時空を越える者 ~他世界線からの侵攻~   作:あまぶり

2 / 3
第2話 「策略」

エヴァと茶々丸を先頭にカリストたちは静まりかえった夜の森を歩いていた。地面を踏む音が響く中、時折虫の音が聞こえて来る。その道中、麻帆良を知らないという彼らにエヴァが簡単な説明をしていた。曰くここ麻帆良学園は国内どころか世界最大級の学園都市であり、通称世界樹と呼ばれる巨大な原木を中心として広大な面積を有している。その歴史は存外深く明治中ごろに創設されており、保育園から始まり初等部中等部高等部はもちろん、大学まで完備されているという。要は簡単に言ってめちゃすごい、という説明であった。そんな説明をカリストは関心したように聞いていた。他2名は聞いているのかいないのかといった様子だ。ガニメデは目に見えて興味無さそうにしているためわかりやすい。頭の後ろで手を組みやる気無さそうに歩くその姿から察するに、適当に聞き流しているのだろう。一方イオは表情を変えないため判断がつきにくい。おそらく聞いていても表情に変化がないのだろう。

そうしている内に5人は森から抜けて開けた場所へ辿り着く。鬱蒼と茂る森から抜けると、そこには別世界のように街頭に照らされた西洋風の街並みが現れた。オレンジ色の煉瓦建築が一面に広がる光景はそれだけで圧巻である。極めつけはその中心に聳える尋常ではないサイズの世界樹である。

 

「おぉ」

 

さすがのガニメデも興味を持ったように足を止め驚きを露わにした。

 

「これは凄いな」

 

それを肯定するようにカリストも感嘆の声を漏らす。

 

「ふん、さっさと行くぞ」

 

そんな2人を横目にエヴァは歩を進める。

 

「へいへい」

 

「っと、すまない」

 

急かされたガニメデは肩を竦めながら笑い、カリストは我に返ったようにエヴァの後を追う。その際、ガニメデはカリストにだけ聞こえる程小さく「やっぱおっかねえ」と呟く。それに対しカリストは渋い顔を見せるだけだった。

そうして一行は、目的地である校舎のような建物――というより本当に校舎なのだが――の中に入る。その一角に学園長室と書かれた扉があった。その前まで行くとエヴァが立ち止まる。

 

「ここがこの学園の責任者のいる場所だ。なに、と言ってもただのジジイだ」

 

そう言うなりエヴァは乱暴に扉を空けズカズカと中へ入っていく。次に茶々丸が一礼してからその後に続く。カリストはそんな光景を見て、この主人に仕える従者は心底大変だろうな、と頭の中で呟く。決して口に出さなかったのは賢い選択と言える。

そんなことを考えていると背後から短い笑い声が届いた。振り返らずとも誰かはわかるが、一応振り返ると案の定、ガニメデがニヤニヤと笑みを浮かべている。その表情は言外にカリストの思考を読んでいることを示している。カリストは視線だけで「余計なことは言うなよ」と制する。対するガニメデはその視線の意味を理解したのかしていないのか、曖昧に鼻を鳴らすだけだ。そんな彼を見たカリストはため息を一つ吐いて学園長室に向き直る。

 

「ほら、私たちも入るぞ」

 

既に開いている扉をノックし、カリストが部屋に入る。次にガニメデ、イオと順に続く。部屋の中は予想よりも広く、応接室も兼ねているようで来客用のソファーやテーブルが置かれている。既にエヴァはソファーに腰掛け、どこから持って来たのか茶菓子を頬張っている。さらに視線を移すと室内の中央に長机があり、その奥に髭を長く伸ばした不思議な頭の白髪の老人が腰かけている。人の良さそうな笑みを浮かべているが、節々に感じる威厳から只者でないことは一見して理解できる。

さらに、その老人の横に控えるようにして眼鏡を掛けた男が立っている。無精髭を伸ばしよれたスーツを着込んでいるその姿は疲れた大人のそれである。しかしこれまた気配が一般人で無いことを示している。

