勇者と魔娘の3年間   作:碓氷 修夜

27 / 30
☆登場人物
ゼード…ピース依頼事務所の所長。過去に勇者として魔王を倒した経験あり。


ロザ…エノスの古城に住む女性。手が二回り程大きく、赤く鋭く尖っている。バラが大好き。

クレイン…魔法が効かない特殊体質の男性。ロザにしつこく付き纏っている。方向音痴で変態。

ハン…ハクジュンの成員。槍術に長けた女性。


ベルフェ…悪魔系のリーダー。皆からはベルと呼ばれている。魔力はピカイチだが、人語が話せない。魔族四天王の一人。

レント…植物系のリーダー。非攻撃的であり、戦闘スタイルも待ち伏せて敵を誘い込むのを得意としている。魔族四天王の一人。


case:22   背徳の石兵

「よっ……と。おぉ、意外に中は広いな――痛ってて」

 

「~~~?」

 

ゴラドが殴った勢いで、トビは女神像をも巻き込んで反対の壁まで吹っ飛んだ。砕け散った像の下にはあいつの言う通り、隠し通路の入り口が待ち構えていた。ゴラドには折角来てもらっておいて悪いが、あの巨体では入れそうにないので帰ってもらった。

 

先に降りたベルに続いて穴へ飛び込むと、そこには周囲をコンクリートで固められたトンネルが続いていた。抜け道なんかにしてはやけに広く、まさに"通路"という単語がぴったりだった。暗いが足元も見えないというほどではない。夜になっているというのに完全な暗闇でないということは照明が配備されているのだろうが、見渡す限りでは発見できなかった。

金の掛け具合などから、どうやらただの抜け穴などではないらしい。

 

着地の体勢から立ち上がろうと足に力を入れたところで腰に痛みが奔る。今しがたトビと交わした戦闘が響いているのだろう。小さな呻き声に対してベルが心配そうに声を掛けてくる。

 

「あぁ、大丈夫だ。さっき掛けてくれた魔法のおかけでバッチリだって」

 

トビとの戦闘を終えた後、満身創痍だった俺にベルが治癒魔法を施してくれたのだ。立っているのがやっとであったのに、こうして数メートル下へ飛び降りることも可能なまでに回復していた。

 

「~~~~~~~」

 

「えっ、何て?」

 

『ベルは治癒魔法に関してそんなに得意じゃないから、完全には回復させられないんだって』

 

「いやいや、動けるようになっただけで十分だ。……つーか、いつの間に戻ってきてたんだ?」

 

魔族語が理解できない俺へレントが通訳をしてくれる。自然と会話に参加してきたが、胸ポケットにしまっていたクチナシの花から再び憎たらしい声が聞こえてきていた。

 

『そもそも居なくなってないからね。魔力を伝わせて喋ってるだけだから』

 

「そういや、ロザは無事なんだろうな?」

 

『うん、平気平気。不測の事態が起きただけで、ちゃんと芽は摘んでおいたから』

 

「よし。よくやった、褒めてやるよ」

 

『……何でそんなに偉そうなのさ?』

 

「いや――おっと」

 

会話に集中しながら歩いていたせいか、急に現れた壁とぶつかりそうになる。どうやら道がカーブしているらしい。視界ゼロという訳ではないが、こうも薄暗いと手を前に出しながら探り探り歩くしかない。

 

「何か、辺りを明るくするような魔法ねぇの?さすがに見づらいんだけど」

 

「~~。~~~~~~~」

 

『この地下だけ魔素とか色んなものがまとめて取っ払われてるみたいなんだよね。つまり、魔法そのものが使えないんだ。……うん、今試してみたけど外からも感知ができそうにないや。だからミュゼの気配が追えなかったんだね』

 

以前、ミュゼから魔法の仕組みについて簡単に教わったことがあった気がする。空気中の魔素と自分の魔気をなんやかんやして魔法を使うんだとか――確かそんな感じだった。正直なところ、半分くらい聞き流していたためあまり覚えていない。

 

「変なのを仕掛けやがってるって訳か。……あれ?お前、魔法使ってこの花から話してんじゃなかったっけ?」

 

首を左に捻るとベルがこくこくと頷いていた。すると、花からとんでもない発言が飛び出した。

 

『うん。だけど俺の魔法じゃそこまで伝達させられないからね。だからゼードの体内にある魔力を奪い……借りてるんだよ』

 

「おまっ……勝手に吸いとってんじゃねーよ!それ絶対少なからず俺に害あるよね!?」

 

『大丈夫大丈夫。ただちに健康に悪影響を及ぼすものじゃ――』

 

「ふざけんな!止めろ!!……離せっつーの!何か凄ぇ巻き付いてんだけど!?」

 

胸ポケットから花を抜き取り地面へ叩き付けようとするが、そうはさせまいと茎や根が左腕に絡み付いていた。振りほどこうとすればするほどよりきつく締まり、腕の静脈が浮き上がっていた。

 

 

「――しっ!……何か居るぞ」

 

俺たち以外の気配を感じ、人差し指を口の前へ持ってくる。既にベルも臨戦態勢に入っており、レントはこのどさくさに紛れていつの間にかポケットへ戻っていた。

暗さのせいで視界に頼ることはできない。しかし、"何か"が動くのを肌で感じたのだ。ほぼ密閉状態の地下で空気が流れている。こちら側へ押し出してくるような感覚。

それが次第に大きくなり、微かに足の裏から振動が伝わってくる。つまり、対象が向かってきているということになる。一定の間隔でズシン、ズシンと踏み込むような揺れ。とてつもなく巨大なものか、かなりの重量のものが歩行しているようだ。生憎、揺れだけで相手を把握できるほど俺は鋭くはない。魔力の放出ならここからでもターゲットの体格、位置を読み取ることが可能だろうが、魔法に関するものがシャットダウンされている今はどうしようもないだろう。その証拠に隣のとんがり帽子もじっと襲撃に備えているだけである。

 

だがそれは、こっちへ来る途中でピタリと動きを止めた。まるで待ち構えているかのように。

 

「……誘われてるのか?」

 

「~~~~~~~~~」

 

『だろうね。気配も隠さず近付いて来たんだから。どうする?』

 

「どうする?」

 

レントの言葉は指示を仰ぐニュアンスだった。続けて思わず繰り返した俺のものは、小馬鹿にしたような揶揄であった。

受け答えをし、躊躇うことなく前へ進む。

 

