偽物ハリー・ポッターの運否天賦   作:紺南

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ハリーポッター(偽)とアズカバンの囚人
ハリーポッター(偽) 説教される


漏れ鍋の二階。

宿として使われているその階の、数ある部屋のとある一室。

内装は一人用のベッドと小さな机にソファ。執務用の大きな机と座り心地の良さそうな椅子。

 

小さな机の上には茶菓子と紅茶が二皿あり、誰も手を付けなかったそれは既に冷め切っている。

窓から入る日光は雲とカーテンに遮られ、どこか薄暗い。

 

そんな中にいたのは二人の魔法使い。

一人は中年。窓から外の景色を眺め、何か考え事をしている魔法使い。何ともはや、魔法大臣コーネリウス・ファッジその人だ。

そしてソファに腰かけ壁を凝視している少年。――――ハリーポッター。

 

ファッジは窓のすぐ側に立ち、外の景色を見ているが、時おりハリーに向けて責めるような目を向けていて、ハリーはその眼を見ることなく壁を直視していた。今は壁のシミが気になって仕方がないのだ。100までは数えた。

 

その二人の間を流れる雰囲気は険しい物で、清掃員はおろかバーテンダーのトムもこの空間に入ってくることは出来なかった。

それだけの空気が流れだして十分も過ぎようかと言う頃。

ふと、ファッジは窓から目を逸らしハリーを見る。

 

ハリーはなおも壁を凝視していて、今まで一度もファッジの方を見ることはなかった。

その相変わらずの調子に、イライラとした様子でファッジは口を開く。刺々しさのある声音ではあったが、どこかに労わるような調子を滲ませていた。

 

「ハリー。何も私は君の行動の全て責めている訳ではない。それは分かってほしい」

 

「…………」

 

ハリーは答えない。やはりファッジを見ることなく壁を見つめる。

 

「君の様な若者にとって、じっとしていることがどれほど苦痛なのかは私にもわかる。ああ、さぞかし退屈だったろう。魔法から離れ、マグルと共に過ごす時間は。家を飛び出し、こんな所に一人宿泊したくなる気持ちは大いに理解できる。しかし、君は知っているはずだろう。今、世間がどれほど大騒ぎになっているのかを」

 

その言葉を聞いて、ようやくハリーは壁を見ることを止めた。

ぐっと、ソファに体を預け天井を眺めはじめる。壁は終わった。次は天井のシミだ。

今度掃除する時ピッカピカにしてやるんだと考えながらシミの位置と数の把握に掛かる。

 

その様子に、ファッジはふぅと息を吐き、やれやれと首を振った。

どうにも、この子は自分の言葉など屁程に思っていないらしい。

こう見えても魔法界を統べる魔法省の大臣なのだが、若者にそういう肩書は意味を成さない。

何せ自分は何でもできると万能感に酔いしれる年齢だ。権力なぞ歯牙にもかけないだろう。

 

ホグワーツを卒業する頃にはきちんとした真面な考えを持ってていることと思うが、目の前の少年は13歳。まだまだ幼く未熟な年齢だ。

そんな少年に権力を振りかざして上から説教するのは逆効果になってしまう。ここは親し気に、情に問う言葉で掛からねばなるまい。

一応、自分にも大人の矜持と言うものはあるから、最終的にはある程度の反省を促し、寛大さを示しつつ和やかな雰囲気で分かれるのが好ましいだろう。

間違っても今の雰囲気のまま帰ることはしたくない。将来この子がどういう人間になるかはわからないが、十数年経った今もなお『生き残った男の子』を崇拝している人間はいるのだ。

 

もしパパラッチに魔法大臣と生き残った男の子の不仲を嗅ぎ付けられたら面白くない事態になる。

それは避けねばなるまい。

 

よしっとファッジは心の中で気合を入れた。そして言葉を続ける。

 

「アズカバンからシリウス・ブラックが脱獄した。奴は『例のあの人』の狂信的な信者の一人で、はっきり言ってしまえば君の身が危険だ」

 

「そうですかね」

 

