼けるように痛むが、避けることには成功した。そして、無防備になったハンの土手っ腹に蹴りを放つ。

 

「うぐっ……!!」

 

まともに食らったハンは小さくうめき声を上げるが、すぐに立て直して槍を振り回す。追撃を抑えられた私は大きく後方に跳んで距離を取った。続けて攻めにくるようなことはせず、その場で蹴られた所を手で押さえていた。自分の走ってきた慣性に、真反対のベクトルから蹴りの威力が加わったのだ。相当な衝撃になっているに違いない。

私も頬にどろりとした感覚があり、触ってみると今掠めた傷から血が垂れていた。普段はすぐに能力を使って止血するため、こうしてまじまじと能力以外で自分の血を目にする機会はそう無かったりもする。自身の傷を無意識に塞げないくらい、カモフラージュに意識を持っていってしまっているのだと改めて実感する。手の甲でそこをなぞると、跡形もなかったかのように傷が消える。これ程度の能力使用ならカモフラージュに影響は出ない。一瞬で尚且つ弱いものであれば問題ないが、ずっと球体に籠るなどといった大掛かりなものは使えないだろう。

 

余談だが傷を治せるのは自分限定であったりもする。体内の血液を操作して癒しているため、他人の怪我はどうにもならない。完全に自己防衛のための能力で、他人に対しては無意味なのだ。本当に使えない人間なのだと少し嫌悪してしまう。

 

「いやー、油断してた。やっぱ強いねー、お姉さん。その血の力使ったらもっと強そうなんだけどなー?」

 

「お前一人のために解く訳がないだろう?皆の思いのためにも死守しなければならない」

 

私の考えを言い放つと、ハンは渋い顔をしながら小さく舌打ちをする。そして、両手で持っていた槍を片手に持ち替えると地面へ立てる。

 

「さっきから"皆のため"、"皆の思いのため"ーって自分の意思はないんですか?」

 

「これが私の意思だが?」

 

意味が分からずそのまま思ったことを口にしたが、かえってハンの表情は険しいものになるだけだった。

 

「いや、いいんですけどね。もう少し自己中になってもいいんじゃないの?考え方が凝り固まってて機械みたいだよ?」

 

「なっ……機械ではないだろう!ちゃんと自分の考えだ!」

 

「……来た時から見てたけど、命令に従うだけの良い子ちゃんって感じなんだよね。従順過ぎて、あたしよりもハクジュン向きだよ。もっと砕けていかないとモテないよ?」

 

「もっ……!?ももも、モテる必要などない!!」

 

「あれ、図星だった?モテたかった?」

 

「だから違うと言っているだりょうに!!」

 

 

…………今のは単純に噛んでしまっただけだ。決して動揺したからなどではない。

 

「……まっ、自己中になり過ぎてる新人よりかはよっぽどましだけどねー。あたしくらい砕けられるように教育してあげるよっ!!」

 

言い終えるのと同時にまた駆け寄ってくる。今の会話は、痛みを和らげるための時間稼ぎだったのだろうか。しかし、長引くというのはこちらにとっても好ましい。救出を終えたゼードたちかスラーが戻ってきてくれれば、もう私が戦う必要もないからだ。最悪、連れ帰った仲間が深手を負っていても、魔王城へ逃げてしまえば目的は達成しているので戦闘自体を終わらせられる。

 

走ってくるハンは、さっきよりもスピードを緩め、槍を斜め下に向けている。突きの隙を警戒してか、薙ぎのリーチを生かして戦おうとしているのだろう。そして案の定、一歩踏み込めば穂先が私を掠めるような位置で立ち止まり、大振りにならないように注意しながら攻撃してきた。距離が距離なだけに簡単にかわせるが、こうなってしまうとギリギリで避けてもこちらが懐へ飛び込む前に姿勢を立て直されてしまうため意味がない。その反面、彼女もこの中距離を保ちながら戦わなければならないので、安全を確保する代わりに決定打に欠けるだろう。

つまり私は、ハンが一方的に飛び込んでこない限り、このまま防御に徹していれば良い話なのだ。

 

――そう思い込んでいた。

完全に油断していた私は、彼女の異変に気が付くのが遅れてしまったのだ。

 

