【完結】 人間存在のIFF <改> 【IS×戦闘妖精・雪風】   作:hige2902

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第三話 無花果

 予期せぬ来訪者にあなたは戸惑いを覚えたが、うろたえては格好がつかない。とりあえずリビングに案内した。客間はない。キッチンに背を向ける位置になるソファーに腰かけてもらう。

 オーディオラックの上に置いてあるタブレットPCにちらと視線をやった。仕事を辞めたばかりのときの勧誘対策が再び役に立ちそうだった。キーワードはたしか。

 

「少し待っていてください。なにか飲み物を用意しますよ」 

「いえ、おかまいなく」

「外は暑かったでしょう。わたしもちょうど喉が渇いていたところで、紅茶でも淹れようと思っていたところです」 返事を待たずキッチンに向かった。

 

 ダイニングキッチンになっているのでキッチンカウンターから彼女の背中を確認できるが、念のため、起動していたタブレットPCに映像と音の記録を命令しておいた。

 PCは設定してあるパターンの中から先ほど発した言葉の単語の組み合わせを照らし合わせ、プログラムを実行しているはずだ。

 

 しかし彼女がこっそりと盗聴器の類を仕掛ける心配よりも、ポケットに入れていた携帯端末が小さく五回、ある特殊設定パターンで振動したのを太ももで感じたことのほうが、あなたにとっては重要だった。

 お湯を沸かし、耐熱ガラスの中でお湯が色を変える間に携帯端末をチェック。

 

 【ジャミング波を検知。データベースと照合完了】

 【Type:Sg51 影響度:3 脅威度:2】

 

 Sg51……? 音声を合成作成した際に発生する、人間には聞こえない音を発するタイプのものだ。

 しかしこのタイプは、正常に録音された音声を編集し、この音波を紛れ込ませることも紛れ込ませた痕跡も、それを消した痕跡も検出することは不可能ではない。

 したがって、この音波が入れられた音声記録の法的信用度は一定数まで低下するにとどまる。なぜこのようなチープなものを? この程度のものはすぐばれる。

 逆位相周波数を出して打ち消すことも不可能ではなかったが、気がつかないふりをするのも手だと考えて無視することにした。

 

 ガラスのタンブラーに山ほど氷を入れ、ポットとビスケットの入った小皿をトレーに載せてリビングに戻った。適度に冷まされた紅茶は氷をわずかばかり溶かしただけで、すぐにグラスは水滴をうかべるだろう。

 

「すみません、たいしたおもてなしもできなくて」

「とんでもありません、門前払いも覚悟でしたので。重ねてお詫び……」

 

 表情を崩すことなく頭を下げる彼女を制し、やや慌てて言った。

 

「ああいや、そう堅くならず。めったに来ない客人です。歓迎しますよ」

「そう言っていただけると助かります」

 

 とりあえずのやり取りだということは互いに理解していた。

 あなたは 「それで――」 とグラスに口をつけ、どう切り出すべきか悩む。本題を、何をしに来たのか尋ねるべきか、それともまず世間話から進めていくか。相手に会話をリードされるのだけは何としても避けたかった。

 

「ひょっとして徒歩でここまで?」

 

 織斑千冬はまっすぐあなたを見る。

 

「ええ、車ですとリモートされる可能性もありますし、簡単に探知されますので」

 

 彼女は結構な汗をかいていた。しかし飲食物には手をつける気配はない。立場を考えれば毒を考慮してもおかしくない。この炎天下の中を本当に歩いてきたのならば気の毒だ。

 傍らに置かれた上品な黒のビジネスバッグに水筒が入っているか、途中まで車で来ていることを願った。

 

「リモート、というとあなたの車は政府の管理下に置かれているのですか?」

「ええ、おそらくですが」

 

 となるとタクシーも利用できない。走行記録は一年間保存される。

 

「今回の外出は、その」

「大丈夫です、心配には及びません。端末等のGPSの類はすべて置いてきましたので」

 

 あまり知られたくない行動なのだろう。

 あなたは気まずさと緊張からタンブラーに目がいったが、彼女の喉の渇きを考えると、もう手は伸びなかった。

 

