可愛いの条件 ~ Story of Rin 作:Kohya S.
明後日の日曜日。
凛の自宅に行くとなると家族に会うかもしれない。多少ともきれい目の方がいいと思い、史郎は白のドレスシャツにグレーのテーラードジャケット、黒いチノパンを選んだ。
公園へ着くと凛がダンスの練習をしていた。くるくると回ったりジャンプしたりと忙しい。史郎はカメラを取り出して何枚か収めた。
「あ、史郎君!」
凛は若草色のロング丈のTシャツに、赤系統のレギンスパンツという格好だった。
「一緒にやろうよ!」
「いや、今日は、やめとくよ」子供が見てるしな……。
史郎はすこし離れて見守る。最後にくるっとターンして決めポーズをとる凛。
「お姉ちゃんすごーい」子供が拍手する。
「えへへ、ありがとう」
凛は子供にそういってから史郎のもとに走り寄ってきた。
「いこっか、史郎君」
「うん」
凛に案内されて住宅街を歩く。
「今日は、家の人は、いるの?」と史郎。
「うん、ママがいるよ。パパと、お姉ちゃんたちは出かけてるけど」
「そうか」
ちょっと期待した俺が悪かった……。
凛の家は公園から数ブロック先の一軒家だった。
「ただいまー、お友達つれてきたよー」
「お邪魔します」
「あらあらまあまあ」
奥からエプロン姿の凛の母があらわれた。凛と違ってロングヘアだが雰囲気はよく似ていた。
「初めまして、七尾です。よろしくお願いします」と史郎。
「いつも凛がお世話になってます。凛の母です。どうぞどうぞ」
「失礼します」
史郎はそういって靴を脱ぎ玄関から上がった。いちおう靴を揃えておく。
玄関には三人の女の子の写真が飾られていた。凛と姉妹らしい。凛はずいぶん小さくて……小学校低学年くらいだろうか。
「凛が男の子を連れてくるなんてねー」
「もう、それどういう意味ー」
「うふふ。あとでおやつ、持っていくわね」といって凛の母は戻っていった。
「凛の部屋は二階だよ」という凛について二階に上がる。
凛は部屋のドアを開けて「どうぞ」と史郎を中に通した。
「はい、すわってすわって」
「どうも」
クッションに腰を下ろす。史郎はついきょろきょろと見回してしまう。
凛の自室はかなり広くきれいに片付いていた。ベッドにたんす、学習机、小ぶりの本棚などが並んでいる。部屋の中央にはラグと丸い座卓、クッションが何個かあり、壁には姿見が立てかけてあった。
本棚の上にはいくつかのぬいぐるみが飾られていて、その中にはこの前のハシビロコウもあった。
「今日は、よろしくお願いするニャ」
もうひとつのクッションに座り凛がいった。
「了解。どの教科が気になる?」と史郎。
凛は首をかしげて答える。
「うーん……全部?」
「それはちょっと無理があるかな……」
凛に断って教科書とノートを見せてもらう。うーん、ノートはあまり読みやすいとはいえない。ところどころに猫のイラストが描いてある……。
ただ、日本史のノートはきれいに整理されていて非常に読みやすかった。
「これなら日本史は大丈夫かな」
「あ、それ、昨日かよちんに借りたノートだ」
道理で筆跡が違うわけだ……。ノートの表紙には律儀に「小泉花陽」と名前が書いてあった。
「期待して損した……。まあ、日本史はこのノートがあれば平気かな。そうすると……」
国語と数学を主にやることになった。試験範囲を確認してから進めていく。
史郎は最初、凛の向かいに座っていたがそれだと教科書が読みにくい。いつの間にか凛の隣に座っていた。
「で、ここの表現の意図だけど……」
「うーん、彼女の心が落ち込んでるのを、強調してる……って感じかな」
「そうだね」
凛の部屋のドアがノックされた。史郎は凛の隣から離れる。
「凛ちゃん、開けてくれる」と凛の母の声。
凛がドアを開けるとトレイを持った凛の母が入ってきた。トレイの上に飲み物とお菓子を乗せている。
「どうぞ、召し上がってください」
座卓のうえにトレイを置く。
「ありがとうございます」と史郎。
「進んでる?」と凛の母が凛にたずねる。
「うん、順調順調、だよ! 史郎君、教えるのがすごく上手いんだ」
「あらあら、よかったわね。七尾君、どうもありがとう」
「いえ、とんでもないです」と史郎。
