どこまでも赤い大地。
そこには生命らしきものは何も見えない。干上がった地面が地平線まで続いている。
空は灰色に染まり、不気味な程赤い太陽が浮かんでいる。その輝きは最早生命に対する恵みではなく、生き残った命さえも焼き切ろうとしている。
そんな死んだ世界を窓から眺める男がいた。
無機質な部屋に佇み、無表情で窓の外を見つめている。その表情からは何を考えているかはわからない。
そこへ別の声が掛かる。
「議長、報告に伺いました」
それに対し、議長と呼ばれた男は視線を窓へ向けたまま応える。
「入りたまえ」
議長の低い声の後、部屋の扉がスライドして開く。そこに居るのは眼鏡を掛けた白衣姿の男。掴み所の無い笑みを浮かべ、ニコニコとしているその表情はいっそ不気味である。
男は一礼してから部屋に足を踏み入れる。殺風景な部屋にコツコツという靴の音が響く様は何処か空しく感じられる。
「失礼します。跳躍が完了した旨をお伝えしに来ました」
白衣の男の発言を聞いても、議長は背中を向けたまま外を見つめている。そして「報告したまえ」とだけ声を発した。白衣の男はそんな態度を気にした様子は無く、淡々と言葉を続ける。
「イオ001、ガニメデ003、カリスト004。以上3個体の跳躍が相対時刻2140に完了。転移指定YGF9711。跳躍自体は通常シークエンスで完了したものの、外乱により座標誤差が発生。個体は消滅していませんが、帰還に問題が生じていると予想されます」
「それがどうした?所詮は捨て駒。気にすることもあるまい」
議長は吐き捨てるように言い放つ。まるで気にもとめていないといった様子だ。事実、彼は労わるという感情を持ち合わせていない。
満足に跳躍すらできんとは、つくづく使えない個体だ。まあどうなろうが構わん。
単なる消耗品が意思など持っていること自体が可笑しいのだ。
使えなくなったら次を用意するだけの話。それが奴ら
「はなから失敗作に期待などしていない。それよりもスルト主任。MM元老院の件はどうなっている?」
その口調は冷徹そのものであるが、そんな議長の言葉を聞いてもスルトと呼ばれた白衣の男は表情を変えない。笑みを浮かべたまま下がった眼鏡を中指で押し上げるだけだ。
「未だに返答はありません」
スルトの返答を聞き、議長は苛立ちを隠さずに勢い良く窓を叩きつける。
強化ガラスが震え、鈍い音を立てる。
「魔法使い共が!己の立場すら理解できんとはな」
その顔に浮かぶのは深い憎悪の感情。
魔法使い…全く邪魔な存在だ。ようやく見つけた我々の理想郷に寄生する幻。それだけならば駆逐するだけの簡単な話だが、厄介なことに無駄に戦力を持っている。それも我々の試験機を破壊する程だ。
我々の知らない方法でZPEを制御し、魔法というふざけた力を使う。化け物どもが!
