勇者と魔娘の3年間   作:碓氷 修夜

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☆登場人物
ゼード…ピース依頼事務所の所長。過去に勇者として魔王を倒した経験あり。

ミュゼ…魔族の娘。今はピース依頼事務所に住み込みで働いている。



ベルフェ…悪魔系のリーダー。皆からはベルと呼ばれている。魔力はピカイチだが、人語が話せない。魔族四天王の一人。


case:06   隠された古城

「いやー、潮風が気持ちいいな!」

 

「髪がベタベタして気持ち悪いけど」

 

「何でテンション低いんだよ。ほら、船もめっちゃあるぞ。こっちには港が無いから中々レアだぞ」

 

「そうね。"食洗機"も運ばれて来てそうね」

 

「…………。い、いやー、エンゲに来るのは久しぶりだなー。一回だけ前に来たことあるんだよ」

 

「私は2ヵ月ちょっと前に"食洗機"買いに来たわね」

 

「………………。で、でもー、案外近いのにー、あまり来る気にならないよなー。あ、あれかなー、馬車通って無いからかなー?道ガタガタだからなー、お前も大丈夫か?疲れてないか?」

 

「ええ。前に"食洗機"を"独りで"持って"歩いて"来たから全然大丈夫よ」

 

「ごめん…………、俺から振っといて何だけど、もうこの話題止めよう。……ごめんなさい」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

6月下旬。私と所長はエンゲに来ていた。勿論、観光じゃない。久しぶりにちゃんとした依頼だ。"ちゃんとした"というと語弊があるかもしれない。大きな仕事、そう大きな仕事。私は詳しい事は聞いていないのだけれど、わざわざこちらから出向くくらいだから、余程羽振りが良いのか、所長の知り合いなのか。……いや、後者は違うかもしれない。所長は知り合いからの依頼は一人で済ませてしまうからだ。電話対応からそのまま出掛けていってしまう。前に私は行かなくていいのか聞いたことがある。そうしたら、「お前が来る程の仕事じゃねーよ。のんびりしてろ」だそうだ。それが今回は私が来なければ出来ない仕事らしい。

 

「で、何なの?仕事の内容は」

 

「んー?俺も電話口に聞いただけだから。会ってちゃんと聞く」

 

「それでどうして私が必要だって分かるのよ?いつもみたいにアンタ一人で済んじゃうんじゃないの」

 

「いや、ちょいと心当たりがあってな。違かったら、すまん」

 

「別にいいけど。私は何をしたらいいの?」

 

「……実際に見てもらった方が分かりやすいと思う。俺、魔法に関してはさっぱりだからさ」

 

「了解。魔法関係の事ね」

 

ゼードは魔法が全く使えない。使えないどころか魔力感知さえ出来ないらしい。けれども、素の戦闘能力が高いからか、攻撃を察知することは出来るみたい。勇者サマってのは何か卑怯だ。

……ゼードだからか。勇者ってのは一人じゃなくて溢れるくらい居たみたい。各国の王が次々と勇者という戦力を投入したらしいから。しまいには一般人や罪人も、使えるものは全て注ぎ込むスタンスだったらしい。人間の事情は私にはよく分からない。最近はこっちに居るおかげで多少詳しくはなっているけれど。

 

 

「……ここだな。サングラスは……してるな?」

 

「何回聞くのよ」

 

町の中心部から海沿いを歩いて20分足らず。1キロメートル離れていても分かる大きさの建物がどっしりと構えられていた。海風に耐えられるようにか、ここらの建物はレンガ造りなのだけど、ここは一際頑丈に建てられているみたい。3階建てで周りには5メートル程の高さの塀まで作られている。その門の前には見張りが2人立っていた。

 

「何者だ!」

 

一人が気付いて、手に持っていた槍を強く握り締めながら声を飛ばしてきた。

 

「いやー、どうも。ピース依頼事務所です。そちらのリーダーさんから依頼を受けましてね、直接お話をお伺いに来たんですよ」

 

見張りは門を挟んで反対側の相方とアイコンタクトをしてから警戒を解く。相変わらず、所長の仕事モードで使うこの畏まった言葉遣いに歯が浮いてしまう。何故だか苛々する。

 

中へと案内された私たちは階段を昇って最上階へ向かう。その階段にも赤い絨毯、所謂レッドカーペットがシワなく敷かれている。

 

「……何なのよ、ここは。要塞?」

 

「いや、ただのギルドだよ」

 

「へぇ、最近のギルドは随分とお金持ちなのね」

 

「そんなことはないさ。ここが異常なだけだよ」

 

「異常?」

 

「このギルド、"ヒロイスト"っていうんだが、構成員のメンツが殆ど勇者なんだ」

 

「それでどうしてお金持ちなのよ。アンタだって勇者なのに細々と暮らしてるじゃない」

 

「"元"勇者だ。それに俺は好きで細々と暮らしてるんだよ。ヒロイストはな、魔王が居た頃からギルドを結成していたんだ。で、魔王討伐に目もくれず近隣の依頼ばっかり受けていたんだ」

 

「成る程ね。大体読めたわ」

 

「あの頃は普通に魔族がこっちを闊歩してたろ?だから依頼の大半が討伐依頼だった訳だ」

 

「危険な内容だからこそ報酬もたんまりって訳ね。そして、勇者としての知名度や実力もある程度保証されている、と」

 

「名ばかり勇者なんて冒険に出てもどっかしらで直ぐくたばっちまってたからな。魔王を倒す、なんて大それた事よりも、目の前の危険を取り除いてくれる方が皆助かってたんだよ」

 

「それならここのギルドでなんとか出来そうじゃない。どうしてわざわざ私たちに依頼を?」

 

「それを今から聞きに行くんだ。……ほれ、着いたぞ」

 

階段を昇り終えると、最上階は一つしか部屋がないようで、目の前に巨大な扉が行く手を阻んでいた。

 

「あ、そうだ。――――」

 

「……分かったわ」

 

