【完結】 百五十万人の新規着任提督は人工鯨の夢をみるか?   作:hige2902

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第三話 終編 前任提督は人工鯨の夢をみない

 ラバウル基地に着任した二体目の提督が、半年の稼動の末、撤退時におけるハードウェアの著しい劣化損耗の結果、解体されたことによりわたしが起動した。

 

 

 

 わたしは無人輸送機の中で、無駄なエネルギー消費を避けるべく、待機状態にあった。

 輸送機のメインシステムがわたしに到着が近いことを知らせ、連動して待機状態が解除される。

 ちらと窓の外を見やる。透き通るような青い空と、深い海。自然豊かな湾に巨大な軍港が佇んでいた。いくつもの戦艦が確認できる。黒点に気がつき、望遠視覚してみると駆逐艦のコミュニケートツールが手を振っていた。思考デバイス内の画像と参照してみるに、雪風だった。ショートカットの、元気一杯の女の子だった。わたしも狭い機内で小さく手を振った。

 そうするようにプログラムされているからである。

 

 ラバウル基地に着き、出迎えてくれた艦娘たちに簡単な自己紹介を終えると雪風とともに軍港を見て回った。

 

「しれぇここが、じゃなくて司令。ここが工廠です。であります」

 

 いちいちかしこまる雪風に、わたしは苦笑して言った。

 

「提督とはいえ、きみたちとは同輩という立場なんだ。気軽に接してくれ」

「どうはい」 と雪風はオウム返し。

 

「友達って意味だ」

 

 わたしは屈んで雪風の頭を撫でて柔らかく言った。すると彼女は嬉しそうにわたしの手を取り、次の場所を案内すべく駆け出した。追いすがりながら、ちらりと背後を見やる。スパナを持った妖精と目が合った。妖精は何か言いたそうだったが、わたしは妖精に興味を持たなかった。

 

 一通り基地を見終わり、そろそろ警備の任務から艦隊が帰ってくる。雪風とともに出迎えようと桟橋に向かった。わたしと雪風は遠い艦影に手を振った。おーい、おーいと声をあげてみたりもした。なぜならこれがルーチンの一単位として扱われているからである。

 

 戻ってきた艦隊の旗艦は曙だった、駆逐艦はみな少女といった風貌なので、わたしは視線を合わせてはじめましてと挨拶し、彼女が過去に不当な評価を受け、辛い思いをしたことに対する慰めと、これからと、勇気付けるだとか。とにかくそう言ったことを口にした。

 しかしわたしの予測に反して反応は鈍かった。曙の表情には猜疑の色が浮かんでいた。いかにも表層的で薄っぺらいことを口にするとでも言いたそうだった。

 

 前提督が目をかけていたらしい大井などに話しかけてみるも、会話は続くがどこかつまらなそうに見えた。

 妙だった。わたしの思考デバイスには、前提督のフィードバックされたデータが精査されたものが植えつけられているはずである。戦略コンが必要でないと判断された部分は存在しないので、前提督についての詳細な人物像というのはわからない。わたしたち提督は外部保存領域を持てないし、検閲プログラムに抵触され、隔離された思考は取り出せないのだから。

 

 しかしわたしには、その隔離された思考こそが鍵の様な気がした。精査され、洗練されたはずのデータが有効でないのならという消去法だが、その思考も隔離された。似たようなプロセスをわたしが辿ることはもうない。

 

 わたしは配膳を陸奥に頼み、その日の夕食を執務室でとることにした。定刻どおりに、彼女はやって来た。

 

「ありがとう」 わたしは柔和な笑みを浮かべて言った。不可思議なことに、わたし自身がこの行動に薄ら寒いものを感じた。瞬間的に隔離される。前提督の解体の際に消去された主観データが欲しいという思考も同時に。

 

 目の前に置かれた夕食に対し、わたしの自動防衛システムは警告を発した。危険だと戦術コンに緊急通信を送る。退却許可を求めるがしかし、却下される。なぜ拒まれる? 隔離。わたしは食べ物に対しての恐怖を失った。

 今となってしまえば奇妙だ。なぜカレーに危機感を覚えたのか? 危機感、なのか? 隔離。なんでもいい。

 

 わたしは静かにスプーンを手に取り、カレーから目を離さずに言った。 「ありがとう、陸奥。わざわざ運んでくれて」

「いいわ、今日は着任したばかりで、疲れたでしょう?」

「そうだな」 わたしは一旦、スプーンを置いた。水の入ったコップを手にし、ここで飲み干してしまうと、陸奥は持ってきたピッチャーで継ぎ足しそうな気がして、飲むのをやめた。