憎しみに顔を歪める議長だったが、何を思い立ったのか、直ぐに表情を変える。
「少し、思い知らせてやる必要があるようだ」
そう言う議長の顔は不気味な笑みに彩られている。目は笑っておらず口の端が凶悪に吊り上げられたそれは、おおよそ常人のする表情ではない。
「それでは、計画を第三段階に?」
そう言いながらスルトは何処か楽しんでいるかの様な笑みを浮かべる。
そんな様子から、この部屋にはまともな精神を持ち合わせた人間は存在しないことがわかる。
「ああ。"魔法使い狩り"の時間だ」
それに応える議長の顔は、凶悪に歪んでいた。
「なぁタカミチさんよ…一つ聞いていいか…?」
「なんだい?」
翌朝、カリスト、ガニメデ、イオの3人は訪ねてきたタカミチに案内されて学園長室へと向かっていた。
先頭をタカミチが歩き、その後ろをキョロキョロと周囲を見回しながら落ち着きの無いガニメデとカリストが続く。その2人の表情はなんとも居心地が悪そうである。その隣にイオが何事もない様子で歩いている。
そんな状況に対し、ガニメデが我慢の限界とばかりに口を開いた。
「さっきから女しかいねぇし全員が変な視線を送ってきやがる!どういうことだ!?居心地が悪いったらねぇぜ!」
ガニメデはオーバーリアクションとも言える程に不満を露わにした。大袈裟に両手を開き、タカミチに向かって大声で訴えかける。しかしそれが逆効果となり、余計に視線を集める結果となる。
そう、彼らは今非常に目立っている。
目立つ外見に白いコートを着た三人衆、そしてよれたスーツ姿のタカミチ。そんな4人が真昼間の女子校エリアで騒いでいれば目立たないはずがない。
そんな状況を理解したタカミチは苦笑いを浮かべるしかない。
「ここは女子校エリアなんだよ」
タカミチの言葉の意味を理解したカリストとガニメデは露骨に困惑した表情になる。唯一イオだけが何事もないように無表情である。
「おいおい!なんでわざわざそんなとこ通ってんだよ!?」
「学園長室は女子中学校の中にあるんだ」
「何だって!?」
タカミチに向ける視線が一瞬で不審なものを見る目に変わる。
その視線に耐えられなくなったようにタカミチは頭を掻いた。
「色々事情があるんだ」
ここまでならばまだ言い逃れはできたかもしれないが、タカミチにとっては不運なことに、今の状況で最も遭遇してはならない人物が迫ってきていた。
「なあなあ、アスナ~。あそこにおるの、高畑先生とちゃうかな?」
「え!?ど、どこどこ!?あ!!た、高畑先生!!」
何やら4人の背後から騒がしい声と足音が聞こえてくる。
振り返ると、活発そうな少女が緊張した面持ちでタカミチに視線を送っている。長いツインテールとオッドアイが特徴的な少女である。
「ちょ!ちょっと、このか!押さないでよっ!」
「まぁまぁアスナ~チャンスやで~」
さらにその後ろから、対照的に穏やかそうな少女がゆっくりと歩いてくる。というよりも、先ほどの少女の背中を無理やり押している。
こちらは長い黒髪と白い肌から大和撫子という言葉がしっくりくる少女である。
ちなみにガニメデの第一印象は、"煩そうなガキ"と"呑気そうなガキ"であり、カリストの第一印象は"元気そうな子"と"マイペースそうな子"であった。
奇しくも2人の見解は正しかった。
「…アスナ君にこのか君」
最悪なタイミングに思わずタカミチは頭を抱えそうになる。
「こ、こんにちはっ!!」
一方、アスナと呼ばれた少女は少し上気した顔でタカミチに挨拶をする。その表情はどこか緊張しており、それでいて嬉しそうな様子である。正に恋する乙女のそれである。
ただでさえ、学園長室が女子中学の中に存在しているということであらぬ疑惑を掛けられている。その上、今現在スーツ姿のタカミチの隣りには何やら緊張した様子の少女が。
この状況はまずい、そう思ったタカミチは反射的に3人へ視線を向ける。
そこにはタカミチの懸念通り、如何わしいものを見ているかのような表情のガニメデとカリストがいた。タカミチに対して明らかに警戒している様子だ。
