勇者と魔娘の3年間   作:碓氷 修夜

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※今回はcase:07とcase:08の間の物語です。ネタバレやそれまでの物語を踏まえた内容が出てくるおそれが御座いますので、case:07をお読みいただいた後にご覧いただくことをオススメします。

☆登場人物
ロザ…エノスの古城に住む女性。手が二回り程大きく、赤く鋭く尖っている。バラが大好き。

クレイン…魔法が効かない特殊体質の男性。ロザにしつこく付き纏っている。方向音痴で変態。


ミュゼ…魔王の娘。今はピース依頼事務所に住み込みで働いている。先代魔王の娘?

ゼード…ピース依頼事務所の所長。過去に勇者として魔王を倒した経験あり。勇者の前は罪人?


ハインツ…元魔王の側近。白い肌にしゃがれた声。かなり年老いているが実年齢は不明。


case:07.5  Past and present.

「ロザー?居るー?」

 

「あぁ、ミュゼか。どうしたんだ、こんな朝早くから?」

 

「今朝はここでのんびりアンタと話がしたいと思ったのよ。お邪魔だったかしら?」

 

「そんなことはないが……わざわざここまで来たのか?」

 

「えぇ。と言っても、午後から依頼が入っているから暇潰しも兼ねているのだけれど」

 

「そうか。なら立ち話はなんだ、あがってくれ」

 

「遠慮なくあがらせてもらうわよ」

 

「あ、ミュゼ!ちょうどこれから朝食なんだ、一緒に食べてくかい?」

 

「遠慮なくいただくわ!あ、これ茶葉持ってきたから蒸らしておいて」

 

「おっ!おしゃれだね。ちょっと待ってて――」

 

「私が淹れる。クレイン、貸してくれ」

 

「ありがとう。任せるよ」

 

 

「ところで……」

 

「うん?」

 

「何でまた……お前はごく自然と私の家に忍び込んでんだ、あぁ!?」

 

「ごばぁ!!?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

7月上旬。外界は日差しが強くなってきて暖かくなりつつあるようだ。訪ねてきたミュゼも涼しさを思わせる白いワンピースを着ていた。褐色の肌に白色が映えて健康的に見える。誤解のないように補足しておくと、ミュゼの褐色肌は陽に焼かれたわけではなく元々だが。私もきっと小一時間外に居るだけで真っ黒に焼けてしまうだろう。……まぁ、ずっと家の中に居る私には関係ないが。洞窟から外を眺めても、エノスは土が固すぎて草木が育たないから景色も変わらない。それでも地面が熱せられて揺れる陽炎から、相当の暑さなのはなんとなく分かる。しかし洞窟内は意外と涼しく、その中にある家も例外ではなかった。

 

その涼しさを求めてなのか、ギルド来襲の一件以来ミュゼはちょくちょく家を訪れては一息ついていくようになっていた。私自身も外出できず時間を持て余していたから、ちょうどいい話し相手ができて文句は全くない。

手に持ったカップから立ち上る湯気越しにミュゼを見ると、目を瞑りながら紅茶の香りを満喫していた。

 

「まったく、お手伝いさんが居るだけいいじゃないの。料理とかも作っておいてくれてるんでしょ?」

 

「そうは言うがな……何か変なものが入れられてないかビクビクしながら食事したって、味わう余裕なんてないぞ?」

 

私は天井に突き刺さったままのクレインを見上げながら答えた。自分でやっておいて言うのもおかしいが、後で修理をすることを考えると非常に億劫だ。私は頬杖を突きながらため息を吐く。対して、向かいに居るミュゼは優雅に紅茶を啜っている。

 

「何だかんだ、出されたのはちゃんと食べてるのね」

 

「そりゃあな……。いくらクレインが作ったものと言えど、食べ物を無駄には出来ないからな」

 

「アンタも大概、律儀よね……」

 

「まぁ、実際は食料が大分減ってきていてな。クレインは持ち込んだ食材で勝手に作っているから、そういった意味では助かっているんだがな」

 