しつこいくらいに攻撃を振り続けるハンと、流したりかわしたり手のひらで受け止めたりする私。気は抜けないが、勝つことが目的ではないので不思議と心に余裕があった。その間、ハンはぶつぶつと小声で愚痴を零していた。内容までは聞き取れなかったが、苦渋に満ちた表情が全てを物語っていた。

だが、ハンがはぁーっと体内の空気を吐き出すと、また間合いを詰めて突撃してきた。さっきの教訓が生かせていないのか。何か策があるのかもしれないが、私のやることはさっきと変わらない。直前で避けてカウンターを叩き込むだけだ。

迫りくる長槍。しかし、何度も攻撃を受けてきた私にはタイミングがもう掴めている。そして、寸前で身体を少しずらす。

 

――――動かない。私の足が動かないのだ。

驚いて目を下に向けると、両足が氷で固められていた。いつの間に――。

冬だというのに冷や汗が溢れ出る。引き抜こうにももう遅すぎる。穂先はもう私の心臓から十数センチの位置にまで届いているのだ。

 

しかし、そこまで来ておいて急に向きを変えた。

ハンは槍を地面へ突き刺して自分の勢いを殺すと、何故だか後方へ飛び退いた。その理由はすぐに分かった。私の目と鼻の先の地面を掻き分けながら何かが現れたからだ。それは人間の太腿ほどの太さのあるツタ。先程、ベルフェとスラーの魔法から建物を守っていたものと同じものだ。

 

 

『俺はロザの堅っ苦しい感じ、嫌いじゃないけどねー』

 

「レント!!」

 

『はい、レントだよ?』

 

気が付くと足元に握りこぶしくらいの大きさの花が咲いていた。ゼードの持っていたものと同じように、そこからレントの声が聞こえてくる。

 

「……またですか。さっきから自分は安全圏に居て、女子に戦わせるなんて良い度胸だね?」

 

『ほら?俺は接近戦得意じゃないし、居ても邪魔になるだけだから』

 

「……私も得意ではないのだがな」

 

『まあまあ、それはお互い様ってことで』

 

花からハンへ視線を戻すと、彼女はふるふると小刻みに身体を震わせていた。そして、手に持っていた槍を思い切り地面へ叩き付けるとこちらを指さしてきた。

 

「こういう女子を蔑ろにする男が一番腹立つんだよね!だからお姉さんが女としてのプライドを忘れちゃってモテないんだよ!!」

 

「待て待て待て!レントを貶しているように言っているが、それよりも私を貶めていないか!!?…………いや、別にモテなくても良いのだがな!?」

 

 

「そうだよ!ロザはかなりモテるんだからね!!……あ、でも僕以外にはあまりモテなくてもいいかな?」

 

 

…………背後から聞き覚えのある声がする。

――おかしい。あいつがここに居るはずがないのだ。しかし、今の声は――――。

 

一縷の望みに掛けて後ろを振り返ってみるが、残念な形で裏切られることになる。

 

 

そこには、見間違うはずもない。クレインの姿があった。

……何故だかびしょ濡れで。

 

 

「さっきまでの威勢はどーしましたか?虚勢でしたか?」

 

「お前こそ何か弱くねぇか?紐ちょん切られただけでそんな弱くなんの?」

 

俺とトビは互いを煽りながら礼拝堂を動き回る。言葉と一緒に刃物も飛び交っているが。飛んでくるクナイから身を守るため、長椅子と長椅子の隙間に潜り込んでバリケード代わりにする。しかし、輪っかに括られている紐で軌道を変え、的確に俺へ降り注いでくる。仕方なく椅子の陰から飛び出すと、勢いそのままナイフを放り投げる。トビも時計回りに走ってナイフをかわすと、またクナイを取り出す――そんなやり取りがレントの声が聞こえなくなってからずっと続いていた。

 

「大人しく後ろのモンスターちゃんに泣きついたらどーですか?少しは勝機が見えるかもしんねーですよ?」

 

「ベルは戦わせねぇよ。さっきの話聞いてなかったのか?もう耳遠くなってんじゃん」

 

入口近くの壁の所でベルは待機している。こうして武器を投げ合う前に俺から傍観するように言ったのだ。そう告げるとベルは不満そうな顔をしたが、何とか頼み込んで手を出さないようにしてもらった。ベルは戦闘をあまり好んではいないため、あの時見せた不服そうな表情は戦いたいというものではなく、おそらく俺をサポートしたいという意思の表れであったのだろう。その気持ちはとてもありがたい。だが、ここは俺に任せておいてほしかった。因縁の相手というのもあるが、一緒に戦うとなったらベルに甘えてしまうだろう。

