スマプロSG主&冴木   作:ザコプロ

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第1話

 この洞窟には埋蔵金が眠っている。そんな話を聞かされて気にならない訳がない、というのが彼の主張だった。信憑性はあるのかと聞かれれば断言はできないが、学校の地下に不自然にできた空洞や地下道、歴史を感じさせる古い書物の数々、お宝を狙う盗賊団の存在、ただ無視して済ませるにはあまりにも惜しいらしい。

「という訳でお願い、少しだけ探すの付き合ってよ」

 彼は勢いよく両手を合わせた。乾いた音が地面で覆われたドーム中に響き渡る。帰ろうとしたところを呼び止められた冴木は明らかに怪訝そうな顔をしていた。

「何でボクが?」

「埋蔵金について詳しい知り合いが冴木さんしかいないんだ」

「詳しいと言ってもな。あるかもしれない、という話を聞いたことがあるだけだぞ」

「それでも冴木さんが唯一の手掛かりなんだよ。他の皆は埋蔵金なんて信じてないか、興味がないか、盗賊団にビビッちゃうかだしさ。お願い、この通り」

「キミ、ボクがライバルだってことを忘れてないか」

 冴木は呆れた表情で彼を見下ろした。冴木は彼よりも頭二つ分ほど身長が低かったが、今は彼の方が頭が下にある。

「まぁ、キミにはこの前助けてもらったばかりだしな。礼はしたいと思っていた。そんなことでいいなら」

 ため息混じりに観念した様子を見せた。冴木自身もあまり興味はなさそうだった。眉毛が下がっている。だが彼に「ありがとう」と満面の笑みで何度も返さると、大袈裟だなと感じつつも悪い気がしなくなってくる。

「もし何かあったらまたキミが助けてくれるのか? ボクは護身術の心得など全くないのだが」

「大丈夫、安心して。俺は野球部でも随一のガードだからね。賊だろうと犬だろうと熊だろうと俺が全部蹴散らしてみせるよ」

「なら良かった」

「あ、でも罠に引っ掛かったら助けてほしいな」

「余裕があったらな。最悪、置いて逃げるぞ」

 

 SG高校野球部の練習場は今は巨大な地下ドームに移っていた。隕石でグラウンドが跡形もなく吹き飛ばされた昨年の十一月から彼らはずっとここで練習している。スタンドこそないが高さも広さも充分あり、換気も行き届いていた。天井も丈夫で崩れたことがなく、土も上質なものが使われていた。来た当初は部員の誰しもが不安を抱いていたが、今やすっかり慣れ、太陽の光が懐かしいなどと冗談を言えるまでに順応した。

 ドームへは学校の敷地内にある入り口から下り、地下道を数十分歩いて辿り着く。しかし道は直接一本道で繋がっているのではなく、ところどころに分かれ道があった。どうやら地下のあちこちに張り巡らされているらしい。全体図は誰も把握できていなかった。おかげで何人もの部員が迷子になったことがあった。誰が管理しているのだろうか、どこもある程度舗装されていた。大きな石は隅に寄せられ、地面は綺麗にならされていた。照明も等間隔で吊らされている。人二人が並んで歩いてもまだ充分空間に余裕があるほどの道幅はあった。

「で、あてはあるのか」

 ドームを出発してしばらく経った。景色がほとんど変わらないのでどれだけ歩いたか分かりにくい。

「実はこの前、ここをランニングしている時にまだ来たことがない道を見つけたんだ。いかにも怪しそうなところでさ」

「キミ達はいつもこんなところをランニングしているのか」

「停電したらどうしよう、っていつも思ってるよ」

「命懸けだな」

「こっちだよ」

 彼が先導する。真っ直ぐ歩いていた道をふいに右へ曲がった。照明が僅かに途切れ、影で死角になっていたところに小道があった。近くまで行っても分かりにくい。道がある、とあらかじめ教えられていなければ気付けなさそうだった。

