そろそろ迷子になる前に戻った方がいいんじゃないか、と二人が同じことを考え始めた頃になってようやく開けた場所に出た。休憩を挟まず、ずっと歩きっ放しだった。どれだけの距離を進んだかとっくに分からなくなっていた。
「ふ~、やっと出られた」
「ここは」
小道に入る前と同じような地下道に出た。照明があり、道も整備されている。足跡も二人以外のものが多数ついていた。どれもまだ新しい。だが来たことのある場所なのか、彼には見分けがつかなかった。
「どっちに行こうか」
「足跡を見たところ、こっちに移動している人が多いみたいだな」
言われるがまま、二人は足跡が向かう方を追うことにする。
「何だかハズレっぽいな」
「と言うと?」
「だって俺達、埋蔵金を探してるんだよ。誰も見つけたことがないお宝をさ。なのにまだ人が来たことがありそうなところを歩いてるのっておかしいよね」
確かにな、と冴木は相槌を打つ。
「引き返すか?」
「いや、せっかくだからもう少し先に行ってみよう。もしかしたら新しい発見があるかもしれない。このままいつの間にか帰っちゃってる、ってパターンも充分ありそうだけど」
「残念だな」
「だね。行ったことがない道は他にもたくさんあるんだけど、あそこが一番怪しそうだったから。もしや、って思ったんだけどな」
「まぁ、怪しそうではあったな」
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「気にするな。分かった上で付いて来たんだ」
冴木は収穫がなくなりそうなことに怒る訳でもなく、ただ彼に同情するだけだった。お人好し、と言いたくなるのを堪える。
またしばらく歩く。やがてより開けた場所が先に見えた。ドームに戻ってきたのかな、と二人はまた同じ事を思った。長い冒険を終えた達成感と、何も得られなかった虚無感から深いため息を吐き出す。
しかし近付いていくにつれて二人はどこか違和感を感じるようになっていった。薄暗くて確信はなかったが、普段通っているドームの雰囲気と何かが違う気がすると肌で感じた。手前まで来てみても、よく目にしていた壁のでこぼこ模様や、石の積み重なった形や、照明の向きなど、通い詰めた人でしか分からない些細な目印のどれもが見付けられなかった。おかしいなと思いつつ、足を踏み入れて、やっと確信した。二人は全く別の場所に着いていた。そこはドームとは比べ物にならないほどだが、それでも学校の教室ほどはありそうな大広間だった。
「どこだここ?」
初めて来た場所だった。壁がぐるりと円を描いて巨大なお椀のような、だだっ広い空間を作っていた。人がいたらしい痕跡もいくつか残っていた。これだけの広さで邪魔になりような岩や地面のでこぼこはなく、自然にできたものではないことが伺える。見渡してみると他にもう一つの道がここに繋がっていた。風が絶えず音を立てて吹き抜けていた。
そして奥の方に、何かが追いやられてあった。四角い、蓋が楕円の箱のようだった。一つだけぽつんと、まるで隠してあるかのような見にくい位置に置いてあった。それに気付き、彼は一瞬、身動きが取れなくなった。
「あ、あれって」彼の声も、差した指も震えていた。
「どうした?」
冴木はまだ気付かない。頭の上にはてなマークが浮かんでいた。彼と、彼が指差した方向を交互に見ている。
「もしかしてお宝じゃない?」
そう言うと、冴木の視線を感じなくなった。はっ、と息を飲む声も聞こえた。彼女も先の塊に見入ったまま身体が硬直している。
お互いの顔がゆっくりと向き合う。二人とも目を丸くし、大きく見開いていた。
「いかにもって宝箱だな」
「まさかとは思うけど、埋蔵金?」
