相当悩みに悩みぬいた結果、見つけた記事をアリサちゃんに見せることにした。
「あー、やっぱりそうだったかー」
見せた反応がこれである。
「うわー、思ってたより反応軽ッ。僕の悩んだ時間はなんだったんだ……」
「あはは……ごめんごめん。それだけ悩んでくれたのはうれしいけど、正直覚悟はできてたのよね」
「覚悟?」
「そ。特に目立った外傷があったわけでもないのに記憶をなくしたわけだし、それなら忘れたくなるほど死因がひどかったって考えられるでしょう? だから覚悟してたってわけ」
アリサちゃんはどんな死因でも受け止める覚悟が出来ていた、ということらしい。
僕のことを強いと言ったけどアリサちゃんも十分に強いじゃないか。
うん? でも何か違和感が……。まぁ、いいか。
「ところでアリサちゃん、なにか思い出した?」
「う~ん……。なにも思い出せないかな」
「そっか……じゃあ、他に記憶の手がかりがないかまた探してくるよ」
「うん、ありがと」
「それじゃ、行って――」
「あ、ちょっと待って、秀也」
今、まさしく出かけようとした瞬間に呼び止められた。
なんだろう?
「1つだけ聞きたいんだけどいい?」
「うん? いいよ。なに?」
「秀也は死んだあと何か未練とかなかった?」
「未練? う~ん」
未練かぁ……誰かさんの影響で毎日楽しく生きられるようにしていたけど、それでも未練があるとしたらやっぱり――
「友達にお別れを言えなかったことかな」
普段一緒にバカやったり、ふざけあった友達にお別れも言えなかったのはやっぱり寂しいから。
「……そっか。ちょっとうらやましいかも」
うらやましいとはどういうことだろう?
「あたしさ、生前友達とか全然いなかったのよね。だからうらやましいなって」
「……そうなんだ」
友達がいない……か。僕は幸い友達というものに恵まれていたし、そばにはいつも誰かしらの友達がいた、それによって落ち込んだりしてた時は何度も救われた。
……だったら僕がそばにいればアリサちゃんも救うことができるんじゃないかな?
そうならアリサちゃんを成仏させてあげることができるし、思い出を残せるしで一石二鳥だ。
「ねぇ、アリサちゃん」
「なに?」
「記憶探しやめていいかな?」
「え?」
彼女は僕の言葉に目をまるくして驚いていた。
豆が豆鉄砲を食らったような顔とはこのことを言うんだろう。
あれ? なんか違う? 豆が豆を食うの? 共食い?? まあいいや。
「ああ、記憶探すのが嫌になったわけじゃないよ? アリサちゃんとの思い出を作りたいなって」
「……そう、ね。でもなんで急に?」
「いつか別れが来るなら笑顔でまたね、って言えるようにと思ってね」
「……またね……か。そっか。うん、そうなるといいわね。でも今日は帰ったほうがいいよ。もう外暗いし」
彼女の言った通り外は日が沈み、ちょうど夜の帳が降りて来る頃だった。
「おぉう、いつの間に。じゃあ今日はこれで帰るね。また明日!」
「うん、また明日」
それから僕は毎日廃病院へ足を運ぶことになる。
若干回りくどく言っているけど目的はもちろんアリサちゃんに会うため。
今日も支度をして彼女の元へやってきた。
「おっはろー! Alisachang!!」
「妙に発音いいね。おはよう、秀也」
彼女に大きく手を振りながら挨拶をすると彼女もそれに返してくれる。
うむ、挨拶とはいいものだ。
「そだ、今日も父さんの書斎から難しそうな本持ってきたよ」
背負っていたリュックを下ろし、ゴソゴソと中を探って厚みのある数冊の本を取り出してベッドに並べた。
それの表紙をアリサちゃんが興味ありげに眺める。
「へぇー、見たことのない本ばっかり。『デバイス基礎理論』? とか面白そう」
その中の1冊に特に興味を惹かれたのか持ち上げてパラパラとページをめくる。
というか霊体なのに物をさわれるんだ。
「……へぇ。……ねえ秀也、この本少しの間借りていい?」
「いいんじゃない? 結構埃かぶってたからあまり読んでなさそうだったし」
僕が許可するとアリサちゃんは本を嬉しそうに抱きかかえた。
彼女の笑顔を見て僕も不意に笑みがこぼれる。
なんかこういうのいいなぁと思いながらその後の会話を弾ませた。
……ところでデバイスってなんだろう。
