ゼード…ピース依頼事務所の所長。過去に勇者として魔王を倒した経験あり。
ロザ…エノスの古城に住む女性。手が二回り程大きく、赤く鋭く尖っている。バラが大好き。
トビ…中央国秘密部隊ハクジュンの成員。影で暗躍し、どんな命令でも断らない。しかし、その姿勢はやる気のなさが漂っている。
ハン…ハクジュンの成員。槍術に長けた女性。
ベルフェ…悪魔系のリーダー。皆からはベルと呼ばれている。魔力はピカイチだが、人語が話せない。魔族四天王の一人。
レント…植物系のリーダー。非攻撃的であり、戦闘スタイルも待ち伏せて敵を誘い込むのを得意としている。魔族四天王の一人。
凍えそうなほど冷たい空気が肌を切り裂いていく。
草木は枯れ果て、絶氷の世界だけが広がっている。
ブルーとクリスタルに埋め尽くされた視界に、一人の女が立っている。氷は彼女を中心に突き出ていた。
女は穿っていた長槍を引き抜くと、ゆらりと起き上がりこちらに身体を向けた。
「ここからが本番だよ、お姉さん?」
――――――――――――――――――――――――――――――――
『ロザ!!この花を抜いて跳ぶんだ!!』
何故だと問い掛ける前に、私の第六感も警鐘を鳴らした。危機が迫っていると本能が告げていたのだ。疑問を胸に抱えたまま、言われた通りクチナシの花を引きちぎり、その場で大きく飛び跳ねた。両足が地面を離れた瞬間、地表が青白く光り始める。そう思うや否や、突然地面が突き上がってきた。
……違う。これは氷だろうか。
ハンはさっきの一瞬で中庭全体の床に魔法を張り巡らせ、そこから氷を山のように隆起させているのだった。
『ロザ!下、下!!』
手に持っていた花からレントの鬼気迫った声が響く。その声に従って下方を覗くと、真っ直ぐこちらに向かって氷山が突き上がってきていた。空中では回避行動が行えない。真っ向から受け止めるしかないようだ。だが、氷山は私の三回りほど大きなものである。力比べで勝てるとは到底思えない。ならば、その力を利用するまで――。
私は両手をフリーにするために、持っていた花を口に咥える。そして、盛り上がってきた氷山の頭を掌底で叩いて僅かに座標をずらす。頂点に貫かれることはなくなったが、このままでは側面にぶつかってしまう。そこで、この"指"の出番だ。
「ふおおおおおお!!」
宙で踏ん張れない状態のまま、私は右腕を大きく振りかぶる。そして、力いっぱい氷山の一角へ向けてその鋭い爪を突き立てた。堅い氷の表面を砕いて、指先が侵入していく。それからまだ少し氷山は上昇をしたが、私も引っ掛けた爪でぶら下がって落ち着くのを待った。
やがて巨大な氷の塊は生命活動を停止したかのように動きを止める。腕を引き抜いて地上へ降り立つと、そこは先程までの景色とは一転していた。鮮やかな緑色だった森は息絶え、冷たく温かみの無い中庭。数分前と同じ場所とは到底思えない。
「馴れ合いはもうおしまい」
そして氷上にはそれ以上に冷たい表情をしたハンが居た。槍を引き抜くのと同時に、肌を突き刺すような凍える風が通り抜ける。
「本気、という訳か」
くわえていた花を左ポケットにしまうと、冷血な女を見据えた。
「まあ、初めっから手を抜いてるつもりは無かったけどね。さっ、勝負だよ!」
『残念だけど、ロザはもう戦わせないよ』
声が聞こえてきたのは下の方だ。さっきしまったクチナシの花からレントが今までにないくらい真面目な声を出していた。
『ロザは術の維持に専念してもらわなくちゃいけないんだ。ハンに構ってる暇なんてないんだよ』
「……じゃあ卑怯男が相手してくれるっての?ずっと隠れてる癖に」
ハンの問い掛けに対して一瞬レントは黙り込んだが、すぐに回答を出す。
『良いよ。その代わりもうロザには手を出さないでね?』
「あたしを楽しませてくれれば、だけどね」
一呼吸おいてから小さくレントが肯定の言葉を発する。次の瞬間、5メートル程の高さのある氷山が不意に砕け散った。それだけではない、地表を覆っていた氷の膜を突き破って周囲から無数のツタが現れる。視界を覆うほどのツタがやがて一か所に集まると、ゆっくりと蕾が開くかのようにそれぞれが外へ剥かれていく。そして中から現れたのは緑髪で尖った耳の男。
「いい加減、その卑怯男は止めてくれないかな?レント、って気軽に呼んでよ。ね、ハン?」
しかし、これに対してハンは黙ったままである。苛立ちよりも訝しさを感じているかのような目だ。その様子にレントは感嘆の声を漏らすとニヤリと口元を吊り上げる。
「その様子だと気付いてるみたいだね」
二人の間に得体の知れない空気が渦巻いているが、私にはそれが何なのか理解できてはいない。答えを告げるように、ハンがレントから目を離さずに口を開く。
「卑怯…………お兄さんの"それ"、本体じゃないでしょ?」
まだ私にはさっぱりだが、レントの様子を見るに正解らしかった。
「ご明察!伊達に城の警備をしてないってことだね」
どうやら目の前に居るレントは"本物のレント"ではないらしい。しかし、魔力の感知が得意ではない私にとっては普段の彼と瓜二つ過ぎて違いが分からない。おそらくだが、見た目に違いは存在せず、纏っている魔力に相違があるのだろう。
