「はぁ、はぁ」
最初の数週間というものはこの世界に戸惑ったけれど、慣れというのは恐ろしいものだった。次第に自分がただの人間ーーそう、この世界の日本の住民のようになってきた。そう、染まってきている
「しまった。雨が降ってきた」
慌てて引き返す。暗雲が渦巻く空からは無数の雨粒が落ちてきた。まだゴミ収集車がくる時間はある。慌ててアパートの一室に戻り、そして一本の傘を手に取り、再度ゴミに出る事になる。
そして慌てて近所にゴミだしに出た時の事だった。
「にゃー」
というかわいらしい鳴き声が聞こえてきた。それは猫だ。
プップー!
そしてクラクションの音と共に、大型のダンプカーがすごい勢いで迫ってきた。
「なっ!」
いけない! このままでは猫がひかれてしまう。ただの一個の生命とはいえ、無駄にはできない。
そう、勇者としての使命、本能というものが勝手に働いてしまう。
勇者は飛び出した。転がり込むようにして、猫を抱き抱えた。なんとかダンプカーをよける。無事、猫を助ける事に成功した。
「・・・・・・君、大丈夫か?」
「にゃー」
声をかけるも、猫の鳴き声などよくわからない。恐らくは礼を言っているのだろう。
「ほら、いきな」
そういって猫を逃がしてやる。
ーーと。
物陰からその様子を見ていた一人の少女が現れた。恐らくは可愛い少女なのだろう。普通であれば、普通の状況であれば彼女は誰もが目を引く美少女に受け止められ、視線を集める事だろう。
しかし、彼女はボロボロの服を着ていた。ところどころに汚れも目立つ。そして、髪はボサボサである。恐らくは何日も風呂に入っていないのだろう。さらには睡眠不足からか、目には隈ができている。
これだけ悪条件が揃っていれば、とてもまともな少女には見えなかった。
「み、見つけた! 見つけたぞ! ついに見つけた!」
少女は嬉々とした様子で言う。
「え? 何を?」
思わず聞き返してしまう。
「そなた、勇者であろう」
「・・・・・・・どうしてそう思うんだ?」
「妾は常に貴様を監視しておった。そして、極め付きは最後の出来事。今時猫が引かれそうな時に身を挺して助けるなど、よほどの正義感に満ちあふれたバカのやる事! そう、そんなバカなど世界中探しても勇者しかいなかろう!」
そう胸を張って言われる。
「俺が勇者だとして、だったらお前は誰なんだ?」
「決まっているであろう。魔王だ」
「魔王?」
「そう。余は魔王である。魔王ルシファーである」
いきなり頭のおかしい女が目の前に現れた、という可能性は恐らく低い。間違いなく、魔王ルシファーなのだろう。
「お、お前が魔王か」
「そうだ。余が魔王だ。運命の再会。恐ろしさのあまり、身の震えが止まらない事だろう」
「ーーだが、なぜそんな格好になっている?」
「ん? この体か。よくわからん。妾もなぜこんな貧相な体になってしまったのか。ああ、それよりも勇者よ。会いたかったぞ、とはいえもうすぐ別れる事になるのだがな。貴様の命は今ここで終わりを告げる。この魔王の力によって。そう、貴様にたどり着くまで大変だった。大変だった、本当に大変だったのだぞ」
「・・・・・・そうか、大変だったのか」
えらく大変だったアピールをしてくる。そんなに大変な想いをしてまで探さなくてもよかったのに。
「貴様にたどり着くまでの日々、なんと大変だった事か。住むところもなく、頼もしい家臣もいない。今まで何度怪しい男たちに連れてかれそうに
なった事か。「親御はどこにいるか?」と聞いてきたのだ。余は幼子ではないというのに」
恐らくそれは家出少女として警察に補導されそうになったのだろう。
「ともかく、全ての苦労は今この時晴れる! 覚悟しろ勇者よ!」
「くっ」
勇者ルキウスーーいや今の名は誠司か。誠司はかつての力を使う事ができない。このままでは無抵抗で殺されてしまうだろう。
「死ね! 勇者!」
思わず目を閉じてしまう。
しかし、痛みはやってこない。いや、わずかな痛みは走った。痛みという程ではない衝撃。
ポカ! ポカ! ポカ!
「・・・・・・・何をしている?」
思わずそう聞いてしまう。
「見てわかるだろう! 貴様に渾身の攻撃をしているところだ!」
「いや、正直にいってわからなかった。そうか、攻撃をしているのか」
・・・・・・・どうやら魔王もまたかつての力ーー魔力を失っているらしい。
「そして、これが余の最大の一撃だ! くらえ!」
ーーと。ふらついた。
「い、いかん。余とした事がーー」
そして意識を失う。恐らくは不眠不休で尾行をして、ろくに食べていないのだろう。
そんな状態で無理な運動をすれば倒れるのも必然だった。
魔王はそのまま道に倒れた。
「えーっと」
倫理的にも倒れている女の子を放っておくわけにもいかないだろう。勇者である誠司は少女となった魔王を抱き抱えた。
あの六畳一間にとりあえずは運ぶしかない。
大体こんな感じで毎日更新していけたらと思います。