ここ麻帆良学園には広大と言って差し支えのない森が存在する。立ち入る者は少なく、区画整備もされていない未開の地と言える。まして現在のように夜であれば人気は皆無である。当然のように街灯などは無く、暗闇を照らすのは月明かりのみ。聞こえて来るのは虫の音色と風に揺れる木々のざわめき。それはいつもの光景だが、今夜だけは例外だった。異様な程静まりかえった夜の森に、突如として機械的な音声が鳴り響いた。
"量子状態からコヒーレント状態に移行、存在確定完了。座標誤差3.27。言語系に接続完了、最適化実行"
合成音声が夜の森に響き、予兆も無く3つの人影が出現した。それは始めからずっとそこに居たかのような錯覚を与える程に唐突であった。目撃者が存在すれば間違いなく目を疑うその異様な光景に反し、現れた3人は不気味な程平然としている。
「さてと、今度の世界線は楽しめっかな?」
3人の内の1人、体格の良い青年が体を伸ばしながら言葉を発した。その名をガニメデと言う。
「楽しむのは結構だが目的を忘れるなよ」
それに応える様に口を開いたのは長身の男。その視線は半ば呆れを含んでガニメデに向けられている。この男の名前はカリスト。
「わかってるって」
ガニメデは軽く肩を竦め、カリストに向かって面倒そうに手をヒラヒラさせた。その口調は気だるさを隠そうともしていない。初対面の人間ならばそんな彼の態度は酷く無礼に感じられるはずであるが、長い付き合いであるカリストにはそれが彼の素であることが良くわかっていた。
「なら良いのだがな」
故にカリストは気分を害すことも無く、むしろ興味すら無いように遠くへ目線を向けた。その焦点は此処ではない何処か遠くに収束し、自然と思考は過去へ向かって回り出した。
思えば遠くまで来たものだ。これで跳躍は何度目だろうか…200を超えた辺りから億劫になって数えるのをやめてしまったな。その一つも救えなかったというのに。
そんな様子を見たガニメデは短く鼻で笑うと、緊張感の無い表情で夜空を見上げた。僅かばかり2人は沈黙する。ガニメデにとっては、思考に埋没するカリストの姿は特別に珍しいものではなかった。
「にしてもここは何処だ?どっかの森か?」
そうしているのにも飽きたのか、ガニメデは軽く周囲を見回しながら静寂を破るように口を開いた。それによってカリストは現実へと引き戻される。
気づけば過去を想起しているとは、私も年をとったということかな。
カリストは内心で自嘲気味に笑った。
「そのようだ。だがおかしいな。指定した近くに森はなかったはずなんだが」
ガニメデと同様にカリストも周囲を見回し、表情を歪めた。
「まさか失敗ではないだろうな?イオ、どうなってるか分かるか?」
その声が向けられた先に今まで沈黙していたもう1人の人物がいた。
「跳躍は失敗していないが、周辺の空間に特殊な場が存在している。その場の影響で座標がずれた可能性がある」
返答をしたのはイオと呼ばれた少年。その口調は機械的で、表情も無機質だった。これまた何も知らない者が見れば冷徹で人間味が感じられない少年だと気味悪がられるだろうが、カリストやガニメデにとってそんなイオの様子は驚くに値しなかった。カリストは疲れたように眉間を押さえた。
「いきなり問題か」
対照的にガニメデは嬉しさを抑えきれないといった様子で野性的な笑みを見せた。それは彼を良く知る者が見れば実に彼らしいと評する反応だろう。
「いいじゃねぇか。その方がやりがいがある」