……これもあくまで予想だから確実ではないが。
「やっぱり卑怯じゃん。あたしにとって何のメリットもないでしょ?」
「戦いだからね、メリットも何も無いような気がするけど。でも、確かにこれじゃあさっきと変わらないか。うーん、そうだなぁ…………あっ、そうだ!」
額に指を当てて考え込んでいたレントだったが、急にわざとらしく手を叩く。
「だったらこうしよう。俺たちが勝ったら、ハンはもう手出しをしてこない。ハンが勝ったら、"俺はゼードを裏切ってこの作戦を滅茶苦茶にする"ってことにしよう!」
「ちょ……ちょっと!!お前は何言ってるんだ!?」
レントの提案に私は思わず割って入った。あまりに突拍子もない発言で、居ても立っても居られななかったからだ。しかし、レントは私を一瞥すると僅かに笑顔を見せ、ハンへ向き直ってしまった。
「どう?悪くない条件だと思うけど」
「へぇ……面白そう。だけど、本当にそんなことしてくれるの?約束を守ってくれる保証なんてどこにも無いでしょ?」
「無いね。でも、ハンなら分かってくれると思うよ。どちらに転んでも、飽き飽きしないことになるだろうってね。そして、俺がそういう展開を望んでるってことも」
「……良いよ、乗ってあげる」
ハンはくるくると槍を振り回すと、半身になって胸の前で柄を握る。いつでも動き出せるように構えたのだろう。
「もし負けたらどうするんだ!?」
「負けなければいい。……万が一負けたとしたら、その時は約束を守るだけだよ。だからハンも約束は守ってね?」
「勿論です。こっちも負ける気は無いけどね」
返答を聞いて、レントは再び表情に笑みを浮かべる。先程もそうだったが、この笑顔に対して私の胃はきつく締めつけられる感覚に陥っていた。考えたくないものだが、彼はもしかしてゼードを裏切ろうとしているのではないか。仲間を信じられない自分に嫌気が差すものの、どこかその疑念を振り払えないでいたのだった。
そんな落ち着かない私をよそに、二人の戦いの引き金が引かれようとしていた。そしてその均衡は、ハンが重心の高さを変えず動き出したことで破られた。
☆
「――という昔話があったんですよ」
トビは肘掛けに腰掛けたまま自身の過去のことを話した。妹が居ること、その妹が難病で今も眠り続けていること、療養の条件と引き換えにハクジュンに所属していること――それらを淡々と語り尽くした。そんなことがあったなんて俺でも初耳であった。
だが、それ以上に印象に残ったのはトビの様子であった。話している最中、こいつは一切感情を見せなかった。ここまで引きずっている妹の話をしている時でさえもだ。まるでロボットのように物語を伝えるためだけに口を開き、無感情で時代を遡る。その姿は違和感を通り越し、不気味なほどであった。そのため、そんな出来事を前にトビの心の声は何一つ聞こえてこなかった。
「じゃあ、今もこの城のどっかにお前の妹が居んだな?」
「はい、元気にぐっすりすやすやしてやがります。……まー、眠ってるだけなんで元気かどーかと言われたら微妙ですけど。そーいう訳なんで、命令でもあるんですがここで暴れられると個人的にもてめーらを始末しなきゃならねーんですよ」
「だったらミュゼ返せってんだよ」
「はぁ……話が平行線辿ってばっかで全く進展しねーですね。…………それで、てめーの言うアドバイスってのは見つかりましたか?」
正直なところ、話を聞いただけでは解決方法なんて分かるわけがない。俺は医者ではないのだ。有効な治療法はおろか、そこらの民間療法にも疎いのだ。
「さっぱりだな。けど、話してみて多少気持ちが楽になったとはねぇのか?」
「さっぱりですね」
こちらの問いを一瞬で否定する。その反応を見て俺は確信する。
こいつは本気で妹のことを心配しているのだと。自分の心をどれだけ軽くしようとも、その根底にあるものは妹なのだ。その問題が解決しないことには、トビの気持ちが晴れることは決してないのだろう。
ハクジュンに属するきっかけとなった話だ。少なくとも5年以上は経過している。その間、ずっと独りで抱え込んでいたのだろう。トビは自分のことを他人に打ち明けるような性格はしていない。他人と打ち解けられる性格も持ち合わせていない。そのため、ハクジュンの連中もこの話を知らないのかもしれない。そうであるなら、親身になって相談に乗ってくれる相手が居なかったに違いない。だったら――。
「アドバイスじゃないが、お前に言いたいことがある」
「……何ですか?」
俺は大きく息を吸うと、吐き捨てるように言葉を発した。
「悲劇のヒロインぶってんじゃねぇぞ、このヘタレ野郎」
「はぁ…………?」
――俺がこいつにはっきりと伝えてやる。それがトビのためになるかもしれないからだ。
トビはポカンと口を開けている。言われた言葉の意味が理解できていないようだ。そりゃそうだろう。急に妹が病気になり、流されるままハクジュンに加入。そして本人の意思とは関係なく下される命令に従う日々。それを否定されたのだ。