さらに数日後。
「ふぁぁ……おはー」
「おはよう。なんだか眠そうね」
アリサちゃんのいる部屋に入るなり大きな欠伸を一つ。
「うん……最近なんだか妙に眠くて。ちゃんと夜寝てるんだけど、成長期かな」
「……体がだるいとかない?」
「うん? まぁ、若干だるいかも」
アリサちゃんはなにか不安そうな顔で心配してくれる。この顔はなかなか見れないレアな顔だ。
というか初めて見る。
「うぬぬ。ちょいと眠気が限界かも……。ベッド使わせてもらうね」
そういうないなやベッドに飛び込んだ。
アリサちゃんが何か言ってる気がするけど睡魔には勝てない。僕の意識は深い深い闇の底に吸い込まれていった。
……あ、そういえばリュックの中……起きてからで、いいか…………。
――――――
秀也はベッドに倒れこむと数秒もしないうちに眠ってしまった。
「……秀也、ごめんね」
まだ残暑厳しいとはいえこれからだんだんと寒くなってくる時期だ。彼に謝りながらシーツを体にかけてやる。
「……う~ん、や、やめろ……っ。サバの……サバの味噌煮だけは……!」
「クスッ、なんの夢みてるのやら」
秀也の顔に軽く触れるてやると久しく感じてなかった人の熱が手を通して伝わる。
とても温かい。だけど顔をまじまじと見つめると出会った頃より幾分か顔色が悪い。
秀也の調子が悪そうなのに心当たりがないわけではない。
生きている者が死んだ者の近くにいてもいいことはなんてない。
多分あたしも例外じゃないのだ。
恐らく自分でも気づかないうちにあたしは秀也の生気を吸っていた。
だから秀也は寝ることで失った生気を取り戻そうとしている……のだと思う。
でもそれじゃあ秀也は弱っていく一方だ。
「……もう潮時なのかな」
そう呟くと同時に秀也が「ん……んぅ」と呻き、ベッドから伸びをしながらのそのそと体を持ち上げる。
気づくといつの間にか時計の分針が3周するくらいの時間が経っていた。
ともかくこれ以上秀也のそばにはいられない。彼がちゃんと目を覚ましたらすべて話そう。
……そして、お別れをしようと思う。
――――――
んむぅ、ここは……? 重々しいまぶたを開けると黒く薄汚れた天井が目に入った。
ああ、そうだアリサちゃんに会いに来てすぐ寝ちゃったんだ。
なんか体がダルイ。というか最近ずっとダルイけど。
「あ、起きた?」
「ふぁぁ……おはよー……」
体を起こすのも臆劫だったけどがんばって上半身を起こすとアリサちゃんの方を向いた。
アリサちゃんはなにやら難しそうな顔をしていた。なにか迷ってるようにも見える。
何を考えているんだろう?
というか僕もなにか忘れてるような……?
「……ねえ、しゅう――」
「あ、そうだ忘れてた!」
アリサちゃんが何か言いかけたけど要件を忘れちゃいそうだから優先させてもらうことにした。
僕はリュックの中にしまっていた『ある物』を取り出し、アリサちゃんに差し出した。
「! ……これは?」
「ふっふっふ、見てのとおり花束ですよ!」
お見舞い? 墓参り? なにか違うけどそういうものの定番と言ったらやっぱり花束だろう。
花は地味に高かったけどお小遣いや自販機のお釣りを漁って(※犯罪です)コツコツとお金を貯めて買ってきたのだ。
「あ……、ありがと」
「どういたしまして!」
花束を受け取ったアリサちゃんも嬉しそうに微笑む。
……? 今一瞬アリサちゃんが
「ねぇ、秀也。一つ、お願い聞いてくれる?」
アリサちゃんのお願いというのは岬の墓場に連れて行って欲しいというものだった。
自分は地縛霊で廃病院から離れられないから、と僕にとり憑いて移動してきたのだ。
「ついたよ。ここに何かあるの?」
僕が尋ねると彼女は一つのお墓を指差す。
石碑には――
「そこ、あたしのお墓なんだ」
アリサ・ローウェルここに眠る。と刻まれていた。
「そこにお花を捧げてくれるかな」
言われたとおりにお墓の前に花を添える。
すると――
「……」
「ア、アリサ……ちゃん?」
さっきのは見間違いじゃなかったのか彼女の体が透きとおっていく。
「え……? なんで消えかけ」
「未練……なくなちゃったから」
未練? アリサちゃんの未練というのはお花を捧げてもらうことだったのか。というか未練も死ぬ前のことも忘れていたんじゃ……?
