ハリーポッター(偽) 知る
ハリーは一人歩いていた。
己の身体に目くらまし術を掛け、その上に透明マントを被った姿で歩いていた。
丁度その日はクィディッチワールドカップの決勝戦が行われた日であったため、その場所に普段通りの人気はない。
今までにすれ違った人間の数は片手の指で数え切れる。
エレベーターに乗り、降りて以降は誰一人の姿も目にしていなかった。
好都合である。だからこそ、この日に決行したのだ。
細い廊下を抜け、一つ扉を開いた。
黒い円形の部屋だ。複数の取っ手があるかどうかすら分かりにくい扉が、ささやかにハリーへと自己主張している。
さて、どの扉であったか。
ここには来たことがない。人に聞いたことしかない。こうして実際に見てみると、どれがどれやら混乱してしまう。
一歩部屋の中央に踏み出すと壁が回転を始めた。轟音を立ててぐるぐると回っている。
やがてそれが終わった時、ハリーの頭の中は疑問符で埋め尽くされた。
次いで思う。
――――面倒くさい。
どの扉がどの扉だか、本当に分からなくなってしまった。
こうなると、魔法が使えない以上運の問題だ。
一度で当てられるとよいが、最悪は一日中この場で足止めとなり、ただただ運の勝負に負けたと言う結果に終わることだ。
それは避けたい。避けねばならない。しかし今のハリーには為す術もなく、出来ることと言えば適当な扉を開けるしかなかった。
取りあえずは向かって右手の扉を開けることにした。
扉の前まで歩き、取っ手に手を掛けた。
――――開かない。
何度か押したり引いたりしてみたがびくともしなかった。
となるとここは外れである。何が入っているのかについては興味も湧かなかった。
次の扉に掛かる。
二つ目の部屋は死の間に繋がっていた。中央にあるアーチが揺らめき、微かに人の声が聞こえる。
ハリーはその部屋に入ることはせず、眉をひそめてすぐに扉を閉めた。
そんな調子で何度か開けては外し。開けては外しを繰り返して、十数分も経った頃。
ようやくお目当ての扉を引き当てた。
中は様々な時計が置かれていて、それらが照明の光を反射して非常に煌びやかだ。
少しばかし逆転時計に心魅かれながら、けれど思いを断ち切って歩く。
目指すはハリーが入ってきた物以外での唯一の出入り口。
無駄に大きい釣鐘の裏にあるそれ。
鍵は掛かっておらず、侵入は容易い。
重くもなく、かと言って軽すぎることもない扉の先。
掌に収まるサイズのガラス玉が無数に置かれた部屋。
ハリーが危険を冒してまでここに来た目的地。
『予言の間』である。
そこの、さてどこだったか。
確か九十七列目。15年前の予言。
ハリーと、あとは『例のあのはげ』しか触れることの出来ないそれ。
何かに導かれる様に、ハリーはそれを見つけ手に取った。
他に置かれている物と何も変わらず埃をかぶって置かれていた。
しかし現在ではこの中でもっとも重要度が高いのではないかと思われるガラス玉。
中で記憶が渦巻き白い靄となって人目に触れるその日を待っている。
ハリーが眼の高さにまで掲げると、淡々とらしからぬ低い声で語り始めた。
15年前、全ての始まりですべての終わりとなった切っ掛けの予言を。
ホグワーツの新学期が始まった。
今年ぐらいは静かな生活を送りたいものだ。何かあるにしても裏でこっそりとあってほしい。
毎年毎年ひそかに思うハリーのその願望は、しかしまたもや新学期早々否定された。
原因として、まず新しい『闇の魔術に対する防衛術』の先生にマッドアイ・ムーディが着任したことがある。
本名はアラスター・ムーディ。いつだかの護衛ニンファドーラ・トンクスのお師匠様だ。
彼は隠居こそしていたものの古強者の闇祓いで、生徒達に対して闇と戦う時の心構えを伝授してくださった。
ご丁寧にも魔法省の方針に逆らい、許されざる三つの呪文まで見せたのだからその本気度合が計られる。
