勇者と魔娘の3年間   作:碓氷 修夜

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☆登場人物
ゼード…ピース依頼事務所の所長。過去に勇者として魔王を倒した経験あり。

ミュゼ…魔族の娘。今はピース依頼事務所に住み込みで働いている。


スラー…スライム系のリーダー。ゼードにはスーさんと呼ばれている。物理が効かず、そっくりに変身が出来る。魔族四天王の一人。


町長…白い三角巾に緑の服がトレードマークの女性。先代の町長である父の後を継ごうと必死。


case:05   魔王再臨!?

「マスター、コーヒーおかわり」

 

「……四杯目だよ」

 

「いいじゃねーか、ちゃんと金払ってるんだから」

 

「……はい、おまたせ」

 

俺の前に一杯のカップが置かれる。真っ白なカップと、皿に飲み込まれそうな漆黒なコーヒー。取っ手を握り、息を吹き少し冷ます。そして、啜るように飲み込む。

 

「うん……苦い。インスタントの方が美味しいな」

 

「……なら家で飲めばいいじゃないか」

 

「まぁまぁ。どうせ暇なんだろ?いっつも俺一人しか客居ないじゃん」

 

「……まだ開店前だからね。一応常連だから入れてあげてるんだよ?」

 

「あ、そうなの?悪いね」

 

「…………」

 

 

5月半ば。一ヶ月前に比べるとかなり過ごしやすい気候になってきた。時刻は午前9時48分。週に何度か来ているコーヒー屋で時間を潰している。時間を潰す、という言い方は語弊があるかもしれない。時間を持て余す、が正しい表現だろうか。詰まる所、暇なのだ。

コーヒー屋の店主、俺はマスターと呼んでいる。特に意味は無いが、何かこう呼んだ方が通っぽいからである。マスターは白いワイシャツに黒いベスト、首もとには紫色の蝶ネクタイ。ズボンも黒いスラックスを穿いている。まぁ、絵に描いたようなバーテンスタイルである。本人曰く、一目で何の店の店主なのかが分かるから、だそうだ。

 

「……ほら、そろそろ開店するから出ていった」

 

「へいへい。また今度、開店前に来るよ」

 

「……営業時間内に来てくれないかな?」

 

カウンター席備え付けの背の高い椅子から飛び降り、出入口へ向かう。扉に付いた鈴をカランと鳴らして、外へ出る。朝の陽射しを浴びて、ぐーんと身体を伸ばす。あまり活動的ではないが、やはり新鮮な空気というものは気持ちが良い。そして歩き出そうとした瞬間、向こうからやって来た一人の女と目が合う。

 

「あ、所長さん」

 

「おう、町長。コーヒー飲みに?」

 

「はい!一時間ほど空いてしまったので」

 

「何だ。俺もちょっと遅れて来ればよかったなー」

 

「もう、お飲みになったんですか?」

 

「まぁね。マスターに特別待遇で入れてもらってな。じゃあ、のんびり休んでくれ」

 

「はい!お仕事頑張ってくださいね!」

 

「お、おう!じゃあな」

 

軽く挨拶を交わしてから別れる。今日は仕事が無いのだが、一体何を頑張ればいいのだろうか。それにしても、町長は人がよくできている。うちの暴力女にも見習って欲しいところだ。

 

 

そんなことを考えながら歩いている時だった。急に俺の右側に、黒い煙のようなものが現れたのだ。気が付いた時には、既にそこから一本の腕が伸びてきていた。

――鋭く尖った爪、赤い鱗に覆われた皮膚。そいつが、俺の襟首を掴んで引っ張ってきたのだ。あまりにも突然のことで、振り払うことすらできなかった。もし不意討ちでなかったとしても、信じられないくらいの力だったので、どっちにしろ抵抗など無意味だっただろうが。

そのまま俺は、なす術なく煙の中へ引き込まれた――――。

 

 

ゴウンゴウンゴウン……。

 

大量の食器を飲み込んで、食洗機が騒いでいる。一ヶ月くらい前に、私がエンゲまで歩いて購入してきたものだ。どうしても手に入れなければならないという物でもなかったので、正直あれほど頑張る必要もなかった気がする。