ようやくハリーが口を開いた。

相変わらず視線は天井に向かっていたが、口を開いたことには変わらない。

例えそこに嘲るような気配を感じ取れたとしても、ファッジにとっては先ほどまでの険悪な雰囲気と違うだけで大きな前進である。

 

「いやいや、いや。ハリー、君は事の重大さを理解していない。何よりも危険で、何よりも重要なのは君の身の安全なのだと言う事を。君は『例のあの人』を降し、退け、死の呪文を受け唯一生き残った男の子だ。奴が君を目の敵にして命を狙わないとは誰にも言えまい。――――私はむしろその可能性が一番高いと考えているぐらいだ」

 

ハリーは無言でファッジの言葉を受け止める。

少し待ち、ハリーが何も言わないことを確認したファッジは焦れるように、けれど心配する様な口調を前面に押し出し言った。

 

「マグルにとってブラックはただの大量殺人者だ。だから私も、君はそう思い込んでこんな行動を取ってしまったのだと思っていた。だが、聞いた話では君は日刊預言者新聞を購読しているという話じゃないか。なら、今君がどんなに危ない状況に置かれているのかも分かっていたはずではないのかね」

 

ファッジの言う通り、ハリーは今年に入ってから日刊預言者新聞の定期購読をしていた。

その狙いとして、夏季休暇中であっても魔法界の情報を手に入れることが出来るようにと言うのはもちろんあったが、一番の狙いはハリーの飼っている白い梟ことフクロウの定期的な外界への離脱である。

 

いかに人に劣る知能の梟とは言えども、学期中に一度も梟小屋を訪れなかったハリーの態度を見て、いい加減休暇中に外へ出る機会の無いことを悟ったようだった。

バジリスクやらトム・リドルやらの騒動が片付き、学校中に安穏とした雰囲気が流れ始めた頃合いを見計らって、奴はハリーを襲撃した。

 

頃合いを見計らうと言う配慮は、一応ハリーが忙しく動き回っていたことを考慮してのことだったのだろう。

けれど朝食の席に現れたフクロウに配慮や考慮、遠慮などと言う考えは微塵も感じられず、ただひたすらにハリーに引っかき傷を与えた。

 

暫しの間、大広間と言う公衆の面前で梟との格闘戦をさせられたハリーはそこを出て早々、とっ捕まえたフクロウに怒気を放った。

 

"いくらハグリッドのプレゼントとは言え、そういうことするなら僕にも考えがある"

 

そう言ったハリーにフクロウは「ほー」と一度鳴いて、カチカチと嘴を使っての威嚇を行った。

やれるものならやってみろと態度で示される。

 

そんなことをされて、何もせずに許すほどハリーは大人ではない。

ならば厨房に行ってこんがりグリルだと、屋敷しもべ妖精の制止の中、ハリーが冷静さを取り戻すのにかかった時間は十数分。

結局、その騒動の中でフクロウの言わんとしていることを何となく察したハリーは、預言者新聞に交渉を行い、自分が受け取る分の新聞は毎朝自分の梟が取りに行くとことを条件に購読を始めたのだ。

 

日刊預言者新聞と言うのが、数ある新聞の中でも比較的まともな新聞だったということもあり、アズカバンからのシリウス・ブラック脱獄も一面トップで掲載されていた。

その欄にはシリウス・ブラックがどういう人間なのかも書かれており、ヴォルデモート卿に与する死喰い人だと言う情報も当然のごとく書かれている。

 

その情報を持っていて、なぜハリーは一人で漏れ鍋の二階に宿泊するなどと言う愚行を犯したのか。

ファッジはそれが不思議でならなかった。

出会った際には一言目から怒りの余り怒鳴ってしまったが、時間を置いて冷静になってみるとそこの不自然さに辿りつく。

 

ダンブルドアの報告によれば、ハリーは思慮深く、時に大人顔負けの思索を巡らせると言う事だったが、今回の一件ではその思慮深さを全く感じられない。

考えの甘さ、拙さ、愚かさばかり目について、年相応な少年にしか見えなかった。

 

13歳と言う事を考えれば今回の行動も納得できる範囲ではあるが、それにしてはダンブルドアの言葉との食い違いが気になる。

ダンブルドアも老いたと言う事なのか。

 