「あら、魔界行ってないの?ワープホール使えば一瞬よ」

 

「……その魔界とやらは大丈夫なのか?クレインが危険だと騒いでいたのだが……」

 

「ええ、向こうにも事情は話してあるわ。ハインツっていうボケ老人が居るから、そいつにいろいろ頼みなさい」

 

「それにこの世界の貨幣など持っていないぞ?」

 

「安心しなさい。着いた先は私の家のようなものだから、お金なんて要らないわよ」

 

「家?」

 

私はその言葉の意味が一瞬分からなかったが、ふとこの前の会話を思い出す。確かミュゼはモンスター――魔族なのだ。だから魔界出身なのは当たり前か。

 

「家というか、城だけどね――って、ここに住んでるアンタじゃ驚かないわよね」

 

ミュゼがあたりを見回しながら答える。生まれながらにこの"家"で育ってきたからそんな実感はないのだが、他人から見るとここは"城"のようだと例えられる。

 

「……例の"魔王城"というやつか?」

 

「そうよ。……今は魔王が不在だからその呼び方が正しいかどうかは分からないけどね」

 

「それが家ということは、ひょっとしてミュゼはかなり高貴の出なのではないか?」

 

「うーん……。別に何かの役職に就いていたわけじゃないけどね。たまたま生まれが"そこ"だっただけよ」

 

「それならば、これからミュゼにはきちんと敬意を払って接した方がいいか?」

 

「……勘弁してちょうだい」

 

「ふっ……冗談だ」

 

ミュゼはジト目になりながら、カップに残っていた紅茶を飲み干す。私は紅茶のポットを持ち上げてゼスチャーをすると、ミュゼも黙ってこちらにカップを差し出してくる。

 

「まぁ、とにかく必要なものがあればあっちでなんとか出来るから」

 

「いろいろとすまないな」

 

「構わないわよ。それに私は話をつけただけで何もしてないしね。……むしろ助けが欲しいのはこっちの方なんだけどね」

 

「何か困り事でもあるのか?」

 

「ええ……。短期で家事お手伝いをしてくれるメイドでも雇いたいわ……」

 

「ん?あぁ……。ゼードが入院しているから今、事務所はミュゼ一人しか居ないんだったか」

 

「一昨日退院させたけどね」

 

ミュゼにギルドから守ってもらった夜、ゼードは何者かに襲われて大怪我を負ったらしい。全身を刃物で突き刺され、病院に運ばれていたそうだ。それほどの傷であったが、命には別状はなかったのだという。しかし、ゼードは私では太刀打ち出来ないほど強かったはずだ。相手も余程の手練れだったのだろう。

私は空のカップに紅茶を注ぎ、会話を続けながらミュゼに手渡す。

 

「もう動けるのか?」

 

「いや全然?」

 

「……じゃあ何故退院させたんだ?」

 

「あいつに家事させようと思ったのよ」

 

「お前……怪我人にも容赦ないな」

 

「でもまだ一人でベッドからも立ち上がれなかったのよ」

 

「それなのによく頼もうとしたな!?」

 

「……仕方ないでしょ。私、料理とかできないし……」

 

「今までゼードに任せっきりだったのか?というか、入院していた間はどうしていたんだ?」

 

「ずっと出前とか買ったものだったわね。けど、もったいないから自分で作れって」

 

「料理は覚えておいて損することはないぞ?」

 

「今までそんな機会なかったからね……。それでも頑張ってレシピ通りに作ったのよ!?」

 

「おお。作れたのか」

 

「でもね――――」

 

 

「……出来たわよ」

 

「おおー!やればできんじゃん!なに、チャーハン?」

 

「ええ……さ、どうぞ」

 

「あーん」

 

「は?」

 

「いや、だから食べさせてくれ」

 

「何で?」

 

「何でじゃねーだろ。お前この包帯グルグルの腕見えねーのか。スプーン握れるわけないじゃんか?」

 

「甘えないでよ」

 