「暗いな」

「これを使って」

 彼は懐中電灯を括り付けたヘルメットを彼女に被せた。自分でやれる、と不機嫌そうに手を払われ、苦笑しながら彼も自分のものを被る。

 彼が先に入り、後ろに冴木が続いた。照明は吊らされてなく、一気に視界が暗くなった。道幅も狭くなった。人の手が全く加えられていないようだった。ぴちょん、と水滴が落ちる音がした。足元はぬかるんでいて捕まえた足をなかなか離さなかった。

「おっと」

 バランスが崩れ、冴木の身体が彼へと寄り掛かった。唐突に背中を押されたが、体重が軽かったからか、彼は何事もなかったかのように振り向いた。

「大丈夫?」

「すまない。歩きにくくてな」

「ゆっくり行こう」

 スパイクが上の面まで泥だらけになっていた。ゴム靴を履いてくればよかったと後悔する。道はカーブを描いていてどこまで続いているのか先が見えなかった。

「うわっと」

 今度は彼がバランスを崩した。何とか持ち直そうと上体があちこちに揺れた。しかしそのまま後ろへ倒れそうになり、支えを求めて腕を伸ばした。むにっ、と掌に柔らかい弾力を感じながら、彼の動きは静止した。

「だからキミって奴は!」

「いっ、いだだだだ! やめて、そっち利きうででで!」

「このために呼んだのか、だからボクを呼んだのか!」

「違う! 断じて違うけどとりあえず腕を極めないで! もげる!」

 狭い空間に悲鳴がこだました。関節が曲がるはずのない方向へ曲げられ、付け根から腕全体が痛みに悶えた。必死に、無理矢理に彼は腕を引っ張った。しかしなかなか抜けない。護身術の心得がないなんてとんでもない嘘だ、完璧じゃないか、と内心で毒づく。

 混乱した彼女はなかなか極めた腕を緩めなかった。言っても聞いてくれなかった。力で多少勝っていたのが救いだった。少しずつ、ずるずると彼は腕を引き抜いていった。やがて、すぽっ、とかぶを引っこ抜いたかのように抜けると二人はようやく離れた。腕の痛みがなくなる、と同時に、彼はそのまま顔面から倒れ込んだ。泥がしぶきを上げて辺りに飛び散った。

 荒れていた冴木の呼吸が少しずつ落ち着いてくる。悲惨な状態になった彼を見て、多少の罪悪感も湧いたが、目や口を尖らせていた。

「これで二度目だぞ。ボクが女だということを忘れたか?」

「いえ」

「女の人の身体にベタベタ触っちゃいけないって教わらなかったか?」

「教わりました」

「悪いことをしたら言わなきゃいけないことがあるだろう?」

「ごめんなさい」

「まったくキミは。フザけてないで行くぞ」

 冴木は両膝をついて道を塞いでいる彼の隙間を縫って先に行ってしまった。顔が泥だらけになった上に叱られて、気持ちが萎えていた彼は落ち込む時間ももらえず、慌てて立ち上がった。「待ってよ~」と呼んでも無視されてしまう。泥を拭きながら急いで彼女を見失わないように付いていった。

 道はさらに入り組み、狭くなっていった。左右にくねり、上ったり下ったりを繰り返し、今地下何メートルの位置にいるのかも分からない。誘った身として彼は順番を交代したかったが、もうそのスペースはなさそうだった。

 居心地の悪さを感じながら彼はひたすら冴木に付いて行った。転ばないよう注意してはいるが、彼女は一定のペースでどんどん進んでいった。後ろを振り向くこともなく、彼に話し掛けることもなく、ただ無言で、前だけを見ていた。それが、彼女が不機嫌だという風に彼には見えてしまった。吐息だけが、互いの耳に聞こえていた。

