唸る履帯と零落白夜   作:コジマ博士

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食堂にて

「気を付け、礼」

「「「ありがとうございました」」」

 

昼休みになった。

授業間に挟まれる生徒の憩いの時間であり、各々で昼食を済ませる時間でもある。

勿論、俺も例外なくその一員だ。まだ一度しか食べていないが、IS学園の食堂で出す料理は安くて美味しい。ただ、女性向けに作られているせいか、少し量が少ないのが難点だ。まあ、少し余分に払って大盛りにしてもらえばいいだけの話なのだが。

という訳で、食堂に向かおうと立ち上がった俺に、ある提案が飛び込んでくる。

 

『そうだ、転校生を誘おう』

 

どこかの鉄道会社顔負けの名案を思い付いた俺だが、今は何をやっているのかと気になり、チラリと転校生を見やる。

特段特別な事をしているわけでもなく、教科書の整理をしていた。次の授業の準備も済ませてしまうなんて、とんだ優等生だ。俺も見習わないと。

そんな優等生さを発揮する美少女だが、なぜか周りに人は居着かない。他の生徒達も、少し距離を置いている印象を受けた。

まあ、無理もない話だ。本日付で転校してきたのだが、授業以外で一度も口を開いていない。休み時間はずっとキーボードを叩いているし、無表情のままだし、何とも話しかけ辛い雰囲気を醸し出している。

ただ、それだけではない。俺を含めたクラスの大勢が話しかけない理由は、きっと彼女が車椅子である事にある。

不思議な事に、「みんなと違う」という事はそれだけで疎外的に、悪化すれば迫害的に扱われる理由となるのだ。礼を挙げるとするならば、その「みんな」が「女性」となった結果がこの女尊男卑の世界という事が挙げられる。差別されている身としては、全くもって煩わしい。一体男が何をしたというんだ。

 

‥‥‥感情的になって話が逸れてしまった。兎も角、あの転校生が気になる‥‥‥別に好きとかそういう訳じゃない。ただ、感覚的に気にかかってしまうのだ。なんとなくというやつだ。

だから、飯に誘ってみたいという事なのだが、どうやって誘えばいいのかが分からない。箒みたいに元気溌剌な女の子なら気楽に誘えるのだが‥‥‥

 

最初の掴みは大切だ。初対面の印象が重要だと、テレビで見た事がある。取り敢えず、頭の中で数パターンをシュミレートしてみる事にした。

 

パターン①

「やあ、俺は織斑一夏。よろしくな!」

「ああ」

「その、飯に「すまない、今は忙しいんだ」

 

うん。駄目だ。印象が薄過ぎる。

 

パターン②

「よお、転校生。織斑一夏だ。これから食堂を襲撃する。付き合わないか?」

「誰だ貴様は。馴れ馴れしいぞ」

 

うーん‥‥‥襲撃しちゃ駄目だよな。もっと平和的にいかないと。

 

パターン③

「転校生、織斑一夏だ。よろしく頼む」

「ああ」

「何れまたな」

「ああ」

 

飯誘えよ!何やってんだよ俺!?

 

‥‥‥‥これはマズイ。良い方法思い浮かばない。何を言っても淡白にあしらわれる未来が見える。

そもそも男嫌いの可能性だって捨て切れない。それはないと信じたいが、十分あり得る話だ。

 

さて、どうするべきか。と顎に手を当てて考え込む俺の背中に、ツンツンと指でつつかれたような感覚が伝わる。

 

「あ、箒か。済まな───」

 

言いかけた言葉が止まる。振り向いた向こうには、見覚えのある幼馴染の姿。が、彼女は窓際で頬杖をつき、陰鬱げに空を見つめていたのだ。

対して、俺は教卓の目の前。どう考えても手が届く距離ではない。それに、箒以外が俺に話しかけてくるとは思えない。

周りからの視線がチクチクと刺さる。

側から見れば、俺が突然独り言を口走りはじめたようにしか見えないのだろう。

謎の心霊現象に戦慄しつつ、恐怖と恥じらいから逃げるようにして前を向く。が、こんどは制服の裾が引っ張られる。

恐る恐る、再び振り向く。が、誰もいない。恐ろしい。恐ろし過ぎる。IS学園の心霊現象が発生するなんて聞いてない。

 

「おい、こっちだ」

「ひいっ!?‥‥って、あれ?」

 