俺はトビに勝てたことがない。事実そうであるし、今も勝てる自信はそんなに無い。だからきっと、ベルに頼りきりになってしまうだろう。ベルには転移魔法という重要な役割があるため、負傷でもしてしまったら救出に成功しても脱出が困難になるかもしれない。しかし、ベルにそう伝えても食い下がられてしまっていただろう。

そのため、断られないように『女の子を危険な目に遭わせたくない』とだけ伝えたのだ。案の定、ベルは下を向き顔を隠して了承してくれた。好意を利用しているようであまり良い気分ではないが仕方がない。それに、これは俺の変なプライドでもあるのだ。意地……とでもいうのか。無論、頼る部分はしっかりと頼るつもりだ。それまでは何もせずに待っていてほしかった。

 

優しいことに言いつけの通り、ずっと待機してくれていた。時折流れ弾がベルの方に向かってしまっていたが、自己防衛にのみ魔法を使用しているようだった。トビも攻撃してこない相手をわざわざ狙うつもりがないのか、俺へのみ敵意を剥き出しにしていた。それとも、初めから俺を殺すことしか頭にないのだろうか。

 

「……そういや、どうしてお前はそんなに俺のことを目の敵にしてんだ?」

 

「そりゃ、てめーが大っ嫌いだからに決まってんじゃねーですか」

 

戦いが始まってから初めて罵倒以外の言葉を投げ掛けたが、相変わらず攻撃の手を緩める気配は無いようだ。クナイを弾くナイフから火花が上がる。

 

「嫌いだからって理由だけで殺そうとすんじゃねぇよ!じゃあ何だ?任務で人殺しができるっていうハクジュンはお前の天職って訳か?」

 

「そんな訳ねーですよ。こんな組織、誰が好んで入ると思ってやがんですか?可能なら速攻で退職届叩き付けてやりてーぐれーですね」

 

「へー、じゃあ辞めりゃあいいじゃん」

 

「聞いてなかったんですか?それとも、理解できねーんですか?そー簡単に辞められねーから、こーして嫌々任に就いているんじゃねーですか」

 

「嫌々って――おっと危ねっ!…………そういや前に言ってたな、『地の底を這いずり回ってる』って。何、誰かに弱みでも握られてんの?」

 

その途端、トビに明らかな動揺が見られた。戦闘中どんなことがあろうとも心を乱さないこいつが、だ。トビ自身も狼狽えたのがバレたと気付いたのだろう。雨のように絶え間無く続いていた攻撃の手を止め、大きなため息をついて頭をガジガジと掻き乱す。

 

「あー……何で喋っちまったんですかね。過去の自分を殺してーですよ。…………ったく」

 

一度取り乱しているのが割れてしまっているからだろうか。それ以上動揺を隠すようなことはせず、あえて口に出して落ち着きを取り戻そうとしていた。だが俺は、更に追及するような形で質問をする。嫌がらせや攻撃に切り替えられるのを防ぐためというのも少しばかりあったが、何よりも単純にトビの過去が気になったからだ。

勇者として魔王討伐に向かった頃……いや、罪人として地下牢に捕らえられていた頃からトビを知っている。それなのに、俺はこいつの身の上を1ミリも知らないのだ。

 

「そもそも何でお前はハクジュンなんかに居るんだよ。やりたくないなら、まず入らなきゃ良かったんじゃねぇか?」

 

「……加入しなければ死ぬ、としたらどーです?」

 

「はぁ……?」

 

突拍子もない発言に理解が追い付かない。それについて質問する前に、トビが自嘲気味に笑い出した。

 

「まー、死に掛けてたのは俺じゃなかったんですけど。……同じですね。あいつが死んでたら、俺も死ぬのと同義ですから」

 

「あいつって誰だよ?」

 

「…………てめーに話す道理はどこにありますか?」

 

「ある――って言いたいけど、何もねぇな」

 

「だったら――」

 

「けどさ」

 

