勇者と魔娘の3年間   作:碓氷 修夜

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☆登場人物
ゼード…ピース依頼事務所の所長。過去に勇者として魔王を倒した経験あり。


ロザ…エノスの古城に住む女性。手が二回り程大きく、赤く鋭く尖っている。バラが大好き。

クレイン…魔法が効かない特殊体質の男性。ロザにしつこく付き纏っている。方向音痴で変態。

町長…白い三角巾に緑の服がトレードマークの女性。先代の町長である父の後を継ごうと必死。


ベルフェ…悪魔系のリーダー。皆からはベルと呼ばれている。魔力はピカイチだが、人語が話せない。魔族四天王の一人。

レント…植物系のリーダー。非攻撃的であり、戦闘スタイルも待ち伏せて敵を誘い込むのを得意としている。魔族四天王の一人。

スラー…スライム系のリーダー。ゼードにはスーさんと呼ばれている。物理が効かず、そっくりに変身が出来る。魔族四天王の一人。


カルドレア…現セントクルスの王。ある時期から人が変わってしまったかのようになる。


case:23   家族

『あのゴーレムそれぞれに、"魔族の魂が詰め込まれてる"んだ。それも"沢山"の』

 

ゴーレムを調査しているベルの魔族語をレントが人間の言葉へ翻訳する。しかし、その口調は普段冷静なレントとは思えないほど怒りに満ちたものだった。クチナシの花を通してこいつの声を聞いているため、どんな面持ちをしているかは分からない。分からないのだが、見えなくて良かったと心から思う自分が居た。いつも飄々としているものの、何だかんだ客観的に物事を判断してくれるレントのイメージが崩れてしまいそうだったからだ。それが何より……怖かった。

俺はこの言葉の意味がきちんと理解できていなかったが、ベルの様子からも事の重大さを察することができた。ベルは無数の糸をゴーレムに繋げながら身体をガタガタと震わせていた。おぞましいものを覗いてしまったものの、目を離すことが叶わないといったように。

しかし、ずっと傍観者気取りでいる訳にもいかない。俺だって場に居合わせた"当事者"なのだ。頭の奥底でガンガンと警笛を鳴り響かせているのを責任感とほんの少しの好奇心で抑え込み、二人に問い掛ける。

 

「魔族の魂……って、やっぱりあのゴーレムたち生きてんのか?」

 

『……さっきも言ったでしょ。あれは魔力を原動力とした自動人形だって』

 

口調こそはいつも通りだが、語気が強い。溢れ出そうな感情を無理矢理押し込めているのだろう。

 

「じゃあどういうことなんだ?」

 

『…………』

 

質問に対してレントはだんまりを極め込む。ベルにも同じ質問を投げ掛けようとしたが、とんがり帽子を目深に被ってそもそも目を合わせようとしてくれない。俺は無理に聞き出そうとはせず、誰かが答えてくれるまで待っていた。

やがて、ぽつりぽつりと花から単語が発せられた。

 

『……その原動力が魔法じゃなかったとしたら?』

 

「はぁ?そりゃ、そもそもが違うんだから全くの別物じゃねぇの。ってことは、やっぱあいつらゴーレムじゃ――」

 

『大元は同じ。違うのは動力だけだよ』

 

「何だよ……はっきりしねぇな」

 

『さっき言ったよね?ゴーレムは術者が魔力を注ぎ込んで動かす、って』

 

「あぁ」

 

そこで一旦言葉を区切り、またしても沈黙が訪れる。正確には向こうで糸に絡め取られているゴーレムたちが暴れているのだが、そんな騒音が耳に入らないほど会話に集中していた。

額には汗が滲み上がっている。1月だというのに汗をかくなんて、寒がりな俺としてはあり得ないことだった。そのくらい緊張しているのだろう。

早く教えろと、はやる気持ちもあるのだが急かしたりはしない。意地悪で黙っているのではないと気付いているからだ。平時のレントはのらりくらりと誤魔化そうとするが、今口を噤んでいるのはこの限りではない。難しく口に出すのも躊躇わせるものを丁寧に言葉に起こしながら俺に解説してくれているのだ。同じ人間の言葉でさえこれほど慎重になるのだ、伝えられないベルはどれほどもどかしいものだろうか。

大きな深呼吸を2つしてから漸くレントが俺に告げる。

 

 

『このゴーレムは魔力の代わりに"生きたままの魔族"を入れて動いてるんだ』

 

 

その言葉で全身が鳥肌を立てたのを感じた。胸を貫かれるような痛み。そして――脳で拒絶していたものを押し付けられるような感覚。

 

「生きたままって……あの岩の中に魔族なんて隠れられないだろ。そうだよ、さっきベルがバラバラにしたのにどこにも居なかったぞ!?」

 

受け入れたくないという気持ちが必死に否定するけれど、喋れば喋るほどに認めてしまうことになる。

 

『だから"魂"なんだよ。どうやったかは分からないけど、肉体と精神を切り離して――』

 

――分かっている。本当は全部分かっているんだ。ゴーレムの救いを求める声を聞いたときから、何となく気付いてしまっていたんだ。喜怒哀楽から喜びと楽しみだけが除かれた感情。それが短い音の中に含まれていた。自分の本意ではなく岩の身体に閉じ込められ、戦い、朽ちることだけを命令される。本人には抗いようがないから、俺に助けを求めてきたのだ。

 

「け、けど、そんなのあり得るはずがないだろ。だって……そんなの……」

 

おぞましい想像を認めてしまえば"本当"になる。だから何度も心の中で否定し続けた。レントから"真実"を告げられても、"偽り"を吐き出して"嘘"の世界へ逃げ込もうとしていた。

 

 

バシンッ!!

 

突如、左胸の鈍い痛みに襲われて視界がぐにゃりと歪む。あまりにも唐突であったために足の踏ん張りが効かず、地面に膝と手のひらを突いて衝撃を緩和する。しかし、咄嗟に折れている左腕も動かそうとしたため、ここでやっと激痛が全身を駆け回る。

痛みを堪えながら目を開くと、胸ポケットにしまい込んであった花から腕くらいの太さのある触手が伸びていた。それで鞭のように叩かれたのは想像に難くない。

 

『……どう?目が覚めた?』

 

「は……?」

 

『辛いのはゼードだけじゃない。俺たちもだよ。そして一番辛いのは、ゴーレムの中に居る連中じゃないかな?……いい加減に認めよう?』

 

「はは……は……」

 

無意識に零れた笑いの後に右手で拳を作り、何度か自分の頭を殴り付ける。

――認めてしまった。いや、認めなければいけなかったんだ。わざわざ城に攻め込んで現実から目を逸らしている方がおかしいのだ。ミュゼと町長を助け出し、クソジジイのこれ以上の蛮行を止める。臆病になっていて本来の目的を忘れていた。

 

「おはよう、やっと起きたわ」

 

『俺が出向けてたらそのまま寝かせててあげられたんだけどねー。今は手足の如く働いてくれないと困るからさ』

 

俺が調子を取り戻したことに安心したのか、レントも通常運転に戻ったような印象を受ける。

 

「……悪かったな。言いづらいことわざわざ喋らせちまって」

 

『んー、ツケでいいよ』

 

またも笑みが浮かぶ。さっきの渇いたものとは異なり、今度のは温かいものだった。何故、頑なに逃げていたのか自己嫌悪したくなるが、それは全てを終わらせて事務所のベッドに潜り込んでからに取っておくことにする。

 

「けどお前、結構強く殴りやがったな?それなりに痛かったぞ」

 

「イタイ……」

 

ボソッと聞こえた声で振り向く。それはどうやらベルが呟いたものらしかった。

 

「イタイ……クルシイ……セマイ……クライ…………タスケテ……」

 