その彼を良く知る人物であるカリストは呆れた様にため息をついた。気苦労が絶えないのか、外見に対して言動は老いて見える。そんな2人をイオは表情一つ変えずに見つめていた。陽気に笑みを浮かべるガニメデ、疲れた表情のカリスト、そして無表情を貫くイオ。第三者から見ればなんとも噛み合いそうに無い3人組であるがその実、3人の相性は何故か良かった。
"警告。9時方向から熱源接近。個数2、武装を確認。90秒後に接触"
静寂を邪魔するように3人の所持する端末から再び合成音声が響いた。それを聞いた3人は互いに顔を見合う。ガニメデは笑みを見せ、カリストは真顔、イオは無表情のままである。そんな中、ガニメデは待ちきれないように宣言する。
「先に行くぜ!」
一つ付け加えるならば、相性は良いが協調性は皆無である。次の瞬間、ガニメデは警告された方向に駆け出した。その速さは常人のそれを軽く越えている。
「おい!待てガニメデ!」
夜の森を疾走するガニメデには、カリストの制止も聞こえてはいないようだった。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは今日も憂鬱であった。バカ騒ぎする生徒たちや変わらない退屈な生活に嫌気が積もっているためだ。今は自分の家であるログハウスの中で従者の茶々丸が淹れた紅茶に口をつけているところだ。足を組みソファーにふんぞり返り、紅茶を嗜むその姿は外見が幼い少女であるという一点を除けば実に絵になっていただろう。
「こんな生活とも後少しでおさらばだ」
エヴァは紅茶を飲み、口元を歪めた。この小さな少女は吸血鬼であり、信じられないことに生きた年月は数百年に達している。茶々丸はそんな主人をどこか不安気な様子で見ていた。ガイノイドである彼女にそのような感情が存在するかはわからないが、主人を見つめるその目は何かを秘めている。そう、絡繰茶々丸は科学と魔法を融合させた結晶体――機械人形である。
「ネギ・スプリングフィールド…やつの息子か」
エヴァは遠くを見つめながら呟いた。茶々丸はそんな主人のカップが空になったことに気付き声をかける。
「マスター、もう一杯お飲みになりますか?」
「あぁ。頼む」
茶々丸は一切無駄の無い動きでポットを傾けカップに紅茶を注いだ。再び紅茶で満たされたカップを受け取ったエヴァはそれに口をつける寸前、その動作を止めて固まった。そんな主人を見て、茶々丸は不思議そうに尋ねる。
「マスター、どうかなされましたか?」
「結界の中に侵入者だ…しかも近いな」
そう言ってエヴァは眉をひそめた。
「こんな近くに来るまで気付かないとは。まぁいい。行くぞ茶々丸」
エヴァが徐に立ち上がり、次いで茶々丸が素早く立ち上がる。
「了解しました」
茶々丸の発言が終わるころには、すでに2人は侵入者の方向へ向かっていた。エヴァは黒いマントに全身を包み、茶々丸はライフルで武装している。背中のバーニアを噴かせ、茶々丸はエヴァを抱えながら木々の少し上を低空飛行する。目下に見える木々が次々に後ろへと流れて行く。夜風を切りながら飛行するのは存外爽快であり、エヴァも悪い気はしなかった。しばらく飛行した時だった。突然、茶々丸が焦ったように報告した。
「マスター、熱源が近づいてきます!」
それを聞いたエヴァは驚くどころか嘲笑うように笑みを浮かべる。
「ほう。この私に自ら近づいてくるか。いい度胸だ。少し遊んでやろう」
