【完結】 百五十万人の新規着任提督は人工鯨の夢をみるか?   作:hige2902

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第一話 後編 旗艦が沈まない不明瞭な理由

 

「提督」

「わかっている、わたしも確認した。新種だな」

 

 わたしは隣で焦る陸奥が見た標的を、艦橋の望遠鏡でも確認した。()()()()()()()()()()()

 朱に染まる海上で、鉛色の有機的とも無機的とも取れる物物しい兵装に、白い人型が一体化していた。赤い揺らめきが顔を ――おそらく眼を―― 爛爛とたぎらせているようだった。

 

「人に見える、性別はおそらく女性。大きさは他の深海棲艦と変わらないようだが。駆逐艦雪風に情報伝達。以降、観測対象を戦域から新種の深海棲艦とせよ」

 

 陸奥は空に語るように、わたしの伝言を一言一句の誤りもなく発した。それで艦どうしの連絡が取れるらしいのだから便利なものだ。

 わたしには二つの選択肢があった。このまま敵の増援を迎え撃つか、それとも撤退するか。

 すでにわが艦隊は一戦交えており、被害は軽微ながらも弾薬や燃料はそれなりに消耗している。しかし敵の増援は当方六隻に対してたった一隻である。彼我の距離も乱れた艦隊陣形を整えるのには十分であり、数の利による集中砲火で迎撃しても良い。その際の新種の行動原理や保持火力などの性能情報を観測すれば今後の役に立つのだが。

 

 気になるのはなぜ敵が一隻で挑んできたのか。人型であることからある程度の思考能力はありそうなものではあるが、だとすればわざわざ多勢に無勢の戦況に挑むのは誤りである。もっとも、新種がそれを覆すほどの戦術戦闘能力を保持していれば別だが。

 

 そう思考していた。海上、新種が赤色に発光したと目で捉えた瞬間に閃光が走る。わたしが乗る艦のすぐ横を抜けた。

 陸奥がわたしに状況を伝える。 「戦艦金剛、大破」

 遅れてやってきた衝撃波で艦が揺れた。

 

「全艦に情報伝達。戦艦陸奥を除きこの戦闘海域から急速離脱。戦艦陸奥は敵新種と交戦、可能な限り時間を稼ぐ。駆逐艦雪風は当艦との情報伝達可能距離ぎりぎりで待機、情報収集に徹し、しかる後に当初の帰還航路で味方護衛艦と合流しラバウル基地に帰還せよ」

 

「情報伝達終了。戦艦金剛より情報伝達、援軍要請は?」

「不要。敵新種の戦術戦闘能力は生半可な戦力では太刀打ちできないと思われる。万一のため、基地の防衛に徹せよ」

 

 幸いに金剛の動力推進は停止していなかった。

 五隻の艦が海に白い軌跡を描いて撤退してゆく。わたしたちを残して。

 

「届かないよな、主砲」 と、わたし。わかりきった質問でスキットルのウィスキーを一口やった。

「距離に関しては問題ないけど、命中するかどうかは保障しない」

 

「第二射が来ないといいのだが……敵主砲の装填速度も記録しておく必要があるな」

「勝算はあるの?」 と、陸奥。挑発的に腕を組み、ニヒルに笑って言った。

 

「ない。悪いが戦艦陸奥はここで沈む。目標に対し主砲一斉射撃」

 

 陸奥は試すような笑みでわたしを見据えたまま、艦の主砲を旋回させ、砲撃した。砲撃手などいない、水夫も。膨大な人員が必要なはずの戦艦にいるのはわたしと陸奥のみだった。

 砲弾は放物線を描き、遠方で大きな水柱を作る。

 

「当たらないと言ったでしょう」

「海底まで後生大事に取っておくのももったいない。当たる確率もゼロではない」

 

「それもそうか。でもわたしを捨て石にするのだから、それなりの戦略的意義があってほしいものね」

「ないわけではない」

 

 わたしはもう一口だけ酒をあおって、スキットルを陸奥に渡した。

 

 

 対人類体。後に名づけられた深海棲艦による各国の領海侵犯はほぼ同時に起き、排他的経済水域は曖昧になった。

 日本も当然、例外ではなかった。日本海軍は深海棲艦の持つ特性により無力化されたといってもよく。本土は北海道、四国、九州との海路、海底トンネル、橋の移動手段を失った。

 

