勇者と魔娘の3年間   作:碓氷 修夜

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☆登場人物
ゼード…ピース依頼事務所の所長。過去に勇者として魔王を倒した経験あり。

ミュゼ…魔族の娘。今はピース依頼事務所に住み込みで働いている。

ロザ…エノスの古城に住む女性。手が二回り程大きく、赤く鋭く尖っている。バラが大好き。

クレイン…魔法が効かない特殊体質の男性。ロザにしつこく付き纏っている。方向音痴で変態。


町長…白い三角巾に緑の服がトレードマークの女性。先代の町長である父の後を継ごうと必死。

クランガン…魔術師のような格好をした商人。ナイフや情報を仕入れたりする際にお世話になる。

ヒュンヘンバルツ…ギルド『ヒロイスト』のリーダー。勇者でもあり、モンスター討伐専門に活動している。


case:07   退けない理由

夜の景観というのは、馴染みの町でも一変する。鮮明に見えていたものは影を増し、あれだけ往来を闊歩していた多くの人は姿を消す。……まぁ、昼でもここにはあまり人を見かけないが。俺は口の中にいまだ残っているコーヒーの苦みを微かに感じながら、街外れの廃墟に足を運んでいた。廃墟というだけあって、薄気味悪く、正直日が昇っている間にもあまり訪れたくはない。けれども、来なければならない理由があるので仕方がない。

 

「おや?こんな時間に珍しいですね」

 

商人のクランガンはこんな時間にもかかわらず、出店を構えていた。週に二、三日ほど出没しているが、特に決まっているわけではないらしい。こいつは各地を転々として商売をしているらしく、感情の赴くままに次の目的地を選んでいると以前話していた。……とはいえ、"物"を売る片手間に"情報"を売っているのだ。何かしらのパイプがあるのだろう。でなければ、物の商売で成功しているとは思えないこいつの活動資金はどこから出ているのかという問題になる。少なくとも、俺もその資金源の一つであることは確かだが。

 

「まぁな」

 

「旦那のことだから夜は来ないと思ってたっすよ」

 

「……どういう意味だよ」

 

「言葉通りっす。わざわざ出向かれたってことは、何かご用がおありで?」

 

「察しが良くて助かる。ちょっとばかし動向を探ってほしい奴が居るんだ」

 

「例の"化け物"っすか?」

 

クランガンの言葉に一瞬動揺する。ほんの数刻前の仕事(電話での対応は昨日だが)だったからだ。

 

「……相変わらず凄い情報網だな。けど、そっちじゃない。俺が知りたいのはヒロイストの方だ」

 

「おや。そっちでしたか。どうしてっすか?」

 

「あいつは特に誰かに危害加えるってわけじゃなさそうだから、別に監視する必要もねーし」

 

「そうじゃなくてヒロイストを気に掛ける理由っすよ」

 

「なんか嫌な予感がするんだよな。よくわかんねーけど、やらかしそうで。それに当たり前だけど、魔族に手を出されちゃ困るからな。勿論人間にも、な」

 

「了解っす。……嫌な予感ってのは大当たりっすね。これは特別に教えちゃいますが、今夜その化け物の退治に動き出しているみたいっすよ?」

 

「それは抜かり無い。その騒ぎにはうちの暴力馬鹿女を送り込んでるからな」

 

「……ミュゼさん怒るっすよ?」

 

「ミュゼなんて一言も言ってないぞ?」

 

「旦那の事務所、ミュゼさんと二人だけじゃないっすか」

 

「……まぁまぁ。取り敢えず、これ前金な」

 

俺は大きく開いた袖口に手を突っ込み、ごそごそと漁る。

 

「いつかミュゼさんに本当に殺されるっすよ」

 

「洒落になんねーな……。…………おい、お前この後暇か?」

 

「暇、というかここで店開いてるっすけど」

 

「誰か客待ってるのか?」

 

そう聞くと、はんっと鼻で笑う。

 

「わざわざ夜の廃墟に来ると思うっすか?店開くという名目でテント張るんすよ」

 

「……じゃあ、これ渡すから今日は違うとこ泊まれ」

 

俺は袖に入れっぱなしだった腕を戻し、中から顔の大きさくらいの麻袋を引っ張り出す。クランガンは怪訝そうな顔をしながら袋を受け取る。手渡した瞬間、予想外の重さだったようで思わず落としそうになっていた。なんとかぶちまけずに済み、慌ただしく中身を確認している。

 

「は?……って、なんすかこの大金は!?いやいや、ミュゼさんにチクったりしないっすよ!?こういう商売柄、口は堅いっすから!?」

 

