【完結】 人間存在のIFF <改> 【IS×戦闘妖精・雪風】   作:hige2902

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第二話 五年前よりの勝者

 野球のスタジアムほどの大きさのアリーナで、二機のISがしのぎを削る。一方の派手な弾幕と、もう一方の三次元高機動に観客は沸く。

 

 一方が両手に持った巨大な機関砲での高速射撃。腕から突き出た一メートルほどの砲身から、破裂音とともに弾丸が連射される。アサルトライフルなどとは比較にならない威力、掠めただけで、人間が千切れるそれをさらにIS用へと強化したものだ。威力以外は、軍の高射機関砲をISでも持てるようにしただけなので、重量はかなりのものだが、それはPICにより無視される。

 三十センチはあろうかという弾丸は量子変換システムにより、データ格納。コア内火器管制装置、FCSが機関砲内の残弾から解凍装填を判断し、実行する。ISのデータ化した物質はコア付近であれば、好きな場所に解凍できるのだ。

 

 薬莢がばら撒かれる。が、命中せず。

 

 FCSはコア内中枢システムを介して、操縦者の目視線によるターゲット捕捉とリンクしている。敵機の移動速度と自機の移動速度、彼我の距離と位置情報が、機関砲内部の電子制御チップに送られる。銃身に取り付けられた不可視のレーザー照準は可能な限り、常時敵を捉え続けるように修正。その情報と、銃身の温度、残弾数を送り返す。電子チップは銃口が目標を向くよう修正。一瞬にして処理されるそれを絶えず実行。

 

 命中。しかし行動不能に陥るほどの被害は与えていない。

 

 アリーナという限られた空間で常に一定距離を保つ。敵機の行動制限を目的とした中速ハイアクトミサイルを、背部に取り付けられた二つのコンテナから五発ずつ垂直発射。計十発のそれは拡散するように上昇した後、目標を包み込むように移動する。視線、機関砲のガンカメラとレーザー照準で誘導する。

 

 一方は思った。敵ISは近接格闘機だ、この状況を維持すれば勝てる。この試合に。

 

 

 

 回避行動を続けるもう一方は一見すると詰みに思えたが、コアが敵機のミサイル発射動作を確認すると文字どおり、一瞬のうちに爆発的加速力を生み出す【瞬時加速】を用いて敵機上空に移動。あらかじめミサイル発射をトリガーに命令していた行動なので、そこに人間の認識、状況判断による遅延はなかった。機関砲のレーザー照準が外れる。

 

 僅かな遅れ。当然一方のISは機関砲を上空に向ける。ミサイルの噴射炎により、視界による射撃誘導は難しく、勘とレーダーを頼りにするしかない。

 

 しかしトリガーを引くことはできなかった。ロックされていたのだ。コアとFCSが、自機から発射されたミサイルを打ち落とす可能性が高いという結論をはじき出し、その結果、爆風圧の影響範囲から退避する。つまり垂直降下し、その後迎撃射撃が望ましいと判断した。

 

 ISに搭載されたFCSと中枢システムによる戦術判断は操縦者よりも基本的には下位に属する。今回のように機関砲の電子制御チップに命令を送り、トリガーをロックしている時間域は半秒以下で、操縦者はこの時間域からもう一度トリガーを引くとロック下でも射撃が可能になる。この制御はロックの時間域が経過するか、操縦者によるロックの時間域内の射撃の終了か、FCSのロック解除を一単位として扱われる。

 

 一方は、もう一度トリガーを引こうと脳から指へと命令を送る。だがそのタイムラグは大きかった。もう一方は迫るハイアクトミサイルをかいくぐり、天地を逆さまにして急速垂直降下。近接格闘兵装、長大な剣、雪片と呼ばれるそれを片手で大きく振りかぶっている。

 

 その瞬間、もう一方のISコアとその操縦者の境界線が曖昧になる。意識、ソウル、ゴースト、こころ。定義できない何かが共有された。各ISコアが個別に持つ特殊な力、単一仕様能力が起動する。

