☆登場人物
ロザ…エノスの古城に住む女性。手が二回り程大きく、赤く鋭く尖っている。バラが大好き。
クレイン…魔法が効かない特殊体質の男性。ロザにしつこく付き纏っている。方向音痴で変態。
ゼード…ピース依頼事務所の所長。過去に勇者として魔王を倒した経験あり。
ミュゼ…魔族の娘。今はピース依頼事務所に住み込みで働いている。
「お、お前……なんだよその"手"は!?ばっ、化け物だー!!」
「……」
迂闊だった。夜ならば人通りが少なく、海へ食料を調達するにはもってこいの時間だと油断していた。夜間は商人らしき者がたまに利用しているらしく、度々目撃することがあった。しかし、それは気を付けてさえいれば見つかることなく、やり過ごすのは容易だった。けれども、半年近く経って気が緩んでいたのだろう。普段ならいち早く察知出来るのに、この日ばかりは向こうが先に気付いてしまった。
商人は私の姿――正確にはこの"腕"を見て一目散に逃げ出した。普通の人よりも二回りほど大きく、血で染まったように赤く、獲物を引き裂く為の鋭い爪――。
これからは何時なんどきも警戒を怠らないようにしよう。
――――――――――――――――――――――――――――――――
気がつくと私はこの世界に居た。
何か特別な事をしていた訳ではない。いつも通り、両親が遺してくれたこの"家"で眠っていたはずだ。それが目を覚ますと、外の景色が一変していた。土に覆われているのか窓は開かない。元々山の近くに建っていたから、土砂でも崩れたのかと思ったが、そうでもないようだ。玄関の扉から家を出てみると、ここは洞窟の中のようだった。向こうからは光が射し込んでいる。外に繋がっているのだろう。外に出て確認すると、すっぽりと絶壁に飲み込まれているみたいになっていた。まるで私の家が丸々、この場所に転移してきたかのように。そんな能力を使える者も居るだろうが、一体こんな事をして何の得があるというのか。全くもって理解不能だ。
考えていたって仕方ない。まずはここが何処なのか、それを確認しなければ。しかし、あまり外には出たくない。私は生まれつきこんな腕をしているから、奇異の目で見られることも珍しくない。私自身もそういった視線に慣れることが出来ず、あまり人目を憚って生活していた。
そうは言っても、ある程度把握はしておかなければならない。いくら蓄えがあるとはいえ、食料が尽きるのは時間の問題だ。最低限、食べ物の調達可能な場所の見当をつけておかなければいけない。誰も居ないのを確認して洞窟から出る。少しばかり辺りを散策しよう。しかし、このまま洞窟をすっからかんにしておくのもなんとも不用心だ。
そこで、はっと一つの疑問が脳裏を過る。私の能力は使えるだろうか。恐る恐る、私は自分の腕を尖った爪で引っ掻いた。まるで布でも裂いているかのようにすーっと進み、鈍い痛みと同時にじわっと真っ赤な血液が溢れ出してきた。私は精神を血液に集中させる。すると傷の隙間から広がっていた血液がふるふると動き出し、腕を離れて空中に浮いた。良かった、どうやら能力は使えるらしい。
ほっとして私は洞窟の入り口に向き直り、空間を漂っていた血液を飛ばす。そして極限まで分散させ、周りの壁面と同化させる。どこからどう見たって行き止まり。そこにはあたかも洞窟など初めから無かったかのように見せかける。無論通っても、血で濡れる事はない。しかし、私の能力であるから誰かが通ったら、直ぐに感知出来るようになっている。
これでカモフラージュは完成した。後はここら一帯の調査だ。
――――――――――――――――――――――――――――――――
幸いにもここら一帯の人通りは殆ど無く、近くに海があった。魚などを捕まえれば、食い繋いでいけるだろう。私は家に戻り、二階の部屋に入る。この部屋はほぼ一面にバラの花が咲いている。バラに限らず、花は育てるのが難しい。直射日光、風通し、水やり――その分手間を掛けてやれば掛けてやるほど、綺麗な花が咲いてくれる。しかし、私の場合は能力を使ってバラに血液を与えているから、室内であるにも関わらず美しく咲き乱れてくれている。水やりなどの管理も不要だ。無論、全部私の血を使っている訳ではない。そんなことをしていては年中ずっと貧血になってしまう。私の血を少し水に混ぜるだけで、全て操る事が可能なのだ。だからこそ、近くに水辺があったのはとても大きいのだ。