ベルは震えでピンクの髪同士をカサカサと擦らせながら単語を紡いでいく。それはあまりにも機械的でどこか恐怖すら感じる。目を見開いたまま瞬きもしない。景色を覗けないレントでさえもその違和感に気付いたようだった。

 

「ベ、ベル……?」

 

「タスケテ…………タスケテ……タスケテタスケケケケケケケケケケケケ…………~~~~~!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~            !!!?」

 

壊れたラジオのようにおかしなことを口走り、最後の方は生物の喉から出た言葉なのかも怪しかった。突然の光景に俺は動揺して何もすることができない。ベルが得体の知れないものに取り憑かれてしまったようでただ目を丸くしているだけであった。

 

『ゼード!!解析を止めさせて!!』

 

レントの絶叫ではっと我に返り、頭をふるふると左右に振って普通を取り戻す。冷静になって見てみると、頭上にある空間の歪みから現れていた何百という糸が光っていた。ゴーレムを絡め取ってからも光っていたが、今は赤い警告色を発している。破裂寸前とばかりに膨れ上がり、生き物とはまた異なったように蠢いていた。

 

「ベル!ベル!!」

 

目の前で大声を出しながら肩を揺すっても、まるで俺の姿は見えていないようでただぶつぶつと音を吐き出すだけである。

 

「どうすりゃいいんだよ!魔法陣でも消せばいいのか!?」

 

『それは駄目だ!陣から魔力が溢れて暴走する!』

 

「もうベルが暴走してんだよ!」

 

『その魔法はベルとリンクしているから強制的に引き剥がすか、術者自身に止めさせないと消滅しないんだよ。前者は勿論、術者にも相応のフィードバックがくるけど』

 

だったら選択肢は後者一択だ。……しかしどうやって?どれだけアクションを起こしてもベルには届いていないようだった。身体に触れても不可解な音を並べるだけだ。

どうやら魔法の糸でゴーレムから変なものを受けているせいでベルがおかしくなっているようだ。声を聞いただけで直視するのが恐ろしくなったのだ。意識そのものを覗いてしまったなら自分が塗り潰されるような感覚に陥ってしまうのも当然かもしれない。

自我を取り戻してもらえば魔法を解除してもらえるのだろうが、その自我を取り戻すには先に魔法を解除しなければならない。たまごニワトリ問題のような難題が出来上がっていた。

 

悩み抜いた末、俺の頭にポンと一つの考えが浮かぶ。一瞬うんと唸ってから、邪魔なとんがり帽子を摘まんで持ち上げ、ベルの耳元へ顔を近付ける。そして一言、小声で耳打ちする。

 

 

「………………?」

 

不意にずっと動きっぱなしになっていたベルの口が止まる。そしてキョトンとした表情のまま前に居た俺と目が合う。

次の瞬間、下顎に強い衝撃を受けて背中からコンクリートの床へ落下する。身長が俺の肩くらいまでしかないベルが、視線が合うや否や飛び上がった。結果的に頭突きで顎を打ち上げるような形で。

 

『どうした!?』

 

声や音でしか状況の判断ができないレントが敵襲に遭ったのかと説明を求めてくる。起き上がりながら問題が無いこと、ベルは無事であることを告げる。ベルも激突した頭頂部を帽子の上から押さえてその場にしゃがみ込んでいる。どうやら、さっきまでの異常なベルから元のベルに戻ってくれたらしい。

 

正気に戻せたのは身体ではなく、"精神の揺さぶり"であった。以前に何度かミュゼが魔法を使うのに『気が散るからどっか行ってて』と邪険にされたことがあった。どうやら、単に邪魔だっただけではないらしい。魔法を使っている時、使おうとしている時、かなりの精神力を消耗するそうなのだ。実際去年の5月くらいに魔王城へ集まったときに、ミュゼがゴラドを土の壁で拘束していたことがあった。あの日は結局、場が荒れたこともあってミュゼの集中力が欠け、簡単に脱出されていた。

だから言葉によって集中を乱し、魔法そのものを自壊させられるのではないかと思い立ったのだ。……あくまで予想だったため、成功する確信は無かったが。ともあれ、ナイフで糸を切り離すという最終強行手段に及ばずに済んだので良かった。

 

 

ほっとしたのも束の間、地面全体の振動によって現実へ引き戻される。いつの間にか絡まっていた糸が消滅していたため、ゴーレムが自由を取り戻して進行を再開したのだ。ゆっくりと立ち上がると、ベルはもう既に臨戦態勢へ入っていた。……ではあるものの、まだ顔を合わせてくれない。しかし、よく見る熱で上気している状態ではなく、反対に顔を引きつらせながら青くしていた。

 

「……~~~~~」

 

『あー……』

 

理由をレントが聞き、それを通訳してくれる。苦笑いをしているのか、少し声が掠れている。

 

『ゼードの顔が血だらけで申し訳ないってさ』

 

右の甲で口元を拭うとべったりと赤いものが付着する。成る程。さっきから妙に鉄っぽい味が広がっていたと思っていたら。おそらく、今しがた頭突きされた際に歯で下唇が切れたのだろう。

 

「問題ねぇよ。それより、あいつらはどうすりゃ助けられるんだ?」

 

問い掛けにベルはこちらをじっと見つめた後、目線を逸らす。そして、目をぎゅっと閉めて鼻で息をする。悩んでいるようでピクリとも動かない。

暫く見つめ続けていると、身体の力をふっと緩めてアクションを起こした。

 

悔しそうに奥歯を噛み締めて、手立てがないと頭をふるふると横に振った。

 

「そうか……」

 

そうしている間にもゴーレムはすぐそこまで迫っている。俺はそんな重戦車のような大群をぼんやりと眺める。決意を固め、ふーっと息を吐き出して新鮮な空気を体内へ送り込むと傍に居るベルへ告げた。

 

「なら、あいつらを楽にしてやってくれ。ホントはお前の手を汚させるような真似はさせたくないけど、俺じゃ倒せそうにない」

 

「デ、デモ……」

 

ベルはやはり気が進まないようで躊躇いが滲み出ている。魔族の仲間を間接的に殺すことになるからだろうか。あの状態をまだ生きているとするならば、だが。

俺もこんな頼み事をするのは酷だと分かっている。可能であれば、自分一人で何とかしたい。しかし、それが叶わないのも自分が一番よく分かっている。己の非力さが握った拳に爪が食い込むほど恨めしいけれど、そんなのに浸っていられる猶予は残されてない。一刻でも早く、あいつらを苦しみから解放したい――。

 

「――っつーのは偽善だな……」

 

「?」

 

「ベル、お願いの仕方を変えるわ。"俺のために"あいつらを倒してくれ。あんな苦しそうな奴らを、俺はもう見たくねぇ。気分が耐えられん。そして、これから増えていくのも勘弁だ。……こんな自分勝手の頼みでわりぃけど、どうか頼む」

 

「…………」

 

すぐにはうんと頷いてくれない。視界には地面しか広がっていないが、振動や音ですぐそこまで迫っていることが感じ取れる。ゴーレムが拳を振り上げているのだろうか。急に周囲を深い影が飲み込む。それでも俺は、頭を下げたまま身動ぎ一つしない。

そして、岩でできた大きな腕が勢い良く下ろされる。どんな力持ちでも受け止めることが不可能な一撃。風圧だけでもペシャンコになってしまいそうだ。

その勢いが、ベルの吐息と共に停止する。

 

「~~~」

 

今のでスイッチが起動したのか光線が飛ばされる。指先からではなく、床や壁、天井から数え切れない光が扇状に放たれて、それぞれがゴーレムの肉体を貫く。突き抜けた光の矢はそのまま反対側まで到達する。しかし、攻撃はそれで終わらない。ぶつかったと思いきや、鏡で反射するが如く跳ね返り、再度岩の肉体を蹂躙していく。