さらに、生徒全員に服従の呪文を掛け、それがどういう呪文なのか実際に経験までさせた。おそらく今までこんな授業を行った学校などないだろう。
現実を直視した、まったく無駄のない素晴らしい授業だった。
惜しむべくは彼のその性格から、ハリーの静かな暮らしがどこかに走り去ってしまったことだろうか。
加えて、忍びの地図を一目見てみると余計に静かさは遠ざかった。一体どうなっているのか。推測に暇がない。
二つ目は、言わずもがな三大魔法学校対抗試合のことだ。
クディッチを中止にしてまで行われるそれ。三校の魔法学校からそれぞれ一人ずつが選出され課題を競う。
約100年ぶりに行われることになるが、過去の試合を調べてみると出場選手の半数が死亡していると言う危険極まりない物だった。
それが今年10月よりホグワーツで開かれ、外国から二つの魔法学校の生徒たちが校長と共に訪れると言う。
静かとは果たして何だったのか。遠い過去、久遠の彼方に置き去りにしてしまった感覚がハリーを襲った。
しかし幸いにも、今回に限り特例で出場選手に年齢制限が掛けられると言う話だった。
当たり前と言えば当たり前なのだが、あのダンブルドアが自分の生徒たちを危険な目に遭わすはずがない。
過去の試合の事情を鑑みて、そういう措置がなされるのも当然の結論だ。
年齢制限は17歳以上。
つまり成人に達しない生徒たちは立候補することすら禁じられ、選手選考人として玄関ホールに設置された炎のゴブレットに近づくことが出来ない。
そうなるようにダンブルドア自ら年齢線を設置した。
あれを潜り抜けられる生徒は、今のホグワーツには居ないだろう。
ハリー自身も、態々あれを越える方法などは考えずにいた。
どうせ超えることなど一生ないのだから考えるだけ無駄だ。そんなことをするならまだハゲの頭の中を覗く方が有意義である。
ハゲとはヴォルデモート卿のことだが、奴は最近マグルを一人殺していて、ワームテールを配下に置き何事か企んでいるようだ。
そしてどうやらその際に、ナギニを依代にして分霊箱をまた一つ製作したらしい。
それについて色々思うことはあるが、率直に「馬鹿なのかな」とハリーは思った。
7個目の分霊箱とか常軌を逸している。
いつだか偉そうなことを言いはしたが、それは撤回しよう。ちょっと理解できない。
魂を分割してから頭が弱くなったのではなかろうか。まさかそんなところに弊害があろうとは。大丈夫かな、トム。
しかし、いくらハリーがヴォルデモートの愚行を嘆いても始まらない。
あちらはハリーと違いちゃんとした身体もなく、ハリーとの繋がりに未だ気づいてないから知ることもない。
ハリーとしてはこれ以上余計な真似をしなければいい。そう考えていた。
さて、話は戻り三大魔法学校対抗試合のことだ。
今回ホグワーツにライバル心を抱くのは、フランスのボーバトン。ドイツのダームストラング。
それらは10月30日にホグワーツへ訪れた。ボーバトンは馬車で、ダームストラングは船で。
それぞれ中々に鮮烈な印象をホグワーツ生へと与えながらの登場であった。
寒いところにあるらしいダームストラング。生徒は皆、もこもことした毛皮のマントを着ていた。
校長はイゴール・カルカロフ。銀髪に縮れた鬚を持っていた。確か奴は死喰い人であったはずだが、どういう経緯で校長になっているのか。
ハリーは非常に大きな興味を持った。
女の子ばかり連れてきたボーバトン。校長も女性だったが、その巨体は人間離れしていて、恐らく巨人の血が入っていると思われる。
それ以外には特筆すべき点はない。生徒たちは皆、良くも悪くも普通であった。
訪れた生徒たちは最終候補性の名に恥じることなく、その日の内にゴブレットへ名前の記入された羊皮紙を入れた。
選りすぐりの生徒なのだから当然である。
ホグワーツからも何人か入れたようだ。
ハッフルパフのセドリック・ディゴリー。
グリフィンドールのアンジェリーナ・ジョンソン。
ハリーが知っているのはそれだけだ。全員成人以上だ。