「ハリー。君は気をつけないといけない。もし君の身に何かあれば魔法界に衝撃が走るだろう。そしてそれは魔法省の威信にも――――まあ、それはどうでもいい。とにかく、ハリー。これからホグワーツの新学期が始まるまでの間、君には護衛が付く。君が望もうと望むまいと、これは決定事項だ」

 

うっかり口が滑りそうになったファッジ。ハリーは耳聡くその部分を聞きとり、ファッジの隠れた内心を見極めようとした。

開心術など使わなくとも、おそらくは保身についてなのだろうとは、少し考えただけで察しが付く。同時に、ファッジがどういう人間なのかも大体判別できた。

なるほど。随分やりやすそうな人物だ。部分部分でプライドが高いのがそれに拍車をかけている。

 

それが分かったことで、もうハリーがファッジと話すことで得られるものはなくなった。

無視することは止めて、素直に言葉を発することにする。

 

「――――ああ、そうですか。闇祓いですか? 優秀で?」

 

「優秀だとも。闇祓いは全員優秀だが、君の護衛に付く子はその中でも特に優秀だ。何せあのマッドアイ・ムーディーの愛弟子でね」

 

マッドアイと言うのが誰なのか、ハリーは知らなかった。

だからどれくらい優秀なのかはっきりと分からないが、魔法大臣が一目置くぐらいには優秀だと言う事は分かった。

分かったが、その真偽については怪しいものである。何せ先ほど、扉の向こうから何かひっくり返すような大きな音と慌てたような声が聞こえたのだ。

まさかそれが件の闇祓いではないだろうなと、ハリーは一抹の期待を抱く。

 

「ハリー、約束してくれ。以後ブラックが捕まるまでの間、危険なことはしないと。自分の命を粗末に扱うことは決してしないと。約束してくれ」

 

ハリーが初めてファッジの目を直視した。

不安げな色が浮かび、本気でハリーの身を案じていることは外面からでも分かる。

 

少しの逡巡。少しの怒り。最後に失望。

次の瞬間にはそれら全てを内心に抑え込み、ハリーは朗らかに言った。

 

「ええ、もちろんです大臣。僕も軽率な行動をしてしまいすみませんでした」

 

頭を下げ、ハリーは謝る。

ファッジが安堵の吐息を漏らした。

 

「いや、いいんだ。私も君に少しきつく当たってしまった。許してくれ」

 

互いに謝り、両者の間を漂っていた険悪な雰囲気は雲散した。少なくとも鳴りは潜めたと言える。

頭を上げ、いつも通りに笑って見せるハリーに、ファッジも笑って答える。

 

しかし、思い出したように懐から懐中時計を取り出したファッジは、少々慌てながら次の言葉を言った。

 

「ああ、ハリー。ようやく分かり合えた所ですまないが、私も中々忙しい身でね。色々と話したいことはあるのだが、それは次の機会にしておこう。今はするべきことをすませてしまおうか」

 

「構いません、大臣」

 

ファッジは出口に向かい歩き、扉を開ける。

開けたことによって、扉に体重を預けていた女性が一人、部屋に向かって倒れ込んできた。

 

「あぁ――――!?」

 

「……何をやっているんだ君は」

 

呆れたように言うファッジ。

その光景にを見ていたハリーは、ファッジが先ほど言った言葉に疑問を抱かずにはいられない。

 

――――あれが『優秀な』闇祓いなのか?

 

女性はすぐさま起き上がり、今の失態を言い繕う。

 

「いてて……。だって大臣、なんかハリーと雰囲気悪かったし気になったんです」

 

「盗み聞きしていたことに対する言い訳は聞かん。大きなお世話だ。このことはキングズリーに報告しておこう」

 

「ちょっ!? そんな――!?」

 

「彼ならば『仮にも魔法使いなら魔法を使いたまえ』と言って減給してくれることだろう。私も同感だよ」

 

ファッジは苦笑いに近い笑みを浮かべ、困ったような顔でハリーを見た。

ハリーは何がなんやらと言う思いで肩をすくめる。

 