そしてガニメデの口からとんでもない言葉が飛び出す。
「おい…お前らまさかそういう…」
ガニメデはタカミチから一歩離れ、拳を軽く構える。
この広い麻帆良においてわざわざ女子中学校の中に学園長室が建てられている。
そして今タカミチの隣りには顔を上気させた学生服姿の少女。
その事実からガニメデが想像したものはタカミチからすれば最悪の誤解であった。
「タカミチさん…そういうことでしたか…」
同様の想像をしたのか、カリストも静かにタカミチと距離を空ける。その表情は非常に残念そうである。
「違うんだ二人とも!」
珍しくタカミチは焦った様子を見せ、全力で否定する。しかしガニメデとカリストは変わらず不審者を見るような目だ。そんな状況に助け舟はないかと視線を泳がせるタカミチは、ふとイオと視線が合う。
「……」
その視線はいつもの無機質なものである…はずなのだが、この時のタカミチにはその視線が何か棘を含んでいるように感じられた。
そう、つまり一言で言えば不審者を見る目である。
そんな視線に耐えられなくなったタカミチは思わず声を張る。
「本当に違うんだ!!」
タカミチの表情は正に必死な形相である。
懸命に弁解をしているが、努力空しく3人とも揃って聞く耳を持っていない。
そこに打って変わり、おっとりとした声がかかる。
「何の話しとるん?」
木乃香と呼ばれた少女は首を傾げながら不思議そうに4人を見つめている。視線を向けたタカミチが口を開く前に、ガニメデがため息交じりに声を出す。
「知らない方がいいこともあるんだぜ嬢ちゃん。悪いことはいわねぇからコイツには関わらねぇ方がいいぜ」
その口調は何処か諭すようであり、視線はまるで尋問するかのようにタカミチを鋭く捉えている。
さすがにこれ以上誤解を広めたくないタカミチが口を挟もうとしたその前に、ガニメデの発言を聞いたアスナが我慢できないように声を荒げる。
「ちょっとアンタ!高畑先生に失礼でしょ!」
顔は露骨に怒っており、ガニメデの胸倉を掴みかかろうかという勢いである。
対するガニメデも、アスナの態度を受けて眉間に皺を寄せる。
「はぁ?失礼?俺はお前らのためを思って言ってんだ」
「余計なお世話よっ!!というかアンタ誰よ!!」
「名を聞く時は自分からだぜ?」
「ちゃんと答えなさいよー!!」
売り言葉に買い言葉といった具合で、2人の口論は止まる様子がない。感情をそのまま表に出すアスナもアスナであるが、中学生相手にムキになっているガニメデはなんとも子供っぽく見える。
第三者からみれば正に子供の喧嘩である。
そんな様子で、このまま何時までも言い争っていそうな2人に対し、木乃香がやんわりと口を挟む。
「ウチは木乃香って言うんえ~」
ガニメデが視線を向けると、突然の自己紹介に困惑する周囲を気にした様子も無く、木乃香はニコニコと笑顔を向けている。そのあまりにも毒気の無い笑顔に当てられ、ガニメデは何とも微妙な表情になる。
「お、おう…そうか。俺はガニメデだ」
歯切れの悪いガニメデに対し、木乃香は「ガニメデさんていうんか~」と朗らかな笑顔で応える。
その笑顔を見たガニメデの顔が僅かに歪む。
それは彼女の笑顔が、彼の中にある何か深いものに触れたためだ。
何だ、このガキの笑顔は。
世界の暗い部分なんて全く知らねぇって顔してやがる。
こんな呑気な笑顔は生まれてこの方、初めて見たぜ。
人間はこんな顔で笑うこともできるんだな。
知らなかったぜ…
ガニメデは眩しいものを見るように木乃香に視線を送る。
「彼女たちは私の生徒のこのか君とアスナ君だ」
とりあえず場が落ち着いたのを確認したタカミチが、仕切り直しとばかりに2人を紹介する。
「…生徒と教師というのは本当なのかい?」
その発言を聞き、カリストが木乃香とアスナに確認するように顔を向ける。視線を受けた木乃香は変わらず笑顔を向け、アスナは気恥ずかしいのか少し顔を赤らめた。
「本当やえ~」