成人未満の生徒も何人か立候補しようと挑戦したようだが、それらは一様に年齢線に弾かれ鬚を生やす結果になった。
早い話、ダンブルドアに挑むには修行が足りなかった。彼らは目測を誤り、あまりに高い壁に突撃し玉砕してしまった。
老け薬程度であれは出し抜けない。あれに勝つにはもっと単純で、且つ大胆な発想が必要だ。
気づいてみればそんな簡単なこと。複雑な魔法など使わずに誰にもできること。
しかしほとんどの人間はそれが出来ない。頭にない。それを分かっているからこそのあの年齢線。
だからこそ厄介なのだ。あの老いぼれは。
一晩たち、10月31日の晩餐。
ホグワーツ生のみならずボーバトン、ダームストラングの生徒たちが賑やかに夕食を食べ終わった後、皆が緊張の面持ちで教師陣の方を見ていた。
この日は特別ゲストとして、魔法省の国際魔法協力部部長のバーテミウス・クラウチと国際ゲーム・スポーツ部部長のルード・バグマンがその席に加わっていた。
今や大広間の生徒、教師全員の視線を炎のゴブレットが独占しており、すぐ近くに立つダンブルドアが炎の光に当てられて、より一層神秘的な雰囲気を醸し出している。
「そろそろじゃ」
ダンブルドアが独り言にしてはやや大きく、生徒に聞かせるにしては聊か小さい声で呟いた。
直にゴブレットの火が激しく燃え盛り、その時が近いのだと言う事を見ている人間全員に教えてくれた。
固唾を呑んでその時を待つ。
不意に、ゴブレットから紙が吐き出された。
炎が燻っているように見えるその紙をダンブルドアが俊敏な動きで捕まえる。
ダンブルドアはじっくりと、紙に書かれている文字を吟味した後に大声で言った。
「ボーバトン代表、フラー・デラクール!」
大広間中が湧き、立ち上がった少女を拍手で送る。
少女はダンブルドアの前を横切り、教師達の座るテーブルから向かって右側にある扉へと姿を消した。
拍手がだんだんと疎らになり、広間の人間の意識はまだ燃え盛っているゴブレットに集中する。
爛々と輝く炎。次の選手が選ばれるのにそう時間はかからなかった。待って数分と言ったところか。
先ほどと同じように、ゴブレットが一枚の羊皮紙を吐き出した。
フラフラと宙を落ちる紙をダンブルドアが器用に捕まえ、先ほどよりは短い間の後に言う。
「ダームストラング代表、ビクトール・クラム!」
より大きな歓声が広間を包む。
今年、クディッチワールドカップのブルガリア代表選手の一人に選ばれた彼は、対抗試合の選手へと最も期待が高かった人物である。
ほとんどの生徒が彼のことを好意的に見ていて、ゴブレットの選出を歓迎した。
ビクトールが姿を消しても拍手や歓声は中々治まらず、ゴブレットが予兆を出すまで広間のざわつきは静まらなかった。
ゴブレットが一段と激しく燃え盛り、ダンブルドアが手を掲げたことでようやく広間に静寂が訪れる。
そして、最後の一枚がゴブレットから吐き出された。
「――――ホグワーツ代表」
ダンブルドアが羊皮紙を見て、声を上げるまでの間はほんの一瞬。
「セドリック・ディゴリー!」
その言葉に、今までで最も大きな歓声が広間に轟く。
その最たる原因は、ハッフルパフ生のほとんど全員が立ち上がりながら喜んだことであり、セドリックがどれほどハッフルパフ生に期待されていたのかを如実に表していた。
セドリックが扉の向こうへ姿を消して、それでも拍手を止めない生徒たちに寮監のスプラウトが注意するが、その顔も嬉しさに綻んでいて、あまり効果はなかった。
その様子にダンブルドアが「結構結構」と微笑む。
数分して、ようやく席に着いたハッフルパフ生たち。
ダンブルドアがゴブレットの前に出、生徒たちに語り掛ける。
「今宵、三名の代表選手が決定した。これから、この三人は三つの課題を競い、ただ一人だけが優勝杯、永遠の名誉、それに賞金の1000ガリオンを得ることとなる」
そこで一度言葉を切り、ダンブルドアは今一度広間を見渡す。
