可愛いの条件 ~ Story of Rin 作:Kohya S.
週明け、学校で正志に凛に告白した話をすると、例によって派手に冷やかされた。
「まあ望みありってとこだな」と正志にもいわれた。
数日後、史郎は自室から凛に電話をかけた。
「はい、凛です」
「あ、なな……史郎だけど」
「そんな気がしたニャ! 史郎君!」
凛の声は明るかった。嫌われてはいないらしいことがわかりほっとする。しかし、また画面を見ずに電話に出てるようだ……。
「えっと、今いいかな」
「大丈夫だよ」
「今度、また会えないかな……放課後とか」
「うん、いいよ!」凛は続けた。「あのね、凛からも話があるの」
「ん、なに?」
史郎がそう聞くと、凛はすこし躊躇したように時間をおいてから口を開いた。
「実はね……凛、μ'sに、音ノ木坂のスクールアイドルに、入ることにしたんだ」と小声でいう。
「そっか……おめでとう。きっと凛ちゃんなら大活躍だよ」
「そうかな……でも、ありがとう」凛が笑っているのがわかる。「それでね、練習とかあるから、あまりたくさんは会えないと思うんだ……。ごめんね」
「いや、俺は、凛ちゃんに会えるだけでうれしいよ」と史郎は本音でいう。
「えっ……」
凛は黙ってしまった。史郎は凛が真っ赤になっているところを想像する。
「……いつならいいかな」と史郎。
「えっと、明後日なら、練習お休みかな」
「わかった、また連絡するよ」
「うん、またね」
電話を切ったあと、史郎は気になって音ノ木坂学院のスクールアイドルについてパソコンで検索してみた。凛も話していたが「μ's」というらしい。
史郎には縁がないので知らなかったが、音ノ木坂学院は廃校の危機にあるらしい。μ'sは学校を廃校から救うために活動を始めたようだった。
投稿されていた動画のメンバーは三人だった。歌も踊りも衣装も悪くなかった。そしてなによりアイドルにはあまり興味のなかった史郎にも、三人の熱意は伝わってきた。
凛がここに加わるのか、と思うと史郎は嬉しいような嬉しくないような、不思議な気がするのだった。
明後日。凛とは音ノ木坂学院からすこし離れたファーストフード店で待ち合わせた。ふたりとも制服姿だ。
「μ'sに入ったんだな」と史郎。
「うん、お友達ふたりも一緒なんだ」
「動画、見たよ」
「あ、見てくれたの」
凛の顔がほころぶ。
「俺、スクールアイドルとかわからないけど、悪くなかったと思う」
「高坂先輩と、園田先輩、南先輩。みんなかっこいいんだ」
「そこに凛ちゃんが入るんだな」
衣装も似合いそうだな、と思ったが口に出すのはやめておく。
「えへへ」と笑う凛。
そのあとは学校の友達の話や(凛はかよちんという子と仲がいいらしい)授業が難しい話など、他愛もない話で盛り上がった。
考えてみれば自分は凛のことをほとんどなにも知らない。それで告白とはずいぶん思い切ったものだ……。しかしこれから凛のことを知っていけるのは嬉しく思えた。
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「助けてほしいニャ!」
凛からの電話を取ると、開口一番、凛はそういった。
「え、どうしたの?」
「このままだと、まずいの」
なにか深刻な話だろうか……いやそのわりには声に真剣さが足りない気がする。
「……ひょっとして中間テストか」
あれから凛とは電話で話したり、ときどき放課後に会ったりしていた。関係が進展しているかというと、微妙なところだが……。
「あ、よくわかったね、史郎君」
「そんな気がしたんだ」
史郎の高校もテスト期間に入っていた。音ノ木坂も同じような日程だろう。
今までの会話からすると、凛は学業はすこし……いや、あまり……かなり苦手らしいからな。
「いつも、かよちんとかに助けてもらうんだけど、いつもだと悪いし」
「まあ、自分の勉強もあるだろうしな」
「それに、史郎君、英語、得意みたいだし」
「そうでもないけど……。まあ俺でいいなら手伝うよ」
「ありがとう!」