その両者を見て、ガニメデが面白そうに笑うのをカリストは見逃さなかった。そんな彼に対してバカな真似はするなよ、と視線で釘を刺す。全員が入り終わるのを確認すると、老人が人の良い笑みを見せたまま口を開いた。

 

「お主らが先程連絡のあった者達かの?」

 

老人は眉で隠れた目から3人に視線を向けた。それは何気ないものでありながら、同時に相手を貫くような鋭さを伴っている。それを受けたカリストは目の前の老人への警戒を強める。

 

何だ、この老人は…。雰囲気もさることながら異様な密度のZPE指数だ。いや、そもそもこれはZPEなのか?何か違和感がある。仮にZPEだとしてもこの量は個人が持つには多すぎる。それに振動コアも埋め込まれている様には見えない。一体どうやってこれだけのZPEを制御しているというのだ…?

 

そんな思考を隠すようにカリストはできる限り落ち着いた口調で答える。

 

「その通りです」

 

カリストの返答にも、老人は特に表情を変えなかった。

 

「わしは近衛近右衛門。この学園の長じゃ。そしてそこにいるのはタカミチ君じゃ」

 

紹介された男はどこか真剣な顔で口を開いた。

 

「高畑・T・タカミチです。よろしく」

 

その瞳からは一見したところ威圧感などは感じないが、不思議とこちらが試されているような気分になる。カリストはこの2人を敵にしてはならないということを短い会話の中で理解した。

 

「私の名前はカリスト、そしてガニメデとイオです」

 

自身の名前を口につつ、両隣の2人についても紹介を行う。

 

「どもども」

 

「……」

 

紹介されたガニメデは全く重みの感じられない口調で応え、イオは無表情のまま相手を見ているだけであった。そんな仲間の態度に思わず頭を抱えたくなるカリストであったが、学園長は特に気にした様子も見せずに独特の笑い声を上げるだけだった。

 

「ふぉっふぉっふぉっ。よろしくのカリスト君、ガニメデ君、イオ君。して、どのような経緯でこの地に来てしまったか話してくれんか?」

 

その質問を受けたカリストの表情が僅かに固く変化する。

 

「なんでも、別の世界から来たと言っておったかの?」

 

学園長はソファーに凭れているエヴァへ視線を向ける。カリストの話に一応興味はあるのか、顔はこちらに向けている。その横には茶々丸が静かに控えている。

 

「ああ。さっき言った通りだ。何度も聞き直すなジジイ」

 

エヴァは面倒そうな態度を隠そうともしていない。追い払うように手をシッシッと払う。

 

「つれないのぅ」

 

そんなエヴァを見て学園長はわざとらしく落ち込んで見せる。

 

「いいからさっさと話を続けろ」

 

そんな態度にエヴァは苛立ちを覚えたように睨みつけるが、学園長は何事もない様に飄々と笑い声を上げるだけだった。そうして、学園長はカリストへと向き直る。

 

「さて、では経緯について話してくれるかの?」

 

それは静かな口調であるが、先ほどまでの雰囲気と同じではない。視線が合ったカリストは思わず緊張感を覚えるが、それを悟られないように体の力を抜いてから口を開く。

 

「話すのは構いませんが、理解して頂けるかはわかりません」

 

そう前置きを述べた上で言葉を続ける。

 

「別の世界から来たというのは本当です。正確に言えば別の世界線ですが」

 

初めて聞く単語に学園長は「はて?」と首を傾げる。そんな様子を見てカリストはどこから説明しましょうか、と呟いてから説明を加える。

 

「この世界ではどう扱われているかわかりませんが、観測問題における多世界解釈というものをご存知ですか?」

 

これまた知らない単語に学園長は首を横に振る。

 

「すまんが知らんのう」

 

対するカリストは予想通りの反応だったのか、特に気にした素振りを見せずに説明を続ける。

 

「量子論の話なのですが、ミクロの世界では量子状態は確定しておらず波動関数を用いて確率的に記述されます。しかし一度観測されるとその不確かな状態から確定した状態になります。その不確かな状態から確定した状態への遷移をどのように捉えるか、という解釈の一つです」