そもそも、所長があんなことを言うからだ。

 

 

「お前さー、ちょっとくらいは家事、手伝ってくれてもいいんじゃねーの?」

 

「は?急に何?」

 

「食うだけ食って、そのまま投げっぱなしは酷いんじゃねーか、って話」

 

ゼードは二人分の食器を洗いながら、ソファでお菓子を摘まんでいた私に話し掛けてくる。こっちを向いてはいないけど、家事に集中しているわけでもなさそうだ。家事全般はゼードが行っているので、意識せずとも洗い物くらいできるのだろう。

 

「……まぁ、それもそうね」

 

「何だ、やけに素直だな」

 

「料理できないから、アンタに作ってもらえないと困るのよ」

 

「……つまり、飯当番を任されてる訳ね」

 

「当たり前じゃない」

 

「……じゃあ、せめて食い終わった皿を洗うとかさ」

 

呆れた様子でゼードが話す。実際、料理ができないというよりも、自分で作ったことがないからできるかが分からないのだ。

 

「いいわよ」

 

「え、いいの?」

 

「ええ。但し、アンタに預けてる給料から食洗機を買ってくれたらね」

 

「放り込むだけじゃねーか!……まぁ、いいよ。金渡すから自分で買ってこい」

 

 

そんな訳で、食洗機の購入に至ったのだ。電化製品は高級品なのだけれど、ぽんと買えるくらいの余裕はあるらしい。私はここで働いているものの、給料の管理などは全部所長に任せている。ある程度の金額は手元にあるけれど、急にそんな大金を渡されても使い道がないからだ。それに、住み込みであるから言えば、必要な分はその場で貰えるのだ。

……こうしてみると、親にお小遣いを預けているみたいで気分が悪くなってくる。

 

散々文句を垂れつつも、この食洗器はかなり便利だ。食器を投げ入れるだけで綺麗になる。魔法も便利だが、人間の科学とやらもかなり優れている。所長もさっさと導入すればよかったものを。他にも様々な電化製品が売っているらしいけど、さすがにまた歩いて運ぶのは勘弁してほしいものである。

 

 

食器を自動で洗っている食洗器をぼけーっと眺めていると、リビング兼、応接室から電話のコール音が聞こえてくる。キッチンに居た私は、タオルで手を拭いて電話機へ向かう。この電話機も久々に仕事をしたのではないかしら。それくらいの頻度でしか、依頼が来ないのだ。

 

「お電話ありがとうございます。こちら――」

 

「ミュゼ殿、お元気ですか?」

 

「…………」

 

私は無言で受話器を戻そうとする。

 

「お待ちください!無言で電話をお切りになるのは止してください!」

 

まるで電話越しに、私の様子が分かっているかのようだった。私はため息を吐いてから、そのままソファに座り込む。

 

「……何なのよ。また声が聞きたかった、とか言ったらもう出ないわよ」

 

「それもあるのですが――違います違います!本日はちゃんとした理由がございます!」

 

「何よ?」

 

「一度こちらにお戻りになっていただけませんか?真面目に話し合うことがございまして」

 

「それ、私必要?アンタらだけじゃダメなの?」

 

「ええ、大事なことですので。勇者は既に引っ捕ら――こちらにおいでになっています」

 

ゼードはもう攫われているらしい。勇者を交えての話し合いということは、それなりに重要なことなのかもしれない。

 

「……分かったわよ。で、どこのを使えばいいの?」

 

「いえ、もう使いの者を寄越しています」

 

どういうことだと疑問に思うより、先に玄関の扉が乱暴に開かれた。元から事務所の玄関には鍵など掛けていないから、開けられるのも当然なのだけれど。そこには、ゼードの姿があった。しかし、どことなく違和感がある。

 

「ゼード……じゃないわね。スラー?」

 

「さすがお嬢だな。騙されないか。……迎えに来たぞ」

 