トビが喋り出そうとしたところで、俺の言葉を被せて無理やり黙らせる。ムッとした表情を見せたが、口を閉じたままなので聞き手に回ってくれたらしい。

 

「その話、誰か他の奴に話したことあるか?」

 

「……そんなものねーですが?」

 

「誰一人として?」

 

「…………何なんですか?さっきから変なことばっかり質問しやがって、言いてーことがあるならはっきり聞いたらどーですか?」

 

「聞いたじゃん。あいつって誰?ってさ」

 

「だから教えねーって言ったじゃねーですか。鳥頭なんですか?一歩も歩いてねーから、それ以下ってことですか?」

 

「じゃあ、誰になら話せるんだよ?」

 

その質問にトビは何も答えない。言葉を詰まらせた、の方が正しい表現だろうか。目を細め、じっとこちらを睨み付けてくる。

 

「……やっぱな。お前、腹を割って話せる相手って居ないだろ?まぁ、仕事柄ダチを作んのは難しいと思うけど。俺だったら殺人鬼の友達なんて嫌だもん」

 

「さっきから何だって聞いてるんですが?てめーは俺を蔑みてーんですか。あまりにも間接的過ぎて、いつものてめーらしくねーですよ?」

 

「だから今くらい良いんじゃないか?」

 

「……何がです?」

 

「本音をぶちまけても、さ」

 

俺の発言に対して向こうはぽかんと口を開ける。その表情は一瞬だけで、すぐに乾いた笑みを浮かべると眉間に皺を寄せたまま話し始めた。

 

「はっ、同情のつもりですか?ゲロってストレス発散するくれーなら、てめーをいたぶって憂さ晴らししてた方がましってもんですけど」

 

「分かってねぇなー。残念ながらお前と友達にはなれねぇけど、相談に乗ってやるって言ってんだよ。何かしらのアドバイスができるかもしんねーぞ?友達にはなれねぇがな!」

 

「強調しなくてもこっちから願い下げですよ。安心ですね。…………絶対に解決策なんて見つかんねーと思いますけど」

 

「聞いてみなきゃ分かんねぇだろ?判断しようにもできねぇんだからさ」

 

「話すまでもなく、不可能です」

 

「しつけーぞ。折角聞いてやるって言ってんだから、さっさと喋れってんだよ」

 

「何でてめーが偉そーにしてんですかね。……俺が何年も悩み続けてたことをそーやすやすと解決されたら、それはそれで殺したくなりますがね」

 

「どうだろうな?頭の柔らかさには定評があるから、案外簡単に糸口を見つけるかもしんねぇぞ」

 

ここまで食い下がって、漸くトビが折れた。大きくため息を吐くと、面倒臭そうに再び側頭部を掻きむしる。

 

「……まー、いーか。話したとこで、後からこいつの口を封じればいーんですもんね」

 

僅かに落としていた視線を戻して俺へ向き直ると、不意にクナイを投てきしてきた。あまりにも突然だったため、ナイフを引き抜く余裕はなく、瞬間的に上体を反らして避けるのが精一杯だった。標的を見失ったクナイはどこに突き刺さるでもなく、ツタが突き破った壁の穴から外界へ飛び去っていった。

あまりにも無理な体勢でかわしたので、そのまま背中から倒れる。受け身も取れず落ち、その衝撃で小さくうめき声を上げた。すぐさま後転をして起き上がったが、追撃に移られていたら危ないなんて話では済まなかっただろう。

 

「てめっ……いきなり何すんだよ!口封じどころか、まだ何も聞いてないんですけど!?」

 

「おや。俺なりの信頼の証だったんですがね。受け取ってくれねーなんて悲しーです」

 

「急過ぎるわ!受け止めたら死んじゃう信頼の証なんて聞いたことねぇよ!!殺傷力抜群過ぎませんか!?」

 

「これでくたばってたら、俺の話を聞くに値しないってことですよ。おめでとーございます、合格です」

 

俺の堪忍袋が木っ端微塵になり掛けたが、暴れ出したらまた事態が進展しない刃物の投げ合いが始まってしまう。ただでさえ実力差に違いがあるのだ。これ以上、細かい擦り傷を作るのは勘弁願いたい。

だが、バランスを崩した際に畳み掛けてこなかったということは、信頼してくれているというのもあながち嘘とは言えないだろう。あいつのことだ、追い打ちが掛けられるチャンスをみすみす見逃すほど愚かではない。あえて放置してくれたのだろう。

