本編はたぶん次で終わると思います。また一万文字とか行かなければですが。
ハリーポッター(偽) 尋問される
ハリーは走っていた。すぐ隣にダドリーを連れながら、出来るだけ早く家に戻ろうとしていた。
「はあっ……、はあっ……」
先ほどまで雨が降っていたはずのプリベット通りは今や霧が立ち込めており、近くに奴らがいることを表していた。
時期的に場違いな冷気が漂う。
「っ……!! はぁっはあっ……!!」
人の足と奴らとでは移動速度に差がある。
このままでは追いつかれるのも時間の問題だ。横で息も絶え絶えに走っているダドリーを見ながら、ハリーは最悪を考えておくことにした。
「ちょっ、ま――――」
「なんだい。無駄話か? それより後もう少しだ。吐こうと死のうと走れよ」
家まであと5分と言うところで、ついにダドリーが走るのを止めた。
顔色が真っ青になっており、これ以上走るのは無理だとハリーは悟った。
「なん……なんなんだよ……!!」
猛烈な吐き気を抑えながら、ダドリーはハリーに聞く。
ハリーは一言「吸魂鬼だ」と答えた。
「吸魂鬼……? なんだよ、それ」
「アズカバンの監守だ。今もそうかは知らないけど」
チンプンカンプンな表情を無視し、ハリーは杖を取り出した。
ダドリーはそれを見てビクッと身体を跳ねさせる。
「いいかビッグD。僕から離れるな。僕は君が死のうと死ぬまいと――――いや、むしろ君が死んでくれた方が都合がいいんだ。僕にその手段を取らせたくなければ、僕から離れるな。どんなに恐怖に駆られようと、どれだけ惨めな気持ちになろうと、僕の側が一番安全だ。そう心に刻んでおけ」
ダドリーは素直に頷いた。
どこか安堵しているようにも見える。ハリーが自分に杖を向けないことで安心したのかもしれない。
「来るぞ」
ハリーが杖を構えた。
ダドリーには『何が』来るのか。本当に来てしまうのか分からなかったが、嫌に冷たい風が吹いているとは思った。
ハリーが杖を振り、杖先から閃光を出すのと、唐突にトラウマのフラッシュバックが起こるのはほぼ同時だった。
逃げようにも逃げられず、ただ幸福な気持ちを根こそぎ奪われ、ダドリーはその場で震えはじめる。
全身から力が抜け、その場に倒れる。自分とハリーの間には何もないはずなのに、恐ろしい何かが目の前にいる気がして、ダドリーは目を瞑った。
「――――!!」
ハリーの声が聞こえる。何かを叫んでいた。
ダドリーは猛烈な眠気と寒気に襲われ、意識を失い、暗闇へと沈んでいく。
気が付いたとき、ダドリーは暖かな光の中にいて、間髪入れず胃の中の物を吐き出した。
「それで、先生。今日はどうやって魔法省まで行くのですか?」
ハリーは目の前で朝食をとっているダンブルドアに聞いた。
ダンブルドアは食パン片手に朗らかに答える。
「そうじゃのう。本当なら姿現しで華麗に参上したいところなのじゃが、今回はマグルの交通網を利用させていただくとしようかのう」
ということは地下鉄に乗り電話ボックスで普通に入るのだろう。
ハリーは頷き、ウインナーを頬張った。
ダンブルドアは食パンにラズベリージャムを塗っている。
横でトンクスとウィーズリー夫妻がそんな二人を何とも言えぬ眼で見ていた。
平然と食事をとる二人に耐え切れず、ついにトンクスが口を開いた。
「あー、ハリー?」
「なんだいトンクス」
炒り卵にケチャップをかけつつハリーは答える。
「今日、裁判だよね?」
「そうだね」
「……緊張とかは?」
ハリーはチラリとトンクスを見、次いでパンを一口齧った。
丁度、ダンブルドアもパンを齧る所だった。
いつものキラキラとした眼がより一層輝き、さながら玩具を前にした子供のようだ。
「緊張」
パンを呑み込んだハリーが復唱する。
ウィンナーにフォークを突き刺した。
「目の前に緊張の欠片も見えない人がいるのにする意味あるのかい?」
「…………」
トンクスは答えず数度の瞬きの後、気が抜けたように欠伸をした。
「ほっほっほ」とダンブルドアが笑う。
ウィーズリー夫妻も釣られてぎこちなく笑った。
「ハリー、君が儂のことを心底信頼してくれているようでとても嬉しい」
「そうですか」
「ところで、どうじゃね。今上で寝ている同僚たちとは仲良くできているかな?」
「僕なりに上手く付き合ってますよ」
「儂は君に是非とも友情を学んでほしい。それから、出来れば愛情ものう」
言って、ダンブルドアは最後の一口を口に入れた。
咀嚼しながら、相も変らず爛々と輝く青い眼でハリーを見通す。