エヴァと茶々丸が視線を地面へ向けたその瞬間、地上から白いコートのような服を着た青年が突っ込んできた。その異様な跳躍力から一般人でないことは容易に予想できた。
「おらああああ!!」
「っ!!」
茶々丸は急速後退し、素早くライフルの照準を前方の青年に合わせトリガーを引いた。術の施された無数の弾丸が一気に吐き出される。
「銃なんざ効かねぇよ」
が、青年は微塵の焦りも見せなかった。その理由を示す様に、弾丸は青年の目の前で何かに弾かれた。
「障壁か」
それを見たエヴァが冷静に呟く。
「おら、お返しだあ!!」
青年は勢いをそのままに茶々丸に突っ込み、殴りかかろうとした。
「ちっ!氷結・武装解除!」
それを遮る様にエヴァが触媒の入った試験管を放ち、武装解除の魔法を唱えた。青年は怪訝な表情を見せ、詠唱完成前に試験管を拳で弾き飛ばす。青年はエヴァが唱えた類いの呪文など聞いたことも無く、その意味も理解していなかったが、直感的に危険と判断した結果だった。実際その直感は正しく、試験管は青年の横で氷塊を飛び散らせながら炸裂する。それを横目で確認した青年は僅かに驚愕した表情を見せる。
「ZPE…か?」
しかし茶々丸はその隙を見逃さず、空いた方の腕からロケットパンチを放つ。機械的な音と共に、茶々丸の片手が一直線に青年に迫る。これまた青年は一瞬驚くが、すぐに殴りかかろうとしていた腕を体の前で交差させて防御の姿勢をとる。鈍い音がして、青年はそのまま空中から地面へと吹き飛ばされていく。地面に衝突した瞬間、重低音が響き土煙が舞う。それを確認した茶々丸は放った腕をワイヤーで引き戻した。
「照準確認。射撃開始」
そして止めとばかりにその衝撃の中心地にライフルを連射する。夜の森に絶え間ない銃声が響きマズルフラッシュが茶々丸とその周囲を照らす。ひとしきり弾を放った後、茶々丸は射撃を止め、油断なく地面に着地しエヴァを降ろした。周囲にはまだ薬莢の煙が漂っている。
「マスター、不覚をとり申し訳ありません」
「なに、気にするな。それよりまだ終わってないみたいだぞ」
エヴァは青年が突っ込んだ場所に鋭い視線を送る。その視線の先には銃撃を受けたはずの青年が無傷で拳を構え立っていた。黒髪で長い後ろ髪を紐で一本に結わいており、その黒い瞳には獰猛さがあった。その体格の良さからも獅子を想起させる。エヴァはそんな青年に向かって言い放った。
「おい、貴様の目的はなんだ?どうやって此処まで入って来た?」
しかし返答は無く、人形の様な少女のエヴァと緑色の長髪を靡かせる茶々丸を見て青年は露骨に眉をひそめた。
「なんだ?久々の戦闘かと思ったら女子供じゃねぇか」
それを聞いたエヴァは鼻を鳴らした。
「相手を見た目で判断しないことだな。若造」
エヴァの挑発的な口調を聞いた青年は再び獰猛な笑みを浮かべた。どう見ても自分より年下の少女から若造呼ばわりされれば、普通は多少なりとも苛立ちを覚えるか困惑するだろうが、こと戦闘という舞台においてこの青年は相手の力量以外に興味を持っていない。
「確かにそうかもな」
対するエヴァも相手を見下したように笑う。
「今さら気付いても遅い。私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。闇の福音と恐れられた真祖の吸血鬼。私と対峙してしまった貴様の不運を呪うのだな!」
エヴァは尊大に自己の名前を知らしめたが、対する青年はなんとも微妙な表情だ。その顔を言葉で表すならば「何言ってんだコイツ?」という感じである。