声は無い。音も空気が動くものだけ。岩に穴が空いていくのに、気味が悪いほど静かだ。それなのだが、俺の耳には沢山の声が聞こえた気がした。空耳なのか、はたまた本当に流れていたのかは分からない。確認しようにも声の主はもう居ないし、こっちの二人に尋ねる気も不思議と湧いてこなかった。

でも、たとえこれが聞き間違いであっても良かった。おぼろげな声のおかげで、俺は自分の力で叶えなければならないことを再確認できたからだ。

 

 

時間にして5秒程度。その僅かな間に連なっていた岩壁は容赦無く穴だらけにされ、小石と成り果てて地面へ落下する。もうここに強大なゴーレムが存在していたとは思えないだろう。

 

「ごめん。……ありがとな」

 

大仕事を終えたベルに声を掛ける。すると整理がついたのか、はっきりと頭を横に振って俺を見上げる。

 

「ダイジョウブ。ワタシモ…………アノコタチ……ヲ……タスケルカラ……」

 

「そっか」

 

俺は目を瞑り、皆の言葉を噛み締める。ミュゼ、町長、カルドレア、レント、ベル、そしてゴーレムに閉じ込められた魔族たち――。しっかりと胸に刻み付け、目を開きながら進むべき道を見据える。

 

「……行くぞ。ちっとばかし、あのクソジジイをぶん殴る理由が増えた」

 

 

「ん……。すまない、ゼードの元へ急ぎたいのは山々だが、少し寄り道してもいいか?」

 

低空を切り裂いていたドラゴネット――もとい変身していたスラーが首元の乗客に声を掛ける。飛ばされまいと必死にしがみ付いていた町長は、不意に速度が緩まったのを肌で感じて顔を上げる。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、さっきまで全く感じなかったのだが別の仲間が居る方角から莫大な魔力を感じるのだ」

 

「それは……どういうことですか?」

 

町長は魔法とはほぼ無縁の人間だ。ゼードのように魔法が使えずとも頭を突っ込んでいく生活とは真反対で、至極全うに人間界の小さな町で日常を送っている。想像もできない事柄に何が起きているのかついていくだけで必死だった。

 

「分からない。だからこそ確認しに行ってもいいか?……ゼードたちと合流するのが遅くなるがな」

 

町長は一瞬黙り込んだ後、自らを納得させるように小さく頷いた。

 

「大丈夫です。……実はとっても怖いんです。私は無力ですから、もしゼードさんのところに追い付いても邪魔になるだけだと思います。だからといって、逃げるのはしたくありません。心が死んでしまったら肉体まで死んでしまいますから。……そうは思っているんですけど、やっぱり身体が動きません。私は卑怯で臆病者ですから、ただ離れて信じることしかできないんです。だから、無責任かもしれませんがスラーさんにお任せします」

 

背中の小さな人間は端から見ても分かるくらいに震えていた。無理もないだろう。完全に彼女は一般人だ。突然、自衛する術も知らずこんな最前線へ送られれば、現実から逃避でもしたくなるだろう。しかし、彼女は逃げることを拒んだ。無関係だと言い張らずに自分の意志を貫こうとしていた。自分を過信せず、持てる最大限の行いを見出す。若くして長という椅子に座っている理由をスラーは何となく理解できた気がした。

 

「ふむ、成る程。では、そのままあいつを信じてやってくれ」

 

スラーは身体を起こして前方向へ両翼を羽ばたかせる。飛行の勢いを相殺すると、その場でホバリングしてから頭の向きを変えた。

 

 

二人が着いたそこには一組の男女が居た。男の方は至って普通だが、女の方は少し異質だった。二の腕から先が赤い結晶のようなもので覆われ、爪が鋭く尖っていたのだ。向こうも突然ドラゴネットが飛来し警戒を強めたが、町長を降ろしてからスライムの姿へ変身すると構えを解く。

 

「スラー!!」

 

「ロザ、無事かい?」

 

「ああ、問題無い」

 

町長はそのやり取りを見て、スラーの言っていた仲間なのだと感じ取った。男――クレインは姿を変えたスラーに驚いて目を丸くしていた。初対面で尚且つ、目の前で竜がスライムに変化したのだ。にわかには信じられないのも当然だろう。

 

「そっちのは?」

 

「件の町長だ。こちらはしっかりと作戦を成し遂げたぞ」

 

ロザが後ろに居た町長に気付きスラーへ質問する。紹介にあずかった町長は急いで行儀良くお辞儀をした。

 

「それより、ここら辺から強い魔力を感じたのだが何かあったのか?」

 

「さっきまで襲撃に遭っていた。私だけではどうしようもなかったが、クレインとレントが助けてくれてな」

 

話題に上ったクレインだが、まだ茫然としたままで何のリアクションも示さない。ロザの視線の先を追うと、壁に植物の塊がくっついている。中ではハンが眠っているのだが外からでは窺い知ることは叶わない。だが、スラーは状況を察したようで深い質問はしなかった。

 

「そうか、あいつか。道理で今まで魔力を感じなかった訳だな」

 

「……と、言うと?」

 

「おそらく私やゼードに気を使ってここだけで解決を図ったのだろう。ロザが襲われるのはイレギュラーだったから、それぞれの集中を乱さないようにな。どうやってかは知らないが」

 

うんうんと一人で納得しているスラー。そこへ目の前のロザを覆うようにして視界が遮られた。見上げるとクレインが仏頂面をしながら立ちはだかっていた。

 

「さっきから何をロザと親しげに話してるのさ。僕たちの恋路を邪魔しないでくれる?綺麗だからって見惚れないでよね」

 

案の定、二人のやり取りに嫉妬していたようである。呆れながらロザはクレインを押しのける。爪が引っ掛からないように気を配っているのか、手の腹の部分を当てている。

 

「何を言っているんだお前は」

 

「確かに美しいが、もう私は結婚しているぞ?」

 

「なら余計にロザは渡せないよ!!」

 

「……止めてくれ。私が一番むず痒いから。それにクレイン?あたかも私を所有物のように扱わないでくれ」

 

「違うよ!!妻として扱ってるよ!!……でも、逆に僕がロザの所有物として扱われるのも悪くないかな」

 

「誰が妻だ!?私の持ち物ならば即行で廃棄物処理場に投げ込んでやるからな!!」

 

何故かクレインはまんざらでもないようで恍惚とした表情を浮かべている。そしてスラーへ顔を向けると、手を払ってしっしっっとジェスチャーをする。

 

「僕たちはこんなにも仲良しなんだ。部外者は引っ込んでてくれないかな?」

 

「部外者はお前の方だ。スラーは誘拐された町長とミュゼを助ける手伝いをしてくれているんだぞ」

 

「手伝ってもらっているのは、むしろ魔族側なのだがな」

 

「えっ、ミュゼ誘拐されちゃったの!?」

 

場の情報が錯綜し、もはや収拾がつかない。完全に置いてけぼりを食らった町長は何とかして話を纏めようと皆に声を掛ける。

 

「あ、あの!皆さん一旦落ち着いて。まずは――」

 

 

その時だ。巨大な震動と共に周囲一帯へ轟音が鳴り響く。揺れはあまりにも大きく、町長は立っていられずに地面へしゃがみ込む。音源の方角からは今の衝撃で破壊された建物の一部が飛んできていた。スラーは咄嗟に三人の前へ動き出し、ゲル状の身体を広げて飛来物から皆の身を守る。

町長はスラーの身体を通して見える光景に目を疑った。恐怖を通り越して、何も働かない。ただ"それ"を目撃し、開いた口から言葉が漏れ出した。

 