所長は突然思い出したかのように声をあげると私の耳元で小声で話し始めた。私はその言葉の意図が理解出来なかったけど、渋々と従ってあげた。それを確認すると所長が気味悪く笑顔を見せる。

扉の前に立ち所長が3度軽くノックすると、自動で扉が開いた。いや、中から男たちが引いていたみたい。外に居た人より整ったている服装から、ちょっと身分が良いのだろう。開けた真正面には大きな白いテーブルを挟んで大柄な男が脚を組み、肘をつき、手の甲を顎に当てて偉そうに座っていた。

 

 

「ようこそ。お待ちしていました」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

促されるまま向かいの椅子に腰掛ける。だだっ広い部屋に俺たち2人を含めて5人。まるで玉座のように装飾品の散りばめられた大きな椅子に座っている男、扉の側で待機している男が2人。そして俺とミュゼの椅子の間――正確には斜め後ろだが――に男が一人。座っている男以外は手に槍を握っている。獲物を持っているのは、おおよそ身辺警備の人間だろう。

席に着いたのを確認して大柄な男が声を掛けてくる。

 

「隣町からわざわざどうも。俺はヒロイストのリーダー、ヒュンヘンバルツです」

 

「……どうも。ピース依頼事務所です」

 

「名前は名乗らないんですか?」

 

「名乗る程の者じゃないんで――」

 

そう言い掛けたところで、後ろに居た警護の男が俺の頭目掛けて槍を突いてきた。咄嗟にナイフを取り出して、槍の側面を叩いて目標を外す。立ち上がる動作と同時に足の裏で椅子を男に蹴り飛ばし、反対の手に握ったナイフをヒュンヘンバルツへ構える。少し離れているとは言え、ヒュンヘンバルツは刃先を向けられているのに一切動じず、うっすらと笑みを浮かべていた。

 

「とんだ歓迎の仕方だな。なに、ここのギルドじゃそういう決まりなの?」

 

「いやぁ、悪いね。どうも他人行儀が苦手でね、思わず仕向けちゃったよ」

 

「仕向けただぁ?初っぱなから殺意剥き出しだったくせに」

 

「どうどう、抑えてくれよ"ゼード"」

 

「そっちから仕掛けてきたんだろうが」

 

「ちょっとばかりの確認だよ。信頼出来るかっていう」

 

「……で、信頼は出来ましたかー?」

 

「そりゃあもう!完璧だ」

 

吹っ飛ばされた男が頭を下げながら椅子を後ろに置いてくる。俺は警戒しながら椅子に座る。また性懲りなく後ろから刺されるのは御免だからだ。一方隣で座っていたミュゼはというと、眠そうに欠伸をしていた。所属している事務所の所長が命狙われているのにこの態度、ぶん殴ってやろうか。

 

「本題に移ってくれ。こんな嫌がらせする為に呼んだんじゃないだろう?」

 

「ああ、すまないな。魔王を倒した勇者の実力が見たくて、つい楽しんでしまった。依頼だったな」

 

依頼人でなければこいつもぶん殴ってやりたい。

 

「単刀直入に言うと討伐のお膳立てをしてほしい」

 

「……お前、魔族殺しちゃ駄目なの知ってるか?」

 

「『一つ、勇者は如何なる軍には属さず、如何なる侵攻も行わず。

  二つ、人類は理由無き魔族との争いを認めず』

だろう?どこぞの誰かが"勇者の二ヶ条"を作ったからな。おかげさまで俺のギルドも商売あがったりだ」

 

ヒュンヘンバルツが俺を見ながら嫌味ったらしく答える。どこぞの誰かを強調してくるあたり、こいつの性格の悪さが窺える。そして隣で笑いを堪えているうちの所員も同じくだ。

 

「そういうことだから答えはノーだ。法律で定められちゃってるからね。討伐なんてそんな物騒なこと俺には出来ません」

 

「誰がモンスターの討伐なんて言ったよ?」

 

「……は?」

 

「確かにモンスターとは戦えない。けど、今回頼まれてんのは"化け物"だ」

 

「化け物?言い方変えただけじゃねーか」

 

「いーや、違うね。アレはモンスターなんかじゃない。文字通りの"化け物"さ」

 

「ばっ、化け物なんて居る訳、ねーじゃねーか」

 

「いーや、それが居るんだ」

 

「……」

 

「この町が物流で栄えてるのは言うまでもないだろ?他国から船で色んな品物を持ってくる。ここでも一応売ったりもするが、メインはまた他に運んで売り捌くんだ。そっちの町にも運んでたから知ってるだろ」

 

「運んでた?まるで今は運んでないみたいだな」

 

「ちょっとは運んでるさ。ただ前と比べると4分の1以下だけどな。知らなかった?」

 

「あんまり大通りには買い物行かないからなぁ」

 

「……確かに最近は真新しい物が入って来ないわね」

 

ミュゼが急に口を挟んできた。俺も買い物には行くが、近くの商店かクランガンの露店で済ませてしまうことが多い。その分ミュゼは色んな所に足を運んでいるのだろう。

 

「まあ、元からエノスの丘のせいで馬車は通れなかったんだけどな。商人たちが歩いて持ってってた。それがやりづらくなったんだ」

 

「何故?」

 

「ここにさっき言った"化け物"が目撃されるようになったからだよ」

 

「……今朝も通ったけど、そんな奴居なかったぞ?見間違えとかじゃねーの?」

 

「大体目撃されてるのが夜だからな。昼間通る分には影響ないんだろ」

 

「ふ、ふーん……。で、その化け物ってのは何なんだよ。魔族とは違うって言うけど」

 

「見た目は普通の人間なんだ。何処もおかしな所は無い。ただ一点を除いてな」

 

「な、なんだよ……。随分と勿体振るな」

 

「手が血で出来てるのか真っ赤なんだよ。それも一回りも二回りもでかくてな」

 

俺はミュゼと顔を見合わせる。確かに人間ではないだろうが、そんな魔族沢山居る。現にミュゼだってこうしてサングラスで瞳の色さえ隠してしまえば、人間と大差無い。

 