「ボロ雑巾みたいな状態の怪我人を無理矢理連れて帰って来た挙句、家事しろって言い放った奴にもその言葉いってやれ?」

 

「……分かったわよ」

 

「お前、こんくらいはマシだろ。俺がどんだけトイレでズボン脱ぐの苦労してると思ってんだ。何度助けを求めようとしたか」

 

「セクハラで訴えるわよ?」

 

「その前にパワハラで訴えるからな?」

 

「……ほら、口開けなさい」

 

「あーん」

 

「……どうよ?」

 

「…………」

 

「な、何か言いなさいよ!」

 

「うーん……味がちょっと薄いな」

 

「……は?」

 

「あと飯がベタベタしすぎかなー。火力もうちょっと強かった方がよかったかもな。具もでかいし」

 

「………………」

 

「60点くらいだな。ま、初めてにしては頑張ったんじゃん?……おい、待て!?俺怪我人だぞ、動けないからかわせないぞ!?落ち着け!その振りかぶったスプーンを置こう!ちょっまっ――」

 

 

「どれだけ私が大変な思いしながら作ったと思ってるのよ!別に不味いわけじゃないのに、文句垂れすぎじゃない?ねぇ!?」

 

「それはゼードが悪い」

 

ミュゼは絆創膏だらけの手を見せびらかしながら叫ぶ。わずかながらにちょっと涙目になっている。

 

「普段から作ってる人が満足できるようなものを初心者が作れるわけないでしょ!そりゃ比べたら圧倒的な差でしょうけど!」

 

「やはり男は女心というものを全く理解していない。くだらないプライドを優しさに割り振っていれば、どれだけ世界が平和になることやら」

 

「馬鹿にされるくらいなら料理なんて作らなければよかったわ」

 

「いや……それは将来的にも学んでおいたほうがいいだろう?」

 

「いいのよ。どうせ他の人に頼むから。もうクレインでもいいから、ゼードが動けるようになるまでご飯作りにきてくれないかしら?」

 

「自分捨てすぎじゃないか?何入れられるか分かったもんじゃないぞ?」

 

「でも今までは大丈夫だったんでしょ?」

 

「それは、まぁ……」

 

両手をテーブルに突いてぐいっと身体を乗り出してきた。

 

「ねぇ、ちょっとだけ貸してしてくれない?」

 

「……私があいつの所有者みたいに言わないでくれ。それに叶うなら、貸すどころかいくらでもくれてやる」

 

 

「悪いけど、僕は好きな相手にしか作らないよ」

 

唐突に聞こえてきた声の方向に視線をやると、クレインが立っていた。いつの間に天井を抜け出したのだろうか。

 

「でも、ロザに頼まれたことは断れないからね。言われれば、たとえ火の中、水の中にだって行くよ」

 

「分かった。今すぐ私の家から出て行ってくれ」

 

「それは出来ないよ」

 

「早速矛盾してるじゃないか!?」

 

「出ていったら誰が君の身の安全を守ってあげられるんだい?」

 

「少なくともお前じゃないな!むしろ、一番私を危険にさらしているからな?ミュゼ!クレインを持って行ってくれ!いつまででもいいから!!」

 

迫ってきたクレインを押さえつけ、堪らずに向かいで呑気にトーストを頬張っているミュゼに助けを求める。すぐには何も答えずに――口いっぱいだから答えられないのか、咀嚼を繰り返し、ごくんと飲み込む。それから紅茶をちょびっと啜り、ナプキンで口元を拭いてから漸く喋り始めた。その間も、ずっと押し返し続けていた。

 

「……目の前で痴話喧嘩見せられて私にまだそんな考えが残っていると思う?」

 

「なっ……!?私たちはそのような間柄ではない!クレインも満足そうな顔をするな!!」

 

「はぁー……家事は自分でなんとかするしかないわね。あ、今何時?」

 

