可愛いの条件 ~ Story of Rin 作:Kohya S.
試験期間が終わり凛からは無事に赤点を回避できたとの電話があった。
「おめでとう」
「ありがとう、史郎君のおかげだよ」
ただ試験期間が終わるとともにμ'sの練習も再開され――凛と会う機会は当然ながら減ってしまった。
翌月のある日。
帰宅途中の史郎のスマートフォンに凛からのメールが届いた。「初ライブ決まったニャ>ω</」という件名だった。急いで本文を開く。
本文は短かったが商店街のお祭りでμ'sがミニライブを開くことになったと書かれていた。
史郎は凛に電話しようとして思いとどまった。もしかして練習中かもしれないな……。「おめでとう、必ず見に行く」と書いて返信した。
凛からは「ありがとう」というメールが返ってきた。
その夜。凛から電話があった。
「史郎君、ライブが決まったよ!」
電話を取るなり凛はそういった。
「おめでとう、凛ちゃん」
「凛、ドキドキするよ」興奮している様子が伝わってくる。
「凛ちゃんなら、すごくいいライブになると思うよ」
「がんばるね」
凛の話では、地元の商店街から、イベントでのミニライブを依頼されたらしい。場所はいつもの公園で来週の週末とのことだった。
「すぐだな。結構、忙しいね」と史郎。
「うん、でもいつも練習してるから、きっと大丈夫」
「そうだな」
「……あまり会えなくて、ごめんね、史郎君」と凛。
凛は意識していないのだろうが史郎は甘い声にどきりとする。
「……いや、凛ちゃんががんばってるのは、俺もうれしいよ」
「えへへ、ありがとう」
「絶対、見にいくから」
「うん、きっとだよ」
史郎は電話を切った。
凛の歌っているところが見られるのは初めてだ。史郎は来週末を今から楽しみにしている自分に気付くのだった。
・
そのあとはメールや電話をやり取りしたものの直接会う機会はないままライブ当日を迎えた。
その日は幸い朝から良い天気に恵まれた。史郎はカメラを準備して公園へ行った。
公園はかなりの人出だった。おそらくほとんどは地元の人たちだろう。屋台が出ていたり直売所があったりにぎわっている。
公園の一角にはステージが設けられていた。いまはトークショーが行われている。
ライブまではまだ時間があったので史郎は写真を撮ったりお店を冷やかしたりして待った。
しばらくしてトークショーが終わった。史郎はステージがよく見える場所に移動した。幸いライブは撮影禁止ではないようだ。
しばらくしてアナウンスが流れた。
「続いて地元、音ノ木坂学院のスクールアイドル、μ'sの登場です!」
ステージの袖から女の子たちが走り出てくる。全員で七人だ。あ、凛ちゃんがいる。隣がかよちんだ。
他の客と一緒に史郎も拍手した。
「あらあら、かわいいわね」と隣のおばさんが話している。
史郎も全面的に同意だった。
衣装もよくできていて……不思議の国のアリスがモチーフだろう。凛はどうやらチェシャ猫だ。うん、凛にぴったりだな。
凛と目が合ったような気がするが、凛はりりしい表情を崩さなかった。
「音ノ木坂学院、μ'sです!」とセンターの子が話し始めた。
μ'sのブログで見た高坂穂乃果という子だ。
「音ノ木坂学院は生徒数が減って、いま廃校の危機にあります。でも、私たちは、そんな学院を救いたい!」
「ここにいる中学生のみんな、私たちが廃校になんてさせないから、音ノ木坂にきてね!」
熱い思いが伝わってくる。この子がμ'sを引っ張ってるのか……。史郎は大きな拍手をする。
「行きます!」
高坂がいうと曲のイントロが流れ始めた。メンバーがステージに広がる。
史郎はカメラを構えて最初の一枚を撮影した。
『♪~♫~』
メンバーひとりひとりのソロが続いた。史郎はそれぞれをカメラに収めていく。凛のソロの枚数が多くなってしまうのは仕方ないだろう。
そして全員あわせてのサビから二番へと曲は続く。
史郎はいつの間にか写真を撮るのを忘れてステージに見入っていた。決して完璧ではないが、躍動感があって、熱意にあふれていて……彼女たちのライブは魅力的だった。