 

説明を聞いたはずの学園長は余計に混乱した様子だ。無理もない、魔法という技術に精通し魔法という知識を持って世界の仕組みを理解しようとしている魔法使いにとって、彼らの説明は全く異なる概念からのアプローチである。目指す方向は同じであってもその起点があまりに違いすぎた。

 

「すまんがもうちと簡単に説明してくれんかの?」

 

「そうですね…具体例を挙げるならば、有名なのはシュレーディンガーの猫でしょうか。箱の中で猫が生きた状態と死んだ状態が重ね合わせになっている。その蓋を開けると当然生きているか死んでいるかどちらか一択ですが、そうですね…仮に生きていたとしましょうか。その場合死んでいる状態はどこへ行ったのか?という問題です。多世界解釈では、これを"観測者が生きている猫を観測した状態"と"観測者が死んでいる猫を観測した状態"に分岐し、分岐後はどちらか一方しか残らないという解釈です。この考えでは宇宙自体が分岐するわけではありません」

 

なんとなくその概要は理解できた学園長であったが、やはり彼らとは根底の捉え方に違いを感じた。魔法使いは魔力や気といったエネルギーを直感的に感じ取り、それを理解している。当然その感性は個人ごとに異なるため、万人が同じ理解を共有できるとは限らないが、感覚を用い「なるほどこれが魔力か」といった具合に自身の体で感じ取るため非常に理解しやすい。端的に言うなら直感的、主観的解釈である。

一方、彼らの説明から感じるのはその客観性の高さである。魔法使いのように感覚ではなく思考によって解釈するため、万人が共通の理解を得られる。しかし逆に直感性が無いために理解が困難であるとも言える。端的に言えば彼らの解釈は理論的、客観的である。

どちらも長所短所があり、単純にこちらの解釈の方が良いなどと優劣を付けることはできないが、全く逆の形態であることは確かだ。学園長はその違いを感じながら、続きに耳を傾ける。

 

「ところが、実際はそうではありません。"観測者が生きている猫を観測した『状態』"と"観測者が死んでいる猫を観測した『状態』"が分岐して生じたのではなく、"観測者が生きている猫を観測した『世界』"と"観測者が死んでいる猫を観測した『世界』"のように世界自体が分岐します。観測者は観測後どちらか一方の世界のみと干渉性を持ち、もう一方の世界との干渉性を消失します。しかし干渉性を失った世界は消え去るわけではなく認識できなくなっただけで存在し続けています。パラレルワールドと言った方が理解しやすいでしょうか」

 

「ふむ…」

 

「私たちの世界では、M理論やループ量子重力理論を基にしてあやゆる物質、空間、相互作用を周波数によって記述することが可能になっています。すなわち世界そのものも周波数で記述できます。そして、その周波数が僅かに異なる世界が無数に存在していることが証明されています。その無数の世界を仮に一つ一つ点として表すと、その世界点は時間と空間を示す四次元時空上では時間変化する軌跡――すなわち線――を描きます。これが世界線です。そしてその世界線それぞれは分岐していき、あたかも枝のように分かれていきます。簡単に言ってしまえば、周波数の異なる世界の木が何本も存在しているわけです。そして――」

 

そこでカリストは一度言葉を区切る。

 

「私たちはこの世界線とは僅かに周波数が異なる別の世界線からやってきた、というわけです」

 

「…成る程のぅ」

 

学園長は自身の髭を撫でながら思索顔になる。

 

「お主たちが他の世界から来た、ということはあいわかった」

 

そういう学園長も彼の話を全て信じたとは思えないが、普通であれば信じられないと切り捨てられてもおかしくはない話に対して一応の理解を示している点は学園長の懐の深さと言える。何よりも、他の世界の存在など証明しようがない以上、本当か偽りかを今ここで議論すること自体が不毛であると判断した結果でもある。

 

「じゃが、何故この地にやってきたのじゃ?」

 

「それは全くの偶然です。世界線跳躍の際に何らかの誤差が生じたらしく気がつけばこの場所にいた、というわけです。言ってしまえば事故です」

 