「決まってんだろ。もうここまで乗り込んでんだ。突っ込むしかねぇよ」

 

二人も何となく分かっていたのだろうか、小さく笑うと黙って俺についてきた。

 

 

「ク、クレイン!?」

 

レントの分身が枯れ葉となって風に飛ばされる。そのずっと立ち留まっていた場所からクレインが現れた。そういえば居たのだった。あまりにもレントとハンの戦闘が激しく、存在すら忘れていた。そもそも感知ができないので、どこに居たって分かりっこない。

 

クレインは魔法には干渉しない。たとえそれが魔法で創り上げたレントそのものであってもだ。

 

だからこそ、レントはクレインの姿を隠すためにその場から動かなかったのだろう。傍に太いツタを待機させていたのも、周囲からより見えなくするためだったのだろうか。

確か戦闘中、絶対の自信を持っていることに訝しんだ際、レントが言っていた。

 

『ロザの言ってたことが本当ならね』

 

あの時は何のことだかさっぱりだった。今にして思えば、彼に話した"クレインは魔法に干渉しない体質"のことだったのだろう。

 

「氷だらけになってどうしていいか分からなくなってたとき、レント?に言われたんだ。そこで姿勢を低くしたままいつでも弓が引けるようにしておいて、ってね。クロスボウだから弓を引いた状態では待たないんだけどね」

 

『揚げ足取らなくていいの。反抗するつもり?"弓を引く"だけに』

 

「どういうこと?」

 

「……どうでもいい話は後にしてくれ」

 

クレインへレントが反応する。形は無くなったが、胸ポケットにしまってあった花から再び声が聞こえてくる。あまりに緊張感の欠けた会話に思わずため息が零れる。

私は警戒をしながらクレインの方へと歩いていく。正確にはうずくまっているハンの目の前へ。

 

「勝負あったようだな」

 

「や……やっぱり卑怯男じゃん」

 

痛みを堪えながらこちらへ顔を上げるハン。その表情は憎悪にまみれていた。しかし、レントは相変わらずカラッとした声色で喋り出す。

 

『だからその呼び方は止めてって。それに卑怯な真似はしてないよ。だって――』

 

「あーっ!!!いまいまいま!!」

 

レントが続けようとしていたところに、傍に居たクレインが叫ぶ。不意に大声を出され、私は全身をビクッと震わせる。

 

「どっ、どうした!?」

 

「レント!!!君、今、花!!?」

 

『え?……そ、そうだけど』

 

クレインは何かに興奮したまま、喋りがたどたどしくなる。私のみならず、レントも動揺を隠せないようだ。そりゃそうだろう。真面目な話をしようとしていた横から、急に花であるかどうか問われたからだ。

情緒不安定にも思えるクレインが騒いでいる理由は、次の言葉で明らかになった。

 

「ずるい!!!ロザの胸の感触を直に感じられるなんて!!!」

 

「は……?…………はぁ!!?」

 

まさかの原因に驚き、慌てふためいてしまう。同時に胸の辺りにクレインの視線を感じ、両腕で隠すように押さえる。

 

「さっきまで戦いに専念してたから分からなかったけど、そんな幸せな思いをしてたんだね!!!良いなぁ、ふっくら包まれて!!!」

 

『いや……確かにここから声を発信してるけど、触感までそこにあるわけじゃないからね?それに、俺から頼んだんじゃなくてロザが自分からここにしまったんだよ?』

 

「何で!?ずるいよ!!!僕もハッピーしたい!!!」

 

「近い!!クレイン、顔が近い!!」

 

クレインは詰め寄るようにして胸元に顔を伸ばしている。実際にはレントと話しているのだが、端から見るとまるで胸と会話しているようだろう。思わず後ずさりをするが、それに合わせてクレインも前進してくる。あまりにも血眼になって迫ってくるものだから、ある種の恐怖すら覚えていた。

 

 

もにゅっ。

 

突然掴まれた。私の胸が。

 

「うーん、幸せ――――ハッピュアグァァ!!!」

 

恍惚の表情を浮かべていたクレインの頬尻に真っ赤な拳がめり込んだ。言わずもがな、私の手である。自分でもびっくりな反応速度で顔面を捉える。爪でいかなかっただけましだと思ってほしい。

手加減なく繰り出された右フックでクレインを打ち抜くだけには留まらず、左足の親指を軸に一回転して漸く身体の勢いを殺した。一方のクレインは、謎の悲鳴を上げながらきりもみ回転をして地面に着陸した。

 

「ふぅーっ…………レント、続けてくれ」

 

『りょ、了解……』

 

熱暴走を抑えるように歯の隙間から息を吐き出し、先程の話を催促する。レントも気圧されたのか、慌てた様子で喉の調子を整えるかのように咳払いをしていた。姿は見えないが、ガタガタと荷物の山を倒してしまったかのような音が聞こえる。

放置されてしまったハンは視界の隅で床に唾を吐いていた。口内に異物が溜まったせいではないだろう。根拠としては蚊の鳴くような声で「このおっぱいお化けが」と語っていたからに他ならない。無論、気付かなかったふりをして軌道修正を図る。

 

『えっと……どこまで話したっけ?』

 

「卑怯をしていない理由だ」

 

『あ……あぁ、そうだった。卑怯な真似をしてないってのは、約束通りだからだよ』

 

「約束……通り?どういうこと?」

 

ハンは痛みでしていたよりも深く眉間に皺を寄せる。理解ができていないようで、感情のままに言葉をぶつけてくる姿は鬼気迫るものだった。

 

「だって卑怯でしょ!!あたしがレントを貫いた時点であたしの勝ちでしょ!?そこからお兄さんが攻撃してくるのは反則じゃん!!

