ごめんね!
訓練合宿出発の日。
人数の都合上、他の人達と一緒の車には乗っていけないということで、タイガは自分のスクーターに自分とリオの二人分の荷物を乗せて次元港へ。
「うわ、人多いな」
入り口をくぐると、喧騒とともに圧倒されるような人の波が目に入る。
連休中に何処かへ旅行に行こうというのは、やはり皆考えることなのだろう。それに加えてここは第一管理世界ミッドチルダ。普段から人の流れが大きい場所なのだ。相乗効果で恐ろしい人数がひっきりなしに動いていた。
取り敢えず、人混みを掻き分けて指定されたフードコートを目指そうと歩き出した。
……が。
「なるほど分からん」
この男、重度の方向音痴だった。
先ほどから案内板に従って歩いているつもりだが、なぜか同じ場所に戻ってきてしまう。変化球を織り交ぜようと逆方向にも行ってみたが結果は変わらなかった。
むう、と唸って周りを見るも、すでに案内板すら見えない。
いかん。このままでは一人寂しくミッド残りになってしまい、連休の間一度もリオと会えなくなってしまうではないか。
取り敢えず道を聞こう。そう考えて近くの人に声をかけてみた。
「すみません」
「む、何だね?」
クルッと振り返ったのは、なぜか白衣を着た男性。頭に女性物のパンツを被っている。フリルのついた可愛らしいものだ。最近のパンツは通気性も良いから被り心地は良いかもしれないね。オシャレで機能性抜群とか最高じゃないか。
お巡りさーん! と叫びたくなるのをグッと堪え、口を開く。
「実は迷ってまして、フードコート探してるんですが……」
たとえ変態だとしても俺はみんなと合流する必要がある。ここは全力でスルーすべきだろう。あと関わりたくない。そんな失礼極まりないことを考えながらタイガは会話を試みる。
「ふむ、そこならさっき見たな。あの角を曲がって少し進んだ場所にあるはずだよ」
意外にも親切に教えてくれた変態(仮)さん。お礼を言って立ち去ろうとすると、なんかくさい匂いが漂ってきた。……今スカしたな? あだ名はスカさんだ。
そうしてスカさんに聞いた通りに道を歩いていくと、フードコートが見えた。
足を踏み入れると知り合いの顔を探すが、見当たらなかった。どうやら、遅れることなく先につけたらしい。スカさんのおかげだ。変態だけど。
やることも無くなったので、ちょっとした食事を食べておくことにした。カウンター席につくと、普段はあまり作らないハンバーガーを一つ注文し、ボーッと店内を眺める。
それにしても……ファストフードとはいえ、美味しそうである。他の客の食べっぷりを見ていると空腹感に襲われる。今朝はちゃんと食べてきたのだが。
特に横の女性はとんでもない量の食事をそれはそれは美味しそうに頬張っている。
……うん、見てるだけで胸焼けしそうだ。空腹感とか吹っ飛んでしまった。気を紛らそうと、ゼロを使ってラジオでも聞くことに。
『速報です。ついさっき、次元港にて女性用の下着を頭に被った変質者が、係員によって取り押さえられました。被疑者は白衣を着ており……』
……スカさん……。
◇
そんなこんなで、着きました。
無人世界、カルナージ。一年を通して温暖な気候で、緑あふれる世界である。
つい一、二時間前に到着した一行は、世話になるアルピーノ母娘に挨拶を済ませると、ヴィヴィオの母親である高町なのはさんやフェイト・T・ハラオウンさんを筆頭とした管理局メンバーはトレーニングにアスレチックフィールドへ。リオたちちびっ子組はウォーミングアップも兼ねて川遊びへと向かった。
「えーと、こいつの点検すれば良いんだな」
で、タイガが何をしているかというと、施設の点検作業であった。仕事着である白衣を羽織り、ドライバー片手に配線などをチェックする。