恐怖に慄く俺に、渋みのある声がかかる。音源は俺の斜め下。驚き混じりに視線を移してみれば、そこには噂の転校生、有澤隆文の姿があった。

 

「織斑一夏だな?」

「いや、え?あの、そうだぞ」

 

転校生が俺に話しかけてきたという衝撃に、思わずどもってしまう。というより、どうやって俺の背後に来たのか。さっきまで席に座っていたのに。

 

「私は有澤重工第43代目社長、有澤隆文。今日から君と学び舎を共にする事になった。学友として、よろしく頼む」

 

と言い、手を差し出してきた。色々とツッコミを入れたくなるが、気持ちを抑え、

 

「ああ、俺は織斑一夏だ。よろしくな」

 

迷わずに握り返した。その光景を目にして、生徒達は一気に騒がしくなる。

 

「あんなに堂々と織斑くんに話しかけるなんて‥‥侮れないわ」

「勇気あるよねー」

「うんうん、転校生の有澤さんだっけ?流石社長って感じ!」

「‥‥なんだか騒がしくなってしまったな」

 

申し訳なさそうにハハハ、と笑う転校生。

よし、今がチャンスだ。行くんだ俺!!

 

「その、有澤さん?」

「“さん”は不要だ。で、どうした?」

「分かった。有澤、もし良かったら、一緒に飯食わないか?」

「ああ、いいぞ」

 

拍子抜けする程簡単にOKが出てしまった。今まで悩んでいたのがアホらしくなった反面、結果オーライとはこういう時に使う言葉なのだなと思った。

 

「ところで、君の背中に睨みを聞かせているあの少女を誘わなくてもいいのかね?」

「え?あ───」

 

言われて振り向けば、眉を潜めて真っ黒なオーラを出している剣道少女がいた。おかしい。俺はなにもしてない。

‥‥‥‥飯に誘って誤魔化そう。

 

「おーい、箒!一緒に飯食おうぜー!」

「あ、う、うむ!」

 

途端、負のオーラが霧散する。もう、竹刀が飛んでくる事もないだろう。昨晩は酷い目に遭ったからな。俺は悪くない。

 

「さて、行こうか」

「ああ」

 

俺達は教室を後にした。

 

──────

 

食堂は予想してたよりもずっと空いていた。といっても比べればの話で、それなりには埋まっている。

 

「いただきます」

「「いただきます」」

 

手頃な席に座り、小学校の児童よろしく「いただきます」をした俺達は、一先ず食事に専念した。「話をしたい」とはやる気持ちもあるが、食べながら話すなど行儀が悪いと、千冬姉に散々教育され続けてきたのでそういう訳にもいかない。

有澤も空気を読んだのか、黙々と牛丼をかっ込んでいる。女子で牛丼、しかも大盛りなんてよく食うなあと感心しながら、俺は鮭のホイル焼きに箸を伸ばした。

 

うん、美味い。焼鮭のカリカリとした食感もいいが、このふっくらとした食感もまたいい。味噌とバターのふくよかな香りが食欲を増進させる。手先のかじかむ厳しい冬の食卓に出れば、それはもう美味しいとかそういう次元では済まないだろう。今が春なのが悔しい。というか春じゃなくて冬に出して欲しい。季節よ、冬になれ。

 

「ごちそうさまでした」

「む?‥‥‥んんっ、ぷはぁ!ごちそうさまでした!」

 

誰よりも早く箒が最初に完食した。それに負けじと、有澤が牛丼を水で流し込んで両手をパチリと鳴らす。自分でも食べるのは早いと自負していたつもりだが、上には上がいるとはよく言ったものだ。反応したくなる気持ちを抑え、飯をかっ込む。

 

「んぐっ、よっしゃきたあ!ごちそうさまでした!」

 

遅れて俺もゴールイン。箒の冷ややかな視線が痛い。何故だ、おかしいぞ。

 

「もう少し丁寧に食ったらどうだ」

「え?早食い競争的なノリじゃないのか?」

「誰もそんな事はしてないと思うのだが‥‥‥」

 

呆れて物も言えないという顔をされる。心外な、そこまで悪い事はしていないだろうに。

すると、有澤が「そういえば」と話を変えてくる。マジグッジョブ。

 

「織斑一夏と‥‥箒といったか?二人はどんな関係なんだ?」

「ど、どんな、か、かかか関係かだと!?」

「ああ、ただの幼馴染だぞ」

「そうか。仲が良さ気だったからてっきり恋仲だと思ったのだが」

「い、一夏と私はそんな関係ではない!」

 