「口止め料じゃねーよ!お前は信頼してっから大丈夫だって。……どうやら俺宛てに客が来てるみたいだ」

 

「……客?」

 

俺は何も言わず、どす黒い雲に覆われた夜空を見上げる。その表情から何かを汲み取ってくれたのかクランガンも黙って品物を荷車にしまい始める。一分もしないうちに支度を済ますと、こちらに背を向けたまま一言呟く。

 

「……了解っす。売りに来るんで、"また"今度っすよ?」

 

「…………」

 

 

ガタガタと音を立てて進む荷車を横目で見送る。

そして完全に姿が見えなくなると、相手に聞こえる程度の声量で話し掛ける。

 

「……で、今更何の用だ?"トビ"」

 

独特な笑い声と共に、廃屋の2階から"そいつ"は跳び降りてきた。それほどの高さではないとはいえ、着地した際にかつんとも音が立たない。

 

「どうしていっつもてめーにはバレちまうんですかね?ゼード君よっ?」

 

その男は、真っ黒な髪にネイビーのパーカーを羽織り、ベージュのズボンを穿いていた。つまるところ、ただの普段着である。俺も普段着ではあるが、俺はカジュアル、トビはラフといったイメージを持たせた。顔をあげたその表情はどこか楽しくて仕方がなさそうであった。

 

「話聞いてたか?王宮お抱えのトビさんが、一般市民の俺に何の用かって聞いてんだよ」

 

「飼い主様から直々に命令がありまして。てめーん所のモンスター娘ちゃん、借りて来いっつーことでした。面倒で馬鹿馬鹿しいですが、やらざるを得ないんですよ」

 

丁寧語は使ってはいるものの、その口調の所々に相手を見下したような暴言が入り交えられていて、聞いている側は不快感が否めない。

 

「生憎とこちとら人手不足でね、レンタル出来るような人員は居ねーんだよ。そもそも何されるか分かんねーのにうちの馬鹿力貧乳女、渡す訳ねーだろ」

 

「どうせ断られるだろーと思ってました。俺も無茶苦茶なこと言ってんなー、なんて思いながら聞いてましたから」

 

「じゃあ帰れ。お前に構ってるほど暇じゃねーのよ」

 

するとまた独特な笑い声をあげた。馬鹿にした感じではなく、純粋に可笑しそうに。

 

「出来ねーですね。連れてくんのに方法は問わない、とも言いやがったんですよ。邪魔者は排除しても構わねーとも。ラッキーですね」

 

「……で、一目散に俺んとこにきたっつーことか?」

 

「そりゃそうでしょ!言っちゃえばただの誘拐ですよ、誘拐。つまんねーじゃないですか。だったら折角勇者様ぶっ殺せるならそっちメインにすべきじゃないですか?ちゃーんと後でモンスター娘ちゃんも回収して」

 

「……"元"勇者だ。間違えるな」

 

「そうでした、そうでした。なら"元""元"罪人って言わなきゃいけねーですね」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ロザ!」

 

私が洞窟に飛び込むのとほぼ同時にロザとクレインが城から出てきていた。一瞬ぎょっとして攻撃するそぶりを見せたが、私だと分かったのだろう、すぐに臨戦態勢を解く。

 

「……その声はミュゼか?仮装パーティーでもするのか?」

 

ロザは私の茶色の髪を見て、ジト目になる。ウィッグを外し、地毛の銀髪を露わにする。

 

「変装よ。身元がバレたら面倒でしょ?」

 

「その目もか?」

 

目?と理解出来なかったが、目の色について言及しているのだと悟る。私の黒と金の目玉を。

 

「言ってなかったかしら。私は人間じゃないのよ。魔族なの」

 

「え!?」

 

クレインが驚いて思わず声をあげる。対してロザは分からなそうに首を傾げている。異世界とやらには魔族は居ないのか、それともとても身近な存在なのか。はたまた、ロザ自身が魔族なのか。

 

「でも、何で?」

 

「何でって何が?」

 

「どうして魔族が人間と一緒に居るの!?」

 

「あら、いけない?共に暮らしてたらダメなんて決まりあったかしら?」

 

「無い……けど、君だって――」

 

「別に人間だろうと魔族だろうとどうだっていいでしょ。……だからこそうちの所長も化け物騒ぎにかかわったんじゃないの?」

 

クレインの言葉を遮って自分の考えを述べる。そして、まるでどこぞの誰かのようなセリフみたいだと後悔する。だから勝手にその誰かさんのせいにする。おかげで話の筋が通っていないけれど。

クレインには言いたいことが何となく伝わったようで、じっとこちらを見つめている。

 

 