百歩譲ってお兄さんの攻撃は認める。でも、あたしとレントの勝負は先に片付いてたでしょ!!そもそも、約束なんて守るつもり無かったってこと!?」

 

『だから約束は破ってないって』

 

「でも――」

 

『ハン』

 

それでも激高して冷静さを失っているハンに対して、言い聞かせるように名前を呼ぶ。声色や雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、彼女も言い掛けた言葉を飲み込んでレントの弁明を待っていた。

 

『最初に約束したでしょ?ハンが勝ったら、俺はゼードを裏切ってこの作戦を滅茶苦茶にする――って』

 

「うん」

 

『そして、こっちの条件はこう言ったはずなんだけど』

 

そこで一旦言葉を区切る。口を閉じ、十分に間を置く。

そうして、次の台詞を紡いだ。

 

 

『俺"たち"が勝ったら、ハンはもう手出しをしてこない――って。誰も最初から俺一人が戦うなんて言ってないんだよねー』

 

詭弁である。言っていることは確かに間違ってはいない。しかし、これは卑怯と罵られても文句は言えない。だからこそ、ハンに繋がっている爆弾の導火線に火を点けてしまったのだろう。

彼女は一瞬の迷いもなく太腿に刺さっていた矢を引き抜くと、こちらへ飛び掛かって来ようとした。それは獲物を横取りされそうになっている大グマであるかのような威圧。だが、頭に血が上ってしまっているので、この状態でなら私でも容易にかわすことができるだろう。

しかし、現実はそうならなかった。

 

避けられなかったのではない、そもそも"飛び掛かって来なかった"のだ。

 

ハンは跳ぶために足へ力を籠めた途端、糸がぷつりと切れたかのように地面へと崩れ落ちてしまう。意識は失っていないらしく目を開けてはいるが、本人にも不可解であるようで愕然とした表情を浮かべている。更に顔がかなり青ざめていた。

 

「ど……して…………出血は……酷くない……のに…………」

 

血液を操る私にしてみてもおかしかった。そもそも顔が青ざめるというのは、病気、血管の収縮、体温低下などによるものだ。病気の線は薄いとして、恐怖で血管が収縮しているのだろうか。いや、彼女は戦闘を楽しむような性格だ。今更恐怖を感じているとは到底思えない。それならば、出血による体温低下が原因か。それも考えにくい。大量に出血すれば出血性ショック、そして血流の減少で体温が低下する。だが、クレインの放った矢は刺さったもののそこまで深くはなかったらしく、出血量も命を脅かすほど多くはない。もしかしたら、転んで酷く擦り剥いた方がもっと血が出るのではないかというレベルだ。

だとしたら何故。脳をフル回転させ、ある仮定を生み出した。

 

私ははっと顔を上げ、今度は下へ向ける。その視線の先はいつの間にか起き上がって胡坐をかいていたクレイン。口を開き掛けたところで、同じ考えを思い浮かべていたのかハンが途切れ途切れに質問をした。

 

「……まさか、さっきの矢に…………毒が……」

 

「薬は塗ってたけど、毒じゃないよ。ただの痺れ薬。あ、でも安心して。狩猟に使うのよりかなり少なくしてあるから。死にはしないけど、当分動けないかな」

 

いつも忘れてしまうが、あいつは猟師である。普段は獣を狩って食い繋いでいるのだ。しかしそこまで体型には恵まれておらず、身体を鍛える機会がないであろう商人と比べても筋肉があるようには見えなかった。だからこそ、少ない力で獲物を捕らえられるように麻酔薬を用いているのだろう。

 

ジャリ……。

 

冷静に分析をしていると、正面から砂を踏みしめる音が聞こえる。私は焦りつつ、そちらへ顔を向けた。この一瞬で、冷や汗が流れ落ちる。何故なら、痺れて動けないはずのハンが立ち上がっていたからだ。ガクガクと脚を震わせているものの、手も突けずに倒れ込むくらいに薬が回っているのだ。両足だけで身体を支えるなんてあり得ないことだった。それほどまでに勝ちへの執念が強いのだろう。

 

「まだ……負けられない。こんな…………卑怯な……奴らなんか…………にっ!!」

 

「う、嘘でしょ!?あと2時間は指も動かせないはずなのに!!!」

 

クレインの動揺を見ても、さっきの痺れ薬の効果はブラフではなく真実のようだ。だとしたら、彼女は気力だけで立ち上がったとでもいうのだろうか。

 

『だから、もう負けてるって。俺らが帰るまで大人しくしてて?』

 

気迫だけで恐縮してしまっていた空間に、レントの鬱陶しそうな声が響く。そして言葉から間髪入れずに地面から細く無数のツタが生え出てくる。まともに動けないハンの両足に一瞬で巻き付くと、見えない何かに吹き飛ばされるように後方へ物凄い速度で運ばれる。そのまま壁に叩き付けられると、石の隙間からも植物が芽を出し始めた。それらが急成長をして、壁に接着している彼女を緑が覆い込んでしまった。埋もれてすぐは暴れたり、大声を出しているのが認識できたが、10秒もしないうちにただの緑色の蛹と化した。もう、そこに人が居るとは思えないくらい静かである。

 

『負けたら手出ししないって約束を守らなかったハンが悪いんだからね』

 

「……彼女は?」

 

『ん、あぁ。安心して。死んではいないよ。包み込んで眠ってもらってるだけだから』

 

「そうか……」

 

私がほっと胸を撫で下ろすと、花から嘲笑を籠めた鼻息が聞こえてきた。

 

『ロザも随分とお人好しだねぇ。今さっき、自分の首を狙ってきていた相手の安否を心配するなんてさ』

 

「それはっ!……それはそうだろう。私は争いが好きではない。甘いと言われても、誰かを傷付けるようなことは極力したくはない。だって私は……人間だからだ」

 

「そうだよ!ロザは良い子だからね。皆に愛情を振り撒いているんだ。本当は僕一人で独占したいけど」

 

「……助けに来てくれたのは嬉しい。だけど、もう帰ってもいいんだぞ?」

 

「帰り道分かんないから、ロザと一緒に帰るよ?」

 

『ふーん。まあいいや。じゃあ、俺はゼードのサポートしに行ってくるね。勇者のくせに頼りないから』

 

「あ、ちょっと待ってくれ!」

 

通信を切断しようとしていたレントを呼び止める。どうしたの?と不思議そうな反応をして待ってくれていた。どうしても、私は彼に言っておかなければならないことがあったからだ。

 

「お前に謝らなければならないことがある」

 

『んー?感謝される覚えはあっても、謝罪される覚えはないけど?』

 

「うぐ……そうだった。助けてくれてありがとう」

 

『まあまあ、それは良いとして。で、謝罪って?』

 

促され、私は両足を閉じる。大きく息を吸い込むと、勢い良く頭を下げた。レントとは花を通じて会話しているので、目の前には誰も居ないが形はしっかりとしておきたかったのだ。