口を閉じるのも忘れ、そのままゆっくりと顔を下に向ける。その表情が見えなくなった瞬間、座っていた長椅子を蹴り飛ばし、こちらに迫ってきた。あまりにも突然のことで、回避するので精一杯だった。咄嗟に足に力を籠めて跳び、右側の長椅子の隙間に転がり込んだ。受け身を取ってすぐさま起き上がると、既に空中で椅子を蹴って方向を変えていたトビが眼前に詰め寄っていた。慌ててナイフを抜き出そうとしたが、右の拳が伸びてきたので素手での防御を優先する。なんとかパンチを外に逸らしたものの、トビの身体の勢いは収まらない。どうやらトビ自身でも制御できていないようだった。そのまま身体ごとぶつかってきて絡まるようにして後方へ吹っ飛ばされた。
トビはどちらかというと、長期戦になったとしても冷静を保ちつつ、僅かな隙に付け込んで敵を仕留めるタイプの人間だ。俺もそれを理解していたからこそ、今のようながむしゃらに突っ込んでくるのには対応できなかったのだ。それくらい熱く、心が乱れているのだろう。
衝撃は礼拝堂の壁にぶつかって漸く停止した。ぐるんぐるんと回り続けている感覚を目を瞑りながら抑えつつ、身体を持ち上げる。しかし上体を起こそうとしたところで、顔面に激痛が奔る。左からの衝撃に加え、右の壁に衝突して頭の両側が痛む。僅かに開いた目には、ダークブラウンのブーツが俺を襲っているのだけが映る。腕で防御しようにも、その腕を蹴られ、段々と感覚すら無くなっていく。しまいには叩き付けられていた壁が音を立てて崩壊し、開かれた穴から外に投げ出される。
「……来んな!!」
仰向けに倒れたまま俺は声を張り上げる。足音でベルが駆け寄ろううとしていたのに気付いたからだ。その言葉を聞いて足音が止む。これまで傍観してもらっていたのだ。ここで戦闘に加わってしまっては意味が無い。……ベルには随分とみっともない姿を晒してしまっていることであろう。手が届く状態で、黙って見ていることしかできないのはとても酷な話のはずだ。
「同情してもらうつもりはねーですが、馬鹿にされる覚えもねーんですけど」
息の上がった声が耳に入ってきたので瞼を開けると、ミッドナイトブルーの空が視界に広がってきた。日はもう完全に沈んでしまっているようだ。溢れ出るくらいに分泌されているアドレナリンのおかげか、死にそうになるくらいの痛みは感じないが、思うように身体が動かない。やっとのことで顎を声の方へ向けると、肩で息をしているトビが立っている。向こうも感情のままに暴れていたのだろう。
「てめーには俺がどんなに苦労してきたか分かんねーでしょーけどね、中々大変なもんなんですよ?"他人を殺すのと同時に自分を殺す"ってのは。勇者として勝ち組街道突っ走ってるてめーには到底考えが及ばないと思いますけど」
俺は口の中に溜まっていた血を唾と一緒に地面へ吐き捨てる。そして、震える腕で何とか座った状態まで持ち上げた。
「そうかもな……。俺は運が良いことにまだ人殺しはしてねぇし、こうして生きたまま魔王も倒した。悪いがお前の気持ちを理解してやることはできそうにない」
「だったら――」
「でもな」
トビを言葉で抑制し、ゆっくりと両足で全身を支えようと身体を動かす。腕同様に脚も震え、少しでも気を抜くと意識共々転がってしまいそうになる。普段の二足歩行がとんでもない偉業をなしえているようにさえ感じるほどだ。
ふらふらしながらトビと同じ目線になると、射貫く勢いでその面を睨み付ける。
「大切な家族のことでお前に説教してやることはできんだよ!」
爆発する感情と共に出た言葉は、暴行されたことへの恨みではなかった。歯の隙間から呼吸を繰り返してから、ビシッとトビへ向けて人差し指を掲げる。
「お前はその妹のために何をした?主の命令に従ってた?どんな汚れ仕事でもしてた?……笑わせんなよ。そんなの言い訳にもならねぇ。共感なんてこれっぽっちもできやしねぇ!」
怒り――。まともに努力もしないで悲壮感を漂わせていることに対しての憤りであった。
「お前は本当に妹のために尽力してたのか?具体的に何か行動してたのか?あらゆる手を尽くしたのか?それだったら俺の心にも響いたんだろうけどな。でも聞く限り、お前は何もしてないじゃねぇか!"妹のため"って言葉を盾にして開き直ってただけだ!!結局は自己満足なんだろ!!?」
俺が言い終える前に、トビが言葉にならない叫び声を発して跳び掛かってきた。両足に力を籠め、体勢を低くする。そして、伸ばしてきた腕にタイミングを合わせて身体を捻り、その脇腹に蹴りを叩き込んだ。滑るようにして地面へ転がったトビは、獣のように唸り声を上げながらすぐに起き上がる。
「お前の妹はまだ生きてる。寝たきりでも必死に生きてんだよ!だったらもっと足掻け!!……居なくなってからじゃ、理不尽に奪われてからじゃあ遅いんだよ」
怒号しながら俺は自身の感情が曖昧になっていくのを感じた。感情こそは怒り一辺倒だ。それなのに何故か、頬に涙の線を描いていたからだ。大量に溢れた訳ではない。ほんの一滴、目から零れ落ちただけだった。
説教をしながら脳裏に浮かんでいたのは誰の姿であっただろうか。懐かしい面影が次々と蘇り、最後に生意気な小娘が映し出される。