ハリーはフォークを置いて居心地悪そうに体を揺らす。
答える代わりに、カボチャジュースを口に含んだ。
少しの沈黙が場を支配する。
ダンブルドアが懐の時計を覗いて言った。
「おお、もうこんな時間じゃ。そろそろ行かねばのう」
「はい」
二人が立ち上がる。トンクスが眠そうな目で手を振った。
アーサー・ウィーズリーが慌てて立ち上がる。
「では、私も行くとします」
「うむ。中々気難しい人じゃが、アーサーなら気を悪くすることなく連れてこられるじゃろう。道中、時間が来るまで喫茶店で緊張を解しておくと良いかもしれぬ」
分かりましたとアーサーは答える。
ローブに身を包みつつ妻のモリーにキスをして、それからハリーに言葉を掛けた。
「ハリー。君が無罪であることは火を見るよりも明らかだが、くれぐれも発言には気をつけてほしい。君は時々人を逆なですることがあるから」
「ええ」
「頼んだよ」
心配そうにハリーを見るアーサーは、先駆けて姿くらましをするために出て行った。
見送ったダンブルドアがハリーに言う。
「我々も行こうかのう」
「ええ。いえ、その前に」
ハリーがダンブルドアの格好を見ながら口を挟む。
「その格好で行くのですか?」
「うむ」
迷いなく放たれた返答に、ハリーは困窮する。
それを楽しく見ながらダンブルドアは続ける。
「この年になると周囲の眼が気にならなくなってのう。逐一着替えるのも面倒じゃし、構わんじゃろう」
「僕が構うのですが」
「おや、『生き残った男の子』ともあろう君が、今更他者の眼如きを気にするとは思わなんだ」
「そういうことではないのです、先生」
ハリーは頭を押さえた。
モリーの憐れみの眼が突き刺さる。
しかし数秒後にはハリーも決然とした瞳をもって言った。
「まあいいです。行きましょう」
「うむ」
軽快にダンブルドアは歩く。
ハリーもその後に続いた。
モリーが「気をつけて」と二人を見送った。
長い豪華なホールの中ほど。
ハリーは、小鬼や屋敷しもべ妖精、ケンタウロスなどの立像が鎮座している「魔法族の和の泉」を眺めていた。
噴出している水の溜まり場。そこには金貨や銀貨、銅貨が沈んでいる。
「気に入ったかね?」
ダンブルドアがハリーの背に問う。
ハリーは振り向き肩をすくめた。にこやかに、ダンブルドアが言う。
「沈んでいる金貨等は聖マンゴに送られておる。虚偽に塗りたくられていても、これは確かに役には立つのじゃ」
「虚偽?」
「そう。虚偽じゃ。ハリー」
周りの暖炉から何人か、煙突飛行ネットワークを用いて姿を現す。
それらは一様にダンブルドアの姿を見て驚き、ハリーの姿を見て納得の色を見せた。
「我々魔法使いは今まで、この同胞たちを真に同胞とみなしたことがない。見下し、いつも人が上に立っていると驕ってきた。丁度、この泉のようにのう」
泉の頂点には一人の魔法使いが立っていて、他の『同胞』はそれを見上げている。
まるで信者が神を崇めているような構図だ。
「しかし、いい加減悔い改めねばならん。さもなくば、手痛いしっぺ返しを受けることになる」
ハリーは像を見上げた。台座の上にあるそれらは、ハリーの位置からでは魔法使いこそ栄えども、他の像には一線の影を落としこんでいる。
「ハリー、知らねばならぬ。小鬼にしろ、しもべ妖精にしろ、人と何ら変わりはしないと。彼らも人の様に考え、傷つき、行動するのだと。どれだけ見た目が違おうと、内に秘める物に、人もそれ以外もないのだと」
ダンブルドアの言葉に、にわかに熱がこもった。
「人は、区別したがる。自分こそ特別だと思いたがる。しかし、大多数の凡人は知らぬ。特別には、特別ゆえの責任があることを」
そう、ダンブルドアは言い切った。
次にダンブルドアが口を開いたとき、そこには一瞬前の熱は既に無い。ハリーは、それが一つの教授なのだと知った。
「杖を登録するのに、そこで守衛が待っておる。急ぐとしよう」
ハリーは頷き、守衛の元へ行く。
他人の眼は、もう気にならなくなっていた。
エレベーターに乗り、二階で降りた二人は、みすぼらしい廊下の最奥の扉の前にいた。
『マグル製品不正使用取締局』の表札は黒ずんでいて、先ほど通りかかった闇祓い本部の素晴らしさが窺える。
シリウスの顔が四方八方から睨んでいたのが気に食わないが、あそこには新しさと清潔感があった。
ダンブルドアは樫の扉を数度ノックした。しかし返事はない。
どうしたものかと考えたハリー。それを嘲笑うが如く、ダンブルドアは扉を開いた。