「……世界大会、見ていましたよ。優勝おめでとうございます。華麗でしたよ、最後の機動と一太刀は特に」

「機体装甲の性能に救われました。わたしの実力では遠く及びません」

 

「ハイアクトミサイル群をかいくぐる勇気を装甲が与えてくれるわけではないでしょう。あの弾幕に突っ込むのは、並大抵の人物ではできませんよ。恐怖は感じなかったのですか」 言って気づく。この手の質問は勝利者インタビュウで耳にたこができるほど聞かされたに違いない。

 

 彼女は視線をテーブルの木目に走らせ、さも予想外の質問であったかのように答えた。それがあなたを気遣ってのことなのか、皮肉なのかはわからなかった。それほど自然な動作だった。

 

「それは……なるほど、ありがとうございます。恐怖は、そうですね」 一拍置き、あなたに向きなおる。 「MSAC社の中距離を向けられたときのほうが恐怖を感じました」

 

 一瞬にしてあなたの心臓が高鳴った。五年前の事を言っているのだ。この一言で、やはりそちらの話をするためにここへ来たのだと口を一文字に結ぶ彼女を見て理解した。

 ヘタな話題を振ったあなたは主導権を失い、今度はこちらの番とばかりに彼女が口を開いた。

 

「DmicD-9は、いい機ですね。あれ以上の戦闘機は、ある場合を除けば三十年たっても現れないでしょう。失礼、ブリンクと呼んだ方がいいでしょうか?」

 

 話したい方向は掴めたが、内容が不明であることは変わらない。相手は一向に仏頂面を崩さない。用心深く答える。

 

「特にこだわりはないので、好きに呼んでもらってかまいませんよ。しかし、IS世界大会の優勝者のお墨付きとは、額面通り受け取っておきますよ。デュノアのマイクロミサイルはどうでしたか」

 

 ある場合には、という言葉は無視した。先日の主任との通信会話を思い出したのだ。ISに対抗できる無人戦闘機開発の件。彼女がどこまで知っているのかは定かではなかったが、ブリンクを上回る性能かつ三十年以内。あなたの寿命を考えるならば、その事を指していると考えられた。

 単なる鎌かけの可能性もある。

 

「お墨付きというのは少少大げさに聞こえますが。相対して戦った者でなければ相手の実力は主観で判断できませんので、その意味では正しい表現でしょう。ブリンクと戦闘行為を行った人間はわたし一人ですし、基本的に無人戦闘機と戦うのは無人戦闘機ですので」

 

 少し頭を捻った。A無人戦闘機に、相手したB無人戦闘機の脅威度を確かめることはできる。しかしその、ある数値を超えたと電子的に評価したそれを、Aのお墨付きと表現するのはどこか滑稽で、Aが出したBの評価を見て最終的に優劣を決めるのは人間であり、それは客観的なものなので、主観で決められるのは自分ただ一人と言いたいのだろう。

 

 彼女は続けて言った。

 

「マイクロは、そうですね。弾体を増やせばISにも有効でしょう。目標を見失った後の目標推定飛行性能は素晴らしいと思っています」

 

 あれでもデュノアの最新のものだった。それより、ISにも、という言葉を聞き五年前の主任との会話を思い出した。焚きつけているように思える。しかしあなたは大人だ。表情を少し和らげて言った。

 

「デュノアも大変ですね。あれ以上に弾頭に金属片を詰め込むことを要求されるとは」

「すでに開発に着手しているそうですよ。対、ISを想定して」

「株をやるべきでした」

「その必要はないでしょう。お金儲けをするなら、あなたの才を活かした方が効率がいいかと」

 

 かわしきれず。苦笑するしかなかった。

 

「実は今回わたしが訪ねたのも、折り入ってお願いしたいことがありまして。これ以上貴重なお時間を割いていただくわけにもいけませんので単刀直入に言いますと、あなたにはIS装甲の設計開発に携わってもらいたいのです。無論、それなり以上のお支払いは約束します」

 

 あなたはあごに手をやり、契約について思案するふりをした。

 

 予想はしていなかったが、わかりやすい嘘だと思った。試されているのか、とも。

 ただの交渉であるならば、外出を隠す必要はない。そもそもエージェントを一人よこせばいいだけだ。推進派があなたを引き抜き、反対派の士気を挫くという古典的な手段を使うために、心証を良くするべく世界優勝者を一人で送り込むとは考えにくい。