「取り込み中すまないが、時間が無い。後にしてくれないか」

 

蚊帳の外に居たロザが割って入ってきた。クレインもはっと我に返って急に焦り始める。

 

「そうだった!モンスター退治専門のギルドがこっちに向かっているんだ」

 

「あら。やっぱり来てるのね。報告に行ってからそう時間は経ってないはずだけど」

 

来るだろうとは思っていたけれど、予想よりも遥かに早い。報告の内容うんぬんなんて関係なしに、準備を進めていたに違いない。

 

「お前たちの報告は無駄だったようだな。奴ら、仕掛ける気満々だったみたいじゃないか」

 

「ゼードが信頼されてないからかしらね。仕方ないから怖じ気づいたアイツの代わりに私が助けてあげるわ。アンタには聞きたいこともあるしね」

 

「そうか。普段なら断るだろうが、今は少しでも戦力がほしい。お願いする」

 

「……で、ヒロイストは?」

 

「さっき見た限りだとあと二十分くらいでエノスに着くと思うよ」

 

「……よくそんな遠くまで見えたわね」

 

「双眼鏡持ってるからね」

 

「何で?」

 

自慢げに双眼鏡を見せびらかしていたが、急にしどろもどろになって言い訳をし始めた。

 

「え、えと……ほ、ほら!猟する時とかに使って!決して変なことに使ってた訳じゃ……」

 

「「…………」」

 

「………………」

 

完全に墓穴を掘った。そしてそれに気づいてこれ以上自分の首を絞めないようにゆっくりと口を閉じる。

 

「……もうこいつ出入り禁止にしなさい」

 

「それが出来たらとっくにしてる。能力が効かないせいで出禁には"できん"のだ」

 

「……え、今ダジャレ?」

 

「うん。確実に言ったね」

 

「ち、違っ!?そ、そんなことしている場合じゃないだろう!迎撃する準備をだな……」

 

「可愛いなーやっぱり」

 

「う、うるさい!黙れ!!」

 

「……いちゃつくのは勝手だけれど、時と場所を選んでね」

 

「いちゃついてなどいない!!」

 

「それとロザ、アンタは隠れてなさい」

 

「……お前が追い払ってくれるのか?だとしたらありがたいことこの上ないが、何故だ?」

 

「相手はアンタを捜してるのよ。のこのこと出て行くなんてアホらしいじゃない。私一人で十分だわ」

 

「僕も居るから二人じゃないの?」

 

ロザに見とれていたクレインが口を挟んできた。

 

「……アンタが居たってしょうがないでしょ?戦力にもならないわ」

 

「でも僕だって戦えるし、魔法が効かないんだ。ちょっとは力になれるよ」

 

「あそこのギルドに魔法が使える人は居ないわ。アンタが居たって足手まといなの。……そうね、ロザの傍で盾にでもなってなさい」

 

クレインはちらっとロザを横目で見ると、再び私に向き直る。きっと睨み付けたように目を尖らせて。そして、大声で言い放つ。

 

 

「ありがとう!!ずっと傍でロザを守るよ!!」

 

「チェンジ!!チェンジ!!違う意味で危ないだろう!?せめて一人にしてくれ!」

 

「四の五の言ってる場合じゃないでしょ?それともこいつを無駄死にさせるつもり?」

 

ロザはぐうっと奥歯を噛み締めている。隣ではクレインが捨てられた子犬のように目をうるうるさせてロザをじっと見ている。可愛くない。気持ち悪い。こんな状況下でなければ、引っ叩いているところだ。彼女も同じ気持ちだったのか、いつの間にか握りしめていた拳を下ろす。

 

「……分かった。私たちは家の中で待機しているとしよう」

 

「あー……普通ならそれが最善策なんでしょうけど、今回は近くの高台にでも隠れてて」

 

「それでは丸見えではないか?」

 

「大丈夫。エノス自体に入れさせないから。それに、地面に近いと危ないからね」

 

「よく分からないが、お前に任せるとしよう」

 

「……私から言い出しておいてアレだけど、よくもまあ今日会ったばかりの他人をそこまで信用出来るわね」

 

「そうだな。はっきりこれ、といった理由は無いが、お前は大丈夫だろう」

 

「……どうして?」

 

ロザは疑念などこれっぽっちも感じている様子はなく、自信満々に私に告げた。

 

 

「勘、だ」

 

「へ?」

 

予想外の返答に思わず変な声が出る。

 

「勘と言ってもただの勘じゃない。私の勘はよく当たるからな。ミュゼもゼードも信用に足る気がしてな!おい、どうした?頭を抱えて」

 

ロザはまだマシな人かと思っていたけど、どうやらその考えを改めなければならないらしい。

 