さっそく翌日の放課後に会うことになった。図書館でという話も出たがそれなりに話もするだろうし、先日のファーストフード店で待ち合わせることにした。
翌日。史郎は放課後、そのまま店に行った。
適当に注文して凛を探す。凛はすでに来ていて教科書とノートを広げていた。
「あ、史郎君、こっちこっち」
史郎に気付いた凛が手招きする。史郎は凛の向かいの席に座った。
「ありがとう史郎君。手伝ってもらって」
「気にしなくていいよ。で、どこから始めようかな」
「まず、この文法がわからないニャ……」
と凛が教科書を示す。
「あ、教科書違うのか……。ちょっと見せて」
教科書のレベルは音ノ木坂も千歳橋高校と大差ないようだ。
「うーん、関係代名詞は、前と後ろを見るのがポイントかな……」
史郎はしばらく凛の相手をする。凛の英語力は……お世辞にも高いとはいえない。ただ、なんとか赤点は回避できそうな気がする。意外に文法のセンスは悪くないので、単語力をカバーすれば将来的にはマシになるかもしれない。
ふと壁の時計を見るとかなりの時間がたっていた。
「このくらいにしようか」と史郎。
「疲れたニャー」
机に突っ伏す凛。史郎は凛の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「お疲れさま」
凛は顔を上げる。
「でも、わかりやすかった。ありがとう、史郎君」
「どういたしまして」
「あの、ほかの教科も、お願いしていいかな」
凛が史郎の手を両手でつかみ、上目遣いでいった。突然のことに史郎はびっくりする。凛の手は指が細くて、すこしひんやりとしていた。それに、そんな顔をされたら……どんな願いでも聞くしかないだろう。
「ん、もちろんだよ」
「やったね」と笑う凛。「明日は、かよちんにお願いしてるから、明後日の日曜日はどうかな」
「わかった」
ふたりは店を出て帰路についた。
外はすっかり暗くなっていた。
「μ'sの練習は?」と史郎。
「試験期間中は基本的にお休みなの。つまらないニャ」
たしかに部活動ならそうだろうな。
いつもの公園を通りがかる。
「あ、今日は猫ちゃんいるかな!」突然、凛は公園の中に走っていった。
史郎もついていく。
「うーん、いないなあ」
公園の隅まで行って戻ってきた凛は街灯の下でステップを踏み始めた。
「それ、曲の振り付け?」と史郎。
「うん、そうだよ。よっ、ほっ、はっ」
凛はリズミカルに動き続ける。凛の性格があらわれているような躍動感のあるダンスだった。
「史郎君もやろう!」
「マジで……」
「はやくはやく!」
こうなればやけだ。史郎は凛のステップを見よう見まねで追い始めた。
「おっ、こんな、感じ、かなっと」
「ぜんぜんダメだよー」凛が笑う。「こうだよっ」
「そう、いわれ、ても」
凛が踊り終えるころには史郎は息が上がっていた。
「難しいんだな、意外に」
「しょうがないニャー、今度また凛が教えてあげるニャ!」
「いや、それは……」とはいえ、多少は体力をつけた方がいいかもしれない……。「でも、凛ちゃん、すごいよ」
「えへへ、先輩たちにくらべたら、まだまだだけどね」
アイドルって、相当ハードなんだな……。
公園を出ると凛と別れる交差点まではすぐだ。なんとなく足取りが遅くなった。
「明後日、どこでやろうか。また、あそこのお店でいい?」と史郎。
「凛は構わないよ」
「あ、でも教科書とか、持ってくるの大変か」高校が違うとちょっと面倒だな。
「そっか……」
凛はすこし考えてから続けた。
「じゃあじゃあ、凛のうちにご招待するよ!」
史郎は突然の提案に驚く。
「え……いいのかな……」
「なんで? もちろんいいよ! それとも、凛の家には、来たくないの?」
「いや、ぜひ行きたいです……」
「それじゃあ、あの公園に午後1時ね」
「またね、史郎君!」と凛は手を振って去っていった。
史郎は予想もしなかった誘いに驚きかつ喜んでいた。ただ……あの様子だと友達を誘ったという以外の意味は、まったくないんだろうな……。