 それに言質を取るならばSg51のジャミングは不要だ。

 

「ご冗談を。わたしは戦闘機専門ですよ。有人のISとは違い、無人のね。装甲などは」

「PICは空気抵抗を完全には無視できないようです、完全には。影響は僅かなものですが、その隙間を埋めるには航空力学などの専門知識が必要と考えています。第一、装甲開発の歴史はまだ五年と非常に浅く、誰もがスペシャリストというわけではありません。たとえ一時の従事であっても、約束の金額はお支払いします」

 

 公式発表では完全に無視できるとされていたが、どちらが真実か、などということはどうでもよかった。

 

「織斑さんが埋めたい、その空気抵抗の僅かな隙間というのはスポーツマンにとっての?」

「それ以外になにがあるのですか」

「軍事です」

「それも視野に入れています」 ストレートな答えに動揺も見せず、彼女は金額を提示した。「どうでしょうか、悪い話ではないと思います」

 

 かなりの額だった。

 断るのは簡単と考え、踏み込んで探ることにする。

 

「それはわたしが戦闘機の開発者と知ってのことですよね。わたしのような者をIS関係の組織に入れるのは、お互いにとって好ましくないように思えますが」

「このお話はあなたがたの言うところの推進派の総意ではありません。わたしとあなたの個人的な契約です。あなたに赴いていただくのはわたしの息のかかった研究所ですので、安心してください。倉持技研、日本の研究所です。政府が関与していない実力主義の」

 

「世界優勝者といえど、それほどまでに権力を持てるとは思えませんが」

「わたしが使用しているISの兵装はそこで開発されたものですので。それと、あなたが思っている以上にISは重要視されています」

 

 やりにくい相手だった。今のであなたの評価は下がったに違いない。もう少しで謝るところだった。しかしそれに見合う情報は手に入れることができた。

 やんわりと話を断る。

 

「わたしがお支払いできる最高限度額だったのですが、よろしければ理由をお聞かせ願えませんか」

 

 淡淡と返すところを見るに、断られることは想定していたようだ。こんどは彼女があなたを探る。それを突っぱねることはできない。できうる限りの条件を出したのだから、答えてもらわなければ納得できないと暗に主張されては。

 

「今更、新しいことに挑戦する体力は残っていませんよ」

「では仮にわたしが、ISに対抗できる無人戦闘機の開発を依頼した場合は受けていただけるのでしょうか」

 

 知っていたようだ。しかし予測範囲内。記憶を引っ張り出してすぐさま答える。

 

「やはりそのお話も受けようとは思いません。わたしの存命中に戦闘機がISと戦うことは少ないでしょうから」

「と言うと」

 

「ISは非常に強力ですので、重要な戦略的勝利を収める局面での投入になるでしょう。当然相手国も同じように。となると現在の総数から見るに、結局は小数のIS同士の戦いになります。量産され、戦闘機を駆逐するころには、わたしは生きていないでしょう」

 

 嘘が混じる。あなたは()()()()()()()()()()()()()()。するべきだと。

 

「そのような国家間レベルの話では……いえ、つまり装甲開発を引き受けていただけないのはISに対する個人的な感情ではない、ということですね」

 

 確かめるような物言いは、あなたが仕事を辞めた切っ掛けまで掴んでいるようだ。おそらく数ヶ月といった半端な時間ではなく、年にわたり調査しているようだ。今までの会話はそれらの再確認なのだろうか。本心を答える。

 

「ブリンクを越える戦闘機はいずれ現れると考えていましたから。当たり前ですがね。それがたまたま翼を持たないパワードスーツだっただけのことです」

 

「なるほど」 と彼女は視線をそらした。もう一度なるほど、と呟き、やはりまっすぐにあなたを見据えて言った。

 

「しかしISを危険視してはいない」

 

 答える義務はない。だがあなたは、彼女が訪ねた理由がどうしても気になる。少なくとも五年越しの敗者インタビュウでないことはたしかだ。繰り返し自分に言い聞かせた言葉を選ぶ。

 

「ISなど、わたしには関係ありません」

「先ほど、戦闘機がISと戦うことがないとおっしゃいましたが。あれは一瞬で導き出したのですか」

 