私はクレインを弾き飛ばしてから、壁掛けの時計を見上げる。120センチほどの長さもある木製の機械式振り子時計だ。文字盤の中央部分が真鍮でできており、その金色の装飾は自然と目に入ってくる。上下のギボシなどの木彫は、どこか温かさを感じる。一週間毎にゼンマイを巻かなければ止まってしまうが、長年行っているのでもはや生活の一部になっている。この時計は私が生まれるよりも前から家にあったものでかなりの年代物だ。しかし、生憎と私は時計に精通しているわけではないので、一体どのくらいの価値があるのかは分からない。

 

一方クレインはというと、勢いそのまま花壇を囲っているレンガに躓き、盛大にずっこけていた。

 

「11時27分だな」

 

「あら、もうそんな時間?そろそろお暇するわ」

 

「この後依頼があるんだったな。……というか、ゼードが動けないのに仕事熱心なもんだな」

 

「一応、ピース依頼事務所は休業中ってことにはなってるわよ。でも、介護するだけじゃ私も暇だからね。楽そうな仕事は請けてるのよ。いい小遣い稼ぎにもなるしね」

 

「そうか。ちなみに今日の仕事は?」

 

「工事現場で土を掘り出す作業よ」

 

「それは楽なの……ああ、ミュゼにとっては造作もないか」

 

「魔法使えば一瞬だしね」

 

着々と帰り支度を済ませているミュゼに、私は一つ質問をぶつけてみた。

 

「そんなに易々と――町中で魔法なんて使って大丈夫なのか?」

 

「知らない町だったらアレだけど、自分の町だしね。こう見えて、そこそこの知名度はあるのよ?」

 

「そうか……。引き留めて悪かったな」

 

「いえ、こちらこそごちそうさまね。また来るから茶葉は置いておくわ。勝手に飲んでもいいけれど、全部は使っちゃダメよ?」

 

「はいはい、心得た。気を付けて帰れよ?」

 

「誰に言ってるの?問題ないわ。じゃあ、またね」

 

そう言うと、ミュゼはバラ庭園を後にした。私も二階の欄干から体を乗り出して、ミュゼの姿が見えなくなるまでしっかりと見送った。

私はそのまま手すりに寄りかかると、帰り際のやり取りを思い返していた。

 

 

「ミュゼは魔族でありながら、皆に認められているのだな……。私はこんな"なり"であっても人間なのに……」

 

私は生まれ持った自分の腕に視線を落とす。普通の人よりも二回りほど大きく、血で染まったように赤く、獲物を引き裂く為の鋭い爪――。恨めしいと嘆いたことは一度や二度ではない。この腕のせいでどれほど虐げられてきたことか――――。

 

 

「それでも僕は君が好きだよ」

 

思い耽っていると、背後から声が聞こえてきた。振り返らずともその正体は分かっている。

この男は性格こそ捻じ曲がっているが、この世界に来て――いや、元の世界を含めても私のことを一番よく見ていてくれていた。良くも悪くも、であるが。

 

私は視線を腕から動かさずに小声で答える。

 

 

「……お前も随分と酔狂な奴だな」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ちょっと待ってよ!本当に魔界に行くの!?」

 

「ちょっと待ってほしいのは私のほうだ!どうしてナチュラルにまた忍び込んでいるのだ!?」

 

ミュゼとお茶をしてから数日後、いよいよ倉庫に備蓄してあった食料が底を尽きかけていたのだ。まだ残っているには残っているが、これまでの生活に鑑みても猶予がないことは明らかだ。元の世界に戻れる目途がまったく立っていない現状では、やはり何かしらのアクションを起こさないといけない。その第一歩がミュゼたちが用意してくれたこのワープホールを利用することなのだ。

正直クレインの言う通り、自ら危険なことに首を突っ込むような真似はしたくない。しかし、食べ物に困って餓死するのはもってのほかだ。

 

(まぁ……向こうに事情を話してくれているみたいだし、行かないというのも逆に失礼だからな)

 

これは半ば、自分を無理やり納得させるための言い訳であるが。

 

「食事くらい僕が作ってあげるって」

 