そんなに大きく否定されるとさすがに傷つくという事を箒にもわかってほしい。

 

「そうか。つまらんな‥‥」

「いやいや、俺と箒が釣り合う訳ないだろ」

「ふむ‥‥‥なるほどな」

 

顎に手を当て、納得したように頷く有澤。この話はこれで終わりのようだ。箒がごにょごにょと口を動かしているが、何か言いたい事があるなら言ってくるだろう。スルーだ。

次は俺のターン。一つ、目の前の少女に聞きたい事がある。

 

「有澤って社長‥‥なんだよな?」

「ああ、有澤重工の43代目だ。尤も、半人前なのだがな」

「俺、社長って役職がどういうものかよく分かってないけどさ。どうしてIS学園に来たんだ?社長なんだからわざわざ学園に来なくてもいいんじゃないか?」

 

社長。会社の利益の為に方針を決定し、その最終的な責任を負う存在。テレビなどでは、椅子に踏ん反り返って部下に命令するという悪徳なものが多い。印象操作の結果かも知れないが、正直楽な仕事に見える。

 

有澤は即答する。

 

「私は社長としてここに来ていないからな」

「と、いうと?」

「分からないか?テストパイロットとしてISの操縦を学びに来たのだ」

「「え?」」

 

俺と箒の声がハモり、同時に視線が下に移ってしまう。直ぐに失礼な事をしてしまったと後悔する。

当たり前だが、彼女も視線に気づいていたのだろう。自分の弱々しい脚を見つめ、

 

「この脚のことか?」

「‥‥‥‥それは」

 

言葉が詰まる。誰にでも触れられたくない事はある。俺にだって、きっと箒にだってある。それに俺は無神経に 触れてしまったのだ。何て事をしてしまったんだろう。

自分で自分が恨めしい。

 

が、彼女は子を見守る母のように、優しく笑みを浮かべる。

 

「これは私の勲章だ。私が私である為に支払った対価だ」

 

彼女は続ける。

 

「結果的に両脚は動かなくなってしまったが、私は満足しているよ」

「‥‥その、すまなかった」

「謝る必要はなんてないさ。むしろ誇らしく思っているからな」

 

直ぐに理解できた。彼女は「俺達に」気を使ってくれているのだ。

俺達が脚の事を気にしている事がわかるから、気にしないでいいと言っているのだ。

きっと、有澤も気にされるのが嫌なのだろう。腫物のように扱われるのが、無駄に気を使われるのが心底鬱陶しいのだろう。俺も、そういう経験がある。

ならば、その思いを無下にする事はできない。それは、彼女に対する冒涜だ。

 

「‥‥すまない、ありがとう」

「なあに、心配はいらんよ。私のISは特別製だからな」

「なっ!?有澤も専用機を?」

「“も”という事は、君も持っているのかね?」

「いや、私ではない。持っているのは───」

 

俺に視線を向ける箒。

 

「成る程、納得だな」

「いやいや、まだ持ってないぞ?そうなる予定ってだけでだな‥‥」

「どこの会社だ?」

「確か‥‥‥倉持技研かな」

「倉持技研?」

 

首を傾げる箒。

 

「ほら、千冬姉の専用機を作った研究所だよ」

 

倉持技研。千冬姉の専用機「暮桜」を開発し、技術的な面で、現在日本で最も最先端を行く研究所である。日本三大IS開発企業の一つにも数えられるほどで、伝統ある二代企業ムラクモ・ミニレアム、キサラギと肩を並べている。

 

「最近はミサイルに特化した機体を開発していると聞いたのだが‥‥織斑一夏の専用機という事か?」

「そ、そうだったら嫌だな‥‥‥」

 

まだその原型すらも分からぬ専用機の噂を聞き、少しだけ落胆する。

まあ、どんな機体であろうと構わない。専用機を貰えるという事だけで、それがモルモット目的だったとしても何ら問題はない。専用機を貰える方が珍しいのだ。欲張るなんて以ての外である。

 

「あの、織斑一夏くんだよね?」

「おい、織斑一夏。誰か知らんが呼ばれてるぞ」

 

それにしても専用機か。言われていたのだが全く考慮していなかった。専用機が手に入るのはそれはもう嬉しいが、機体の装備が分からなければ練習のしようがないではないか。

 

「‥‥どうしたこいつは?」

「一夏は大事な考え事をする時、周りの声が聞こえていないんだ。昔からの癖のようなものだ」

「そうなのか。よく知ってるな」

「うむ、こういう時はこうするのだ」

 