 

「戦っている最中、何度もお前を疑ってしまった。もしかしたら、私たちを裏切ろうとしているのではないかと。それに加え、暴言も吐いてしまった。本当に申し訳ない。仲間を信用できなかった私を許してほしい」

 

心を込めた謝罪に対して、レントは呆気に取られていたのか暫し無言が続いていた。不意に息が漏れると、大声で笑い始めた。

 

「わ、私は真面目だぞ!?」

 

『ごめんごめん。はー、おかし。あまりにも律儀だったからね、つい。そんなこと言わなきゃバレないって』

 

「いや、でも!それでは私の気が収まらないのだ」

 

『律儀だねー。大丈夫、気にしてないから。じゃあ、本当に向こうを手伝ってくるよ。これ以上仲良く話してたら、クレインの機嫌がどんどん悪くなりそうだし』

 

言われてクレインの方を見てみると、風船のように頬を膨らませてそっぽを向いていた。

 

「子供か!」

 

「別に誰と話してたって良いけどね!」

 

「子供か!!」

 

『クレイン。ロザをよろしくね。多分もう襲われることはないだろうけど、万が一の時は守ってあげるんだよ』

 

「言われるまでもなく!」

 

急に笑顔に戻ると、花に向けて親指を立てた。いまいち彼の心情が理解できない。ころころと変化する様は山の天気とよく似ている。

 

レントが去り際にそうだ、と何か思い出したかのような言葉を口にする。

 

『さっき、俺が裏切ろうとしてるんじゃないかって言ってたよね?……あれ、勘違いじゃなかったらどうする?』

 

「え……?」

 

ドクン……と心臓が大きく鼓動を刻む。全身の鳥肌が立ったのは、冷たい風が吹き抜けたせいではないだろう。身体だけではなく、頭も冷たくなる。

それはつまり、どういうことだろう。まさか、本当に彼は――――。

 

『……やっぱ信用無いなぁ、俺。真に受けないでよ』

 

「ふぇっ?」

 

『俺の得になるようなことがあれば寝返るかもしれないけど、今回ばかりはねぇ。人間の王国に就いたところで、一利も無いだろうし』

 

「…………」

 

『だから安心してよ。ミュゼを頑張って連れ戻してくるから』

 

一々、どこか引っ掛かる言い方を残してレントの声が途絶えた。もうこの花からひょうきんな声が流れてくることはなかった。

 

 

「そういえば、クレイン?」

 

「なに?」

 

「痺れ薬を狩猟で使用しているのは分かったが、どうして人間相手の分量までそんなに詳しいんだ?」

 

「………………?」

 

「惚けるな!!お前、まさか私が気付かない間に服用させているんじゃないだろ――おい、逃げるな!!野郎、今回ばかりは許さんぞ!!!」

 

 

暫く歩いていると、足元の悪い場所が現れた。そこがいかにもな感じで怪しさがぷんぷんと漂っている。理由はコンクリートのトンネルに相応しくない石の山が道の端に積み上がっていたからだ。

山は天井ぎりぎりにまで達していて、そこから零れたものが通路全体に散らばっている。隠し通路へ飛び込んだ場所はせいぜい高さが2、3メートルほどであったが、進むにつれどんどんと高くなり、今では暗さも相まって天井が窺えないほどであった。そのくらいの大きさなのである。

それだけでも十分に違和感でいっぱいなのだが、更に石の山が何十という数でずらりと両端に並んでいるのだ。もはや、不審を通り越して苦笑いすら溢れてくる。

しかし、ここを越えた向こう側から光が射し込んでいて、終着点がもうすぐだということも物語っている。迂回路も存在せず、可能ならば見えている危険に飛び込むなんて阿呆な真似はしたくないのだが、時間が差し迫っているのも事実。どうやら地雷を自ら踏みに行くしか道は残されていないようだ。

 

意を決して堂々と山の真ん中を通っていく。無論、警戒は怠らない。いつどこから、敵が飛び出して来てもおかしくはないからだ。むしろ、陰に潜んでいなければ何故無意味に設置したのか問いただすレベルである。

 

その時、背後から物音が聞こえた。だが、振り向く前にその正体に気付いた俺は苦笑をしながら声を掛ける。目を斜め後方へ向けると、案の定落ちていた石に躓いて倒れ込んでいるベルの姿があった。

 

「~~~ーっ!?」

 

「大丈夫か?お前、ただでさえどんくさいんだから気を付けねぇと怪我するぞ?」

 

「~、~~!!」

 

相変わらずベルの言葉は理解できないが、言動、表情で言いたいことは何となく伝わってくる。それでもやはり、言語の壁は大きいもので間に誰かを介さずに会話してみたいという気持ちも少なからずある。だからといって、魔族語を勉強するのは億劫なのも事実。

 

「ただでさえ――こんな状況なんだからな」

 

声を荒らげているベルを諭しながら、俺は瞬時にしゃがみ込んだ。ほぼ無音で左方からレンガほどの石が飛んできたからだ。頭部を狙っていた石は的が無くなっても、そのまま右へ通過していった。

 

「さぁ、おいでなすったぞ。誰かしら居ると思ってたけどな」

 

『……~~』

 

ベルが起き上がりながら冷静な声を出す。普段のベルからは聞いたことの無い声色に、思わずぎょっとする。そのくらい感情を殺した平坦な口調。

何故だかはすぐに理解できた。

 

「な……何だよ、これ」

 

石を投げてきた相手は物陰から姿を現さない。敵が存在しなかった訳でもない。何故なら、その"物"自体が敵であったからだ。

積まれていた石がトンネルの空間を埋め尽くすくらいそれぞれ浮かび上がる。まるで超低速回転している石の竜巻だ。

やがて石が集結し岩となり、岩が結合して巨像となった。がっちりとした二本の脚、強堅なボディに重圧感の強い腕。あれだけ連なっていた石の山が各々、巨大な人型を象ったものとなって進行方向を塞いだのだった。

 

「~~~~」

 

『へぇ。ゴーレムか。随分と古風な魔法を使ってるね』

 

「ゴーレム?」

 

聞き慣れない名前に疑問を芽吹かせる。

 

