唸る履帯と零落白夜 作:コジマ博士
「私は生まれながらの社長である」
低く、大地を揺るがすような重苦しい声。うら若き少女のものとは思えない、渋みに偏った声。
「諸君らの知る通り、血筋の人間であり、唯の成り上がりであり、忌み嫌われる女である」
全社員の集められた会場内に困惑の色が広がる。その困惑の理由。それは単純なものではない。
「だが、それ以前に、私は───私達は【有澤】だ。炸薬を愛し、榴弾を愛し、履帯を愛し、分厚い装甲を愛し───「鉄の棺桶」と揶揄されようとも、私達はその全てを愛している。違うか?」
彼女は大人び過ぎていた。その声も、その口調も、選ばれる言葉も、全てが“少女”からかけ離れていた。
そして、そこには前社長に優らずとも劣らぬ、確かな重みがあった。
年端もいかぬ彼女に社長が務まる訳がないと文句を零した者も、女だという事だけで邪険に思っていた者も、目の前の現実とのギャップを受け入れられずにいた。
「だからこそ、社長である私自ら、諸君らにその道を指し示そう」
それを予期していたかのように、彼女は続ける。
「今は信じられないかも知れない。いや、信じなくてもいい。だが、何れは知る事になるだろう。私の言葉の意味を」
会場内の全てが息を呑む。
「前に進むしか能がないならば、前に進めばいい。前に進めないのなら、阻むその全てを焼き付くすだけだ」
一人、誰かが拍手すれば、それに誘われ、周りの人々も拍手する。それが会場内に伝播され、大きな拍手となって響き渡る。
「これより───」
背後のプロジェクタが起動し、その映像を映し出す。
「プロジェクト【雷電】を執行する!」
今まで無表情を貫いていた彼女の顔が三日月が歪み、それはうねりにも似た歓声と拍手に包まれ、溶け込んでしまった。
──────
織斑一夏。
俺は弱い。だから、何時も泣いてばかりだった。
俺は弱い。だから、何時も誰かが助けてくれた。
俺は弱い。だから、大切な人を守る力が欲しかった。
搾り滓なりにも、出来損ないなりにも一生懸命努力した。だけど、所詮俺は男でしかない。いくら強さを求めても、俺は性別の壁を越えられない。それは、俺が男として生まれてきた時点で定められていた運命なのだ。だから、限界の壁にぶち当たるのは早かった。
だからと言って、諦めるわけにはいかなかった。性別の壁くらいでウジウジと悩んでいる暇なんてなかった。
俺には夢がある。誰かを守れる位に強くなりたいという夢が。
大切なものを守る為なら、全てを捨てる覚悟がある。その力の為なら、修羅の道を歩む決意がある。
だから、俺の声にISが答えてくれた時、俺は人生で初めて神様に感謝した。全身が打ち震え、その奇跡だけで今までの努力が報われた気がした。
ようやく俺は誰かを守ることが出来る。その為の力を、誰よりも渇望していた力を手に入れる事ができる。
だから、俺は自ら望んでこの学園にやってきたのだ。
今はまだ弱いかもしれない。だが、すぐに強くなってみせる。この学園の誰よりも。そして、世界最強の名を欲しいままにした俺の姉、織斑千冬よりも。ずっと、ずっと。
まず、その第一歩として───
「‥はぁ‥‥‥」
深窓の令嬢よろしく頬杖をつき、陰鬱げに空を見上げる金髪碧眼の少女、セシリア・オルコット。
外から見ている分にはスタイルも良く美しい少女なのだが、その色っぽい口を開かせると彼女がいかに残念な人間かが分かる。あの時代に乗っかった男嫌いと高飛車な性格を直せば、マトモになると思うのだが。
昨日、俺はあの金髪に決闘を申し込まれた。どういった経緯だったかは覚えていないが、彼女とのISの試合が行われる事は確かだ。だから、俺は彼女に勝たなければならない。
聞いたところによると、彼女は国家代表の候補生、すなわち代表候補生だそうだ。まあ文字通りに読めば分かると思うが、「国の代表」の候補生だ。IS操縦の実力は凄まじいものなのだろう。初心者である俺が付け焼き刃の知識で挑んでも、まるで相手にならないのは目に見えている。
そこまでは分かっているのだが、どうすればいいのかわからない。取り敢えずISの基礎操縦を学ぼうと訓練機貸出申請書を提出してみたが、悲しいかな、三年生優先の為に数週間は訓練機を借りれないそうだ。
山田先生の「ごめんなさい‥‥今、訓練機は貸し出しできないんです‥‥」という言葉がリフレインする。決意した矢先に出鼻を挫かれてしまった。だが、そんくらいで折れる程俺はヤワではない。ISが無くてもできる訓練を考えなければ。
「ねぇねぇ、聞いた?」
「うんうん、転校生が来るって噂だよ?」
対セシリア・オルコット戦への対策を考えている俺の耳に、「転校生」という不穏な言葉が聞こえてくる。
なんだが嫌な予感がする。
思考を中断し、女生徒の会話に耳を傾ける。
「あの有澤重工のお嬢様らしいよ?」
「なんだ、有澤重工か‥‥‥期待はずれー」
有澤重工。日本の本拠地とする重工業系企業であり、その伝統を辿れば8