「……もしかしたらアンタらお似合いかもね」

 

「なっ……!?」

 

「でしょ!」

 

「正直、アンタはもっとしっかりしていると思ってたわ。そんな根拠の無い考えで行動する人だったとはね。……でも、そういうの嫌いじゃないわ」

 

「君もロザを狙っているのか!?」

 

「……あのね、誤解を生む発言は控えてくれる?というか話がややこしくなるから大事な時は黙ってて。さあ、いい時間潰しにはなったでしょ。私がアンタの振りをして追っ払ってくるわ」

 

「え、ロザの振りって?」

 

二人が顔を見合わせている。

 

「振り、って言ってもシルエットだけそれっぽくするだけだけどね」

 

そう言って、私は魔法を発動させる。地面から土を持ち上げ、そのまま腕にくっつける。そう、まるでロザの特徴的な手のように。

 

「凄い……そんなことも出来るのか」

 

「土だから色までは変えられないけどね。幸いにも今夜は月も出てなくて真っ暗だから、パッと見じゃ分かんないでしょ?じゃあ、安全な所に居なさい」

 

 

私たちは洞窟を後にする。二人とは途中で別れ、私だけがエンゲの方面へ向かう。想像以上にヒロイストの進行は速かったようで、既に先行隊の明かりが見える。数にしておよそ十五。ヒロイストというギルドの大きさを踏まえると決して多くはない。多分部隊をいくつかに分けているのでしょう。リーダーのヒュンヘンバルツの姿も見えない。別動隊なのか、そもそも来ていないのか。

隊を分散させるのは攻め入る際には鉄則のようなものだけど、攻め込まれる側としては厄介だ。けれども、今回みたいなターゲットが一人の場合ならばそう難しく考えることはない。どれだけ細かく分けたところで、終着点は一つだからだ。だったら、あっさりと姿を見せたほうが手っ取り早い。向こうから勝手に集まってくれるだろうから。それならば、わざわざここで待っている必要もない――。

 

 

「しっかし、ピースには止められたんでしょう?殺した後で問題にならないですかね」

 

「そんときゃあ、化け物の方が先に住民襲ったってことにすりゃあいいんだよ」

 

「でも、もしかしたらピースの連中が待ち構えているかもしれないじゃないですか」

 

「それはないだろうな。向こうだって俺ら勇者たちの相手をして面倒事に巻き込まれたくないはずだ。それに万が一居たとしても、手出しは出来ないはずだ」

 

「考えてもみろ。いくら魔王倒した勇者だからって、今はちっぽけな依頼事務所だぞ。対してこっちは昔からずっと町の為に尽くしてきた有名な大型ギルド。どっちを支持するかなんて聞くまでもないだろうよ」

 

「ですね。変なことは気にせず、ちゃちゃっと終わらせちゃいましょう」

 

「待ってください!あそこに誰か居ます!!」

 

私はすっと崖の上に姿を現した。真正面から堂々と歩いていってもよかったけど、ロザじゃないとバレてしまっては意味がないからだ。

 

「アンタたちね。私を退治しに来たっていうギルドは」

 

「あの手……間違いない、例の化け物です!!」

 

「ちょっと待った。化け物は女だと聞いていたぞ。あれは男じゃないか?」

 

「本当だ。話に聞いていたデカ乳でもないしな」

 

「なら、化け物は二人居たのか!?」

 

 

「…………」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「くっそ……!全然見えやしねぇ!」

 

「のんびり生きながらえてる間に鈍っちやがりましたか?」

 

俺はあらゆる方向から飛んでくる武器を弾くだけで精一杯だ。この黒く尖った武器は"クナイ"というらしい。極東の国の武器らしいが、とにかく軌道が読みづらい。ただ真っ直ぐ飛んでくるものもあれば、途中で方向を変えて飛んでくるのもある。かと思えば、地面に突き刺さっていたものが急に跳ね上がって襲い掛かってきたりもする。どうやら後ろの輪っかのところに目に見えないくらいの細い糸が通してあるらしく、それをトビが操作しているようなのだ。糸の目視は殆ど困難なので、事前に察知することは不可能に近い。しかも戦えば戦うほど、周囲に設置されるクナイの数は自然と増えていき、より身動きが取りづらくなっていた。

そして肝心のトビ自身もこの廃墟で隠れながら攻撃をしてきているから、こっちから攻めることも難しい。

 

「おい、トビ。ミュゼを連れてくる目的は何だ?」

 