そろそろ日が暮れただろうか。窓を覗いても土しか見えないので、正確な時間を測ることが出来ない。さっき家に戻る頃には日が傾きかけていたので、多分もう夜になっているだろう、というただの勘である。バラにうつつを抜かしているのもいいが、これだけで一日潰れてしまう。夜の外の様子も確認しなければ、安全とはまだ言い切れない。もう一度外出するためにエントランスの扉を開けた。向こうには日の落ちた外の景色が見える。入り口を壁と同化させたのは、一種の錯覚のようなもので、細かい液体の粒を入り口全体に覆わせ、そこに当たる光を上手く反射させることで、あたかもそこには壁があるように見せかけている。勿論私が掛けたものなので、自分にはちゃんと洞窟が見える。
……ん?入り口に何か落ちている。いや、それはおかしい。私の能力で入り口を言わば、膜のようなもので覆っているのだ。だから、たとえゴミであっても何かが入り込んできたら分かるはずだ。なのに、"アレ"は洞窟の中に入り込んでいる。警戒しながら、慎重に近付く。少し迫ってからやっと正体に気が付いた。人だ。男の人がうつ伏せで倒れている。歳は20代前半くらい。青いズボンに深緑色のベスト、そして背中にはクロスボウを背負っている。左の肩やズボンに土を擦ったような跡が付いていることから、断崖の壁に寄り掛かって歩いていて、ここの入り口に気付かず倒れ込んでしまったのだろう。だとしても私が感知出来なかったのはおかしいのだ。男は気を失っているのか、ピクリとも動く様子はない。しかし、死んではいないようで呼吸に合わせて肩が上下している。すぐそばまで歩み寄っても同じだった。どうやら、死んだふりで私を騙すとかそういう類いのものではないらしい。崖から落ちたのだろうか。いや、見たところ目立った外傷は無い。
まじまじと観察していたので気付くのが少し遅れたのだろう。急に男が私へ手を伸ばしてきたのだ。咄嗟の事で、思わず反撃行動に移ってしまった。男に向けて血液で創り出した針を突き刺してしまったのだ。しまった、と思った時には遅く、針はそのまま男の顔面に刺さり、背中から貫通した。自己防衛とはいえ、見ず知らずの相手を殺してしまった。その罪悪感はとてつもなく、同時にどう処理しようなど、次のアクションを考えていた。
ガシッ!
一瞬何が起こったか分からなかった。急に私の右足に違和感を覚えたのだ。反射的に見下ろすと、息絶えたはずの男が私の足首を掴んでいる。
「ひゃっ!?」
そのまま男がずるずると這い寄ってくる。よく見ると、貫かれたはずの顔や背中には一切傷が付いていなかった。こいつはもしてかして"幽霊"なのか!?しかし現に今、男に足を掴まれている。実体はあるから幽霊ではないはず。まさかここの人には能力が通じないのだろうか!?
私はあまりの恐怖で振り払うどころか、その場から一歩も動けずにいた。すると、男は私を見上げて声を掛けてきた。
「な……何か…………食べ物を……」
ぐー、と私の耳まで届く男の腹の音。そのまま男は完全に意識を失った。
「…………は?」
――――――――――――――――――――――――――――――――
「いやー!野垂れ死ぬところだったよ、ありがとう!!」
テーブルに乗せた料理がみるみる減っていき、空の皿だけが積み重なっていく。あの後、仕方がないので家まで運び、適当に料理を作ってやった。その匂いに反応したのか、がばっと飛び起きて料理にかぶりついたのだ。
「本当に美味しいね!良いお嫁さんになるよ!」
「はぁ……どういたしまして」
なんだかぐいぐい来られて、さっきから圧されっぱなしだ。
「……お前、この手を見て何とも思わないのか?」
私は気まずそうに両手を顔の高さくらいまで上げる。さっきまで、なるべく見られないように後ろで組んだりもしていたが、おそらくバレていただろう。
「綺麗な色してるね。君の魔法か何か?」
「……いや。生まれつきだ」
「へえー。かっこいいよ!」
「ここらではこんな手は珍しくないのか?」
「そんなこと無いよ。僕も初めて見た。モンスターでもそういう手を持ってるのは居ないんじゃないかな?」
おかしな奴だ。大抵の人はこの腕を見ると、怯えて逃げ出してしまうか、嫌悪感を抱くかのどちらかなのに、この男は綺麗などと言う。
「もんすたー?獣人のようなものか?」
「宇宙人?」
「獣人だ。見た目は獣で人の様に二足歩行する」
「それは見たことないな」
「そうか……」
「ご馳走様。美味しかったよ!」
いつの間にか少し多めに作った料理が全部平らげられている。余程、お腹が空いていたのだろう。空腹で行き倒れるくらいだから当然だが。
「どうしてそんなにお腹が空いていたんだ?一体何をしていた」