「相も変らぬ味のある部屋じゃ」
ごちゃごちゃと羊皮紙が積み上がり、隅には何か機械の部品が転がっているその部屋をダンブルドアはそう評した。
ハリーは、その部屋に既視感を覚える。11歳まで住んでいた階段下の物置を思い出した。
「アーサーはまだ来ておらんようじゃの。裁判まで暫し時間がある。それまでのんびり椅子にでもかけようぞ」
ダンブルドアは杖を一振りして座り心地の良さそうなチンツ張りの椅子を二脚用意した。
機嫌良さそうに指を組んで座る。
ハリーも倣って座った。それはホグワーツの椅子よりもはるかに楽だった。
少なくとも尻を痛めるようなことはない。
窓もなく、あるとすればアーサーコレクションのマグルのポスターが数点だけだが、ダンブルドアはそれを興味深げにしげしげと眺める。
時計の針が二周もしたころ、ハリーが口を開いた。
「先生、お聞きしたいことがあります」
「なにかね」
ダンブルドアは快く応対する。
「今年の『闇の魔術に対する防衛術』の教授は誰が務めるのでしょうか」
「おおう、これは痛いところを突かれた。実はまだ決まっておらんのじゃ」
「やはりここ数年の悪評と最近の魔法省の態度のせいですか?」
「それもある。しかし、全てが全て他人のせいだとは言えんじゃろう。例えば、給金が労力に見合ってないということもあるやもしれん」
「子供を相手にする仕事ですから、相応の苦労はあると思いますが」
「左様。子供に教え、導くことの出来る人材と言うのは中々いない。ただ教科書を読めばそれでいいと言うわけではない。難しい物じゃ」
ハリーは同意する。もし自分が将来なりたい職業を聞かれたとして、教師とは口が裂けても言わないだろう。
「――――先生。先生は随分長い間ホグワーツに勤めていらっしゃいます。かつて幾度となく大臣へと乞われたにもかかわらず、ずっと。……なぜでしょう?」
「それは、わしは魔法大臣よりもホグワーツで教える方が性に合っているからじゃ」
「性にですか?」
「性に、じゃ」
ダンブルドアはハリーを見て微笑んだ。
ハリーはその顔を見て、また11歳の頃を思い出す。
ハリーとダンブルドアが初めて話した時のことを思い出した。
「以前、みぞの鏡を見たとき、先生はそこに一足の靴下を持った自分の姿が見えると仰いました」
「確かに、そう言うた」
唐突な話題の変更をダンブルドアは苦もなく受け止める。
「先生は今見ても同じものが見えるのでしょうか」
「見える。そう断言しておこうかのう」
ダンブルドアはポスターに目を向けたまま、今度は自分の番だとハリーに問う。
「逆に聞こう。ハリー、君が今みぞの鏡を見れば、そこには何が見えるかね?」
いま、見たら。ハリーは考えた。
そこには何が映るのだろうか。
四年前と今。
四年前に見えたものと、現在の差異。
あの頃の自分と今の自分。差は大きく、変化は途方もない。
正直に言って、みぞの鏡を見たとき、今のハリーに何が見えるのか分からなかった。
ハリーのその思いを読み取って、ダンブルドアは言う。
「君はまだ若い。思考は凝り固まっておらず、心は不安定。しかし、だからこそ変わることが出来る。儂の様な老いぼれには到底まねできんことじゃ」
茶化すような口調ではなく、先の様に熱を帯びている訳でもない。
平生の口調で、ダンブルドアは続ける。
「変化を恐れてはならぬぞ、ハリー。例え君が何者でも、君が今までの14年間に学び、経験したことは変えようのない事実じゃ。今の自分を受け止め、前を見るのじゃ。そこに何が見えるのかは、これから答えが出よう」
また、静寂が場を支配する。
もうダンブルドアは何も言わないし、ハリーも口を開くことはなかった。
二人そろって、ポスターを眺める。
その静寂が破られたのは、荒々しく扉が開かれた時だった。
ハリーはてっきり、アーサーがやってきたのだと思った。
しかし、扉の向こうに立っていたのは白髪に猫背の老齢な男性だった。
訝しむハリーの横でダンブルドアが恭しく挨拶する。
「おお、これはミスタ・パーキンス。どうかなされましたかな?」
「ああ、ダンブルドア! よかった……。実は今緊急通達がありまして、ポッター少年の尋問時間と場所が変更になったと――――」
そこで、聞いていた二人が勢いよく立ち上がる。
パーキンスは驚き跳びあがった。鋭く問いかける。
「内容は?」
「え、ええ。8時に十号法廷だそうです」
ハリーとダンブルドアが一瞬目を合わせる。
そして、ほぼ同時に扉に向かって歩きはじめた。