「吸血鬼?何言ってんだお前 ?」
そしてその内心を隠すこともなく口に出すのが彼のスタイルである。驚くどころか訝しむ青年を見てエヴァは不機嫌そうに眉をひそめる。
「貴様、闇の福音と聞いても随分な態度だな」
それに対して青年は平然としていた。いや、むしろ興味無いという方が適切だろうか。
「闇の福音ってのはお前の通り名かなんかか?悪いが俺は聞いたこともない」
「惚けるつもりか。結界の中に無断で現れ、襲い掛かってきた時点で侵入者であることはわかっているんだ」
エヴァが言外に言ったのは闇の福音、そして自身の名前であるエヴァンジェリンという名の知名度についてだ。エヴァからすれば茶々丸と自身の攻撃を回避した目の前の青年はどう考えても魔法関係者であり、闇の福音またはエヴァンジェリンという名を知らないはずがなかった。それは傲りではなく、事実彼女は悪名高い真祖の吸血鬼として主に畏怖の対象として広く魔法使いたちに知れ渡っている。
「結界だと?別に侵入したつもりはねぇな」
しかしエヴァの予想に対して目の前の青年はどうだろうか。力を封じられているとは言え、真祖の吸血鬼を前にして、しかも戦闘の途中であるにも関わらず何の緊張感も見せていない。これはエヴァにしてみれば珍しい相手の反応だった。彼女と対峙した者が見せる感情はたいてい恐怖または憎悪のどちらかであった。多少の例外は居たが、それは彼女にとって当たり前のことであった。
ハッタリで余裕を見せているだけか?いや、違う。コイツは本当に余裕を持ってこの私と対峙している。伊達に長い年月を生きてきたわけではない。これでも人間を見る目は確かだ。だがわからないのは、その余裕がどこから来ているか、だ。絶対的な力?いや、それは無い。確かに見たところ弱くはないだろう。しかし、私をして強いと言わせる程でもない。せいぜい其処らの二流魔法使いに毛が生えた程度だろう。だが、気になるのは何かを隠しているということだ。確かにこの男自身の力はそれなりの窮地を潜り抜けて来たのだろう、それでも"表の世界では"強い程度だ。だがコイツからはそれ以外の異様な何かを感じる。私がたまにやっているゲームで例えるならば、レベル1の勇者がレベル99の武器を持っている、といったところか。要は不相応な隠し玉を持っているということだ。さっきの様子を見ると私には見せる気がないようだな。ふん、ならば無理矢理にでも引き出してみせるさ。
エヴァは鼻を鳴らして青年を睨む。
「ふん…あくまでも惚けるつもりか。だが、そうしたところで無駄だぞ。口を割らないなら力ずくで教えてもらおうか!」
そう叫び、試験管を投げて詠唱を始める。それを合図とばかりに茶々丸もライフルを棄て、青年に突っ込んで行く。それを見た青年はすぐに獰猛な笑みを浮かべ、拳を構え直した。
「いいねぇ、そういうのは好きだぜ!」
次の瞬間、青年は再び試験管を弾き飛ばし、エヴァの魔法を回避した。その隙に茶々丸が青年へと迫る。間髪を空けず青年と茶々丸の拳がぶつかり合う。
「ほぉ、なかなか!」
力は多少青年が勝っているようで、押し負けた茶々丸が態勢を崩すが、瞬時にバーニアによる姿勢制御で立て直す。
「…… 」
茶々丸が気になった点は青年の拳が緑色の光を発していたことだった。自身の知る魔法関連のデータと照合してみたが、魔力の噴出量や術式など何れも合致しなかった。それを観察した茶々丸は、どうやら何らかの未知なる強化魔法を使用していると判断し警戒を強め、続けて拳を繰り出す。