 この劣勢をどのように挽回したというと、嘘のような話かもしれないが、呉に建築された大和ミュージアム<改>に展示してあるレプリカが動き出して深海棲艦を撃退した。

 本当かどうかは、知らない。

 

 数年前、人類史上初の深海棲艦を追い払った戦艦大和のレプリカが一人の女性によって操作されていることがわかったのは、甲板に仁王立ちしていれば当然といえば当然だった。

 彼女は人間とのコミュニケートツールとしての媒体らしい。その大和が言うには、

 自分はWW2からの母国を守るという執念が時を無視して具現した存在らしい。執念はそれ単体では当然に物理的干渉を行えず、したがって現実へと具現するには執念の拠り所、それも関連性があり、執念の体言実行を可能とする媒体がいる。それが軍艦。

 そして今のレプリカでは力を発揮できない。本物を再現してほしいとのこと。

 さらに、本物に似せた艦さえあれば他の艦も顕現するだろうとのこと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「敵新種の射程と金剛を一撃で大破まで追いやった威力と正確な照準がカタログスペックどおりのものだと仮定し、さらに逃げるわれわれと同速度以上で追撃された場合は全滅する」

「そこで最も耐久力のある戦艦で足止めしようというわけ、か」

 

「今、ラバウル基地主力を失うわけにはいかない。たとえ戦艦陸奥を失っても」

 

 ふうむと、陸奥はあごに手をやり、視線を宙にさまよわせた。スキットルを左手に握ったまま。

 

「きみは強力だよ。高性能だ。しかし陸奥を除いた主力の全艦と天秤にかけると、やはりな。強力でも一隻では戦略行動を実行することはできない」

 

 陸奥は被弾面積を最小限に抑えるため、横腹を見せず、目標に対しての砲撃の手を緩めなかった。凄まじい爆発音が耳にうるさい。

 

「いや、わたしが犠牲となり、それが次の勝利への布石となるのならば、深い海の底より戦友の勇士を見上げるのもよいと思う。ただ、後学のために聞いておこうと思って。ラバウルが鉄やボーキサイトなどの資源地となっているのもこれに起因するの?」

「鉄などはとっくの昔に廃れた資源だからな、確保するのも難儀している。圧延技術もロストテクノロジーで、当然に鉄の採掘技術も。鋼材の質も満足のいくものではないのだろう?」

 

「不純物が多いのか、艦がぎこちなく感じる」 陸奥は今更気がついたように左手に握るスキットルを見て言った。 「そういえば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()肴になるの? わたしたちが建造されている様子は」

「不思議ではある」

 

 わたしはふとラバウル基地の工廠ドックを脳裏に思い浮かべた。

 巨大なドックの中で、妖精という超自然的な存在が工学を無視したやり方で艦を建造している。とんちんかんちん。昔話のような音を立てて。

 人型コミュニケートツールは艦にやどる。といってもただ作ればよいというものではない。燃料、その艦が使用する弾薬、鋼材、ボーキサイト。それらは()()()()()()()()()()()()、まず妖精に干渉し、そこから艦を建造させる。

 出来と運でその艦の執念もまた具現化する。ただ効率を重視してオートマチックに艦を製造すればいいというわけではないらしい。

 

 ()()()()()()()()()()

 

「きみは自然に思うのか? 自らの魂がそのようにして現実に顕現することが」

 

 陸奥は自分の体を見下ろし、次いで窓にうっすらと反射する顔を眺めた。

 

「まさかこれほど美人だったとは思わなかった」

「きみは素直だな」

 

「皮肉、だとすると思い上がりが過ぎる?」

「いや、額面どおりに受け取ってくれ。過度な謙虚こそなんとやらだ」

 

 敵新種は金剛を大破させた砲撃は放ってこず、他の深海棲艦と同じ運動エネルギー弾を放ちながら接近しているようだ。クールタイムが必要らしい。

 

「風が強い。五分程度しか持たないだろうが、支援を呼ぼう」

 

 わたしは軍用携帯端末を操り、上空二万五千キロメートルで待機している無人航空機に支援を要請した。といっても、攻撃ではない。超広域に半粘質煙幕を張ってもらうだけだ。

 その後、新種に感知された無人機は新種の放った小型飛翔攻撃機に撃墜された。護衛機などついてはいない。わが国が有する世界最強の無人戦闘機は超高性能光子観測機を搭載しており、深海棲艦の小型飛翔攻撃機を光子の衝突により把捉できはしていたものの、有効な攻撃手段は持たなかったからだ。