「な……なに、あれ…………」

 

 

ゴーレムたちが居たトンネルを抜けると異質な空間が現れた。巨大なカプセルのようなケースが沢山並べられ、ブーンという機械特有の起動音が鳴り続いている。両目で映しているにもかかわらず、ここが王城の地下だと信じることができなかった。更に驚くべきこととして、そのカプセルのほとんどには何も纏っていない魔族たちが半透明な液体と共に閉じ込められていることだった。

 

「何だよこれ……」

 

右手でカプセルに触れながら、そんな台詞が勝手に口を割って出てきた。反対の左腕はレントの植物が巻き付いてギプス代わりになっている。しっかりと固定されているため、動かすことはできないが締め付けられている感じもない。

 

「~~~~~」

 

『やっぱり。行方不明になってた魔族たちだ』

 

「行方不明?」

 

口に出したところでふと脳裏を過る。年越しに魔界でクイズ大会をした後、宴会をしながらそんな話が挙がっていたような気がする。それも一人、二人なんて数ではなく、全属性に渡って莫大な魔族たちと連絡が取れないといったものだった。人間界で姿を消したと聞いていたが、こんな場所、こんな姿で見つかるとは思ってもみなかった。

 

ガシャン!!

 

俺はナイフを握ると、柄の部分でカプセルを殴り付ける。ガラスで出来ているにしては固く、ヒビが入るだけで粉々にはならない。液体の入っていないものを選んだので、割った衝撃で溢れ出してくることはない。一度では駄目だったが、何度か繰り返して叩き割る。穿つ度に細かいガラスの欠片が中の魔族に掛かってしまったが、緊急事態のためやむを得ない。

十分な大きさに空けて魔族を救出する。しかし、外気に触れてもピクリとも動かない。こいつは頭部に二本の角と肩甲骨の下辺りから翼が生えている。あまり魔族に詳しくはないが、悪魔系なのだろうと判断する。同じ悪魔系のリーダーであるベルに視線を向けると、とても険しい表情をしていた。

 

「……~~~、~~~~~」

 

『生きてない』

 

翻訳を聞いて俺も顔を歪める。呼吸をしていなかったため何となく察していたが、いざ言葉にされると心にくるものがある。

 

『けど、死んでもない』

 

「は?」

 

続けられたレントの台詞を思わず聞き返す。生きていなければ、死んでいるのではないのか。傍に屈んだまま再度見下ろしてみるが、やはり生きているようには見えない。

 

『それ以外に形容のしがいがないよ。その子は生きても死んでもない。正確には生きてるかもしれないけど、そこに命は無い』

 

遠回しな言い方で何となく状態を理解できた。ここに命は無い。つまり、"命だけ別に移されてしまった"可能性があるのだ。つい先程目撃した、人の形をしたものたちを思い返す。生物として矛盾した存在を眺めながら唇をきゅっと締める。

 

 

「土足でわしの城を侵しておきながら破壊まで試みるとは、やはりモンスターは下等な存在か。小僧、貴様もその下等な生き物に含まれているのだ。同じ人間として嘆かわしい」

 

カツンカツンと床を叩く音、そして聞き覚えのある声と共に奥から影が伸びてくる。鼻の下と顎に白い髭を蓄え、頭に金色に輝く冠を乗せている。

セントクルス国王、カルドレアだ。一人ではなく、すぐ後ろには司祭の恰好をしている男が二人待機していた。

 

「おい、クソジジイ!ミュゼをどこにやった。それと魔族を攫って何をしたか自覚あんのか、えぇ?」

 

「久方ぶりに会って、第一声がそれとは。牢から出てせめてまともな余生を送っていると思ったが、どうやら礼儀を学べないのも父親譲りのようだな」

 

気が付くと俺は袖口からナイフを取り出してカルドレアに向けて放っていた。完全に無意識で、自身で驚いたくらいだった。ナイフは迷い無く正確に王の眉間へと直進する。

しかし、それは王の数メートル手前で見えない壁のようなものに阻まれる。一瞬空間が歪み、刃がこちらを向いて跳ね返ってきた。投てきした倍以上のスピードで戻され、右肩を掠めて後方へ飛んでいく。カルドレアは眼前の出来事にふんと鼻を鳴らしてこちらを見下ろす。その眼差しはまるで死に掛けの蝉でも見ているかのように煩わしそうだった。

 

「魔王を殺したとはいえ、所詮は罪人か。あぁ、人を殺めるのに抵抗が無いからこそ成し得たのだな。だが、どうやら貴様には魔の王と人の王すら見分けが付かぬようだ」

 

「あー、すまんすまん。こちとらお前を王様として認識したことが無くってな。上に立つ者として人徳を見せたらどうだ?……今更誰も尊敬しないか」

 

カルドレアがキッと睨み付けてくる。俺もおそらく同じような表情をしながら王を睨み返していただろう。

その最中にクチナシの花から小さな声が聞こえてくる。

 

『どうやら俺たちの間に結界が張られてるみたいだね』

 

俺とカルドレアが話している隙にベルとレントが周囲を調べてくれていたのだ。俺も視線を落とさず、僅かに口を動かして返答する。聞かれてどうなるということはないだろうが、念のため向こうには伝わらないように注意を払う。

 

「結界?この城を囲ってるやつか?」

 

『それとはほぼ別物。前にあるのは完全に外部を遮断してるね。シールドとかバリアなんて言った方が分かりやすいかな』

 

「けど、ここじゃ魔法使えないんだろ?何であいつらは普通に使えてんだよ」

 

『魔法と凄く似てるけど、構成が少し違う。あれは魔素を消費しないで発動できるみたいだからね。そして術者は王の後ろの二人。一人ならそうでもないけど、二人で二重に掛けてるから打ち破るのは至難の業だよ』

 

「じゃあ、先に後ろの奴らを倒せばいいんだな?」

 

『そうは言うけど、どうやって結界の中に潜り込むのさ?入れるならまどろっこしいことしないで、王様狙った方がお得じゃない?』

 

「……ごもっとも」

 

 

 

「~~、~~~~~」

 

『あ、でもそれとは別に――』

 

状況を詳しく説明してもらったが、現時点では打開策が見当たらない。もう少し周囲を探ってもらおうとベルと横目でアイコンタクトを交わす。ベルは何も示さないが、おそらく分かってもらえただろうと視線を前へ戻す。

 

「で?お前は魔族を誘拐して何を企んでやがんだ?友達でも欲しかったのか?歳も歳だろうし、今から作るのが難しいのも分かるけどな」

 

煽るようにカルドレアに言葉を投げ掛けると、突然壊れたかのように大笑いし始める。予想外の反応に俺は眉間に皺を寄せた。

 

「友人など要らん!わしが欲しいのは"エマ"だけだ。そのために不老不死と死者の蘇生という技術が必要なのだ」

 

「不老不死に死者蘇生?何、馬鹿げたこと言ってんだよ。頭の悪さに磨きを掛けてどうすんだよ」

 

「馬鹿げたこと、か」

 

カルドレアは俺の言葉を小さく繰り返すと悪い笑顔のまま背を向ける。そして壁際まで歩くと、ドンと置かれてあった椅子に腰掛けた。二人の司祭も後に続き、王の両脇を固める。

この空間に似つかわしくない王座。威厳を誇示するがために用意された見せかけの王座。一体、誰へ向けた居場所なのだろうか。

 

「確かに馬鹿げたことかもしれんな。だが、夢物語ではない。死者の蘇生はまだだが、不老不死のつくりに至っては既に完成している。正確には少々異なるかもしれんが」

 

「はぁ?じゃあ、試してやるから心臓寄越せ」

 