まあ、そもそも訓練機を借りれないのだが。さて、本当にどうするべきか。こうなっては仕方がない、千冬姉か山田先生に───

 

「ふん!」

「痛い!何すんだ箒!」

 

いきなりチョップをかましてくるなんてひどい奴だ。千冬姉ほどじゃないが、箒のチョップもかなーり痛い。

 

「お客さんだぞ、一夏」

「え?」

 

見上げると、そこには見知らぬ顔。制服のリボンが青でないので上級生、つまりは俺達の先輩だ。先輩がわざわざこんなところに来て何の用だろうか。

 

「もう一回確認させてもらうけど、あなたが織斑一夏くんよね?」

「ええ、そうですけど」

「今度、イギリスの代表候補生と対戦するんでしょ?きっと、織斑くんが思ってるよりもずっと強いよ?」

「は、はぁ」

 

んな事知ってると思ったが、相手は目上の人だ。口を噤まなければ。

 

「もし良かったら、私が教えてあげようか?私三年生だし、今は暇だから」

 

知らない人からの誘いは断る口だが、悪くない提案だ。「教えてあげる」というくらいなのだから、訓練機を借りる手筈も付いているのだろう。

 

「‥‥‥それなら「いいえ、結構です」

「え?」

 

俺が受けようとするのを阻み、ぴしゃりと断る箒。断られると思っていなかったのか、先輩が眉間に青筋を浮かべる。

 

「ふーん‥‥一年生のこの時期、すっごく忙しいと思うんだけど‥‥それに入学したての貴方に、誰かに教えるほどの実力はあるの?」

 

箒は黙り込む。だが、直ぐに顔を上げ、

 

「私は篠ノ之箒です」

 

最強の切り札を切った。

俺の幼馴染である篠ノ之箒は、世界に467個しかないISコアの開発者、篠ノ之束の妹である。

もっとも、発表と同時に本人は雲隠れしてしまい、今現在はどこにいるのかわからない。血縁者である箒は重要要人として保護され、転校を繰り返したそうだ。きっと、保護という名の監視を受け、プライバシーも何もない生活を送っていたのだろう。彼女は姉を憎んでいるのだ。

そんな彼女が、こんな場面でそれを言うなんて‥‥‥

 

「この意味がどういうものか、分かりますね?」

「そ、そうね。それなら安心ね。では失礼するわ」

 

引きつった笑みを浮かべ、先輩は去っていった。箒は、どこか誇らしげだ。

 

「どうしたんだ箒。束さんの名前を出すなんて」

「な、なんとなくだ」

 

顔を赤くして俯く。

 

「箒、熱でもあるのか?」

「だ、大丈夫だ!熱などない!」

「いやだって顔が「ゴホンゴホン。君達、私を忘れていないかね?」

「「あ」」

 

ジトーっとした瞳がこちらに向けられる。大きくため息を吐き、

 

「で、イギリスの代表候補生とやらと試合をするというのに、断ってしまって良かったのか?」

「だ、だよな‥‥‥」

「そ、そんな顔をするな!」

 

んな事言われても‥‥本当にどうしよう。

 

「わ、私がISについて教えてやる!」

「ん?箒ってISについて詳しかったっけ?」

「ともかく教えてやると言っているのだ!」

 

なんてムチャクチャな‥‥と気圧されていると、

 

「織斑一夏」

 

低く短い声が響く。俺達の視線が有澤の顔に注がれる。

 

「私に考えがあるのだが」

「え?」

「織斑一夏が代表候補生に勝つ(・・)為のプランだ」

「今「勝つ」って言ったのか?」

「ああ、そうだ」

 

彼女は不敵に笑う。

善戦をするだとか、負けない為だとかではない。「勝つ」と言って見せたのだ。

そんな事言われたら、乗らないわけにはいかない。俺の求めていたその言葉だけで、自然と笑みも溢れてしまう。

 

「それには篠ノ之箒の協力も必要なのだが‥‥大丈夫か?」

「う、うむ。別に協力してやらん事もないぞ」

「そうか。では、どうする?」

 

どうすると言われても、答えは決まっている。

 

「ああ、よろしく頼む!」

「まあ、もちろんタダではないがな」

「「え?」」

 

俺の顔から、おそらく箒の顔からも、笑みが削げ落ちた事だろう。





いつになったら雷電が出て来るんだ‥‥‥

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