可愛いの条件 ~ Story of Rin   作:Kohya S.

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7. すれ違い

 史郎はスマートフォンを取り出して時刻を確認する。待ち合わせまであと五分だった。

 秋葉原のUTX高校前。日曜日の午後、凛と会うことになっていた。

 

「史郎くーん!」

 凛が史郎の名前を呼びながら走ってきた。

「お待たせニャ」

 凛は白いTシャツの上にブルー系のチェック柄のシャツを羽織り、イエロー系の七分丈のパンツをあわせていた。

「今日はひさしぶりに史郎君と一緒でうれしいニャ」と凛。

 俺も嬉しいよ。恥ずかしくて口には出せないけど。

「じゃ、行こうか」

 

 特にこれといった目的もなくふたりは秋葉原の街を歩いた。凛と一緒の日を大事にしたいと思い史郎は今日はカメラを持ってきていなかった。

 

「あ、凛、これ欲しかったんだー」

 携帯電話ショップで凛が立ち止まった。ストラップが並んでいる。凛が見ているのは猫をモチーフにしたストラップだった。たしかスマートフォン向けゲームのキャラクタだったと思う。

「買ってあげようか」と史郎。

「ううん、自分で買うよ」と凛はさっさとレジに向かった。

 このくらいおごらせてくれても、いいのになあ。もっともごきげんな凛を見ると史郎は嬉しかった。

 

 カメラ店で史郎はデジタル一眼レフをチェックする。

「うーん、もうすこし貯めないとな」

「カメラ、買い替えるの?」

「買い替え、というか買い足しかな。バシッと撮りたいときは、やっぱり一眼がほしいな」

 たとえばμ'sのライブとか。凛ちゃんとか。

「ふーん、凛には、よくわからないニャ。でも、この前のライブの写真、メンバーに好評だったよ」

「お、それはよかった」

 

 ゲームセンターではリズムゲームで対決する。

「行くぞ」

「いっくニャー!」

 結果は史郎の惨敗だった。凛はふだんからゲームはほとんどやらないそうだが、それでいてこの成績とは天性のリズム感だろう。

「やったー! 次の食事は史郎君のおごりだね!」

「はいはい」

 

「そういえば、凛ちゃん、ふつうにうろうろして、大丈夫なの」

 アイドルショップの前を通りがかり史郎は尋ねる。

「μ's、けっこう有名になってきたけど」

「ぜんぜん平気だよ。凛、アイドルっぽくないもん」

 そうかな……。

 せっかくなので中に入る。A-RISEなどに並んでμ'sのグッズもあった。

「おお、すごい」

 当然ながら凛があしらわれているものもある。なんとなく感慨深い。

「凛ちゃんの缶バッジ、買ってこう」と史郎。

「えー、恥ずかしいよ」

 史郎は缶バッジとブロマイドを買った。

「もう、史郎君てば……」

 赤くなる凛が可愛かった。

 

 アイドルショップを出る。

 史郎は思い切って凛の手を握ってみた。凛は一瞬、驚いた顔をするが史郎の手を握り返した。

 しばらく秋葉原の裏通りを歩く。いつの間にか日が傾いてきていた。

 

 前方からいい匂いが漂ってきた。

「はっ、これは、ラーメンの匂い!」

 凛は手を放し鼻をひくひくさせる。史郎は苦笑しつついう。

「食べていこうか」

 券売機で食券を買う。史郎のおごりだ。凛は店のおすすめらしい東京風トンコツの全部のせ、史郎は博多風トンコツを選んだ。店は混雑していたがなんとか並ばずに入れた。

 ふたりで狭いカウンターで並んでラーメンを食べる。

 

 食べ終えると次の客にせかされるように店を出た。

「うん、おいしかった」と史郎。

「今度、かよちんと真姫ちゃんと、来ようっと」

 

 裏通りから中央通りのほうに戻る。

 メイドさんがチラシを配っていた。黒いワンピースに白いエプロンのメイド服だ。

「そういえば、メイド服のライブ、このあたりでやったんだっけ」と史郎。

 

 μ'sのWebサイトによればゲリラライブを行ったことがあるらしい。急だったので史郎は行けなかったのだが……。

 

「もうすこし先かな」と凛。

「凛ちゃんのメイド服、見たかったな」

「凛には、あんまり似合ってなかったよ」凛の声が小さくなる。

「……そんなことないと思うけど」

「そんなことあるよ」

 史郎は以前から考えていたことをつい口にしてしまう。

「もっと可愛い服、着てもいいんじゃないかな」

 凛が立ち止まった。顔を伏せる。

 

「そんなこといって、凛がそういう格好すると、似合ってないっていうんでしょ」と凛。

「そんなつもりじゃ……」

 凛が顔を上げる。

「史郎君は、いまの凛が嫌いなの?」

「違うけど、自分の……」

 彼女が可愛いと嬉しい、と史郎はいいかけてやめる。そんなことをいう資格があるのか……。そもそも凛のことを彼女といえるのか。

 

「史郎君は、そのままの凛を好きになってくれたんだって、思ってた」

 凛の目の端で涙が光っていた。

 凛はくるっと向きを変えると秋葉原の雑踏の中に消えていった。

 

        ・

 

 史郎はその夜、凛にメールを送ったが返信はなかった。

 

 翌日。昼休みに史郎は正志に話しかけた。

「凛ちゃんを怒らせてしまった」

「はあ? なんでまた」

 正志があきれたようにいった。

 昨日のことをかいつまんで話す。

「うーん、よくわからんけど、なにか地雷を踏んだんだな」と正志。

 地雷か……。

「どうすればいいと思う」

「とりあえず謝るしかないんじゃね。そのあとはまた考えるとして」

「難しいな」

「それよりお前たち、付き合ってるの?」

「いや、正式な返事はもらってない」

「もう半年たつぜ。まずそこからだろ」

「そうなんだけどさ……」

 まずは仲直りからだよな……。

 

 帰宅後。

 どうするべきか史郎は悩んだ。凛を思う気持ちにうそはないし、いまのままの凛で十分だ。ただ、凛が可愛い格好を嫌がるのはなにか理由があるのだろうと思う。それを乗り越えてほしいと史郎は思った。

 

 電話をするのも気が引けたので史郎は古風な手段をとることにした。手紙だ。幸い凛の自宅を訪れていたので住所はわかる。

 凛はいまのままでよいこと、凛のことが好きだからこそあんなことをいってしまったことを書いた。

 

 ノートパソコンの「星空凛」フォルダを開く。以前に比べるとずいぶん枚数が増えていた。その中から凛の魅力があふれている――それも個人的に女性的な魅力があると思う一枚を選んだ。プリンタで印刷する。

 そして凛はどんな格好をしていても素敵だと書き足した。

 

 気付けばいつのまにか夜がふけていた。

 それらを封筒に入れると史郎は夜の街へ飛び出した。

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