あっさりと自分の正体をばらすと、私に向かって手招きをする。今度はさっきより大きなため息を吐くと、電話口に向けて回答する。

 

「断られることを想定してないのね。まったく……はいはい、行くわ」

 

 

「痛い痛い!爪、爪!!食い込んでる――ぶへっ!?」

 

赤い腕に煙の中へ引き込まれて、地面に叩きつけられる。息が止まりかけるくらい強く倒され、衝撃で一瞬目の前が真っ暗になる。しかし、煙を抜けたのだろう、明るさが網膜を刺激する。けれども、本来ならば晴天を仰ぐはずだった視界は、センスの悪い照明と天井を映し出した。どこまでも吸い込まれそうなくらい高い天井に、ぼんやりとだけ明かりを灯すシャンデリア。

 

幻想的な光景に思わず見とれてしまいそうになるが、そんな悠長なことはしていられなかった。急に視界が真っ暗になる。それは今まさに、巨大な"足"が俺を踏み潰そうとしていたからだ。瞬発的に前へ跳ね起きると、空中で後方にナイフを2本投げる。投てきとほぼ同時に、真後ろから凄い風圧が俺を襲う。さっきまで倒れていた場所を踏み抜いたのだろう、衝撃だけで体勢を崩しそうになる。その振動は、建物全体を震わすほどだった。ナイフは何か堅いものに当たって、床にカランカランと落下する。

殺気を感じ取り、振り向きつつナイフを構える。180°回転した世界には、もう間近に強靭な爪が迫っていた。

とても大きな"ドラゴン"の爪――。

咄嗟に爪を思い切り真横から叩く。このパワーだ、まともに受けることは考えてはいけない。その衝突は、まるで金属同士がぶつかり合うような音が響く。ドラゴンの爪とは、それほどまでに頑丈なのだろう。

火花が飛び散り、目に残像を見せる。目標を外した爪は空を切ったが、間髪入れずにもう一本の腕が襲い掛かってくる。それも受け流すように弾く。

 

一発、二発、三発――。

猛攻は止むことを知らない。相手の力が強過ぎるので、反撃に移るなどという次元のレベルではない。凌ぐだけで、精一杯なのだ。力を分散させて受け流している今でも、腕を通じて身体全体に威圧が襲ってきている。

それは、まるで台風と対峙しているみたいだった。

 

 

その時だった。突然、両者の間の床から壁が盛り上がってきたのだ。

 

「おおっ!?」

 

いきなりのことに反応できなかったのだろう、ドラゴンは攻撃を止められず、壁に向かって一撃を繰り出す。ザクッという景気の良い音。分厚い壁から、爪の先だけが貫通してこちらに見えている。何とかもがいているようだが、壁はガッチリとその爪を挟み込んで離さない。

 

「げげっ!?刺さった、抜けない!!?」

 

 

「アンタたち、いい加減にしなさい」

 

この魔法で創出された土の壁には見覚えがある。そして答え合わせと言わんばかりに、部屋の反対側からもくもくと黒い煙が上がる。そこから聞こえてきたのは、とても馴染みのある声だった。

 

「ミュゼ!助かった」

 

「早々何してるのよ……」

 

「知らんがな。拉致られた挙げ句、命狙われてんだから」

 

「勇者の方が早かったか」

 

「……お前はまたそんな恰好して」

 

ミュゼが現れた煙の中から、遅れてスーさんが登場する。正確には、俺と全く同じ姿をしたスーさんが。また、こいつは俺の姿を借りていたらしい。そのうち、身の覚えのないことでトラブルが起きそうだ。早めに釘を刺しておこう。

 

「抜けないぞー!!」

 

 

「どーもどーも。長旅お疲れ様です。いやー、大変だったね」

 

突然、真後ろから声がする。驚いて振り向くと、緑髪の魔族が居た。そいつは、偉そうに足を組んで椅子に座っている。魔族本体は人間サイズだが、椅子というか、木そのもののようなそれからは、無数の根っこが伸びていて3メートルほどの高さになっている。しかも、その椅子のような木は、根っこを動かして座ったままこちらに移動してきていた。気色が悪いなんてものではない。

