【完結】 人間存在のIFF <改> 【IS×戦闘妖精・雪風】   作:hige2902

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第八話 地球人になった女

「じゃむ?」

 

 と、あなたは受話器に返す。意識した返答ではなかった。単純に、真夜中の緊急と思われる通信には場違いな単語に戸惑いを重ねて呟いただけだ。ナイトスタンドの淡い明りが照らす室内に、静かに響く。

 それを聞きとった織斑千冬はまず戸惑い、次に取り繕い、最後に力強く応答した。

 

『ご存じない? いや、失礼しました。その名を知ることが出来る人間は限られている、ということを失念していました。

 訂正しましょう。あなたは、過去に地球が未知の脅威にさらされていた、ということを知っている。もしくは信じている。わたしとしては後者であってほしいと願っていますが。どうでしょうか』

 

 その急激な口調の変化に戸惑い、未だ眠りから覚醒しきっていないあなたの脳は突然の情報に混乱した。

 過去に地球が未知の脅威にさらされていた。と、電話の向こうの相手は言った。

 てんで荒唐無稽、SFにすぎる発言だったが、その焦りの色を感じさせる口調はまるで確信しているかのような。

 脳裏に『魔を払う矢』がよぎる。

 

「後日、直接」

「では日時は追って」

 

 短い言葉だったが、意図を悟り、織斑千冬の言葉で通話は終了された。あなたの手からするりと携帯端末が抜け落ち、床に鈍い音を立てる。

 それを気にも留めず、ふらりと隣室の書斎に向かい、本棚から一冊のハードカバーを抜き出す。

 

 表紙には、破魔矢とあった。

 ツキヤマSF出版。まぎれもなくSFジャンルだった。()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 数日後、都内のホテルの最上階。エレベーターの扉が開かれ、スーツを着込んだあなたは物静かな廊下を進む。人の気配はなく、品の良い照明や絨毯はかえって不気味だった。いくつかの扉を通り過ぎ、最奥の部屋の前で立ち止まる。腕時計を確認した。午前一時。

 

 控えめにノック。扉の装飾に紛れたカメラがあなたを認め、ややあって電子ロックが外される音が聞こえる。

 ドアノブが内側から回され、織斑千冬が出迎えた。私服ではなく、前回と同じく黒のスーツだった。

 

「申し訳ありません。こそこそさせるようなまねをさせてしまい」

「織斑さんの立場を考えるなら、この程度の協力は惜しみませんよ」

「そう言っていただけると助かります。どうぞ、中へ」

 

 あなたは空調がほどほどに効いている室へと足を踏み入れた。窓はない。大きな投影壁、隣室へと続くのだろう、ドアが二つ。広い部屋の中央には丁寧な作りのデスクチェアーが会議用机をはさんで置いてあるだけだった。

 

「紙媒体の資料やタブレットなどを使用する場合、低いテーブルとソファは不向きと考えているので。普通の部屋も用意してあります、移動しましょうか?」

 

 と、異様な内装に呆気にとられているあなたに織斑千冬。

 

「いやけっこうです。実用的だ」

「観葉植物の一つでも置けばいいと言われるのですが……弟に。かけてください、何か飲み物を……コーヒーはいかがですか? インスタントしか用意できませんが」

「せっかくなので、いただきましょう」

 

 あなたはチェアに背をあずけ、バッグからタブレットPCを取り出す。視界の端では織斑千冬がキッチンでカップにお湯を注いでいた。ひょっとすると携帯端末をチェックしているのかもしれない。

 前回とはシチュエーションが反転しているが、あなたはジャミングや盗聴機器の類は持ちこんでいない。荷物はPCと携帯端末だけだ。

 

 PCを起動。バッテリー表示は94%。意識はどうしてもそちらに向かう。

 

「日時もこちらの都合に合わせていただいて」 とキッチンから織斑千冬の声。

「退職して暇を持て余している身です。合わせますよ」

 

 ほどなくしてトレイに二人分の白いカップとスティックシュガー、小型カップに密閉されたコーヒーミルクが運ばれてきた。彼女も席について、砂糖とミルクを混ぜてからカップに口をつける。

 あなたはブラックで飲む。一息ついて先に口を開いたのは織斑千冬だった。

 

「さっそくですが、先日お話したジャムについてです」

「ジャム、ですか」 カップを置いて淡白に答えた。 「残念ながら、わたしはそのようなものは知りません」

 

 その答えに織斑千冬は咎めるように目を細め、あなたを見据える。

 

「まるで関知していないかのような口ぶりですね。しかしあなたは『破魔矢』に近い内容が現実だったことを御存じなのでは?」

 

 その視線に耐えきれず、バツが悪そうにコーヒーをすする。

 魔を払う矢、あなたはたしかにそれを信じていた。

 

 ちらと対面に座る女性を盗み見る。ファンタシィを真面目に語るのはやはりと迷ったが、昨日のシリアスな口調から察するに、彼女は『破魔矢』について何か掴んでいるようだった。あなたはある秘密を打ち明けることにする。彼女を信用した。

 

「申し訳ない。しかし、どうもね。非現実的な出来事を信じていると言うのは勇気がいりますよ。わたしは証拠を持っていません。ただ、ある本を見つけてしまってから、どうもそれが本当なのではないかと」

「その本が『破魔矢』ですか」

「あれにリアルを感じさせられまして」

 へんなもの言いだ、と自分でも思った。

 

 織斑千冬はタブレットを起動し、ウインドウを対面モードで投影した。

 インフォメーション・バーにはタイトルである『破魔矢』と著者名。彼女は一息入れてから語った。

 

「84年に両媒体で出版された戦史小説、破魔矢。

 対人類体と呼ばれる未知の脅威が宇宙から現れ、北極に拠点を作り、各大陸へと侵攻し始める。それを迎えうつ航空戦力を主力とした超国家的組織。そこに属する破魔矢と名付けられた戦闘機に搭載されたAIと、パイロットが活躍するお話です。