カリストは言葉を選びながら返答する。重要な情報を隠しているその発言は嘘とも言えず本当であるとも言えないものであった。それを察したためかどうかはわからないないが、学園長はさらに問いかける。

 

「ふむ。では質問を変えるかの。お主たちは"何故"その跳躍とやらで世界を越えているのじゃ?」

 

「それは…」

 

学園長の発言は正に核心を突くものであり、お前たちは何者であるのか?とその真意を確認する意図が込められている。そんな学園長の問いにカリストは言葉を止める。それは学園長が放つ老齢まで生きた者特有の威厳に圧倒されたわけでも、問いかけの鋭さに驚愕したわけでもない。確かに学園長の問いかけは核心を突いている、いや、核心を突きずぎていた。それはカリストという存在の根底に繋がるものだ。

何のために世界を越えるのか、その問いに対して思い出されるのは忘れもしない光景。否、忘れることなど許されない光景。

 

 

 

 

─お兄ちゃん。ミリーをおいていって─

 

 

 

"何言ってんだよ!!そんなことできるわけあるか!!"

 

 

 

"だってミリーはもう動けないから、お兄ちゃんにメイワクかけちゃう"

 

 

 

"大丈夫!!お兄ちゃんが今助けてやるから!!"

 

 

 

─ううん。もういいの─

 

 

 

"大丈夫!大丈夫!お兄ちゃんは力持ちだから!こんな瓦礫すぐどけてやるからなっ!!"

 

 

 

─ありがとうお兄ちゃん。でも、もういいの─

 

 

 

"いいわけないだろ!!絶対助けてやるから!!"

 

 

 

 

「償い…やり直すため…ですかね」

 

沈黙の後に口から出た言葉はそれだけだった。呟くように紡がれた僅かそれだけの言葉であったが、それは確かな重みを持って部屋内に響いた。その声の主であるカリストは自嘲のような笑みを浮かべて遠くを見つめている。その表情は単に自嘲だけでなく後悔や嘆き、自己否定などが合わさった複雑なものだ。そんなカリストに声をかけることができる者はいなかった。この場にいるたった2人を除いて。

 

「カリスト」

 

左隣りから無機質な声がかかる。カリストがゆっくり顔を向けると、そこには無表情でこちらを見つめるイオの姿があった。その顔は確かに無表情だが、目を逸らさずにじっとカリストを見ている。それを見て、カリストは我に返る。このイオという少年と関わりが浅い者は、きっとその真意は理解できないだろうが、カリストにはこの少年が自分を気遣っていることがはっきりと理解できた。ただ一言名前を呼んだだけ、それでもカリストには十分だった。カリストにとっては、イオは決して冷徹な少年ではない。

 

「考え過ぎんなよ」

 

そして今度は右隣りから声がかかる。見ればガニメデがこちらに笑いかけている。その表情は何時もの不真面目なそれではなく、どこか落ち着いた笑みだ。そんな彼に、カリストも笑みを返す。

 

「すまないな2人とも」

 

そんな3人の光景を、エヴァはつまらなそうに、茶々丸は無表情で、タカミチは意外そうに、そして学園長はどこか笑みを浮かべて眺めていた。

 

「事故と言っておったが、帰ることは出来るのかの?」

 

空気を読んだように、学園長は多少の間を空けてから再び問いかけた。その表情は先ほどよりも幾分和らいでいるようにも見える。3人の様子を見て学園長なりに思うところがあったのだろう。

 

「予測外の世界線へ飛ばされてしまったため帰還は現状困難です」

 

先ほどまで顔に深い影を落としていたカリストは元の様子に戻っている。

 

「ふむ…どうしたものかのぅ」

 

カリストの返答を聞いた学園長は何か考えるように沈黙し、長く伸びた髭を擦っている。その横に立っているタカミチは学園長から視線を外し、目の前の3人を改めて見つめる。まずは中央のカリストと名乗った男。先ほどから見ていると彼がこの3人の中のリーダー的立ち位置なのだろう。一瞬見せたあの暗く重い雰囲気は何かを背負っているように見えた。そんな様子からもまず一般人でないことは明らかだが魔法使いにしては魔力が少なく、というよりも魔力に違和感を感じる。一言で言えば魔力が希薄なのだ。非常に不安定で存在自体が希薄に感じる。