 

「うおっ!?びびったー。どっから現れた?」

 

「初めから。災難だったね」

 

「どうせ、お前の差し金だろうが。

スーさんにレント、それにゴラド…………つーことは、ベルも居んだろ?」

 

その一声で、あちこちに点在していた煙が一つに纏まり始める。やがて大きな暗雲のようになると、中から舞い降りるかのように靴が見えてくる。そして、とんがり帽子を被った魔族と、紺と白をベースとしたメイド服を着た魔族が出てきた。

 

「~~~」

 

「ベルフェ様は『よく分かったわね』と仰っています」

 

「やっぱりな。……で、魔族四天王さんたち総出でどうしたんだよ?仲良く宴会するって訳じゃねーんだろ?」

 

「察しが早くてありがたいねー。じゃあベル、頼むよー」

 

とんがり帽子の魔族は指を鳴らす。それに呼応するように、部屋の光景が洗濯機のようにぐるぐると回り始めた。自分は全く動いていないのだが、その回転を見ているだけで目が回りそうになってくる。だからなるべく下を向いて、渦を視界に入れないようにする。

そして気が付くと、俺たちは"魔王城の大講堂"に居た。

 

 

「さぁ、始めましょうか。"次期の魔王選考会"を」

 

 

「は?何で俺ら呼んだの?」

 

ゼードが不思議そうに顔をしかめる。その疑問は私も抱いていた。魔王が居なくなったから、次の魔王を決める。ここまではいい。それなのに、どうして勇者であるゼードや、今は人間界に居る私を呼び寄せたのだろうか。それに対して、レントが釈明をする。

 

レントは植物系のリーダー。実力だけならトップクラスなのだけれど、つまらないことには全く興味の無い楽観主義者だ。緑髪が目立つので、遠目でも判断しやすい。今座っている椅子も、自分で創出したものでしょう。

 

「や、だって俺らだけじゃ決まらないんだよ。だから第三者の立場から決めてもらおうかと」

 

「いやいや!おかしいだろ!?魔王倒した"元"勇者に次の魔王決めてくれって!!」

 

「大丈夫だって。誰ももう、人間界攻めたりしないから」

 

「抜けないぞー!!おのれー、人間めー、なぶり殺しにしてくれるー!!!」

 

「嘘つけ!!あいつ、今にも人類滅亡させそうだぞ!!ってか、そろそろ解いてやれよ」

 

「あれ解放したら、余計に面倒なことになるでしょ?」

 

ドラゴンはどしんどしんと暴れているが、喧しいだけで他に被害は無い。だったら、これが最善策じゃないかしら。魔法を解いたら、それはそれで厄介なことが起きるのは目に見えている。

 

「まあまあ。取り敢えず椅子に座ってゆっくり話そうよ」

 

「お前もう座ってるじゃねーか」

 

「じゃなくて、あっち」

 

指さす方向を見ると、部屋の真ん中に大きな机と、人数分の椅子が並べられている。机の上には大量の料理が――。

 

「ゼード、まずは座って考えましょう?」

 

「お前、単に飯食いたいだけだろ!」

 

そんな大声を無視して席に着く。それに続いて、他の魔族たちも椅子に向かう。渋い顔をしていたゼードも、結局はやれやれといった表情をしながらこちらに歩いてくる。

 

「俺も座りたいぞー!!」

 

「じゃあ、次期の魔王どうしよっか?」

 

「そんなフランクにこられても参加しねーぞ?」

 

「まあまあ。形だけでもいいから」

 

「お前が魔王やりゃあいいじゃん」

 

「嫌だよ。何で俺がそんなこと」

 

「形だけでも会議しようっつったじゃん!?せめて、話し合お?」

 

隣同士のゼードとレントが、コントみたいなやり取りを繰り広げる。レントが仕切り役をしているのは、自分が魔王をやりたくないからなのだろう。

 

「そんなカリカリしないで。久し振りに会ったんだから、のんびりやろうって。いつ振り?"魔界代表会"以来?」

 

「あー、あったねそんなこと」

 

