可愛いの条件 ~ Story of Rin 作:Kohya S.
翌日の放課後。史郎は駅から自宅への帰宅途中に書店に立ち寄った。雑居ビルの一階にあるDVDやCDも扱っている複合店舗だ。月刊誌を立ち読みして買うかどうかチェックして、あとは参考書でも探そうと考えていた。
まずは入り口近くの新刊コーナーをチェックする。
次に雑誌売り場に移ろうとして、史郎はそこに凛がいることに気付いた。制服姿で肩から鞄を下げ床にトートバッグを置いている。あの制服は……音ノ木坂学院だ。
凛はなにかの雑誌を立ち読みしている。真剣な表情だ。
史郎は一瞬、声をかけようか悩んだが、結局そのまま凛に気付かれないように店の奥へ進んだ。数日前たまたま街中で会っただけの女の子に声をかける勇気はないしな……。
DVDのコーナーに行くとひとりの若い男が棚を眺めていた。床には白い紙袋を置いている。通りしなに男のほうを見ると男と目が合った。史郎はなんとなく嫌な予感を覚えた。
史郎はそこで立ち止まり棚を眺めるふりをする。
男はちらちらと史郎のほうを見ていたが、史郎がしばらく居座りそうだと思ったのか、チッと舌打ちすると紙袋をつかみ入り口のほうに早足で歩いていった。
史郎が男を見送っていると男は雑誌売り場を通り、そこにいた凛にぶつかった。
「きゃっ」と凛が声をあげる。
男は振り向きもせずそのまま出ていった。
「もう、なんだニャ」と凛。
そのまま凛が立ち読みを再開したところをみると、特に何もないようだ。史郎はすこしほっとして参考書の棚に向かった。
参考書はどれも決め手に欠けて……ネットで評判を調べたほうがいいかもしれない……そろそろいなくなったかな、と史郎は雑誌売り場へ向かった。
凛はレジで会計をしているところだった。
史郎が雑誌売り場を眺め始めた途端。
「ピーッ!ピーッ!」
突然、店の入り口のあたりから耳をつく警報音が鳴り響いた。史郎がそちらを見ると凛が立ちすくんでいた。万引き防止のゲートが反応したらしい。
「えっ、なあに、これ」と凛。
レジにいた若い女性店員が足早に近づき凛に声をかけた。
「お客さま、申し訳ありませんが、すこしお待ちいただけますか」
「凛、なにもしてないよ」と戸惑う凛。
史郎はそちらに向かう。凛と店員のふたりは入り口からすこし離れた場所に移る。史郎は近くの売り場で様子をうかがった。
「お荷物を確認させていただいてよろしいですか」と店員。
「うん、どうぞ」と凛。
店員は手早く凛の荷物を確認する。
「お客さま、これは……」
店員がトートバッグから取り出したのはDVDのケースだった。このケースのタグがゲートに反応したらしい。
「えー、凛、そんなの知らないよ……」
凛は困り顔で主張する。
「みなさんそういいます。ちょっと奥でお話しを聞かせていただいてよろしいですか」
丁寧な言葉に反して有無をいわせぬ口調でいう店員。
「あの、いいですか」
史郎は近付いて声を掛けた。凛が店員より先に史郎のほうを向く。
「あ……」と凛。
史郎は素早く目で合図する。凛が気付いて黙っていてくれればいいんだが……。
「はい、なんでしょう」と店員も史郎のほうに振り向きいった。
取り込み中に話しかけられていらだっているようだ。ここは丁寧に相手をしないと……。
「僕、若い男がこの女の子にぶつかるのを見ました。そのときに鞄に入ったんじゃないでしょうか」
「あ、そういえば肩がぶつかったよ」と凛。
「……本当ですか」と店員。
「はい、DVD売り場にいた男が、僕に気付くと急に出ていったんです」
「それに、凛はDVD売り場には行ってないニャ」
「わかりました、少々お待ちください」
店員はレジにいた別の店員に声を掛けた。史郎と凛もレジまでついていく。
店員がバックヤードに消えた。おそらく防犯ビデオを確認しているのだろう。
ふたりはレジの横でしばらく待った。凛が史郎のほうを見て不安そうに笑った。史郎は、すこしでも安心させられればいいんだけど、と思いながら微笑み返す。
待つ時間は長く感じたが、本当は二、三分だっただろう。しばらくすると店員が戻ってきた。
「お待たせいたしました。男がぶつかったのと、お客さまがあちらには行かなかったことが確認できました。たいへん申し訳ございません」
店員は深々と頭を下げた。
「よかったニャ……」とほっとしたようにいう凛。
そして凛は史郎に笑顔をみせた。
「またご来店くださいませ」
店員の言葉に送られて史郎と凛は店を出た。
ふたりはそのまま無言でしばらく歩いた。角を曲がる。
「ふー、もうびっくりしたニャ」
大げさにため息をついて凛がいった。
「お疲れさま」と史郎。
「七尾君、ありがとう」
凛はそういいながら、がばっと両手で史郎の手をつかみ胸の前に持っていった。細い指がすこしひんやりとしている。
「七尾君がいなかったら、凛、どうなっていたか……」
「……たぶん防犯カメラを確認するまで、待たされただけだと思うよ」