今更だが、こいつを家に運んで来てしまって大丈夫かという不安が募る。何者なのかも分からないのだ。とは言え、あのまま目の前で事切れてしまうのをぼんやりと眺めていることも出来なかったのも確かだ。それに、こいつには聞かなければならないこともある。
「いやー、情けない話なんだけど、近くの森へ猟をしに行こうとしたら迷っちゃってね。三日くらい彷徨ってたんだよ」
「近くの森ってのは……?」
昼間、この辺りを見て回ったが森なんてものは近くには無さそうだった。
「ここだよ。ここ」
そう言うとリュックから丸めてあった一枚の紙を取り出して広げる。どうやら地図のようだった。……なんとなく予想はしていたが、ここは私の住んでいた世界とは異なるようだ。ある程度地理には詳しかったが、こんな大陸見たことない。
男はある一点を指さす。
「大体ここらへんだと思ったんだけどね」
「大体?思った?……近くの森に行こうとしていたんじゃなかったのか?」
「そうだよ?」
「ならば何故世界地図を持ち歩いているんだ?」
地図の縮尺を見るに、ちょっとそこの森へ、なんてスケールではない。
「何言ってんの?地図っていったらこれでしょ?」
「お前が何を言ってるんだ……」
どうやらこの男はとんでもないくらい馬鹿なのだろう。目的地に着けないのも納得である。
「あ、食事のお礼しなくちゃね。……でも生憎と持ち合わせが無くてね」
「いや、それは構わない。一つだけ私の質問に答えてくれれば」
「なんだい?」
私はすっと立ち上がると、血液で錬成した針を男の心臓に向けて突き出す。ザクッと座っていた椅子にぶつかる感覚があったので確実に貫通した。……それなのにこいつは驚いた表情をしているだけで、死ぬ様子は全くない。
「どうしてお前は"死なない"んだ?」
男は下を向いて震え出した。と、思ったのも束の間、大声で笑い始めた。
「な、なんだ急に!?」
「いやー、ごめんごめん。あーびっくりしたー。殺されるのかと思ったよ」
私は茫然としてしまって、ただ男を眺めることしか出来なかった。狂ってしまったのかと思ったのだ。
「僕の"これ"はね、魔法が効かないんだ」
「無効化するということか?」
「無効化、とはちょっと違うかな。そうだったら魔法自体が消されないとおかしい。でもこうやって君の魔法は残ったままだ」
そう言って、自分を貫いている血液の針を触ろうとする。けれどもやっぱり、触れられずにすり抜けてしまうだけだ。
「どちらかというと、そもそも魔法に"干渉しない"、ってのが正しいかな」
「それもこの世界では普通なのか?」
「僕だけだろうね。医者に診てもらったことがあったけど、こんな事例は初めてだって。検査をしようにも魔法が使えないんだ。詳しいことは分からずじまい。でも魔法からの身の安全が保障されているって考えれば、全く悪くないしね。あ、当たり前だけど魔法以外は普通に当たっちゃうから、普段の生活には全くと言っていいほど役に立たないんだよね」
「……強いんだな、お前は」
「強くなんてないよ、ちょっとポジティブなだけ。ところで、さっきこの世界でって言ってたけど、どういうこと?」
しまった、と思ったときにはもう手遅れだった。普段ならこんなミスはしない――はず。人から避けられるばかりの私がこうして言葉を交わしていることに浮かれてしまっていたのかもしれない。とは言え、もう誤魔化すことは出来そうにない。正直に話すしかなさそうだ。
「……どうやら私はこの世界ではない違う世界から来たらしいんだ」
「そうなんだ」
「信じてはもらえないだろうが――って、何故そんなにすぐ信用出来る!?」
「信じるよ。だって君が言ってるんだから。そうなんでしょ?」
この男は……馬鹿を通り越して頭がおかしいのではないか。さっき会ったばかりの相手にここまで気を許していいものなのか。いくら命の恩人だとしても、行き過ぎじゃないか。
「あ、今更なんだけど君の名前を教えてくれるかな?」
確かに。暫く話し合っていたが、お互いの名前すら聞いていなかった。この男と話していて私まで馬鹿になってしまっていたらしい。
「……ロザだ」
「ロザ……うん!良い名前だね!僕はクレイン。よろしくね」
そう言いながら手を差し出してくる。
「……何だ?その手は」
「何って、握手だよ。握手」
私はクレインが何を言っているのか理解出来なかった。握手とは互いの手を握り合うということだ。この男は私の腕が見えないのか?少しでも触れたら引き裂かれるとか考えないのだろうか?怖くないのか?