「魔界代表会なんて名前だけだけどな」

 

そんな二人の間へ、反対側に居るスラーが割り込む。

スラーはスライム系のリーダー。ゼードはスーさんなんて呼んでいる。朝は人間界だったからか、ゼードの姿をしていたけれど、もう今はスライムの姿に戻っている。実際、その変身能力は他に類を見ないくらい優れていて、変身対象の全てをコピーできるらしい。

 

「何で?ちゃんと俺、頑張ったじゃん」

 

「頑張ったが、会議ではないだろう?『人間との共生に反対する奴は叩きのめす』って」

 

「いいじゃん。結果的に上手く纏まってるんだから」

 

「纏まってないから、魔王を決めることになってんだけどね」

 

「うっそぉ!?それが原因なの!?」

 

レントの言葉に、ゼードが大袈裟に反応する。むしろ、あれで上手くいっていたと考えていたことに驚きだ。

確かに魔界代表会とは、ゼードの考えに反対する奴は、一対一で勝負して強制的に黙らせるというものだった。しかし、あいつは正々堂々の勝負が得意ではないらしく、小賢しい真似をして戦っていたりもした。私もその裏工作を手伝っていたりもするのだけれど。

 

「まあ、大目に見て人間との共生は順調だよ。でも、魔族同士の関係がね……」

 

「種族同士でいざこざが起きていてな」

 

「それを俺たちが、水面下で何とか抑えてるんだよ」

 

「何だ。じゃあ、俺のせいじゃないな」

 

ゼードは自分が関係無いと分かると、一人で勝手に頷いている。少なくとも、自分のせいで争いが発生している訳じゃないと知って、安心しているのでしょう。さっきまで目に見えて動揺していたのに、今は椅子に深く腰掛け、腕を頭の後ろで組んでいる。

 

「そんな訳だから、統制の形として魔王を立てたいんだよ」

 

「……成る程ね。で、お前はやだ、と」

 

「うん。俺以外でお願い」

 

「つってもなー……」

 

ゼードは周りを見回す。そして、頭を抱え込んでしまう。そりゃそうだろう。私だってこの中から選んでくれと言われても、決められる訳がない。それでも、ゼードは形だけでも審査するつもりなのか、じっくりと一人一人を見て悩んでいる。

 

「えー……一応、考えるフリするぞ。まず、スーさん――」

 

「よし、どんとこい」

 

「――は、なしだな」

 

「何故!?」

 

「お前だって……メンタル弱すぎだもん。水メンタルだから」

 

「水メンタルって、もはや固形でもないのか!?」

 

ゼードはため息をつくと、まるで諭すようにスラーへ語り掛ける。

 

 

「……例えばな?例えば、魔王として指示を飛ばして、それが上手く行かなくて配下の魔族に怒られたら?」

 

「泣く」

 

「子供が産まれたとして、『パパ嫌い』なんて言われたら?」

 

「泣く」

 

「この前、奥さんにプリン食われた時は?」

 

「泣いた」

 

「……はい論外」

 

「…………」

 

スラーが今にも泣きそうな表情をしている。液体の身体が、何とも言えない形に歪んでいる。さすがのゼードも、少し焦ったのか慌てて慰める。

 

「えっと……でもあれだ、スーさんは優しいから。魔王にはちょっとばかし向いてないなーって」

 

「……」

 

「魔王になったとして誰も喜ばないから。少なくとも俺は悲しい」

 

「……」

 

「……そんなに魔王になりたいの?」

 

「いや全然」

 

「じゃあいいじゃねーかよ!!気を使ってやったのになんだよ!!」

 

「まあまあ。それにしても勇者フォロー下手くそだね」

 

「うっせぇ!!あーもう、お前らと話してると疲れる!」

 

ギャーギャーと男共が騒いでいる。そんな光景を余所に私は料理に噛り付く。そして隣に居るベルと雑談に花を咲かせていた。

 

『人間界でファッション雑誌ってものがあるんだけどね』

 

『ファッション雑誌?』

 

『最近の衣類の傾向なんかを紹介した雑誌よ。それが面白いの』

 