「いや、人が通った跡があるし、こんなあっさり見つかる場所にあるとも思えないし」ぶつぶつと呟いていたが、声からでも興奮を抑えているのがはっきりと伝わった。「でも違うとは言い切れないな」
「やったー!」
だが彼はもう興奮を抑え切れなかった。まるで許しを得たペットのようにお宝目掛けて全力で駆け出した。広間の中央を真っ直ぐ横断する。
「ま、待て! 罠があるかもしれない!」
慌てて叫んだが彼は振り向きもせず、ダイジョーブ、と返事をするだけだった。まったくとため息をつきつつも、冴木も彼と同じようにはしゃぎたくなる気持ちを懸命に堪えながら、彼が通った後を慎重に付いていった。忙しない足音が広間に響いた。
罠が作動することもなく、彼の手が宝箱に触れた。冴木もすぐに追い付く。近くで見ると豪華な宝箱だった。宝石で全面が派手に装飾されており、これだけで充分な価値がありそうな雰囲気を漂わせていた。どこを見ても錆び付いていなかった。鍵も掛かっていなかった。一人では到底持ち運べなさそうな重々しさが見た目から伝わってきた。
「開けるよ」
彼は冴木を伺い、頷いたのを確認してから、ゆっくりと蓋を開けた。金属の軋む音がし、暗闇に照明の光が注ぎ込まれた。中を覗き込むと光を浴びた金塊が輝いていた。おぉ、と二人は感嘆の声を漏らす。
だがすぐに感動は薄れていった。金縛りに遭ったかのような緊張感は嘘みたいにどこかへ消えてしまった。金塊は、箱の大きさの割には量が少なかった。綺麗に並べてあったが敷き詰め切れてなく、箱の底が見えていた。それに一つ一つもそれほど大きくはなかった。これくらいのものならば彼はミッション中によく拾ってくる。二人いれば箱ごと持たなくても抱え切れそうだった。確かに貴重なお宝ではある。しかし大発見と呼べるにふさわしいかは疑問が残った。
「お宝だね」
「あぁ、間違いなくな」
「だけど思ってたのと何か違うな」
「ボクもそう思っていたところだ」
「ね、埋蔵金にしては物足りないよね」
二人の声は落ち着いていた。興奮は冷め切っている。
「となると、これは何だろう?」彼は首を傾げた。「理事長のへそくりだったりして」
「まさか。こんな危険なところに、鍵も掛けずに置いておくなんてあの理事長らしくもない」
「じゃあ冴木さんは分かるの?」
「可能性はいくつかあるが、埋蔵金の一部と考えるのが妥当だろう。埋蔵金は実際には一箇所にまとめられているのではなくて、この洞窟中のあちこちに散りばめられていて、これはその一部。そんなところじゃないか?」
なるほど、と彼は頷く。だとすると全部集めるのは骨が折れそうだ。地下道はまだまだ知らないところまで広がっているだろう。宝探しにばかり時間は割けないし、卒業までに全部見つけるのは無理かもしれない。それが分かっただけでも収穫だろうか。
「何だか拍子抜けしちゃったよ」
「何も見付からないよりましさ」
「そうだね。せっかくだから持って行こうか」
今日はこのまま撤退だろう。今が何時かも分からなかったが頃合いだった。疲れも溜まってきている。天井を仰ぎ、ため息をついた。
そんな中、頭が冴えていたおかげか、ふと遠くから音がしたことに気が付いた。初めは気のせいかと、洞窟に自分達の会話が反響しているだけだと思った。だが音は途切れず、続けて聞こえてきた。聞いている内にそれが足音だと分かった。それも明らかに多人数のものだった。
「冴木さん」
二人は目を合わせた。
「あぁ。誰か来るな」
音のする方向を向く。それはだんだん大きくなり、騒がしくなり、確実にこちらに近付いてきた。
足音の正体は彼らが来た道とは別の道から現れた。顔を隠すために掛けているとしか思えないサングラスに怪しい黒のスーツを着た男達だった。まるで自宅に上がり込むような図々しさで次々と集まった。
「な、何だお前ら!?」