 表には出ていませんが、作者は史実をまとめたノンフィクションとして、という意向でしたが、その史実自体が証明されておらず、引用元も疑わしく、出版社の調整でSFとして世に出る。翌年に受賞。ジャンルゆえに売り上げという数値でこそ目立たなかったが、一部ではカルト的な人気を誇った」

 

「織斑さんは、どのように考えているのですか?」

 

 まるでSFのような、小説の出来事を信じているなんて。酒の場だったが、真摯に聞いてくれたのは主任だけだった。

 

 

 

 あなた、は思索の糸をたぐり寄せる。自己を客観する。

 

 あれは所詮、SF小説の中の出来事でしかない。魔を祓う矢と呼ばれた人類の切り札、破魔矢なる戦闘機は存在しない。対人類体、先日の電話で織斑千冬から聞かされた言葉を使うならば、ジャムなども同様に。架空だ。

 

 事実、あなたはジャムを見たことがないのは当然として、広大なネットでいくら過去のそうした人類の危機の情報を拾おうとしても、ヒットするのは娯楽としてのそれ。リアルは断片すら見つからないのだ。

 

 

 

 聞けば頭を疑われるかもしれない内容を、しかしあなたは手放せずにいた。

 他人に興味を示さないパイロットと、最低限の機能を備えた戦闘機の不思議な相互関係。知性とは、人間性とはなにか。純粋な読み物としても好きだったが、不思議と読み返すにつれ、端端に現実を感じた。それがなぜかはわからないでいたが、漠然とした不安は心の奥でくすぶり続けた。

 

 ひょっとすると、自分を含め大勢の人間が真実を知らないだけなのではないかと。

 

 訪れた沈黙に、窺うように織斑千冬を見るとその表情は真剣で。視線をテーブルに泳がせ、あごに手をやり。やはりか、と呟く。嘲笑を感じさせるような口調では無かった。

 

「あなたの持つ強い兵器開発競争の肯定はそこから来ているようだ。それゆえISに寛容。そしてその思想に従うならば、IS開発に積極的に取り組まなければならないが、しかし魔を祓う矢を信じているからこそ飛行機に固執し、新たなハードに手を付けることが出来ない」

 

 彼女があなたに向き直る。

 

「あなたは正しいでしょう。それは篠ノ之束が保証しています」

「束博士が?」

 

 脈絡のない人名に驚く。

 

「存在すら疑われていた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どのような経緯かはわかりませんが、篠ノ之束がそれを手に入れたとすれば?」

「ちょっと待って下さい、話が唐突過ぎる」

 

「単純な事実です。篠ノ之束はその内容が事実であったと推定しています」

 

 織斑千冬は、開示すべき情報か否か、わずかに言いよどみ。

 

「篠ノ之束には妹がいます。彼女が弟を通してわたしに教えてくれました」 それだけ言い終わるとあなたの理解を待つかのように、余裕をもってカップに口を付けた。

 

 あなたは連続する事柄を噛み砕き、つとめて冷静に振舞いながらも心臓は一つの疑問によって激しく脈打っていた。

 破魔矢が参考にしたジ・インベーダーはSFなどではない。過去に人類を脅かすジャムとやらが存在していたとすれば。

 

「では、魔を祓う矢も同様に?」

「というと?」 試すように、小さく小首をかしげる。あなたにはそれが煩わしく感じられた。急かすように。

「対人類体、真にはジャムと呼ばれる脅威が存在していたのならば、必然的に対抗する為の存在は確定する」

 

 人類の切り札。破魔矢の主役の片割れ、魔を払う矢。

 

「そうです。篠ノ之束の目的の一つはそれのようです。彼女から手紙が届いています。わたし宛てですが、ご覧になってください。あなたならば彼女も許可するでしょう。隣室に保管してあるので少し待っていてください」

 

 あなたの質問を聞き、満足そうにカップを置くと席を立った。

 時間が惜しいのか、開きかけた隣室のドアノブに手を掛けたまま、ふと思い出したように振り返って続けた。

 

「それと、ジ・インベーダーによれば対人類体同様に破魔矢も間違った名称で。正確には戦闘機ではなく偵察機のようです」

 

 あなたは無言で続きをうながす。顔を向けただけの織斑千冬と視線が交わる、着席したままのあなたは僅かに見上げる形で。あの時。玄関口ではじめて出会ったあの時のような鋭く力強い眼差しが、その華奢な肩越しに。

 

「戦術戦闘電子偵察機、FRX-00 メイヴ。パーソナルネームは――」

 

 隣室の暗闇に半身を落とした織斑千冬はたしかにそう告げた。

 

「――雪風」

 

 言い終わると同時にドアが閉じられる。

 声が出なかった。

 偶然なのだろうか、型式名からパーソナルネームの一致は。

 理解が追い付かず、脳の空白地帯が発声器官にまで及んだかのような忘却感があなたを襲う。

 表情を見られる前に織斑千冬が隣室に消えたのが幸いで、耳には先程の言葉がこだまのように残留した。

 

 ジャムは存在しないということが真であると仮定するならば。今、あなたのガレージにて貪欲に電力を吸い上げ、謎の処理を実行している雪風も存在しないはず。これは現実と矛盾している。

 ジャムに対抗する為の機は。機に対抗する為のジャムは。一方が存在していれば、もう一方の存在も確定する相互関係にあるこの二つは。

 

 強烈なイメージが浮かび上がる。ガレージの雪風と作中の挿絵に描かれた破魔矢が重なり、後者の輪郭が前者に最適化されていくように変質した。

 反転する。そう、空想は現実に。反転だ。

 あなたの主観というゲートを情報が通過し、出力されるように。零が一に。まさしく、無が有になるのを感じる。フィクションがリアルにコンバートされる。

 

 魔を払う矢は現実となった。雪風だ、あれが。

 

 まったく突然に、あなたは現在、世界で唯一のジャムの存在証明を確認していた。

 あなただけだ。過去の人類の危機を断定できるのは。

 莫大な資金が動き、何十年と続けられ、大勢の人間が死んだ戦争が真実だと言い切れるのは、あなただけ。

 

 めまいを覚えた。得た情報はあまりにも重くのしかかってくる、まるで物質的な重量をもつかのように。

 頭を小さく振り、ここまでの問題点を整理しようとタブレットの物理キーボードに震える手をかざし、気がつく。

 