「俺の言葉が間違ってたなら素直に謝る。……けどな、仮にそうだったとしても、こっちもこっちで取り戻したいもんがあるんだ。帰るに帰れない理由があんだよ。魔王との約束云々じゃねぇ。諦めちまったら知り合いに幻滅されるし、何より俺自身が許せねぇ。
…………回れ右すんのは、お前の方だ」
その言葉を皮切りに両者が一斉に動き出す。トビは取り出したクナイを力任せに放ってきた。パワー勝負では勝ち目の無い俺は、開けられた穴から礼拝堂の室内へ飛び込み、壁を盾にするようにしてその攻撃を防ぐ。続けて入ってきたところを迎撃しようとナイフを構えていたが、何かを察知して壁から離れる。飛び退いた瞬間、壁が弾けるように破壊されトビの姿が現れた。どうやら魔法を唱えたらしく、瓦礫からは煙が上がっていた。
「自分の城を意図的に破壊すんなよ。怒られんぞ?」
「先に壊したのはてめーらの方ですよ?それにこんだけボロボロになってたら、今更丁寧に扱ったって意味ねーんじゃねーですか?」
「ははっ、違いねぇ」
軽口を叩きながら血だらけになったコートの胸元を弄る。そして目当てのものに触れると迷いなく抜き取る。手にした"それ"をトビは目にすると、口元を緩ませた。
「いー加減に決着を付けるって訳ですか。……後悔してももう遅いですよ?」
俺の右手にしっかりと握られた金色の"短剣"――――。
☆
「……さっきから何のつもり?」
伸びてきたツタを槍で叩き落しながらハンが不満そうな声を漏らす。目を細め、見るからに機嫌を悪くしていた。
「何のこと?」
一方のレントはどこに気が障ったのか分からないようで、わざとらしく腕を組みながら首をかしげている。その態度に怒りの感情が決壊したかの如く、石突きを地面へ突き立てる。
「ふざけないでよ!!さっきから手加減のつもり?そこから"一歩も動かない"で」
レントの後方で戦闘を眺めていた私も疑問に思っていたが、レント……正確にはレントの偽者だが、それが現れてから微塵も下半身を動かしていない。魔力の供給の問題で地面と繋がっていなければならないのかと思っていたが、彼女の反応からしてそうではないようだ。
「本気なんだけどなぁ。一応、自分に枷を科してイーブンにしてるつもりだよ」
「イーブン?」
「そう。真面目には戦ってるけど、俺は魔術で創られた分身だからね。攻撃を食らっても実体には大きな被害が無い。でも、ハンは攻撃を受けたら傷を負うし、肌が裂ければ血も出る。それは不平等でしょ?だから、せめて同じようなスリルを味わえるようにここに突っ立ったままだったんだ。気を悪くさせたなら謝るよ」
「……結果的に舐めてることには変わらないでしょ?」
「良いんじゃない?ハンにとっては有利なんだから。……尤も、負けたら大恥だけど」
「…………分かりました。後で言い訳なんてしないでよね」
「そんなみっともないことしないよ」
ズキリと私の中の何かが痛む。不平等?これはゲームじゃない。油断すれば命を落とす戦闘だ。確かにレントは負けても死ぬことはないだろう。しかし、それはゼード、そして他の皆の危機にも繋がる。そのことを理解していない訳ではないだろう。理解している上で、こうして遊び半分でハンと対峙しているのだ。私はその事実に苛立ちを覚えながらも、どうすることもできない自身の無力感に苛まれていた。
ハンが真っ直ぐレントに向かって走ってくる。そうかと思えば突然ブレーキをかけて跳んで後退した。すると、進行方向上だった地面からツタが突き上がってくる。着地した彼女はすぐに重心を前へとずらし、出てきたツタを迂回して迫ってくる。一定の距離まで近付くと、矛先をレントの心臓目掛けて伸ばしてきた。彼は腕を横から前へ振るうと、傍に待機させてあったツタを防御へ回す。構わずハンはそのツタごと貫こうとするが、弾力性のある植物がそうはさせない。凹みはするものの貫通させずに、ハンを押し戻す。肉薄された状況であるのに、やはりレントはその場から動こうとはしない。
「どうなってるの?その雑草」
「ハンが思っているより植物の生命力、耐久力が優れているだけだよ。そっちだって、事前に魔法を感知するよね。ゼードみたいだ」
「へぇ、あのお兄さんもそうなんだ。あたしはちょっと忍術に敏感なだけかな。あ、モンスターは魔術って言うんでしたっけ?あたしに向けられる魔法を肌で感じやすい体質みたいなんだよね」
「うーん、じゃあかなり厳しい戦いになりそうだ」
「今からでも肉弾戦にシフトチェンジしてみたら?」
「実を言うと、俺は魔術特化でね。接近戦なんて一般人にも負けるレベルなんだよ。歩くのだって普段は魔法使ってるからね」
「……一つ良いだろうか?」
二人の会話に私が口を挟む。どうやら向こうのハンにも聞こえたようで、私が喋り出すのを待ってくれている。
「どうしてお前たちは自分の手の内を相手に明かしているんだ?」
端から聞いていても、そうとしか聞こえない会話内容だった。自分の得意分野の解説。それは、捉え方によっては己の弱点を教えているようなものだ。
しかし二人は私の問い掛けに対し、互いの顔を見合わせおかしそうにほくそ笑んだ。
「それは――」
「だってねぇ……」