 

 名は零落白夜。

 

 刃が振り下ろされた、同時に腕を伸ばす。これで届くとFCSが告げる。ISの持つ推進力、操縦者の筋力、さらに瞬時加速、遠心力、重力加速。それらがその一太刀に収縮された。

 切っ先が一方の操縦者の頭部に触れる。

 

 その刹那にもう一方の操縦者は思う。PICは重力を殺す。遠心力同様に重力加速などありはしない。人間の持つ意識がそう錯覚させるのだと。

 零落白夜の能力である、一瞬にしてエネルギーを消し去るその刃に触れたISは機能を停止。緩やかに地面に降下してゆく。

 信じられないといった驚愕の表情を浮かべる操縦者を眼下に捉え、もう一方はさらに思った。この戦闘はわたしの勝ちだと。

 彼女は決して負けてはいけなかった。勝ち続けなければならなかった。試合に、ではない。戦争に、だ。

 

 観客が一段と沸いた。

 

 

 

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 ナイトテーブルのアナログ目覚まし時計のベルを止めて、あなたはベッドを後にした。二階から眺める景色は青々とした草原が広がっており、緑の山々がそれを囲うようにそびえたつ。高い空は青く、厚い雲は白い。小鳥のさえずりが心地よい朝だった。普段着に着替え、携帯端末を充電器から取り外す。

 

 いつものように朝食すませる。いや、いつもではないかとガレージに気をやって食器を洗いながら、さてどうするべきかと悩んでいると車の音が聞こえた。そうだと思い出す。

 

「今日はあいつが来ると言っていたな」

 

 車の駆動音が止まる。ガレージの前に止めたのだろう。ノックの音が聞こえ数秒後、携帯端末に着信が入る。あなたは洗い物を切り上げ、手を拭き玄関へ。ドアを開けると、そこにはやはり。

 

「よく来たな、まあ入れよ」

「久しぶりですね。元気にしていましたか?」

「まあまあかな。ちょっとリビングで待っていてくれ、何か飲むだろう? 何がいい」

「じゃあ何か適当な紅茶」

 

 一年ぶりの友人との再会に、互いに頬を緩ませた。

 

 

 

「しかし、あいかわらずここは落ち着きますね。羨ましい」

「買い物は不便だが、いいところだよ」

 

 あなたは小皿に盛ったクッキーと飲み物を載せたトレーをテーブルに置くと、リビングの大きな窓を開け放ちながら言った。近くの小さな湖が太陽の光を反射し、桟橋で鳥がきょろきょろと頭を動かしている。さわやかな夏風が草木の香りを運ぶ。

 

 友人とテーブルを挟んだソファに腰かけ、雑談。

 

「最近、どうなんだ?」

「ぼちぼちですよ。まあ、そうですね。変わったことといえば、クビになりましたよ」

 

 あなたは口に含んだ紅茶を噴出しそうになる。

 

「なんだって。お前がか? だとしたら今の人事はよほどの無能だ」

「ああ、いえ。どちらかと言うと異動に近いですね。ISコア解析プロジェクトに引き抜かれました」

「なんだ、驚かせるなよ。しかし、そいつはすごいな。国からのご指名だろう?」

「そうですね。いやあ、好奇心が抑えられません。前前からバラしてみたいと思っていたのでラッキーですよ」

 

 それを聞き、あなたは少し安心した。嫌嫌に従事させられているわけではないようだ。クッキーを口に運ぶ。

 

「今までは機数が少ないことを理由に本格的な解析に踏み込めませんでしたからね。今回はうまく交渉したようです、政府は」

「なるほど。そこで急遽きみが抜擢された、というわけか」

「そういうことみたいですね。それはそうと、あなたのほうはどうなのですか?」

「別に変わりないよ、いつもどおりさ。釣りをしたり……いや。ウム」

 