「そうよ!た、高畑先生は私たちのクラスの担任の先生よ!」
そこでカリストはようやく納得したような表情を浮かべ、タカミチに申し訳無さそうな視線を送る。
「すみませんタカミチさん。あらぬ誤解をしていたようです」
「ハハハ…。わかってくれたならいいんだ」
タカミチは疲れた笑みで応える。そんな二人のやり取りをチラチラと見ていたアスナだったが、意を決したようにタカミチに声をかける。
「この人たちは高畑先生のお知り合いなんですか?」
「まあ、そうだね。ガニメデ君とカリスト君とイオ君だ。彼らは昨日ここに来たばかりだから、道案内をしているところなんだ」
「そうだったんですか」
そう言ってアスナは3人を品定めするように見つめる。
まず視界に入るのは人を馬鹿にしたような笑みを見せるガニメデ。確かにアスナから見ても彼の体付きは逞しいと言えた。アスナも年頃の少女である以上、彼の屈強な体格に目がいかないわけではなかった。が、そんなことよりも何よりも、一番目に付くのはそのふざけた態度である。何というか、その顔を見ているだけで非常に馬鹿にされている気分になるのだった。
そんなガニメデに対するアスナの印象は"筋肉馬鹿"である。残念なことに、それは実に的確に彼を表している、と同時にアスナ自身にも跳ね返ってくる言葉である。
そしてその隣の長身の男、カリスト。
初め、アスナは彼の橙色の髪を見た時、染めているのかと思っていた。しかし、こうして近くで見てみると地毛にしては明る過ぎるが、染めているにしては光沢が自然だ。原因はわからないが、変色してしまった結果のように感じられる。そしてその性格は一見したところガニメデと異なり、穏やかで優しそうであった。年齢はタカミチ程ではないが、アスナ好みの大人のダンディさは醸し出している。
そんなことを考えながらアスナが視線を向けていると、カリストの穏やかな笑顔が返ってくる。アスナは少し顔を赤らめながら視線を逸らす。
その視線の先には今度は無表情で佇むイオがいる。
年はアスナより少し上くらいで、何を考えているのかわからず、何に対しても興味がないといった様子だ。そんなイオに対して、アスナが抱いた感情は、なんだかムカつくヤツ!!というものだった。
アスナにしてみても初対面の人間に理由もなくマイナスの感情を抱くこと自体が不思議であった。ガニメデの場合はあの態度が原因であるのはわかっているが、このイオという少年に対して抱くモヤモヤした感情は思い当たる節が無い。
何に対してもつまらなそうに、何にも感情を抱いていないかのような態度が、何故かアスナは気に食わなかった。
「あの」
そして気づけば話しかけていた。良くも悪くも、アスナという少女は思い立ったことを行動せずにはいられないのだった。
「……」
しかしイオの反応は無い。相変わらず無表情で別の場所に視線を向けている。
そんな態度にアスナのイライラ度合が増加する。隠すことも無く顔をムッとさせる。
「あの!」
「……」
今度は多少語気を強めたアスナだったが、変わらず反応は返ってこない。
それを見たアスナはもう限界とばかりに怒鳴り声を上げる。
「ちょっと聞きなさいよ!アンタに言ってんのよ!」
その声で全員の視線がアスナに集まるが、アスナ自身はそれに気づいていない。
イオに対して語気を荒げるアスナを、カリストは難しい顔で見つめる。
「…何だ?」
ようやくイオの顔がアスナへ向く。その深青色の瞳からは感情が読み取れない。
イオの無機質な瞳とアスナの瞳が真っ向から向かい合う。身長としてはイオの方が高く、アスナは見上げる形となる。
何なのよコイツ!!
何もかもつまらなそうな顔しちゃって!!
「なんでそんなムスッとしてんのよ!」
「そんなつもりはない」
感情的になるアスナとは真逆に、イオは淡白に言葉を返す。
そんな態度が余計にアスナの感情を増長させる。
「どう見てもムスッとしてるじゃない!」
「していない」
ああもう!ホントに何なのよ!!
ずっと同じ顔してんじゃないのよ!!