そして極めつけはその右隣りのガニメデと名乗った青年。彼からは明らかな血の匂いを感じる。生死の舞台に立ったことのある者の匂いだ。それも一度や二度ではなさそうだ。

さらにもう1人、イオという少年。彼に対するタカミチの第一印象は無機質な少年であった。その姿は自身の知る"テルティウム"に似通っていると感じた。彼を成長させたようなイメージである。むしろ彼の方がまだ人間味がある――人造人間である彼を人間味があると言うのも変だが――ように思えた。しかし先ほどのカリストに対する言動を見るに、あながちそうでもないらしい。魔力に関してはカリストとほぼ同様である。魔力、気ともに3人揃って見事に希薄だ。特に気などは生命エネルギーに依存しているため、この希薄さは生命そのものの希薄さを意味している。一般人でもなければ魔法使いでもない。さらには異世界から来たと言う。その異様さにタカミチは僅かに眉をひそめる。

 

「一つ提案なんじゃが、とりあえず帰る目途がつくまで、ここにいる気はないかの?住む場所などはこちらが提供しよう」

 

しばらく思索に耽っていた学園長が唐突にそんなことを口走った。その発言にさすがのタカミチも驚いたような表情を見せる。エヴァは予想していたのか平然としていた。というよりも茶菓子を頬張るので忙しいという様子で、ボリボリと場違いな音を立てている。カリストも驚いたようだったが、すぐに真剣な表情を見せる。

 

「いいのですか?自分で言うのも変ですが、私達のような怪しい者を」

 

そんなカリストを見て学園長は独特の笑い声を上げる。

 

「では他に行くあてはあるのかの?」

 

尋ねられたカリストは首を振る。

 

「ならばそんなお主達を放ってはおけんじゃろ」

 

「しかし…」

 

尚も渋るカリストを見て学園長は続ける。

 

「正直な話をするとの、お主達を監視するという意味合いもあるのじゃよ。まぁ何も常に見張るという訳ではないがの」

 

そう言われ、カリストはようやく納得した表情となる。

 

「わかりました。ではよろしくお願いします」

 

了承を聞いた学園長は笑顔を見せ、ガニメデとイオに視線を移す。

 

「お主達もそれでよいかの?」

 

「あぁ世話になるな」

 

「問題ない」

 

ガニメデとイオからも肯定の意思を聞き、学園長はさらに笑みを深める。そんな光景をタカミチは難しい表情で見つめる。タカミチからしても、この老人の考えていることを全て読み解くことは困難である。時々、理解しかねることを平然とやってのけるためその真意を掴むことは難しい。今回などが正にその例である。学園長に信頼を寄せているタカミチであるが、時折心配になるのであった。そんな心中を理解しているのかしていないのか、話はどんどん進んでいく。気づけばカリストの手には住居の地図が渡されていた。

 

「とりあえず今日からそこに泊まってくれるかの。あぁそうじゃ、こちらから連絡したら明日もまた来てくれるかの。細かい話をしたいからのう」

 

「了解しました。ありがとうございます」

 

カリストは地図に目を落としながら、この麻帆良における学園長の影響力の強さを感じていた。急に現れた身元不明の自分たちに対してものの数分で住居を用意できるその権力は相当なものである。この学園都市にいる以上、この老人には逆らわない方が良いとカリストは頭の中で結論付けた。

 

「案内はいるかの?必要ならタカミチ君に行ってもらうが」

 

「いえ。これ以上迷惑はかけたくありませんので。大丈夫です」

 

そう言うとカリストは一礼してその場を後にする。ガニメデ、イオと順にその後を追うように部屋を出ていく。その途端、今まで部屋を包んでいた一種の緊張感が霧散するのがわかった。そうしてカリスト達が部屋から去り、部屋には学園長とタカミチ、エヴァと茶々丸が残った。彼らが見えなくなるのを確認してから、タカミチは困惑したように口を開く。