「どうしたの?もしかして握手、嫌?」
「……むしろお前が嫌ではないのか?」
「どうして?」
「だって……私の手は…………わっ!?」
自分の異形の手を恨めしく見下ろしていると、突然視界にクレインの手が入り込んできた。そして驚くことに、私の手を握ったのだ。びっくりして彼の方を見ると、何故だか嬉しそうに笑っていた。
「な……」
「うん、やっぱり綺麗な手だ。勿論、君自身も、ね」
私は思わずばっと手を振り解く。
「な、何を馬鹿なことを言っているんだ!大体お前は――」
まじまじとクレインを見ると異変に気付いた。クレインの手に引っかき傷が付いて、そこから血が浮かび上がってきていたのだ。今しがた手を引いた時に爪が引っ掛かってしまったのだろうか。
「あ!?すまない!」
「え?」
クレインは自分の傷に気が付いていないようだった。どうやら深い傷ではないらしい。
「その手のひらの傷だ。血が出ている」
「ああ。このくらい舐めておけばすぐに治るよ」
そう言って、猫の様に自分の手のひらをちょびっと舐めた。
「でも、君に殺されるのも悪くないかな」
「は?」
「さっき君に刺された時も驚いたけど、怖くなかったんだ。……実は初めて君を見た瞬間、一目惚れをしてしまったんだ。これは運命だってね。惚れた女の子になら殺されてもいい。さあ、結婚しよう!――ぐはっ!!」
私は思わず殴り飛ばしていた。イラッときた。ただ、それだけ。
――――――――――――――――――――――――――――――――
海から何匹か魚を獲って家に戻る。真っ当に漁師をしている人には悪いが、ちょっと私の血液を海に垂らすことで、水を自在に操ることが出来るのだ。限りなく薄まってしまうので、大それたことは出来ないが、魚を捕まえるくらいなら造作もない。感覚的に言えば、片手で砂利を掴み、もう片方でそこから一つの小石をつまむようなものだ。
家に帰り、食堂の扉を開く。
「どうしたの?何か外が騒がしかったけど」
「不覚にも商人に姿を見られた。面倒な事にならなければいいが」
「うーん、変なのが嗅ぎ回りに来なきゃいいけど。ロザの魔法ってそんなことも出来るんだね」
クレインが空中を漂っている血液の球体を見ながら言う。球体の中にはさっき捕まえた魚が入っている。わざわざ手で持って帰るのも面倒だし、かといってケースを持ち運ぶのも大変だ。こういう時だけは能力に感謝したい。
「これは魔法ではないと何度も言っているだろう。……ところで」
私は血球から魚を取り出してまな板の上に置く。勿論、自らの手は一切使わない。全部私の能力でどうにかなってしまうのだ。そして先に食卓で待機しているクレインに向き直る。
「どうしていつも勝手に家に上がり込んでいるんだお前は!!」
「完全に留守にしておくと危ないからね。ほら、最近物騒だし」
「ああ。肝に銘じておく。お前のような変態が居るということをな」
洞窟の入り口はずっとカモフラージュを施している。誰かが通ればすぐに探知も出来る。しかしこいつはそれに引っ掛からないのだ。そして、さも当然のように家でくつろいでいる。とりわけ家を漁ったり、何かを持ち出したりせず、気が付いたら居るというのが余計にたちが悪い。
「私が通報したら直ちにしょっ引かれるぞ」
「またまたー。一緒に居られて嬉しいくせに」
「…………」
危ない危ない。思わず怒りの感情に身を任せてしまうところだった。冷静さ、冷静さ。クールダウン。
「……今日は何か用事でもあるのか?」
「君のことが好きだからだよ。それに用事が無きゃ来ちゃいけない?」
「そんなことはない、と普通なら言うがお前は別だ」
「それって……僕は特別な存在ってこと!?」
「違う!用事があっても来るなってことだ!どれだけポジティブなんだ……」
「それはそうとさっきの話だけど、近くの町にモンスター退治を主に請け負っているギルドがあるみたい。……僕はロザをモンスターみたいなんて思ったことは一度もないけど、君を見た商人は違うかもしれない。万が一、ってこともあるから気を付けた方がいいよ」
「……ああ。それも肝に銘じておく」
しかし、残念ながらクレインの予想は悪い形で的中することになった。
☆
商人に目撃されてから数日後、私が日課としてバラの花を愛でている時だった。洞窟の入り口に反応があったのだ。
(クレイン?いや、だとしたら反応は無いはず……)
そう考えているうちに中へ侵入してきた。反応は二つ。どちらも強い力を感じる。それらは何の躊躇もなく入り込んでくる。クレインのように偶然見つけたならまだしも、こいつらは確実に分かって入ってきている。入り口のカモフラージュを見破れる時点でかなりの場数を踏んでいることだけは確かだ。
(さすがに二人を同時に相手取るのは厳しい。なんとか一対一に持ち込めれば……!)