 そんなわけはなかった。先の発言はISについての記事を調べた上での考察だ。ISに対して思うところがあったからこそ。目の前の女性、織斑千冬がブリンクを撃墜する映像ファイルをうんざりするほどリピートしたのだ。だが組織に戻る勇気は湧かなかった。ひょっとすると以前のような事態になるのではと恐れていのだ。

 

 言葉につまる様子を見て、彼女はあなたの心境を代弁した。

 

 

 

 

「あなたは、どちらかと言えば戦闘機に愛情を注いでいる。しかし同時にISにも関心を寄せている。忌み嫌っているのではない。でなければIS関連の記事をチェックするはずがない」

 

 

 

 

 今まで自分が覆い隠してきた事実を言い当てられたような気がした。あらためて指摘されてか、ふと気が抜ける。

 

「そう、かもしれませんね。言われてみれば」

「そこが恐ろしいところです。世間はもちろん軍事関係者も天から降ってきた宝物のように扱う人間がいます。解析し、完全に制御できると信じている。あれが科学ならば不可能ではないでしょうが」

 

「魔法の産物だとでも?」

「わたしは違いますが、そのように思う人間も少なくありません。小規模ですがブランチネットでは篠ノ之束を神格化している団体が運営しているサイトもあります。神がわれわれに火を授けたように、彼女は超科学を。と言った具合です」

 

「本当ですか」 初耳だった。おもわず身を乗り出す。六大ネットワークを構成するネットの一つ、ブランチでサイトを立ち上げるには、成人か、未成年なら審査委員を通さなければならない。

 

 織斑千冬は視線を落とし、あごに手をやった。

 

「どこまで本気かはわかりませんが。束博士が第一世代発表後、姿をくらましたのが神秘的に映ったのでしょう。現在まで、複数の国家を相手に尻尾すら掴ませない手際を英雄視している。メディアに露出しない姿勢がストイックに感じたとも」

 

「冗談じゃない」 あなたはずっしりとソファーに背を預けて古めかしい照明を眺めた。 「サンタクロースを信じていいのは子供だけだ」

 

 呆れて緊張を忘れた。数秒の沈黙に気づき、視線を戻すと、織斑千冬がぽかんとした顔を向けていた。慌てて姿勢を正す。

 

「いや失礼、まじめな話でしたね」

 

 はじめて表情が崩れた。唇が僅かにつり上がる。

 

「たしかに――」

 

 タンブラーの氷が音をたててひび割れた。夏の風がカーテンをゆらす。

 

「予期せぬプレゼントですね」

 

 びっしょりと水滴を纏ったグラスで手を濡らし、織斑千冬は冷たいハーブティーで喉を潤して言った。

 

「では、本題に入らせていただきます」

 

 彼女はスーツのポケットから黒いカードのようなものを取り出した。角の一つがグリーンで点灯している。Sg51。それを片手で器用に折った。

 携帯端末が、ジャミングが消えたと小さく三回、特殊設定パターンで振動して報告した。

 

「お気づきでしょうが、わたしの先ほどの発言が推進派の耳に入るのはまだ危険ですので」

 

 高度に欺くものだと、それがばれたときに強い警戒心を抱かれるのを危惧してのものだと気づく。チープだったのは完全に騙すつもりはなかったとのことだろう。

 

「まず説明しなければならないのは、ISは意識を持っており、常時、あるいは定期的に人間の意識にアクセスしている、ということです」

「それは操縦者のクセや特性を活かした戦い方を補助するための補正プログラムのことですよね」

「公式ではそれをコアの意識と定義しているようですが、わたしが指すのは魂やこころといった概念です」

「そういったものがコアに宿っていると?」

 

「人工物がこころを持つということは信じがたく、それが明確に定義できないものだということは承知していますが、この際置いておきましょう。話を戻しますが、アメリカはISが女性以外でも使用できないかと研究を続けています、その過程の副産物として生み出された推測なのですが。コアは操縦者が女性か否かを操縦者の意識と読み取り、チェックしているようです」

 

 そう言うと、彼女は紙媒体の資料を数枚バッグから取り出し、あなたに手渡した。

 