 有線ケーブルを用いた、他PCとのリンク状態を表すアイコンが点滅している。

 当然、あなたのPCは有線されておらず。また、そのアイコンが点滅すること自体がプログラム上ありえなかったが、いまさら驚きはしなかった。

 問題はその意図であり、織斑千冬のPCの有線接続端子に向かう視線をなんとか自分のディスプレイに留める。

 

 おそらくこの部屋の状況は記録されている。思惑を推察されるような反応は極力避けるべきだった。冷静にならなければと、小さく深呼吸。冷静に? なぜ。

 

 点滅し続けるアイコンを睨みつけたまま、喉を鳴らす。幸いにもディスプレイはプライベートモード。カメラが追跡する、使用者の眼球の位置以外からではホワイトスクリーンだ。

 

 ちらと織斑千冬の消えたドアを見やる。まだ数秒ほどしかたっていない、チャンスがあるとすれば今。

 鼓動が早まる。あなたは選択を迫られていた。

 過ぎる時間に比例して機会は失われていく。雪風の電子能力ならば、一瞬でもリンクさせればそれで済むだろう。

 

 だがもし見咎められれば、はたして生きて帰ることが出来るのだろうか? 突拍子のない疑問が渦巻く。

 場所は日本。法の加護を受け、一般市民であるあなたは当然丸腰で、しかも相手はIS乗り。あなたの命など簡単に消し去ることが出来る。

 織斑千冬が法を破り、ISを起動などするなどとは考えにくいが、潜在的な武力を一度でも意識してしまえばそれを拭い去るのは難しく。

 二転三転、目まぐるしく変化する状況に対応できない。息苦しい、ネクタイを緩める。

 

 いっそ織斑千冬の登場を願った。そうなれば不可抗力だ、まさか本人の目の前で有線しろなどとは命令しないだろう。命令?

 PCのサイドに取り付けられた、有線ケーブルの端子イジェクトスイッチに、あなたは手を伸ばす。

 

「お待たせしました」

 

 突然の声に顔を向けると、後ろ手にドアを閉める部屋の主。選択を免れたと胸をなでおろし、伸ばした手をPCの位置を調整するふりでごまかす。

 今のところ有線失敗に対する反応はない、重要度は低いのだろう。

 

「顔色が優れないようですが」

 

 怪訝そうな声色で、A4サイズの簡素な封筒を持ったまま席に着いた。

 あれが束博士からの手紙なのだろうか。

 視線をそれに向けたままコーヒーカップに唇を付け、空だった事に気がつく。ごまかすように笑った。

 

「お代わりを用意しましょうか?」

「ああ、いえ……そうですね、いただきましょう。予想外の出来事の連続で喉が乾いてしまって。ホットをお願いしても?」

 

 返された小さな愛想笑いは何を考えているのか。とにかくあなたは、現状把握の為の時間を稼がねばならなかった。

 

 雪風でも手が出せない防壁を個人が保有しているというのは考えにくい、友人の防壁すら破ったのだ。

 起動音かPCの外向きカメラでその存在こそ察知したが、完全なスタンドアローンなのだろう。当然侵入できない。だからこそ繋げといっている。

 しかしその要請は。そう、要請だ。それは織斑千冬に対する明確な敵対行動に他ならない。

 

 付け加え、リアルタイムで監視されているであろう部屋で了承を得ずに有線すれば、見つかることは必至。そしてそれは当然に犯罪行為。

 そうなった場合、あなたはどうなる。再びガレージに帰還する必要性があれば、雪風はなんらかの手段を講じるのだろうか。ないなら切り捨てられる? まるで使い捨ての偵察ポッドだ。

 小さく身を震わせる。先程は何と感じた、命令? 冗談ではない。

 

 敵、味方。雪風は織斑千冬を敵だと認識しているのだろうか。あなたは、どうなのだろうか。

 少なくとも織斑千冬は私利私欲のために動いているのではない。むしろ人類のために一生を捧げる覚悟だ。では彼女と敵対するという事は、人類に対して害となるのではないか。

 

 それとも決定するのは早計なのか。先程の有線リンクは敵味方の判断をつけるための偵察行動にすぎないとすれば。

 どうぞ、と差し出されたマグカップを受け取る。

 そう、織斑千冬は少なくとも敵ではない。しかしそれは雪風とて同じことだった。

 対等な立場に立たなければ、あなたは消耗兵器だ。人間が扱うそれのように、人間に扱われるそれのように。

 まあ、過ぎたことだと厚手の飲み口に唇を付ける。インスタントにしてはおいしく感じ、ここにきて初めて安堵した。

 

「これが束からの手紙です」

 

 そんな心境を知ってか知らずか、織斑千冬はそう言って席に着くと、封筒から取り出した紙束を差し出した。

 篠ノ之束、超科学技術ISを開発した目的。それが記されている唯一の文章。

 受け取り、何枚かを流し読む。

 

「わたしがいれば何かと気を使う事でしょうし、隣室に控えています。IS学園の雑務を処理するので、時間はお気になさらず」

 

 黒字のMS明朝体が印刷された白い上級紙、言語は意外にも日本語。

 ええ、と手紙から目を離さず答えるあなたを一瞥し、織斑千冬は静かに室を出た。

 ドアの開閉音は遠く感じられた。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

『やあ、久しぶり。といっても、この手紙は箒ちゃんが見ているよりもずっと昔に書いているわけだから、おかしな表現かもしれない。

 この手紙は本来、金庫の中に永遠に眠っている予定なのだけれども、きみが見ているということは、たぶんそういうことなのだろう。

 

 この手紙は、わたしの友人である織斑千冬、また彼女の信頼する人物が読むことを想定しているので、ちょっとだけ真面目に書いてみることにする。

 

 将来のきみは、わたしに、なぜISを造ったのかを尋ねずにはいられないだろう。そして将来のわたしはそれに答えない。それはきみの身の安全のことも考えてのことだけれども、ISを造るに至った経緯を説明するにあたって、いくつかの信じがたい、事実と思われる事柄を説明しなければならない。