二人がエントランスの扉をくぐった瞬間、私の能力を最大限に発動させる。家全体の床から血液を噴出し、硬化させ、疑似的な巨大迷路を創り上げる。スケールだけだととても強力に見えるかもしれないが、距離が離れているので攻撃を加えることも出来ず、結局のところ時間稼ぎにしかならない。しかも、これを使うには事前の準備が必須なので、初めて赴く地では能力の発動自体ままならない。しかし、一対一に持ち込むという点ではとても有効だ。一方を私の所にまで来させ、もう一方を迷路に嵌めておけばいいのだから。侵入者たちもあっさりと二手に分断されてくれた。無理やり壁を破壊されることも心配していたが、そこまで野蛮でもないらしい。そう簡単に壊されるつもりもないが。
そう考えている間にも、片方が部屋の前にまでやって来ていた。正直、バラの部屋では戦いたくなかったが、そんな悠長な時間が無かったので仕方がない。私は柱の陰に隠れて様子を窺う。
「そっちがその気なら乗ってやりましょうじゃないの。たのもー!」
侵入者が勢いよく扉を開けて入ってくる。若い男だ。黄土色の着古されたコートを身にまとっているが、見たところ武器は持っていない。"魔法"とやらを主体に戦うのだろうか。
まずは退路を断ってやる。折角分断したのに、逃げられてしまっては元も子もない。そしてある程度まで進んだところで奇襲を仕掛ける――!
――が、いとも簡単に防がれてしまった。男は瞬時に袖口からナイフを取り出して、足元から突き出した血液の針を叩き止めた。完全に死角だったはずなのに一瞬で反応をした。私が予想していた以上の強敵だ。実際は、男が止めなくても攻撃を当てるつもりはなかったのだが。首元に針を突き付けて、ここから立ち去るように説得をするつもりだったのだ。そもそも私は戦闘が得意ではない。あまり攻撃に特化した能力でないのも事実である。だからこそ、水際で戦闘を回避したかったのだが、そうもいかなくなってしまった。
「……抵抗しなければ一瞬で済んだものを」
「そう易々と殺されてたまるかっての。ほら、出てこい」
男は私が思わず小声で呟いた愚痴に言葉を返してくる。しかもどうやら最初から私の存在に気付いていたかのような口調である。もう後には引けそうにない。私は渋々と柱の陰から姿を現す。
「お前が噂の化け物か?」
「……初対面だというのに酷い言われようだな。お前こそ件のギルドか?」
「ん?俺は違げーよ。まぁ、そこに依頼されて来たんだけどな。ピース依頼事務所、ってのやってて、俺が所長」
つまり、モンスター退治専門のギルドに依頼されて私を殺しに来たということか。依頼事務所なんて言っているが、つまるところ傭兵、または殺し屋なのだろう。この腕のせいで虐げられるのは慣れっこだが、殺されては堪ったもんじゃない。
「で、今日来たのはお前が――っておい!?いきなり何しやがんだ!」
また弾かれた。今度はちゃんと貫くつもりで放ったのだ。それも私の全力で。この男を倒すにはこれまでの二発のうちに仕留めなければならなかった。真っ当に戦ったところで、私に勝機など微塵も存在していないからだ。それが残酷にも今の不意打ちで分かってしまった。卑怯な手を使っても、全力を出しても、この男には一切届かない。だからと言って、そう易々と自分の首を差し出す訳にもいかない。未練など数え切れないほどあるし、何より納得が出来ないからだ。生まれ持ったこの手のせいで、全てを奪われてたまるか!!
だったら無駄な足掻きだとしても、最期の時までとことん抵抗してやる。
私は魚を包み込んでいたように、自らを球体に閉じ込める。自分の能力だ、窒息などあり得ない。そして球体から無数の針を伸ばし、男へ仕向ける。男は最初こそはナイフで弾いて防御していたが、捌ききれないと判断したのだろう、途中から部屋全体を走り回って針を回避する。男からは一切の能力が感じられない。使えないのか、使う気がないのか。どちらにせよ、己の身体能力で攻撃をかわし続けている。
その時、男が反撃をしてきた。手に持っていたナイフを私に向けて投げてきたのだ。かわせない攻撃ではなかったが、私は敢えてそれを"避けなかった"。"避ける必要がない"からだ。私へ向かって飛んできたナイフは、球体にぶつかって跳ね返される。私の能力は攻撃に特化してはいない。代わりに"防御"に関しては優れているのである。
「うおっ!?硬いのかと思ったら、結構ぽよんぽよんしてるのな」
「私には血液しか操れないからな。逆に言えば、血液であればどんな形状にも出来る」
「あ、やっぱ血なんだ、これ。城ん中入ってからなんかずっと鉄棒みたいな臭いしてたからさ」
「てつぼっ……!…………」
「おぅっ!!?危ねーな。何だよ急に」