「よろしいのですか」

「どうぞ。ただあまり口外なさらず」

 

 了解し目を通す。実験段階三、四に目を引かれた。

 

 

【ISコア、あるいは開発者である篠ノ之束博士が定義する女性を限定とした制限機能範囲の調査。

 

 結果に記してある性別は生物学的性別を表す。

 

 実験段階一

 性別についての自己意識が生物学的性別と一致し、できうる限りの性転換手術を施した男女の場合の反応

 男:コア、反応せず。適性なしと判断

 女:コア、反応あり。適性ありと判断

 

 実験段階二

 性別についての自己意識が生物学的性別と一致する同性愛者の男女の場合。

 男:コア、反応せず。適性なしと判断

 女:コア、反応あり。適性ありと判断

 

 実験段階三

 性別についての自己意識が生物学的性別と一致せず、性転換手術を受けていない男女の場合の反応。

 男:コア、反応あり。適性ありと判断

 女:コア、反応せず。適性なしと判断

 

 実験段階四

 性別についての自己意識が生物学的性別と一致せず、できうる限りの性転換手術を施した男女の場合の反応。

 男:コア、反応あり。適性ありと判断

 女:コア、反応せず。適性なしと判断                        】

 

 

 まとめればこのような内容だった。残りの資料をざっと読み、顔を上げて言った。

 

「この資料が正しいのであれば、操縦者が自分は女だと無意識していなければISは動かせない。外見的特長を無視しているところを見ると、コアが外部を認識するすべはなく、適性の判定を操縦者と触れた時の意識の読み取りという手段しかとれない。考えようによってはISが意識を持っていると主張できなくもないが……」

 

「言語を理解するには互いが言語を理解していなくてはなりません。同様に、意識を理解するのであれば、互いに意識を理解していなくてはならないと、わたしは考えています。ISが言語を理解していても、外部に出力するすべがないだけ、という可能性もありますが」

 

「織斑さんはISの意識を読み取ったことはあるのですか?」

 

「残念ながら。意識は一方的に読み取られているようです。また、常時そうであるか否かということはわかりません。単一仕様能力、ご存知ですよね。それの起動時におぼろげながら感じるのです。何人かのIS操縦者に聞いたみたところ、みなそのような気がすると答えました」

 

 それではいささか説得力に欠けるように感じたが、あなたはISに搭乗したことがないのでなんとも言えない。そうだと仮定して話を進める。

 

「先ほどのISに対する危機感についての質問は、いわゆる機械たちの反乱を危惧しての?」

「まったく考慮していないわけではありませんが、わたしは、そう。もし、将来においてISが量産されればどうなると思われますか」

「軍事転用されたのならば、戦闘機だけではなく、ありとあらゆる無人兵器が塗り替えられるでしょう。戦車、戦闘ヘリ。ひょっとすると潜水艦も」

 

 さらりと答える。それについてあなたは悪いことではないと思っているのだから。しかし彼女は違った。

 

「そのとおりです。無人機は居場所を失うでしょう。それが問題なのです」

 

 数秒思案し、言わんとしている事が薄薄わかってきた。

 

「つまり、ISは高速大陸間弾道ミサイルを迎撃できる」

「平均的なISは、単機でICBMを約九割の成功率で打ち落とせます」

 

 二段構えの、上下層対弾道弾ミサイルでさえ八割が現状のそれを。

 

「C型の?」

「F型です。わたしなら確実に落とせます。複数の弾頭が発射される前でも、後でも。現状では複数の迎撃ミサイルがなければ、F型ICBMを完全に防ぐことは不可能と言われています。しかし、それらを用意できない国でも、ISがあれば容易に落とせるようになるでしょう」

 

 彼女は身を乗り出して言った。 「戦略が変わるのです。相互・確証破壊は完全に失われました。敵国に核を持ったIS乗りを潜伏させればいいのですから。オートマチック・ウォーは開戦されないでしょう、古典的な戦争へと後退していくのです」熱の篭った声で続ける。

 

「わたしはそれを止めたい。ようやく無人機が戦場での主戦力になったというのに……いまさら有人機が戦場を駆け回るなど……」

 

 あなたは彼女のこぶしが強く握り締められていることに気がついた。

 