 

「学園長。本当にいいんですか?」

 

そう言われた学園長は表情を変えなかった。

 

「うむ、では他に良い方法があるのかね?タカミチ君」

 

自身でも他に最善の方法が無いと感じていたため、逆に問われたタカミチは沈黙してしまう。そう、"偉大な魔法使い"を目指す彼ら魔法使いにとって、身元がわからないという理由で身寄りのない者を追い払うのは適切な行動とは言えない。明確な敵意を持った相手ならば退けるのは当然と言えるが、相手が害なす存在であるか否かわからない以上、それもできない。甘いとさえ思える彼らの考え方であるが、馬鹿にするべきものでもない。綺麗事や理想論を簡単に捨てない彼らの行為は甘いと同時に尊いものでもある。そんな理想に憧れて彼らは魔法使いになったといえる。タカミチも例外ではなく、だからこそ難しい表情をしながらも学園長の意向に従っている。そんな様子に学園長はフォッフォッフォッという聞きなれた笑いを響かせる。

 

「タカミチ君、お主には彼らは危険に見えたかの?」

 

「分かりません。もう少し様子を見てみないことには」

 

「そうじゃな」

 

学園長は一度頷き、ふむと考えに浸る。

 

「それにしても別の世界とな」

 

彼らの発言は学園長からしても予想外のものであり、正直その信憑性に関してはなんとも言えない。ただ、あのカリストという男の様子を見るに、真実を全て明かしているとは思えないがまるっきり嘘偽りを言っているようにも見えなかった。

 

「ところで、彼らは魔法を使ったところを見たのかの?」

 

学園長はふと思い出したようにエヴァへ顔を向ける。そんな視線を受けたエヴァはニヤリと笑みを見せる。

 

「あぁ。間違いなく"こっち"側だろ」

 

それを聞いた学園長は暫し考えるように唸る。

 

「うーむ、彼らは別世界から来たと言っておるが…その辺りについても明日聞かねばならんかのう」

 

「それにイオ、ガニメデ、カリストと名乗っていましたが、本名なのでしょうか?」

 

学園長に続きタカミチも疑問を口にする。彼らの自己紹介の時から引っかかっていた違和感に気付いたためだ。それは既にどこかで彼らの名前を聞いたことがある、という違和感だった。そして今それが木星の衛星であることに思い至った。ガリレオ四大衛星"イオ"、"エウロパ"、"ガニメデ"、"カリスト"。

 

「確か木星の衛星の名前じゃったな」

 

学園長も既に気づいていたようで、タカミチと同じ答えを述べる。しかしこれは偶然の一致だろうか?いや、タカミチからすればとてもそうは思えない。本名がたまたま一致しているとは考えにくい。となれば偽名か何かのコードネームだろうか。タカミチはさらに難しい顔で思考する。そんな様子を見てエヴァが鼻を鳴らした。

 

「ふん、全く呑気だな。せいぜい問題を起こさないでくれよ。帰るぞ茶々丸」

 

そう言い放つと扉を乱暴に開けて出ていく。最後に茶々丸がペコリとお辞儀をして扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

指定された建物は麻帆良の少しはずれにあるアパートだった。既に使われなくなって久しいのか見た目は少し古く、他の住民は見当たらない。それを見たカリストは小さく「なるほど」と呟く。それは建物自体への感想ではなく、学園長の裁量に対するものだ。敵意があるかどうかもわからない見ず知らずの者を泊めるのだから、住民への危険性を考え人気がない建物を指定するのは納得できる。加えて、監視する上でも人目を気にしなくて良いためホテルなどよりこちらの方が都合が良いだろう。さらに監視すると面と向かって宣言された以上、そのことに関して文句も言えない。そうして選ばれたのがこの使われなくなったアパートなのだろう。カリストはそんなことを考えつつ受け取った鍵を使って部屋の中に入る。ざっと見まわしたところ、建物の内部に関しては広さや清潔さに問題はなく、カリスト達には充分なものだ。