どの時代、どの世界でも男という生き物はデリカシーが欠如している。乙女の家にずかずかと土足で忍び込んだ挙句、鉄棒の臭いがするなんて言い放った。まぁ、デリカシーの無さがクレインに勝ることはないだろうが。ある程度は慣れたつもりだったが、この前、朝起きたら隣にクレインがベッドに潜り込んで寝ていた時はさすがに血の気が引いた。本人曰く、手は出していないと弁明していたが、そういった次元の問題ではない。そもそもデリカシーうんぬんの枠に収まることでもない。その度に半殺しに折檻しているものの、あの男の辞書には『反省』の二文字は載っていないらしい。能力さえ効けば、すぐにこの世から存在ごと消し去ってやるというのに。
目の前に飛んできたナイフで我に返る。無意識ではあったが、血液の球体は完璧なまでに私を守ってくれていた。変なことを考えていたせいで、周囲に対して警戒が疎かになってしまっていたようだ。今まさに命を狙われているのに、随分と余裕があるなと自嘲する。
再び私は精神を集中させる。現状はなんとか凌ぎきってはいるものの、このままではジリ貧である。そろそろもう一人がこの部屋に辿り着いてもおかしくない頃合いだ。しかし、反応を探ってもまだ近くには来ていないようだ。どうやらまだ一階に居るみたいだ。しかもエントランスから動いていない。それはいくらなんでも遅すぎる。不可解なことに、時折強い反応も感じられる。血液の壁を壊そうとしているのか?それにしては様子がおかしい。けれども、私にとっては好都合だ。目の前の男に集中していればいい。相も変わらず、男は回避行動を続け、隙を見つけてはナイフを飛ばしてくる。ただ、それだけなのである。
「……手加減しているのか?」
この男の実力であるならば、もっと有効な立ち回りが可能なはずだ。それがこうして、互いに探り合うかのような戦闘が繰り広げられているのだ。
「手加減っつーか、やる気が、な。お前こそ逃げようと思えばいつでも逃げられんだろ?」
「……私はこの家から退くつもりはない」
「だったらせめて話だけでも聞いてくんねーかな。こっちとしては穏便に済ませたいのよ」
「ここまでやっておいて穏便なんて、よくもそんなことが言えたな。第一、信用がならんな」
「ですよねー。……じゃあ力づくで聞いてもらうしかねーよな」
男は唐突に両手に握っていたナイフを袖口にしまい、逃げ回るのを止めた。やはり手加減をしているのだろうか。私は構わず、無防備な男に向けて針を伸ばす。今までよりも遥かに速い速度で、だ。針先が猛スピードで男の身体に向かう。この速度、この角度、確実に避けられるはずがない。油断させようとナイフをしまったのだろうが、今から取り出して防ごうにももう遅い。そして男の身体中を貫いた――。
タンッ!
耳に届くか届かないかの小さな音と共に男が人一人分、上にジャンプした。寸分違わず男を狙っていた針ではそれだけの誤差を修正出来ずにギリギリ避けられてしまう。しかし、この部屋、この家に居る限り、私の能力は無限だ。また防ぎつつ、相手のスタミナが切れるのを待てばいい。しかし、この男が跳ねたのは回避行動の為だけではなかった。ジャンプしたのは文字通り真上。跳ねた男が足を着けたのは、なんと高速で動いている血液の針の上だった。男を貫くために硬化させていたとはいえ、よくもまあ乗れたものだ。焦ることはない。硬化を一瞬解き、液状化させたうえで、もう一度硬化させればいい。運が良ければ、突然足場が無くなったことでバランスを崩して、そこを刺すことが出来るかもしれない。仮に無理だったとしても、もう一度チャンスを窺えばいいだけの話である。
けれども、男の身体は落ちることはなかった。私が液状化させるよりも早く、足元の針を蹴ったのだ。向かう先は針の根元にある私の球体。
ピシャンとまるで滴が水面に落ちたかのように震える球体の表面。私を包み込んでいる球体の上に男が着地したのだった。男は血液越しに私を見ると、ニヤリと意地悪そうな笑顔を見せた。この間合いはまずい。この男の獲物はナイフだ。つまり接近戦を得意にしているに違いない。対して、私は有効な攻撃手段を持ち合わせていない。だからこそ、安全な位置から牽制をして、距離と時間を稼いでいたのだ。こうなってしまった以上は仕方ない。何とかしてこの状況を打破しなくては。この血液の球体を破られるつもりなどさらさらないが、わざわざ危険を冒してまで接近してきたのだ、何か策を講じているに違いない。絶対防御の中に居るとは言え、見上げた目と鼻の先には男の靴の裏がある。万が一のことがあってはならないが、破られた瞬間が全ての終わりだ。一体何の秘策があるというのだ。意味ありげに両手をフリーにしたことや、そしてまだ見ていないこの男の"能力"。考えれば考えるほど、疑心暗鬼になってくる。
取り敢えず、上に乗っている男を叩き落そう。さっきまでと同様に針を発生させ、男へ向けて突き出す――。
その時、僅かだが右手を左の袖口へ動かすのが見えた。下から無数の針が迫りつつある状況で、だ。表情一つ変わっていない。まるで私が"こうする"と分かっていたと言わんばかりに――。
結局私は、手加減をされ、手のひらの上で踊らされていただけだったのか?