「人間の戦争は無人機同士にやらせておけばいい。人を戦場に引き戻すような事態を、わたしは――」

 

 絶対防御の存在を主張しようと思ったが、彼女が最初、飲食物に手をつけなかったことを思い出した。人を殺すのは刃だけとは限らない。それに絶対防御が一度起動した後、なすすべなく殺されるだろう。

 機能が停止すればデータ化した物質は取り出せないし、PICを前提として作られた兵器を、人間が扱えるとは思えない。

 

「――海兵隊をはじめ、人間の地上戦力は少なからず存在します。ですが戦闘機や戦艦同士などの戦闘で人が死ぬことはなくなりました」

 

 事実だった。某国の軍事研究機関が、自国と仮想敵国の国家間戦争、主要各国の組み合わせから想定された連合国同士の世界大戦のシミュレートの結果、戦死者数は過去の歴史から見て驚くほど少ないという結果だった。

 

「つまり、つまるところ織斑さんは何を」

 

 彼女はとんでもない人物だ。あなたはぞっとした。恐る恐る尋ねると、彼女は姿勢を正し、答えた。

 

「大きく分けて二つです。一つはISに意識が存在するという前提がなければ成立しませんが、一方的な意識の読み取りでなく、コミュニケーションをとることに成功すれば、軍事には関わるなと交渉できると考えています。個個のISのコアの意識が並列化される群体。あるいは女王のような母体、上位存在となる機が少数、または一機のみ存在し、それ以外の子機、下位存在から情報を集め、並列化する情報を選別していなければ現実的ではありませんが、これについては確証があります」

 

「その確証とやらはやはり、操縦者であるあなたの主観ですよね? いや、この際それは置いておきましょう、わたしには理解できない……フム、ISにスポーツや軍事といった概念を理解させる手間がかからないのが救いですね。互いの意識を読み取るのだから」

 

「そうです。そのためには、ISに、わたし、という存在を認めさせなければなりません。ISが外部と、言語を使っての入出力が可能なら簡単に解決できるのですが、現状ではなんとも……この件に関しては、操縦者以外には関与できないでしょう。あなたに協力していただきたいのは、二つ目の方法です」

 

 あなたは無言で続きを促した。

 

「もし、ISに意識が存在しないか、交渉に失敗した場合は、わたしが全ISを管理する立場に立たなければなりません」

「なんだって」

「現在存在する二百六十七機全てを破壊することは不可能です。世界中に散らばって、国が管理しています。それにISは今も国家を欺き、世界中に点在する工場で秘密裏に全自動生産されているでしょう。ならばいっそ自分の手の届くところに集めたほうが効率的です。将来的には権力での、一国家と渡り合えるほどの組織を運営したいと考えています」

 

 女傑だと出会った今日で思っていたが、まさかこれほどとはと驚く。言葉が出ない。気温を差し引いても熱くなっていくのがわかった。

 そして彼女との会話に没頭するあまり、気づけずにいた。あなたの身に起こっていた、本来であればすぐさま感じるはずのささやかな異変に。

 

「開発の禁止を強制するには至らないでしょうから、審査委員などの名目でなにかと文句をつけて妨害するのが主な仕事になりそうです。民衆に軍事転用に強い違和感を覚えさせるため、このまま世論にスポーツとして認知させ続けるか……失礼。活動内容について今、議論する必要はありませんね」

 

 こほんと小さく咳払いをして。

 

「あなたはその際にわたしの下で働いていただきたいと考えています」

「なぜ……」

「ISに対して客観的に判断を下せる人間が必要です。また、中立でもあり。単に居場所を奪われたと考え、忌み嫌うのではなく。生存競争に敗れただけと考え、ISの存在そのものを容認しているあなたが」

「けれど織斑さん。あなたは不死ではない。あなたの意志を継ぐものが現れるとは限らないし、ISが科学である以上、いつかは完全に解析されるはずです」

「そう、しかしわたしが生きている間は軍事転用をある程度阻止できる。たとえそれが数年という僅かなものでもかまわないと考えています。その数年に人生を捧げる覚悟が、わたしにはあります」

 

「まいったな」 と、あなたはすっかりぬるくなった紅茶を飲み下す。

 その組織は巨大なものになるだろうと容易に想像できる。それは人数の規模ではないにしても、トップに立つのであるならば、それに人生を賭けるのであれば、まず家庭を持つことはできない。