動きっぱなしで、早い呼吸のまま話し掛ける。会話をしながら休憩をするためだ。勿論、それを悟られないように配慮をする。絶え間ない猛攻が止まり、トビが声を飛ばしてくる。それでも姿はこちらに見せてはこない。声で場所の特定でも出来ればなんて甘い考えもあったが、変に反響しているせいで全く分からない。

 

「俺が知るわけねーじゃないですか。あの人は普段から何考えてやがんだか分かんないんですよ。どうせ、よからぬことにはちげーねーでしょうけど」

 

「何で今なんだ?さらうのなら魔王倒してすぐでもよかったんじゃないか」

 

「だから俺に聞かれても分かんねーですよ。直接聞きに来りゃいいんじゃねーですか?」

 

「……あんま、あいつには会いたくねぇんだよ」

 

「それには同意せざるを得ないですね」

 

「お前自身はどうしてだと思う?」

 

「興味ねーですね。俺はただ言われたからやってるだけですよ?どうして、とかそんなん考えねーですよ」

 

「お前はずっとそうだよな。魔王討伐の時も」

 

「そうですね。命令があったんで」

 

「お前自身の意思ってのはねーのか?」

 

「……さあ。どーでしょうね。そろそろ休憩はいいですか?」

 

「……ちっ。お見通しってわけだ」

 

「何だかんだ付き合い長げーですから。近くで何度もてめーの戦い見てたらそりゃー分かりますよ」

 

俺がもう一度会話を続けようと口を僅かに開いた瞬間、足元に刺さっていたクナイが太ももに向かって跳ねてきた。どうやら本当に休憩はおしまいのようだ。後ろに大きく跳んでかわすと、それすらも予測されていたようで真上からまた三本降ってくる。両手に持っているナイフで弾いて凌いだが、追いつめられるのも時間の問題である。かわしても弾いても、また違うところから攻撃が飛んでくる。

 

「こんな弱かったですっけ?」

 

「お前が強すぎんだよ……」

 

「…………」

 

断続的な攻撃がぴたりと止む。しかし、息つく暇もなく次のアクションを起こしてきた。さっきまで影すらも見つけられなかったトビが、急に近くの瓦礫から飛び出してきたのだ。人間とは思えないスピードで十メートルほどの距離を瞬間的に縮めてくる。

しかし、これは絶好のチャンスだ。いや、むしろここしか狙い目がない。あのまま姿を見せずに長期戦をされていたら、勝ち目などゼロに等しかっただろう。この一瞬で決めなくてはならない。

 

俺は咄嗟に懐にしまっていた短剣へ手を伸ばした――。

 

 

「ゼード君よっ?てめーっていつも"その短剣で片を付ける"んですね」

 

しまった、と思った時には手遅れだった。俺はまんまと真っ向勝負に持ち込まれていたのだ。今更回避行動へ移るには遅すぎる。正直、正々堂々と対峙する戦法は得意ではない。腕力、つまりパワーを持ち合わせていないからだ。そういった役割は普段ミュゼに任せているほどだ。だからこそ、力比べなんて状況にならないように立ち振る舞っている。

しかしこうなってしまった以上、腹を据えるしかない。短剣を握り締めると、踏ん張りやすいように片足を半歩後ろに下げる。それでも構わずにトビは突っ込んでくる。両手には何本もののクナイが握られている。

 

あと三メートルくらいというところで異変に気付く。トビの口が僅かに動いていた。もごもごと何かを食べているのとは違う。何かぼそぼそと独り言をしゃべっているのか。

そう思っていると、目の前が突然明るくなる。熱さも感じる。全部があまりにも唐突で脳の回転が追い付いていない。理解したくなかったのかもしれない。

トビと俺の間に"巨大な火の玉"が現れていたからだ。さっきトビが呟いていたのは魔法を使うための呪文を唱えていたからだった。ミュゼ然り身近な魔族も呪文など必要とせずに魔法を使っている。だからこそ行為自体は知っていたが、瞬時には判断出来なかった。いや、もし判断出来ていたとしても、ほぼゼロ距離で放たれているのだ。どうしようもない。

 

 

――けれども、こんなところで諦めるわけにはいかない。

魔王を倒しに行く時だって心の何処かでは不可能じゃないかなんて思っていた。でも、やれた。だったらやってみなければ分からないじゃないか。

 

やってみる。

 

この魔法の火の玉を"物理的に切り裂く"――!!

