ダンジョンで趣味で英雄《ヒーロー》やるのは間違っているだろうか 作:サイレン
一話を加筆・修正したのでそちらから読んでくれると助かります。
見上げた先には、白亜の巨塔が天高く聳え立っていた。距離はまだ十分に遠いのに、誰の目を憚かることなく悠然の屹立している。都市を囲む市壁もこれまた高いのだが、白亜の巨塔はそれより更に天へと伸びていた。
「おぉ! あそこが迷宮都市オラリオ!」
その光景を初めて目に映した少年──ベル・クラネルは、目を輝かせて感嘆の声を上げていた。
ついこの間まで暮らしていた故郷を離れ旅立った彼であったが、道中は中々に大変なものであった。
道を歩けばモンスターに絡まれ、乗り合いの馬車に便乗すれば荷を狙った賊に襲われ、偶々寄った町では賞金首と遭遇するなどと、実に楽しい日々を送っていたのだ。忌まわしいほどの運の無さを嘆くべきなのだろうか。
しかし、ベルにとってそれらはある意味日常的であったので苦労という苦労は全く感じなかった。むしろこれは
そもそも、ベルはそれら事件を障害とすら思っていない。慌てる理由が分からない。
目の前にモンスターが現れれば倒せばいい。賊が襲撃してきたら返り討ちすればいい。賞金首を見掛けたら捕まえればいいのだ。単純ではないか。
しかもお小遣いまで手に入ると考えれば役得ですらある。お陰でオラリオにたどり着くまでに懐が暖かくなった。万々歳である。
そんな日々を過ごして数週間、遂に目的地であるオラリオへと到着した。
(あそこにはダンジョンが、英雄譚に不可欠な舞台がある!)
ベルは期待に胸を含まらせる。待望の冒険の舞台に心躍るのは仕方のないことだろう。
「坊主! 随分と楽しそうだな!」
「えぇ、それはもちろんですよ! あそこに行くために遥々故郷から来たんですから!」
この旅で仲良くなった乗り合い馬車の御者に言葉を返す。商人として活動しているようで、丁度オラリオへと荷を運んでいたところを頼み込んで同乗させてもらっていたのだ。こういうのも冒険の醍醐味だと思っていたベルにとって、この出会いは色々と良い経験になった。
「おじさんにはお世話になりました」
「何言ってやがる。世話になったのはこっちだぜ。坊主がいなきゃ俺は死んでたかもしんねーだからな」
「そう言って貰えて何よりです」
度重なる賊の襲撃には長年商人として旅している彼も流石に驚いたらしい。護衛もベルと出会う前にいなくなり、仕方なくベルを雇う形でここまで来たとのこと。予想外だったのはベルのその強さだったようだ。
「にしても坊主は強いな。本当にまだ冒険者じゃないのか?」
「はい。僕はずっと田舎に住んでいたので、【ファミリア】にも入ってませんし、『
ベルは道中何もしていないわけではなかった。モンスターや賊の討伐の他に情報収集を行っていたのだ。祖父から沢山のことを学んではいたが、実用的なものはそれはもう少なかった。覚えているのはハーレムの作り方、女の子の扱い方、男として格好良い生き方、仕草、振る舞い、修羅場に陥らない方法などなどである。今まで実践する機会には恵まれなかったが。
そのような裏事情があり情報収集は必然であった。それに英雄譚での冒険でもそういった活動に勤しんでいたから、こういうのもベルの憧れの一つであった。まぁベルはそもそも冒険者という言葉すらよく分かっていなかったのだから、御者には笑われたものだ。
冒険者というのは神に【ステイタス】──『
また【
因みに、全て御者に教えてもらった情報である。
「やっぱり信じられないぜ。坊主ほどの奴がただのヒューマンとは」
「僕からするとこれが普通なんですがね」
「ははは! そりゃ愉快な話だぜ」
御者の彼はベルの言葉を笑い飛ばす。余程おかしなことを言っているようだ。
一般的に、モンスターはどんなに弱かろうと普通の人ではまず勝てない。モンスターの中でも最下級として有名なゴブリンであろうとも例外ではない。モンスターと下界の者達では絶対なる格差が存在するのだ。
ベルがその事実を知ったのはつい最近である。というより、教えてくれたのがこの御者であった。やはり自分は人外へと足を踏み入れていたのだと
「おっと、着いたぜ」
「おぉ、ありがとうございます! 助かりました」
よっという掛け声とともに馬車から飛び降りる。ベルは祖父の言い付け通り、一挙手一投足に格好良さを追求する癖が付いていた。全てはあまり興味の見出せないハーレム達成のためである。