「その申し出は非常にありがたいが、お前に頼ってばかりもいられないだろう。……そもそも敷居を跨ぐことを許可した覚えもない」

 

「大丈夫だよ、もっと僕を頼ってくれても!」

 

「不法侵入についてはスルーか?あぁ?」

 

クレインはそっぽを向いて口笛を吹き始める。上手くはないようで、隙間風が吹き込んでくるような掠れた空気の音しかしない。

 

「それに向こうには元の世界に戻れる方法を知っている奴も居るかもしれない」

 

「……ロザはやっぱり帰りたいの?」

 

「当たり前だ。急に見知らぬ土地で置き去りにされたようなものだぞ。まともに外も歩けない世界に留まる道理はない」

 

「向こうに君を待っている人が居る……とか?」

 

「……そんな奴は居ない。だが――」

 

「だったら僕は君とずっと一緒に居たい!この世界じゃなくても、君が居た世界でもいい!どこまでも追いかけ続けるから!!」

 

「クレイン……」

 

その言葉を聞いて、私は目を瞑って下を向く。そしてこう続けた――。

 

 

「……お願いだから勘弁してくれ…………!!」

 

「……嬉し泣き?」

 

「お前は他人の気持ちが分からないのか!?本当、そういうのは間に合ってるから!」

 

「そんな照れなくてもいいんだよ?」

 

「ふあああああああああああああ!!こいつと話してるとすっごい疲れる!!」

 

「僕が癒してあげようか?」

 

「あんまりこういうことは言いたくないが、お前……もう……死ねよ」

 

 

「……さようなら」

 

「待て待て!!?なんでそういうとこだけは妙に素直なんだ!!いいからその矢を置け!!」

 

「ロザの頼み事なら喜んでこの命――」

 

「冗談だ、冗談!!さっきから愛が重いんだが!?」

 

「この想いを愛だと認めてくれるんだね!!」

 

「くっ……!!意思の疎通ができない……。もういい!私は何と言われようと魔界に行くからな!」

 

話を一方的に切り上げ、ワープホールに向き直る。部屋の隅にあるそれは、食べ物を焦がした時にあがるような黒煙がぐるぐると渦巻いていた。ずっと見ていると、吸い込まれそうになる錯覚にとらわれ、どこまでも深く落ちていく感覚すら覚えた。しかし、そうはいってもただの煙には違いない。ここを通り抜けるだけで別の場所に移動できるなんていささかも信じられない。けれども、目の前でベルとやらが実践してくれたので疑いの余地がない。ベルが現れたその瞬間まで気配がなかった。どうやら、こっちの世界の"能力"は私の知っているものとは大きく異なっているようだ。

 

「僕も一緒に行くよ」

 

「私の問題だからお前には関係ない」

 

「関係あるよ。ロザを助ける役目が僕にはあるんだ」

 

「そんなこと頼んでもいないし、それにクレインの力じゃ自分の身しか守れないだろう」

 

「で、でも!盾になるくらいは――」

 

「魔法は干渉しないからすり抜けてしまうんじゃないか?」

 

「そ、そうだけど……」

 

「自分の身は自分で守る。だからついてくるな」

 

「待って――!」

 

クレインが全てを言い終わらないうちに、私は黒煙に向かって飛び込む。どこに着くのか分からない不安でいっぱいだったが、意を決して地面を蹴った。

得体の知れない煙だったが、触れても何も感じない。視界が漆黒に包まれただけだった。

 

魔界へはどれくらいかかるのだろうか――。

 

 

――――着いた……。

ワープホールというから、目的地まで若干の"ラグ"が生じると踏んでいた。だが、煙に飛び込んで着地したときにはもう見覚えのない景色が眼前に広がっていた。

文字通り"一瞬"であった。

 

ここが魔界――魔王城なのか?

