第一章「勇者、六畳一間から旅立つ」
「はぁ・・・・・・・はぁ・・・・・・・はぁ」
それはもはや毎朝の日課になっていた。自転車を漕ぐ。何も健康の為にサイクリングをしているのではない。雨露を凌ぐ為に始めた彼の生業だった。彼は多くの家屋のポストに新聞紙を突っ込み、ひた走る。要するにそれは新聞配達だった。
彼の名はルキウス・アルビオン。かつて、世界を救うべく魔王と闘った勇者である。現状に至るまでにはいくつかの説明を要する。今の現状ですら、幾多もの試練の末に勝ち取った生活といっても過言ではないのだが。
あまりにスケールに落差がある為しょぼく思えるが。いや、実際しょぼいのだが。
勇者である彼が紛れ込んだのは日本という世界だった。正確にいえば大陸のひとつ、いや、領土のひとつといってもいい。
ともかく、彼はその世界に紛れ込んだ。かつての屈強な肉体ではなく、軟弱な体つきになっているのだから、肉体のまま紛れ込んだのではない。
髪は周りと同じような黒髪だし、肌の色もそうだ。恐らくはその存在自体がこの世界になじむように作り替えられたのだろう。その魂、意識を除いて。幸いな事に言語能力は最初から習得されていたようで、改めて覚える必要がなかった。
後はこちらの社会常識というものに慣れるのにてこずった。そして最大の問題は寄生先(誤字にあらず)がない事だった。縁のない世界であるのだから、それも当然だった。まず何よりも金がなかった。というか、服以外の何もなかった。元の世界「ユグドラシル」の通貨などあっても役に立たないだろうが。さらには住居借りる為にも戸籍などの身分を証明するものも必要だった。社会的に信用できる人間かどうかを確かめる為だろう。
その戸籍の取得にも随分と苦労した。何とかたどり着いた仕事がこの新聞配達というわけだった。さらには住み始めるにも普通の物件では敷金や礼金というものをとられる事が判明した。
とてもではないが、そんなランニングコストはかけられない。
当然のように敷金、礼金もなし。固定費である家賃に高い金はかけられない。家賃も極力低い方がいい。雨露さえ、凌げればいい。
そういった判断基準で選んでいけば、必然的にボロくて狭い物件になるに決まっていた。
へとへとになり、ボロアパートの一室にたどり着く。
表札には『菊池誠司』と書いてあった。単に戸籍上の名前がそうだったからそう名乗るようになったというだけの事で、深い思い入れなどない。便宜上の理由でそう名乗っているだけの事だ。
「あら、菊池さんじゃないですか」
そう、少女に声をかけられる。学生服を着た、どこか控えめな印象少女だった。ただ別に可愛くないわけではない。素朴だが可愛い、そういう印象を彼女からは受けた。
彼女の名は田村美咲という。
このボロアパート、『メゾンド田村』の大家の娘である。メゾンド、とは○○の家という、フランスという外国の言葉だ。異界の人間ではあるが、フランス語と日本語を組み合わせるネーミングにはセンスというものを感じなかった。
「今日も朝からお仕事ですか。お疲れさまです」
そう笑顔で労ってくる。純粋に良い子だと思った。
「ああ、そうだけど。美咲ちゃんこそ、朝早くからご苦労だね。もうすぐ学校じゃない?」
「はい。そうです。これも日課ですから」
そう笑顔でいいつつ掃き掃除をする。
「それじゃあ、行ってきますね」
掃き掃除を終え、鞄を手に取り彼女は学校に向かった。
そして勇者ーーいや、誠司は早朝の労働からくる空腹を満たすべく、自身の部屋へ向かった。
ーーしかし、その時誠司は何者かに監視をされている事を知る由もなかった。
ワンシーンごとに書きあがったら投稿という感じで。
1000~2000字程度で毎日更新を目標にやっていきます。