「まあ、そりゃ見てみないとどうにもって感じだな。で、お膳立てだっけ?つまり俺たちは何をすればいいんだ?退治の方はお前らがするんだろ?」

 

「ああ。退治の依頼を別で受けてるからな。そっちには化け物の巣穴を探してほしい」

 

「巣穴?」

 

「おそらくどっかに住み着いているんだろ。夜行性なのか昼間は出て来ないが。奴が住み着いている確証としてエノスの丘にも異変が出ている。例えば――」

 

「――バラが咲いている、とかか?」

 

「あれ?やっぱり知ってるじゃん」

 

「バラ?時期的には咲いていてもおかしくないでしょ」

 

「いや、前に別件でエノスに行った時にはもう咲いてた。あれは4月だったよな?」

 

「エイプリールフールだったからそうね。でも、ちょっと早く開花したとかあるんじゃないの?」

 

「あそこにはそもそもバラなんて咲くはずないんだよ。土が固すぎて植物が育つ環境じゃない」

 

「異変はバラだけじゃない。空間の歪み……具体的に言うと、他は晴れているのにあそこだけ雨が降ったりなんかもしてる。おそらく魔法かなんかだ。うちには魔法に詳しいのが居なくてな、だから魔王倒した勇者ならなんとかなるだろうと思ってな。どうだ、頼めるか?」

 

「正直、全く乗り気じゃないが調べるだけ調べてやるよ。お前の言う化け物がもしかしたらただの魔族かもしれないしな。それじゃなかったとしても何かしらの被害が出る前に対策はしとかないといけねーし」

 

「じゃあ受けてくれるってことでいいんだよな?」

 

「形としてはそうなるが、多分お前らの出番はねーよ。化け物じゃなかったら手出し出来ねぇからな。そもそも化け物なんか居ないだろうし」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「何が『調べるだけ調べてやるよ』よ。主に調べるのは私じゃない」

 

「まあまあ。ピース依頼事務所一丸となって頑張りましょうや」

 

「こういう時だけ所長ぶって。……それにしても"勇者の二ヶ条"だっけ?あのグダグダの話があんな綺麗にまとめられてたのね。傑作だわ。ふふふっ!」

 

「うっせ!大体そんなこと言ってたろうが。……で、何か感じるか?」

 

「まだバラさえも見てないのに分からないわよ。……と言うかよく依頼受けたわね。アンタなら断るかと思ったわ」

 

「あいつにも言ったようにちゃんと受けた訳じゃないからな。純粋に気になっただけだ」

 

「……ツンデレ?」

 

「野郎のツンデレなんて誰が喜ぶんだよ」

 

「それにしてもヘロイスト……だっけ?単純にアンタの力を測りたいだけのようにも感じるのよね。あっちでどうにか出来そうなものだけど」

 

「ヒロイスト、な。実際それもあるだろうが、魔力感知出来ないのは本当だろ。お前に掛けてもらった魔法すら分かんねぇんだからよ」

 

成る程。部屋に入る前に突然防護魔法を掛けてほしいと言ってきたのはその為だったみたい。私はてっきり後ろからぐさり、ってのを警戒していたのだと思っていた。実際刺されかけてたけれど。

 

「あ、確かこの洞窟通ってったら近道だよな」

 

「そうね。あの子たちがわちゃわちゃやってた所ね」

 

「……そーいやお前もガキんちょたちに一枚噛んでたんだよな?」

 

「そんな共犯みたいに言わないでよ。何をしてるのか分からなかったんだし」

 

「ほんとかー?日頃の恨み、とか言って楽しんでたんじゃねーの?」

 

「日頃の恨みだったらもっと容赦しないわよ」

 

「え……?そんな恨まれてんの?」

 

「あ、あったわね、バラ」

 

「ちょっと待って!俺恨まれてるの!?依頼どころ問題じゃないんだけど!今後の生活を左右する問題なんだけど!!」

 

エンゲから歩いて漸くバラの花を見つけた。どうやら所長たちの異変というのは本当らしい。隣でまだゼードが喚いている。

 

「うっさいわね、いつまで騒いでんのよ」

 

「重要だろ!一緒に寝泊まりしてる相手に嫌われてたらこれから気まずいっしょ!?」

 

「変なところでナイーブなのね……。安心しなさい、好きでもないけど嫌いでもないから」

 

「よっし!依頼頑張るか」

 

「立ち直りはやっ!」

 

「うん、それが聞けただけで落ち着いたから」

 

「……」

 

こんなのに負けたなんて過去の自分を恨めしく思う。

 

「で、どう?魔力感じるか?」

 

「ちょっと待ちなさいな」

 

私は神経を集中させる。地脈の流れを感じ、空気を読む。辺りの静けさで風の喧しさが強調されている。

 

「魔力は感じないわね……。でも、違和感はある」

 

「違和感っつーと?」

 

「……魔法全く分からないアンタにも分かりやすく伝えると、元凶が住みやすいようにここら辺の"魔素"が塗り替えられてるわ。ごくわずかだけどね」

 

「えーと……つまりどういう?」

 

本当に魔法は専門外らしい。こういう仕事を請け負う以上少しぐらいは理解しておいてほしい。

 

「いい?魔法っていうのは自分自身の"魔気"と、空気中に漂っている"魔素"っていうのを消費して使うの。ここまでは大丈夫?」

 

「おう」

 

「けどここは、その魔素が消費されていないで別のものに変えられているわ」

 

「そんなこと出来るのか?」

 

「普通ならあり得ないわね。でも起きてる。……ヒュンヘンバルツの言っていた化け物っていうのもあながち間違いじゃないかもしれないわ」

 

「……」

 

所長が拳を口に当てて考え込んでいる。珍しく真剣な顔をしている。

 

「……とりあえず、ヒュンヘンバルツの言ってた巣穴ってのを探してみるか」

 

「そうね。私もこの魔法"もどき"を使ってる正体に興味が沸いてきたわ」

 

「よし、手分けして探そう!」

 