「話の内容を理解できていないようだな。不老不死そのものは実現していない。代用の方法を発見したと言っているんだ」

 

「代用?何なんだよ」

 

「それは――」

 

『精神を肉体から別の肉体に移動させる方法?』

 

急にレントが大声を出したため、耳を澄ましていた俺はビクッと身体を震わせる。何故だかその俺に驚いてベルも同じ反応をしていた。

 

「ほう、そこの貴様は多少頭が冴えているようだ。花が本当の姿ではなかろう?外から声をここまで飛ばしているのか。魔法は使えないはずなのだがな、一体どうやっている?」

 

『ちょっと特殊なやり方だよ。それより不老不死の代用だ。てっきりゴーレムに魔族の仲間の魂を移し替えたのは、悪趣味以外の何物でもないと思ってたけどね。でも、話を聞いてて気付いた。カルドレア、だっけ?……誘拐した魔族を実験に使ったね?』

 

「そこまで気付いたか。そうだ。不老不死には頑強な肉体が必要となる。朽ちることも壊れることもない肉体だ。しかし、人体といえど生ものには違いない。どんなに保存状態が良くとも、"永遠"に形を保つことは不可能だ。どれだけの技術、魔術を用いても実現はできない。不老不死の肉体は諦めるしかないだろう。

そもそも、わしが不老不死を求める理由はこの生涯だけでは時間が足りぬからだ。逆に捉えれば、"時間さえあれば"不老不死に拘る必要は無いということ。時間が不足する理由は、先に肉体が死滅するからに他ならない。ならば、不具合が生じた肉体から新しい肉体へ移し替えればいいのだ。精神自体が変わってしまうとそれはわしでなくなるからな、精神だけを延々と生かし続ける。

これもかなりの難題だが、文字通り"無敵"の肉体を生成するよりかはまだ筋道が立てられる。まずは肉体と精神を切り離す方法を探れば良いからな。そのためにモルモットが必要となった」

 

カルドレアの陰謀。それを聞いて俺は脚に力を籠める。結界が張られていて届かないのは承知だが、それでも大人しく突っ立っている訳にはいかなかった。しかし、地面を蹴ろうと全身を緊張させた瞬間に左側に居たベルにコートの裾を掴まれる。横目で顔を窺ってから、何とか気持ちを鎮めることができた。鎮めると言っても心を落ち着かせただけで、怒りは進行形で沸々と高まっていくのを感じる。

飛び掛からずに済んだ理由はベルの表情である。それは今まで見たことの無いくらいの形相。怒っているのは自分だけではない、そう認知したからだ。

 

「そしてわしは肉体間での魂の移動を完成させたのだ」

 

『その成果として出来たのがゴーレムってこと』

 

レントのまとめにカルドレアは露骨に嫌そうな表情を見せる。まるで不愉快とでもいうように。

 

「あの泥人形が完成形だと?笑わせるな。あれはただのゴミだ」

 

「お前っ!命を弄んでおいてゴミってなんだよ!!」

 

「弄ぶ?有効的に活用したのだぞ。このモンスターどもは実験材料にしか過ぎん。新たな技術の前には度重なる試行錯誤が必要だ。だが、中には出来の悪い素材もある。むしろ大半が不出来だったか。それらをゴーレムに閉じ込め、再利用してやったのだ。感謝してほしいものだな、無駄な命に価値を見出だしてやったのだからな」

 

俺は憤怒を通り越して何も言葉が出ない。まさかここまでの極悪人だとは思ってもみなかったからだ。実際に行動を起こしているのはハクジュンの連中で、無関係ではないがカルドレアはただ上から眺めているだけ――が、そうではない。トビが呼んでいたようにハクジュンは飼い犬にしか過ぎず、飼い主であるカルドレアが全ての元凶だったのだ。

 

『……それで出来の良い素材としてミュゼを誘拐した訳?』

 

「あの娘はまた別の用途だ」

 

「別……?お前、まだ何かしでかそうっていうのかよ!?」

 

「先程言っただろう、わしの目的を。不老不死、そして死者の蘇生だと」

 

「~~~~~?」

 

『そっちはまだ完成してないんじゃなかったっけ?』

 

「確かに完成はしていない。だが、不可能ではないということは解明できている。貴様の母親の例もあってな」

 

「……は?」

 

クソジジイの声にぞくりと背筋が凍る。どうして今、俺の母さんが会話に出てくるのか。訳が分からずにカルドレアを見ていると、ニヤリと口元を引き上げる。

 

「貴様の母親は"あのお方"を天界からその身に降ろした。つまり、異界から魂を呼び寄せることが可能なのだ。しかし、そのためには器が大きくないと成し得ないことも発見した。魂の移し替えの実験を行っているとき、幾度となく不可解な失敗をした。同様の条件で成否が異なったのだ。調査を進めてみると、移動先の肉体が衝撃に耐えられずに崩壊してしまっていたらしい。肉体における魔力の容量が限界を迎え、溢れ出して暴発したようだった。

何やら随分と魔力に対する反動が少なかったと聞く、貴様の母親は。だから、自我を保ちながら身に宿すことが可能だったのだろう。死者を呼び寄せるのに掛かる肉体へのダメージは魂の移し替え程度の比ではない。そのため、耐えられるだけの器を持った素体が必要だったのだ」

 

『それでミュゼを選んだと』

 

「人間にも何人か候補は居たが不安定でな。それと、日常的に魔法を使用しているモンスターの方が容量は大きいはずだ。しかし、魔法に耐久力のあるモンスターは位も高く、易々と人間界には現れない。貴様らのようにな」

 

カルドレアはベルを見据える。ここには居ないが、レントやスーさん、ゴラドなども含まれていることだろう。今はこうして人間界へ来てもらっているものの、普段は専ら魔界で生活を送っていて、自分たちの領土から出ること自体が稀にしかないそうだ。余程大事な用事でもなければ、地上で目にする機会はまずないだろう。

 

「加えて魔王の侵攻もあって計画はうやむやになった。だがゼード、貴様の働きで物事は大きく前進した。魔王を討伐し、戻ってきた貴様はわしにとって重要な土産を持ち帰ってきた。それこそが魔王の娘だ」

 

「ミュゼは土産なんかじゃねぇ!!人間界に連れてきたのも魔王との約束で、お前のために行動したことなんて一回たりともねぇぞ!!」

 

「経緯はどうでも良い。とにかく貴様は魔王の娘をこちらへ連れて来た。念願の魔力に長けているモンスターだ。しかも、当面の間は人間界で面倒を見ると言う。準備が整うまでこちらで管理せずに、貴様が飼ってくれているのだ。あとは頃合いを見て誘拐させるだけだった」

 

唇から顎へつーっと血が垂れる。さっきベルに頭突きされた古傷ではなく、噛み締めた歯で新たに傷付けたものだろう。イライラが募り、何とか歯の隙間で息をして自身を抑えている状態だ。

 

「だが、誘拐したのは良いが――」

 

『ミュゼの魔力の器は適していなかった、と』

 

割って入ったレントにカルドレアは目を細める。関心した、というよりは図星を突かれて鬱陶しそうにしている。ベルも怪訝そうな顔をして花を見ていた。

 

「貴様、知っていたのか?」

 

『何となくだけどね』

 

「……そうだ、魔王の娘は魔力の器が大きくはなかった。と言うよりも、不自然だったのだ。他のモンスターとは異なり、あれではまるで――」

 

『そんなことよりミュゼはどこに居るの?無事が確認できないと安心して話ができないよ。ミュゼの身に何かあったとしたら、俺たちもそれなりの対抗策を練らないといけないからね。例えば、外で眠っている貴族や兵士をどうするか……とかさ』

 