「遅いぜ!」
無表情の茶々丸とは対照的に青年は心底楽しんでいる様子だった。その余裕な態度とは裏腹に、動きは洗練されていた。それは武術やスポーツのように体系化された精練さでは無く、幾つもの戦場を生き抜く為に得た様な血生臭いものに感じられる。茶々丸の拳は予測されていたかの様に受け流され、態勢を直す前に青年の反撃が迫る。青年の鋭い拳は茶々丸の腹部へ向かう。それを確認した茶々丸は直ぐに腹部を防御する―
「なんてな」
「っ!?」
が、突如青年は拳を静止させた。茶々丸が一瞬の混乱を見せた瞬間、青年の太い足が茶々丸の足元を横凪ぎに払う。
「っ!!」
青年は大した力を入れている様には見えなかったが、奇妙なほど的確に茶々丸の重心をずらした。茶々丸は足元からバランスを崩し、仰け反るようにしてその場に倒れる。そんな茶々丸の視界に映るのは野性的な笑みを浮かべた青年の姿。その拳は茶々丸に降り下ろされようとしている。
「チッ!」
が、青年は舌打ちと同時に追撃を中止し真後ろへ飛んだ。その瞬間、青年が先程いた場所にエヴァの放った氷爆が直撃した。
「この私を忘れてくれるなよ?」
青年がその元凶へと視線を送ると、そこには口の端をつり上げたエヴァの姿があった。茶々丸と青年のやり取りを見ていたエヴァの青年に対する評価は変わらなかった。ただ一つだけ付け加えるならば、予想よりも戦いに慣れているということだ。それも競技などの生易しい戦いではなく、純粋に生き残るための生死を掛けた血生臭い戦いに。
「面白れぇ」
氷爆を放ったエヴァの姿を確認した瞬間、青年はエヴァに向かって駆け出した。が、途中で復帰した茶々丸が主人を庇うように進路へ立ち塞がった。その無機質な視線は射抜くように青年を捉えている。それを見た青年はその場に立ち止まり、笑みを深めた。それを確認する間も無く、茶々丸は再び青年へ急速接近した。
「!?」
しかしその場から青年が突然消え、茶々丸の拳は宙を切った。それを見たエヴァは怪訝な表情に顔を歪める。何かが不自然に感じられたためだ。
「瞬動か!?いや…」
次の瞬間、茶々丸はいきなり視界外から吹き飛ばされた。
「茶々丸っ!!」
そして立て続けにエヴァの背後から声が届く。
「こっちだぜ?」
それを聞いたエヴァが鉄扇を片手に振り返った時、今にも殴り掛かろうとしている青年がいた。瞬きする間もなく青年の拳とエヴァの鉄扇が迫る―
「…あ?」
「何だ!?」
が、青年の拳とエヴァの鉄扇は音も無く現れた第三者によって止められた。エヴァと青年の間に突然、白い服を着た少年が出現した。現れた少年は青年の拳を片手で受け止め、もう片方の手で鉄扇を握っていた。そして青年に視線を向けると、感情のこもっていない声を発した。
「ガニメデ、不要な戦闘は禁じられている」
ガニメデと呼ばれた青年は拳を解き、わざとらしく肩をすくませた。
「はいはい。悪かったって」
相手の戦意が消えたのを確認したエヴァだったが、警戒は解かずに自分の鉄扇を受け止めている少年に鋭い視線を向けた。少年は中性的な顔立ちで、髪は灰色、瞳は深青色で何よりもその無機質な表情が特徴的だった。その容姿と相まり、エヴァから見れば正に人形であった。
「おい、さっさと離せ」
エヴァの発言を聞き、少年は視線をガニメデからエヴァへ向けた。エヴァの瞳と少年の瞳が交差する。その瞳を直視したエヴァの顔が僅かに歪む。
何だコイツ…?まるで生気がない。本当に人間か?