 

 

「――――――――――――!!!」

 

声にならない雄たけびをあげる。身体中が削られるかのように痛む。皮膚の表面が焼かれているのかひりひりする。すぐにでも諦めて楽になりたい。

 

 

『ボクはね、平和な世界を創りたいんだ。人間も魔族も、みんな一緒に。だから勇者がそれを引き継いでくれないか?……なんてのはただの建前。本当はただ――』

 

 

「……あのクソ野郎め。諦めきれねぇよな」

 

短剣を右から左へ薙ぎ払う。斬ったという感覚はない。それでも火の玉は上下に引き裂かれ、渦巻くように消滅した。やってやった。

 

思わず微笑んでいた俺は顔を上げて愕然とする。確かに火の玉は消えた。

しかし、拓けた視界には黒光りの鋭い切っ先が無数にこちらを向いていた――――。

 

 

「お見事です。魔法を斬るなんてぶっとんだことてめーぐらいでしょうよ。……って、聞こえてないですか?もうくたばっちまいました?」

 

「……あ…………ぅ……」

 

「生きてやがりましたか。しぶてーですね」

 

目と鼻の先にはトビが立っていることが微かに見える。手を伸ばせば触れることも出来る。しかし、指先一つ動かすこともままならない。とても寒く感じるのは夜風のせいなのか、倒れこんでいる地面に熱を奪われているのか、はたまた別の理由なのか。

 

「……急所を咄嗟に腕で庇いましたか。胸と頭だけ傷少ねーですね。虫の息って感じですけど」

 

足で俺の腹を小突きながら話し掛ける。もはや痛みも感じない。

 

「こんなもんですか、勇者の実力ってのは。拍子抜けですね。……てめーとはここでさよならしましょうかね」

 

上の方で金属音がする。クナイでも構えたのだろうか。顔を動かせないので確認も出来ない。

そして、トビが俺の傍にしゃがみ込む――。

 

 

「皆さん、こっちです!!不審者たちが喧嘩しています!!」

 

突如として廃墟に聞き覚えのある女の人の声が響き渡る。その声を聞いてトビが気だるそうに立ち上がる。

 

「立場上、一般人に見られるわけにはいかねーんですよね……。まっ、いいか!今回は殺さないでおいといてやりますよ。今度会う時までに強くなってて俺を愉しませてくださいね!」

 

そう言うと踵を返して歩き始めた。

 

「……お前……ミュゼのとこに行くのか……?」

 

「おー。まだしゃべる余裕があったんですね」

 

余裕なんてない。力を振り絞って声を出しているだけだ。こいつだってそれは見れば分かるだろう。

 

「安心してください。興が冷めちまったんでこのまま家に帰ります。言ってなかったでしたっけ?モンスター娘ちゃんさらうのは期限決まってねーんですよ。今のところは、ですけどね。俺、やるべきことはやらねーで、やらなきゃいけねーことは渋々やる派なんでまだ猶予はありますよ。良かったですね。それまでにせいぜい足掻くといいですよ」

 

全部を言い終わらないうちに、トビの姿は夜の闇に消えていった。同時に俺の視界も闇に包まれる。そして意識を失った――。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「凄いね……まるで異変が起きているみたいだ」

 

「ああ……。私などでは到底敵うはずもなかったな」

 

私たちはミュゼの言いつけ通りにエンゲから一番離れた高台に登った。今はなるべく見えないようにうつ伏せになって"向こう"を眺めている。ミュゼたちが交戦している場所を。距離はかなりあるが、それでもピンポイントで彼女の現在地が分かる。

 

エノスの硬い地面ではあり得るはずがない砂嵐が彼女を中心に巻き起こっていたからだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

正直少しやりすぎたな、と反省している。男扱いされたことに思わずかっとなってしまったからだ。下手をしたら地図を書き換えてもらわなくてはならないかもしれない。文字通り、地形を変化させていたからだ。でも、このくらい大袈裟にやった方が追っ払うという名目ではちょうどいいかもしれない。

 

「くそっ!!無線が通じねぇ!」

 

「ぎゃああああ!!?」

 

「どうした!?……ちっ。砂で前が見えん!」

 

まとめて倒すのは容易だけど、後始末を考えると一人ずつ倒していく方がいい。倒した後、そのまま放置って流れならそれでもよかったんだけど、そうもいかないから半分くらいは仲間を持ち帰ってくれるくらい元気なのも残しておかなければならない。それにまとめてやると加減が掴めずに殺してまうかもしれない。そうなった暁には、ロザがどうこうという問題では収まらず、人間対魔族という魔王君臨時代に逆戻りしてしまう。それだけはやってはいけない。……でも、人間が脆すぎるのもいけないなんて愚痴も溢してみる。

 