「……アンタ感知出来ないから分からないでしょ」

 

「……そうだな。任せた!」

 

「…………」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

10分くらい捜索し、崖の下でミュゼが立ち止まった。

 

「……ここね」

 

「ここ?穴らしきもんなんてどこにもねぇぞ?その巣穴ってのはどこにあるんだ?」

 

眼前にはほぼ90°の急斜面。ちらほらと岩が飛び出ているくらいだ。ミュゼはゆっくりと斜面に手を当てる。俺は黙って見ていたが、信じられない事が起こった。ミュゼの伸ばした手は土に吸い込まれる様に突き抜けたのだ。こいつは土の魔法が使えるから潜ったりしているのは見慣れているが、これは潜るとかではなく、そもそも崖なんて存在していなかったかのように通り抜けた。

 

「こういうことね。脳に錯覚を起こさせて、入り口があたかもただの崖のように見せかけているみたい」

 

「すげーな。魔法ってこんなことも出来んだな」

 

「魔法もどきだけどね。……それにしても、こんな芸当が可能なんてなかなかね」

 

「まあ、取り敢えず入ろうぜ」

 

「……罠かもしれないのによくそんな簡単に決めるわね」

 

「入らん事には分からんだろ?」

 

「……何が起きるか分からないわ。注意しなさい」

 

俺とミュゼは偽物の崖を歩き抜ける。何かにぶつかるという感覚は無く、外で吹いていた風がピタリと止んだくらいしか違和感が無い。驚いたのはそれだけじゃない。通り抜けた先はまるで城の内部のようだったからだ。石が敷き詰められた床、金で出来た装飾品、馬鹿みたいに広いエントランス。そして室内であるのにそこかしこに咲いているバラの花。

 

「何だこれ?転移魔法の一種か?」

 

「いいえ。魔法は使われてないって言ってるでしょ。でもこれは――」

 

ミュゼが何か言い掛けた瞬間、俺たちの間の床から何か吹き出してきた。咄嗟に回避し、噴出物から距離を取る。何か赤い液体のようだ。一か所だけではなく、見回す限り全域に渡って吹き出ている。液体はそのまま固まり、擬似的な壁になってしまった。高さが6メートル程ある為、向こうは全く見えない。反対方向に飛び退いたおかげでミュゼと分断されてしまった。

 

「おい!大丈夫か!」

 

「問題無いわ。それよりどうする?」

 

「奴さんどうやら後戻りもさせてくれないみたいだぞ」

 

ご丁寧に後方にも赤い壁がこしらえてある。完全に退路が断たれてしまっている。

 

「何だこれ?魔法じゃ……ないんだよな」

 

「違うみたいね。触ってみる?」

 

「馬鹿野郎。命大事に、だぞ」

 

ミュゼと話しながら、俺は袖口から硬貨を一枚取り出す。そいつを壁に指で弾いた。カツンとぶつかり、そのまま床でカランカランと動きを止める。

 

「……何したの?」

 

「いや、確認。これ普通の壁みたいだぞ。多分触っても大丈夫。触らないに越したことはないけど」

 

硬貨を拾い上げながら考察を述べる。反対側に居て姿は見えないが、ミュゼの呆れた様子が目に浮かぶ。

 

「アンタなら飛び越えられるんじゃない?」

 

「……やれん事はないと思うが、危ない橋はなるべく渡りたくねぇなー」

 

「じゃあ壊してみる?」

 

「何で飛び越えるのがダメで、壊すのがオッケーだと思ったの?とりあえず、まずは術者を見つけねぇと」

 

「進むしかないみたいね」

 

「ま、いつか会えるっしょ」

 

「気楽ねー。他に手立てが無いからそうするけど」

 

「元凶を叩くしか無いからな。気を付けろよ」

 

「はいはい。じゃあまた後でね」

 

その言葉を最後にミュゼの声も気配も消え去った。こんな時焦らないのは、ある程度お互いの信頼が確立されているからだと思っている。

 

赤い壁は何で出来ているか分からない。分からない以上、迂闊に触れるのは危険だ。と言っても壁が床から出てきただけで、こちらに危害を加えてくる様子はない。壁は城全体に渡って吹き出しているようで、進んでも進んでも途切れることはない。しかし、この並びは……。

 

「誘導されてるな。こりゃ」

 

入り組んだ作りをしているが、今のところ分かれ道はない。階段で二階に昇っても同じだった。そして結局分岐することなく、一つの扉の前にたどり着いた。いかにも入ってくれと言わんばかりの扉。嫌な予感はするが、ここまできてしまったのだ。後には引けない。

 

「そっちがその気なら乗ってやりましょうじゃないの。たのもー!」

 

バンと勢いよく扉を開くと中はまるで植物園だった。植物と言ってもバラしか咲いていないが。想像ではおっきなシャンデリアとか玉座とかいかにも王室、みたいなのが広がってると思っていたから面食らってしまった。

足を踏み入れた途端に足にちくりと痛みが走る。足元に咲いているバラの棘に引っ掛かった、いたいだ。ズボンの上からでも、やっぱり刺さると痛い。バラを踏まないように避けつつ部屋の中へ入る。完全に部屋に入るや否や扉が閉められる。まあ、予想は付いていた。そう簡単には出してはくれないだろう。部屋の中央まで進んだがバラ以外には何も無い――。

 

「――ふんっ!!」

 

突然、足元から赤い液体が吹き出してきた。今度は壁ではなく、針の様に鋭く尖った形状で。ナイフで弾いてやるとまるで金属同士がぶつかったような音がした。奇襲に失敗した赤い針は形を崩し、液体に戻って地面に吸い込まれていった。

 

「……抵抗しなければ一瞬で済んだものを」

 

「そう易々と殺されてたまるかっての。ほら、出てこい」

 

柱の陰からカツンカツンと足音を立てて一人の女が現れる。赤い髪の女。そして、両腕が真っ赤で人のそれより二回り程大きかった。爪……というより獲物を刈り取る刃のようだった。こいつが――。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「何なのよこれ……。まるで迷路じゃない」

 

いまだに私はエントランスに居た。さっきから分かれ道ばっかり。同じ所を通っている気さえしてくる。さっき試しに魔法で壁を壊せないか試してみたけど、今歩いているのがその結果。全力でやれば壊せないこともないだろうけど、室内でやるには危険過ぎる。仕方なく、こうして巨大迷路を踏破しようとしている。

 

「また分かれ道……。本当嫌になるわ――」

 

ズバン!