00年近く昔から続いている由緒正しき大企業である。ただ、ここ最近はISの登場による工業形態の変化に乗り切れず、営業不振が続いている。最近は少し持ち直しているらしいが、それでも全盛期には到底及ばない。
昔は日本三大工業の一角として名を馳せていたが、それももう懐かしい記憶でしかなく、今では「時代遅れ」と蔑まれるまで落ちてしまった。
何故俺がここまで有澤重工について知っているのかというと、まあ色々と訳があるのだが、それは今の話とは関係がない。
俺が言いたいのは、「転校生」が大企業の「お嬢様」という事だ。
「はぁあぁぁ‥‥‥‥」
先程まで俺の頭の中をぐるぐると回っていたあの金髪が再び蘇る。あんなのがもう一人増えたらたまったものではない。ストレスマッハで過労死する事間違いなしだ。
ふと、冷静になる。
よくよく考えれば、仮に噂が本当だとしてもワザワザこのクラスに転入してくるとは限らない。そもそも噂が本当かさえも分からないのだ。この考えも、どうせ杞憂で終わってくれる事だろう。
「はぁーい、席についてくださいね。SHRを始めますよ」
そう結論付けて俺の脳内会議を終えると同時に、山田先生が1年1組の扉を開いた。緑色のショートヘアを揺らし、ニコニコの笑顔を振りまきながら教壇に立つ。一つの席を囲って話に花を咲かせていた生徒達もワラワラと散り、各々の席に戻って行った。
普段なら、ここで千冬姉が号令をかけるのだが───
「あの、千冬n‥‥織斑先生は?」
千冬姉がいない。今朝も食堂で怒号を飛ばしていたはずの、千冬姉がいない。確かに千冬姉は朝が弱い。だが、教師としての千冬姉はまるで別人、朝の5時頃には起きている。だから、ここにいないのはおかしい。
最悪の想定が脳裏を過ると、そんな事は露ほども知らない山田先生が、
「織斑先生は今、転校生を案内してきているんですよー」
俺にトドメを刺した。クラス内は一気に騒がしくなる。
「転校生?」
「やっぱり噂は本当だったんだ!」
「ってことは、有澤重工のお嬢様?」
「お嬢様かぁ‥‥羨ましいなぁ。きっと専用機とか持ってるんだろーな‥‥‥」
「私も専用機欲しいな‥‥‥」
「はいはーい。あの、静かにして‥‥‥織斑くん?」
「織斑くんが燃え尽きてる‥‥」
「すごく‥白いです‥‥‥」
出鼻を挫かれたとかそういうレベルじゃない。骨がバッキバキに砕かれた気分だ。
「馬鹿者、起きろ!」
「いでぇっ!?」
頭に雷が落ちるのに似た強烈な衝撃が走り、はっと我に返る。
目の前には切れ目の、黒スーツの似合う女性。というよりもただの千冬姉だった。
なんだ、やっぱ杞憂じゃないか。千冬姉がいるって事は、転校生なんていな「では、入ってこい」
「はい」
転校生の存在を再認識し、絶望に打ちひしがれる俺の耳が、渋い「男の声」を捉える。
疑問を噛み砕く暇もなく、ガラッと扉が開かれる。
そこにいたのは───
「車‥‥椅子?」
だれが予想できただろうか。なんと、車椅子の少女だった。制服のロングスカートからチラリと見える足首は骨と皮しか残っておらず、まるで枯れ木のようだった。見ているこっちが痛くなってくる。
ふたつの車輪を両手で器用に動かし、滑るようにして教卓の横に移動した。黒くツヤのある長い髪が揺れる。
誰が見ても、彼女は可憐だった。それも、下品なものではなく、花の蕾にも似た、和の風流を感じさせる美しさがあった。
俺の幼馴染に篠ノ之箒という和を尊ぶ少女がいるが、またベクトルが違う。箒が力強く咲く椿だとするならば、彼女は朝露に濡れた朝顔だ。なんとも言えない儚さがある。
すると、俺がじーっと見つめていた事に気付いたのか、真っ黒な冷たい瞳がこちらを向く。目と目が合う。
そして、彼女は小さく微笑んだ。
刹那、心臓がズキズキと痛んだ。いや、そう錯覚しただけだ。俺の胸はなんともなっていない。その筈なのに───
『■■■■、■■』
頭にノイズが走り、胸の痛みが強まる。何か大事なものが、手の届くところまで来ている。本能が思い出すなと警告を告げる。
『■■■■■■■■■■■■』
───ダメだ、思い出せない。
『■■■■。■■■■■■』
意識が、掠れて───
「織斑!」
「は、はいっ!」
聞き慣れた鋭い声に、俺の意識が引っ張り戻される。
俺は今‥‥何を?すごく大事な事だった気がするんだが‥‥
「朝から居眠りとはいい度胸だな?」
「いや、そのですね‥‥ハハハ‥‥‥」
今はそれどころではない。我が姉(鬼の形相)が、俺の目の前に迫っている。この後の未来は誰にでも予想できる訳で───
「ふんっ!」
「うぎぃ!?」
本日二度目の出席簿アタックが脳天を揺らす。脳は物理的に活性化したが、脳細胞という尊い犠牲を払った気がする。
「では、自己紹介の続きを」
「ああ。私は有澤重工第43代社長、有澤隆文だ」
「転校生」の次は「社長」ときて、
「諸君、色々と迷惑を掛けると思うが、よろしく頼む」
短い挨拶だった。だが、俺にとってはそれで十分過ぎた。
有澤隆文という車椅子の少女。彼女との出会いは、俺の胸を波立たせ、その波が収まる事はなかった。