ヒロイストの面々は伊達にモンスター退治をやってきてはいなかったようで、しっかりと統制がとれていた。部隊内のバランスも良く、近距離型、遠距離型の武器持ち、後方支援を徹底している人がうまい具合に配分されている。高を括っているわけじゃないけど、近距離型の武器を持っている人には負けるはずはない。単純な身体能力では魔族の私が圧倒していて、相手は魔法も使えない。いくら戦闘慣れしていると言っても、まず負ける要素が見当たらない。後方支援に至っては、相手をするまでもないでしょう。この人たちに気絶した人を連れて帰ってもらいましょうか。厄介なのは遠距離型。私はゼードみたく、攻撃が察知出来るわけじゃないから反応が遅れやすい。魔力を放出して居場所は分かっても、いつ攻撃してくるのか分からない。そういった意味でも、この砂嵐は強力だ。視界を奪うだけではなく、飛来する武器では狙いが定められない。

 

 

バン!

嵐の音に包まれていた周囲に一つの銃声が響く。同時に私の左手に鈍い痛みが走る。見なくても銃弾が命中したのだと分かる。ロザのマネとして土で腕を覆っていなければ大怪我をしていたでしょう。ポロポロと私の腕から土が剥がれ落ちる。

 

「やっぱこの風じゃちゃんと当たんないか。なぁ?化け物の振りをした化け物さんよ」

 

「あら、当てただけ凄いわよ。流石ヒロイストのリーダーさんね」

 

「お?いやぁ、嬉しいねぇ。俺もそんなに有名人か」

 

砂嵐をもろともせずにヒュンヘンバルツが頭を掻きながら歩いてくる。もう片方の腕はバレルの長い銃を抱えている。あれはアサルトライフルだろうか。

 

「ええ。有名すぎてブラックリスト入りだわ。それで、何か用?戦うにしては随分と近くまで来てくれてるじゃない」

 

私は銃にはあまり詳しくない。そんな素人であっても分かるくらいにこいつは接近していた。

 

「ちょっとばかり聞きたいことがある。てめぇみたいな実力のあるモンスターがどうしてこんなところに居る?」

 

「あら。高い評価ね。おだてても何も出ないわよ」

 

「はぐらかさないでくれよ。俺も腐っても勇者だからな、敵の強さはある程度把握出来る。てめぇはそこらへんで群れている雑魚とは比べ物にならないだろうよ。もしかしたら魔王にも匹敵するかもしれないな」

 

「大袈裟じゃない?私はただ、アンタの狙っている子に頼まれて虫を追っ払っているだけよ」

 

「そっちにとって大事な何かなのか?」

 

「そうね……大事な"友達"かしらね。私としてはあまり事を大きくしたくないの。黙って手を引いてくれないかしら」

 

「ここまで仲間をボコボコにしておいてか?」

 

「命までは奪ってないわ。ちゃんと加減はしたつもりよ」

 

「……分かった。今回は引き下がるとしよう」

 

「妙に素直ね。こちらとしてはありがたいけれど」

 

「俺だって自分がかわいいからな。無謀なことはしたくない。……でも、俺にだってプライドがある。一度引き受けた仕事だ、こなさないと気が済まない。いずれてめぇらを退治してやるからな。もう一匹の化け物にも伝えといてくれ」

 

「…………」

 

「行くぞ、てめぇら!」

 

私は砂嵐を止め、引き返していくヒロイストの構成員たちの背中を見ていた。目的は達成した。代わりに変な奴に目をつけられてしまったけど。でも、想像以上に愚かではないみたい。暫くは向こうから攻め入ってくることもないでしょう。

 

私は今後のことを考えてため息を吐く。しかし、このまま突っ立っていても仕方がない。私はロザたちの元へ来た道を戻ることにした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

目を覚ますと、見慣れない部屋のベッドの上に居た。思わず上半身を起こそうとして後悔する。動かした瞬間、身体中が激痛に襲われた。よく見ると全身に包帯が巻いてある。傷の手当も済んでいるようだった。訳が分からないものの、動けそうにないのでじっとしていると一人の女が部屋に入ってきた。町長だ。

 

「よかった!気が付いたんですね!」

 

俺の姿を見ると駆け寄ってきて、ベッドの傍に置いてある椅子に腰かけた。

 

「……ここは?」

 

「病院です。覚えてませんか?」

 

「うっすらと、な。多分、町長が人呼んでくれてなかったら死んでただろうな」

 

「あ……実はあの時は私以外誰も居なかったんです」

 

「え?ってことは、皆さんとかって言ってたのは嘘?」

 

「はい……」

 

「町長も意外と大胆なところあるよな。あのままトビがそっち向かってたらお前も殺されてたかもしれないんだぞ。……まぁ、助けてもらった手前文句は言えんけど。ってかまた覗き見してたのか?」

 