「ハリー、紹介しようか。この子が今日からホグワーツが始まるまで君の護衛を務めてくれるニンファドーラ・トンクスだ。若手だが、こう見えて優秀だよ。こう見えてね」

 

「こう見えなくても優秀だよ、ハリー! こう見えなくてもね!」

 

「今の君の言動を見てそう思ってくれる者はおらんだろうさ。さて」

 

大臣は帽子を被り、トンクスに二言三言囁いた後にハリーに向き直った。

トンクスは納得できぬとばかりに口をへの字に歪め、髪型が『?』の形に変化する。

 

「私はこれで失礼させてもらうとしよう。ハリー、念を押しておくが、くれぐれも危険なことはしないでほしい。外出するときなどは必ずトンクスを連れて行ってほしい。少しでも気になることがあればトンクスに教えること。約束できるね?」

 

「ええ。約束しますよ。いくらでもね」

 

ハリーは言う。ファッジは満足して頷き、部屋から出て行った。

後に残されたのはハリーとトンクスだけだ。

 

格好悪いところを見られたことで少々バツが悪いトンクス。

ハリーはそんなトンクスの様子を面白げに見るだけで何も言わない。トンクスが何か言うのを待っているのか。

一生懸命考えて、ちゃんとした自己紹介がまだだと思いだしたトンクスは会話のきっかけにそれを使うことにした。

 

「えっと……。そうだ自己紹介が――――」

 

「さ、出かけようか」

 

最後まで言うのを待つことなく、被せ気味にハリーが言った。

出鼻をくじかれたトンクスは言葉に詰まる。

 

「えっと……、うん。出かけるの? うん……」

 

「そう。さあ、転ばないうちに出かけるよ。ニンファドーラ」

 

「ちょっ止めてそれ」

 

敏感に拒絶の意を示したトンクスに、ハリーは少しばかし気色ばむ。

トンクスはすぐさま理由を述べた。

 

「私その名前好きじゃないの。可愛い水の精霊ニンファドーラなんて」

 

「なるほど。可愛い水の精霊――――。いいじゃないか。か、可愛いよ、ニン……ファドーラ……。くっ……!」

 

「絶対いや。てか笑うな!」

 

固い拒絶。ハリーも、そこまで言うならもう言うまいと、腹を抱えながら外へ向かい歩き出した。

すぐ後ろからトンクスが慌ただしく追いかけてくる。

 

何かに躓き、転んだ音を背景にハリーはダイアゴン横丁へ向かう。

 

 

 

外に出た二人はダイアゴン横丁内を歩いていた。

ハリーは魔法使い用のローブを着て、フードで顔を隠している。

傍から見たらちょっとした闇の魔法使いだ。

 

「それで、どこに行くの?」

 

「どこか」

 

トンクスの質問にハリーは答える。

ただしそれは要領を得ない。決めていないのか。トンクスは訝しんだ。

 

「何か用があるから外に出たんじゃないの? 教科書を買うとかさ」

 

「こういうところはマグル文化馬鹿に出来ないよねえ。サービス精神旺盛なところが」

 

「うん。……あれ? マグルについて話してたんだっけ?」

 

容易く煙に巻かれたトンクスはそれを自覚して溜息を吐き、頭の後ろで手を組みながら、少しばかりいつものペースを落としてゆっくりと歩く。

成人したトンクスと13歳のハリーとでは、性の差はあれど脚の長さに違いがあった。

 

きょろきょろと当たりを見渡すハリーの少し後ろで、それを観察する様にトンクスは歩いている。

不意に、ハリーは立ち止まり数m後ろの書店を振り向く。

 

お? とトンクスが疑問の声を上げるのを無視して、踵を返し書店へと入って行った。

 

「なにか探し物?」

 

「そう。うん」

 

ハリーは階段を上りながら短めに答える。その後に、少しだけ逡巡した言葉を付け足した。

 

「ヴォルデモート」

 

「わ……! あ、とっとと!?」

 

トンクスは段差に躓き転びそうになりながらも何とか体勢を整えた。

 

「れ、『例のあの人』のこと……?」

 

「…………一つ聞きたいんだけど、死喰い人も似たような反応するのかな」

 

「な、なんのことかな!?」

 