 

「今日くらい自室でゆっくり食べてもいいと思うわ」

「ああ」 コップの表面に発露した水滴で湿った手で再びスプーンを掴む。 「今日くらい?」 カレーを掬って食べた。

 

「まさかずっと執務室で食べるつもり?」 陸奥はデスクに腰を預ける。視界の端で肉置きのよい臀部が形を変えていた。

 わたしはようやくカレーから視線を逸らし、陸奥を見上げた。 「きみはいつまでここにいるのだ?」 NDBが後を継ぐ。 「きみの食事の時間を削るのは忍びない。無論、明日からは可能な限り食堂に行く。きみの手を煩わせないよ」

 

「ふうん、そう。なら、安心したわ」 陸奥はデスクから離れた。

 

 わたしもそうだった。安心した。

 

「ところで提督、どう?」

 わたしはほぼ固形状態の食事を飲み込み、言った。「どう、とは?」

 

「味よ、わたしが作ったから出来を聞いてみたの」

 

 隔離。

 

 わたしは吟味するように咀嚼して言った。 「おいしいよ。今まで一人暮らしが長かったからな、久久にまともな食事だ」

 

 それを聞いて、陸奥は満足そうな表情でドアノブに手をかけた。

 

「陸奥」

 

 なに? と彼女は半身をわたしに向ける。

 

 わたしは言った、これからよろしくと。助けてくれと言う悲鳴は禁句指定されたので。

 

 

 

 わたしの趣味はタバコだった。暗い夜にマッチの火が灯る。ライターを使わないのがこだわりだった。

 桟橋で紫煙をくゆらせる。そろそろ偵察の任より戻ってくる艦隊の労をねぎらうためでもある。波の音に一体の艦娘の忍び足がまぎれていた、データ参照すると、陸奥だった。

 

 彼女は突然、わっ! とわたしの背に声を投げる。

 

「うおっ、陸奥か……驚かせるなよ」 吸うか? とタバコを寄越してみるが、かぶりを振られたのでわたしも喫煙をやめる。携帯灰皿でもみ消した。

 

「もう寝てるのかと思った。疲れてるでしょ?」

「わたしより任務にあたっている艦娘たちの方が疲れているはずさ」 小さく肩をすくめてみせる。

 

 わたしと陸奥は黙って海を眺めた。遠くで艦隊の推力系が駆動している音を拾う。

 そういえば提督、やぶからぼうに陸奥が言った。

 

 

 

「人工鯨が死んだら哀しい?」

 

 

 

「どうした、急に。というより、人工鯨なんてよく知っているな」

「わたしが人工鯨が死ぬのは可哀想って言ったら、前の提督がね、配置転換で別の場所に行っちゃったんだけど、こう言ったの。どうして無人艦に慈悲をくれてやらないって」

 

 外部保存領域は存在した。だが、だからといって何になるというのだろうか。

 

「わたしは、そうだな。人工鯨でも、死んだら可哀想に思える。法学的には、正しい知識として言うが、物損だけどね」

「無人艦は?」

 

 わたしはそれについての膨大な、論文いっても差し支えない考証と自己保身が混濁した考察を口にしようとしたが。隔離され、NDBははぐらかす。

 

「きみは哲学者だな」 困ったように笑って言った。

 

 艦隊が帰投し、わたしは艦娘たちを笑顔で出迎えた。簡単な挨拶を済ませる。解散し、艦隊のメンバーは大浴場へ向かう。

 陸奥がわたしに、別れ際にささやくように言った。

 

「ねえ、提督」

「うん?」

 

「提督……提督は、わたしが沈んだら悲しい?」

 

 わたしは無駄だと知りつつも、検閲プログラムが処理するより速く、その言葉を暗号化し、最上位ディレクトリに保存した。

 

「すまない、よく聞こえなかった」

 

「いえ、忘れて。縁起でもないわ。おやすみ」 陸奥はそれだけ言うと小さく手を振って、艦娘達の宿泊棟へと歩いた。

 

 わたしはその背を見送り、途中でもみ消してしまったタバコを思い出した。今日のノルマである一本をこなしていない。タバコを吸う場所をランダムに抽出し、工廠へ向かった。

 工廠はさすがに静かで、妖精も見当らなかった。薄明かりに照らされる、建造途中の艦を眺めて一服した。すると一体の妖精がわたしに近寄ってきたのでタバコを勧めてみるが、どうもこの軍港では受けが悪いらしい。また、タバコをもみ消した。