 

 

きょろきょろとあたりを見回す。古くても頑丈そうな石の柱、床のほぼ全面を覆いつくしている赤い絨毯。広い広いと言われていた私の家が、2つくらいすっぽりと収納されてしまうのではないかと思うくらいに大きな空間。

窓の外を覗いてみると、夜みたいに真っ暗で何も見えなかった。しかし、私の家のように洞窟内に存在しているわけではない。巨大な雲?に包み込まれているのだ。先ほど触った煙とはまた違う暗雲――高速で動いているにもかかわらず、風の音は一切しない。この不思議な光景だけで、違う世界に居るのだと改めて実感させてくれる。

その静かさで思い出したが、城内も不自然すぎる。これだけ大きな建物であるのに、周囲には誰一人として気配を感じない。……といっても、初めて訪れた場所であるからこのエントランスらしき空間しか感知はできないのだが。それにしたってかつての王様が居た城だ。一人くらい警備の人間――魔族が歩いていてもおかしくはない。主の消失とともに忠誠を誓っていた心までなくなってしまったのだろうか。

 

その時、ばっと後ろを振り返る。そこには私を吐き出した黒煙しかない。だが、それはあり得ないのだ。さっきまであれだけしつこく付きまとっていたクレインの姿がないのだ。あの性格だ、私の後に続いてワープホールに飛び込むというのが自然な行動である。別の場所に落とされたのだろうか。たとえ近くに居たとしても、奴の居場所を感知することはできない――。

 

 

そこで私は一つの仮説を立てた。クレインは以前、『魔法に干渉しない』と言っていた。もしかしたら、クレインはワープホールに干渉できず、ワープができていないのではないか。つまり、魔界に来ていない?だとすれば――――。

 

 

「よっしゃああぁ!!!変態ストーカー敗れたり!!」

 

――魔界に居る間はクレインのストーカー被害に遭わなくて済むということだ。四六時中執着されていては、休まるものも休まらない。……今は家に戻った時のことを考えるのは止そう。私が不在の間に何をしでかすか分かったものじゃない。それでも、勝手に家のものを漁ったりなんてことはしない……はず。

 

 

「誰かいらっしゃるのですか?」

 

不意に聞こえてきた大声で、あれこれと思い悩んでいた私を現実に引き戻した。大声といっても怒鳴り声ではなく、しゃがれているのに通った声だった。

声のする方を見上げると、真っ白い肌の老人が階段を下りてきていた。

 

「一体どこから入り込んだので――」

 

老人は途中まで言いかけて口を閉じる。目を細めて私の腕を見ると、思い出したかのように顔を上げた。

 

「あなたがロザ殿ですね?」

 

「ああ。お前がハインツか?」

 

「ええ、いかにも私がハインツでございます」

 

彼は私の数歩手前で立ち止まると、丁寧にも深々とお辞儀をした。どうしていいのか分からず、私もとりあえずお辞儀をし返していた。長いお辞儀から頭を上げると、そのまま淡々と話し始める。

 

「ロザ殿の状況はミュゼ殿から事前に聞いて把握しております。お困りのことがございましたら何なりとお申し付けください」

 

「そ、そうか……。では、早速なのだが少しばかり食料を分けてくれないか?向こうではまともに外も歩けなくてな」

 

「かしこまりました。……失礼を承知で頼みますが、食料庫から持ち出すのを手伝ってくれないでしょうか?私一人でもできないことはないのですが、なにぶん見ての通りの老体でございます。大変な時間が掛かってしまうでしょう」

 

「ああ、無論だ。場所さえ教えてくれたら私だけでも大丈夫なのだがな」

 

「ありがとうございます」

 

「頭を上げてくれ。むしろお礼を言わなければならないのはこっちの方だ」

 

「ではご足労をおかけしますが、よろしくお願いいたします。こちらでございます」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……いくつか質問していいか?」

 

「はい、なんなりと」

 

どうやら食料庫までは少し距離があるようで、ハインツが先導して歩いていた。その際、私は疑問に思っていたことを尋ねてみることにした。……正直、理解している事柄のほうが少ないくらいだが。問いかけるべきことは山ほどあるが、まずは目先の疑問点を解消する。

 