 出産子育てなど、到底。

 

 一般的な女性の幸せを犠牲にしてまで。なぜ。

 

「なぜ、あなたは、それほどまでに。あなたの危惧する事態は訪れないかもしれない、どのみち遥か未来のことでしょう?」

「責任を、感じているのかもしれません。第二世代の適性基準は……いえ」 

 

 目に見える葛藤の後、あなたと強く視線を交わす。

 

「わたしは、これが正しいと信じています。護りたいのです。誰がために土に還る、騎士のように」

 

 彼女は、自分の人生にそれ以上の価値を見出せなかった。

 表には出さず、あなたは僅かにたじろぐ。

 

 ()()だ、織斑千冬は。

 

 

 

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 結局、あなたと織斑千冬は太陽が沈みかけるまで話し込んだ。彼女がちらと壁掛け時計に視線をやる。

 

「そろそろ帰らなければ。有意義な時間でした」

「こちらこそ。貴重な情報をいくつも」

 

 空になった小皿とポットを後にし、玄関まで送る。途中で気がついた。心中で苦笑する。そこまで計算していたのかと。

 

「送りますよ」

 

 彼女は言った。思っても見ない申し出のように。 「そこまでしていただくわけには……」

 

「車で二時間かかる道のりですよ。夜もふけます。あなたの無事が気がかりで眠れそうにない」

「……ではお言葉に甘えて」

 

 笑いを堪えているのがわかった。超音速で飛行する人間相手に、世界優勝者相手に心配ごとなど。

 

「玄関先で待っていてください。車、出しますから」

 

 そう言い残し、あなたはガレージに向かう。

 彼女はおそらく、本当に歩いてここまで来た。それは徹底して痕跡を残さないためとも考えられるが、今回の交渉に対するあなたの印象を計る意味もあるだろう。

 もし、あなたが話の内容や織斑千冬に悪い印象を持っていれば車で送るなど申し出ない。逆の場合は必然的にガレージのシャッターを開けなければならない。四枚あるうちの、ログハウス寄りのシャッターだけ上げたとしても、中をうかがうことは容易だ。

 呆れるほど大きな、怪しげなガレージの中にあるものを、あなたが見せるかどうか。それでより詳しく関係を知ることができる。

 

 今更ながら織斑千冬の手腕を実感した。

 車に乗り込み、シャッターを上げる。ヘッドライトに照らされた彼女がこちらを、ブリンクを見る。黒い戦闘機は一番奥に座しているので角度的に見えない。

 彼女の横に車を止める。助手席のドアが開かれ、お願いしますと乗車。アクセルを踏む。

 

 窓を全開にしかけたが、彼女が寒そうに身じろぎしたのを目の端で捉えてやめる。かいた汗が冷えるのだろう。

 

「正直、恨まれていることも覚悟していました」

 

 フロントガラスに互いの顔がうっすらと映る。彼女はぼんやりと進行方向を眺めていた。

 

「ブリンクを撃墜したから? わたしはそれほど子供ではありません」

「資料からではわからないこともあります」

「なるほど。いつからですか」

 

「五年前からです。わたしがブリンクと戦ったときから。本格的な実戦はあれが初めてでした。世界最強の航空戦力に勝ったとき。そのときから将来、組織を運営する場合の人員を探していました。今のところ十一人ピックアップしてあります、あなたが記念すべき一人目です」

 

「わたしはその話を受けるとは言っていません」

「ええ、あなたが十一人の内の、はじめて交渉した人物という意味です。少なくともあなたはわたしの味方でないということがわかっただけでも収穫はありました」

 

 敵ではない、と評価しないところをみるに、彼女の危機管理能力の高さがうかがえる。

 

「なるほど。しかし残念ですね。もうIS世界大会には出場しないのでしょう?」

「無敗の肩書きは手に入れましたから。だからといって負けの可能性を考慮しなくてもいいわけではありません。あらゆることに勝ち続けなければ、全てのISを管理する立場には立てないでしょうから」

「当面の目標はIS学園を牛耳る、といったところですか」

 