……ここまで理解できるのは、何だかんだ俺もトビを認めているからに他ならなかった。

 

トビは欠けたり穴だらけになってしまった長椅子の肘掛へ座ると、天井画を見上げながら難しい顔をする。天井画は太古に争いの絶えなかった下界を、女神が二つの世界に分断したと謂れるワンシーンを描いているものだった。捏造されたものか事実なのかは判断できないが、信者を集うために有効利用されているのだろう。興味の無い俺にとっては無関係の話ではあるが。

 

暫く沈黙を守っていたが、催促するような真似はしなかった。こいつは普段さっぱりとした性格だ。それがここまで躊躇わせるということは、本当に他人には話したくない内容なのだろう。それを茶化すのは、いくら相手がトビだといっても外道のすることだ。

やがて、視線を上へ向けたまま口を開く。そこから零れたものはまるで独り言のような、はたまた懺悔のような届かない何かへ声をぶつけるものであった。

 

 

「…………俺には妹が居るんですがね――」

 

 

「えっと……いろいろ聞きたいことはあるが……どうしてここに居るんだ?」

 

クレインは何故この真冬に全身から水を滴らせているのか、何故強固な警備であるセントクルス城へ忍び込んでいるのか――問い詰めようと思えば山ほど質問が浮かんでくるが、まずは根本の疑問について尋ねる。

 

「いやー、今日もロザの家に向かってたんだけど迷っちゃってさ」

 

「何故いまだに覚えられないんだ」

 

「気が付いたらセントクルスに居たんだ」

 

「途中で気付かなかったのか」

 

「そこで、ご飯を暫く食べてなかったことを思い出してね?急に空腹に襲われたんだ」

 

「お前はいつも飢えてるな」

 

「だから食べ物を求めて彷徨ってたんだけどね、突然寄り掛かってた塀が無くなっちゃってさ。そのまま水堀に落ちちゃったんだよ」

 

(ハクジュン専用の隠し扉ですか?……でも、あそこは魔法で施錠してあったはず。誰か鍵を掛け忘れた?)

 

視界の隅に映っていたハンが妙に険しい顔をしているが、私にはその考えを読み取ることはできなかった。

するとクレインはそれまでの話し方とは一転、とても嬉しそうな表情を見せてこちらにぐっと身体を寄せてきた。

 

「そしたらね、どこからか君の声が聞こえてきたんだよ!!ロザの家以外でこうして出会えるなんてやっぱり運命でしょ!!!」

 

「分かった!分かったから、迫ってくるな!私まで濡れてしまうだろう!?」

 

「あーごめんごめん」

 

クレインは苦笑いをして、少し離れる。風はそんなに無いが、気温は日の傾きと共に低くなってきている。あんな状態で寒くはないのだろうか。

 

「それで、他に質問は?」

 

「え!?いや……大体今のやり取りで何となく理解できた」

 

「えー!?もっと聞いていいんだよ?君には僕の隅から隅までしっかりと知っておいてほしいからね」

 

「もっ、目的はそうではない!!」

 

『さっきから他に誰か居るの?』

 

こちらの様子を窺えないレントが置いてけぼりを食っていたようで、ここでやっと介入してきた。そういえばそうだったと慌てて紹介をする。

 

「こいつはクレインだ。頻繁に私の家に忍び込んでくるストーカーだ」

 

『……でも、全く感知できないんだけど』

 

「あぁ、それはあいつが…………あいつは魔法に干渉しない体質らしいんだ」

 

それまで普通の声量で話していたが、花の傍にしゃがんでこそこそ話をする。敵であるハンに聞かれると厄介そうなので隠そうと思ったからだ。

向こうではハンがクレインに対して自己紹介を求めていたため、こちらの会話は聞かれていないだろう。

 

「僕はクレイン。ロザの彼氏だよ、よろしくね!」

 

「よろしくない!!お前は何勝手にデマを広めているんだ!いいか、違うからな!?」

 

ハンはお手上げといったポーズをしながら、笑みを浮かべたまま目を閉じる。

 

「大丈夫です、分かってますから。……それと、ごめんね。もうこれ以上モテる必要は無かったんだね。余計なお世話だったよ」

 