 あなたは先日の大雨の日のことを思い出した。そのことについて友人に相談を持ちかけるべきか迷う。果たして信じてくれるだろうか、突如として戦闘機がわが家に現れたなど。ちらとストローをくわえる友人の顔を見やる。

 

「どうしたのですか?」

 

 きょとんとした顔を向けられた。しばらく考え、意を決して。

 

「実はな……いや、見てもらったほうが早いだろう」

「何をですか」

「ガレージに来てくれないか」

 

 要領を得ない友人に、とにかく見てもらいたいものがあると言い、向かう。扉を開ると薄暗い室内を照明が照らす。パネルを操作して、換気扇を回し、シャッターを少し上げ、外の空気入れる。

 

「あいかわらず、すごい場所だなあ。航空基地の一角を切り取ったようだ……あっ!」 と、友人。あなたを置いてそのまま奥へと進む。そのまま機首の前まで歩み、気がついたようだ。機首先端部分に大きく、毛筆で書かれたような白い漢字を。雪風の二文字を。

 

 しげしげと眺めて興奮した様子で言った。

 

「セップウ、ユキカゼ……新しく作ったのですか? この黒い戦闘機。へえ、よくできてる。有人機だ。レトロですね、ぼくは好きですけれど」

 

 あなたは先日のメールを思い出し、言った。

 

「ユキカゼと読む、と思う。それと、その機は本物だ。おそらくだが……翼やメインの燃料タンクにも燃料はそこそこあった」

「なんですって」

 

 機首のあたりを触る手を止め、あなたの方に振り向いた。

 

「あなたなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が。法的にはマズイですよ。武装はしていない、では言い訳にもならない。無人戦闘プログラムを走らせる事が出来るのなら」

 

 あなたは遅れてキャノピー近くに歩み寄る。

 

「違う、こいつは。この機は」 口をどもらせる。 「その、先日の大雨は知っているだろう?」

「ええ。近年まれに見る雷雨だったと」

「その日の夜、こいつがガレージの前にいたのだよ。ええとだな」

 

 とにかく順序立てて説明した。突然、謎のメールを受信したことから、ガレージのシャッターを開けたときのこと。その後、私物のデルタトランスファーと呼ばれるキャタピラのついた三機一セットの運搬機で三つの脚柱を下から持ち上げ、何とかガレージ内に収めたこと。

 

「なるほど、やけに車とナインが通路側に寄せられていると思ったら、こいつを入れる場所を確保するためだったのですか、へえ。あらためて見ると大きいですね」

 

 やけに物分りがいい。

 

「信じるのか」

 

 友人はあなたの顔を見やり、 「ええ」 視線を戦闘機に戻し、 「まあ」

 

「不思議に思いますけれども、あなたの言ったことが本当であるほうがうれしい、というのが本心ですね。面白いじゃないですか。魔法のように現れたわけでしょう? 興味がわきますよ。こいつは動くんですか?」

「それがうんともすんとも言わないんだ。お前に見せようと思ったのも、この機の中枢コンピュータが生きているかどうか詳しく調べて欲しくてな」

「おやすい御用ですよ。むしろぼくのほうからお願いしたいくらいだ。ちょっとPCを取ってきます。車の中なんです」

 

 言い終わるが早いか、友人は僅かに開いたシャッターの隙間から四つんばいでくぐり出ると、すぐにタブレットPCを小脇に抱えて、同じようにして戻ってきた。

 

「ちょっと落ち着けよ」

「すみません、つい。だって有人機ですよ」

「まあ、珍しいのはわかるが」

 

 コクピットに昇るためのボーディングラダーを用意し、外部のキャノピコントロール・ハンドルを操作して開けてやる。あの夜から何もしなかったわけではない、あなたなりに調査していた。

 

「どうやって調べるんだ?」

「有線で繋ぐ端子があるでしょう。無ければ……まあ、いろいろやってみます。それよりほら、スロットルだ。きっと見たこともないインターフェースに違いない。アビオニクスはなんだろう、なんだか興奮するなあ」