間奏が入って史郎は我に返った。それからはライブを目に焼き付けながらも要所でシャッターを切るのを忘れなかった。
そして最後のポーズが決まった。
「ありがとうございました!」
メンバー全員が観客に礼をしてから下がっていった。史郎は全員が見えなくなるまで拍手を続けた。
・
夜になってから史郎は凛に電話をかけた。
「はい、凛です」
「史郎だけど」
あれ、後ろがすこし騒がしい気がするな……。
「あ、史郎君! ライブ、来てくれてたね」と凛。
「もちろん。みんな、すごくよかったよ」
「ありがとう!」
「凛ちゃん、動きもいいし、衣装も似合ってた」
「えへへ、照れるニャ」
「可愛かったよ」
「……もう、やめてよー」
凛が恥ずかしそうな声でいった。
「凛、誰から電話?」と凛ではない別の声がする。
「凛ちゃん、顔、真っ赤だよ」あ、この声はかよちんだな。
「……ごめん、また電話するね。ほんとにごめんね」
そういうと凛は電話を切った。
史郎は後悔した。きっとまだメンバーが一緒だったのだろう。
しばらくして凛から電話が来た。
「史郎君、さっきはごめんね」
「あ、こっちこそごめん。まだ一緒だったんだな」
「うん、打ち上げが終わって、帰るところだったの」
「そうか、邪魔して悪かった」
「ううん、ぜんぜん大丈夫ニャ」
「……えっと、改めて、ライブ成功おめでとう」
「ありがとう」
「これからも、いろいろあるんだろう」
「うん、PVの撮影とかあるみたい」
「あまり会えないのは残念だけど……応援するよ」
「凛もがんばるね」
そのあといくつか会話をしてから電話を切った。
史郎は凛がアイドルとして活動していることにようやく実感がわいてきたのだった。
・
ライブの写真は厳選してDVDに書き込み凛に渡した。凛からはお礼のメールが届き、μ'sのブログにも何枚か使われたようだった。
またその後、μ'sは三年生ふたりを加えて九人になっていた。凛からはかっこいい先輩とスピリチュアルな先輩についての興奮気味な報告があった。スピリチュアルってなんだろう……。
史郎は期末試験についても凛の試験勉強を何日か手伝い、凛は無事に赤点を回避していた。
そして夏休み。
史郎は新しいカメラを買うため夏休み中は書店でアルバイトすることにした。
凛はμ'sの活動であいかわらず忙しく、ときどき練習後などに会うだけだった。
それでも一日だけふたりでお台場に出かけた。凛はあいかわらず元気に史郎を連れまわし、飛び入り歓迎のダンスイベントでパフォーマンスを披露してμ'sを宣伝したり、大観覧車に大はしゃぎしたりしていた。
・
九月に入ったある日の夜、凛から史郎のところに電話があった。
「久しぶり、史郎君」
「凛ちゃん、元気だった」
「うん、凛はいっつも元気だニャ!」
「たしかにそうだな」
「それでね、史郎君。今度、音ノ木坂の学園祭があるんだ」
史郎の通う千歳橋高校の学園祭は十一月だ。凛は続けた。
「μ'sのミニライブをやるんだけど、よかったら……来てくれるかな」
凛はすこし小声になる。まるで断られることを恐れているようだ。そんな心配は無用なのに……。
「もちろん行くよ」
「ほんとに? ありがとう!」明るくなる凛の声。
「楽しみにしてる」
「それでね、μ's、ラブライブにも出られそうなんだ!」
「そうか、いよいよだな」
「うん、凛も、いまから楽しみだよ!」
そのあと学園祭の日程を聞いて電話を切った。
ラブライブはスクールアイドルにとっては大きなイベントで、全国の学校のスクールアイドルたちがそのパフォーマンスを競う大会だ。甲子園みたいなものだろう。史郎も凛からμ'sの目標のひとつがラブライブ出場だと聞いていた。
史郎はμ'sが、そして凛が有名になっていくのは嬉しかったが、凛がすこし遠くに行ってしまう気がするのも否めなかった。
・
学園祭当日はあいにくの雨だった。
ライブは屋上で行うらしいので気になったが、学院内のアナウンスによると予定通り実行するようだ。
史郎はいくつかの催し物を見てから時間にあわせて屋上に上がった。