「分かってないだろう!?違うからな?ほら、お前からも撤回しろ!!」

 

「何を?」

 

「心底分からないといった顔を止めろ!!」

 

不思議なことに、さっきの戦闘中と比較しても今の方が疲労が溜まっているような気がしてならない。動きは少ないのに、大声を張り上げているからだろうか。

 

「だから、そこの花もロザは僕のものだから諦めてね?」

 

『はいはい、さすがに俺も彼氏持ちに手は出さないよ』

 

「素直に諦めなくていい!そもそもク、クレインは彼氏ではない!!」

 

「つまり、その女を戦わせる卑怯男にはモテたいってことですね?」

 

「それもちっがーう!!!」

 

…………おかしい。救援が来たはずなのに、何故だか私以外三人とも敵であるような気がしてならない。胃もきりきりと痛んできた。

……誰か助けてください!

 

「お喋りはこの辺にしてそろそろ戦おっか。それで、三人掛かりで寄ってたかっていたいけな女の子を苛めるって訳?」

 

「いや、ロザはもう戦わせないよ」

 

「クレイン?」

 

クレインはゆっくりと私の前へ歩み出ると、庇うように両腕を広げた。その背中は普段、変態行為に及んでいるものとは全く違う。とても大きく、頼りがいのあるように感じた。

 

「でも、お前は戦い自体得意ではないじゃないか!?」

 

「そうだけど、君が戦っているのを黙って見てられる訳ないでしょ?」

 

「うんうん!お兄さんは見ごたえがあるよ。余程、このお姉さんが好きなんだね。感服感服」

 

「将来の伴侶としては当然だけどね!!」

 

「…………レント、離してくれ。二人ともぶっ飛ばしてくる……」

 

『ややこしくなるから止めよ?っていうか、ロザはカモフラージュに専念して』

 

ツタが足に巻き付いているのを無視して前進しようとする。しかし、仮にも魔族四天王の魔術だ。私の力程度で引きちぎれるようなものではない。それでも、やらねばならないこともある。

 

「じゃあ、あたしの相手は一途なお兄さんで良いの?」

 

「お手柔らかにね!」

 

受け答えを終えると、ハンはまたしてもクレインに向かって走っていく。クレインは腰に下げていたクロスボウを慣れた手つきで引き抜く。

このクロスボウは一般的なものよりもはるかに小さく、人の体格ほどの大きさもある中、クレインのは肘から指先くらいのサイズしかなかった。以前小耳に挟んだ話によると、大きさに比例して威力も上がるらしい。初心者でも扱いやすいクロスボウといえど、巨大なものを使用するにはそれなりの腕力、技術、経験が必要になるだろう。その分、彼の小さいものは片手でも射ることが可能で、力が無くとも簡単に操ることができそうだ。加えて猟師を生業としているので扱いにも長けているだろう。

しかし、それは野獣相手の話だ。今の対敵は人間。食料確保のために狩るのとは話が違う。言い方は悪いが、クレインに人を殺める度胸があるとは思えない。

……というか、そうであってほしくない。

 

クレインはボウガンを構えると、迷いなくハンへ撃ち出した。それに気付いたハンは両足でブレーキを掛けると、目の前で槍を回転させた。高速の回転を掻い潜ることは叶わず、矢は弾かれて側方へ転がった。

 

「凄い……!まるで曲芸だね」

 

「ほらほら、見とれてる暇はないよ!!」

 

回転させていた槍を流れるように両手に収めると、すぐさま駆け出す。クレインは慌てて替えの矢を取り出しているが、全然間に合わない。

 

「レント!20メートル先に魔法!!」

 

その言葉に呼応するように、地面からツタが伸び上がってくる。進行方向に突然現れた植物によって、ハンは距離を取るしかなかった。

 

「ちっ……邪魔臭いな」

 

「ありがとう、レント」

 

『それは良いんだけど、クレインの居場所が分からないからサポートのしようがないんだよね』

 

レントの口調からも分かるように、クレインをどう手助けしようか困っているようだった。こちらの様子は魔力の感知だけで行っているから、反応が無いクレインの状況は全く掴めていないのだろう。

 

「レントの魔法だけであいつを倒せないのか?」

 

『何回か見てもらってると思うけど、俺の魔法は事前に察知されちゃってるんだよ。戦闘力は高くないみたいだけど勘だけは鋭いね、あの子』

 