「ああ、うん。そうだな。結果がわかったら教えてくれ。それと、もし中枢コンピュータが生きていたとしてもあまり深くは探るなよ。機能停止で済めばいいが、情報漏えいを防ぐための自爆だって考えられる」

 

 ひょいとコックピットから顔を出して友人が。

 

「自爆は考えすぎじゃないですか」

 

 自然、見上げる形で言う。

 

「無人機ならいざ知らず、わたしたちは有人機のスペシャリストではないんだぞ」

「たしかに。了解しました」 と作業に戻るべく、コクピットに頭を引っ込めた。

 

 それを確認すると、あなたは何度目かの機体の表面を観察し始めた。まず、印象付けるこの黒い塗装。対放射能や耐熱をかねた電波吸収性のものだろう。明らかに実戦を意識して造られたものだ。その性能については詳しく調べてみないとわからないが、かなりのものだろうとあなたの勘が告げる。

 しばらく眺め、ふと強い違和感を覚えた。脚立を持ってきて尾翼や主翼を確かめるが見当たらない物がある。

 

マークがない。この機にはどこの部隊であるとか、所属する国であるとかを表す印がない。常識で考えれば戦闘機とは戦力であり、戦力とは戦争に使われるものであり、それはつまり国が管理しなければならないものだ。

 

「マークは入れられていたが、何らかの理由で後からそれを消したか」

 

 それかもともとマークの入っていない非公開の、うしろめたい部隊のものであるか。

 どちらにせよかなり特殊な機だ。今度は機首の前に脚立を設置し、全体を見渡して、あらためて思考をめぐらす。

 

 この機は非常に洗練されているように思える。二次元形状のエンジン出力ノズル。今は水平だが、尾翼は上下にも動く。それは速度や高度などが影響するはずで、当然制御するには相当の並列処理をこなすコンピュータが必要だ。詳しくは調べていないがこの機のポテンシャルは現代無人機と同等であるかもしれない。

 

 有人機だが無人機と同等かそれ以上のスペック? ありえるのだろうか。レトロだが未来的な印象を受けた。どこかアンバランスだ。

 あれこれと頭を捻っていると、あなたを呼ぶ声。いつの間にか友人が機を降りていた。

 

「何かわかったか?」

「それがあまり……()()()()()()F()R()X()-()0()0()()()()ということくらいですね。コンピュータはどうやら生きているには生きているらしいのですが。自閉モードに入っているようです。ぼくたちが普段使っているそれとは微妙にニュアンスが違いますが」

 

 メイヴ。優雅な名前だと思った。

 

「システムは動かないのか」

「ええ。たぶんですけどね。起動しないのは電力不足が原因ではないでしょうか。三分の二程度はあるみたいですが、動こうとしません。一定量まで溜めないと動かないように制御されているのかも」

「腹の辺りを見てみよう。その制御命令には割り込めなかったのか?」

 

 あなたはお手製のローラーのついたボードを持ってきた。ボードの部分はジャッキのようなものが二枚の板に挟まれた造りとなっており、機体の足の高さに対応できるようにしてある。調節し、胴体にもぐりこんだ。

 

「危険と判断しましたから。でもどうでしょうね。かなり強固な電子防壁がめぐらされていましたから。あんな組み方は見たことがない」

 

 ボードに備え付けられたライトが光度を自動で調整した。それらしきものを発見する。付近に手動で開けるためのスイッチかレバーか何かあるだろう。有人は専門外だ。

 

「お前でも無理なのか。こいつはいったい何者だ」

「無理じゃありません」と、むっとした声で。

「タブレットPCでは話になりませんよ。ぼくの家にあるメインのやつなら、わかりません」

 

 おそらくこれ。と当たりをつけて操作してみると目の前の部分が観音開きに開いた。あなたの勘も捨てたものではない。

 

「本当に?」

「たぶん、ですけど」

 

 おそらくここにケーブルを引けば充電できるだろう。だが見たこともない端子だった、現代戦闘機に使われるものより大きい。ボードの横のボタンを操作し、胴体の下から出て。顎に手をやる。