 彼女はにやりと笑って言った。 「最初は教師になる旨を伝えたところ拒否されたのですが、ねじ込みましたよ。ドイツがおいしいビールとソーセージを用意している、と」

 

「それは気の毒だ。世界でトップクラスの手練、いや、世界最強のIS乗りの技術が他国のエリートに盗まれるのだから」

「わたしからすればめったにないチャンスです。優秀な教え子を私の支持者にして増やしておけば、後の布石になります」

「うまくいきますかね。子供といえども、そっちの方面の教育は受けているでしょう」

「……問題ありませんよ。それについては」

 

 少し声のトーンが落ちた気がしたが、それは疲れから来たものだろうと思った。

 

「そういえば、織斑さんは束博士と面識があるのですよね。どのような人物なのですか」

 

 世界で初めてISを操縦したのであれば、開発者と会っているはずだ。

 

「そうですね。一言で言い表すのなら、変人です。他に言うことがあるとすれば、容姿が良いくらいでしょうか。長い付き合いなのですが、思いついたのはこれくらいです」

 

 変人というのは予想していたが、容姿については意外だった。

 

「IS開発以前からの?」

「まあ、友人です、一応。五年間音信不通ですし、わたしは彼女のことを何一つ理解していません。なぜISを造ったのか、今どこで何をしているのか……」

 

 急に言葉を区切り、言った。 「この辺りで結構です。ありがとうございました。あまり都心に近づきすぎるのもまずいので」

 

「まだしばらく歩くようになりますが、大丈夫ですか?」

「今日は遅くなると言ってありますので……弟に。それと、もしその気になったらこちらの住所に手紙を送ってください」

 

 小さな紙切れを受け取る。

 

「手紙?」

「あらゆる電子的管理下から逃れる有効な方法です。その住所は現住所でもありませんし」

 

 

 

 簡単別れをすましたあなたは帰宅途中になってようやく異変に気がつく。その予兆はおそらくあったはずだが、それに気がつかなかっただけだと推察し、帰路を急ぐ。

 そしてしばらくの後、書斎の椅子から転げ落ちた。すぐさまガレージに駆けつけ、キャノピーを震える両手で叩きつけ、言った。

 

 ()()()()()()()

 

 それと同時に気づき、自問する。()()()()()それは本来、物に対して使う言葉か?

 

 あなたは雪風を思い知った。

 

 

 

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 織斑千冬が都心部を歩いていると、数人の私服のエージェントがいつの間にか付き添っていた。一定の距離を開け、不自然でない程度に。

 表通りから一本はずれると、そのうちの何人かが距離を開けた。他愛のない会話を交わしながらも対象に危険を及ぼすものがないか、鋭くチェックする。一人が彼女に近づき、ささやいた。

 

「本日はどちらへ」

 歩きながら会話を続ける。

 

「答える必要はない。わたしにかまうよりも一夏の身の安全を第一に考えろ。問題はなかっただろうな」

「通常通り、藍越学園からの帰宅を確認しました……あなたに万一のことがあっては困ります」

 

 尾行をまいたことを暗に咎めていた。一瞥し、冷ややかに警告する。

 

「わたしが危機に直面するよりも、弟に万一のことがあった場合のほうが、おまえたちにとっては困ることになるだろう」

 

 彼女は返事を聞かないまま、足早に距離をとり、マンションのセキュリティーホールに入った。エージェントは基本的にはこれ以上立ち入らない。

 いくつかの認証をすませ、エレベーターを使い最上階へ。その階の一番奥のドアを開ける。自動で玄関照明がつく。

 弟は知らないが、他の部屋では武装したエージェントが一般的な生活を送っているかのように振舞い、二十四時間待機している。

 

「あ、おかえり」

 

 まだあどけなさの残る声で迎えられた。彼女のたった一人の肉親。何よりも大切な自慢の弟。織斑一夏。

 黒いソファーから腰を上げ、姉を迎えた。

 

「ただいま、まだ起きていたのか」

「久しぶりだし、ご飯一緒に食べようと思ってさ。まだでしょ?」

 

 自然と頬が緩む。

 

「ああ。すまないが少し待っていてくれないか。汗がひどくてな、先にシャワーを浴びたい」

「わかった、温めとく。今日はハンバーグだから」


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