それも短い間で、少年は言われた通りに鉄扇から手を離し、エヴァは鼻を鳴らしながら鉄扇をしまった。
「何だ貴様は?そいつの仲間か?」
エヴァは目線でガニメデを指した。ガニメデは先程までの戦意が嘘の様にやる気の無さそうな顔をしている。少年もそんなガニメデに視線を送ると短く答える。
「そうだ」
何とも味気ない口調を聞いたエヴァが次に口を開く前に、もう1人の人物が木々の間からゆっくりと歩み出てきた。
「全く、勝手が過ぎるぞ」
ガニメデに対して呆れたように言った背の高い男は、エヴァを見て急に表情を変えた。それは真剣な表情とも言えるし、怪訝な表情とも言える。
「君、大丈夫かい?」
そう言って男は屈んで目線をエヴァと同じ高さにする。その視線は心配そうにエヴァの全身を怪我がないか確認している。
「あの程度で怪我などせん。それと子供扱いするな。こう見えても私は貴様などより遥かに年上だ」
そう言ってエヴァは男に不敵な笑みを見せる。それを見た男は何を思ったか、エヴァに優しく笑みを返す。
「さっきの様子を見るに、きっとそうなのだろうな。ともかく、怪我が無くて良かった」
それだけ言うと男はその場から立ち上がる。そんな男の態度にエヴァは鼻を鳴らすだけだった。
「それと、君も大丈夫か?」
続けて男は振り返りながら尋ねる。そこには吹き飛ばされていた茶々丸が歩いて戻って来ていた。
「はい。異常無し、問題ありません」
それを確認した男は安心したように胸を撫で下ろし、休む暇なく今度はガニメデに非難の視線を向ける。
「何か弁解は?」
「ねぇな」
その視線を受けたガニメデは反省するどころかニヤリと笑みを返した。常人であればそんな態度に堪忍袋の緒も切れるというものだが、男はため息をつくだけであった。それが彼の懐の深さから来るものなのか、はたまた単に諦めているだけなのかはわからないが、一つだけ言えることは、この男の気苦労は絶えないのだろうということだ。
「それで、貴様らは何者だ?」
そんなやり取りを見ていたエヴァが口を開いた。その視線は現れた3人の中で最も話がわかるであろう長身の男へと向けられている。
「おっと、これはすまない。私はカリストと言う」
カリストはエヴァに向き直り、自分の胸に手を当てながら名前を名乗った。エヴァはそんなカリストを品定めするように見つめる。
背が高く、流れるような橙色の髪、橙色の瞳で、長い前髪が片方の目を完全に隠している。年は20代後半から30代くらいだろうか。整った顔立ちで穏やかな表情をしているため優男といった感じだ。それだけで目立つ容姿だが、それに加えて服装も特徴的であった。現れた3人とも同じ服装なのだが、所々が黒い幾何学的な装飾のされた白いコートのような服を着ている。何らかの魔術的な効果が付与されているようにも感じる。
「そしてそこにいるのがガニメデ、こっちがイオだ」
そう言ってカリストは残る2人もエヴァに紹介する。まずエヴァはガニメデに視線を向ける。彼は先程戦った青年で、ある程度どの様な男か確かめていたが、改めて見直してみる。相変わらず人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべているが、その体格は屈強で獅子という言葉がしっくり来る。黒い髪を後ろで結わき、その黒い瞳は野性的な印象を与える。年はカリストより多少若く20代前半といった具合だろうか。服装はカリストと同じく黒い幾何学模様の入った白いコートである。カリストとの違いと言えば袖が無く、その太い腕が露になっているという点だ。
そして次にエヴァはイオへ視線を移す。
その容姿は灰色の髪と深く蒼い瞳が印象的で、端正な顔立ちだが目付きが何処か冷たい。と言うよりも表情が全く変わらず、全体的に人間味がない。年は3人の中では最年少で、10代後半といった頃合いに見える。これまた同じく黒い幾何学模様の入った白いコートを着ている。2人との違いはフードが付いている点だ。
「別に名前を聞きたかったわけではないんだがな。まぁいい」
そう前置きした上でエヴァは続ける。
「私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。そして従者の茶々丸だ」