 

「何か問題でもありましたか」

「端子が合わない」

「なんだ。変換コネクタなり造ればいいじゃないですか。供給効率は落ちるでしょうけど」

「まあ、そうなのだが。わたしの知らない型だった」

 

 あなたの言葉を聞き、驚いた様子で友人が。

 

「まさか。冗談でしょう?」

「本当だ。似たようなものは知っているが」

 

 部品類はあの電気屋に頼めば何とかなるだろう。しかしあの端子、と記憶を掘り起こす。あなたの知っている戦闘機のどれにも当てはまらない、まったく未知のものだった。

 

「だとしたらそうとうな骨董品ですね、こいつは……うん? でも防壁はかなり高度なもので」

 

 友人も気づいたようだ。あなたが答える。

 

「わたしたちの、有人機は古いという常識は捨てたほうがよさそうだ。間違いなくこいつは……」

 

 僅かにためらい、黒い戦闘機を恐ろしいようなものを見る目で言いきる。

 

「……()()だよ、この機は」

 

 

 

 結局、数時間の調査のうち判明したことといえばそれくらいのものだった。あとは電力を供給し、友人のメインコンピュータで調べてみるしかない。

 供給する電力は自家発電事業者から購入することにした。ネットを通じて、複数の事業者と取引するようタブレットPCに命令しておいた。仮想空間で、設定しておいた予算に引っかかった相手と自動契約する。送電系統は電力会社が管理しているが、自社と事業者の送電を差別してはいない。

 大容量蓄電池は必要なので、ついでに端子コネクタの部品注文の契約を交わすべく街へ出かけることにした。

 

 運転モードはオートとはいえ、人間は運転席に座ってなければならなかった。このあたりの法律が電子システムを信用しきれていない人間臭さが表れている。

友人は後部座席であなたの携帯端末とタブレットPCを有線接続し、PCスクリーン裏にスライド格納されていた物理キーを叩いている。あなたの受信した例のメッセージに興味があるそうだ。あなた自身もあの奇妙な現象を解明したいと思い、渡りに船と手渡したのだ。

 

「そういえば……」と友人。キーをタイプする音は途切れない。「昨年のIS世界大会、見ましたか?」

「モンド・グロッソだろ。見たよ。一応ね」

 

 あなたは窓を開けて風にあたる。

 

「意外。というほどではありませんね。勝てそうですか? ナインは」

「あれはスポーツの類だ、比較はできない。推進派はうまくやったよ。参加する人間も主催者も、それを承知だろう。機体性能は制限されているはずだ」

「どうしてそう思うのですか? あれが全力かも。公式発表と違いISは最大速度が時速四百キロ程度だったとか」

 

「サッカー選手が目にも止まらぬ速さで動いてどうする。観客が瞬きするたびに攻守が入れ替わるだろうさ。ISの動きはあんなもんじゃない」

「あ、なるほど」

 

 友人はまず、あなたの端末にシステムチェッカーを試した。チェック完了。

 

 このチェッカーは異常な内部データの動きがないか、簡易的に調べるものだ。例えば、ある不明なデータ通信やソフトウェアがバックグラウンドで秘密裏に、あるいは通常に異常回数起動していれば、それが検出される。

 

 ソフトウェアの異常回数と定める基準は開発会社が定めるものと、アクティブデータベースに蓄積された回数の平均を取るだけなので信用度は高いとは言えない。データ通信も所有者の立場や職業柄に左右されるので、とりあえず一番最初に使っておく程度のものだ。

 

 チェックの入った表示結果は一項目だけ。十分ほどの映像ファイル。再生回数が検知基準に引っかかった。

 ちらとバックミラー越しにあなたを見て、窓の外の景色を眺めているのを確認。ミュートで再生。ISとDmicD-9の戦闘記録。チェックを外して作業続行。

 