……いや!もしこれが全て男の想定内の結果だとしたら――それならば私は"イレギュラー"を起こせばいい!!
自分が放った無数の針よりも――、
男が袖口に手を伸ばすよりも――、
何よりも先に、真上にあった奴の足を引きずり込んだ。
そんなに球の中に入りたいなら、こっちから入れてやる。そしてそのまま血液で溺れ死んでしまえばいい。見栄えは悪いが、そんな綺麗事言ってられない。男にとっては考えられないことだっただろう。ほぼ絶対の防御壁の中に自ら取り込むなど。案の定、目を限界にまで見開き、なすすべなく球体に吸い込まれた。
そして私は男を引きずり落した。
――そう思っていた。
あまりにも一瞬でよく分からなかった。気が付いた時には男が"私の下に居た"のだ。引っ張る為に男の足を掴んだ瞬間、勢いよく上に持ち上げられた。持ち上げられたというよりも、まるで引き上げられたのだ。文字通り、自らの足を餌に私を水中から釣り上げたのだった。手を離そうとした時には遅く、全身が水上に露出していた。その隙を逃すはずもなく、両手首を抑えられ、地上へ組み伏せられた。背中から落ちたにも関わらず、大きな痛みはない。横に目をやるとバラが茂っている間に落とされたようで、下は柔らかい土だった。仰向けの状態に倒され、お腹の上に男が馬乗りに乗っかっている。あまり体重は掛けていないのか苦しくはない。両手はバンザイをしているみたいに頭の上で押さえつけられたままだ。身動きは完全に封じられてしまっている。
「おっし、やっと捕まえた」
「……やはり私の行動は全て読まれていたのか?」
「いんや?ビビッてまだ心臓バクバクいってるわ」
まさかこの男はここまでの離れ業を瞬時に判断して行動に移したとでもいうのか。私が痛くないような落下地点を含めて。
「おっと、変な気は起こすなよ。勝負ついてるからな」
「勿論だ。ここまでされてしまっては抵抗する気など微塵もない。そもそも戦う前から勝負はついていたようなものだ。殺されても文句の一つも言えやしない」
「あのー……ですからね、俺は話を聞いてほしいだけなんですがね?聞きやがってくれますか?」
「話だと?一体――」
その時、部屋の扉が吹き飛ばされるかの勢いで開けられた。一応、地面から血液を這わせて開かないように能力を使用していたのだが、それごと蹴破られていた。扉の前には女と男が立っている。正確には女が男の後頭部を掴んでいる為、"持ってきた"ような形なのだが。
「ミュゼ!」
「クレイン!?」
「ゼード!」
「ロザ!!」
4人が一斉に声を上げる。もう片方の侵入者から異様な能力を感じていたが、やはりクレインが関係していたのか。……というか、また勝手に入り込んでいたようだ。
扉を開け放ったものの外に居る二人はなかなか部屋の中に入って来ようとしない。クレインはホールドされているから当たり前だが、女の方が動く様子がない。微妙な距離感と謎の間が生じている。
「……ど、どうした?」
男も疑問に思ったようで、おずおずと声を掛ける。
「……こっちが走り回ってた間に、アンタは欲求に走ってたみたいね」
「君!!何勝手にロザに手を出しているんだ!僕のだからな!!」
何のことかと男と顔を見合わせる。……冷静になって今の状態を客観的に見てみよう。寝転がった私を押さえつけるように男が上に乗っかっている。完全に私は身体をよじっても抜け出すことが出来ない。一方、男は私と話すために顔を近付けていたのだ。傍から見て誤解するなと言う方が無理な話である。
男が慌てて飛び上がるように立ち上がった。対して女は、ゆっくり一歩ずつ部屋に入ってくる。思わず掴んでいた手を離したようで、クレインも走ってくる。
「待て!違うって!!こうなったのはたまたま――」
「偶然押し倒したっていうの?」
「ロザぁぁぁああ!!」
「…………」
「そんなにキスしたいなら天井とキスでもしてなさい!!」
「近寄らないで!!」
女性陣がそれぞれの思いを籠めて足を振り上げる。蹴り上げたのはほぼ同時で、二つの高速ロケットが屋根に突き刺さった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
結局、ピース依頼事務所の二人――ゼードとミュゼはギルドから調査を依頼されただけらしかった。つまりそもそも私を殺す、なんてことをするつもりはなかったらしい。勝手に私が思い込みで迎撃を行っていただけだった。情けない話で、本当に申し訳ないことをしたと思っている。にもかかわらず、ギルドには手を出すなと伝えてくれるらしい。それでも討伐にくるおそれがあるからと、二人は"魔界"と呼ばれる場所に繋がるワープホールを設置して帰っていった。食料調達や危険が及んだら利用しろ、とのことだ。