 煙幕が晴れた後は水中に待機してある無人艦を使って標的をバラけさせる。これで何分持つか。

 

「しかし、にわかには信じがたい」 陸奥が上空で撃墜された無人機の爆発を見て言った。 「人が乗らない戦闘機や軍艦が戦うとはね」

「わたしは鋼の砲弾で硬化材が抜かれることの方が信じられない。深海棲艦のおかげで物理学界は半死半生だ」

 

 客観的に見て、わが国の戦力は深海棲艦に劣るとは思えなかった。

 というのも、世界は無人兵器の確立と硬化材という画期的な資材開発により、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、かわりに自国の物的資材と戦略戦術コンピュータによるリアルタイムシミュレーション性能が物を言うようになった。

 ようは人が戦争で死ぬことはなくなった。人人は自国が他国と戦争状態である事を知らずに日日を送るようになって久しかった。戦争の当事者は機械たちになった。

 

 だから唐突に戦術戦闘無人艦が轟沈したときは、無人戦闘システム上の不具合と、わが国の戦術コンは判断した。

 しかし戦略コンの要請により海底に沈んだ無人艦を調査した結果は、厚さ三百mmの複合硬化材がたった五インチの鋼の砲弾にズタズタにされたというもので、これはしかし当時の物理学的に否定された。

 

 わが国が保有していないことになっているナンバリングのない機動衛星が国際連団の許可を得ずに秘密裏に使用されたのは、追加で無人艦と戦術無人偵察機が五隻と六機をロストしてからだった。

 

 灰色の物体に、わが国の無人艦は蹂躙されていた。自慢ではないが、わが国の無人艦は高水準にあった。あるはずだった。六十ノット、時速百キロ以上で機動航行、ドリフトもするし、二時間以上の水中戦が可能だ。

 映像を解析するに、やはり敵は鋼の砲弾をあくびが出るほどの速度で打ち出し、なぜかわが国の無人艦は予測回避運動できずに、傷さえつかないはずの複合硬化材に穴を開ける。

 そしておそらくだが深海棲艦の熱量は海水と同期をとっており、レーダー波による感知が不可能なのは逆位相周波数で打ち消されていて、ようは可視光線下で目視するしかないらしい。それしか戦術戦闘無人艦が一方的に被弾する理由が見つからない。

 

 そのような理由で深海棲艦の発見が遅れ、本土まで近づけさせてしまった。これをコンピュータの責任とするのは間違えている。というのがわたしの考えだった。オートマチックに戦争を開始し終了させ、プリントアウトしたリザルトを相手国に突きつける外交手段を設計したのは間違いなく人間なのだから。

 それに大和のようなファンタシィの言い分に、最初に理解を示したのは戦術コンだった。

 

 WW2の無念から、祖国を守るという執念から、当時の姿に宿ってわが国を守る。

 物に魂が宿るかどうかについては、そもそも魂を定義つける必要があるものの、複数の戦術コンの進言から戦略コンが大和の方針を採用した。

 だから鉄やボーキサイトなどという時代遅れの資材を今更掘り返していても、魂などという不確定要素を戦略に組み込んでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「しかし、硬化材とやらではわたしたちを呼ぶことはできない」

「ばかばかしいよ、極超音速弾も戦術レーザーも作用しない相手に、きみたちの鋼の砲弾のみが有効だなんてな……そういえばきみたちの時代の戦争では沢山の人が亡くなったらしいな」

 

 そうね、と陸奥は言って続けかけた言葉を飲み込んだ。自問自答に思い悩む。

 過去は時間の経過に比例して消耗してしまうものなのだ。永遠に記憶に刻めというのは、エゴのような気がした。あの苦しみを十分の一でも理解するのは、ある種の苦痛であることは確かだろうから。

 

「陸奥。きみにとって、人の死ななくなった現代戦はどう思う?」

「珍しいわね、提督から質問とは」

 

 わたしは依然として煙幕の中にいるであろう敵新種から目を離さなかったが、どうやら陸奥は目じりを拭った。

 