 続いてあなたの携帯端末の管理者権限を使い、メールの送信元をさかのぼった。サーバー、サブサーバーなどに情報公開の権利を主張し、合法的に記録を閲覧する。しかし、そこには件のメールに関する一切の痕跡は無かった。

 

「優勝者の名前、なんていう人でしたっけ。すごく人気のある、オリムラ……」

「織斑千冬。圧倒してたよ」

 

 最後に内部システム情報を開示していく。だがやはり、着信自体の痕跡はない。着信はしていないがメッセージはデータとして携帯端末に存在し、視認できる状態。メッセージだけがポツンと浮いているかのようだ。

 

「ぼくの組んだ防壁、切りました?」

「いや、そのままだが。やられたのか?」

「正直……わかりません。完全にお手上げです。今、メール着信の痕跡を消した痕跡がないかn回チェックするソフトを走らせていますが、自信はありませんね。おそらく見つけられないでしょう。一般的な手段じゃないかも」

 

 驚き後部座席を振り返る。

 

「どういうことだ。メールは着信していなかったのか?」

「メッセージは残っており着信はしていますが、受信の事実はありません。というのが調べてわかった結果です。あなたの携帯端末の内部情報を操作してメッセージを作成し、あたかも受信したように見せかけたか。単純に力業でサーバーの痕跡を消したか」

「どっちにしろ信じられんな。後者は特に、国のお墨付きの管理だぞ」

「現実的な方法はこんなもんですよ」

「おまえでもわからんとは」

 

 一体あの夜の着信は何だったのだろうかと考えをめぐらす。

 

「何者だと思う? そのメールの送り主、雪風って人物はさ」

「かなりの手練ですね…………ひょっとするとあの戦闘機だったりして」 ミラー越しに悪戯っぽく笑う友人と目が合う 「雪風ってネームが入っていたじゃないですか」

 

 あなたはすぐに視線を窓の外へ向けた。

 

「バカいえ。仮にあの戦闘機からメールが届いたとしても、事実上はそのように命令を組んだプログラマーだろう」

「そういうことではなくて。まあいいか、これ返しますよ。ついでに()()しておきましたから」

「充電? ああ、助かったよ」

 

 あなたは携帯端末を受け取り、ジーンズのポケットにねじ込んだ。

 

「そろそろ着くな。どうする、先に食事にするか?」

「そうしましょう。時間も、ちょうどいいみたいです」

 

 町に着くと、適当な喫茶店に入り昼食をとることにした。友人のオムライスを見て、少し後悔しつつアボカドと鶏肉のサンドウィッチを口に運ぶ。

 

「それで、電力のほうはどれくらいの目処ですか?」

「そうだな、蓄電池は比較的簡単に手に入るが、コネクタの製作となると結構な時間がかかる。万一、例の電気屋でも手に入らない部品となると飛行機の墓場の連中のつてを頼らないといけないから」

 

「日本のデイビス基地と呼ばれるあそこですか? ナインの模型はよくできていると思ってましたが、なるほどあそこから」

 

かつかつとスプーンでオムライスを切り崩し。

 

「人は見かけによりませんね。よくバレないで作りましたね」

「使われなくなった機のリサイクルだ。まあ、そうだな。うまく誤魔化せている」

 

 あなたは少し心が痛んだが、意図的に忘れようと切り替える。

 

「ものは言いようですね」

「なんとでも言うがいいさ。話を戻すが最長で三ヶ月といったところか」

「もっとがんばってくださいよ。ぼくはあの機に興味があります」

「わたしだってそうさ。ま、こればっかりはしょうがない」

 

 と、友人の携帯端末が鳴る。メールのようだ。確認すると申し訳なさそうに言った。

 

「すみません、急用が入りました。その変な電気屋さんに行ってみたかったですけど、また今度になりそうです」

「ああ、かまわないよ。すぐ出るのか?」

「ランチを楽しむ余裕はありますよ」

 

 久久の再会だったが仕方がない。友人はあなたと違って現役なのだ。しばらくの間、思い出話に花を咲かせた。

 店を出て、分かれる間際に、思い出したように友人が言った。

 