 ずいぶんとあやふやな表現で申し訳ないのだけれど、その事実と思われる事柄を証明するためにISを造ったようなところもあるので、仮定の話として進めざるをえない。

 

 また、仮定についての説明は段階を踏まねばならず、その段階も今のところは不確定な部分が多いことも付け加えておく。証拠になるかどうかわからないけれど、わたしがそれを信じはじめるきっかけとなった資料の一部を一緒に送りつけられているはずだから、それも参考にしてほしい。

 

 ではさっそく。

 

 ISを造るに至った経緯だけれども、箒ちゃん。きみはジャムという存在を知っているかな? 正確にはJAMか。SF小説は読む方ではないから、おそらく聞いたこともないだろうね。

 今となっては、その存在を知っている人間は限られているだろう。

 一般に認識されていない地球人と呼ばれるタイプの人間か、極度のSF好き。FAF解体時に暗躍した人物、日本人で例を挙げるなら更識家と呼ばれる一族。ましてやジャムを信じている人間は片手で数える程度なのかな。

 

 ジャム、FAF、地球人。さっぱりだろうから、まずはそこから説明しようと思う。

 

 きみやわたしが生まれるよりもずっと昔の大昔。信じられないかもしれないけど、地球は未知の脅威から攻撃を受けていた。その脅威は巨大な飛翔体で、もっぱら都市部に爆撃攻撃を試みた。それはたびたび成功し、それ以外は空軍などの航空戦力に撃墜された。のちにJAMと名付けられ、人類共通の敵として認識された。

 エイリアンが地球を侵略しに来たと言えばイメージしやすいかな。ただ、エイリアンは生命体だろうけど、ジャムの正体については定かではない。

 

 問題のジャムはどこからやってくるのか。それは宇宙より落下してくるのではなく、南極、ロス氷棚の一点にそびえたつ、巨大な紡錘状の白い霧のようなものから突き抜けるように現れる。

 超空間<通路>と呼称された。通路と名付けられたのだから、当然二つの入り口があり、同数の出口がある。

 地球側を入り口とした場合の<通路>の出口は、自然豊かな、まったく未知の惑星で。ジャムはその惑星より<通路>を抜けて地球に侵攻した。この惑星はフェアリイと呼ばれ、人類はジャムの侵略を水際で防ぐため、惑星・フェアリイ側の<通路>(地球と同じ形らしい)を囲むように六つの基地を建設した。

 有効な戦力として戦闘機があげられ、フェアリイ基地の主戦力は航空戦力で構成された。それがフェアリイ空軍、Fairy Air Force、FAF。

 

 当時の人間はジャムに対する危機感でいっぱいだったそうだよ。使い古されたSFが現実のものとなって、人間に危害を加えてきたものだから。しかし人々は、ジャムの侵攻から三十年ほど、実際にはもっと早い段階でかもしれないけど、ジャムに対する関心を失いはじめる。

 特に驚くべきことではないね。隣国の戦争にさえ無関心な社会は今に始まったことじゃないし、ましてやそれが<通路>をまたいだ別の惑星なんだもの。

 でもそんな中で、地球にいながらもジャムの脅威を感じることのできる人間がいた。そういった人間を、真の意味で地球人と呼ぶのさ。

 区別する為、以下そうでない人間を地球の人人と表現する。

 

 人人がジャムを忘れ去った原因の一つとして、FAFがあまりにも有効に機能したことがあげられる。ほぼ完全にフェアリイ星で、その侵攻を防いでいたんだよ。いや、これには語弊があるかな。ジャムの真の狙いは地球ではなかったのだから。

 それともう一つ。わたしはジャムが地球の電子情報を操作したと考えている。当時の高度に電子制御された地球の機器を操作し、フェアリイ星でのFAFの活動報告や、ジャムに関するニュースを隠していたんだよ。

 

 あんまり考えたくないけど、人間も関与していたように思う。

 つきつめればFAFには税金が使われているわけだからね。前述のジャムが忘れ去られている状況からFAFの必要性を疑い、本当はジャムなんていないのではないか? だとすれば、われわれの血税を無駄に浪費しているのではないか。なんて言いだす人を少なくするためにね。

 まあ、とにかくこれが実に巧妙で、この束さんでさえ当時の電子情報を見つけるのに苦労したほど。と言えばどれほどのことかわかってもらえるかな。その電子情報は一応、公式な資料として当時の国に保障されている。

 

 そうそう、FAFがフェアリイ星でジャムの侵攻を食い止めているにもかかわらず、どうしてジャムの情報操作が可能なのかと疑問に思うだろうね。それはジャムの正体に関係する。当時の人々のジャム像というのは飛翔体そのものか、飛翔体を操縦する有機的なものであると考えていんだけど、実際のところはもっと概念的なものだった。表現としてはAIなんかが近いのかな?

 

 それを見抜いたのが、特殊戦と呼ばれるFAF所属の戦隊なんだ。しかも彼らは、ジャムが狙っているのは人間でなく、電子存在であることもつきとめた。

 

 この特殊戦がその名のとおり特殊で、作戦任務は情報収集に尽きる。ジャムと他の部隊の交戦などを高高度から記録し、基地へと持ち帰るのだ! 自機を守るためにだけある強力な兵装を抱え。ジャムを振り切るほどの、過剰とまで思えるほどの速度で。たとえ友軍を犠牲にしても必ず帰還せよ、が至上命令の冷徹な部隊。

 

 特殊戦は十三機の偵察機から構成されている。厳密には違うかもしれない。それらの機には高度なコンピュータが搭載され、基地の戦略・戦術コンピュータ(以下SSC、STC)とほぼダイレクトにリンクできるからね。

 その十三機の偵察機。正確には戦術戦闘電子偵察機と呼ぶらしいけど、その中で雪風というパーソナルネームを持つ機が存在する。

 

 この機は意識を持つ。

 

 機械が意識を持つなんて信じられないだろうね、たぶん。

 とにかくジャムとFAFの長きにわたる戦いはさまざまな過程を経て終結する。いや、最終的にはジャムと特殊戦との、かな。

 残念ながらその過程は知ることができなかった。一つ確かなことは、特殊戦が勝利したということだけ。それはわたしたちが生きているということが証明してくれる。

 

 概念的な存在にどうやって対抗したのだろうね。

 どうも特殊戦は機械知性と人間の融合体、複合生命体と呼ばれる新種の生命とやらになったらしい。物理的な意味ではないよ、意識の問題でさ。融合と言っても、どちらかの意識が他方に吸収されるといった状態ではない。互いに互いを強く必要するような、そんな感じだと思う。雪風なる機がヒントになったらしい。

 

 それだけで勝てたわけではないかもね。

 個人的には、その新種の生命体と、それに数学を混ぜたものを武器として使ったんじゃないかな、と思っている。

 ジャムのような存在するのかしないのかまったく理解不能な敵に対し、現実として存在しないが、本質的に世界を支配する、数というやつは極めて有効な手段じゃない?