どうやら両者ともその様子から語った思惑は同じであるようだ。戦いながらも情報戦も繰り広げていたというのか。だが、実際はそんな高度なものではなかった。
代表してか、その理由をハンが話す。
「その方が面白いじゃないですか」
「ふぇっ……!?」
予想外な返答に変な声が出る。それは私にしては考えられないことであったからだ。戦闘のスパイスとして弱点を晒していたとでもいうのか。スリリングなやり取りを楽しみたいのかもしれないが、わざわざ戦場で行う意味が分からない。
あまりの価値観の違いに、私は鋭い爪を邪険にしながら拳を握りしめる。
「この戦闘狂どもめ……!」
小さく呟いたつもりであったが、レントの耳に入ってしまったようで微かに反応を示す。守ってもらっている相手に対して失礼だったと反省し、謝罪を口にしようとする。けれども、私よりも先に彼がハンに聞こえない程度の声量で言葉を紡ぐ。
「安心してよ。絶対負けないから」
一体どこからそんな自信が湧いてくるというのだろうか。否定的になってしまっている自分は彼の言葉が信じられなくなっている。
「ロザの言ってたことが本当ならね」
私の言葉?何か言っただろうか?……いや、それ以前に何故今私が関係するのだろう。この二人の戦闘において、雌雄を決するのに私が鍵になるとは到底思えない。現に力のほぼ全てを城のカモフラージュに動員している。不意打ちで技を仕掛けようにも力のリソースが不足している。それにレントからは何も告げられていない。仮に私がアクションを起こすにしても、どうしてよいのか分からないのだ。
しかし、それを教えてくれるつもりも無いのか戦闘を再開してしまう。
「魔法を肌で感じる、ねぇ……。じゃあ、これならどうかな?」
レントは両腕を前へ伸ばし、そして握り潰すかの如く手を閉じた。何か魔法が現れるよりも先にハンが現在地点より更に大きく後ろへ飛び退く。そして案の定、さっきの場所からツタが地面を突き破ってきた。だが、今までと異なるのはツタが直接彼女を攻撃しなかったことだ。
生えてきたツタはそのまま突き上げるのではなく、地上と地中の境界を掠めるようにして薙がれた。勢い良く弾き出された土は、まるで波のようにハンへ襲い掛かる。直地してから目的に気付いた彼女は槍を身体の前に構え、高速で回転させて土を跳ね返す。無論、レントも甘くはない。防御態勢に入っているハンの足元からツタを伸ばして貫こうとする。
「んんっ……!!」
ハンもそれに気付いたのだろう。土を払いながら、空中へと身体を逃げさせる。しかし、宙であれば魔法で追いかけることも可能であろう。足元から現れたツタはそのまま彼女目掛け腕を伸ばす。
バァン!
ハンは魔法の到達の直前に前方宙返りをする。頭がちょうど真下を向いたところで、ちょうど迫ってきていたツタの側面を槍で突き刺す。双方の攻撃がぶつかり合い、破裂音のような衝撃が空気中を伝播していく。何度もやっているが、槍ではその魔法を突き破ることはできない。けれども彼女はそれを狙っていた。
貫くことができない槍は、ツタに少し埋もれ、すぐに弾かれる。反発される瞬間、彼女は余計に力を加え、通常より強く押し返される。勢いを利用してほぼ水平方向へ移動するように。それは前方に居るレントへ飛び掛かる形となっていた。だが、この行動だけではレントを穂先が捉えるよりも先に迎撃されてしまう。ハンもそれを把握していたようで、一回転して足が下に戻って顔が見えるや否や、その矛先から氷の塊が放たれる。回りながら詠唱を終えていたのだろう。その巨大な集合体が槍から飛ばされた1秒後には自壊し、無数の破片となってこちらに降り注いでくる。私は少し後ろへ走ってかわしたが、レントはここでも動かずに植物のカーテンのようなものを創り出して盾代わりにする。
「あたしの攻撃はぶっ刺すだけだと思った?」
声の聞こえてきた方向を見てみると、いつの間にかハンはレントの上空に居た。また魔法を使用しようとしているのか、槍の穂が青白く光っている。発光が消えるとそこには再び氷の集合体が現れた。しかし、今度は発射せずに槍の先端にくっつけたままだ。しかも氷はみるみる増大していき、小柄なハンより三回りほど大きくなった。自然落下に加え、氷の重量で真っ直ぐ地面へ迫っていく。
動こうとしないレントに影を濃くしながら。
☆
トビは俺を中心にして円を描くように走りながらクナイを投てきしてくる。時折、後ろの輪っか部分に括られた糸で軌道を変えてくるが関係無い。狙いは俺の身体だ。右手に握った短剣で刃物を弾き飛ばしたり糸を切断したり、左手に構えたナイフで己の身を守る。疲労すら感じさせぬ集中力は、縦横無尽に動き回るクナイとトビを確実に捉えていた。
トビが2時の方角からクナイを放ってくる。敏感になっている俺は短剣を力いっぱい薙いでそれを払いのけ、そして左腕を背中に持っていき防ぐ。手から放たれるのとほぼ同時に、後方の床に突き刺さっていたのが引き寄せられ迫ってきていたのだった。左腕を前に戻す動作そのまま、下から掬い上げるかのようにトビの足元へナイフを飛ばす。トビはブレーキを掛けるでもなく、その勢いのまま跳躍する。走っていたからかかなり遠くまで宙を舞う。出入口と反対側にあった女神像の鎖骨辺りへ着地と同時に蹴り、後方宙返りで一回転して地面に降り立つ。