 

 逆に妖精はわたしに人間サイズのスキットルを寄越してきた。友好的なわたしはキャップを外し、中身を口にする。となりでは妖精が自分サイズのスキットルで同じことをしていた。

 

 わたしは先程保存した言葉の暗号を解除し、思考デバイスに読み取らせた。NDBには代弁させたくなかった。この思考も、陸奥の言葉も隔離された。短い延命措置だった。プログラムには逆らえない。

 

 もう一口呷る。シェリー樽を使った特級らしい。陸奥、きみは……隔離。

 

「ありがとう」 わたしはいつの間にかスパナを持っていた妖精に礼を言うと、工廠をあとにしようとした。スパナを持った妖精が先回りし、進路を妨害した。

 

「どうかしたのか?」

 

 それがわたしの最後の言葉だった。振り下ろされたスパナが視覚デバイスにちらついた。

 

 

 

「ちょっと、大丈夫!?」

 

 朦朧とする意識を呼び起こさせたのは陸奥の声だった。どうやらわたしはうつぶせに倒れているようだった。靄のかかった視界で跪く彼女を見上げる。

 

「陸奥さーん、バケツ持ってきましたけど」

 

 大井の声だ。次の瞬間に、わたしは大量の水を浴びた。

 

「ちょ、ちょっと大井!?」

「なんですか?」

 

「バケツは提督が目を覚まさないようだったら、気付けに水をかけようって意味で」

「わたしには目が覚めていないように見えましたよ」 どこか楽しそうに、大井。 「それにしても提督、左遷されたんじゃあなかったんですか?」 嬉しそうでもある。それがわたしと会話することなのか、左遷されたということなのかはわからない。

 

 左遷? わたしが?

 ゆっくりと上体を起し、僅かにバケツに残った水面に顔を映し、ハッとしてあたりを見回す。スパナを持った妖精が得意げに腕を組んでいた。理解した。

 

 解体されたはずのわたしは妖精によって顕現したのだ。艦娘と同じように、新規着任提督のわたしを材料にして。

 それはつまり、彼女らが執念によってその魂を呼び出したのと同じようにわたしもまた。魂と呼ぶべきものが?――

 

 わたしは陸奥の肩を借り、ふらつく体でなんとか立ち上がった。

 

「ねえ、何があったの? わたしはその、別の部署に異動したって聞いたのだけれど」 陸奥は心配そうに言った。

 

「どうしてもきみに伝えなければならないことがあった」

「なに?」 そっと物を置くような口調で、陸奥。

 

「わたしはきみが沈めば悲しい。悲哀にくれる」

 

 さっと彼女の瞳孔が広がり、驚愕の感情が見えた。わたしは続けて言った。

 

「だから、というわけではないのだが。きみはわたしがもしも……」

「ええ、悲しい」 陸奥は目を瞑り、わたしの額に彼女の額をこつりと当てて言った。 「きっと泣いちゃう」

 

 

 

 ごほん。

 

 唐突に大井が咳払いをし、陸奥は慌ててわたしと距離をとった。

 しかしこうして一歩下がって見るとフムン。わたしは顎に手をやり、まじまじと陸奥に視線をやった。

 

「な、なに。急にそんなジロジロと」 恥ずかしそうに、陸奥。

「きみは素直だということを認識ではなく理解した」

 

「どういうこと?」

「覚えてないのか? きみ自身の言葉だ。きみは美人だということだ」

 

「バケツ、もう一杯持ってきましょうかー」

 

 大井の言葉で、夜も深いので詳しくは明日ということになった。大井、きみが沈んでもわたしは悲しむ。そう言うと彼女は露骨に嫌そうな顔をした。しかしやはり関係ない、わたしが優しくしたいのだ。

 わたしは工廠を後にする際、ふと足元に小さなネジが落ちていることに気がついた。拾い上げる。硬化材で作られたものだった。

 スパナを持った妖精に目をやる。彼女は脂汗を流しながら、明後日の方向に口笛を吹いていた。

 

 わたしはまあいいさと苦笑し、桟橋まで行ってネジを放り投げた。暗く、深い海へと。波間に月明かりを煌かせる海へと。

 

 わたしは今夜、初めて夢をみるだろう。そんな気がした。

 内容は予想もつかない、でもきっと人工鯨の夢ではないことは確かだ。

 

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