「坊主はあっちの検閲口から入れるはずだ。まぁ頑張ってこいよ」
「はい。ありがとうございました。お元気で!」
「おぉ! また機会があったらな!」
「はい!」
拳を合わせ別れを告げる。こういうのもやりたかったのだと、ベルは一人満足して目的の検閲口へと向かう。
遂にやってきた冒険の舞台。
最初の関門は数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの行列であった。
* * * *
オラリオに来て数週間。
僕は遂にダンジョンへと潜り込むことを決断した。
時間が掛かったのには理由がある。ずっと情報収集をしていたからだ。
迷宮都市オラリオ。白亜の巨塔、通称バベルを中心に広がる世界で最も栄えている都市である。
道行く人達は僕と同じヒューマンから、ドワーフ、ノーム、獣人、パルゥム、エルフといった
特にお気に入りが『豊穣の女主人』という酒場である。料理は美味しいし店員さんは皆美人揃いと完璧なのだ(女の子をあまり見たことがないから美人の基準は分からないけど多分美人)。お祖父ちゃんからも、そういう酒場はいち早くお得意様になれと仰せつかっていた。
昼は都市中を駆け回り、夜は酒場で店員さんと話しながらの情報収集。実に有意義な日々を過ごしていた。
ただ、問題が一つ発生した。
ダンジョンに入るためには【ファミリア】に所属し、『
というわけで早速行動を開始した僕であったが、早々に【ファミリア】への所属を諦めた。行く先々で「お前みたいな弱そうな奴が」だとか、「サポーターとしてなら」だとか、「失せろ」と厄介払いされたのだ。ブチ切れなかった自分を褒めたいと思った程である。……いつか殴る。
しかしこのままだとダンジョンに入れない。どうしよーかなーと悩んで数日、悩むのも面倒になったのでもう突っ込むことに決めた。
勝算はあった。ダンジョンの入り口を観察していたが、一々冒険者なのかの確認を取っている様子はない。膨大の数の冒険者がいるからそんなことしないのだろう。そもそもとして、冒険者でもないのにダンジョンに入ろうとする者が馬鹿なのだ。一人や二人堂々と忍び込んでもバレるわけがない。
魔石などの換金所でもやって来た人に対応するだけ。実際、僕が持っていた魔石を換金しに行っても普通にしてくれた。
……うん、何の問題もない。行けるなこれは。
流石に手ぶらだと怪しまれるので短刀だけ装備していざ出陣した。余裕で入ることが出来た。
『『『グギャアァッ!』』』
「おっ、『ゴブリン』だ!」
ダンジョン1階層。初めてモンスターと出会した。今まで幾度も倒したことのあるモンスター『ゴブリン』である。
この緑色は正直雑魚のはずだが、ダンジョンで現れるモンスターは外のモンスターよりずっと強いと聞いたことがある。油断せずにいかないと……。
気合いを入れた僕は踏み込んで懐に潜り込んだ。ゴブリンは反応すら出来ていない。
「ふっ!」
一息挟んで殴り付ける。断末魔の声も上げることなくゴブリンは消滅した。……あれ?
近くにいたゴブリンの背後に立ち、さっきよりは手加減して殴った。ゴブリンは消滅した。……ん?
残った一匹には歩いて近づく。ゴブリンは何故か動かなかったのでこれまた手加減して殴った。ゴブリンは消滅した。…………。
戦地にも関わらず僕は顎に指を寄せて考え込む。僕は何かおかしなことをしただろうか……?
『グガァッ!』
今度現れたのは『コボルド』。『ゴブリン』の次に代表的な最下級モンスターだ。
「……………」
僕はろくに見向きもせずに指弾を一発かましてみた。コボルドの頭が無くなった。
「……………」
……いや、最下級モンスターだからこんなもんなんだよ、きっと。そうに違いない!
あまりの手応えの無さに驚いたがここはまだ1階層。下に行けば行くほど強くなるのだから、この程度で落胆してても意味がない。
僕は歩調を少し早めて下へ下へと向かって行った。
ダンジョン5階層。相変わらずモンスターは指弾一発で倒せる。本当に強くなってるのかな〜……。
「きゃあああああああああっ!?」
『ヴヴォオオオオオオオオッ!!』
遠くから悲鳴が聞こえた。
「っ!」
──今のは女の子の声だっ!
僕は全速力で駆け出した。
聞こえた悲鳴を頼りに声の元へと疾走する。でも道が分からない。まだこの階層の地理を把握出来ていないのだ。このまま闇雲に走り回っても効率的ではないだろう。……なら!