「警察とか呼ばれたら凛、犯罪者になっちゃうニャ!」
「だから大丈夫だって……」
凛はぱっと手を放す。
「でも、助かったのは本当だよ。ありがとう」そういって頭を下げた。
「……うん、どういたしまして」
面と向かっていわれるとすこし照れるな……。
「でも、よく気付いたね、星空さん」と史郎。
「うん、あそこで知り合いだと思われたら、仲間かな、って思われちゃうもんね」と凛。
機転はきくほうらしい。
ふたりはふたたび歩き出した。
「七尾君、家はこのへんなの?」
「うん、ここから御茶ノ水のほうにすこし行ったあたり」
「ふーん、凛の家と、そんなに離れてないね」
「星空さんは、音ノ木坂学院だっけ?」
「うん、七尾君は?」
「俺は千歳橋だよ」
いったん会話が途切れる。
音ノ木坂学院の制服は紺のブレザーに同系色のチェック柄のスカートで、凛によく似合っていた。公立校にしてはスカートの丈は短いのではないだろうか。裾から延びる凛の足がまぶしく見える。
夏も近付いて日も伸びてきていたが、空は赤くなり始めていた。
ふたりは公園を通りがかった。
「あ、猫ちゃんだ!」
凛が声をあげる。公園のベンチの上にちょこんとうずくまる猫がいた。落ちていく日の光を浴びているのだろう。
「猫ちゃん、逃げちゃだめですよ~」
凛はそういいながら腰をかがめて近付いていく。
史郎は鞄からカメラを取り出した。ファインダーをのぞく……とかっこいいんだけど、コンパクトカメラだからファインダーないんだよな……。
それでも凛と猫をフレームに収めて素早く絞りをあわせ、数枚シャッターを切った。
凛に気付いたのか猫が目を開ける。
「にゃんにゃん、にゃーん」立ち止まり鳴きまねをする凛。
猫にいいよるもう一匹の猫、って感じだな、と思いつつ、史郎はまた数枚、撮影する。
「ニャーオ」
猫は面倒くさそうに返事をすると、さっと身をひるがえし植え込みの中に走りこんでいった。
「あーあ、残念。また逃げられちゃった」
立ち上がり伸びをする凛。史郎はもう一度シャッターを切る。
「写真、撮らせてもらったけど、よかったかな」と史郎は声をかけた。
「猫の?」
「いや、猫もそうだけど、星空さんの」
「うん、別にいいけど……凛の写真なんか撮って、面白いの?」
「……猫と少女、とか、ちょっと絵になるよ」
本当は星空が撮りたいんだけどな……。
「ふーん。猫の写真なら、凛も見てみたいニャ」
「星空さん、猫、好きなの?」
「あれ、よくわかったね」
さっきの猫に近付く様子と、ときどき出てくる「ニャ」からしてバレバレだが……。
「うん、なんとなく」と答えておく。
ふたりは公園を出てふたたび歩き出した。
「いまどき珍しいね、カメラなんて。みんなスマホでしょ」と凛。
「うん、まあ趣味、かな」と史郎。
「凛のパパもおっきなカメラ、持ってるんだ」
そうなのか。一眼レフかな。すこし親近感を覚える。
「そういえば星空さん、本屋でなにかずっと読んでたけど、やっぱり趣味のなにか?」と史郎も聞いてみた。
凛は史郎から視線を外す。横顔が……なんとなく寂しそうだ。
「あ、別にいわなくてもいいよ」と史郎。
「……えっとね、スクールアイドルの雑誌、見てたんだ」凛はそう地面を見ながらいった。
しばらく黙り、続ける。
「かよちんに……幼馴染に誘われてるんだ。スクールアイドルやらないかって」
スクールアイドル。史郎も聞いたことがあった。部活動の一環としてアイドル活動をするとか……。たしか千歳橋高校にも部活があったはずた。
「でも、凛は、こんな感じで、男っぽいし……あんなかわいい衣装なんか、似合わないなって」
「そんなことないよ」
史郎は口に出した。自分で思っていた以上に語気が鋭くなりびっくりする。
凛が驚いたように史郎のほうを向いた。今度は史郎のほうが顔をそむけた。
「いや、星空さん……すごく可愛いし。結構、あうんじゃないかな……」
「……ありがと」と凛。
「……その、すこし考えてみなよ」
「……うん」
次の角に差しかかった。
「あ、凛、こっちだから」と凛が指さす。
「そっか」
ここで聞かないと後悔するだろうな、と史郎は思う。
「……よかったら連絡先、教えてくれないかな」と切り出した。
「……うん、いいよ」
凛は一瞬驚いたようだが、にこっと笑いそう答えた。
凛は鞄から緑色のスマートフォンを取り出した。史郎も自分のスマートフォンを取り出し、凛から電話番号を教わりメールアドレスを交換する。
「七尾君、名前、なんだっけ」
凛が申し訳なさそうに聞く。
「あ、史郎だよ」
スマートフォンの画面を凛に示した。入力する凛。
「あとで猫の写真、送るよ」と史郎はいった。
「楽しみにしてるニャ!」
「それじゃ」
「じゃあね!」
凛は史郎に手を大きく振ると通りを歩いて行った。
史郎も自宅に向かって歩き出した。
歩きながら史郎はステージに立つ星空の姿を想像してみた。うん、やっぱり悪くないと思うな……。