「脅しのつもりか?そんなものは無意味だぞ。……だが、折角ここまで来たのだ。姿くらいは見せてやろう」

 

カルドレアは肘を突きながら、司祭の片割れから小さな機械を受け取る。遠目に見た感じだと、それはリモコンのようなもので表面には沢山のボタンが並んでいた。その内の一つを押すと、ここから見て右奥の方が照らされる。向こうは薄暗かったためぼんやりとしか窺うことができなかったが、照明が点けられてはっきりと目に映り込む。

周囲のものより一回り大きなカプセル。その半透明の液体の中に褐色の肌が浮かび上がる。ゆらゆらと揺れ動く銀色の長い髪の毛。見覚えのあり過ぎるそれは俺たちが捜し求めていた奴だった。

 

「「ミュゼ!!」」

 

咄嗟に溢れ出した言葉がベルと重なる。しかし、その呼び声は届いていないようで眠ったまま目を開かない。

 

「安心しろ、まだ死んではいない。"まだ"な」

 

『不適合だったんだからミュゼを返してくれないかな?』

 

「断る。器以外にも用途はある。例えば魔力を移して"番犬"の強化などにな」

 

左側からガラスの割れる音と、液体が床に零れる音が纏まって聞こえてきた。瞬時に顔を向けると、それが怪奇現象でないことを理解する。

 

桃色というか赤黒い色というか、まるで人の内臓のような色。固体のようでドロリとした形状。しかし、スライムのようなゲル状ではなく、明らかに形を持っている。毛細血管みたいに細かく枝分かれした触手。空から見放され、堕天した者が羽ばたかせているだろうボロボロの翼。中央には遥か遠い昔に色を失ったであろう二つの球体、あれは目の代わりだろうか。

一部を特筆しても統一感がまるでない。あまりにも特徴が多過ぎるのだ。心臓はあるのか、ひっきりなしに鼓動で身体全体が震えている。だが、果たして"それ"を生物と表現して良いのかも怪しい。

カプセルを破壊して出てきたぐちゃぐちゃの物体に一歩引いていると、隣に居たベルが突然四つん這いになる。吐きそうなのか口を押え、目からはとめどなく涙が溢れていた。

 

「ベル!どうした!?大丈夫か!?」

 

『ゼード、何が起きてるの!?』

 

「分かんねぇよ!何か変なのが出てきて、ベルがしゃがみ込んでんだよ!気分悪そうに!」

 

『見てるんだからもっと正確に伝えてよ』

 

「見て分かんねぇから戸惑ってんだろ!?」

 

周囲の状況が俺に膨大な情報を与えてきて脳の処理が追い付かない。ベルは胃の逆流を抑え、フラフラと立ち上がる。そして、口を手で覆ったまま苦しそうにしたまま喋り出す。その言葉を聞いてレントは全てを理解したのか、やけに落ち着いた声で俺にも説明を寄越す。

 

「~~…………~~~~~……~~~~~~~~~!!」

 

『…………。ゼード、聞こえてる?』

 

「さっきからずっと」

 

『ゼードたちの前に居るのは、この世に存在してはいけないものだ』

 

「はぁ?何だよそれ」

 

『禁忌――この単語の意味知ってる?』

 

「ルールだとか、破っちゃいけない決まり事だろ?そんぐらい分かるっての」

 

『そう、それも絶対に犯しちゃいけないもの。ゴーレムには精神だけを詰め込んでいたからまだましだった』

 

「ましって……お前、何言ってんだよ」

 

『"そいつ"は精神、肉体、そして両方持った者も纏めて一つにしたもの。合成なんて生易しいものじゃない。全部をミキサーに掛けて強制的に個に固めた、普通では訪れない"生き物の成れの果て"だよ』

 

頭が真っ白になる。そんな非人道的な行為をすぐに受け入れられるという方がおかしいに決まっている。恨めしいことに、想像力豊かな脳がグロテスクな光景を投影してしまい俺も嘔気を覚える。

 

「元々はきちんとした形を保っていたのだがな、反復を重ねるうちにそのような形状になっていった。初めはモンスターの死骸の捨て場所に困り、重ねただけだったのだがな。いつからから、その集合体が自我を持つようになった。だからゴーレムなどとは異なり、わしが指示をしなくとも侵入者を襲う」

 

カルドレアが口を閉じる前にベルが集合体へ光線を放つ。今度は躊躇いの欠片も見せずに、指先から繰り出した。悔しそうに唇をキュッと締め、まだ涙を流したまま。不意討ちの如く放たれた光線は集合体のど真ん中にぶつかり、そして風穴を空ける。穏やかなベルがこれほど積極的に攻撃をしたのだ、どのような心情なのかは覗いても底がしれないだろう。

光線は集合体を貫いた。自我を持っているのは本当のようで、痛みで声を上げる。それも耳をつんざく悲鳴。

 

「「「ギャアアアア!!」」」

 

脳をガンガンと揺らされる。同時に催していた吐き気が増す。単純に煩いからだけではない。絶叫はあんな見た目とは裏腹に、どう聞いても生き物の声であったからだ。男の声、女の声、老いた声、幼い声――それらが一斉に響き、直接頭に流れ込んでくる。

これだけでも十二分におぞましいが、耐久面においても異様だった。吹き飛ばされた肉体が、まるで再生するかのように穴を埋めていく。加えて、集合体からひしひしと伝わってきていた威圧が大きくなる。これが、"魔力"なのだと嫌でも感じざるを得なかった。

 

「まったく……魔法を封じているというのに。貴様も良い器を持っているようだな。だが、そいつに魔法は効かん。自力で傷を埋め、反対に魔力を吸収して強くなる」

 

吸収――つまり、あいつは俺がどうにかしなければいけないのだろう。集合体はベルの攻撃一回で、魔法と無縁の俺でさえ肌で感じるほど力を蓄えた。離れていて結界の中に籠っている司祭たちでさえ、身体を強ばらせているくらいなのだ。

一方のカルドレアは、これだけの脅威を前にして恐れる様子も満足している様子も見せない。そもそも興味が無いのか、さっきまでと同じ表情をしていた。

 

その時、集合体が呻き声を上げながら大量の触手を伸ばしてきた。こちらだけを狙うのではなく、全方位に向けて無造作にばら蒔かれる。カルドレアたちにも触手が向けられるが、結界で反射し、方向を変えて俺たちを襲う。

即座に反応したベルが両腕を前に伸ばして、ぐっと力を籠める。俺も右手でナイフを構え、衝撃に備える。しかし、触手たちは俺たちの目の前で弾かれる。おそらく、ベルが防護魔法でも掛けてくれているのだろう。それでも勢いの止まらない触手は、またベクトルを変えてめちゃめちゃに突き進んでいく。

 

猛攻を防ぎ切っている俺たちを眺め、カルドレアは左側の司祭に何か指示を出す。司祭は頷くとコボルトが入ったカプセルに近付き、前面の装置を操作する。すると、内部の液体だけが繋がっていたパイプを通して、結界のこちら側へ流れ出てくる。液体は床に染みを広げていたが、一本の触手がそれを吸い上げる。

 

「今のはこのモンスターの魂が含まれていた。僅かな魔力でもそいつにとっては良い餌だ。……魔王の娘となれば、一体どれだけ豪華な食事になるのだろうな」

 

「!!」

 

ピシャリ……!