「お前の他に誰か使用人は居ないのか?」

 

「ええ。私だけでございます」

 

「お前一人?管理はどうしているんだ?例えば、掃除とか」

 

「それも私一人で行っています」

 

「ハインツだけでか!?」

 

あまり実感はないが、私の家はそれなりに大きいらしい。しかし、大きくたって掃除などの管理が面倒になるだけだ。私自身も、家の掃除は額に汗を浮かべながらやっている。だが、この老人は私の家よりも遥かに大きいこの城をたった一人で一手に引き受けているのだという。

 

「現金な奴らだな。王が居なくなった途端に本性を現すなんて」

 

「何か勘違いをされているようですが、魔王様がご健在でいらした頃から使用人は私だけでございます」

 

「……は?仮にも一国の王だったのだろう。なぜもっと人を雇わなかったんだ?」

 

「必要がなかったからです」

 

「……何故?」

 

「言葉通りの意味ですよ。当時、この城に居たのは魔王様、ミュゼ殿、そして私だけだったのです」

 

「待ってくれ、三人!?王じゃなかったのか!?」

 

「魔王様は王といっても、本格的な統治などは行っていませんでした。そもそも魔王様が来られる前に、各種族たちは自分たちの領地を確保していたのです。魔王様が行ったのは種族間の紛争の仲介や、軍事指導だけでございます。それ以外の時間は専ら自室で研究に勤しんでおられました」

 

「研究?一体何の」

 

「それに関しては私も詳しくは存じ上げません。……ただ、娘のミュゼ殿のためであると仰っていたのを覚えています」

 

「そうか……って、今何と言った!?ミュゼが魔王の娘だって?」

 

ハインツは立ち止まって私に振り返る。その顔は心底不思議そうな表情を浮かべている。

 

「ご存じなかったのですか?」

 

「初めて聞いたぞ!良い家柄だとは言ってたが……」

 

「…………確かに人間界では身分を隠しておいたほうが動きやすいですね」

 

 

知らなかった……。でも冷静に考えれば当たり前のことなのかもしれない。魔族は人間界へ攻め込んだ過去があるらしい。だとすれば、おおっぴらにしていては良くない目で見られることがあるだろう。……いや、魔族であることを隠している様子はなかった。既に大変な思いをしていたに違いない。

私はミュゼが簡単に皆に認められて羨ましいと思っていた。しかし、現状に収まるまでにどれだけの苦労を要したのかは想像に難くない。

 

 

「そういえばロザ殿は人間界とは別の異世界からお越しになったそうですね。私事で恐縮ですが、ロザ殿の世界のお話を伺ってもよろしいですか?」

 

「ん?ああ、私の世界か……」

 

さらに下へと続く階段の入り口の扉を開けたところでハインツが話しかけてきた。質問をしながら、あらかじめ用意してあったランタンに明かりを灯している。それほど興味はなさそうだが、私に気を遣って話題を提供してくれているのだろう。

 

「あっちもここや人間界とは大して変わらないと思うぞ。違いといえば……そうだな、"魔法"によく似た能力があるくらいか」

 

「……と、おっしゃいますと?」

 

「私の居た世界では生まれつき特別な能力が備わっているんだ。私であればこんなふうに」

 

説明しつつ、空気中に分散させていた血液を可視化させ、自在に操って見せる。ハインツは歩みを止めることなく、階段を下りながらそれを見上げていた。

 

「……確かに魔法とは異なるみたいですね。血液の操作以外には何か?」

 

「いや、私はこれしかできない。人によっては空想を具現化させるおとぎ話ような力や、ミュゼのように土を操作できる奴も居る」

 

「様々なのですね。……着きました、ここが食料庫でございます」

 

たどり着いたのは地下室だった。ハインツはその重そうな石の扉を押し開けて中へ誘導する。私も後に続いて室内へ入ると、そこには大量の食料が山積みにしてあった。

 

「どうぞ好きなだけお持ちください。……さすがに全部持っていかれてしまうと困ってしまうので、程度はわきまえてくださいね」

 