「いやー予想外です。前はこんな感じに攻めたら自爆してくれたんですけどね」
「後悔させてくれるんじゃなかったのか?そんなに走りたいなら妹のために走り回ったらどうだ?」
その言葉に触発されるようにトビがクナイを放ってくる。力任せなだけなので簡単に捌き、カウンター気味にナイフをお返しする。距離が距離なだけに向こうも上体を後方に反らしただけでかわされてしまう。
「……ん?そういや、アレ、やけに固くないか?」
俺は戦闘中だというのに反対側の壁際にあるものが気になって仕方なかった。女神の偶像だ。礼拝堂なのだから置かれていてもおかしくはないのだが、ここまで傷一つ付いていないのは不自然だった。
「こんだけ荒らしてんのにあれだけ無傷だぞ。それにお前、今蹴っ飛ばしたろ?あんなスピードだったら少しはぐらつくぐらいするだろ?なに、くっついてんの?」
トビは頭に上った血を抑えながら、側頭部をガジガジと掻き乱す。
「……あの下に通路でもあるんじゃねーですか?秘密の隠し通路ってやつですね。生憎と俺は入ったことねーですけど」
「ほー。お前でも入ったことねぇんだ」
「一応、トップシークレットな扱いですから。俺もちゃんと聞かされたのはついさっきお頭に言われたぐらいですし。……まー、飼い主様の奇怪な行動見てれば何となく予想はつきますけど」
「じゃあクソジジイもそこん中に居そうだな。だとすると、ミュゼも一緒か……。悪いな、お前より先に隠し通路とやらにお邪魔させてもらうぞ」
「あれ?てめーを殺した後にそこに放り込んでおきゃーいーんですか?ウジが涌きそうなんで勘弁願いたいんですけど」
「殺してみろよ。こっちは随分と前から準備万端なんだぞ?怖じ気付いていつまでも行動に起こせないのはそっちの方だ」
俺は右手の中に収まっている短剣を見せびらかせるようにトビへ向ける。向こうは舌打ちを一つすると、纏わり付いていた感情を一切かなぐり捨てて声を音にする。
「……今更どうしろっつーんですか。もう遅いんですよ」
「遅いかどうかを決めるのはお前じゃねぇ。そして、俺でもねぇ」
誰が基準なのかはあえて口にしない。それが理解できているからこそ、向こうも聞き返してくるなんて野暮ったい真似はしないのだろう。
「お前のありったけをぶつけてみろよ!!こっちはこっちの力で打ち負かしてやる。その脆弱さを身に染みて感じさせられるようにな!!」
俺の言葉に返してくる言葉は無い。その代わりに呪文を唱え始めているのか、口の動きが物語っている。
俺は魔力というものを微塵も感じることはできない。しかし、今だけは違う。トビの魔力に反応して、周囲に転がっていた瓦礫や長椅子なんかが宙に浮いていたからだ。魔力が可視化されていれば誰にだって把握できる。そのくらいトビが力を集結させているのだ。
「~~~~!!」
「あぁ!分かってる!!」
これまで一言も発していなかったベルが大声を上げる。内容は理解できなくとも、意味は理解できる。
背中越しにしかベルへ反応できない。何故なら、一瞬でもトビから目を離してはいけないと本能が悟ったからである。空気中の何かが俺の肌を刺激してくる。これも魔力なのかそうでないのかは判断できない。正直どうでもよかった。それは些末な問題でしかないからだ。
短剣を握った俺の右腕がカタカタと震える。あまりの威圧に屈しようとしているのだろうか。まだ気を溜めている途中であるのに、既にヘーンフィオの街外れで受けたものを遥かに上回っているからだ。以前のものとは比較にならないだろう。
空いた左手で右手首を固定し、無理矢理にでも誤魔化す。気持ちで負けてしまっていたら、交錯する前に勝負がついてしまう。俺たち、ミュゼのためは勿論、あいつ――トビたちのためにも負けるわけにはいかない。
汗が頬を伝って顎に到達し、滴となって血液と共に地面を濡らす。時間経過が曖昧だ。トビが俯きながら詠唱を開始して、もう優に1時間は過ぎたような体感だ。実際はほんの数分、もしかしたら数秒の出来事なのかもしれない。それであるのに、身動き一つ取れない無間空間は心地を奪い去っていく。呼吸すら躊躇わせるほどだ。
やがて、だらりと下ろされていた両手が何かを手繰り寄せたかのようにぐっと握られる。それと同時にキッと両目が見開かれ、顔を前へ上げる。目線の合った俺たちは、目はそのまま、口だけ笑って動き出す。
「トビ!!!!」
「ゼード!!!!」
震えは止んでいた。短剣は風を斬り、腰の横へ構えられる。攻撃に備え、全身の筋肉を緊張させた。
ふっと焦げ付くような臭い。表面が焼かれるような痛み。目の前には、魔法で現れた火の玉――もう"玉"という表現は不適かもしれない。
それは文字地通り"太陽"そのものだった。
脳裏に蘇るトビの魔法とは親と子のサイズ差。既視感を過去にして、礼拝堂を飲み込まんばかりの球体がこちらへ迫ってくる。逃げ場は無い。残された道は真っ向から挑むことだけだった。
炎が包み込むほんの僅かな時間、その瞬刻――俺は大声を上げた――――。
☆
ズゥゥン……!!