「ヴォルデモートって言ったらどんな反応するのかなぁって思ってさ」

 

今度は耐えきれなかった。トンクスは転ぶ。

 

「……あんまり闇祓いをおちょくると後で怖いよ?」

 

転んだままの体勢でそんなことを言われても反応に困る。

ハリーは眉をひそめてトンクスが立ち上がるのを待った。

 

「で? 『例のあの人』がなに? 『例の! あの人!』がなに?」

 

「凄まないでおくれよ。怖いから」

 

ハリーは溜息を吐いて、遠まわしに言った。

 

「死喰い人は死の飛翔さんを何て読んでいたのか知ってる?」

 

「え、とね。マッドアイが言うには『我が主』とか『闇の帝王』だとかかな」

 

「……へえ。じゃあヴォルデモートは禁句かな。失礼にあたるとか考えてそうだ」

 

「そ、そうなんじゃないかな!? 知らないけど!?」

 

「ふぅん」

 

言ったきり、前を向いて歩きはじめたハリー。

その顔には確かに笑みが浮かんでいた。はて、今の会話に面白い要素があっただろうか。

疑問だが、聞いたところで答えてくれそうにはない。

 

「それでハリーは何探してるの?」

 

「シリウス・ブラック」

 

「え」

 

「についての本」

 

「あ、そっか。よく――――はないよ! なんでそんなもの探してるの!?」

 

「何か隠されてることがありそうだと敏感に察知してね。教えてくれないなら自分で探るしかない。そう思ったんだ」

 

トンクスの頬が引き攣る。

先ほど、魔法大臣にシリウスがハリーの両親を死に追い込んだことは話さないように言いつけられた。

トンクスとしては話しておいた方がいいんじゃないかと思ったが、上司の命令には逆らえない。

指示通り、話すことなく護衛を務めるつもりであった。けれど、こうしてハリー自身が自らその秘密を知ろうとしている。

易々と辿り着ける秘密ではないが、それでも知ろうとしていることには違いない。そのハリーに、隠し通す意味が果たしてあるのだろうか。

誰か性質の悪い人間にそのことを利用される前に話しておくのが無難ではないだろうか。

正直に言って、この子は自分の両親が死んだ原因がシリウス・ブラックにあると聞かされても「へえ」で済ませそうな雰囲気があるが、もしもと言う事はあるだろう。

 

どうするべきか。トンクスが悩んだのは一瞬。

持ち前の性格と闇祓いになるために積んだ特訓の影響か、物事の判断を一瞬で付けるようになっていた。

 

「ハリー」

 

「うん?」

 

パラパラと、己のことが書かれた書籍を捲るハリーにトンクスは言う。

 

「シリウス・ブラックについてどんなこと知ってるの?」

 

「死喰い人。ピーター・ペティグリュー他大勢のマグルを殺してアズカバン行き」

 

新聞に載っていた情報そのままである。

やはり今はその程度しか知っていない。しかし、この先もハリーが調べ続けるのであればいずれ知ることになろう。

ホグワーツには昔の新聞が置いてあるし、あの二人は何かと目立つ人物だったと聞いている。

ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックの名が並んだ何かを見つけるのは時間の問題だ。

 

ジェームズは例のあの人に殺され、シリウスは死喰い人。そして二人は同年齢で同じ寮出身。

加えて周りの人間が何かをハリーに隠しているとくれば、推測だろうが予測だろうがいくらでも立ってしまう。

 

いずれ知ってしまうのが確定しているのなら今言ってしまうのが一番傷が深くならずに済む。

少しばかし動転してしまうかもしれないが、その時は大人である自分が何とかしよう。

トンクスは腹を決めた。

 

「うん。分かった。ハリーが知りたがってること、私が教えてあげる」

 

ハリーは本から視線を上げ、トンクスの方を見る。

二人の視線が重なり合った。

 

「けれどハリー、これだけは約束して。たとえどんな事を知ろうと、決して自分から危ない行動はしないって」

 

「ああ、するする。いくらでもするよ。本当に教えてくれるならね」

 