「しかし杞憂でしたよ。ISコア解析に携わることに反対されるのでは、と思っていたのですが」

「なぜ?」

 

 あなたは心底不思議に思った。

 

「ぼくが。だってほら、知っているでしょう? ブリンクに積んであるブレインコンピュータは、ナインはぼくが設計開発したわけですし」

 

 

 

 友人と別れ、部品等の注文を済ませたその夜。あなたはふと思い立ち、いつものウイスキーと、グラス、アーモンドチョコが入った小さなボウルをトレーに載せ、ガレージへと向かった。

 

 ガレージのシャッターは四分の一の間隔に区切られている。全部を開けることはそうそうなく、いつもは車を出すときに一番右の四分の一を開けるだけだが、先日の夜と同じく、今日も全開にした。

 光度を適度に落とし、適当な箱にグラス類を乗せてパイプ椅子に腰を下ろす。なかなか温度の下がらないアスファルトの敷き詰められた都会とは違い、自然に囲まれたこの場所は涼しかった。虫の音を聞きながら、星空を背景にした黒い戦闘機を眺めて一杯やる。

 

 雪風。パイロットのつけたパーソナルネームだろうか。その名から連想する白いイメージとは裏腹に、不気味に黒い機体色。威嚇的なシルエットだが、どこか優雅にも感じる。

 機体の正式名称と思われるメイヴは、神話に登場する女王を意味するらしい。妖精の女王だと。

 PCが収集した情報は膨大だったので、あとで選別させて後日読むことにした。

 

 アーモンドチョコをかじる。

 

 女王ともなれば優雅なのも納得だ、威嚇的なのも。不思議な機だと思った。見ていて飽きない。あなたはしばらくの間、ぼうっとしていた。

 唐突に太ももに振動。着信である。まさかとポケットから携帯端末を取り出し、恐る恐るスクリーンを確認。

 だがすぐに安堵の息をついた。秘匿回線。

 

「もしもし」

『悪いな、たびたび。今、かまわんか』

 

 声色からして、飲んでいるのだろう。自慢の地下のバーで。懐かしい、五年前の日を思い出した。

 

「大丈夫ですよ、主任。私もちょうど飲んでいるところです」

『そいつはいい。まあ、特にこれといって用事はない。愚痴でも聞いてもらおうと思ってな』

「珍しいですね」

『私とて人間だ、いつまでも気丈に振舞うことはできんさ』

「そいつは初耳だ……冗談ですよ。それで、頭を悩ませるISはどのような塩梅ですか」

 

 フンと小さく鼻を鳴らし、主任。

 

「推進派の連中にしてやられたよ。やつらはわれわれが思った以上に情報戦に長けていた。先日の第二世代の発表があったろう。察したと思うが、マスコミにはうまい具合に情報をリークしていたようだ」

 

 なるほどと先日の雑誌の発売日のタイミングのよさに合点がいった。

 

「彼らからしてみれば世論操作はお手の物でしょう。あの時の発表は驚きましたよ、ISの運用方法をスポーツとしてゴリ押すなんて」

『まったくだ。あれにはわたしも度肝を抜かれたよ。保護膜と絶対防御の宣伝が効いた』

 

 昔を懐かしんだ。

 

「世界大会は英断でしたね。出場枠分のISコアの確保が大変だったでしょうが、大衆の心は掴んだ」

『そのとおりだ。そのせいで研究用のコアが不足したが、長い目で見れば推進派のやり方は正解だったといえる。ISの娯楽としての需要や憧れは爆発的に増加した』

 

 特に、と続け。

 

『男にはたまらんかっただろうな。女性しか扱えんからな』

 

 あなたはクスリと笑い、酒をあおる。

 

「装甲の見た目も、うまく作用したように思えます。デザインはイラストレーターに任せて、可能な限り忠実に再現したそうですよ。その結果、好戦的だしカラーリングも多彩だ。顔が見えるのも、戦っている人の必死さが伝わりますしね」