氷山ともいえるべき魔法の創造物が落下し、周囲へ震動を伝わせる。衝撃で風が巻き起こり、私の衣服を必要以上にはためかせる。
「レント!!」
私は声を張り上げその名を呼ぶ。しかし、舞い上がった砂煙が晴れる前に異変に気付いた。それは当のハンもすぐに察知しているらしく、次の行動へ移っていた。砂埃越しに見えるシルエットでは確かに氷がレントの上に落下していた。だが、それはペシャンコにならず植物のカーテンでしっかりと支えていた。
ハンが槍と氷を切り離して上から飛び退いた直後、ツタが氷を突き破って天へ伸ばされる。その蠢きはまるで地獄に落ちた亡者が救いを求めるかのように腕を上げているようにも見える。
着地した勢いを両足の裏で地面を削りながら殺し、長槍を回転させながら姿勢を正す。
「やっぱり一筋縄じゃいかないか。魔法勝負じゃ分が悪そう」
「危なかったよ。ハンからはそこまで強い魔力を感じなかったから油断してた」
砂煙の中からレントの脚と傘のように広げられた植物が現れる。広げられた、と言っても平べったいものではなく葉と根が折り重なってできたものらしかった。それがパラパラと光の粒となって消滅した。
「魔法勝負でも勝てるかもしれないよ?俺はどっちかっていうと参謀の役職みたいなもんだから。勇者に頼まれてなかったらこうして表にも出てきてないしね」
「さぁ、どうですかね。嘘かもしれないでしょ?」
「信用無いなぁ。…………ん」
ケタケタと笑っていた表情が一瞬にして真剣なものへと様変わりする。その雰囲気の変化にハンも槍を握っていた手に力が籠る。けれどもその顔つきは一瞬だけで、すぐにいつもの表情へ戻される。
「このまま持久戦してても楽しそうなんだけどね、他がそろそろ終わるみたいだ。こっちもぼちぼち決着を付けようか」
どうやら戦闘に専念しているように見せ掛けて、他所の状況も追っていたらしい。それでもハンと対等にやり合っていたところから、戦いが苦手というのは嘘である可能性も捨てきれない。
出方を窺っているハンへレントが先に仕掛ける。自分の両脇の地面から一段と太いツタを生やすと、彼女の方へ向けて操作する。だが、その行方はハンを避けるように約3メートル離れた位置を通過して停止する。さっきまでなら役目を終えた魔法はすぐに消してしまっていたが、これは消滅させずに残してあった。それは左右に壁を創ったかのように。
更にそのツタが成長しているかのように、上方向へ枝分かれして高度を伸ばす。そちらもある一定の高さに達したところで成長を停止させる。これはハンの動きを制限したということだろうか。動かないレントと左右に逃げ場の無いハン。成る程、短期決戦にはもってこいな状況だ。
横の植物が攻撃を仕掛けてこないことを視認すると、ハンは罠のように拓かれた道を突っ走りレントへ向かう。彼は右手を顔の前へ掲げると、そこから木の幹が飛び出てきた。手のひらから出現した木は外に出るにつれて大きさや太さを増していき、まるで過程をすっ飛ばし一瞬にして巨樹へ成長したようだ。幅いっぱいに広がった樹木は真っ向からハンへ伸びていく。対する彼女は口早に呪文を唱え、前方に氷を創出させる。しかしその氷は植物を狙わず、地面に正方形のパネルを創っただけだった。そのまま減速することなく正面から向かっていく。そして氷のパネルを踏んだ途端、一気に跳ね上がりハンの身体は宙へ舞った。巨木は氷を削り取りながら直進したが、彼女は既にそこには居ない。彼女の高さに合わせて周囲の壁も高くなるが、一向に危害を与える様子は無かった。
その時、あり得ない光景が目に飛び込んできた。標的を見失い無人の通路を進んでいた木の幹が突然ぐにゃりと折れ曲がり、今度は斜め上へと伸び始めたのだ。空中に逃れたハン目掛けて。一旦通り過ぎた木は彼女の背後から襲い掛かる。猛スピードで伸びていく巨樹は彼女を捕らえ、尚も動き続けている。
「……氷壁よ。万象を成し得る事物から我が身を護り、絶対の盾として具現せよ」
ハンの声に目を凝らすと、彼女は植物の攻撃に耐えていた。背面に氷の盾を張り、木々の直撃を防いでいた。踏ん張ることはできないので、押し出される形にはなっているが。咄嗟の機転で防御したハンを見上げながらレントは表情を崩さずに左手を持ち上げる。そして更にもう一本、木の幹を創出させた。背後から押され、前方からまた別の巨木が迫ってくる。たとえ、また盾で防げたとしても両側から潰され圧死してしまうだろう。
グシャァァ!!