なんやかんやでしっかりと名乗るのは彼女なりのプライドがあるのだろう。紹介を受けた茶々丸は丁寧にお辞儀を見せる。それを見たカリストは笑顔を返し、ガニメデはそんな様子を興味無さそうに眺め、イオは変わらぬ無表情で見つめている。
「それで、貴様らの目的は何だ?」
「目的?」
問われたカリストは質問の意味を理解しかねるといった表情だ。その様子にエヴァは若干の不機嫌さを表す。
「だから何をしにこの麻帆良に来たのか、と聞いているんだ」
エヴァからすればガニメデは魔法関係者で間違いない。そしてその仲間であるカリストとイオも魔法関係者であるはずだ。だとすれば外部の魔法関係者がこの麻帆良に侵入する理由などそう多くはない。大方、マジックアイテムの強奪か情報収集、場合によっては要人の誘拐といったところだろう。しかしわからないのはこの3人の行動の一貫性の無さだ。ガニメデは自ら戦いを挑んで来たが、侵入した目的を果たす上では事を荒立てるだけだ。逃げ切れないと悟ったか或いは時間稼ぎとも考えられなくは無いが結局仲間が来てしまっては何の意味もない。しかもその仲間が戦いを中断させたのだから尚更意味がわからない。そもそも結界の内部まで存在を気付かれないことがおかしい。そんな魔法が使えるならばわざわざ戦う必要も無い。或いは転移魔法か。しかしその可能性も低い。確かに3人からは違和感のある魔力を感じるがそれも大したものではなく、この結界で守られた麻帆良に転移できる程の術者には見えない。そして魔法関係者でありながら闇の福音を知らないという矛盾。初めは惚けているだけかと思っていたがどうもそうではないようだ。エヴァは何か引っ掛かりを感じていた。そんなエヴァが怪訝な表情をしていると、それを見てかカリストが口を開いた。
「私達がここに来たのは偶然で、この場所に目的があって来たわけではないんだ」
エヴァは探るように男を見る。片方だけ見える橙色の瞳は真っ直ぐにエヴァを捉えている。その表情は一見したところ嘘を付いているようには見受けられない。
「ほう、ではどうやって来た?」
その問いを受けたカリストはエヴァから視線を外し一度ガニメデとイオに目線を向ける。その顔は言外に「どうする?」と尋ねている。
「まぁ別に教えていんじゃねぇか?」
「……」
それに対しガニメデは軽く応え、イオは無言のままだった。それを確認したカリストはエヴァに向き直る。そして発せられるのは短い言葉。
「世界線跳躍だ」
その聞き慣れない言葉にエヴァは眉をひそめる。
「何だそれは?」
そんな様子を見たカリストは彼女が知るはずもないか、と胸中で納得する。
「そうだな…簡単に言えば別の世界から来たということだ」
「それは魔法世界のことか?」
「魔法世界?」
今度は立場が入れ替りカリストが疑問を浮かべる。先程からどうにも話が噛み合わない。そんな状況にエヴァが我慢ならない様に叫ぶ。
「ええい!面倒だ、とりあえずジジイのとこまで来てもらうぞ!」
そう言うとエヴァはカリストから視線をそらし携帯を取り出して電話を掛ける。機械が苦手なのか、何度か失敗した後、茶々丸の手助けを受けてようやく発信に成功する。そんな様子をカリストは苦笑いしながら見つめていた。そして短い通話の後、カリストに向かって言った。
「一応だが、私はここの警備員をやっていてな。貴様ら侵入者の報告に行かなきゃならん。貴様らも来い。ここにいても話が進まん」
そう言ってエヴァは返事も確認せず、有無を言わさぬ様子で歩き出す。茶々丸はカリスト達にお辞儀をすると直ぐにその後を追う。
「あ、おい君。ちょっと!」
カリストが声を掛けてもエヴァはスタスタと歩いて行く。それを見てガニメデとイオに顔を向けると、ガニメデは陽気に笑い、イオは変わらずだった。
「おっかねえガキだな」
「……」
「まあ、ここは従っておくのが得策か」
短いアイコンタクトの後、3人はエヴァの後を追うのだった。
ご覧頂きありがとうございます。
更新は無理せず自分のペースでやっていこうと思いますので長い目で見て頂ければと思います。
主人公たちに関してですが、戦闘はできますが魔法使いではありません。
彼らの力に関しては追々本文中で説明していこうと思っております。
補足説明などの細かい話(拙い言い訳など)はこちらの後書きにて書かせて頂きます。
気になる方は読んで頂ければと思います。