「の、覗き見なんて人聞きの悪いこと言わないでください!王都からの帰りに偶然見てしまっただけで……」

 

「全然気づかなかったけどな」

 

「私、存在感が薄いみたいで……見てはいけないような場面に遭遇してしまうことが何回かあるんです」

 

それは存在感の問題とかではなく、一種の才能ではないか。もしかしたら偶然人の弱みを握るのが上手いのかもしれない。クランガンに情報提供して生計を立てられるのではないだろうか。

そんな変なことを考えていると町長がそわそわしているのが見えた。

 

「トイレ行ってきていいよ?」

 

「違います!!……えっと、本当はダメなんでしょうけど聞いてもいいですか?」

 

「ん、なに?」

 

「所長さんが"元"罪人ってどういうことですか?」

 

その言葉に思わず跳ね起きそうになったが、動けないので痛みでうめき声をあげるだけになった。町長も慌てて何とかしようとしてくれているが、どうしようもなくあわあわと焦っている。

 

「ちょっちタンマ。……えっと、どこから見てた?」

 

「時々あそこにお店を出している商人さんが居なくなったあたりからです」

 

「随分最初の方だね!?全く気が付かなかったわ……」

 

「存在感が無いみたいなので……」

 

「……なら隠しても仕方ないか。町長は魔王討伐時代詳しいか?」

 

「一応、一般的な知識は持っていますけど……」

 

「あの時代はとにかく誰でもいいから勇者にして魔王城に送り込んでいただろ。最初のうちは腕の立つ奴とかだったけど、全然歯が立たなかった。後半は見境なしに一般人とかを無理矢理勇者にしてさ。あと……"罪人"とか」

 

「あ……」

 

「そう。その罪人出身の勇者の一人が俺。……そんな怖がんないでくれよ。言っとくけど、誰か殺したとかそんな物騒なことはしてねーよ?」

 

「じゃあ、何で……」

 

「……まぁ、そういう暗い話はいいさ。とにかく罪人だった俺は勇者に昇格して、魔王を倒しました。そしてその特権を生かして王様に一般人にしてくれって言って、悠々自適に暮らしていましたとさ。めでたしめでたし」

 

細かいことを話すつもりはなかったので、あっさりと終わらせる。

 

「だったらどうしてトビさんに命を狙われなくちゃいけないんですか。あんなに危険なのに王国の人なんでしょう!?」

 

「結構細かく聞いてたのな……。罪人を勇者にするっつっても、元々は牢屋ん中に居た連中だ。魔王を倒せとは言われたけど、それがいきなり釈放されるようなもんだ。普通だったら寄り道どころか、そのままどっかに逃げちまうだろ?それを監視していたのが、トビみたいな王宮お抱えの秘密部隊だ。変なことしたら、すぐに対処出来るように、ってな」

 

「そんな……」

 

「ってか、俺より全然強いんだから最初からそっち送っとけって話だよな。だったらもっと早く解決してただろーに」

 

「ミュゼさんは大丈夫なんですか?」

 

「トビはまださらうつもり無ぇって言ってたし、今のところは大丈夫だろ。……けど、うかうかはしてられねぇな」

 

「私、伝えてきましょうか?もしかしたら――」

 

町長が言い終わらないうちに腰を浮かす。

 

「あー、いいって。今事務所に居ないし。それにあいつもトビのこと知ってるからな」

 

「……そう言えばミュゼさんとはどこで知り合ったんですか?途中で助けてそのまま一緒に旅をしていたとか?」

 

「残念ながらそんな燃える展開はなかったよ。それにあいつと知り合ったのは途中なんかじゃなかったな。むしろ終盤だった」

 

「それって……」

 

俺は町長のことをじっと見つめて問いかける。

 

 

「聞いた後もミュゼと変わらずに接してくれるか?」

 

町長は一瞬大きく目を見開いた。しかし、すぐに真剣な眼差しで俺を見返してきた。

 

「もちろんです!」

 

俺はその言葉を聞いて大きく息を吸う。そして一呼吸おいてから、次の言葉を紡ぎ始めた。

 

 

 

「ミュゼは魔王の"娘"だったんだ」

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。

初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりでございます。
碓氷 修夜です。

7話です。今回はちょろちょろっとゼードたちの過去が明らかになりました。そしてトビが登場したことで、やっと大きく話が動いていくことになると思います。主人公二人の過去を知るキーパーソンでもあります。同時にロザたちの問題も一旦解決しました。こっちサイドがこれからどう動いていくのかも見ものです。

次回は最近戦闘ばかりだったので、日常の話に戻ります。もしかしたら番外編が先かもしれません。GW中にまた投稿できれば、と考えています。

それでは改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。
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