 

まるで窓にヒビが入るような音。そんなことを思った瞬間、防護魔法が崩壊した。動揺したベルの魔法構築が乱れてしまったためだろう。魔法の隙間から触手が入り込んでくる。俺は咄嗟に一歩踏み出ると、やたらめったらに切り刻んでいく。美しく戦おうなどとは思っても、触手の本数が多過ぎる。しかも、動かない左腕のせいで右腕に掛かる負担も二倍以上なのだ。切断された触手は床に落下し、ジュッと音を立てて溶けていく。

行方を追うために視線を落としたためだろう、切り損ねた触手が俺の胴体部分へ迫る。思わず上半身を捻り、植物でぐるぐる巻きにされていた左腕で防ぐ。触手はまたその上から腕に絡み付いた。

 

「あっ……ぐっ!!?」

 

巻き付いた瞬間、左腕が焼けるように痛む。骨折しているにもかかわらず、肩に力を入れて振り払おうとしたため、余計にダメージを負う。想定外の激痛に腕の触手を切り離すという行動へ頭が回らない。

そこへベルの手ががっちりと触手を掴まえた。勇敢にも握り締めた部分から触手が千切れる。ゴーレムの攻撃を受け止めたように体内の魔気で何とかしたのだろうが、俺は悠長に観察する余裕も無く膝から崩れ落ちる。

 

「ゼード!」

 

『平気!?』

 

「あぁ……あ?」

 

腕に引っ付いていた触手が消滅し、被害状況を確認しようとして目を疑う。ギプス代わりに巻かれていた植物が、触手に触れた部分だけ枯れたように茶色く変色していたのだ。

 

「こ、これは……?」

 

『魔力を奪われたね。ゼードが痛がったのも魔法が使えないだけで魔力を持ってるから、それを取られたんだと思う』

 

力を吸収された自覚は無いが、レントが言うならそうなのだろう。しかし、魔力を奪われる際にあれだけの痛みを伴うのだ。魔法を使わない俺が戦うことを考えていたが、これはちょっと難しいかもしれない。だからと言って、魔法主体のベルに頼む訳にもいかないだろう。

何かしらの打開策はあるかもしれないが、それでもミュゼはクソジジイの手のひらの中に居る。やろうと思えばいつでもミュゼを"空っぽ"にできるのだ。活路を見出だすためには、まずミュゼの奪還が最優先だろう。だが、そのためには全てを拒む結界とおぞましい物体をいなさなければならない。完全に対処はせずとも、一時的に機能を停止させないことには決して手が届くことはないのだ。

俺たちの前にのこのこと顔を出したのだから、何かしらの策を講じていると思ったが想像以上だ。余程準備万端にして待ち構えていたと見える。

 

 

『あまり耳を傾けない方がいいよ』

 

「~~~~~」

 

「どうした?」

 

二人だけで何かやり取りをしていた。気になった俺はどんな内容なのか質問する。

 

『ゼードにも魔族語を覚えてほしいと思ってたけど、今は分からなくて良かったって思う』

 

「何で?」

 

『そこに居る集合体。多分、ゼードには異音を発してるだけにしか聞こえないと思う。けど、実際俺たちにはきちんとした言葉が届いてる。いくつもの、何十の声が重なってね』

 

「……何て言ってんだ?」

 

『……色々。細かい内容は知らない方が良いよ。ただ、彼らは"世界を憎んでる"』

 

「…………」

 

カルドレアたちではなく、世界――。目を閉じてその言葉の理由を考える。何となく推察し、集合体をもう一度見据えた。あいつらにとって俺は助けに来た英雄などではない。特定の存在ではなく、世界の一部でしかないのだ。

無数の嘆きが常に聴こえていると知ると、ゾッとする。ベルが具合悪そうにしているのも当然だ。もし、自分にも聞こえていたとしたらどうだろう。……想像したくもない。

 

「理解したか?貴様らではどうにもならん。魔王の娘を助けることも、ここから尻尾を巻いて逃げることもな。そこで一つ、わしから提案がある」

 

「誰がお前の言い分なんて聞くか!」

 

「貴様ではない。相手はそこのモンスターの娘だ」

 

カルドレアの視線の先にはベルが居る。矛先を向けられ、ベルは少し顔をしかめていた。

 

「交換条件だ。わしからは魔王の娘を返却し、小僧にも手出しをせずに家へ逃げ返してやろう。代わりに貴様はその身体を差し出せ。それと、また奪還などと称して暴れられると厄介だ。二度と小僧とモンスターを城へ近付けない。――どうだ、悪い条件ではないと思うが」

 

「…………」

 

「馬鹿、聞くな。何で助けに来たのにお前を置いてかなくちゃいけないんだよ。本末転倒だろ」

 

「では、大人しくここで死ね。全滅するか、当初の目的だけでも達成するか。悩むまでもないと思うがな」

 

悪魔の囁きにベルは下を向いて黙っている。確かに悩むまでもない。あいつの言うことなど耳に入れる意味さえ無いのだ。

 

『ベル、駄目だよ?』

 

「そうだ。お前が犠牲になる必要ねぇし、ミュゼだって助ける」

 

「~~~~」

 

しかし、ベルは俺の左腕を一瞥してから視線を合わせて喋り出す。言葉は分からないが、他に道が無いと物語っているような目をしていた。事実、このまま粘ってもジリ貧なのは変わらず、罪の無い魔族たちがどんどん殺される。だからと言ってベルが身代わりになるのもおかしな話だ。けれども、俺たちがどれだけ説得してもベルは意志を固めてしまったようで、クソジジイを向いて大きく首を縦に振る。その様子を見て、カルドレアは満足そうにしていた。

どうにかしてミュゼを助けられないものか。思考をこれでもかと巡らせるが、良い案が浮かばない。焦れば焦るほどに冷静さが欠けていく。結界越しにクソジジイを窺うと、偉そうなにやけ面で憎らしさだけが膨れ上がっていく。目の前にあの顔があったら、問答無用で殴り倒しているところだろう。

と、ここで頭に何かが引っ掛かる。あいつらは常にこちらの様子を観察している。それを逆手に取れないものか。俺は右足を一歩踏み出していたベルの腕を捕まえた。びっくりしたのか、身体を大きく震わせてからこちらへ振り返ってくる。

 

「ちょっと待ってくれ。一つだけ聞きたいことがある」

 

「……~~?」

 

『何か妙案?』

 

「さあ、どうだろな。質問なんだが、ベルって――」

 

話を聞かれないように更に声を小さくする。ベルはその問い掛けに暫く考え込んでから反応を示した。レントも受け答え以外に相槌を挟まないが、真剣になって悩んでくれているらしい。横目でクソジジイを視界に入れると、煩わしそうに杖で地面を叩いていた。

会話が終わり、前へ向き直る。

 

「話はついたか?今更どう足掻こうと、何も変わらん。小賢しい悪あがきでもあるようだが、その時は娘がどうなってしまうのだろうな?」

 

カルドレアはそう言い、先程歩かせた司祭へ目で指示を送る。了承した司祭は、反対側のミュゼのカプセル前へ移動する。いつでも実行に移せるとでも言いたいのだろう。見下したような眼差しから、俺たちは黙ったまま目を逸らす。王は鼻を鳴らすと大声を上げた。

 

「では、モンスターの娘よ。ここまで歩いて来い。……小僧は持っている武器を床に置いて壁際まで離れろ」

 

用心深さに舌打ちをし、両腕の袖口にしまってあったナイフ束を取り外して無造作に放り投げる。鈍い金属音がするが、しっかりと留めてあるので散らばることはない。言われた通り、前を向いたまま後退して右の壁に背中を付ける。

 

「……よし、来い。言っておくが、娘が結界内に侵入する瞬間を狙おうとしているなら無駄だぞ。貴様がこちらへ動く前に結界を張り直すには十分な距離がある。モンスターの娘が暴れようものなら、今すぐにでも装置を動かす」

 

言われなくてもそんなのは自分たちが一番理解している。後頭部を壁にこつんと当て、目をぎゅっと瞑った。足音でベルが歩き始めたのが分かる。重い足取りだが、一歩一歩着実に進んでいく。俺は右手を首に掛け、落ち着かせるように呼吸をする。