確かに今のは私が指示したとはいえ、最初のは完全に不意打ちだった。もう少しで私を仕留められるというところで回避行動に移ったのだ。まぐれという訳ではないだろう。

 

『ここは素直に逃げて誰かに助けてもらえ――って言いたいんだけど、今は皆交戦中みたいだね。俺の隠れ家も見つかったらおしまいだし……』

 

向こうでは、クレインが矢を放ちながら逃げ回っている。片手で撃ち出せるほどコンパクトであるから、逃げ足も通常時とさほど変わらない。レントも把握ができないなりに、ハンの周囲へ植物を創出して動きを制限しようとしている。

ハンは突き上がった植物を切断し、クレインが矢を撃ち込む。それも弾いて追い掛けようとしたところに植物の妨害――これを繰り返して時間を稼いでいるが、徐々に詰められつつあった。

 

「クレイン!無理はするな!!」

 

「装填時間が間に合わないんだよ!!」

 

クレインのクロスボウは、あぶみに足を掛けて弦を引くほど大きなものではない。手でそのまま引っ張れる程度のものだ。威力こそは出ないだろうが、こうして走り回りながらでも装填できるというのは幸いだった。けれども、ずっとこうやって逃げていても捕まるのは時間の問題だ。

 

「普段は一発目を外した時、どうやって狩猟しているんだ!?」

 

「いつもは森の中だから隠れる場所がいっぱいあるんだよ!!」

 

今もハンの視界が植物によって遮られている隙を見計らって装填をしている。私はクレインが戦っている様子をほとんど見たことがない。人間相手に戦うことはそう無いだろうが、いつもこんな情けない姿を晒しているのだろうか。……いや、あれは初めてミュゼとゼードが家を訪れた時だったか。あの時、ミュゼはクレインと交戦して中々手間取ったと言っていた気がする。一体何故……。

あの時と違うのは――――。

 

私ははっと顔を上げると、すぐに花の傍へ両膝を付いて座り込んだ。そして小声で提案、もとい頼み事をした。それに対してレントは、いつもと変わらないもったいぶった口調で答えた。

 

『んー、これは中々高くつくよ?それなりに魔力消費もするだろうしね』

 

「金は後でどうにかする!」

 

『……なーんて、冗談冗談。緊急事態にそんなこと言わないって。……じゃ、気を付けてね?』

 

言葉にワンテンポ遅れて中庭全体の地面が光り出した。するとめきめきと植物が生え、瞬く間に壮大な森林を創り出した。道も一本道ではなく、入り組んでいてまるで迷路のようだった。

ミュゼたちが家に侵入してきた時、戦力の分断を試みようと家中に血液の巨大迷路を張り巡らせていたのだった。今のこれはその時の再現である。

 

「……何のつもりですか?こんなので足止めできると思ってるの?」

 

ヒュン……!!

 

後方から唐突に射出された矢を袈裟に振って叩き落す。しかし、どこを見回してもクレインの姿を捉えることができない。顔を顰めていると、また違う方角から矢が襲い掛かってくる。かわしながら瞬時にそちらを向いても、影一つ見つけることができなかった。

それもそのはず、クレインは森林で動物に察知されないように動くのは得意としているし、何よりこの森自体が魔法で創られているのだ。皆は草を掻き分け、木々を避けて動かなければならないが、クレインには関係ない。魔法干渉しない彼にとって、障害物が障害にならないのだ。

それにしても、一瞬でこれだけの森林を創出できるレントも相当なものだ。本人は接近戦が苦手だと語っていたが、魔法勝負に持ち込めば十分に争えるであろう。

 

「ぐっ……小賢しいね。――――ほいっ、卑怯男の攻撃は効かないよ?」

 

クロスボウの矢は確実にハンを惑わせる。けれども、周囲の木々や草花から放たれるレントの魔法は事前に感知されて悠々と防がれてしまっている。

 

「やっぱりお前の攻撃はバレているぞ?」

 

『うーん……俺は魔力管理がそんなに上手くないから、攻撃するときに大量の魔力が移動しちゃってるんだよね。だから先に気付かれてるのかも』

 