生々しい轟音を響かせ、木と木がぶつかる。それらは絡み合うようにして衝突し、すぐには止まらなかった。メリメリと裂けた木片が両方向へこれでもかと圧縮するように捻り潰す。
……トンッ。
小さな足音に気が付くと、ハンはいつの間にか右手から伸びていた幹の上へと着地していた。巨木同士が打ち当たるその刹那、彼女は後ろにあった氷の壁を蹴り、地上へと身体を躍らせていたのだった。降り立った彼女は態勢を整えるや否や、根元に向かって駆け出した。創出元であるレントへ向けて。
彼はすぐに幹を切り離し、先程同様植物のカーテンを創った。出来上がったその瞬間、ハンの槍の穂先が突き当てられる。勢いを殺さずに伸ばされた槍はとてつもない威力を含んで障壁に接触した。しかし、やはりそれだけでは彼の魔法を破ることはできなかった。大きくこちらへ歪むものの、弾力性が勝ったのか形状を維持させようと押し返す。
――だが、凹んだ状態のまま押し返せなかった。限界まで受け止め、漸く力のベクトルを0にしたところで固まったのだ。……そう、固まった。
植物の防御壁は槍との接着点から同心円上に瞬く間に凍っていったのだ。魔法の創造物といえど、植物は植物なのだろう。凍った植物は枯れ、乾き、パリパリに。凍らされたことによって分子間の隙間が埋め尽くされ、ダメージの拡散が不完全になる。ドライフラワーなどもそうであるが、落としたら簡単に割れてしまう。そう、衝撃に脆くなるのだ。
そうして一突き――。
容易く壁を貫き、レントの胸元に風穴を開けた――――。
「勝負あり、だね」
「そうみたいだ」
このレントは分身だからか刺されたままでも苦しむ仕草は見せず、尚も笑顔のままだった。けれども、決着が付いてしまった。
「どうやらあたしの勝ちみたいだね」
ハンがふんと鼻を鳴らしながらそう告げる。つまり、約束通りレントが敵に回ってしまうこととなった。作戦の崩壊を助長する――その手筈であった。だとしたら一番最初に狙われるのは私だ。私が倒されカモフラージュが解けてしまえば、増援、もしくは敵国が攻め込んできて救出作戦どころの話ではなくなる。……いや、倒されるなどという甘い考えは止そう。"殺される"。
数分後の未来を想像し、私はいつでも戦闘態勢へ移行できるように両腕を構える。
「いや、ハンの"負け"だよ」
突然、彼女は距離を取るように飛び去る。そして着地しようとして、踏ん張れなかったのか片膝を突く。折り畳まれた左腿にはじんわりと赤い染みが広がっていた。
レントは高笑いをしながら、術が解けたのか崩れていく。人の姿だったものは枯れ葉となり、冬の寒風と共に流れていく。そうして彼の姿のあった場所に最後に残ったのは――しゃがみ込んでクロスボウの引き金を引いたままのクレインだった。
ハンの太腿には矢が突き立っていた――――。
☆
巨大な火球が轟音を撒き散らしながら進む最中、トビはゼードの声を確かに聴き取った。しかし、今まで発動したことのないくらいの魔法、加えてその後ろから無数のクナイを投てきし、トビ自身も続いていた。前回、ゼードが魔法を切り裂いたのは一つの賭けであったに違いない。回避することができずに苦肉の策として行ったものだ。それならば、また"回避できない状態にさせればいい"。
進行上のものを全て焼き払い飛んでいく球体。横をすり抜けるのは現実的ではない。後ろの扉から外へ逃げるか、真っ向から受け止めるしかない。けれども、その選択肢から逃げるのを選ぶのはもうしないだろう。ゼードは強敵相手に逃走するのも厭わない。だがそれは、戦闘に突入する前の話だ。剣を交えている途中に背を見せることは、切ってくれということに等しい。トビとて彼のそうした姿を見たことは一度も無かったからである。
「今だ!!!」
ゼードの言葉は他の音に埋もれず、確実に声となって礼拝堂に響き渡った。その意味は分からないが、やはり声の聞こえてきた場所から逃げずに受け止めるようであった。今更足掻いたところで何ができるというのか。向こうがどんなアクションを起こすにしたって、トビはただ全力で相手を殺すだけだった。
そして火の玉が目標へ到達する――――。
ボウッ!!
前を進んでいた魔法の球体が強制的な力によって破裂するように崩壊した。以前の短剣によって引き裂かれたのとはまた異なった壊れ方であった。あの時もそうであったが、今回のは全力の魔法であっただけにより一層の驚きだ。それでもトビの考えは変わらない。向こうも無傷で済んではいないだろう。このチャンスをものにして戦いにけりをつける。
しかし、火球が晴れた向こう側から信じられないものが現れた。
それはびっしりと鱗に覆われた赤く大きな手のひら。
ゼードの目の前に黒い煙が渦巻いていて、そこから腕が突き出されている。炎と共に煙が散ると、その正体が露わになる。
深紅色に染まった"竜"――。
「ゴラド、そのまま真っ直ぐストレートだ」
「了解だぞー」
ゼードに呼応してドラゴンがゆったりと振りかぶり、拳を伸ばしてくる。大きな動きとは裏腹に、そのパンチは猛スピードで迫ってくる。
膨大な黒光りの刃物たちは役割通りに獲物を囲んで貫こうとするが、固い鱗の前に高い金属音を立てて跳ね返されるだけであった。クナイをものともせずに直進してくる拳に効果的な対処を施すことは叶わない。咄嗟に両手に持ったクナイを身体の前でクロスさせ防御の姿勢に入る。
赤い腕と十字のクナイが接触した瞬間から、まるで時間経過が10分の1になったのかと錯覚するくらいにコマ送りで視界が再生される。
ぶつかったものの反動は腕を通して伝わってはこなかった。何故なら、衝撃を伝えようにもその前に、握っていたクナイがぽっきりと粉砕されてしまったからだ。折れた――と認識する頃には、刃が文字通り粉々になってしまっていた。
間に入るものは何もなく、そのままトビは身体ほどもある拳に振り抜かれた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方は大変お久しぶりでございます。
碓氷 修夜です。
21話です。前回から3か月も空いてしまって申し訳ございません。今までやる気が起こらず「スランプだー」などと怠けていたときもあったのですが、この20~21話の執筆は本当の意味でスランプに陥っていました。書く気力があっても手が動かず、構想は出来上がっていても文字に起こせない。そんなもどかしい状態で苦悩していました。それが7月に入って吹っ切れたので一気に形にできた訳でございます。大変お待たせしました。
さて、今回なのですが前回から勃発していた抗争が終息に向かいました。ゼードたちの争いは前々から考えていたものだったので比較的すんなりといきましたが、ハンとの戦いは急遽挿入したもので少し継ぎ接ぎだらけかもしれません。
しかし、当初の目的であるミュゼの奪還、これがまだなされていません。カルドレアの目論見も不透明なままです。『王城激震編』はあと1、2話で幕を閉じそうです。無駄に長くならなければ、ですが……。
スランプも脱したことですし、次回は早いうちに皆様と会えるのではないでしょうか。
それでは改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。