「凄いね。どうなってるんだろう?これも魔法かな?」
気付くとクレインが気絶から復活し、ワープホールを覗き込んでいる。
「起きたのか。詳しくは分からないが"魔界"に繋がっているらしい」
「魔界!?大丈夫なの?」
「手を回しておくとは言っていたが、どうだろうな」
「……何者なんだろうね、あの二人」
「少なくとも一般人ではないな。……お前ももうそろそろ帰れ。迷って行き倒れてももう知らないからな」
後に分かったことだが、クレインの家はここから40分ほど歩いた場所にあるらしい。遠いといえば遠いが、迷って死にそうになるなどあり得ない距離だ。この男は方向音痴だとかそんなレベルじゃ表せないくらいにダメなのだろう。
「えぇ!?泊めてくれないの?」
「……帰って?」
「……はい」
私が笑顔で優しくお願いしたら、クレインも分かってくれたみたいで素直に言うことを聞いてくれた。とは言っても、やはり名残惜しそうに帰り支度をしている。
「僕が居ない間に危ないことが起きたら呼んでね!?すぐさま駆けつけるから!」
「……呼んだところでどうにもならないだろう」
「いいから!絶対だよ!!」
「分かった。分かったからさっさと帰ってくれ」
了承しないと意地でも帰らなそうだったので、私が折れてあげた。一番危ないのは何よりもクレインだというのは黙っておいてやる。そしてしっかりとエントランスまで出て見送る。帰ったと見せかけて違う部屋に隠れていた、なんてのは洒落にならない。家が大きいとこういう弊害もあるのだと改めて実感する。ストーカーさえ居なければ懸念する必要もないのだが。確実に出ていくのを確認すると、私は大きく伸びをした。今日一日、動き過ぎた。普段、日常生活でちょっと快適に過ごすためにしか能力を使わない。それが倍以上使ったどころか、戦闘までしていたのだった。精神は勿論、肉体的にも疲弊していた。今日はぐっすりと眠らせてほしい。本当に今夜ばかりはクレインにも邪魔されずに――。
「ロザ!!」
「ふあああああああああああああ!!」
「ちょっと!!?落ち着いてって!止めて、それで殴られたら僕でも死ぬって!!」
「……本当に今日は勘弁してくれないか?」
「あー疲れ切っている君も可愛いよ!!……ごめんごめん!その持ち上げた銅像下ろして!」
「……用件はなんなんだ、一体?」
「そうだった!例のギルドが動き出しているみたいなんだ!真っ直ぐこっちに向かってる!」
「何だと!?」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりでございます。
碓氷 修夜です。
今回は番外編になります。と言っても殆ど本編ですが。まずはタイトルから。『Blood of the different dimensional world.』、直訳すると"異世界の血"です。……のはずです。お恥ずかしいことに私は英語と国語が苦手でして、英語に関しては中学校2年生あたりで絶縁を決め込んだレベルなのでございます。今回も翻訳サイトを利用しているので、もしかしたら文脈など滅茶苦茶かもしれません。お得意の方、もしこれからもてきとうなことを書いていたら、気兼ねなく私に中学生からやり直せと罵声を浴びせてやってくださいませ。あ、そうでなくとも感想などは随時募集していますので、よろしければお願いします。オリジナルの作品なので、書きながらずっと伝わっているか不安なのです。
あ、今作についてですね。今作は番外編ということもありまして、1話丸々ずっとロザからの視点で描いております。case:06の補てんと前回書けなかったロザとゼードの戦闘ですね。まぁ、これと言って特筆することはないのですが、戦闘シーンがある程度、皆様の中でイメージが浮かんでいて下されば嬉しい限りでございます。それと、ロザとクレインの関係性もどんな感じか分かっていただけていればなと思う所存です。
さて、今後なのですが、ちょっとどうしようか悩んでいます。大体、2年目はこういう話やって、3年目はこんな感じにするという構想はしているのですが、1年目に書きたい話が次回と冬の話の2つしか残っておりません。ですので、感想などいただけるだけで冥利に尽きる思いなのですが、こんな話、このキャラメインで書いてほしいなどもありましたら是非お願いしたいな、というおこがましい申し出でございました。
次回も戦闘シーン多めで、ちょっと主人公たち二人の過去について触れていくつもりです。
では、改めまして。
ここまでお読みいただきありがとうございました。