ダンブルドアの言葉に熱心に耳を傾ける者、選ばれず落胆している者、もしくは泣いている者。
たくさんの人間がダンブルドアの目に入った。
「これからのことに興奮冷めやらぬ者、ショックを受け落ち込んでいる者、様々な者がいると思う。しかし、この場に居る諸君は学校の区別なく――――」
言葉の途中、にわかに生徒が騒がしくなる。がやがやと、ざわざわと、波の様に伝播しほぼ全ての生徒の意識がダンブルドアから逸れた。
それらの眼はダンブルドアの背後、炎のゴブレットに向けられていた。
ダンブルドアも異変に気づき振り向く。
そこには、役目を終え火を消し眠りについたゴブレットではなく、未だ盛んに燃えたぎっているゴブレットがあった。
何かがおかしいと、何か変だと教師の何人かが腰を浮かしたところで、ゴブレットは吐き出す。
先ほどまでの三枚と同じ様に、火の燻る一切れの羊皮紙。
ダンブルドアは自分目がけて落ちてきたそれを半ば反射的に取り上げ、そこに書かれている文を読む。
認識して、理解して生徒の方を振り向いたダンブルドア。
その眼はグリフィンドール生の座るテーブルに向けられ、誰かを探して生徒たちの顔を滑った。
けれど見つからず、大声で呼ぶ。
「ハリー・ポッター!」
この呼び声は紙に書かれている文を読み上げたことと同義だ。
グリフィンドール生が互い互いに顔を見合わせ、渦中の人物を探す。
しかし見つからない。今この場にはいない。
ダンブルドアがマクゴナガルに視線を飛ばし、マクゴナガルは一つ頷きテーブルの間を縫って大広間を後にした。
後には大きくざわめく生徒たちと何があったのか分からぬとばかりに顔を見合わせる教師たち。
ボーバトンの校長マダム・マクシームは不快感に顔を顰め、イゴール・カルカロフは鋭い眼をダンブルドアに向ける。
魔法省からの客人のルード・バグマンは隣のバーテミウス・クラウチに何か囁くが、クラウチは何も答えずただ真っ直ぐ前を向いていた。
生徒たちから最も多くの視線を受けるダンブルドアは、大広間の扉を睨み直立不動でマクゴナガルが件の少年を連れて戻ってくるのを待っている。
それから10分ほど経っただろうか。
いよいよ生徒たちの囁き声はもはや囁きとは言えぬほどにまで膨れ上がり、イゴールを始め何人かに我慢の限界が訪れようとしていた時、大広間の扉が開いた。
騒めきは止み、全員が扉に目を向ける。
そこにはハリーが立っていた。すぐ後ろにマクゴナガルが立っており、少し息を切らせていた。
マクゴナガルとハリーが広間のほぼ全ての目を受けとめながらダンブルドアの元へ歩く。
「何ですか?」
ダンブルドアの真正面に立ったハリーが尋ねる。
その声には不機嫌さが滲み出ており、この状況を知っているのか知らないのか三者には判断が付かなかった。
そのハリーに、ダンブルドアが無言で羊皮紙を渡す。
それに目を向けたハリーは、次いでダンブルドアの背後のゴブレットに目を向ける。
ゴブレットは今や限りなく火を弱めており、今にも鎮火してしまいそうだった。
ハリーは首を振りながらダンブルドアに問う。
「……冗談でしょう?」
「残念じゃが、冗談ではないのじゃ」
さあ、とハリーを教師テーブルの右側の扉へと誘う。
ハリーは背中を押されるがまま、扉へと入って行った。
ハリーの姿が見えなくなったことで生徒たちの騒めきは三度熱を灯し、自ずと好き勝手に推測をぶちまける。
マクゴナガルはハリーの背中を険しい眼で追い、ダンブルドアは複雑な表情なままハリーから目を離した。
この短編は不死鳥の騎士団で終わらせることにしました。
不死鳥の騎士団の最後に、最大のネタバレをした後はただの消化試合となり、モチベーションを保てないと判断したためです。
ですので残り話数は後2~3話です。
本編完結後、番外編を恐らく1話投稿して終わりとなります。場合によってはアズカバンの囚人も含めて2話になるかもしれません。
今年中には終わらせようと考えています。
よろしければ最後までお付き合い下さい。