とある神社でのことである。
その日はいつものように数人の子供達と宗次郎は遊んでいた。
「だーるーまさーんがー」
大きな楠の前で両手で顔を隠している青年は宗次郎である。彼は袴と粗末な着物を付けている。その後ろからじりじり近づいているのは、彼とよく遊ぶ子供達であった。それぞれ歳は十前後だろう。
宗次郎はゆっくりと「こーろん」と言う。それでも子供達が一気に近づかないのは宗次郎の手を知っているからである。
「転んだ!」
一気に早口になって宗次郎は振り返る。そこには動きを止めた少年少女が笑いをこらえた姿で「止まっている」誰も引っかからない。なんど遊んだことか分からないのである。手の内は知り尽くしている。
宗次郎はそれでもニコニコしながら見回す。子供達は四人。男の子が三人と女の子が一人である。彼はじっくりと見回してから、もう一度楠に視線を戻そうとして、振り返る。子供達は止まったままである、そんな「誘い」に乗って動いてしまったことはいくらでもある。
いまさら引っかかるものはいないだろう。仕方なく宗次郎はまた口上を言う。
「だーるーまーさんが」
子供達が近づく。
「転んだ!」
足音で間合いを測る宗次郎はすばやく振り返る。だが彼に「鍛えられている」子供達は止まっていた。男の子が一人、一番手前にいる。その後ろに他の少年。一番後ろに女の子が二人。一人は青い髪に髪飾りをしている。
「おや?」
宗次郎は一人増えている気がした。一番後ろにいる少女。
青い髪が風に揺れて、何故かわからないが顔をぷくっと膨らませている。息を止めているのであろう。体だけ動かさなければこの遊びは成立するのに、可愛らしいことである。
宗次郎は気にしない。くすくすと微笑んで。また、後ろを向く。
「だーる」
ダダダダダダダダダダダダダダ
勢いよく迫る足音。宗次郎はギラリと眼を開ける。
「まさんがころんだ!」
早口で良いきり、くるっと振り返る宗次郎。迫りくる青髪の少女、それにつられて一番前にいた男の子も走って来る。そこを宗次郎に見つかってしまっているから、彼らは負けているのだが、止まらない。
「あたいのかちだぁ!」
「なんだおまえぇ」
少年と少女が張り合いながら宗次郎に迫る。彼は眼をぱちくりさせて、避けたら子供が楠にぶつかるととっさに分かった。その場で腰を落として構える。その胸に二人の子供が突進した。がつん、と宗次郎のお腹を小さな二つの頭が打つ。
宗次郎は辛うじて二人を抱え込むことができた。
★☆★
「やだなぁ。だるまさんがころんだで捕まる覚悟で走って来る人は初めてみたよ」
宗次郎達は神社の社殿、その傍で車座になっていた。彼の傍には竹の皮で包まれた何かが置いてある。子供達はその中身が何なのかいつものことで知っているのだが、意地汚いので自分からは言わない。
それとは別にさっき突っ込んできた少年と少女が何か分からないが言い争いをし始める。
「だってこいつがあたいを押そうとするから!」
「お、お前だろ!」
「こらこら」
喧嘩を仲裁しながら宗次郎はにこにこしている。元気のいいことは、とても素晴らしいことである。彼は二人の頭をちょっと撫でて、言い聞かせるように言う。
「喧嘩をしているとおまんじゅうをあげませんよ」
「「!?」」
ちらちと少年と少女が目で合図し合う。こくりと頷いて青髪の彼女が言う。
「休戦ね馬鹿」
「なにっ! 男に向かって言ったな!」
目の合図は何の意味があったのか、またぎゃーぎゃーと言い争いを始めた。宗次郎は苦笑しつつ竹包を取る。開ければ小さなおまんじゅうは数個入っている。彼は喧嘩している二人を無視して手前にいた緑の髪の少女に渡す。
おとなしそうな印象の少女で髪を側頭部でまとめている。小さなお礼をいい、彼女はおまんじゅうをもらう。宗次郎はこんなこいたかな、と思ったが気にしない。頭を撫でて「良い子ですね」と優しくささやいてあげる。
他の子にもおまんじゅうを渡す。すると残りは一個になってしまった。もちろん喧嘩している二人には渡していない。人数分用意したはずであるが何故か計算が合わない。ちなみに宗次郎も食べられそうにない。
それでもいう。
「二人が喧嘩していると私がたべますよー」
「あっずるい。それあたいの!」
「そ、宗次郎兄ちゃん!」
男の子はぼろぼろの顔と涙声で言う、劣勢だったらしい。いつの間にかつかみ合いになっている。
「男子たるものが泣いてはいけませんよ?」
「だっでじるのが!」
「じるの?」
どうやらこの少女は「じるの」と言うらしい。妙な名である。その青髪の少女は「あたいがさいきょーよ」と謎の言葉を言っている。
「仕方ないなぁ」
のんびり宗次郎は言いながらおまんじゅうを二つに割る。中の餡子が見えて、もちっとした生地が裂ける。彼はそれを二人に片方ずつ渡す。
「さ、仲直りのしるしに食べましょうか」
「あ、あたいの方が小さい! そっちが……」
まだ何か言い募ろうとする少女に宗次郎は微笑む、にっこり。ただ、何故か少女はびくっと体を強張らせた。何故かわからないがとても怖い。他の子どもたちはこの「宗次郎」が怒れば手が付けられないことを知っているので戦々恐々としている。