『面白い?』

 

『紹介文も面白いんだけど、それを見た人間たちがこぞって同じ服を着出すの。個性も何もあったもんじゃないわね』

 

『人間は心理的に同一化を図っているって聞いたことがあるけど、それの一種なのかな?』

 

『さぁ、どうかしらね。そのくせ、個性を出したいからって奇抜なファッションをする輩も居るみたいだけれど』

 

「――って、お前らも参加しろよ!!」

 

突然、ゼードがこちらに突っ掛かってくる。あの3人だけでは纏まらなかったみたい。

 

「話してたでしょ?何か問題?」

 

「いやいや、絶対関係無い話だろうが!!」

 

「はいはい。なら、ベルにも聞いてあげなさいな」

 

「……えー、ベル?魔王やる?」

 

「~~~~」

 

「……おう、じゃあ誰がいいと思う?」

 

「~~~~~~」

 

「……ほうほう、じゃあ――」

 

「~~~~~~~~」

 

「あー……成る程ね」

 

ゼードは目を瞑ってこくこくと頷く。そしてスーっと大きく息を吸い込んでから一言放つ。

 

 

「何言ってるか全く分かんねぇ」

 

ゼードは魔族語が全く分からない。対して、ベルは人間語が話せない。つまりこの二人だけでは何一つ話が進められないということなのだ。以前は私たちを介して意思の疎通を図っていたが、今回は誰も助け船を出すつもりはないみたい。

ベル――ベルフェは悪魔系のリーダー。恐らく魔族の中で一番、魔法の扱いに長けていると思う。さっきの煙で人間界と魔界を繋いでいたのもベルの魔法だったりする。

 

「~~~~――」

 

「待って待って!分かんないから待って!」

 

「ベルフェ様は『私には魔界全体を纏められる気がしない』と仰っています」

 

「ああ……お前もやる気無い勢なのな。通訳サンキューな。……ところで、誰お前?」

 

声を発したのは初めからずっとベルの隣に居たメイド姿の魔族だった。彼女はスカートの端を摘まんでお辞儀をする。

 

「私はベルフェ様のお付きのジュリアスでございます。魔族語が無知の勇者のためだけに通訳としてこの役目を仰せつかりました」

 

「……何か俺に対してトゲない?」

 

「気のせいでございます」

 

ジュリアスはふいっと横を向く。

 

「~~~~」

 

「ベルフェ様は『そういうことだからジュリアスをよろしくね』と仰っています」

 

「あーはいはい、よろしく」

 

ゼードが頬杖をつきながら適当に返事する。ジュリアスも常に澄ました表情をしている。

 

「~~~~~、~~~」

 

「ベルフェ様は『私が魔王をやりたくないのはそれだけじゃなくて、共生するのに人間とコミュニケーションが取れないのも心配』と仰っています」

 

「確かにな……。通訳を置くってのも限界があるしなぁ」

 

「~~~~」

 

「『それに私が魔王になったら、"魔王"じゃなくて"魔女王"なんじゃないか』とも仰っています」

 

「心底どうでもいい!そこは問題じゃねーだろ!!」

 

「~~~~~」

 

「『語呂が悪いから"魔女"にすると、何かランク下がったみたいでイヤ』」

 

「だから名前から離れろって!」

 

「~~」

 

「さっきからツッコミがくどい」

 

「ならボケんなや!!」

 

「……喧しいわね」

 

「おい!今の確実にお前の感想だろ!?ベルなんも喋ってなかったぞ!」

 

「……とベルフェ様が仰っています」

 

「!?」

 

「擦り付けんな!お前んとこのリーダー、もう誰も信じられないって顔でお前見てるぞ!!」

 

どうしてすぐにコントが始まってしまうのか。魔族たちが悪いのか、ゼードが悪いのか。

 

「ミュゼ、お前はお前で何黙々と飯食ってんだよ。参加しろって」

 

「黙々ともぐもぐしてる訳だな!?」

 

「うっせぇな!水メンタル!」

 