「じゃ、がんばってね」と凛の母はドアを閉めて階下へ下りていった。
おやつを食べてしばらく休憩する。
「そういえばμ'sのほうはどうなの?」
史郎は思い出して凛に聞いてみた。
「うん、みんなでがんばってるよ」
史郎はときどきμ'sのWebサイトをチェックしていた。凛たちのあとにもうひとり加わって七人になったらしい。
「七人になったんだね」
「そうなの。矢澤先輩、すごくアイドルに詳しいんだよ」
「ふーん」
「振り付けとかも、こだわりがあるみたい。でも、凛にはちょっとかわいすぎるかな。こんな感じだよ」
凛は立ち上がり「にっこにっこにー」といいつつ両手でポーズをとってみせた。たしかに人を選びそうだ。凛にはむしろ似合っていると思うが……。
凛はぽすっとクッションに座りなおす。
「かよちんと真姫ちゃん、だっけ、お友達は?」と史郎。
「かよちんはね、自分では運動音痴だっていうんだけど、そんなことないと凛は思うんだ。すごく練習して、みんなについてきてるし。あれだけ動けるなら、もっと自信持ったほうがいいよ」
凛は真剣な表情だ。かよちんのことを思っているのだろう。
「そうか」と史郎。
「真姫ちゃんは、μ'sの作曲担当なんだけど、真姫ちゃんの曲、すごくいいんだ」
「START:DASH!!だっけ、動画の曲」
たしかにいい曲だった。
「うん、それ! でも、ときどき練習をお休みしたりしてるんだ。お家がきびしいみたいで……。気になるなあ」
凛がすこし心配そうに言った。
「高校になると、授業も難しくなるしな」
「あ、でも、凛とちがって、真姫ちゃんはすごく頭がいいんだよ」
「凛ちゃんは普段からもうちょっと、勉強したほうがいいかな」
「それはわかってるニャ……」
μ'sの話をしているときの、凛のいきいきしたさまを見ると本当に楽しいのだろう。凛が楽しそうで史郎も嬉しくなった。
「じゃ、再開するか」
その後もときどき雑談をしたりしながらも、おおむね真面目に試験勉強を進めた。
しばらくすると勉強もひと段落ついた。
「まあ、こんなところかな……」
「凛、こんなに勉強したの久しぶりだよ……」
凛はふらふらと立ち上がるとそのままベッドに倒れこんだ。
「理科は大丈夫そうだから……あとは、世界史は友達に教わるといいかな」
「わかったニャ」とベッドに横になったまま凛が答えた。
史郎も立ち上がって伸びをする。
「眠くなるニャ……」と凛。
史郎は窓に近づいてカーテンを開けてみた。外はそろそろ暗くなってきていた。
ベッドのほうを見ると凛は目を閉じていた。意外に長いまつげが女の子らしさを強調して、ちょっと大人っぽく見えて、史郎はどきっとした。思わず触りたくなるがさすがに我慢する。写真……も悪いよな、やっぱり。
そのまま待つが凛が起きる様子はなかった。
「凛ちゃん」と声をかける。
「むにゃむにゃ」寝返りをうつ凛。
無防備にもほどがあるな……。
「凛ちゃーん」とすこし声を大きくする。
「……はっ」と凛は飛び起きた。「凛、寝てないよ!」
「わかったわかった。まあ勉強のあとにひと眠りするのは、記憶の定着にはいいらしいよ」
「そっか、凛が眠くなるのも当たり前だね。史郎君も寝ればよかったのに」
さすがに女の子の部屋で寝るのはちょっとな……。
「凛ちゃーん、ちょっといいかしら」と階下から声が聞こえた。
「はーい」と凛は下りていく。
凛はすぐに戻ってきた。
「ママが、お夕飯はどうしますかって」
「あ、もう帰るよ」
「えー、ママの料理、おいしいよ」
「いやいや、さすがに悪いよ」
もし家族と顔をあわせることになったらと思うと怖すぎる。
「そっか、じゃ、また今度ね」
「お邪魔しました」
「また来てくださいね」
史郎は凛の母に挨拶して凛の自宅を出た。凛は途中まで送るといってついてきた。
いつもの交差点まで来て凛と別れることにした。
「史郎君、今日もありがとう」
ぺこりと頭を下げて凛がいう。
「いや、俺のほうも自分の勉強が整理できたよ」
「凛、がんばるから、試験結果、楽しみにしてね」
凛はそういって戻っていった。
史郎は自宅に向かって歩き始めた。
初めて訪れた女の子の部屋でなにか起きる、なんて、やっぱり現実にはありえないよな……。でも、凛ちゃん、可愛かったな……。