緑の髪彼女はおろおろするばかりだ。
「食べましょう?」
「う、うん」
一件落着。
★☆★
神社の近くにある竹藪の中で鬼ごっこ。鬼は青い髪の少女である。
「よっしゃー! つかまえたー」
遠くから誰かが捕まった声が聞こえる。宗次郎はくすりとして、しゃがみこむ。ちょっとした岩の影に身を隠している。近くには緑の髪の少女が付いてきている。何故か彼が気に入っているのであろう。
「それじゃあ少し隠れていようか?」
こくりこくりと緑の髪の少女は頷く。その後ろには金髪でまるで栗みたいな口をした少女が増えている。宗次郎は異人の子供かな、と驚いたがまあ遊ぶだけだと思い直した。
「ここまで来れば平気かしら」
栗のような口の少女が言う。髪を左右でねじっている。縦ロールなどという言葉を宗次郎は知らない。
「し~」
代わりに彼は指を彼女の唇に持ってくる。ぴたりとつけて、自分の顔の前でも人差し指をたてる。静かにという事であろう。金髪の彼女も頷く。
竹のざわめき。
響く子供の声。
宗次郎はたまらく好きな物を楽しんでいる。
ふと、彼の裾を引っ張るものがいる。「緑か金か」と彼は諧謔を込めて思い、振り向くとそこには黒髪で前髪をパッツンにきった少女が一人。
「あいつがちかづいてくるわ」
『どこだー。あたいがみつけてやるぞ!』
黒髪の彼女は真剣な表情である。おもわず宗次郎は吹き出してしまう。真剣に遊ぶことが彼にはとても愛らしく見えた。さっきまでいなかったなど、どうでもいい。
『そこか!!』
ダダダダダダダダダダダダダダ。勢いだけのダッシュ音が聞こえる。宗次郎はそっと岩陰から覗くと青髪の少女が後ろに男の子三人を連れて向かってきている。ガキ大将だな、と彼は笑う。近藤の様だ。
「こっち! こっち」
宗次郎は立ち上がって竹藪を走り始める。その前に岩陰の二人には動かないよう言っておいた。囮である。
「いたっ!」
青髪の少女は一直線に宗次郎へと向かう。
★☆★
「増えたなぁ」
竹藪を小一時間走り回り宗次郎は神社の境内に戻った。両脇に青髪の少女と新たに増えた赤いリボンで左右の髪を結んでいる少女を抱え込んでいる。二人は足をじたばたとさせている。
鬼が捕まっているので彼女達が何か「悪い事」をしたのかもしれない。宗次郎の後ろにはぞろぞろぞろぞろと子供達が続く。楽し気な雰囲気につられてきたのだろう。宗次郎はおかしさで口元がにやける。
最近の子供はとても元気がいい。彼は「捕獲した二人」を下ろして、次は何をしようかと考えていた。空を見れば青い蒼穹に入道雲。蝉の声が聞こえてくる。さっきまで夢中で気にしていなかった。
疲れたのか、あたりの音がよくわかる。
だから宗次郎には境内の鳥居をくぐった男が見えた。まるで現実が呼びに来たかの様に彼には感じられた。それを見た宗次郎は子供達を先に遊ぶようにただして、境内の広場に向かわせる。わぁーと走っていく子供達の中で緑の髪の少女は一度宗次郎を振り返る、何故か寂し気な顔をしている。
宗次郎は手を振って「すぐ行く」と伝える。
男は黒い服装をしている。陣笠を深くかぶり、羽織を着ている。刀を差していることから武士である。いや、宗次郎の知り合いなのだった。その男は彼を見つけるとゆっくりと歩いてくる。たまに見える表情は固く、瞳は暗い。
「ああ、山崎さん」
あえて明るく手を振る宗次郎。彼はにこりともせず、近づくと単刀直入に言う。
「古高が情報を吐きました」
「そうですか」
なんでもよさげに宗次郎は返す、山崎はさらに言う。
「屯所へお戻りを」
「……わかりました」
宗次郎はうっすらと笑ったままだった。
「もうすぐ祇園祭なのに、公務ですね」
「……連中は京を火の海にしようとしています」
「ああ……それは」
宗次郎は山崎の顔を見る。静かな瞳。見る者を身震いさせるような冷たい顔。彼のもう一つの顔だった。本当に冷たいのではない。何かを為すためにそんな顔をせざるを得なくなったのである。
「斬らないといけませんね」
温度の無い声で言う。宗次郎は一度子供達を振り返った。
広場で遊ぶ四人の少年少女。それだけが見えた。さっきまでいた少女達はどこに行ったのだろうか。まるで幻想の中に消えたかのようにいなくなっていた。それを今いる子供達も気が付いていないようだった。
突然現れた彼女達はもう、いない。
不意に宗次郎は悲しそうな顔をする。
「どうされましたか」
「いえ、寂しいなぁ。と思って」
「は?」
「なんでもありません。さあ、いきましょう、か。ごほ」
宗次郎は片手で口を押える。山崎は「風邪ですか?」と聞く。
「そんなところですね」
短く答えて宗次郎はもう一度子供達を見る。
最初からいた、少女が一人こちらを見ていた。彼女は彼にむかって手を振っている。こっちにおいでと言っているかの様に。
「ごめんね」
宗次郎は踵を返す。
数十年後とある老人が宗次郎のことを「司馬」という作家に残した。
彼は神社で良く子供達と遊んでいたという。自分もそこにいたのだと、彼女は言った。
記憶のかなた、彼女は自らも子供の時、多くの子供達とあそんだのだろう。
大人になった彼らがどこにいったのかは、彼女にもわからない。