反射的に後方へ展開した私の土の壁が衝撃を受ける。矢が突き刺さっているみたい。誰かが攻撃してきた?そう思ったのも束の間、今度は右前から矢が飛んでくる。それも壁を創って防いだ。

 

(どこから射ってきてるの?敵は何体?)

 

探知しようとしても敵の居場所が分からない。気配を消されている訳ではなく、そもそも何も無い。ただのトラップだろうか。いや、それにしては正確過ぎる。矢は全方向から的確に私を目掛けて発射されている。周りを壁で囲って防いでいるけど、これでは合流どころの話ではない。そう考えている間も矢は壁に突き刺さりつつある。

 

(正体が分からないまま応戦するのは厄介ね……)

 

まずは、敵の数を把握しなくては。そうは言っても、この籠城状態を打破しないことにはどうしようもない。定期的に魔力を放出して敵の居場所を探知しようとしているけど、いまだに分からない。反応があるのは飛んできた矢しかない。矢の飛んできた方向は分かるものの、姿は捕らえることが出来ずにいる。

悩んでいると、2階から反応があった。おそらく、私を攻撃している敵ではない。馴染みのある感覚――ゼードだ。そしてゼードの周りの魔素が塗り替えられている。どうやらターゲットと交戦しているみたい。

じゃあ、今私を攻撃してきているのは何なのか。敵は一人ではなかったのか。襲撃は絶え間なく、収まる様子を知らない。ゼードもかなり苦戦しているみたい。ほぼ防戦一方だ。それは私もか。壁が破られる気配は毛頭無いけど、このまま閉じこもっているのは分が悪い。

こうなったら、一か八かに賭けるしかない。

 

周りに展開していた壁を取っ払い、完全に無防備な状態になる。相手も不思議に思ったのだろうか、一瞬攻撃が止む。それでも私はその場で静止していた。

 

ヒュン

 

風を切って矢が飛んでくる。真後ろからだ。発想を逆転させると発射された"矢"は感知出来る。だったら、打ち出された瞬間なら見えなくとも敵がどこに居るのか分かる。私は体勢を落としながら、そのまま後方へ走り出す。矢が私の真上を通過する。髪の毛が何本か引きちぎられる様な感覚があったが、構わずにダッシュする。そして、飛んできた方向へ向けて魔法で錬成した岩を発射した。しかしながら、岩は誰にも当たることなく壁にぶつかり砕けた。予想では、透明化か脳へ錯覚を起こさせて見えなくさせているのだと思っていた。しかし、どちらも違ったみたい。どうやら賭けは外れてしまったらしい。

 

ズブッ!!

 

身体に衝撃を感じる。目線を下ろすと左胸に矢が刺さっている。飛んできた方向を確認すると、なんと壁からクロスボウが突き出ていた。そうか、敵は――。

 

 

――私はその場に崩れ落ちる。

 

 

もう動かないのを確認すると、一人の男が壁をすり抜けて現れた。ずっと武器は構えたままだ。警戒したまま床に倒れている私に近付く。そして、私の身体に触れた。

 

 

――でもそれは叶わなかった。

男が伸ばした手は、私を貫通したからだ。

 

「!?」

 

 

「成る程ね」

 

男が驚いて辺りを見渡す。仕留めたはずの獲物の声が響いてきたのだから、そりゃそうなるか。先程まで展開していた壁の残骸を集結させて姿を現す。土さえあれば、私は身を潜められる。

 

「き、君もロザと同じ事が出来るのか!?」

 

「ロザ?」

 

私の問いを無視してクロスボウから矢を放つ。また壁を錬成して防ぐが、男はまた"壁を通って"どこかに消えてしまった。ため息を吐いてから大声で語り掛ける。

 

「アンタがどうして魔法に影響されないのか分かったわよ。多分、"魔法に干渉しない"んでしょ?感知も出来ないし、私の"ダミー"もすり抜けたし。原理は分からないけど」

 

横目で床に転がっている私の人形を見る。どこからどう見たって私そのものだ。精巧に創ったから当たり前か。力を抜くと人形は土へと戻る。土の山の中には刺さっていた矢も一本紛れている。

 

さて、どうしたものかしら。敵はあの男一人……しか居ないと思う。他に居たとしたら喋っている間に不意討ちが出来たはずだから。魔法が効かないトリックも分かった。ただ、分かったところでどうするかという問題が残っている。魔法による探知が出来ないから、結局攻撃を仕掛けることが困難だ。こうやって考えを巡らせている最中でも、男の攻撃は絶え間無く続いている。クロスボウでは壁を貫けないと判断したのか、壁を創っていない上を狙ってきている。山なりに射出してきて、なんとか四方を壁で防いでいる私に当てようとしている。中々狙い通りにいかないみたいで、まだ壁の隙間から降ってきたものは無い。まぁ、上から狙われたところで天井も創れるから身は安全なのだけど。

 

(待って……。アイツは魔法に干渉しないのにどうして"矢だけ"はこの魔法の壁を貫かないの?魔法を干渉しない、ってのが間違ってる?……いや、赤い壁や人形はすり抜けて、探知にも反応しないから正しいはず。ならどうして……?)

 

右肩に一瞬痛みが走る。考え事をしている間に矢が降ってきたみたい。かすめただけで大きな傷ではないけど、シャツが千切れてしまっている。内側に落ちた矢を見下ろす。やはり何もおかしな点は無い。でも、アイツはクロスボウに矢を装填して壁を通り抜けているはず。だったら、矢もすり抜けてこなければ変だ。なに、何が違う?射出したら効果が変わるのか?いや――。

 

 

――"変わってしまう"のだとしたら?