『簡単に言うと魔法によって動く自動人形だね。創り上げた主に従う命無き召使い。科学の方面で言うロボットのようなものかな。西方の国の言語で胎児って意味で――』

 

「その話長くなります?興味ねぇんだから弱点だけさっさと教えりゃいいんだよ」

 

『勇者は俺のこと何だと思ってるの?……まあいいや。ゴーレムはその額にある護符の文字を消せば自壊してくれるはずだよ』

 

「文字?そんなもん無いぞ?」

 

レントはそう語るが、ゴーレムと呼ばれる奴らの頭に文字どころか簡単な顔のパーツしかない。魔法で動いているのだから、それらも本当は不要なのかもしれない。

 

『まあ、そりゃそうか。簡単に倒されるような弱点をそのまま残してる訳ないよね』

 

「じゃあどうすればいいんだよ?」

 

『さあ?』

 

「ちっ……使えねーなー……」

 

『術者でもなければ分からないって』

 

互いに呆れながら肩を竦める。

そんなやり取りをしている時だ。一番近くに居たゴーレムが殴り掛かってきた。隕石と見間違うほどの拳が俺を捻り潰さんばかりに接近してくる。それを寸前のところで垂直に跳んでかわす。しかし、そんなに難しい話ではない。迫りくる恐怖はあるものの、そもそも動きが限りなく鈍いのだ。タイミングを掴めば、回避は容易なのである。手の上に着地すると、袖口から抜き出したナイフを顔面へ投てきする。文字は無くとも、弱点には変わりないだろう。

 

ガチンッ!

 

「うげっ!?」

 

防御しようにも動作の重さのせいで自分の顔の前に腕を持ってくるのも間に合わない。だが、無抵抗に顔へ吸い込まれたナイフは突き刺さることなく弾かれる。元から岩を貫くほどの腕力は無いが、だとしても傷一つ付かないのは固過ぎる。

驚きつつも、また別のゴーレムの拳が伸びてきていたので手の上から飛び降りる。前転して勢いを分散させながら着地し、すぐさま立ち上がった。膝を伸ばすや否や、背後に一陣の気配を感じる。碌に確認もせず、横っ飛びをしてその場から脱した。手を地面に突いた瞬間、風がコートを靡かせる。また更に別のゴーレムから攻撃が繰り出されていたのだ。一体一体の動きは遅くとも、それが束になって来られると詰将棋のようにどんどん追い詰められていってしまう。しかも、尋常じゃない強靭さで数も減らしにくいとなると厄介なことこの上ない。

ただでさえ、城に来てから時間が掛かり過ぎているのだ。早くしなければと急いてしまう気持ちも合わさって余計もやもやする。

 

「――!避けろ!!」

 

自分ばかりに集中していたが、視界の隅っこにベルが映る。そして、今まさにゴーレムの握り拳が振り下ろされようとしていた。平時ならどうということはないだろう。しかし、ここでは魔法が使えない。加えてベルは運動音痴なのだ。いくら動きがゆっくりでも、ベルがかわすのは困難を極めるに違いなかった。案の定、近付いてくる拳を前に一歩も動けずにいた。

 

そして、轟く地鳴りと共にその姿が岩石の集合体に包まれた。

濛々と砂埃を巻き上げ、ぱらぱらと小石が転がってくる。離れていてもこの破壊力だ。安否を確認しに駆け寄りたいが、周囲のゴーレムたちがそうはさせない。

少し煙が晴れてきた。その中のシルエットに人の姿らしきものがあった。どうやらベルは無事らしい。俺は顔に安堵の色を滲ませる。……だが、少々様子がおかしいようだ。

ベルの影の真上にはゴーレムの腕の影もあった。というか、ぶつかったまま停止しているように見える。ゴーレムの攻撃は遅くとも、威力は見た目相応にあるはずだ。決して、魔法が使えない状態のベルが受け止められるような一撃ではなかった。

 

完全に視界が開けると、異様な光景がそこにはあった。ゴーレムの拳は、なんとベルの手のひらで受け止められていた。それも片手一本で。しかし、両者とも力を籠めている様子はなく、接触したままピクリとも動かない。ベルまでもが身動ぎせず静止しているので、何ともシュールな絵であった。そもそも、非力なベルが攻撃を支えられるはずがないのだ。

意味不明な状況にぽかんとしていると、突然トンネル内に破裂音が響き渡った。その刹那、ベルに触れていたゴーレムの腕が砕け散る。元の石に戻るでもなく、砂のような小ささや、ひと一人分ほどの巨岩までまちまちだ。それらが地面へ落ち、地面を揺らしながら鈍い音を掻き鳴らす。

 

隻腕になったゴーレムは反動で少し後退したが、戸惑うことなく今度は体当たりを試みる。それでも尚、ベルは臆する様子を微塵も見せず、迫り来る巨体を眺め上げている。そして左手を前へ掲げて迎え撃つ。それを気にも留めず、スピードをより上げてゴーレムは突っ込んでいく。だがやはり、真っ直ぐ伸ばした手に石でできた身体が触れるや否や、大波のような動きは止まり、全身に亀裂が浮かび上がる。

 

ゴォッ…………!!

 

長年使われていなかった歯車が回り始めたみたいな音を立てて、ゴーレムの石体は崩れていく。頭部が真っ二つに割れ、胴部は乱切りの如く砕かれる。重力に逆らえなくなった岩たちは自然と床へ落ちていく。真下に居るベルをも気にせず――。

 

 

「――――ぼさっとし過ぎじゃねぇか?倒した相手にぺしゃんこにされるぞ」

 

腕の中に居るベルは呆気に取られた表情で俺を見ている。しかし、すぐに我に返ると次は顔を真っ赤にさせて目を逸らす。

ベルが岩に押し潰されそうになったと気付いた瞬間、足が意識よりも早く動き出し、抱え込みながら地面を転がったのだった。運良くゴーレムの群れを突っ切れたが、改めて考え直してみると随分と危ない橋を渡ったものだ。石が掠めていただけで、肉体の一部をもぎ取られていただろう。

 

「~~~~……アリガ…………ト」

 

「礼は後でいいから。デカ物ども、てんで待ってくれる気配はないぞ」

 

一体倒したものの、ゴーレムはまだまだ沢山居る。味方がやられたにもかかわらず、動揺は一切見られない。さっきレントは自動人形だと言っていた。自我というものがそもそも存在していないのだろう。