「悪かったって、冴木さん。機嫌直してよ」

 我慢し切れずに彼が切り出した。

「そのことはもういい。それよりそこ、またぬかるんでるぞ。それに天井も低くなってる。気を付けろ」

 無視されたらどうしようとも思ったが、意外にもあっさり返事をしてくれる。ようやく冴木の横顔が見えた。ライトの光が直に当たり、眩しそうに目を瞑っていた。元々表情の変化が分かりにくい彼女だが、先程までのやり取りを引きずっている様子は本当になさそうだった。

「何だ?」

「いや、怒ってるのかと。ずっと前見てたから」

「前を見てないと危ないだろう」

「そうだけどさ」

 これではどちらがSG高校の学生か分からないな、と彼は思った。こう話している間にも彼女は辺りを警戒していた。すっかり仕事を奪われてしまった。必要以上に張り切っているように見えなくもなかった。

「冴木さんってさ、お人好しだよね」

 思ったことをそのまま口にした。また冴木の横顔が見える。

「ほら、俺達の心配をしてわざわざ様子を見に来てくれたりしてさ。バットとかボールとかも差し入れてくれただろ。おまけにこんな個人のわがままにも付き合ってくれるし」胸を触っても何だかんだで許してくれる辺りも、とはさすがに言えない。「お人好しって言うか、人が良いって言うか。気配りができる、とはちょっと違うな。気を掛けなくていい人達まで手助けしてるし。冴木さんこそ、俺達がライバルってこと忘れてるよね」

「いけないか?」

 言い切る前に冴木は聞き返してきた。声色は変わらない、だが不機嫌にさせてしまったように彼には思えた。

「いや、いけなくはないけど。気になったからさ」

 冴木は少しだけ考える仕草を見せた。

「わがままだと思っているのならさっさと済ませよう」

 また前を向いてしまう。もう呼んでも振り向いてもらえない予感がした。ただ思ったことを口にしただけ、むしろ褒めたつもりだったのに、もやもやした気持ちが残されてしまった。

 冴木さんは何を考えているのだろう。何でこうも俺達を助けてくれるのだろう。いつもどんな気持ちで俺達の元を訪ねてきていたのだろう。今まで見過ごしてきた、気にならなかった疑問が初めて彼の頭に浮き上がった。彼女の素っ気なさはまるで使命感を持って行動しているように見えた。

 振り返ってみれば冴木は頻繁という度を越えて地下ドームにやってきていた。その度に自分達の心配をし、労っては差し入れを置いていった。俺だったら、もし部員の誰かが大筒高校の手助けに行くと言い出したら、多分止めるだろう。助けてもらったらもちろん嬉しいが、自分達のことは自分達で何とかするべきだと思うからだ。以前、彼女はこう言っていた。困った時はお互い様だと。本当にそれだけだろうか。深く考え過ぎているのかもしれない。純粋に好意を受け取ればいいだけかもしれない。だが自分達は大筒高校に何か協力したことはない。貸し借りなどどれだけ遡っても作ったことはない。両者の関係は長年のライバル、ただそれだけのはずだ。スパイにしては堂々とし過ぎているし、冴木の性に合っているとも思えない。

 岩に手をつく。湿気って、粘着した水分が移ったが気にならなかった。彼がどれだけ考えてもこれだという答えには辿り着けなかった。

「そこ、トラップ」

 と言われたのと同時に、ガチャンと金属が噛み合う音がした。彼の身体ががくんと揺れた。

「ああー! た、助けて!」

「言わんこっちゃない」

 呆れた顔で冴木は振り向いた。考え事をしていたせいで罠の存在に彼は全く気付けなかった。思わず動転し、助けを求めて彼は腕を伸ばした。むにっ、と掌にまた柔らかいものを掴んだ。

「あ」

 思わず声が漏れる。まさかなと思いつつも、気のせいであってくれと願いつつ、そっと指に力を込めてみる。五本の指が服越しにゆっくりと肌に埋まっていった。

「反省してないな?」

 また悲鳴がこだました。

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