もともとこの合宿に来る予定のなかったタイガだが、局員の人のオフトレに素人が参加するのも迷惑じゃないかと考えたのがそもそもの始まり。
親切なことに宿も無料で提供してくれたのだが、それは悪い。デバイスマイスターとして何かできることがあればそれをしようとアルピーノさんに聞いてみたところ、施設のチェックを頼まれた。
なんでも、ここのホテルや練習場は彼女の娘が一から作ったのだという。それを聞いて気絶しそうになったのは置いておくとして、腕は確かだから心配は無いが一応確認して欲しいと言われたのだ。
デバイスマイスターの仕事は多岐に渡る。いつもタイガがしているようなデバイスの制作や修理を筆頭に、都市の魔力を賄うシステムのメンテナンス、次元航空鑑のメカニカルスタッフとして携わる者もいる。一口にデバイスといっても、その種類は無数に存在するのだ。
当然のことながら、デバイスマイスターにも向き不向きがある。次元鑑の整備は誰にでもできる訳ではないし、それができる人でも普通のデバイス修理はできないこともある。
しかし、大まかな構造はどれもそんなに変わりはないのだ。
かつてタイガは、それを身をもって体感したことがある。
四年前のJS事件。
クラナガンを震撼させたあの大規模テロ事件は、一時的にその都市機能に壊滅的なダメージを与えた。
当時十二歳。駆け出しとはいえデバイスマイスターとして生計を立てていたタイガは、クラナガン発電施設の修理を依頼されたことがある。彼は右も左もわからないような子供だったが、あの時はそれほど切羽詰まっていたのだ。
最初は見たこともないような部品に戸惑い、慌ただしく動く大人のマイスター達の間で小さくなっていたのだが、彼らの姿を見ているうちになんとなくデバイスを修理する時の光景が思い浮かんだ。
それからは驚くほど簡単に構造を掌握することに成功し、修理も無事に終わった。
「よし、終わり」
一仕事終えたタイガは、アルピーノさんに連絡を入れる。すると他にやることは無いとのことなので、リオの様子を見に行ってみることにした。
しばらく歩くと川に出た。また迷ってスカさんと出くわしたりしないかと不安だったが、杞憂に終わったらしい。
まず目に入ったのは、元気に泳ぎ回る子ども達の姿。はしゃぎながらお互いに水をかけ合ったり追っかけっこしたり。楽しそうで何よりだ。
引率のノーヴェがタイガに気付く。時計を確認すると驚いたように声をあげた。
「もう終わったのか?」
「もともとかなり上手く出来上がってましたからね。そこらの業者よりも良い仕事してます」
苦笑しつつ、そう答える。これはお世辞なしの言葉だ。
ちなみに挨拶は既に全員と済ませてある。なんか知り合いがいっぱい混ざってたが。
リオたちに目を戻す。なんか一列に並んで拳を構えている。
「あれは何を?」
「"水斬り"だ」
「ああ、水切り」
それならば知っている。タイガもデバイスの特性上、たまに練習として行っていた行動だ。懐かしいな……でもあの構えは何だろうか?と軽く首をひねるタイガだが、次の瞬間謎の光景を目にした。
女の子――確か、名前はコロナ――が水中で突きを放ち、次の瞬間、拳圧が水を切り裂き、小規模な津波が起きる。
「ん?」
次にリオが同じく拳を振るえば、更に大きな津波が高速で進んでいった。
「あれ?」
最後に金髪の女の子が全身を使ったパンチを繰り出す。あ、すげー。型できてる。そんな現実逃避も嘲笑うように、これまでで最大の波が起きた。その様は、ゴジラ出現シーンにも劣らない見事な迫力。
ノーヴェがしたり顔でこちらを振り向く。感想でも求めているのだろうか、ならば期待に添えることができるかもしれない。
タイガは白目をむきながら一言、こう言った。
「……俺の知ってる水切りと違う……」
スカさんははぐれた娘に気づかれたい一心であんな格好してたんだよ……多分