お互いの目が合い、すぐにはたと気付く。
「お前達は、あの盗賊団!」
「そういうお前等はガキども!」
賊の顔などどれも同じで区別がつかないが、この地下にいるのは自分達野球部とその関係者、そして不法に侵入しているこの盗賊団だけだった。もちろん仲は良くない。野球部が地下に移動してからの半年間、遭遇する度にいざこざを起こしていた。SG高校にとって大筒高校とは別の意味で因縁の相手だった。場に一気に緊張感が漂う。
「何しに来たんだ」
「自分達の敷地を探険して何が悪い」警戒心いっぱいに強気で言い放つ。「そういうお前達は何でこんなところにいるんだ」
「ここは俺達の根城だ。埋蔵金を探すためのな」
「勝手に人の学校を根城にするなよ」
「さっさとお宝から離れろ。それは俺達がここで集めたものだ」
やはりそうか。盗賊団が現れてから彼には何となく察しはついていた。冴木を伺うと彼女も、予想の範囲内だという顔をしていた。
賊はただ柄が悪いだけではなく、一人一人が屈強な体つきをしていた。雑魚ではなさそうだった。しかし怖じ気付く訳にはいけないと、彼は体を奮い立たせた。ミッションに出向く直前の、真剣な顔つきになった。強く、盗賊団を睨み返した。
「駄目だ。これはSG高校が管理する」
何だと、と何人かの賊達がにじり寄る。今にも乱闘が起きそうな、一触即発の雰囲気になった。
「兄貴、あっちのちっこいガキ、埋蔵金について何か知ってる奴ですよ」そこへ一人が、リーダー格の男へ耳打ちした。
「本当だ。この前取り逃がしたアイツじゃないか」
「わざわざ捕まりに来てくれたんですかねぇ」
ゾッと悪寒がした冴木は反射的に彼の後ろに隠れた。顔だけを背中から覗かせている。
「ここがばれちまったからには仕方ねぇ。お前等、やっちまえ!」
賊が一斉に襲いかかってきた。雄叫びを上げ、四列に隊を組んで向かってきた。
「冴木さん、下がってて」
彼もまた、雄叫びを上げて突っ込んでいった。目の前に立ち塞がった賊を片っ端から吹き飛ばしていった。
賊は後ろの冴木を狙って向かっていた。一列に並んだ賊達と正面からぶつかり、ボカボカと戦っている間に他の賊達が迫ってしまう。何人か吹き飛ばしたら頃合いを見て下がり、次の列の賊達の相手をしなければならなかった。一人で相手をするには分が悪すぎた。あと三人メンバーがいればこんな奴らなんて楽勝なのに、と舌打ちをする。あまりにも忙しく、休む暇が全くなかった。
だが冴木が捕まってしまうラインはギリギリでも絶対に踏ませなかった。
「何だこいつ。吹っ飛ばされてもすぐに回復しやがる」
「レベル99のガードをなめるな!」
苦戦しながらも賊が次々とリーダーの元へ吹き飛ばされていった。倒れた賊は目を回し、もはや使い物にならなかった。
「兄貴、駄目です。アイツ強過ぎます」
「ええい、こうなったら犬を放て! 熊もだ!」
今度は群をなした犬とでかい図体をした熊が現れた。犬はやかましく吠えながら賊を越えるスピードで突進してきた。熊はというと動きこそ遅かったが、要塞と見間違えそうな体を揺らしながら、とても吹き飛ばせそうにない重さを一歩一歩から響かせていた。しっかりと飼い慣らされているらしい、やはり冴木に向かってきた。
これはマズいな。目の前に広がる光景に顔が青冷める。賊だけでも精一杯だというのに更に敵が増えられては一人では到底守り切れない。数で押されては時間の問題だった。彼が勝つためには防衛線を突破される前に相手を全滅させなければならない。だが敵はまだ半数以上もの駒を残しながら確実に前へ進めてきていた。忙しすぎて思考も鈍ってきた。向かうべき列を間違えて余計な侵入を許してしまった。
何度吹き飛ばされても立ち上がり、立ち向かい続けたが限界が来た。四列とも、防衛線の手前まで詰め寄られてしまう。
