スカさん逮捕。
平べったい形の石を拾うと、丁度いい具合に窪みがあったのでそこに人差し指を引っ掛けるようにして持ち、そのまま腕を引き、体勢を低くして構える。
「――よっ」
掛け声と同時に、石をアンダースローのように投擲。手首のスナップで強く回転をかけることも忘れない。手から放たれた石は水に触れても沈むことなく、まるで意思を持つように水面を跳ねていく。四、五、六……石は勢いを落とさないまま跳ねる回数を伸ばしていき、最後には対岸まで届いてしまった。
おお、という声が聞こえる。
「そんな訓練があるんですね!」
「訓練っていうか遊びっていうか……まあ良いか」
目を輝かせて詰め寄ってくる金髪の少女、ヴィヴィオ。なんていうか、本当に格闘技が好きなんだなあと思い苦笑した。リオも大概だと思っていたのだが、聞けばリオが大人モードを作ろうと決めたのもヴィヴィオの影響だと言う。
最近のちびっ子はすげえなあ、なんて考えを抱くも、十歳頃の自分も大差なかったかと思い直した。勿論、きちんと学校に行っている彼女達の方が数倍凄いのだが。
ふと目を戻すと、子どもたちが石を探してウロウロとしていた。
……あれ、教えなきゃいけない感じ?
その後は軽い水切り講座みたいなものをなし崩し的に開くことになったり、逆に水斬りをちびっ子達に指南されたりとなかなか忙しいことになってしまった。俺水着持ってきてないのに。
そんな訳でびっしょびしょに濡れたシャツを絞っていると、その様子を見ていたノーヴェに声をかけられた。
「子どもに慣れてるんだな」
「まあ、昔からリオの相手してるので。
話しながら絞ったシャツを広げると、右手に魔力を込める。すると赤い光が熱とともに発生した。火力をアイロン程度に抑えると、シャツの濡れた部分に当て、撫でるようにして乾かしていく。
「それは炎熱変換?」
後ろから聞こえた声に振り返ると、いつの間にか水から上がってきた紫色の髪の少女、ルーテシアが興味深げにこちらを覗き込んでいた。ホテルの所有者であるアルピーノさんの娘だったはずだ。歳は結構近かった気がする。
返答の代わりに右手を見せ、火力を上げる。すると徐々に赤みが強さを増し、次の瞬間、明るい炎が燃え上がった。
――魔力変換資質。魔導師の一部が生まれつき保有している特殊な性質で、魔力をごく自然に直接的な物理エネルギーに変換できる能力だ。
タイガの使っている資質は『炎熱』。読んで字の如く、魔力を炎や熱に変換する資質である。他にも『電気』や『氷結』などがあり、その種類はまさに無数だ。
ルーテシアの楽しげな表情に満足すると、火力を元に戻して乾燥作業に戻る。
「便利だね」
「そうだな」
魔力変換資質は、戦闘においては砲撃を強化するなど様々な使用法があるが、炎熱の場合このように日常生活においても役に立つのがタイガ的に気に入っているポイントだ。梅雨時なんかには本当に重宝する。
ただし火力調整を間違えると火事になったりするのでそこだけ注意。まあデバイスが制御してくれるようになってからそんなことも滅多に無い上に、もう一つの変換資質でもなんとかなるのだが。
一通り乾かし終わったシャツを着ていると、一際大きな水しぶきが上がった。見るとちびっ子の一人、アインハルトが水斬りをしたようだ。だが起きたのは波ではなく巨大な水柱で、本人は不思議そうに首を傾げている。
それを見たノーヴェさんが苦笑いしながら近づいて行く。リオたちのコーチを務めているというので、コーチらしく指導に行ったのだろう。
「………………………」
一言二言何かを言った後、ノーヴェさんが足を振り上げると、ヴィヴィオ達とは比べ物にならないほどの波が起きる。それを見て子どもたちは大はしゃぎだ。アインハルトは魅入っているようで、ノーヴェさんの教えたことを反芻している様子。
今の蹴り、凄いな。かなり鍛えられてるっていうか……なんか、凄すぎる。違和感すら覚えるほどに。人離れしている、とでもいうのだろうか。
「お兄ちゃんっ」
自分でも何が言いたいのか首を捻るようなことを考えていると、見知った顔が視界にニュッと飛び込んできた。口の端から八重歯がのぞいている。可愛い。さっきまで何考えてたか忘れちゃったぜ。
リオはタイガの手を取ると、来て来てと言いながら川の近くまで引っ張っていく。
「どうした?」
「見て、水切りできるようになったよ!」
そう言って構えるのは、石。教えた通りのモーションで腕をテークバックすると、一気に投げ放つ。回転を加えられた石は軽快に水面を五回ほど跳ね、そして最後は沈む。
「おお!」
教えてからそんなに経ってないのに、これだけ飛ばせるとは大したものだ。思わず感嘆の声が漏れる。
「すごいすごい、やるなリオ」
「えへへへ」
リオの頭を少し強めに撫でてやると「きゃー」と楽しそうな声を上げてはしゃいだ。
「……っと」
ゼロに現在時刻を表示させてみると、もう昼時だ。
アルピーノさん……分かり辛いのでメガーヌさん、つまりルーテシアの母親なのだが、彼女と昼飯の準備を手伝う約束をしているため、そろそろホテルに戻らねば。
そういうわけなので、一言断ってからタイガはその川を後にした。
「いやー、このままだともうすぐ追いつかれそうだな〜」
ホテルまでの道中、誰に向かってでもなく、タイガが呟いた。ゼロからも返答は無いが、代わりに一度明滅する。
この間の模擬戦でも思ったことだが、リオの実力は着実に上がっているらしい。それこそ、もうすぐ追いつかれるんじゃないかと心配になるほどに。いや、追いつかれても別に悲しくないっていうかむしろ一緒になって大はしゃぎするくらいなんだけども、それでも今はまだダメだ。
なぜか。
(どうせなら、万全のコンディションで倒して欲しいもんだよな)
いくらなんでも、自分の実力が全盛期から変わらないということはありえない。
デバイスマイスターになるために必死にしてきた勉強。そのために犠牲にした練習の日々は簡単には戻らない。その上、普段は店にこもって運動不足ときた。
自惚れではないが、かつての自分は本当に強かったのだと思う。学校をやめた当時、目標を見つけようと努力していたのだが、所詮は子供だ。考え続けることに限界はある。
そんな時は、ガス抜きとして市民アリーナで春光拳の鍛錬に勤しんだ。休憩時間すら他の利用者の動きを観察し、未知の格闘技術を盗んだ。時には大会などに出てみて、自分が
やがて、じーちゃんからリオが学校に通う年齢まで成長したらミッドにやって来るつもりらしいことを聞き、このままではいかんと自分の本当の意味での目標を探し始めた。そして見つけた、デバイスマイスターの夢。我武者羅に勉強し、やっと手にしたのが六年前……タイガ・ウェズリー少年、十歳の時の話だ。
無駄な話で長くなったが、要するにリオに倒されるならば弱った今の自分ではなく、全力を以って戦い、そして倒されたいということだ。
「……なあゼロ。その辺どう思う?」
『………………』
反応はない。
それでもなんとなく、コイツなら同意するんだろうなあとは思ってしまった。
《おまけ》2秒で分かる『タイガ・ウェズリー』
シスコン。
今回は
(あれ……俺って思ったより運動不足?)
と運動不足野郎が自覚した、というだけですので、なんか最後の方シリアスっぽい雰囲気出してますがそんなことないのでご安心を。