「どうだろう。実直であるとは自負しているけど、それは自らの心中を他者に理解させることを得意とするわけではないし……一言で言うと、人の死なない戦争は悪くはないと思う。気持ちの良いものではないわ、搭乗員の闘争というか、護国の念や親しい者への想いが朽ちゆくのを、その者のもっとも近くで触れる情感は筆舌に尽くしがたい」

「ふむ、きみは。というよりきみたちはWW2の時点でも自我を持っていたのか。それとも、コミュニケートツールという形で思考する部位を得、それにより過去の出来事と意思を想起しているのか」

 

「矛盾しているかもしれないけど、WW2時に自我を自意識したことはないわ。しかし漠然と人間がわたしで何をしたいのか、ということは知覚できた。見守るという言葉が妥当かも。

 というより、このような人型に自我を宿すことで理解したのだけど、我思うゆえに我ありというのは、自己を把捉しようとした人間が生み出した一形式であって、その思考は自我の把捉に必要不可欠ではない。つまり我思うというのは数多の存在が有する自己の、それの把捉のやり方の一つに過ぎないんじゃない?」

「きみにとっての自己の把捉の方法が、我思うではなく見守るという一形式だったわけか。文法的には把捉できていないがなるほど、戦艦を動かす人間を見守っていたと証言した時点で、きみたちはWW2当時に存在していたと言えるのか」

 

「わたしが自我を自意識出来ていなければ、わたしは存在しないというのは暴論だと思うの。例えば、たまに物事がうまく進む時があるでしょう? 冬、急いでいるときに愛車のエンジンが一発でかかったとか。見守るとはそういうことなのじゃあないかしら」

「鼻緒の紐が切れるとかか」

 

「そういうことだと思う。だからわたしたちも出来る限り手も貸してはいた。わたしはどうも不器用だったけど、雪風とかはうまくやっていたようね」

「いわゆる幸運艦というやつか。歴史を見るに、きみ達が直面した状況を切り抜けるには、手を貸すどころか来世ごと担保に入れてもまだたりないだろう」

 

「ひょっとして慰めてくれているの?」 陸奥は小さく笑って続けた。 「今日は珍しいことが沢山起こるようね。ありがとう」

 

 煙幕が晴れると同時に、水中で待機していた六隻の無人艦が飛び出し、現代機動海戦を開始した。最小限のしぶきを上げ、目標に踊りかかる。

 

「そういえば現代では戦艦という艦種は存在しないらしいわね」

「兵装の火力と継続戦闘能力の小型化と増加が行き着くところは、極限では個人。というのはどうも本当らしい」

「しかしこうして見ると、無人艦とやらは巨大なイルカのようね」

 

 流体力学的と軍事行動に必要な要素を天秤にかけ、最適化された形状は、必然的に長い生態系を戦い抜いた生態フォルムに似た。背の高い艦橋から見下ろした無人艦は陸奥の言うとおりだった。

 無人艦にむき出しの砲はない。外装上部の一部がスライド開閉し、そこから砲撃する。砲は完全に内部に埋め込まれており、進行方向にしか撃つことはできない。全体的な無人艦の機動性能と速力の向上および限定的な水中戦を可能とすることが、遠方から撃ち合う二次元的機動よりも半空戦の三次元的ドグファイトのような混戦を生んだからである。

 主な撃沈要素は、装甲に対する最適入射角からの砲撃だった。

 

「いい着眼点だな。一昔前は人工的に製造した鯨に対電子システム爆弾を内蔵し、敵艦を好む習性を与えていた。超高性能探知機の発達が生み出した可視化のもたらす視覚情報は、時として誤った判断を助長する。戦術コンでさえ」

 珍しく陸奥はたじろいで言った。 「それはでも、可哀想に思える」 

 

「法的には物損だよ。もっとも、すぐに廃れた。年数劣化しておらず、かつ特定の大きさの鯨を好む習性を与えられた人工肉食魚を製造された。生態環境的にはあまり問題ない。両者とも短命で、繁殖できない」

「その戦法も戦略コンとやらが考案した?」

 

「そうだ」

「考えすぎかもしれないけど、その戦略コンとやらは危険なんじゃない? 生命倫理的に危うい気がする。敵を誤るかも」

 

「牙が人間に向くことはない。戦略コンに手足はないし、無人機の無人戦闘システムとは物理的にも互換性がない。なにより()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()人間が死ねば遠からず戦略コンは機能を停止する」

「ま、わたしが今心配することではないけど」

 