 

『……感知ができないから、何が起きてるかさっぱりなんだけど』

 

「説明すんのめんどくせぇから、お前は通訳に専念してろ」

 

『急いで向こうを片付けてきたんだけどなぁ』

 

文句を垂れる花は無視し、立ち上がりながらベルへ質問する。

 

「滅茶苦茶かてーな、あいつら。さっきのはどうやったんだ?魔法使えないはずだろ?」

 

「~~~~~~~~~~。~~~、~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 

『……へぇー。凄いね』

 

長々と話していたことに対して、レントは感嘆の声を漏らした。こいつが純粋に褒めるということは、嫌味無しで偉大なことなのだろう。

 

「仕事しろ」

 

『はいはい。ここは魔法に関係するものが取っ払われてるって言ったよね?』

 

「確か」

 

『状態としてこの中で魔法を使うのは不可能だ。でも、俺たちは外からここへ入ってきた。つまり、元から内部に存在していたものじゃないんだよ』

 

「……分かりやすく、かいつまんで説明してくれ」

 

『このトンネル内にあったものは奪われてるけど俺たちの内部、体内にある魔気は残っているんだよ。だからベルはそれを利用してゴーレムを迎撃したんだって』

 

簡潔に言うと、外部の要因を利用してだと魔法を使えないから、自力だけで魔法を使ったということか。……正直、よく分からない。

 

「いやでも、身体ん中で魔法創れても殴られて無傷ってどういうことだよ?」

 

「~~~~~。~~、~~~~~~~~~~。~~~~~~~」

 

『体内で発動させた魔法ならそのまま外部にも吐き出せるし、すぐに消えることもないって。持続は厳しいようだけど。それで、ゴーレムは魔法の創造物だ。だから、接触して魔術回路を乱してやれば勝手に壊れてくれるんだと』

 

「……っつーことは?お前が喋ってるこの花をあいつらに投げ付ければ、貫通でもしてくれるってことか?」

 

『無理無理。それはゼードを根城にしてないと魔力供給ができないし、そもそもこんな芸当をなせるのはベルしか居ないよ。真似したら、魔力精製の段階で暴発するって。仮に発動できても、外へ排出するときに一緒に自分の皮まで突き破っちゃうよ』

 

その言葉にベルは胸を張って偉そうにしている。実際、凄いのだから問題は無い。唯一の突っ込みどころとしては、いまだに俺と目を合わせてくれないことである。結果的に抱き着いたことになるが、緊急事態だったのだ。大目に見てほしい。

 

「物理攻撃で倒すのは無理か?」

 

『無理ではないと思うけど、素材が岩だからね。それに強化もされているだろうから、一体倒すのにも相当時間掛かると思うよ』

 

「となると、メインの火力はベルに任せるしかないか。でもまた崩れてきた石に潰されかねないから、俺は常に傍に居た方が――」

 

そう言い掛けた時だ。突如、薄桃色の細長い光線が伸びていき、ゴーレムを貫いていった。唖然としながら隣を見ると、唯一無二の魔術師の指から煙が天へ昇っていた。

 

「~~~~~」

 

『問題無いって』

 

「あ、そうですか……」

 

その光景はまさに圧巻だった。一直線に進んだ光線は、何十体も重なっていた石の壁を貫通して向こう側の景色を見せてくれていた。だが、光線の直径は指と同じくらいのものなので、ゴーレムの身体の崩壊までには至っていない。

すると、ベルが何かをふと思いついたようにポケットからチョークを取り出すと、自分の足元に何か描き始めた。自らを囲むように円や、小さな文字らしきものを書き込んでいく。囲った円の中にもまた円や図形がはめ込まれ、とても複雑なつくりをしている。遊んではいないようだが、今すべきことなのだろうか。

 

「~~~~~~~」

 

『魔力の増幅のために魔法陣を描いてるんだってさ』

 

「魔法陣?魔力増やすのにも使えるのか」

 

名前くらいは聞いたことがある。ただ、一般的に聞いていた使用目的は魔法を使えない人が無理くり使えるようにする補助的なもので、増強のために書かれるというのは初耳だった。どちらにせよ、俺は魔法陣自体、見るのはこれが初めてのことである。というのも、身の回りには魔術がさっぱり使えないのと、魔術にこれでもかと長けた二極化した奴らしか居なかったからだ。中間が居なかったので目にする機会も無かったのだ。

あまり魔法に興味の無い俺が、自ら使用することはまずあり得ない。

 

「~~~」

 

『描き終えるまでに少し時間が掛かるみたい』

 

「よし!じゃあ、俺はそれまでの時間稼ぎ役だな。そろそろ暗さに目も慣れてきたし」

 

『ん、そうだ。ベル?それとは別に魔法陣描いて明るくできない?』

 

レントの提案に足元の大きな魔法陣を描く手を止め、一歩離れた場所に小さなものを描き始めた。と、眺めていたらもう完成したようだ。大きなものとは違って、とても簡単なもので円と星のような図形だけだ。これなら数回練習すれば俺でも描けそうだった。

その上でデコピンのように指を弾くと、キラキラとした光の粒が現れた。粒自体はかなり細かいが、これまで真っ暗だったトンネル内を照らす貴重な光であった。照度もそれなりでゴーレムのでかい図体を照らし出すには十分過ぎるほどであった。

 

『うん、やっぱり魔法陣上なら持続して魔法も残しておけるみたいだね』

 

「サンキュー。なるべくこっちに誘導するが、自衛はしてくれよ」

 

それだけ言い残し、ゴーレムの集団へと駆けていく。かなり手前から飛び上がり、慣性のまま敵の身体へ向かう。先頭に居たゴーレムはハエをはたき落とすが如く腕を縦に振る。

 

「のろいのろい!!」

 

腕が降ってくるよりも先に紐の付いたナイフを放り投げる。切っ先の行方は腕を掲げているゴーレムではなく、その隣。直に当てようとはせず、頭部に巻き付かせるように調整をする。上手く引っ掛かった瞬間に思い切り紐を引いた。しかし、比にならない体重差によって逆に引っ張られてしまった。だが、それでいい。