ゼードがバァンと両手で机を叩く。ぜぇぜぇと肩で息をしている。

 

「……つまり誰も魔王やるつもりはねぇってことだな?」

 

「ゴラドはやりたいぞー!」

 

「……もう一度聞く。誰も魔王やりたくないんだな?」

 

「はいはーい!やりたい!」

 

「……居ないんだな?」

 

 

 

「ゴラドにしちまうぞ?」

 

 

「待て!待つんだゼード!!」

 

「お前、魔界を滅ぼすつもりか!?」

 

「気でも狂ったの!?」

 

「~~~~~!?」

 

「ベルフェ様は『それだけはダメ!?』と仰っています」

 

その一言に全員が動揺する。皆、椅子から立ち上がりゼードに詰め寄る。

 

「だって誰もやらないんだったら立候補を推してあげるべきだろ!?」

 

「自棄になるなって!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……オーケーオーケー。冷静になったぞ。俺もイライラしてて気が動転してた」

 

あの一言で大講堂が戦場になりかけたが、なんとか皆落ち着いた。机が叩き折られ、料理が四散し、スーさんとレントが床に倒れているが、なんとか穏便に済ますことができた。

 

「……で、渦中のゴラドは寝てるのね」

 

ミュゼの言葉に振り向くと、腕を拘束されたまま座り込んで寝ている。

 

ゴラドはドラゴン系のリーダーだ。おそらく接近戦になったら魔族の中では一番強いだろう。ただ、残念なことにその力を存分に発揮できるほど聡明な頭脳を持ち合わせていないのだ。猫に小判、豚に真珠。つまり何が言いたいのかというと……馬鹿なのである。戦闘のセンスは、ある。けれども、見え見えのフェイントに引っ掛かったり、次の行動を予測できないといった状態に陥ることが多々ある。しかし、持ち前のパワーと銃弾すら通らせない鱗がそれらをカバーする。後手に回ることなく、常に攻めていれば敵無しだ。それ故、魔族四天王の一人としてこの場にも参加しているのだろう。

 

「……とはいえ。どーすんの、結局?」

 

「~~~~~~~~」

 

「ベルフェ様は『どうにもこうにも、決まらないなら今まで通りやるしかないんじゃない』と仰っています」

 

「ん、まぁ、それでもいいんだけどさ。……なんか無駄な時間を過ごしたなー、と」

 

「そうね……。全くもって無意味よね」

 

 

「ならば、ミュゼ殿がされては如何でしょうか!!」

 

 

突如として大講堂に響き渡る声。しゃがれた声であるのに不思議とかなり響く。扉の向こうの廊下から聞こえてきたはずなのに、まるでこの部屋の中に居るのかと勘違いするほどの大音量だった。

その声とほぼ同時に大講堂の巨大な扉が蹴破る勢いで開かれた。現れたのは白い肌の年老いた魔族。

 

「お久しぶりでございます、ミュゼ殿。会える日を心待ちにしておりました」

 

ニコッと笑う老人。その不快さに思わず寒気がする。当のミュゼも普段見ないくらいの険しい表情をしている。何も答えるつもりはないらしく、一向に口を開く気配はない。

この老人はハインツだ。元魔王の側近――と言っても、それほど強くはないようで主に魔王の身の回りの世話をしていた――らしい。正直あまり知らないのだ。ハインツはミュゼが詳しいだろうが……この様子だと教えてくれそうにない。

 

「そして何故ベルフェ殿は、私を城の外に弾き飛ばしたのですか?」

 

「~~~~~~」

 

「……それならば致し方ありませんね。気を付けてくださいよ」

 

「~~」

 

ベルとハインツが二人でやりとりをしている。ハインツが人語を話してくれているのは俺への配慮なのだろうか。俺は近くに居たジュリアスにこそこそと声を掛ける。

 

「……なぁ、ベルはなんて言ってんだ?」

 

「……ちっ」

 

「…………。俺のことそんなに嫌い?」

 

「……『次元が干渉しちゃったんだ、ごめんね』と仰っています」

 

「うん……ありがと」

 

