◆月●日
「ココアで良いか?」
「はい」
場所は美城のレッスンルーム……の、隣に備えられている給湯室。
そこでは、ありすと極めて平均的な顔立ち身長の男が、仲良く隣同士の椅子に座って珈琲とココアを飲んで一息入れていた。
勿論ありすがココアである。
明日は二人にとって、いや、美城プロやアイドル業界にとっても革新的な日となるミニライブだ。
会場の下見も済ましたし、明日に備えて早めに最終打ち合わせを切り上げてもらったのだが、浮き足だってソワソワとしているありすを見かねた男がレッスンに誘ったのだ。
年の差男女ユニットらしい振り付けもこなし、ミニライブの後にある軽いトークも、時間を計って規定時間内に終わらせられた。
これ以上ない仕上がりに、ある程度不安は取り除かれたのか、ありすと男は練習を切り上げてジャージのまま給湯室で一服入れていたのである。
「ふー……。やっぱ給湯室って落ち着くなぁ、家より落ち着くわ」
「前までは、ほぼ毎日ここで間食を取っていましたからね」
「みんな一緒に、な」
「そうでしたね、三村さんと村上さんも一緒に……」
男はリラックスも兼ねて口当たり優しいココアを入れたのだが、逆にリラックスのしすぎで空気がしんみりとしてしまっていた。
ありすがミニライブの先の事まで考え始めたのだ。
元々ありすは音楽関係の仕事がしたくてアイドルになった身、じゃんじゃか仕事が入って忙しくなるのは実に結構。
だが、やはりありすは背伸びしているがまだまだ子供。
一ヶ月とは言え、同期生として共にレッスンを頑張った同性のかな子と巴がいないのは寂しいだろう。
巴とは、プロデューサーにスカウトされて上京してきた身なだけに、ホームシックも影響していると言えば嘘ではない。
「何も今生の別れ並に滅入らなくても……」
「それはそうですけど……あ、べ、別にあの二人と一緒のライブが出来ないのが寂しいワケでは無いので」
「そうか?俺は結構寂しいけどな」
「そう……なんですか?」
「まーね、ライブ会場が一緒とは言え、一緒にレッスンしてきた仲だから。デビュー時期こそ同時だけど、これから先一緒に仕事できるとは限らないし」
「そうなんですか、○○さんも寂しいんですか……」
「でもさ、同じ事務所にいる限り、これから先一生離ればなれってんじゃないから、明日のライブを成功させて次に繋げような」
男はありすを勇気づけるように一気に捲し立てると、珈琲を一口飲んで喉を潤す。
これから先、ユニットではないかな子や巴と仕事できる機会は減るだろう。
それでも、その確立は必ずしもゼロでは無いのだ。
今も基礎レッスンを一緒にしている仲で、巴とは一緒の寮に住んでいる、本当に離ればなれになんてならないだろう。
ありすも男の言葉に励まされて覚悟を決めたのか、しんなりしていた顔をいつものキリッとした表情に戻す。
だが、頭では理解できても、それでもやはり、ほんの少しだけ心に虚しさが残るのだ。
その虚しさは、意外にもありすを励ました男も感じていた。
たった一ヶ月一緒にレッスンしただけだというのに、バイトを転々として人と離れるのに慣れていた男にとっては、非常に不思議な感覚だった。
男が奇妙な感覚に陥って悶々としている中、不意に給湯室のドアが開いた。
「あれ……○○さんにありすちゃん、まだレッスンしてたんですか?」
唐突な来訪者にビクリと二人とも体を震わせたが、姿を見て安心する。
何てこと無い、紙袋を手に提げたかな子だ、未だにジャージ姿の二人を見て声を掛けたに過ぎない。
「おぉ三村か……。いや、俺達はそろそろ着替えて帰ろうか迷ってた所だよ」
「そういう三村さんこそ、午後はレッスンも仕事も無いから家に帰るようプロデューサーから言われていた筈でしたが?」
かな子からは毎日名前で呼ばれている癖に、ありすと呼ばれ、条件反射で若干ムッとしてありすが聞き返す。
「それがね、家に帰ってお菓子食べても妙に落ち着かなくって……」
「で、気分転換にここで食べようとしたと」
「うん、給湯室の冷蔵庫に賞味期限が近いバウムクーヘン入ってたの思い出しちゃって」