ハリーの言葉の軽さにトンクスは不安になった。

約束をするにしてはあまりに言い方が適当である。これではそんな約束守る気がないと言っているようではないか。

 

「本当に約束してくれる? ほんっとうに?」

 

「うん。いや、するって。誰も好き好んで大量殺人者の懐に飛び込んだりしないよ」

 

不安がられてるなと察したハリーは、真剣な表情を作りトンクスの目を直視した。

それでもまだ言葉の軽さは拭いきれていなかったが、一応はトンクスを納得させることが出来たらしい。

次に口を開いたトンクスは真剣な口調で言葉を発した。

 

「じゃあ言うね。えっと、どこから話せば――――」

 

中々焦らしてくる。ハリーはイライラしながらトンクスの言葉を待った。

 

「まず、ハリーのお父さんとシリウス・ブラックは親友だった。けれどホグワーツを卒業して心変わりしたのか知らないけど、シリウスは死喰い人になってハリーのお父さんを裏切った」

 

「具体的にどう裏切ったの?」

 

「お父さん――――ジェームス・ポッターとリリー・ポッターは『例のあの人に』狙われて身を隠していたの。そのための保護呪文に忠誠の術って言う強力な呪文を使っていたんだけど、その呪文は生きた人間に秘密を封じることで秘密が外部に流れるのを防ぐ呪文。ハリーのお父さんは親友だったシリウス・ブラックを秘密の守り人に選んでいたんだけど……」

 

そこで言葉に詰まったトンクスを引き継いでハリーは言う。

 

「僕の父が殺されて、母も殺されてしまって、シリウス・ブラックが秘密を洩らしたに違いないって?」

 

「まあ、そう。うんその通り」

 

トンクスは肯定する。

 

「だから大人たちは僕に教えてくれなかったのか。僕が復讐するかもしれないから」

 

「みんなハリーに危ないことしてほしくなかったんだよ」

 

「そうだね。さすがの僕も無差別大量殺人者を相手に復讐する気持ちはないかな」

 

本を棚に戻し、考え事をしながら階段を下る。

足が地に着いたとき、ハリーは質問を投げかけた。

 

「秘密の守り人はシリウスだけなの? それ以外にもいるとか、実はシリウスじゃなかったとか」

 

「うーん。私は当時幼かったから詳しいことほとんど知らないんだ。今話したのも大体後で聞かされたことばかり」

 

「そう。じゃあ、裁判はちゃんとやったんだよね。最低限、現場検証や直前呪文ぐらいは」

 

「あー……」

 

トンクスが言葉を濁す。ハリーはそれで大体分かった。

 

「ちゃんと調査もせずにアズカバン送りね」

 

「……言い訳にしかならないけど、当時はそう言う時代だったんだよ」

 

暗黒時代と呼ばれるヴォルデモート卿が猛威を振るっていた時代。

戦争状態と言って良いほど、彼と彼の配下による殺人があちこちで行われ、統治と法の支配は揺らぎ体を成していなかった。

それに対抗する魔法省は、法を犯す輩を相手に法を順守していては命を溝に捨てるようなものだと、いつしかきちんとした手続きを踏まなくなり、相手と同じ土俵に立つようになった。

 

結果として、それで救われた命は数多くあれど、それで侵された人間はどれだけいるだろうか。

大勢の悪党を捕まえるために極少数の善良な人間を害す可能性を無視する。そして無視した結果大勢の善良な人間が救われた。

 

大のために小の虫を。

ハリーはその考えにどういう結論を下すべきか、大いに悩んだ。

悩んだ末に一先ずは先延ばしにすることで、結論を下すのを避ける。

 

「ピーター・ペティグリューって言うのは?」

 

「君のお父さんの親友。多分シリウス・ブラックとも」

 

どちらからも二の句はない。それが本当なら、シリウス・ブラックは親友を二人殺したことになる。

何たる悪行か。たかだか人外風味なハゲ一人のためによくそこまでできるものだ。

 

本屋を出、二人は自然と漏れ鍋へ足を進めた。来たときと同じようにハリーが前でトンクスが少し後ろ。

人混みをするすると抜けるハリーと、時たま人と衝突するトンクスが対照的だった。

 

「……他に知りたいことある?」

 