暫く内部を回った後、3人は広い居間にあるテーブルを中心にして椅子に腰かけた。ガニメデとイオが隣に座り、向かいにカリストが座った。そしておもむろにガニメデが口を開く。

 

「どうやら中までは監視するつもりはないようだな」

 

カリストはそれに同意したように頷いて見せる。

 

「そうだな。ここまで来る間は監視されていたようだし、今も外に何名か見張りがいるようだが、内部に盗聴器などは見当たらない」

 

「こそこそ嗅ぎ回られんのは好きじゃねぇが、まぁそうは言ってらんねぇな」

 

一応自分たちの置かれた状況は理解しているのか、ガニメデは面倒くさそうにしながらも現状を受け入れている。だがその姿はテーブルに肘を突き、見るからに気怠そうだ。

 

「しかし、あの学園長というのは簡単にはいきそうにないな」

 

そう言いながらカリストは眉間を押さえる。先ほどまでのやり取りから学園長の影響力、そして学園長自身の裁量や洞察力は良く理解できた。だからこそ簡単にはいかないということをカリストは感じ取っていた。そんなカリストを余所にガニメデは陽気な笑みを見せる。コロコロと良く表情を変えるガニメデに対して、隣りに座るイオは無言である。そんな2人を見てカリストはどこか優しい笑みを見せる。

 

「いきなり何笑ってんだよ。気持ちわりぃぞ」

 

そんなカリストに対してガニメデは訝しげな視線を向ける。

 

「すまないすまない。何でもないから忘れてくれ」

 

カリストは2人から視線を逸らし、手をヒラヒラさせる。それを見たガニメデは「わけわかんねぇな」と呟きながらも対して気にしてないのかすぐに別の話題を持ち出す。

 

「にしても、こっから跳躍できないってのは嘘なんだろ?」

 

「ああ。別に帰還できないわけではない」

 

「はっ、お前もとんだ役者だな。カリスト」

 

何事も無いように答えるカリストを見てガニメデはからかうように笑った。対してカリストは自嘲気味に笑みを見せる。そんな2人をイオは黙って見つめる。

 

「それより、奴らと関わってよかったのか?まぁ俺としてはそっちの方が楽しめそうだから文句はねぇが」

 

「そのことなんだが、ここにはかなり不可思議な要素が存在している。機関から受けた調査指令はそのことに関係しているのかもしれない」

 

「あぁ、あのふざけた指令内容か」

 

馬鹿にしたように吐き捨てながらガニメデは椅子に仰け反り、手を頭の後ろに組む。その体重によって椅子の軋む音が響く。

 

「"魔法"に関する調査」

 

それに応えるように黙っていたイオがその指令内容を簡潔に述べる。その内容を聞いたガニメデは鼻で笑う。

 

「とうとう上の連中はいかれちまったらしいな」

 

目の前のガニメデほど露骨に否定はしていないが、カリストも今回の指令内容に困惑しているのは確かだった。しかし、エヴァや学園長との会話から何か思うところがあるのか、思索気味に難しい表情を見せる。

 

「その"魔法"と関係しているかはわからないが、いくつか確認したいことがある。まずエヴァンジェリンについてだが、彼女は確か自身を吸血鬼と称していたな?」

 

「あぁ間違いねぇ。ついでに原理不明の攻撃を仕掛けてきたし、連れてた茶々丸ってのは自立機械だろうな」

 

原理不明、それは彼らの知識では説明できない何かが存在することを示している。

 

「それにあのジジイやタカミチという男のZPE濃度、普通じゃねえぞ」

 

それはカリストも同様に感じていたことであった。考えるような仕草をした後、再び口を開く。

 

「それだけではない。跳躍の座標が狂った原因も調査しなければならない。さっき跳躍に問題はないと言ったが、跳躍自体は可能でも座標が狂った原因を特定しない以上、また座標ズレを起こす可能性がある。虚数座標に放り出されたりしたら洒落ではすまない」

 

「…それはマジで勘弁だな」

 

さすがのガニメデも最悪の場合を考えて苦い表情となる。

 