どうやらかな子も二人と似たような気持ちを抱いていたらしい。
それをお菓子で解決しようとしたのは、何ともかな子らしい解決方法だろう。
それでもありすは、まだ一つの疑問を抱いていた。
「冷蔵庫に入ってるって……三村さん、その紙袋は?」
「こっち?ケーキなんだけど、家から来る途中に見かけて美味しそうだったからつい買っちゃった」
「それも食べるんですか?」
「うん!」
「っておいおい、そっちも食うんかい」
「あ、皆さんの分も買ってありますからね」
「いやいやそういう意味じゃないから!」
男のキレの良い突っ込みに、かな子はえへへと笑い、ありすは呆れたようにココアに口を付けた。
以前、ベテラントレーナーの聖がかな子に食事制限のダイエットをするよう指導していたが、この食生活だと男とありすはアレが正しかったのではと思い返す。
その時である。
「おや、皆さん……」
「どうしたんじゃプロデューサー、ドアの前で止まって……」
給湯室にプロデューサーの巨体がヌッと現れ、その体から乗り出すように赤いショートヘアを揺らして巴の顔が覗いた。
何度も言うようだが、明日はミニライブで体を休ませるよう全員に伝達されており、美城プロに来る用事なんか一切無いのである。
現に、プロデューサーは三人を順繰りに見て、どうしてここに勢揃いしているのか不思議そうに首に手を当てている。
「プロデューサーに村上……何でまたここに?」
「その、ミニライブの下見は村上さんが最後でしたので一緒にいたのですが」
「ちょっと小腹が空いてここに来た、っちゅーワケじゃ」
腕を組んで自分に言い聞かせるように説明する巴だが、何処か落ち着きがない。
その様子に三人は「あぁ」と、すぐに嘘だと見抜いた。
いつも堂々としている巴が頑なに誰とも目を合わせようとしていないし、お腹が空いたのなら、わざわざ給湯室なんかに寄らずとも本社の食堂を使えばいいし、寮にだって食堂はある。
何とも可愛らしい嘘ではないか。
つまり、彼女がここに来た本当に理由は……。
「ハハハッ、みんな考えるこたぁ一緒ってこったな」
「そうみたいですね」
打ち合わせも連絡も無しに、みんな揃った事が嬉しかったのか可笑しかったのか、はたまた両方なのか。
男とありすは、虚しさを振り切るように、自然でスッキリした表情で笑顔を浮かべていた。
一方かな子は鼻歌交じりに茶菓子を机の上に並べ始めていた。
「トレーナーさんの分は切り分けましたから、ここにある分は食べ切っちゃってくださいねー」
「私達が食べなくても一人で平らげそうですけどね」
「三村の姐さんならこれくらいペロリじゃな」
「もー二人とも!」
「じゃあ俺はみんなの分の飲み物淹れとくね、プロデューサーは珈琲で良いでしょ?」
「はい……あ、いえ、私は珈琲で良いのですが……」
「ミルクと砂糖も欲しい?」
「いえ、そうでは無くて……」
「まぁまぁ、プロデューサーの言いたいことは分かるけどさ、これが今みんなにとって一番必要な事だと思わない?今だけはお小言控えて目瞑ってくんないかな」
「ふむ……」
プロデューサーとしては、大事なミニライブを控えているのだから家で大人しくしていてほしい、というのが本音なのだろう。
しかし、緊張感が無いと言えばそれまでだが、それが正しくあるべきかどうかは別として、みんなのコンディションはこれ以上ない仕上がりになってきている。
ここでそれを崩す真似をするのは、プロデューサーとしてはあってはならない。
「どうやら、そのようですね……。私もまだまだです」
「ハハッ、アイドルのプロデュースは初めてなんでしょ?俺達もアイドル業は初めてだし、お互い勉強しながら頑張ろーよ。ほら珈琲」
「……はい」
「三村と村上は橘と同じでいいよな?」
「はい」
「おう」
(やはり彼は……)
そしてプロデューサーにとっては、我が子のように同期生を見守るこの男が、父性という可能性と共に、アイドル業界に新たな風を起こせると確信に変わった瞬間でもあった。
書いてて気づいたけど主人公に属性追加しすぎた気がする……
(全部生かしきれるか)これもう分かんねぇな?