レントの花へ小声で話し掛けると、そんな答えが返ってきた。そうなると、決定打が与えられるのはクレインだけになる。だが、そのクレインもいつトリックが見破られるか分からない。タネが明かされていない現状はこうして渡り合えているものの、単純な戦闘スキルでは私よりも下だろう。長期戦はあまり得策ではない。

 

しかし、ハンもどこから来るか分からない攻撃に焦りを感じ始めたのだろう。不意に構えを解くと、大声で問い掛け始めた。

 

「いやーびっくりだよ、お兄さん。正直、ここまでてこずるとは思ってもみなかったよ。最初から魅力はあると思ってたんだけどね!」

 

すると、容易く誘いに乗ってしまったようで森の中にクレインの声も響いてくる。

 

「当たり前だよ!ロザに助けてって頼まれたから、僕は命を賭けてでも守り通さなきゃいけないんだ!!」

 

……そんなことは言ってない。息を吐くように記憶を改ざんしているのか、あいつは。それとも、言葉が耳を通って脳に到達するまでに、都合良く書き変えられてしまっているのか。

それよりも、だ。クレインは反応してしまったが、ハンはまだ動こうとしない。確実に居場所を突き止めるまでは、下手に行動へ移さないのだろうか。

 

「さすが男の鑑だねー。身近には女子を大切にしてくれない男ばっかで困っちゃうんだよ」

 

「全くだよ。もっと愛でるように接しなきゃ!」

 

その対象が私でなければ、この寒気は起こらなかっただろう。

 

「分かってるねー。お兄さんみたいな男はそうそう居ないよ!」

 

「君こそ人を見る目を持ってるよ!」

 

どうして意気投合しているのか。……何故だろう、無性にイライラしてくる。

 

「どう?いっそのことあたしに乗り換えるってのは?」

 

「えっ……?」

 

唐突にハンが変なことを口走り始めた。そもそも、クレインと私は付き合っている訳ではないので、乗り換えるも何も――。

 

「なーんて、冗談――」

 

「嫌だよ。だって君、胸小さいじゃん?」

 

 

「『ふがっ…………!!?』」

 

私とレントが声にならない言葉を漏らす。ハンに至っては、絶句を通り越して言い掛けた状態のまま石化している。

 

「やっぱりロザの魅力は、あの全てを包み込んでくれる豊満な胸にあると思うんだ。勿論性格も十分、いや完璧なんだけどね。やっぱり見た目からしてインパクトのある胸は、何かしらの引力が働いていると思うんだ」

 

「クレイン!今ならセクハラには目を瞑ってやるから、早くハンに謝るんだ!!お前は女の気持ちを理解していない!!」

 

「…………お姉さんに言われても見下されているようにしか聞こえないんだよね」

 

どうやら火に油を注いでしまったらしい。しまったと口をつぐんだ時にはもう遅く、ハンから魔力とは異なるオーラが溢れ出ていた。

槍を頭の上で構えると、そのまま神速で回転させ始める。その口元は僅かに開いていて、もごもごと何かを喋っているようだった。

 

『まずい!あれは呪文を唱えてるんだ!かなり大きな魔法を使うつもりだよ!!』

 

そういえば以前、ベルフェと話したことがある。魔法は呪文を唱えることで発動することができると。しかし、ベルフェやミュゼのような高位の魔族であれば詠唱なしで創出可能なのだそうだ。もしかして、さっき私の足が氷漬けにされる前に口を動かしていたのは、愚痴ではなく呪文の詠唱をしていたのだろうか。

槍の回転は収まるどころか勢いを増し、魔力をあまり感じられない私でもハンを中心に渦巻いているのが理解できる。

 

そして、周囲の魔力が安定した途端、ハンは持っていた槍を思い切り地面へ突き刺した。

 

 

『ロザ!!この花を抜いて跳ぶんだ――――!』




ここまでお読みいただきありがとうございます。

初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりでございます。
碓氷 修夜です。

遅くなりましたが20話です。遅れた理由は、生活環境の変化、構成について苦悩――言い訳は上げ出したらきりがないのでここまでにします。

20話は、同じセントクルス城という場所で二つの出来事が起こっていました。正確には19話も同時進行なので三つですが。今回は大きく物事は動いていないかもしれません。次回、それぞれの争いが決着へ向かいます。そして現王、カルドレアの隠された企みとは……?
次回をお楽しみに。


それでは改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。
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