「特には」

 

トンクスは平然と受け応えるハリーを見つめる。

表情に変化は見受けられない。顔色にも、声にも変化がない。

 

もう少しショックを受ける物だと思っていた。泣いたり、激昂したり言葉を失ったり。

どんな反応をしても対応できるように備えていたが、こうまであっさり受け入れられると拍子抜けしてしまう。

 

子供とは思えないぐらいメンタルが強いのか。それともただ我慢しているのかはトンクスには分からなかった。

13歳の子供の本音も見分けられないなど、マッドアイが聞けば激怒して、またしごかれてしまうだろう。

それだけは勘弁である。あの人には死ぬまで隠居していてもらいたい。

いればいるだけ迷惑な人だから。

 

「あぁ、パッドフット」

 

ハリーが突然呟いた。

パッドフット? と首をかしげると漏れ鍋の前に大きな黒い犬が一頭お座りしているのが見えた。あの犬のことを言っているのか。

 

犬はハリーに向かって一つワンッと吠え尻尾を振りながら駆けてくる。

くるくると二人の周りを回りながら、吠え続けるパッドフット。

 

その犬にじゃれつかれている時のハリーは、年相応の子供に見えた。

犬を撫でながら、ハリーはトンクスに言う。

 

「トンクス、この子はパッドフットとか言う野良犬だよ。僕に懐いていてね。時々お世話しているんだよ」

 

そうなんだとトンクスは頷く。パッドフットは撫でられながらブンブンと尻尾をすごい勢いで振っており、よく懐いているのは見るだけで分かった。

 

「それでパッドフット。こっちのお姉さんはニンファドーラ・トンクスと言って、闇祓いだよ」

 

キャイン!? パッドフットは人で言う悲鳴に近い声をあげ、トンクスを見上げた。

二人はまじまじと見つめあう。

 

図体はでかいが、良く見ると可愛い犬ではないか。

 

トンクスは笑顔を浮かべてパッドフットを撫でに行く。

しかし腕を伸ばしただけパッドフットは距離を取り、撫でさせてくれない。

警戒されている。

 

「野良犬だから見ず知らずの人間にそうそう懐いてくれないよ」

 

何がおかしいのか、ハリーはニマニマとしながらトンクスに言う。

 

「もし懐かれたいなら護衛の合間にお世話したらいいんじゃないかな。餌付けなんか効果的だと思うね」

 

ハリーは続ける。

トンクスとしては、別にこの犬に懐かれたいと言う気持ちはそれほどない。だからそんなことするつもりはなかった。

 

「いや、別にそこまで懐かれたいとは思ってないかな」

 

「あ、そう。THE・闇祓いの可愛い可愛い水の精霊ニンファドーラなんて言うぐらいだから犬の一匹や二匹簡単に手懐けると思っていたけど。やっぱり名前負けしてるね」

 

「やってやろうじゃないの」

 

トンクスはこの夏中、パッドフットのお世話をすることに決めた。

世話と言っても、具体的に何をしていいのか分からなかったトンクスは、ハリーの言った通り餌付けに集中することにし、とりあえず犬は何を食べるのか知ろうとする。

それは調べる手間をかけることなくハリーが教えてくれた。

 

「パッドフットは肉が好きみたいだ。特にチキンなんかいいね。持っていけばチキン! なんて言いながら跳びかかってきてくれるよ」

 

鳥の肉。案外エサ代も馬鹿にならなくなりそうだ。少しだけ、トンクスはハリーの見え透いた挑発に乗ったことを後悔した。

けれど一度言ってしまったことは覆せない。その点をハリーに突かれ、諦めて餌付けするしかなかった。

子供の前で良い格好をしたくなる大人の性が出てしまった。そこまで大人でもないだろとは、ハリーがこっそり呟いた言葉である。

 

それから、毎日毎日餌を持ってくるトンクスに根負けし、ついにパッドフットが身体を撫でさせてくれたのは夏季休暇終了間近の8月末のことだった。

 

一か月の努力が報われ大喜びするトンクスと困ったような顔のパッドフット。

その後ろでニマニマと笑うハリーがその光景を見ていた。




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