 人間が思想を持ってしてジャムを把握し、パターン化した数列をコンピュータ入力。そのバイパスが複合生命体で、それを高速で解決する複雑な数式をSSCやSTCが処理するってわけ「=ジャムは存在しない」という証明を作ったのかもね。

 

 エレガントでしょ。

 

 ま、過程はどうあれ、特殊戦はジャムを撃滅した。やっつけたんだよ、完膚なきまでに。ただ、その際フェアリイ星は消滅した。戦っていた彼らはどうなったかというと、<通路>を通ってはじき出されるように地球に戻った。特殊戦も、生き残ったFAFも。

 どうもジャムの消滅とフェアリイ星消滅はなんらかの関係にあったみたい。さすが、と言うべきか、特殊戦はそれすらも掴んでおり。着着と脱出の準備を進めていたんだってさ。

 

 でも、戻ってきた彼らに居場所はなかった。

 

 当然と言えば当然のことかもしれない。

 ジャム。どのような形状をしているのか、わたしには想像もつかない。けれども、その脅威は知ることができた。それはおそろしく速いミサイルを抱えて、超音速飛行でもってしてどこからともなく出現し、大出力ECM、ECCMを有し、やっつけてもやっつけても無尽蔵に沸き、その性能は日々向上するし。空間や主観すら、ジャムはその気になれば操れるらしい。

 

 ジャム機のミサイルがFAF機に回避されたりすると、ジャムはもっと速くて避けづらいミサイルを作りだしたりね。で、FAFはそれに対抗するために機体を改良したり、より高度なミサイル欺瞞機構を開発するってわけ。いたちごっこだね。

 そんな脅威と同じ星に生きる彼らは、もちろんジャムとの兵器開発競争を怠らない。生きるためにはジャムをやっつけなくちゃならないからね。

 

 だからFAFは強い。地球型戦闘機ではかないっこないほどに。

 いや、強さは物理的な性能や威力などではなく、闘争本能にも似た、兵器開発競争能力そのものも指すだろうね。

 だから、地球に戻ってきたFAFを地球の人人は快く思わない。かれらの目には、ジャムに代わって<通路>を抜けてきた新たな侵略者に映ったのさ。ジャムをやっつけてくれたのにね。

 共通の敵が消えちゃったから国家の団結が消えちゃったのも理由すると思うんだけど、どう?

 

 そんなわけでFAFは解体されて、地球の軍に吸収されることが決定した。

 どの国もFAFの持つ超科学技術を欲しがったからね。

 

 完全攻撃機能を持つ空戦機の管制構造、<フリップナイト・システム>。空気を押しのける際に生じる熱を察知する、極低温で動作可能な超高感度視覚、<凍った眼>。超大出力ECMやレーダー。今でこそ珍しくないけど、高性能なレーザー兵器。これだけじゃないけど、当時はオーバーテクノロジーと呼ばれた。

 後述のFAF解体のため、今ではロストテクノロジーと呼ばれる。未だにSSCやSTCなどの戦場構築理論をもつシステムや、<凍った眼>をはじめ、再現できない技術は多多あるのさ。

 

 FAFは超国家的な組織だったので、その配分でずいぶんともめたらしい。ということを地球側の代表がもたもたと会議している間に、FAFはどうしたと思う? なんと彼らは自らをフェアリイ星人と称し、自治権を主張したのさ。

 ま、それは完全に一個の国家としてではなく、培った技術や知識の秘匿が主だったんだけどね。

 

 ジャムとの決着を経て、FAFは何を感じたのだろう。資料から推察するに、かれらにとってのフェアリイ星での熾烈な戦いは地球を守るためではなく、その星で生き残るための原始的な生存競争だったのかもしれない。地球に吸収されるのを良しとしなかった姿、わたしの目にはそう映るよ。

 きっと、ジャムを消滅させる時は苦渋の決断だったのだろうね。フェアリイ星で生きるためにはジャムをやっつけないといけないけど、そうすればフェアリイ星は消えてしまい、地球へ戻らなくてはならなくなる。二律背反だね。かれらは選択したわけだけれども。

 

 さて、話を戻すと。一見無謀にも思われるこの行動は、成功した。FAF特殊戦副司令、リディア・クーリィ准将の手腕によってね。階級や役職については調べた当時の資料によるものなので、このときはもっと偉くなってるかも。

 特殊戦のボス。かなりのやり手だったんだって。世界を相手に大立ち回り。束さん会話してみたい偉人リストに名を連ねる一人さ。

 でも、難攻不落とおそれられた彼女も、時間にだけは勝てなかった。彼女の死後、その十数年後、強力な指導者の一人を失ったFAFはついに解体された。現在の兵器技術レベルを見るに、FAFの技術の流出は最小限のものとなったらしい。残されたFAFのフェアリイ星人たちは彼女の意地を汲み、組織解体までの年月の間に、管理しきれないコンピュータ情報や飛行機なんかを解析不能なまでに破壊した。

 

 特殊戦の機も含まれる。ただ一機の例外を残して。

 

 驚いた? びっくりしたでしょ。きみが生まれる前に、教科書にも載らないジャムとFAF、FAFと地球の水面下の戦争が起きていたんだよ。

 