 無人艦の一隻が砲撃した。まず気体払拭砲により一時的に射線を円柱状に真空状態にし、主砲弾頭が受ける空気抵抗がゼロになる。理論上の最高速度で着弾した弾頭はインパクトの瞬間、マイクロセカンド秒間で体積を螺旋にうねらせて超鋭角化し、本来であれば対弾粒子配列された複合硬化材をも抜くはずであった。

 新種の外装は音を立てずに弾をはじいた。返す刀に放たれた砲弾は枯れ葉に触れるように無人艦を砕いた。

 

「人型の部位にも運動エネルギー弾は作用しないか」 望遠鏡を覗き込んで、わたし。 「きみはあの無人艦が沈められて思うところはあるか」

 

「正直に言うとない。でも、人工鯨の後でこのように言う事がやや後ろめたいのは何故だろう」

「なぜ無人艦に慈悲をくれてやらない。聡明なきみのことだから言うに及ばずかもしらんが、責めているわけではない」

 

「うーん、無人艦はイルカという生命体に似ているけど、過剰な軍事能力がそれを覆してなおあまり余る。ようは異質すぎるので生命を感じない」 陸奥はようやくスキットルを口につけた。

 

()()()() そんなものに癒しを求めるような性格ではないと思っていたが」

「提督はわたしが沈んだら哀れんでくれる?」

 

 わたしは口を閉じて陸奥の言葉を脳裏に反芻した。

 幾秒かの沈黙をわれわれは共有した。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 わたしが口を開こうとした瞬間、敵新種がひときわ強く赤くゆらめく。反射的に携帯端末に緊急攻撃を命ずる。残った無人艦が目標新種に向かって特攻し、自爆した。

 

「回避」

 

 言ってはみたものの、完全には無理であろう事は承知していた。凄まじい揺れが艦を襲う。

 

「艦首をまるごともっていかれたわ」 陸奥は転倒して言った。身体を引き起こしてやる。

 

「すぐに沈まないのであれば、それでいい」 わたしは腕時計を確認する。 「第二射までは二十分だったな。見た目に反して光学弾ではないようだ、火傷がない。収穫だ」

 

「つまり最大でもあと二十分は足止めできるかもしれない」

「そういうことだ、いやか?」

 

「いいえまったく。この状況は基地が防衛する資源と、それがもたらす今後の戦略行動にまで及ぶ。それほどの価値を、わたしは守っている。誇らしいわ。有能な提督を守ることはできそうにないのが、唯一の心残り」

「有能な提督なら全艦を帰港させられたよ」

 

「それこそ過度な謙遜というやつじゃない。最後に一つ、聞いていい?」

「うん?」

 

「なぜ残ったの。雪風にでも乗り換えれば生きて帰れたでしょう。偵察艦隊は駆逐級でしか通れない暗礁海域を渡るのだから敵も追撃できないだろうし、この程度の専守防衛ならわたし一人の判断でもできる」

「戦艦陸奥が沈んだ後、きみを担ぎ、泳いで基地に戻るつもりだからだ」

 

 陸奥は初めて心底の呆れ顔を見せた。 「この海域が基地から何海里離れているか知っている?」

 

「把握できていないほど無能な提督ではないと思っている。拠り所のないきみは戦力にはならんだろうが、艦隊の士気の維持や錬度向上のアドバイスはできるだろう」

 

 わたしは携帯端末を操り、艦が轟沈するさいの後流に巻き込まれない為の、推力を持たない避難ポットを待機状態にさせた。最新の現代脱出艇では深海棲艦に攻撃される。

 

 

 

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 雪風の報告によれば、戦艦陸奥は敵新種を小破に追い込んだ末に轟沈した。雪風は暗礁海域で待機していた護衛艦と合流し、新種の兵装や標的優先攻撃度などの情報を持ち帰った。

 基地周辺海域を警備していた艦が、陸奥のコミュニケートツールを背負って泳いでいる提督を発見したのは半日後だった。

 

 その事実を陸奥が知ったのは、疲労によるこん睡状態からさめた更に半日後だった。

 

「提督は?」

 

 医務室のベッドで陸奥は呟くように、雪風に尋ねた。

 

「えーと、配置変更でどこかに行っちゃいました」

「急ね」

 