「はぁぁっ!」
壁を殴り付けた。爆音を轟かせた後、綺麗に削り取られた洞窟が完成した。よしっ!
僕はそのまま掘削作業を継続して駆け抜けて行くと、ドンドンッという重い足音が大きくなってきた。目的地までもう直ぐのはず。
──見つけたっ!
怪物の姿を視界に捉えた瞬間、僕は脚に力を与えて踏み込み飛翔する。後ろで爆発が起こった気がするが気にしない。
……あれ? てかあのモンスター『ミノタウロス』だ! 結構強いんじゃないかな! ……なら少し強めの──
「──普通のパンチっ!」
『ヴぉ?』
ミノタウロスは爆散した。残ったのは魔石だけだった。一撃だった。
……ちょっと虚しくなった。
「ありがとうございました! 本当にありがとうございました!」
「いえ、気にしないで下さい」
助けたエルフの少女に熱心にお礼を言われる。うん、やっぱり人に感謝されるのは嬉しいな。
「何かお礼をさせて下さい!」
「お気持ちだけで充分ですよ。怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です」
「良かったです」
こういうときは見返りを求めない。それが格好良い男の装いだとお祖父ちゃんに教わった。『男ならクールに』は僕の家訓だ。……断じて僕が考えたわけではない!
「あっ、すいません。私この後用事が……」
「大丈夫ですよ。お一人で帰れますか?」
「え? あ、は、はい! 大丈夫だと思います」
「では、お気を付けて」
なるべく優しく対応し微笑みを浮かべながら見送る。うん、お祖父ちゃんの訓えはしっかりとこの身に叩き込まれているみたいだ。
姿が見えなくなるまで見守った後、背後から誰かが近付いて来るのを感じた。さっきからずっと見られてたのは知ってたけど、一体何の用事なんだろう?
「……あの?」
──声は女の子、優しく対応しなければ!
「はい?」
どうやらお祖父ちゃんの訓示は魂にまで刻み込まれていたらしい。
振り向いた先にいたのは、女神様と比べても遜色ない美貌を携えた少女だった。
靡くのはどんな金銀財宝にも負けない輝きを纏った金色の髪。
金色の瞳は宝石のように綺麗で、目が離せないくらいだ。
──蒼い装備に身を包んだ、金眼金髪の女剣士。
僕は彼女を知っている。情報収集の一環で耳にした、オラリオで最強の一角に名を連ねる少女。オラリオ最強派閥【ロキ・ファミリア】に所属するLv.5の第一級冒険者の一人。
【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。
なんでそんな有名人が僕に声を掛けて来たのか全く分からないが、とにかく敵意はなさそうだ。
「あの、ありがとうございました。私達の不手際で迷惑をお掛けしました」
ゆっくりとこっちに歩み寄って来たヴァレンシュタインさんはいきなり頭を下げてくる。何のことなのかさっぱり分からないんだけど……。
『──女性に頭を下げさせてはならない』
天啓を受けた。お祖父ちゃんの声だった。
「いえ、僕は全然大丈夫なので。頭を上げて下さい」
人生の半分以上をハーレムの勉強に費やしたためか息を吐くように台詞が出てくる。ほぼ初めての実践だったけど問題なさそうでなによりだ。
顔を上げたヴァレンシュタインさんは、キョトンとした顔付きでこっちを見ている。美少女にまじまじと見られてると落ち着かないよ……。
「私は【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタイン」
知っています。
「……君は?」
「……えっ? 僕ですか?」
「うん」
コクリと小さく頷くヴァレンシュタインさん。無表情なのに動作のひとつひとつが可愛らしい。美少女は不思議だなー。
しかし困ったことになった。こっちは『ギルド』の定めた法を無視してこの場にいて、【ファミリア】に所属なんてしていない。あぁーもう! ダンジョンに入る前に言い訳と弁論と屁理屈を考えておくべきだった!
「……あのー、うーん、あっ! 僕はベル・クラネルです!」
とりあえず自己紹介する。これで誤魔化せないかな?
「……ファミリアは?」
無理でした。
「えーとですね、まだ所属してないと言いますか……」
「……えっ?」
無表情だったヴァレンシュタインさんがほんの少しばかり目を見開いた。まぁそういう反応ですよね。……やばい、どうしよう。
「じゃあ、君は一体……?」
「……えーとですね……僕はその──」
ええい、面倒くさい!
「趣味で
「………………はっ?」
──これが【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインさんとの出会いだった。
やっぱり一人称は苦手です。