アイツの"魔法に干渉しない力"は、アイツの周囲だけにしか影響しないとしたら?

 

私は一人でくすりと笑う。なーんだ、タネが分かればこっちのものね。大した事はない。ちょっと疲れるけど、勝てない訳じゃなさそう。

 

私は天井に向けて錬成した巨大な岩を投げ飛ばす。ある程度の高さまで届いたら、こちらの合図で自ら粉砕する。そう、文字通り粉々に。砕けた岩は砂状になって周囲へ降り注ぐ。こんなもの掛かったところでで、気分が悪くなるだけで目潰しにもならない。でも、それでいい。見た目はただの砂だけど、私の"魔法"で錬成したもの。つまり、辺りが砂埃で包まれている今、"魔法反応が消えた所にアイツが居る"。

 

 

(……居た!9時の方向!!)

 

砂埃でも土には違いない。魔力消費はかなり大きいけど、砂の中にも潜る事が出来る。空気中を漂う砂を伝って赤い壁を越える。そして男の目の前へ――。

 

「なっ……!?」

 

そりゃそうだろう。壁の向こう側に居たはずの相手が、いきなり目の前に現れたのだから。実際は砂粒の中から出てきたのだけど、小さくて分からないだろうから、まるで瞬間移動でもしてきたかのように感じるでしょう。

 

私は振りかぶった拳をぐっと握り締める。

 

 

「歯を食い縛りなさい。一発で沈めてあげるから」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ロザぁぁぁああ!!」

 

「離れなさい!」

 

「「…………」」

 

男が赤い髪の女に飛び付く。それを爪が突き刺さらないように手のひらで押し返す。かれこれこの攻防が5分程続いている。

 

俺と赤い髪の女が戦っている最中、突然扉を蹴り開けてミュゼと男が入ってきた。ミュゼが男を連れてきたと言った方が正しいだろうか。どうやら男と女の二人は知り合いだったみたいなので、男をひとじ……身柄を確保して説得をした。そこから……まぁ、なんやかんやで今に至る。

 

「……で、お前らは一体何なんだ?」

 

「ロザの恋人だ!」

 

「違う。断じて違う」

 

「……話進まないから質問に答えてくれる?えーと、こっちの目的は最近ここいらで変な奴の目撃があってな、その調査に来たんだ。で、その変な奴ってのがお前だろうな。巷じゃ、化け物なんて呼ばれてるぞ」

 

俺は赤い髪の女――ロザを指さす。ロザは目を細めるだけで何も語らない。

 

「単刀直入に聞く。お前は人間か?魔物か?それとも……本当に化け物なのか?」

 

ロザは黙ったままだ。その場に居る全員が一言も喋らない。これだけ広い空間なのに、静かすぎて辺り一面に咲いているバラの声でも聞こえてきそうな程だ。

やがてゆっくりとロザが顔を上げる。そして口を開く――。

 

 

「ロザは化け物なんかじゃない!!」

 

突然、隣に居た男が大声を上げる。あまりの大きさに女が驚いてびくっと身体を震わせた。

 

「とっても心優しいし、可愛いし。こんな人が化け物な訳ないじゃないか!」

 

「クレイン……」

 

 

「おっぱいだってこんなに大きいし!」

 

「何触っとんじゃこらー!!」

 

「ぶべらっ!!」

 

ロザの握りこぶしが半円を描きながら男――クレインの下顎を掬い上げる。大の大人が20センチくらい宙に浮き、肩から地面に落ちる。そのまま、白目を剥いて痙攣している。でもどこかその表情は幸せそうでもある。

 

「……なんなのよ、このコントは」

 

「嫉妬すんな。胸が無いからって」

 

「…………」

 

「痛い痛い!無言で殴るな!!」

 

「……アンタは結局なんなの?」

 

「私は……魔物ではない。だからと言って人間でもない……かもしれない」

 

「はぁ?なんだそりゃ」

 

「……自分でもよく分からない。自分が何者なのか」

 

「ポエム?なに、患っちゃってんの?」

 

「……おい、そいつ後でしばいといてくれ」

 

「分かったわ。男二人ぶちのめしておくわ」

 

「なんで!?あの変態は分かるけど俺までなんで!?」

 

何か二人の気に障ることでも言っただろうか。まったく、酷いものだ。

 

「自分が分からないってどういうことだよ?」

 

「……突拍子も無い事を言うが、私はおそらくこの世界の人間じゃない」

 

「えーっと……やはり患っていらっしゃる?」

 

ロザは一瞬こちらをじっと眺めてから、俺の隣に居るミュゼにゼスチャーをした。手を握り締めて、親指だけ立て、そのまま指を首の前で左から右へ動かした。

 

「待って待って。流石にそれは俺も分かるから!お前も頷いてんじゃねぇ!!」

 

「変な事言っているみたいだけれど、それなら魔素を塗り替えることも、その腕も何でもアリってことになるわね」

 

「……ぶっ飛び過ぎてて頭追いつかねぇよ。それじゃあ、お前の世界だとその腕も普通なのか?」

 

「いや、これは向こうでも異端だった。この腕に関しては本当に私でも分からない」

 

俺は天上を見上げて肺に溜まった空気をふぅっと吐き出す。

 

「……結局なんも分かんねーな。このままじゃお前、殺されちまうぞ?近くの町でお前を退治しよう、なんて動いてるみたいだからな」

 

「それならば返り討ちにするまでだ」

 

「どいつもこいつもぶっそうだねぇ。ま、さっき話してた感じだとお前からちょっかい出してる訳じゃなさそうだし、取り敢えず保留にしとけって伝えとくわ。暫くの間、監視ってことで」

 

「誰か監視をつけるのか?私は御免だぞ」

 

「そんな人員うちには居ない。監視って名目で放置すっから。だからもうノコノコ外に出るのは止めろよな」

 

「私に餓死しろと言うのか?」

 