 陸奥は静かに目を閉じた。昇格か、降格か。戦略コンとやらの評価判断速度は素早い。提督はそれが妥当かどうかも判断せずに受け入れたのだろう。

 ふと枕もとのテーブルを見やると、スキットルが置いてあった。まあ、死んでいないのならば、いつか会うときもくるだろう。しかし本当にわたしを背負い、泳いだというのは、にわかには信じがたい。常人の体力ではない。

 陸奥はゆっくりと眠りについた。曙はこの事を知っているのだろうか。きっと悲しむだろう。大井は、喜ぶかもしれない。

 

 

 

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 白く清潔な研究所の一室で、わたしは全裸だった。スピーカーから研究員の声が響く。

 

「ずいぶんと肉体を酷使したようだな」

「おかげでガタがきた。最低行動基準を大きく下回っている……そうだ、解体前の記録取り出しの際に頼みたいことがある」

 

「なんだい」

「夢を見させて欲しい、人工鯨の。できるか?」

「可能だ。人工鯨が作戦実行している主観映像ファイルがある。きみのサンドボックス内で再生すれば擬似的な夢だ。しかし忠実に再現すると最後に爆発するが?」

 

 わたしは黙って目の前の水溶液に浸かった。それでいい、無人艦と同類でいるよりはいくらましだ。少なくとも一人はわたしを哀れんでくれるだろうから。

 

 陸奥の凛とした言葉がわたしの一時保存領域で明滅する。

 

『無人艦はイルカという生命体に似ているが、過剰な軍事能力がそれを覆してなおあまり余る。ようは異質すぎるので生命を感じない』

 

【わたしは人間という生命体に似ているが、過剰な軍事能力がそれを覆してなおあまり余る。ようは異質すぎるので生命を感じない】

 

 過度な謙遜をやめれば、認めよう。わたしはWW2当時の提督よりは有能だ。勘や主観的な経験による判断は行わず、アクティブデータベースに蓄積された情報を客観的に参照し、機動衛星からの観測データとリアルタイムリンクで戦闘海域を把握でき、データさえあれば砲弾一発に対しての費用対効果を随時計算できるのだから。

 恐れもなく、俗的欲望もなく、最適戦術を選択し続ける。戦術的大敗はすることがあっても戦略的勝利を積み重ねる。誇るまでもなく当然といえば当然のこと。

 

 陸奥らが燃料と弾薬、鋼材、ボーキサイトからなるように。わたしもまた人口臓器と人工骨、人工筋肉、思考デバイスからなる。ハードに問題が生じれば解体し、リサイクルされる。蓄積された戦略戦術経験のみを思考デバイスから抜き取り、データベースに蓄積して新規提督に植え付ける。

 ふと、彼女らが建造されている様子が思考デバイスを駆けた。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人類はクローン技術を用い、艦隊を指揮する提督を生み出した。

 

戦術コンが戦略コンより与えられる想定海戦を様様な艦娘の組み合わせでシミュレートし、もっとも効果的な戦術がいくつか採用され。その戦術データが提督に送られる。

 

人間にとって、艦娘たちの戦争は所詮、戦術コンのモニタ越しの出来事でしかない。

 

 そして人類は依然として戦略コンの提案する、人的資材の磨耗による戦争の敗北を拒み続けていた。人類にとっては正しい生存競争の勝ち抜き方の一つでもあるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は誰にもわからない。

 

 わが国の戦略コンは、深海棲艦を殲滅させるのには百五十万人以上の提督が必要とされるとシミュレートしており。それはおおむね正しいようだった。

 

 

 

 いつのまにかわたしは巨体をうねらせ、青く深い海中を泳ぐ人工鯨だった。好みである敵艦を発見し、表現しがたい欲求を満たすべく近づく。瞬間的に激しい苦痛を感じた。対電子システム爆弾の有効範囲内に到達したのだと理性が告げる。対電子……? わたしは鯨だ。そんなものは知っていよう筈がない。

 

 人工鯨、かわいそうに思える? 赤く揺らめく、あれは新種の深海棲艦。隣にはコミュニケートツール。曙、大井、スキットル。

 これが走馬灯というものか?

 

 

 

 陸奥。すまないがひとりだけ悲哀を欲するわたしを、どうか不公平には思わないでほしい。わたしの思考デバイスにはそもそも、哀れみの情感プログラムは書き込まれていないのだ。きみが沈んだところでわたしは一切の――

 ――いや待て、前述には論理的矛盾が、

 

 

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