空中で踏ん張りの効かない俺は、方向を変えてされるがまま猛スピードで飛んでいく。急激な変化に対応できないゴーレムは、俺の影を捕らえることはできずにただ地面を殴るだけに終わる。引き寄せの強烈な勢いに肩が外れそうになるが、激痛に留まってくれたらしい。その理由として、絡まったゴーレムが身体を揺すって逃れようとしていたからだ。無論、がっちりと首元に巻き付いているため、ちょっとやそっとでは外れるはずがない。

そして、引き寄せの速度を利用しつつ顔面に蹴りを放った。

 

けれども、防御だけはとても固いので致命傷どころかバランスを崩すことさえ叶わなかった。……でも、そんなのは想定内である。

蹴った瞬間に紐を切り離し、反動でゴーレムから距離を取る。遠ざかりながら、両手に握れるだけのナイフを取り出してまとめて投てきした。投げれば余すことなく的中するが、先程同様大きなダメージにはならない。しかし、元より目的は一体でも多くこちらに意識を持ってくることなので、それで問題無かった。

地面で靴裏を削りながらスピードを緩め、回り込むようにして走り出す。

 

「おら、こっちだデカ物ども!!」

 

何となく声を上げ、石の塊に呼び掛ける。感覚があるのかすら疑問だが、いつものノリで喋り掛けていた。ただ、挑発行為が功を奏したのか、ベルを見ていた大半が俺へ身体の向きを変える。さすがに全てを釣り寄せることはできなかったが、ベル自身も近付いてきそうなゴーレムへ牽制をしている。時折陣を描く手を止め、指から光線を吐き出す。消し飛ばす威力は出せないが、足を撃ち抜くなどして重心を崩させる。

俺は俺で、攻撃は体力の無駄なので回避、防御に集中する。のそっとした動きは容易く受け流すことができる。けれども、本当の脅威は数と威力だ。先に詰将棋と表現したが、こちらの手番が回ってくることがないのでそれは間違っているかもしれない。建物がじっくりと倒壊してくるようなそんな圧迫感すら覚える。そして一発でも貰ってしまっただけで即死してしまいそうなアタックの重量感。岩が身体の傍を通過する度に肝を冷やしている。今なら人間に見つかった蚊の気分が理解できる気がする。

 

 

一挙一動、髪先まで神経を尖らせて周囲の動きに反応する。だが、"あること"で身体を止めてしまった。

 

「……えっ…………?」

 

不可解な出来事に足と脳が停止する。それはほんの数秒のことだったが、敵もあからさまな隙を見逃してくれるほど生易しくはない。しまったと後悔するよりも先にゴーレムの長い腕が伸びてきて俺の身体をがっしりと捕まえる。そのまま同じ目線まで持ち上げられた。向こうにとっては普通に掴んでいるだけなのかもしれないが、こちらにとっては全身をバイスに締め上げられている状態のようなもので節々から悲鳴が聞こえてくる。

 

「ぐああぁ……っ!」

 

『ちょっとちょっと!?何してんのさ、ゼード!』

 

ギリギリと圧迫され、肺から空気が捻り出される。自然と呻き声が口から漏れるが、音にはならないものとなって消えていく。レントは潰される前に、唯一露出している襟から上へ逃れて叫ぶ。

 

ビュン!ビュン!ビュン!

 

飛行音が三つ立て続けに鳴らされる。風を裂く音が聞こえると掛かっていた圧が無くなり、妙な浮遊感に襲われる。そう思った矢先、ドサッと床に叩き付けられた。咳込みながら状況を把握するために周囲を見渡す。すると、どうやら向こうに居たベルがビームでゴーレムの腕に風穴を空けて助けてくれていたらしい。結果、思わず手を開き、俺は地面へ自由落下したようだ。

俺を手放したものの、機能を停止した訳ではない。追撃から逃れるために急いで立ち上がり、一旦ベルの元へと退却する。戻るとベルはとても混乱したように早口でまくし立てる。

 

「~~~~~!?~~~~~、~~~~~~~~?~~~~~~~~~~~~~~」

 

「大丈夫だ。助かったよ、ありがとう」

 

『……それにしては左腕おかしいけど?』

 

こいつら相手に空元気は通用しないようだ。レントの言う通り、左腕が全く動かない。握られた際に骨折でもしたのだろう。あまり鋭い痛みは感じないが、時間が経てば嫌でも程度の悪さを実感できるに違いない。今となっては両利きのようなものだが、生まれた時から主に使っている右腕でなかっただけまだましだろうか。

だらりと垂れ下がっている腕を見て、ベルはまた魔法を使う。さっき壊したゴーレムの岩を宙へ浮かすと、前方へ飛ばす。狙いはゴーレムたちではない。その足元だ。岩は地面に突き刺さると、バリケードの如く行く手を阻む防壁となった。破壊しようと試みているが、ベルの魔力が籠っているのかほとんど削れない。

 

『どうしたの?急に立ち止まったりして。自殺願望があるなら相談に乗るよ?』

 

「ねぇよ!!……あのさ、ゴーレムってどうやって動いてんだ?」

 

突然の質問に二人とも黙り込む。意味が分からないといったふうに首を捻っているようだ。疑問を解消できぬまま、レントが詳細を教えてくれる。

 

『さっきはどうでもいいなんて言ってたくせに。うーん、そうだね。大きく分けて二つかな。遠隔操作と自立行動』

 

「そりゃ、どう違うんだ?」

 

『前提としてゴーレムは術者が魔力を注ぎ込んで動かすんだ。それを自分で操るか、簡単な命令だけ与えて勝手に行動させるか。

遠隔操作型は、見えない魔法の糸で繋がってるマリオネットを想像してもらった方が分かりやすいかな。その場に居なくても、俺がこうして花から喋っているように常に魔力を供給しつつ操作するんだ。随時細かい指示を出して対応させられるけど、術者が常に気を配ってなきゃいけないんだ。

自律行動型は端から聞いていても理解できるような単純な命令だけして、それに従ってもらうんだよ。例えばここを誰も通すな、とかっていうね。遠隔操作型との違いは、最初に魔力を付与させたら後は自動的に動いてくれるから監視しておく必要が無いこと。逆に大まかな動きしか指定してないから、臨機応変さには欠けるってことかな』

 

レントにしては珍しく、事細かく説明をしてくれていた。魔法に関して無知である俺を気遣ってか、比喩や具体例を挙げてだから理解しやすい。だが、それでも俺は腑に落ちず質問を続けた。

 

「その自律行動型ってのは、どこまで自分で動くんだ?」

 