何故だろう。この30秒くらいで泣きそうになってきた。

 

「魔王様がなかなか決まらないのであれば、私はミュゼ殿を推薦致します」

 

「お断りよ」

 

「何故ですか!?これほどまで魔王に相応しいお方はいらっしゃいません!!」

 

「褒めてるの?貶してるの?」

 

「勿論、尊敬でございます!」

 

「近付いて来ないでよボケ爺!!」

 

ミュゼが珍しく大声で騒いでいる。余程嫌なのだろう。

 

「なら、ゼードが魔王やる?」

 

「何で!?魔王倒しといて何で魔王やらなきゃいけねーんだよ!つーか、いつ起きた!」

 

いつの間にか床に転がっていたレントが傍に立っていた。相変わらずスーさんはぐにゃぐにゃでゴラドはこの状況下でもぐっすりだ。

 

「何故私を避けるのですか!?」

 

「本気で嫌だからよ!!」

 

「ゼードなら文句ないんだけどなー」

 

「だからおかしいだろって!!」

 

「……私は文句あります――とベルフェ様が仰っています」

 

「~~!?」

 

「分かりました。ミュゼ殿の嫌いなところを一つ一つ直していきますので、何処がいけないのか教えてください!」

 

「それが面倒なのよ!!」

 

「きっと良い魔王になると思うけどなー」

 

「良い魔王ってなんだよ!!」

 

「~~~~~」

 

「くたばれクソ勇者――とベルフェ様が仰っています」

 

「だから擦り付けんなって!ベル、驚くくらいの早さで首横に振ってるぞ!!」

 

「はっ!?話はどこまで進んだ!?」

 

「お前は起きなくていい!余計ややこしくなるわ!!」

 

「ミュゼ殿ー!」

 

「来んなー!!」

 

こんな大騒ぎしているのだから意識を失っていた奴が起きても仕方ないのだ。スーさん然り、ゴラド然り――。

 

「……んおっ?なんだー?お祭りかー?」

 

ゴラドはのそっと起き上がる。自分の腕が拘束されているのも忘れて――。不幸なことに、集中力が乱れていたミュゼの魔法も脆くなっていたこともあり、簡単に腕がぬけてしまう。

 

 

突然のドドドドという地響きに俺らは動きを止めて振り返る。そして目と鼻の先に迫るゴラド。向こうに居たゴラドがこちらに走ってきたのだろう。しかし、そのままスピードを落とせずに俺らを撥ね飛ば――。

 

 

「「「ぎゃああああああああああああ!!!」」」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

結局、会議は重傷者多数で幕を降ろした。魔王が決まらなかったので、今まで通り各種族系のリーダーが統治をするらしい。この調子では当分の間は魔王不在が続くだろう。

 

 

「はーい、今出ますよっと。……呼び鈴連打すんなって!」

 

早歩きで玄関に向かう。そしてドアノブに手を掛けた瞬間に外から扉を引っ張られる。

 

「来ちゃった!」

 

「来ちゃった!……じゃねーよ。何しに来たんだよ、レント」

 

「やっぱりゼードが魔王やらない?」

 

息を大きく吸い込むと、はっきりとこう告げる。

 

 

「お断りします」




ここまでお読みいただきありがとうございます。

初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりです。
碓氷 修夜です。

今回は魔界回です。新規の登場キャラが盛り沢山です。そのくせ本編で紹介、というかそのキャラの説明をするのがミュゼ視点ばっかりなのでまともに触れてくれません。ゼード視点だと紹介がしやすいのですが、ミュゼは適当にしかしないのです。そして今回から前書きを利用して登場人物紹介を入れてあります。ぼちぼちキャラが多くなってきて皆様も把握出来なくなってきてしまうかなと思った次第でございます。オリジナル作品だと余計に分からなくなってしまいますね。書いている私が分からなくなっているくらいですから。ただ、メインで出てくるキャラはあと5、6人なので何とかなるかな、なんて思ったりもしています。……まぁ、増えるでしょうが。

次回はちょっとシリアス寄りの話を予定しています。

では、改めまして。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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