「その変態に持ってきてもらえばいいじゃねーか」

 

「クレインは知り合いでも何でもない。ただのストーカーだ」

 

「第一、そんなのが持ってきた物なんて口に出来ないでしょ」

 

「……」

 

こんなにも罵詈雑言を浴びせられているにも関わらず、当の本人は安らかに笑顔を浮かべて気絶している。

 

「……おいミュゼ。今"あいつ"見てるか?」

 

「あいつ?……あー、見てると思うわよ」

 

その言葉を聞いて、俺は大声でそいつの名前を呼ぶ。

 

 

「ベル!ちょっとこっちに来てくれ!!」

 

俺の声が部屋中に反響する。突然叫び出した俺をロザは不思議そうに眺めている。すると10秒もしないうちに真上に暗雲が現れる。そこから初めに靴、つぎはタイツと、足から一人の魔族が飛び出してきた。悠々と地面に降り立つと俺たちを見回す。

 

「うん、これでお前がいつも監視してることが分かった」

 

「~!?」

 

ベルは図星だったのか見るからに動揺して、あたふたと俺たちを交互に見る。そして、煙の中に逃げ帰ろうとする。慌ててそれを引き止める。

 

「あ、ちょっと待って!貶めたい訳じゃなくてちゃんとした用事があるんだ!!ミュゼ通訳!」

 

ミュゼが気だるそうにベルに話し掛ける。それを聞いて抵抗していた力を弱め、衣服を整えてから改めて俺を見てくる。

 

「~~~~」

 

「……ここに現れるまで全く気配がしなかったぞ。クレインと同じ能力を持っているのか?」

 

ロザが驚いて目を丸くしている。本当に異世界からやって来ていたのだとしたら、魔族を見るのも初めてなのかもしれない。

 

「あ、こいつは次元干渉の魔法が得意なんだ。だからここに来るまでは気配を感じないのは当然だ」

 

ロザは素直に納得している。ぼそぼそと何か喋っているが、聴き取れそうにないので話を進めることにする。

 

「ちょっと悪いんだけどさ、ここの城と魔界をリンクさせてくれねーかな」

 

「成る程ね。外に出る用事を魔界で済まそうってことね。あっちならその腕でも誰も気に留めないでしょうし」

 

ベルは少し悩んでいたが、こくんと頷いた。そして、口を開く。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。~~~~~~~~~~~~~~~、~~~~~~~~~~~~~~~。~~~~~~、~~~~~~~~~~~~~~~~」

 

「……ミュゼ。通訳してくれ」

 

「……リンクいいってさ」

 

「それだけじゃねーだろ!?なんかもっと長い事喋ってたろうが!なに、何言ってんの!?お付きのなんだっけあいつ、ジュリアスだっけ?あいつ呼んで……いや、あいつもちゃんと訳さないからな」

 

「失礼ね。意訳だけど、いいって言ってくれてるわよ」

 

「本当だろうな。……まぁいいや。やってくれ、頼む」

 

ベルは真剣な表情に切り替わり、部屋の隅に手を翳す。そして一瞬のうちに、そこへ黒い渦巻きが現れる。詳しいことは分からないが、魔法は本来、呪文とかなんか色々唱えたりしなければならないらしい。尤も、周りに居る術者たちが総じて魔族の四天王だとか桁違いなレベルなので呪文を聞く機会は無いが。

 

「ありがとな。なんか今度埋め合わせでもするわ」

 

「~~~~。~~~~~~~~~」

 

ベルは異様なまでににこやかな笑みを浮かべ、出て来た煙から帰って行った。何故だか、ぞわあっと寒気がするのは気のせいだろうか。

 

「……なあ。なんであんなに笑ってたの?悪魔の笑みみたいだったんだけど」

 

「悪魔だからね」

 

「いや……そうなんだけど、そうじゃないんだよ」

 

「ロザにちゃんと説明してあげなさいよ」

 

「うん……。えーっと、まぁ、人間の中にはお前の腕見てびっくりする奴も居るから、外出禁止。で、食料とか必要なもんはそこのワープホール通って魔界で調達してくれ」

 

「食料などが確保出来るなら構わないが、その魔界とやらは安全なのか?」

 

「ん、まぁ……お前くらいの力があれば大丈夫だろう」

 

「つまりは危険、と?」

 

「後で色々と手は回しておく。ここで討伐隊に襲われるよりかはましだと思うぞ」

 

「そうか。済まないな、色々と」

 

「どういたしまして。じゃ、せいぜい気を付けるこった」

 

そのまま回れ右をして扉の方へと向かう。その時、後ろからロザが声を掛けてきた。

 

「ちょっと待ってくれ!もう一つだけいいか?」

 

歩き出そうとしていた足を止め、首だけ振り返る。

 

「どうした?」

 

「非常に言いづらいんだが……」

 

「なんだよ。まだ何かあるのか?」

 

「この……クレインもどっか持ってってくれないか」

 

「「お断りです」」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「どう思う?」

 

「何が?」

 

「何がって、ヒロイストのことよ」

 

私たちはあの後一度ギルドに戻り、調査の結果だけ報告してきた。『正体は掴めなかったが、あれは化け物なんかじゃない。そして、直ちに危険を及ぼす存在でもない。だから当面の間、監視下において経過を観察する。だから一切手を出すな』といった具合に。今は事務所に戻ってそれぞれのお気に入りのソファに座っている。

 

「ああは言ったけど、本当に黙って引くと思う?」

 

「なわけないだろうな。なにかと難癖付けて討伐に向かうだろうさ。多分、今夜にでも」

 

「……何でそんなに冷静なのよ」

 

「やれることはやったじゃん。後はあっちサイドの問題っしょ。それにこれ以上無駄働きはしたくないしな」

 

ヒロイストから報酬は貰わなかった。だから勿論、ロザの城の入り口も教えていない。巧妙に隠されていて、多少魔法に精通していても見つけるのはおそらく至難の業でしょう。でも、数で捜索されればいずれ見つかってしまうかもしれない。ロザはあの城に愛着を持っているようで、襲われても魔界に逃げるなんてせずに、真正面から対峙するに決まっている。