『どこまでって?』

 

「えー……だから、喋ったりとか」

 

『どうだろうね。素材が死体とかだったら生前の名残で呻き声くらいは上げるかもしれないけど、そいつらは石でしょ?難しいと思うよ』

 

「自我を持ったりとかは?」

 

『無いね。命令によって行動してるだけって言ったでしょ?』

 

「あいつら、実はゴーレムによく似た全く別の魔族って可能性は?」

 

『無い。ガーゴイルってのもあるけど、あれも石像に魔力を加えて動かすから魔製生物の一種かな。……さっきからおかしいよ?何が言いたいの?』

 

レントが懐疑的な質問を寄越してくる。ふと見ると、ベルも花と同じ表情をしていた。俺は観念して二人に理由を話すことにした。その間も、一時たりともゴーレムたちから目を離しはしない。

 

「あいつらの声を聞いたんだ。呻き声じゃない」

 

『心の声的な?』

 

「俺がそんなロマンチストに見えるか?……ちゃんと、はっきりとした言葉だった」

 

口を一旦閉じ、生唾を飲み込む。二人にも真剣な表情が伝わったのか、茶々を入れることなく黙ったまま次の言葉を待ってくれていた。

 

 

「"たすけて"ってな」

 

耳に入ってきた単語をそのまま口から音にする。

 

『聞き間違えとかじゃなく?』

 

「それだったら良かったんだけどな。最初はノイズだと思ってたんだけど、次第にそう喋り出した。一体だけじゃなく、何体からも。ありゃ、何なんだ?ゴーレムは話したり、自我を持ったりしないんだろ?ホントにお前の記憶は合ってんのか?」

 

『うーん……そこまで言われるとこっちも自信無くなってくるなぁ』

 

「……~~~」

 

『え?』

 

俺たちが会話を交わしていると、神妙な面持ちをしたベルがポツリと何かを呟いた。

 

「~~~~~~、~~~~~」

 

『……そんなことあり得るの?』

 

「そこで完結すんな。何て言ってるんだ?」

 

問い掛けに対し、クチナシの花からすぐに回答が返ってこなかった。じっと悩み込んでいる様子で、慎重に言葉選びをしているかのようだった。

 

『どうやらゼードの空耳ではないみたいだね。ベルも違和感があったって』

 

「違和感?」

 

『気のせいかと思って言わなかったらしいんだけど、ベルが触れた瞬間、ゴーレムの魔術回路とは別の回路が走ってたって』

 

「…………?」

 

だからどうだというのだろうか。元々の仕組みを知らない俺にとっては、それが何を意味しているのか全く想像に及ばない。しかし、二人から伝わってくる気配がとても並大抵のものではないことから、重大な問題だということは察することができる。

二人は魔族語でやり取りをすると、話がまとまったのか報告をしてくれる。

 

『凄く嫌な予感がする……。ゼード、ミュゼを一刻も助けたいのは俺も一緒だ。けど、あのゴーレムたちを調べてからでいいかな?』

 

「あぁ、俺も気になるしな。それにここはベルがどうにかしてくれないと先に進めないんだ。決定権は俺には無いぞ」

 

目だけ横に動かすとベルと視線が合った。それだけで感じ取ったのか、こくんと頷き残りの魔法陣を描き上げた。すると魔法陣がうっすらと浮かび上がり光を放つ。風が吹き込んでもいないのにベルの長い前髪を揺らし、両目を覗かせる。魔力を高めているのかまだ行動を起こさない。

 

その時、ゴーレムの行く手を阻んでいた岩の一部が破壊され突破された。圧倒的な力で殴り付けられたせいで、こちらに岩の欠片が高速で飛んでくる。歪な塊は弾丸のように射出され、動けないベルへ向かう。

 

「周りは気にすんな!そっちに集中してくれ!」

 

前へ歩み出た俺は、右手で握ったナイフで飛行してくる石を弾く。左腕はやはり使えそうにないので、半身になりつつ刃物を振るう。無駄に心地の良い金属音を発して、軌道を逸らす。何度か勢いに負けナイフごと持っていかれるが、焦ることなくすぐさま袖口から替えを手に取った。何とか凌ぎ切ると、大声を出して右へ跳んだ。

 

「派手にやってやれ!ベル!!」

 

ちょうど準備が整ったベルは俺が避けるのと同時に両手を頭上へ掲げる。手のひらの上の景色が捻じれ始め、渦を巻く。そう認識するより早く、空間の歪みから無数の透明な糸らしきものが伸びてきた。レントのツタに似ているが、それよりも細く数が多い。

視界を覆い尽くすほどの糸は、その一本一本がまるで生きているようにうねり、ゴーレムたちを絡め取っていく。抵抗する姿が微かに窺えるが、津波のように襲ってくる糸の前では何の意味も成さない。しかし、これは攻撃ではないようで捕捉し動きを止めると、透明な糸に色を灯し始めた。それは見ているだけでも心の中を覗かれるような不思議な光。根底を暴かれるような気味悪い光。

ベルは糸を通じてゴーレムの解析を行っているようだった。

 

「~~~~!!?」

 

突然、ベルが悲鳴に近い声で叫ぶ。目を見開き、顔を真っ青に染めている。

 

「どうした!?」

 

「~~~~~~~。~~~~~、~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」

 

『……やっぱり』

 

ベルの言葉を理解したレントは思わず声を零す。やけに冷めているのに、これでもかと怒りが詰め込まれた声。初めて聞く声に背筋が寒くなる。のらりくらりと自分を語ろうとせずにしてきたこいつが、ここまで感情を露わにすることはそうそうないだろう。

 

「だから何なんだよ!?」

 

花の向きがゆっくりとこっちへ移動し、言い淀むように顔を伏せる。次に花弁たちと目が合った時、信じられない台詞が告げられた。

 

 

『あのゴーレムそれぞれに、"魔族の魂が詰め込まれてる"んだ。それも"沢山"の』




ここまでお読みいただきありがとうございます。

初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方は大変お久しぶりでございます。
碓氷 修夜です。

22話です。さて『王城激震編』も大詰め。次回、いよいよ完結です。今作のヒロイン?ミュゼの救出、王カルドレアの目論見を暴くことができるのでしょうか?
……文字数的にかなり長くなりそうな予感が。


それでは改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。