 さすがに表だった戦闘行為は行なわれなかったけどね。税金で作った組織に、これまた税金をかけて始末するなんて国民に知れたらことだからね。FAF側、いや、フェアリイ星人も、戦闘は地球人の反感を買うから双方とも表向きは何事もなかったかのように振舞ったらしいよ。いくらFAFが強力でも、数には勝てないからね。

 これがフェアリイ星人と地球人によって隠ぺいされた事実さ。残念ながら、たぶんがついちゃうけど。

 

 でね。FAFが解体された際、主要国家はこぞってある戦隊員を欲した。そう、特殊戦と呼ばれる戦士たち。複合生命体となった特殊戦。ジャムをも圧倒してのけた力の秘密と、オーバーテクノロジーに深く関わっているのではないかと期待してね。

 もちろん他にも技術者の人達も捜索リストに載ったのだけど、当然に名を変え、電子情報を操作し。あるものは地球人の隣人となり、あるものは隠遁者となり。

 

 特殊戦のかれらは姿を完全にくらましていた。唯一破壊されなかった特殊戦三番機、メイヴ・雪風とともに。

 結局、主要国家はいつまでたってもかれらを見つけることはできず、いつしか時代と共に忘れ去られるようになった。

 

 というのも、かれらを記述した書物、ジ・インベーダーの数の減少がそれを加速させた。

 作者は不本意だったらしいけど、FAFとしては地球の人人の干渉を受けたくないからね。さっさと忘れて欲しかったんだと思う。

 

 データを見ると、過去に経済主体連盟の電子書籍化運動が盛んな時期がある、多分その時。

 作者はデジタル化を嫌っていたみたいだけど、FAFの要請を承諾し、物理出版から手を引くと、わずかに事実をぼかした改訂版を電子出版した。あとは時間の仕事ってわけ、原本を書店に持って行って料金を支払えばDLプロダクトコードと交換できるキャンペーンが始まったのも、そのころだったりする。

 

 定期的に改訂は続けられたみたいで、どんどん事実から剥離していった。初期と末期を見比べてみると笑っちゃうくらい。改訂アップデートをしてないものぐさ読者が少なからずいたのが幸いだったよ。

 

 FAFの凄いところは、地球帰還前からこの準備をすませていたってこと。

 おっと、寄り道しすぎたね。さて、かれらはリディア・クーリィ死後、どのような人生を歩んだのかはわからない。

 聞こうにも、大昔の事だから特殊戦の人員は生きてはいない。

 

 でも、どうかな。

 電子存在は、どうかな。

 雪風と複合生命体となった特殊戦は、どうかな。

 

 わたしは、その機械と人間の意識が共存したと解釈する複合生命体がどのようなものか詳しくは知らない。

 

 雪風とそのパイロットのみが、そうなれたのか。特殊戦全体がそうなったのか。

 どちらにしろ、事実ならばリディア・クーリィの意地は成った。

 特殊戦・雪風が生きているとすれば、FAFは消えていない。だから、負けていない。

 そしてそれは、人類が忘れ去った、歴史家でさえ鼻で笑ってしまうような恐ろしい脅威の証明に他ならない。

 

 ISを造った理由の一つは、特殊戦・雪風の存在証明=ジャムの存在証明にある。

 簡単にプロセスとして表すと、以下のものになる。

 

 

 1.第一世代コアが指導者を選別し、条件を満たす者が現れ次第、特殊戦パイロットを選別する為の第二世代にアップデート。FAFと酷似した環境下に集め、雪風パイロットに近いパーソナリティを模索し、複合生命体を生み出す。以下、条件を満たした操縦者を操縦者・ISとする。

 

 2.特殊戦と雪風の複合生命体が現存しているという仮定を満たしている場合、操縦者・ISに対し、高確率でなんらかのアクションを起こすものと考えられる。

 

 3.特殊戦・雪風はFAFに所属しており、FAFはジャムに対抗するために作られた組織である。従って、前段階による特殊戦・雪風のリアクションの確認をもって、FAFは確かに過去に存在しており、それによってジャムの存在は証明される。

 

 

 特殊戦・雪風が操縦者・ISを良しとする場合はありえない。フェアリイ星人として生きることを選択した彼らは、地球産の同位存在を無視できないだろう。

 アンドロイドの外見や挙動を人間に近づけすぎると、人間は自身の存在の境界線を曖昧にされるのをおそれ、強い不快感を示す。アイデンティティが不安定になる。結構有名なSFネタだから知ってるかもしれないけど、これを人間という種ではなく、複合生命体に利用し、精神的負荷をかける。

 

 特殊戦・雪風はわたしの証明式からは逃れられない。なぜならば、複合生命体は現時点ではFAF型しか存在していないのだから、自己と他者の比較対象が無い。直接の接触を余儀なくされる。区別はそこで初めて可能となる。

 

 似ている、程度だったら我慢できるけど。自己像幻視、いわゆるドッペルゲンガーみたいなことになったらイヤでしょ? FAF型複合生命体は地球型複合生命体との差異を明らかにすべく行動するだろう。

 

 で、ISを作った二つ目の理由なんだけど。

 もし本当にジャムがいたのなら、第二のジャムが地球に現れるという可能性は無視できない。それはFAFと戦ったジャムとは違う目的で地球にやってくるかもしれないし、破魔矢のように宇宙から飛来するかもしれないし、地中から湧いて出るかもしれない。エイリアンかもしれない、未来人かもしれない。

 

 SFかな? 非現実的かな?

 しかしジャムという前例があるならば、だれも第二の脅威の可能性を否定できないはずだよ。

 だから、わたしは作った。その第二の脅威から人類を守るべく開発した。ISを。

 フェアリイ星にFAFがあったように、地球の防衛組織を作って見せるのさ。FAFと違い、脅威が現れてからではなく、事前に対策しておくんだ。

 

 ばかげていると思うかい。来るかどうかも分からない未来の脅威に対して備えるなんて。

 そうさ現実では、この手紙を書いてから誰かが見るまでの間は、たぶん第二の脅威なんて来てやしない。この手紙を見た翌日も世界は変わらないだろう、明後日も翌年もきっと大丈夫。

 

 でもジャムと戦った人たちも、そう思っていた。そんな脅威はあるはずないってね。

 だからきっと、織斑千冬はこの考え方には賛同してくれると思う。箒ちゃんもそうであってほしいな。

 

 最後に三つ目の理由。

 わたしは幸運にもジ・インベーダーの原本を手に入れることが出来た。もちろん最初はSFとして読書したさ。

 でね、こんな一節がある。

 

 Earthlings? This word is nonsense now and shows the international situation.