「その未知の場に関して何かわかったことがあれば教えてくれないか。イオ」

 

カリストはイオへ視線を移す。その視線の先の無機質な少年は一度頷き、服に隠れている右腕を突きだすように体の前に伸ばす。すると、イオの右手の甲が露わとなる。普通であれば特に何の意味も無いが、彼の場合は別であった。本来であれば何も無いはずの手の甲に、小さな水晶のような端末が埋め込まれている。さらにその端末から体に向かって腕を這うように青い線が複数伸びている。それは明らかに人工的なものであり、異様な見た目である。しかしそんな姿を見てもカリストとガニメデは表情を変えない。それは彼らにとっては当然のことである、ということを物語っている。

 

「ジュピター起動」

 

"バイオコード承認。起動"

 

イオに呼応するように右手に埋め込まれた端末から合成音声が鳴る。次の瞬間、イオの右腕をとりまく様に無数の立体ホログラムが表示される。不思議な記号やグラフが一斉に空中に投影される光景は中々に圧巻だが、これまた3人とも驚いた様子は見せない。

 

「スキャンした周辺の立体図を表示」

 

命令された端末は一度全てのホログラムを消し、次に指示された立体図を空中に立体投影する。イオの右手から少し離れた空中に麻帆良学園のミニチュアが表示されている。それを見ながらイオはカリストとガニメデに機械的な口調で説明を行う。

 

「これが周辺の立体図だ。この周辺には、一帯を覆うように未知の場が存在している。この場が座標ズレの原因と考えられる」

 

イオの発言に応えるように立体図の麻帆良の部分を覆うようにドーム状の光の壁が表示される。それを見てガニメデは少し驚いたように口を開く。

 

「だいぶ広いじゃねえか」

 

そんな率直な感想にカリストも同意したように頷く。

 

「丁度この学園と同じくらいか。これは作為的なものである可能性が高いな」

 

「なるほどな。これはきな臭いぜ」

 

ガニメデは腕を組んで納得した様子を見せる。そして暫く麻帆良の立体投影を見つめていると、何かに気づいたように声を上げる。

 

「そういや、あの自称吸血鬼のガキが結界がどうのって言ってたな」

 

それを聞いたカリストは怪訝な表情になる。結界という言葉は彼らにとっては馴染みがないものだ。

 

「結界?イオの言っている未知の場のことか?」

 

自分で言っていながら可笑しいと思っているのか、問われたガニメデは困ったように肩をすくめる。

 

「さぁな。ただ、あのガキは何か知ってそうだ」

 

それを聞いてカリストは唸りながら考えを巡らせる。

 

「直に聞くしか手はないか…。イオ、お前には未知の場の正体解明とその対策を頼めるか。可能であればエヴァンジェリンから話を聞き出してほしい」

 

言われたイオは相変わらず無表情で頷く。カリストは次にガニメデに向き直る。

 

「お前は未知の攻撃を受けたんだったよな?」

 

「あぁ。破裂する試験管とかな」

 

ガニメデの発言にカリストは「試験管?」と疑問を浮かべるが、話を進めるために深くは追及しなかった。

 

「まぁとにかくお前はその正体を突き止めてくれ。私も個別に調べるとしよう」

 

「へいへい」

 

やる気のない返事を聞きつつ、カリストはガニメデの言う原理不明の攻撃、そしてイオの言う未知の場について考える。ガニメデをして原理不明と言わせ、イオをして未知と言わせるもの、それは彼の知る限り無い。だが、たった一つだけあるとするならば、機関からの指令にあった言葉――魔法。そんな馬鹿馬鹿しい自身の発想にカリストは胸中で自嘲する。まさかな、と。

 

「とりあえずは彼らに接近して情報を集めたい。期待はしていないが、奴の情報を持っている可能性もあるしな」

 

ガニメデはニヤリと野性的な笑みを見せる。

 

「面白くなってきたじゃねえか」

 

そんな態度にカリストは飽きれたようにため息をついて見せる。

 

「全く、お前は変わらないな」

 

しかし、その表情は穏やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。