 

「……見捨てるの?」

 

「おいおい。人聞きの悪い事言うなよ。助太刀に行こうにも俺の顔は割れてるんだぞ?後々、面倒な事になりかねないだろ」

 

「アンタの作った二ヶ条、ほんっと役に立たないわね」

 

「しゃーねぇだろ。素人が考えたんだから」

 

「……」

 

暫くの間、事務所には沈黙が訪れた。時計の針だけが正確に時を刻む。こんなに時計の音は五月蠅かったかしら。とてつもなくイライラしてくる。

突然、所長が立ち上がる。そのまま玄関の方へと向かう。沈黙に耐え切れなくなって逃げ出そうとしているのか。しかし、玄関の扉は一向に開く気配はない。かといって、二階に昇る訳でもなさそう。そーっと、様子を窺おうとソファから身を乗り出して所長の方を見る。どうやら、目的は階段下の収納スペースのようだった。収納スペースと言うと聞こえはいいけれど、実際は使わないものを放り込んでいる物置だ。そんな物置に頭を突っ込んでガサガサと何か漁っている。ここからでは所長のお尻だけしか見えず、なんとも情けない姿だった。

 

「……何してんのよ?」

 

「んー、ちょっと待ってて」

 

「探し物?」

 

「待ってって」

 

「何が無いのよ?」

 

「待てって」

 

「……」

 

「……あ、あった!」

 

所長がリビングに戻ってくると、手には茶色のロングのウィッグが握られていた。

 

「何よ、それ?」

 

「あれー?なんと偶然にもこんな所にカツラが!」

 

「さっき一生懸命探してたでしょ」

 

「これがあればパッと見誰だか分からなくなるなー」

 

「いや分かるでしょ」

 

「でも顔が割れてなければ有効かもね。例えば、会ったときにサングラスしてた、とか」

 

「あ……」

 

つまり、所長は行けない自分の代わりに私に止めて来いと言っているのだ。

 

「……いいわよ。今回ばかりは従ってあげるわ。ロザって子、気になるしね」

 

「俺は何も言ってないからな?なるべく迅速に追っ払って、ロザの姿を見せないようにとか思ってないからな。あと、お前も身バレすんなよとか頭ん中で考えてないからな」

 

「はいはい。動けないアンタの代わりに私が解決してあげるわよ」

 

いつの間にかテーブルの上に置かれていたウィッグを拾い上げ、埃を払ってから被る。うん、ちょっとかび臭いけどしょうがない。

 

「お、茶髪も似合うじゃん」

 

「……うっさい」

 

サングラスを外してそのまま事務所を飛び出す。

 

 

さて、どう料理してあげようかしら。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

バタンと乱暴に玄関の扉が閉められる。俺は水道の水を薬缶に注ぎ、コンロで加熱する。その間に缶からコーヒーをスプーンで掬ってカップに入れる。薬缶が鳴ったのを確認して、熱湯をカップに流し込む。この香りたまんないな。香りだけで言うと、マスターの所のコーヒーが一番だが、俺はこのインスタントの味に慣れてしまっているせいか、こっちの方が美味しく感じる。庶民舌でなんとも悲しくなるが、まぁ美味ければ何でもいい。

半分ほど飲んだところで時計を確認する。午後8時42分。陽が長くなってきたとはいえ、もうこの時間では真っ暗だ。人通りの少ないここいらでは、街灯もなく、家の明かりも少ないので、より一層暗さを際立たせている。残り半分をぐっと飲み干すと、傍に畳んでおいたコートを羽織る。

 

「さて、俺も出掛けますか」




ここまでお読みいただきありがとうございます。

初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりでございます。
碓氷 修夜です。

お待たせしました。前回の投稿からかなり時間が経ってしまいました。訳は色々とあるのですが……一つは、同時進行していた『月影テールライト』を詰めていたことです。あっちもかなり時間が経ってしまいましたが、無事(?)完結することが出来ました。あっちを終わらせてからじゃないとこっちは投稿しない、と謎の決まり事をしていたのです。実は『月影テールライト』の最終話投稿時には『勇者と魔娘の3年間』は8割ほど書き終えていたのです。ですから、その何日か後にはこちらも投稿しようと思っていたのですが、そこから体調を崩してしまいまして……。まぁ、持病なんですけどね。ちょっと仕事にも行ける状態ではなくなってしまったので、ほぼニート状態の現在です。一時期、体重が45kg代まで落ちた時はもう駄目だと思いましたね。そして私事ですが、この寝込んでいる間に誕生日を迎えまして、また一つ歳を重ねました。体調が優れず、ほぼ一日床に伏していたという、なんともつまらない誕生日ではありましたが。

さて、雑談はここまでにして本編についてです。今回新しく登場したロザとクレインですが、この二人はかなり前から出来上がっていたキャラです。名前はありませんでしたが、イメージとしては主役の二人よりもずっと前からありました。元々違う作品に登場させようと思っていたのですが、それが頓挫してしまい、ずっと構想のまま放置していました。ここハーメルン様で小説を書かせていただくようになってから、この二人の短編を考えていたのですが、折角だからとこっちに参加させたのです。だからある意味この二人も主人公ですね。

内容についてですが、今回は尺の都合上かなり端折ったな、と。なるべく1話完結で行こうと思った結果がこれです。しかし、これじゃああまりにもですね。ロザとゼードの戦闘がなんやかんやで済まされてしまうのは勿体ない。と言う訳で、今まで話数にナンバリングをしていなかったのですが、これをして番外編、スピンオフとして書いていけたらなと思います。今回こっちではなく、ミュゼとクレインの戦闘をピックアップしたかと言うと、ミュゼの見せ場が少ないなと思った所存だからです。本当はかなり強いんだよ、っていうアピールでしたね。


さて、次は番外編を先に書くと思いますので、宜しくお願い致します。

それでは改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。
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