 Humans are on the Earth, but there is no united group Earthlings.

 

 民族性、愛国心。なるほどそれはその集団を強化するが、範囲は限られる。

 たとえ人類全体の危機に直面しても、マクロな観点からすれば結局集団同士は個別している。

 人人は地球にいながらも、地球人という全体集団を作ることはない。

 ジャムという共通の脅威が現れても。

 決して。その意味での地球人など存在しない。

 

 

 作者の主張の一つだよ。わたしはこれを見て恐くなった。文章の端端にリアルを感じたんだ。

 わたしの考えを鼻で笑う人間も多いだろう。しかしかまうものか、笑いたければ、好きにすればいい。

 思うにそういった地球の人人の存在が地球人を生むのだろうから。危機感のない人間に疑問を覚えるんだ、これでいいのか? ってさ。

 わたしは地球人になろうと思う。

 

 地球の人人が、地球人を成り立たせる。

 わたしを笑う者が、わたしを成り立たせるんだ。

 

 残念ながら複合生命体となる要因がなにかを特定することはできなかったけど、ジ・インベーダーを読む限りでは、パイロットの特殊なパーソナリティが強く作用していると思われる。

 やれることは全てやった。わたしに出来ることは、FAFと近い環境をなぞらえて複合生命体が生まれることを期待するくらいなものさ。

 複合生命体となる条件を満たす、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()I()S()()()()が現れることを祈って』

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 読み終えたあなたは目頭を強く揉むと、すぐさま文章作成支援ソフトを起動し、手紙の概要を入力した。催促されないうちに。

 この手紙は本物だろうか。

 物理キーを叩き、投影ウインドウに描写された文字を見て思った。束博士本人が書いたという証拠はない。

 雪風はガレージに存在する。しかし、FAFとやらの組織のくだりは事実なのだろうか。

 

 あなたと篠ノ之束は互いにピースが欠けていた。あなたはFAFに関する証拠がなく、束は雪風の存在を確定できずにいる。

 なんとかその参考文献を見ることができないかと頭をひねらせながらタイプしていると、ふと気がついた。簡単な事だ。FAFの内容が事実かどうかは、本人に訊ねれば済む話だ。

 

 苦笑しながら最初のメールが英語だったのを思い出し、同言語で入力する。

 

 

『Information Fiction or Fact』

 

 

 緊張の面持ちで数分待ってみたものの、入力カーソルは点滅したままだった。ただ、気づけばバッテリー表示は六割近くになっていた。

 何かの処理に忙しいのか、眼中にないのか。

 いや、同位存在による精神的負荷が掛けられているせいかもしれない。同様にIS学園で苦しんでいる人間がいるのなら。

 応答を諦め、文章作成支援ソフトをタスクバーに格納。両手をテーブルにつき、それを支えに疲れた体を立ち上がらせる。

 織斑千冬が消えたドアをノック。しかし返事が無い。

 

「織斑さん?」

 

 もう一度強く呼びかけると、慌ただしい物音の後にドアが開かれ、申し訳なさそうに。

 

「失礼しました。ここのところ寝不足で、ついウトウトしてしまい……」

 

 ああ、いえ。と無難に返す。よくよく見れば、彼女の目はわずかに充血していた。疲労の色がうかがえる。

 席に着くと、早速織斑千冬が口を開く。

 

「束がISを作った理由を理解していただけましたか?」

「ええ、一応は」

「それはよかった」

「しかし、FAFにとっては迷惑な話ですね」

「存在を複製されつつあるわけですから。しかし、完全な敵対関係が目的ではありませんから。手は打ってあるようです、束は」

 

 そんなことは手紙に記されていなかった。

 疲れをにじませた溜め息を小さく吐き、織斑千冬が続ける。

 

「わたしの当面の目的は二つです。一つは無人ISの私的保有、もう一つはFAFとの接触を誰よりも早く行なうことです。前者はほぼ不可能でしょうが、後者については見込みがあります」

 

 無人ISの言葉に出かかった疑問の言葉を飲み込む。彼女の言葉は途切れていない。

 

「これは()()()()()()()()()()()()()()()()に記されていたのですが、FAFでは無人戦闘機を対ジャム用として運用する計画があり、一定の以上の成果を上げました。

 ファーン・ザ・セカンド。FRX-99 レイフ。これら無人機の存在は、テストフライトや実戦を通して、雪風パイロットに精神的な変化を与えたそうです」

 

「博士が再現する地球型FAFがIS学園だとすると、それら無人戦闘機の代役となる無人ISは現れる、ということですか」

 

 そして操縦者・ISにとっての敵、ジャム役は。自動的に特殊戦・雪風が担うというわけだ。たしかにIS学園はFAFの状況を再現している。

 

「どのような形でかは分かりませんが、FAFを模しているのならば、必要不可欠な事柄です。その状況を追う事で後者の目的を達成できると考えています」

 

 FAFとの接触。技術情報を手に入れることが出来れば、彼女は予想よりも早くIS学園を掌握できるだろう。事実上、日本の管理下にある世界の中心を。祖国を出し抜く形で。

 なぜ一情報漏えいの危険性を無視して、と青白い顔の女を見た。

 

「わたしは彼女を信じます。きっと過去にジャムは存在していたのでしょう、FAFも、雪風も。

 単刀直入に言いましょう、この手紙をお見せしたのも、あなたの持つその強い兵器開発競争の肯定はFAF的、フェアリイ星人的で。FAF関係者の子孫の可能性を考えました。そういった人間を組織に取り入れれば、雪風との接触の際に友好的な状況を作り出せると考えたからです」

 