「今はこの城にお前しか居ないのだろう?それにしては随分と量が多い気がするが」

 

「緊急時に備えて保存が利くものを置いてあるのです。突然ライフラインが途絶えても、一か月はこの食料庫でなんとかなります」

 

「成る程。では、ありがたくいただこう。……しかし、ただでもらうのは申し訳ない。代わりに――」

 

「どうかお気遣いなく。ミュゼ殿のご友人ですから何も頂けないですよ。お気持ちだけ、頂いておきます」

 

「いや、それでは私が納得できないんだ。……とはいえ貨幣は持ち合わせていないからな、どうしたものか……」

 

私は腕を組んで考え込む。良いとは言ってくれてはいるが、やはり楽をして食事にありつくのは忍びない。ミュゼもお金は不要だと言っていたが――。

 

そこで思わず私は声をあげた。

 

 

「そうだ!ミュゼたちに倣って、食料をもらう代わりに依頼として手伝いや雑用をさせてくれ。何か役に立てることはないだろうか?」

 

私が嬉々として語るのをハインツは横目で見て、ため息を漏らした。しかしどうやら、嫌がっているわけではなく、呆れているように苦笑をしていた。

 

「……ミュゼ殿がロザ殿をお気に召している理由がなんとなくわかった気がします。ロザ殿は勇者によく似ていらっしゃいます」

 

「勇者?魔王を倒したと謂われている奴か?」

 

「……もしかしてあの小僧からも聞いていないのですか?」

 

「小僧?」

 

「ゼードですよ」

 

「ああ、ゼードは知ってい――え?もしかして……」

 

「…………ゼードが魔王様を倒した張本人ですよ」

 

私はあまりの衝撃にあんぐりと口を開いたまま硬直していた。普通に接していた二人が実はとんでもない偉人?だったからだ。

 

「……私の口からこんなこと言わせないでください」

 

「あ、ああ……そうか。お前にとっては魔王は主であったからな」

 

「はい、それはそれは素晴らしいお方でした」

 

 

魔王を思い出しているハインツはどこか遠くを見ているようで、とても優しい目をしていた。

 

「そこまで慕ってもらえているなら、魔王も胸を張っていられるな」

 

「こんな老いぼれ一人程度では何の足しにもならないですよ。……今は人手が必要なことがないので、次までに何か考えておくとしましょう」

 

「そうか。分かった、では今回は少なめにもらおう。それでまた今度来るスパンを短くしよう。魔王の話もまた聞きたいからな。……そんなに高頻度で訪れては迷惑だろうか?」

 

「いつでもお待ちしていますよ。……さて、そろそろ戻りましょうか」

 

 

 

こうして私は人間界であまり動けない代わりに、魔界でも活動することになった――――。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「うーん……ハンバーグってか、焦げた肉塊だな」

 

「……あっそ」

 

「あーん」

 

「……何よ?」

 

「食わせてくれって」

 

「美味しくないなら無理して食べなくてもいいのよ」

 

「確かに美味くはない。……けど、食べ物を無駄には出来ないからな。しゃーないから無理にでも食ってやるよ――何笑ってんだ?」

 

「……いえ、何でもないわ。ほら、もっと口を開けなさい」




ここまでお読みいただきありがとうございます。

初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりでございます。
碓氷 修夜です。

7.5話です。8話は既に投稿しましたが、今回はその前の話です。……といっても、話は繋がっているわけではないのでどちらからでも問題ないと思いますが。

今回は座ってお茶しながら駄弁ったり、食べ物取りに行きながら駄弁るだけの回でした。全然見ごたえがなくて面白くなかったかもしれません。しかし、所々で伏線……というほどのものではありませんが、今後の話に繋がっていく言葉があったりもします。……全然関係ないかもしれませんが。

さて、次回は短編で出来そうな話を書こうかと思っています。久しぶりにちゃんとした一話完結を。……まとめられずに、続いてしまったら申し訳ありません。


それでは改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。
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