「……ごめんね。本当は最初から全部覚えてたんだ」
最初から覚えていた。
……ああ、たまに感じる違和感はこれのせいだったんだ。
今思い返せば彼女は記憶がないはずなのに生前の事を覚えているような言動が幾つかあった。
「そのことも含めて今日全部打ち明けて、成仏しようとしてた……だけど秀也は何も言わなくてもあたしの未練を探し出したから」
「だから今日で、お別れなの?」
「……うん、今日でお別れ」
「……」
急な話にいつものおしゃべりな口が閉じてしまう。
「秀也はあたしの初めての友達」
そんな時、ぽつりとアリサちゃんが語り始めた。
「あたし死ぬ前は友達いなくて、ひとりでいるところを誘拐されて、薬漬けにされて、強姦されて、そしてなにもわからないまま殺された」
「……」
「あたしを殺したやつを見つけて思いつく限りの無残な死に方で殺して、でもそれでも何かが満たされなかった」
「……」
「そんなときにあなたに出会った。あなたはとっても変な子で、今まで出会った人とはちがったけど、秀也が来てから毎日楽しくて、退屈しなくて、それでああ、あたしの未練って友達が欲しかったんだなって気づいた」
それは彼女の本心。僕は何も言わず黙って聞いた。
「それにあなたは未練を気づかせてくれただけじゃなく叶えてくれた。友達になってくれただけじゃなくお花を持ってきてくれた。だから、あたしが望むことはもうなにもない」
僕は意図しないうちに彼女の未練を見つけ、叶えていたらしい。
それは僕が自分で言い出し、約束したこと。だけど――
「信じてなかったけど、秀也がしたように転生ってあるんでしょ? だからそんな顔しないで今は笑ってお別れを言って、ね?」
彼女の言うとおり笑ってお別れを言いたい。それでも――
「僕はっ――」
『君に消えて欲しくない』。
ただの子供のわがままだってわかってる。
それがどれだけ彼女を不幸にさせるかわかってながらもその言葉を口にしようとした。
だけど言いたいことを察したのかアリサちゃんが近づいてきて、半透明な彼女の顔が僕の視界を遮った。
「ん……」
それと同時に僕の唇に一瞬、ふわりと風が撫でるような感触。
何が起きたか分からず混乱する。
何をされたのか知ろうと彼女を見つめると、彼女は頬を赤くしながらも自分の口に人差し指を当てていたずらっぽく笑った。
「あたしのファーストキス」
「う……? え……」
言われてやっと理解した僕は彼女にキスされたのだと。
だけど唐突にキスされて湧いた感情は、驚きや気恥ずかしさではなく、悲しみだった。
アリサちゃんのことが嫌いなわけではない。むしろ好きだ。
だからこそ、向かい側がはっきりと見えるほど霞んだ彼女の姿を見て胸が苦しくなる。
「今までありがと。……秀也」
彼女の声も体と同じように消えかけ、だんだんと聞きとりにくくなっていく。
次の言葉がアリサちゃんの最後の言葉になるんだろう。
そう思うと目から何か熱い液体が溢れ出てきた。
拭えば拭うほど、頬を伝う液体は増えてくる。
「また――」
彼女の最後の言葉は消えかけのかすれた声だった。
だけど僕の耳にはちゃんと届いた。
アリサちゃんとの最後の約束。叶うかもわからない約束が。
その約束を肯定したらその瞬間にアリサちゃんは消えてしまうのだろう。
だけど引き止めることはできない。だからこそ僕は答える。
「う”ん……ま”た”……」
嗚咽でくしゃくしゃな僕の返答を聞くと、アリサちゃんは満足気な、優しい笑顔で消えていった。
アリサちゃんは笑顔で消えていったのに結局僕は泣いているだけで、笑ってお別れを言うことができなかった。
笑ってさよならできるように思い出を作ったのに、その思い出のせいで笑って送り出せない。それだけがとてもやるせなかった。
「ぅう……うあ……うぁあぁぁぁあああっ!!」
僕はアリサちゃんが消えた後、本格的にその場で泣き崩れた。
これでよかったんだ。
そう心の中で割り切っても、溢れる涙は止まらない。
だけど、それでも今だけはたくさん泣いておこう。
泣いた分、次はたくさん笑えるように。
翌日、アリサちゃんと別れた岬のお墓の前にやってきた。
そしてお墓の前に彼女の着ていた服のような、真っ赤な彼岸花を添えた。
彼女の最後の言葉と、同じ花言葉を持つこの花を。
彼岸花の花言葉は――。
なのは二次で一番書きたかったお話。
秀也君は幽霊の女の子と出会い、そして別れ、どのように成長したのでしょうか。