雨がひどくなってきていた。かなりの人数の客が来ていたが、みな心配そうだ。
傘を差したまま待つと時間通りにメンバーがステージに現れた。開催するらしい。
メンバーたちがステージに広がる。史郎が聴いたことのない曲のイントロが流れだした。新曲らしい。アップテンポなロックナンバーだ。
雨の中でもμ'sのパフォーマンスは変わらないようだった。九人がタイミングをあわせて踊り、歌う。前回のライブよりも完成度が上がっていた。
しかし、最後に悲劇が待っていた。歌い終えた高坂がそのまま倒れてしまったのだ。駆け寄るメンバーたち。
ライブはそのまま中止になってしまった。
史郎は凛にすぐにでも詳しい話を聞きたかった。しかし突然のことだったのできっと凛も忙しいだろう。凛からの連絡を待つことにした。
不安な気持ちのまま過ごしていた史郎のところに、その日の夜遅く凛から電話があった。
「遅くなってごめんね、史郎君」
「凛ちゃん、高坂さんは大丈夫なのか」
「うん、熱が高いんだけど……普通の風邪みたい。大人しくしていれば大丈夫だって、お医者さんは」
「なら多少は安心だな」
「最近、穂乃果ちゃん無理してたから……」
「……ラブライブとか?」
「うん、出場も決まりそうで、喜んでて……。でもがんばりすぎだよ」
凛の声が悲しげだ。凛は続けた。
「凛も、もうすこし、穂乃果ちゃんのこと気にしてあげればよかった」
「あまり思いつめるなよ、凛ちゃん」
「……ありがとう」
「……高坂さんが早く良くなるように祈ってるよ」
「うん。……じゃあ、また連絡するね」
そういって凛は電話を切った。
・
数日後の放課後、千歳橋高校を出たばかりの史郎のところに凛からメールが届いた。これから会えないかという内容だった。構わないとすぐに返事をする。ファーストフード店で会うことになった。
凛は先に来ていた。
ライブの日以来だが凛は明らかに元気がないようだった。口にストローをくわえてどこか遠くを見ている。
「凛ちゃん」と声をかける史郎。
「あ、史郎君」
凛は史郎に気付いてストローをカップに戻した。
「高坂さん、大丈夫だった?」
あのあと凛からは高坂が回復したとのメールがあったが、改めてたずねてみる。
「うん、もうすっかり元気だよ」
「そうか、よかったな」
そのわりに凛の顔はさえない。
「でもね……ラブライブ、辞退したんだ、μ's」と辛そうに凛はいった。
「えっ……あれだけがんばってたのに」
「穂乃果ちゃんがあの状態じゃ……ってメンバー全員で決めたんだ」
史郎はしばらくなにもいうことはできなかった。
「……また次回か」と史郎。
すると凛は顔を落として小さな声でいった。
「ううん。次も、ないかもしれない。……穂乃果ちゃんがね、アイドルやめるって」
「えっ、本当に」
「うん。μ'sも活動休止するの」
「そうか……」
高坂さんの熱意は凛ちゃんから聞いていたが、その彼女がアイドルを止めるとまでいうのは……きっと責任感の裏返しなのだろう。しかしそれよりも気になるのは……。
「凛ちゃんは、どうするんだ」
凛は顔を上げた。
「かよちんとにこちゃんに誘われてるんだ……。アイドルを続けようって。でも、凛は、かよちんに誘われて始めただけだし……」
すこし黙ってから凛は続けた。
「でも、凛は、どうすればいいか、わかんなくて」
史郎はいままでの凛のことを思い出していた。そしていった。
「凛ちゃんは、アイドル、嫌いだった?」
「ううん、好きだよ」
凛はそんなことを聞かれるのが意外だという表情で答えた。
「友達に誘われたから続けてた?」
「……ううん、違う。凛が、やりたかったから……」
「だとしたら、続けても、いいんじゃないかな」
凛はしばらくなにもいわなかった。そして今日初めてわずかに笑みを浮かべた。
「……うん、考えてみる」
・
翌日、凛からはアイドルを続けるというメールが届いた。
そして翌週。凛からハイテンションな電話があった。高坂がもう一度μ'sを始めるというのだった。史郎は心から祝福した。