「残念だったな。ミッション失敗だ」
リーダーが不適な笑みを浮かべる。その間にも彼は何とか状況を打開しようと手を探した。こんな時こそカラスボンバーを使いたかったが、今回はミッションのつもりで来た訳ではなかったので準備をしていなかった。じりじりと距離を詰められる。彼は背中の冴木を庇いながら後ずさりをする。賊の手が伸びた。もう駄目だ、と目を瞑る。絶体絶命だった。
カチッ、と音がした。その場にいた全員がその音を聞いた。土で覆われた空間ではまず聞くことのない、不釣り合いな音だった。
皆が音のした方を向く。視線は冴木の足元へと集まった。
「冴木さん」
呼ばれて、ようやく冴木は自分が違う意味で注目されていることに気が付いた。敵の動きが止まったことにも気付き、辺りをキョロキョロ見渡し、ようやく足元のそれに目を向ける。冴木の右足が、誰の目から見てもスイッチと分かるものを押していた。
「いや、押してないぞ。ボクは押していない。断じて」とっさに冴木は言い訳を言ってしまったが、誰も何も突っ込まなかったので言い直した。「踏んでしまっただけだ」
それを皮切りに、賊達が大声で騒ぎだした。明らかに慌てた様子を誰もが見せていた。犬と熊までもが、状況が理解できているのか落ち着かない様子で動き回っている。二人だけが、嫌な予感がしつつも、置いてけぼりをくらっていた。
「に、逃げろー! 爆発するぞー!」
「ありえない! な、何て奴らだ!」
「『どんな時でも絶対に押しちゃいけない爆弾スイッチ』を、ああも平然と。し、信じられない!」
我先に逃げていく賊達の叫び声から肝心な言葉を拾い、ようやく状況を理解した。どうしてそんなものを仕掛けているんだ、と考えてはいけないのだろう。
「聞こえた? 爆弾だって」
「ぼ、ボクは押してない。踏んでしまっただけだ」
「分かったから! ほら、早く逃げるよ!」
幸いなことに誰も二人には目をくれなかった。おかげでどさくさに紛れて脱出できる。動揺している冴木の手を引き、彼はパニックになっている人混みに向かって走り出した。
どん、と下から音がした。地震が起きたかのように揺さぶられ、身体が宙に浮いた。地面も割れた。割れ目がどんどん広がっていった。天井からも岩が崩れ落ちてきた。もたもたしていたら部屋ごと埋まってしまいそうな勢いだった。
「あ」
引いていた手が滑った。冴木の足元を支えていた地面が下へ落ち、その衝撃で二人は手を離してしまった。不安定な地面はそのまま彼女を下へと浚っていった。
「冴木さん!」
また彼は手を伸ばすも、二人はどんどん距離を離されてしまう。近付こうにも身動きが取れない。自分の姿勢を保つだけで精一杯だった。冴木も懸命によじ登ろうとするが下がっていく一方だった。まずい、と辺りを見渡す。辺りには土と岩だけしかなく、役に立ちそうなものがなかった。盗賊団ももう姿が見えず、彼らだけがこの場に取り残されていた。引き寄せるものもない、助けも呼べない。どうする。冴木の方へ視線を戻す。その隅に、不審な影を見付けた。
冴木の頭上の巨大な岩がゆらゆらと揺れ、崩れ掛けていた。血の気が引いていく。やめろ、と無意識に呟いた。気付いたところで冴木には逃げ場がなかった。なおも地面は激しく揺れ続け、彼女一人では登り切れそうにもない。打つ手が思い付かないまま岩は不安定になっていく。ガラッ、と音がし、最後の支えがなくなった。
「危ない!」
彼が叫ぶと、え、と冴木は自分をすっぽり覆う影に気が付いた。視界が自分めがけて襲ってくる岩でいっぱいになった。恐怖のあまりに、身体が硬直した。頭を抱えることも忘れた。
どうしようもなかった。彼が飛び込み、身を呈して庇う以外には。