「残念ながら」 そんなはずはないとあなたは否定する。一度市役所で家系を調べる機会があったが、FAFのような軍属経歴を持つものはいなかった。改ざん不可の紙媒体で。

 

 言葉の持つ期待感に反した淡白な返答が、なにか酷い事をしているように感じる。

 

「ええ、それはわたし方の調べでも同じ結果でした。しかしわたしがあなたを欲するのはそれだけではありません。前回お話したとおりです。

 無人ISの登場はそう遠くないでしょう。事態は急転します、人手が足りない」

 まぶたを固く閉じ、目頭を押さえ、熱のこもった声で続ける。

 

「複合生命体となる特殊なパーソナリティの条件も絞り込めています。おそらく雪風パイロットは人間味のない、機械のような人間に違いありません」

 

 そのまま興奮気味に、似ているということがコミュニケーションをとり、互いの意識を確定させる相互関係の重要な部分であると述べる。弟のアイデアだそうだ。

 以前彼女が語った、意識を理解するのであれば、互いに意識を理解していなければならないという理屈にも合致する。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()I()S()()()()()()。どのような人物だろうか。似ている、という性質を備えた、おそらく少女は。

 

 一息つくと、織斑千冬はとうとうテーブルに肘をつき、頭を支えた。 「あるいは人間のような機械。ただ、これに関しては人間には理解できない」

 

 思わず身を乗り出して、あなた。

 

「大丈夫ですか? 日を改めた方が」

「いえ」 疲労をにじませた声で言った。 「わたしには時間がありません」

「休んだ方がいい。わたしはいつでも都合がつくので、時間は合わせます」

 

 なかば強引な物言いの説得に、彼女はためらいがちに答えた。

 

「明日の早朝でも? それでしたら、お言葉に甘えて、それまで睡眠をとらせてもらいます」

 

 あなたは了承し、近くのビジネスホテルの予約をPCに命令しようとウインドウに目を向け、キーに手をかざす。

 

「では」 と、彼女がきつそうな胸の内ポケットからカードキーを取り出した。戸惑ったあなたは顔を上げる。

「泊ってください」

 

 続けて、時間も時間ですし。

 その言葉に反応するかのように、タスクバーから文章作成支援ソフトが呼び出されるのをあなたは視界の端で捉えた。いや、これは――

 

「その方が時間を有効に使えます、お好きな部屋を使ってください」

 

 ――ステータス・バーにはインストールした覚えのないMAcProⅡという文字。アルファベットが自動で入力されていく。

 

「たしかに、そうですね」 と、あなた。慣れたものだ。冷静に、廊下に設置されていた扉の数を思い出す。このフロアにある部屋数は、ここを除いて十一部屋。そして彼女は言った、好きな部屋を使っていいと。

 

 彼女は一人だ。白い壁にくっきりと浮かび上がる黒髪と同色のスーツが、より一層際立てる。孤立を。

 そしてウインドウに目を落とす。

 

『Identification Friendly or Foe』

 

 しなやかな指に押し出されるカードキーがテーブルを滑る。不許可デバイスによる盗み読み対策のマットに仕上げられた黒一色のそれは、雪風の表層塗料によく似ていた。

 選択は続いていた。そして、こればかりは避けられそうもなかった。

 あなたは弱りきり、片手ですっかり両目を覆った織斑千冬をうかがう。指の隙間から左目がのぞいた。爛爛とした瞳があなたを捉える。

 思わず目を伏せ、一言。

 

「せっかくの御好意ですが」

 

 僅かな沈黙ののち、そうですか、と織斑千冬。気にしていないというような笑みを貼りつけていた。

 変わった。以前の彼女よりも、したたかで、手ごわくなった。束博士の手紙がより一層信念を固めたのだろう。

 行動予測はもう当てにはならない気がした。

 エレベーターまで見送るという彼女の申し出をやんわりと断り、それなら部屋を出るまでという事になった。

 

「では」 と、あなた。おそらく早朝の件は取り消されるだろう。

「ええ、それでは」 と、織斑千冬。扉を閉めた。織斑千冬、固く眼を閉じる。

 

 あなたはそれを別れの挨拶として捉え、十一の扉を通り過ぎ、エレベーターに乗り込む。しかし、織斑千冬にとっては接続語にすぎず。衣類を脱ぎ捨てながら寝室に向かい、ベッドに倒れ込む。しんどそうに仰向けになると、呟くように言った。

 

「それでは、あなたはわたしの敵だ」

 

 そうして深い眠りにつく。

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

 翌日、織斑千冬の室に向かったが、扉には急用ができたので、と謝罪のメモが貼り付けられていた。もう会うことはないだろうと考えると、なんとも淡白な別れだ。それを惜しむような仲でもなかったが。

 同時に携帯端末に着信、いくつかのファイルが添付されていた。FRX-00の詳細なカタログスペック、非武装である事の抗議めいた要請と戦場構築プロセス。織斑千冬は恨むだろうか。

 あなたは自宅に戻る途中の車で、主任と友人に電話をかけることにした。秘匿回線。

 コール音。着信までの間、高度な電子ロックシステムを内蔵した扉を見て思った。たぶん、すでに特殊戦は束博士に攻撃を仕掛けている。物理的な破壊ではなく、電子制御による幽閉が妥当。

 

 喜喜として対応するだろう。ひょっとすると特殊戦の仕業かもしれないのだから。

 それに博士がISを持っているのなら、体当たりで大抵の物は破壊できる。生命の危険はそれほどない。しかし、FAFがそれほど甘いとも思えない。

 

『なんだこんな時間に』

「会えますか?」

『二十三時以降は空いている』

「待ってますよ……上等なやつを用意して」

『なるほど、わかった。二時間早めよう、切るぞ』

 

 元同僚には申し訳ないが、織斑千冬が急いでいるのと同様に、あなたにも時間が無い。続いて友人にもかけてみたが、留守電だったのでメッセージを残す。

 

「上等なやつを譲ってもらった、飲める日があれば教えてくれ。出来れば今日がいい」

 

 携帯端末をポケットに押し込み、流れる景色に目をやる。

 

 交戦は避けられない。そんな気がした。


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