 

 

「~~!!?」

 

急にベルの足が止まる。苦しそうに胸の辺りを手で押さえ、口で息をしている。そして、そのまま倒れ込んでしまった。突然の出来事に、カルドレアは渋い顔をして警戒を強める。しかし、そんな周囲に気を配れるほどの余裕は無いのか、ベルは息を荒くしながら地面をのたうち回る。うつ伏せの状態で悲鳴を上げると、背中がぼこぼこと蠢き出した。それは、まるで固いものが体内で暴れているかのような。目を疑うようなことだが、この詩的表現は悪い形で具現することになる。

 

ビシャリと何かが破ける音。"それ"がベルの背中を突き破って出てきたのだ。まずは瘴気だろうか、薄黒いもやが背中の穴から散布される。害は無いようだが、この空間の視界を数秒足らずで悪くする。

次に身体から天へ何かが伸ばされる。骨だ。腕、足と順にまるで這い上がってくるかのように現れたのは――骸骨。人体模型のようなサイズではなく、まるで巨人くらいの人型の骸骨。こんな大きなものがベルの身体に収まっていたとは到底信じられない。ぱっくりと開いたベルは、死んでしまったかのように動かない。あまりの光景にカルドレアたちも驚いているようだ。骸骨はベルから完全に姿を露わにすると、二本の足で自立する。どこかしこも骨。一見すると貧弱そうだが、発せられるプレッシャーは思わず背筋を正してしまうほどだ。

そいつは下顎骨を下ろして口を開けると、大音量の咆哮をする。獣の吠える声とは全く異なり、かろうじて音として認識できるようなものだ。音の圧とでもいうのか、その声で空気がビリビリと叩き潰される。

 

その時、向こうから爆発音が聞こえる。王から離れていた司祭が衝撃で尻もちをついていた。そいつは飛んでくるガラス片をも意に介さずに茫然としていた。骸骨の咆哮によって、目の前でカプセルが破裂したからだ。

 

 

――それは、ミュゼが入っていたカプセルだった。

 

木っ端微塵に弾け、液体を赤色に染めて流れ出てくる。ドロリと、視界を覆ってく。

一に呼応するかの如く、次々とカプセルが割れていく。魔族共々、欠片となって周囲に散乱する。その有り様はまさに地獄。一瞬で様変わりした世界に、司祭たちは為す術もなく立ち尽くすしかない。

カルドレアも絶句していたが、また別の光景を目にして我に返った。集合体の周りだけ、黒いもやが掛かっていないのだ。それだけではない、撒き散らされた鮮血、ガラス片までもがそこに存在しない。――存在していないのだ。

 

「貴様ら!これは幻影魔法だ!!」

 

王は声を上げる。司祭たちもそれで正気を取り戻したが、俺は既に動き出していた。『貴様がこちらへ動く前に結界を張り直すには十分な距離がある』――クソジジイはそう言った。ならば、"結界を張り直すまでに距離を縮めればいい"。

演技がバレてしまったベルは、何事も無かったかのように起き上がる。無論、背中にも痕は無く、いつの間にか骸骨も消え失せていた。視界がクリアになり、カプセル――魔族も元通りだ。当たり前だ。そもそも、骸骨もカプセルの破裂も全部まやかしだったのだから。目の前で起きた惨事は現実ではなく、ベルの創り出した空想の現実化なのだ。

司祭たちが焦って呪文を唱え、結界の再構築を試みる。

 

「遅い!!」

 

俺は懐から捨てていなかった短剣を取り出してスピードを速める。そして、一閃。目には何も映ってはいなかったが、手ごたえは確かにあった。結界がまた創られようとしていたのだろう。だが、俺の足を止めるには至らない。集中が乱れた魔法なんて怖くないからだ。

腕を振り抜くのと同時に、若干空間が捻じれて見えた。結界を切り裂いたという余韻に浸っている暇は無く、ある地点で足だけを使ってブレーキを掛ける。しかし、そのまま停止することなく、勢いの向きを変えて地面を蹴った。視界に捉えているのは、ふんぞり返った王の顔。その顔目掛けて全力のドロップキックを仕掛ける。

 

「うおらああぁ!!」

 

両の足裏に獲物を捕らえた感触がある。走ってきた慣性を丸々乗っけた攻撃。どんなに屈強な男が受け止めたとしても、上半身を支えている足がメートル単位で後方へ引きずられるくらいの威力がある。今回、それを食らうのは王冠を被ったただの老人だ。耐えられるはずはなく、下手すればこれで果ててしまうだろう。

だが、座ったままのカルドレアは俺の攻撃で吹っ飛ぶことはなかった。それどころか、足の隙間から憎たらしい表情がこちらを睨んでくる始末だった。俺の足はカルドレアの目の前で反発していたのだ。

 

「残念だったな。普段からわしには別の結界を張っているのだ。ここまで接近できただけ褒めてやろう」

 

バチバチと見えない壁に阻まれているが、俺も力を緩めない。全身全霊をもって靴をより深い所にまで穿つ。俺は徐々に膝を曲げながらクソジジイに声を掛ける。

――満面の笑顔で。

 

「お前が結界で囲われてるのは、うちの演技派女優に教えてもらって知ってたさ。じゃなかったら、わざわざ方向転換なんてしねーだろ?」

 

カルドレアに一撃お見舞いしたいなら、ブレーキなど掛けずにそのまま突っ込めばいい。それにキックではなく、握っている短剣の方が遥かに殺傷力が高い。何故そうしなかったのか?答えは簡単だ。初めから狙いが別にあったからなのだ。

 

「ほら、さっさと反対方向に跳ね返してくれ。自力であれを割るのは時間掛かるからな。ナイフみたく倍返しにしてくれよ?」

 

そのために"ある地点"でブレーキを掛けて、直線状に入るように調節したのだ。

俺は会話しつつ、頭を上に向け目標を眺める。

 

セントクルス城の奥底まで侵入するに至った理由――。

朝起きて、寝ぼけ眼のまま階段を降りるとソファでくつろいでいるその姿――。

初めは魔王に頼まれて仕方なく住まわせていたが、次第に居ないと物足りなく感じるようになった存在――。

 

そんな奴のカプセルを見上げる。

 

「き、貴様ぁぁぁ!!」

 

勢いが殺され、次第に足に加わる負荷が逆方向へと変換される。それに対して、もう抵抗はしない。反射されるがままに身を預ける。

鞘に差したままの短剣を構えて――――。

 

 

 

「ミュゼぇぇぇぇぇ!!!」




ここまでお読みいただきありがとうございます。

初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方は大変お久しぶりでございます。
碓氷 修夜です。

また前回から三か月ほど空いてしまいました。単純に執筆作業が遅いのと、構成力の欠如でこの有り様です。そして、また今回で長編が纏め切れませんでした。どんどん冗長さが増しているようで、長編を書き終えたら少し自分の文章力を見直さなければいけません。

さて23話ですが、いよいよカルドレアと対面し、ミュゼの救出を試みました。……こんなので完結させようなんて思っていたとはお笑いですね。
『王城激震編』の終盤なので、かなり登場人物全員の言動に敏感になっていました。このキャラクターはどうして今この台詞を喋ったのだろう、どうしてこう動いたのだろう、と。私の意図しない動きを見せるもので、自分が理解できていなければ皆さまに理解してもらうのも困難だと、必死になって私なりの解釈を文字にしました。どのように伝わるかは、今後の課題でもあります。

次回!……次回こそ長編を完結させたいです。そろそろミュゼにも喋らせてあげたい。カルドレアにも信念を貫かせてあげたいです。


それでは改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。
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