 

『ボディラインもくっきり見える』

「視線誘導を戦術に組み込むのは悪い手ではありませんよ」

『ま、そのせいかどうかは知らんが大会優勝者の織斑千冬の人気はすごいらしいな。かなりの美貌の持ち主で、そこらのアイドルより人気があるそうだ』

「少しかわいそうですけれどね。彼女の国外旅行は政府が許さないでしょう」

 

 向こうから、くつくつと喉を鳴らす笑い声が聞こえる。

 

『違いない。向こうは喜んでスイートルームを用意するだろうが。ああ、そうだ。織斑千冬といえば』 一拍置き、ややあらたまった口調で続けた。 『IS学園とやらが近いうちに開校するらしい』

 

「例の高等高校にあたるIS操縦者教育機関ですか。今回のISコア購入が皮切りですね」

『あくまでスポーツとしてのな。軍事学校と違って世間の受けはいい。そのへんの印象付けも試算して、世界主要各国は協力的だったのだろうな』

「しかし、よく日本で運営できましたね。世界中のエリートが集まるわけでしょう」

『まあ、あれだ。例の』

 

 急に歯切れが悪くなった。あなたに遠慮しているのだと気づき、そこから察した。

 

「あの日、日本が白日のもとに行ったアレが効いたんですね」

『おそらくそうだ。……話を戻すが、織斑千冬がその教師に抜擢されたらしい』

「入学希望者数がすごいことになりそうだ」

『どうかな。判断基準は不明だが、適性がない時点で入学できんからな』

 

 グラスにお酒を注ぎ、喉を鳴らす音が聞こえた。あなたも一口含む。胃と食道が燃えるようだ。

 

『もはや世間は、あれを兵器だとは思わんだろう』

「でしょうね」

 

 しばしの無言。

 

『はじめて飲んだとき、わたしに言ったことを覚えているか』

「はい」

 

『疑っていたわけではない、だが確信した。理由は説明できんがな。わたしは戦ってみようと思う。勘違いするな、おまえを引き戻そうと情に訴えているのではない。……ウム、すまんが明日も早い。勝手に連絡を取って、勝手に切るようで悪いな』

「いえいえ、わたしも暇していたところですよ。では」

 

 あなたは通話を終了し、スクリーンの充電残量を見て、充電をしなければなと呟いた。

 

 

 

 翌日の昼過ぎ、意外な人物と出会うこととなった。

 

 あなたが読書を楽しんでいるとノックの音が聞こえた。だが車の音はしなかった。都心からかなり離れた田舎であるにもかかわらず。控えめにもう一度音が響く。年季の入った革のソファから立ち上がり、いぶかしみながらも玄関に向かう。嫌な予感がした。ドアノブを握り、ゆっくりと開く。強い太陽の光に目を細めた。

 

 突き抜けるように澄んだ空と、たっぷりとした緑を纏う山々の、雄大な自然を背景にした長身の女性。

 

「はじめまして」

 

 知的で、迷いなどとはまったく無縁の、強い意志を感じさせる声。

 

 一目見てその人物が誰か理解した。あなたはなんとか平静を装おうと、顔の筋肉に神経を集中させるが、その女性はあなたのささやかな努力など気にも留めず、まっすぐにあなたの目を見て言った。

 

「はじめまして。突然の訪問、申し訳ありません。ご存じないかもしれませんが、わたくし――」

 

「知っていますとも」 ドアノブを握ったまま言葉を遮る。面識はないが、よく知っていた。

 

 鋭い目、後ろで束ねた黒髪。黒のスーツにタイトスカート、黒タイツにやはり同色のバンプス。服装はともかく、見間違えようはずもない。彼女の容姿は目に焼きついている。

 

 それほどまでに繰り返し、あのブリンクとの戦闘シーンを再生していたのだから。

 

 世界で初めてISを操縦し、世界最強と謳われた無人戦闘機を撃墜した女性。

 

「織斑千冬さん」

 


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