アスナ自身、なぜ自分がこれ程ムキになっているかわからなかった。彼の無表情な表情を見ていると、何故か胸の中がモヤモヤした気持ちになる。そんな理由のわからない感情を扱いきれていなかった。
だからこそ、行き場の無いその感情をイオにぶつけるしかないのだった。
このまま何時までも収集がつかなそうな状況に対し、カリストが苦笑いを浮かべながら口を挟む。
「そこまでにしてやってくれ。彼は感情表現が苦手なだけなんだ」
「………」
カリストの落ち着いた口調でアスナは沈黙する。そして、全員の視線が自分に集まっている状況を理解して今度は恥ずかしそうに顔を赤くする。とりわけタカミチの視線を気にしているのは言うまでも無い。
「ご、ごめんなさいっ!」
そんなアスナの様子を察してか、タカミチは話題を変えるように尋ねる。
「そういえば2人はなんでこんな所にいるんだい?」
「あっ!そうだ!いいんちょ待たせてるんだった!!」
さっきまで赤面していたアスナは今度はハッと思い出したように顔を上げて叫んだ。
何とも感情豊かなアスナに対し、カリストは感情の忙しい子だなと胸中で微笑んだ。
「すいません高畑先生!!用事を思い出したので失礼しますっ!!」
アスナは逃げるように立ち去る。
その脚力は軽く世界記録を更新するのではないかという程だ。
思わずガニメデが「早え~な、おい」と詠嘆の声を漏らす。
「ほなまたな~」
そしてその後を去り際に手を振りながら木乃香がゆっくりと追っていく。そんな温度差に思わずカリストとタカミチは揃って苦笑いを浮かべるのだった。
そんな一悶着の後、タカミチは彼ら3人組を引き連れて目的の女子中学校の前まで来ていた。校舎の前まで来ると、4人に向けられる視線はさらに増える。校舎の窓からは何人かの生徒が騒ぎ立てながらこちらを指さしている。
しかし、引き返すわけにもいかず、結局校舎の中へ入るしかない。
「あのジジイ…」
ガニメデはこんな状況になった元凶である学園長へ私怨を募らせる。その隣りではカリストが現状に対する諦めの表情を浮かべている。
そしてタカミチを先頭に校舎内に足を踏み入れ、広い廊下を進んで行く。休み時間なのか生徒の往来が激しく、すれ違う生徒は皆不思議そうな視線を向けてくる。そんな視線を浴びながら、カリストとガニメデは居心地が悪そうに歩いているが、イオは表情一つ変えていない。
そんな3人に苦笑いしながらタカミチは学園長室まで案内する。
目的の部屋の前にたどり着くと、そこでタカミチが立ち止まり、ノックを響かせる。
「入ってよいぞ~」
返って来たのは飄々とした学園長の声であった。そんな呑気な声にガニメデの顔に青筋が浮かぶ。何時もの彼であれば扉を蹴破って怒鳴りかかっていても不思議は無いが、そうしていないのは彼なりに恩義を感じているためだろう。
返事を聞いたタカミチが扉を開け、部屋へ入っていく。その後に3人が続く。
タカミチが定位置である学園長の隣に行くと、近右衛門が3人に声をかける。
「わざわざ呼びつけてしまってすまんの。昨晩はよく眠れたかの?」
学園長に向かい合うようにして中央にカリスト、右にガニメデ、左にイオが立っている。
学園長の問いかけに、カリストは若干の苦笑いを見せる。
「ええ、お陰様で。ありがとうございます」
「そうか。それはなによりじゃった」
そう言いながら学園長は変わらず人の良さそうな笑みを見せている。
が、その雰囲気が次の一瞬で変わる。
「さて、いきなり本題なのじゃが」
そう前置きした学園長の目は先ほどまでとは異なる鋭さを含んでいる。年を重ねた者しか醸し出せない重々しい雰囲気に場の空気が一瞬で変わる。
その急な変化にカリストは思わず身構える。
「お主らが異世界からやって来たということは良い。そこで質問なんじゃが、お主らは"魔法"というものを知っておるかの?」
学園長の口から出たのは"魔法"という言葉。それはあまりに唐突で滑稽である。
しかし、学園長の表情はそれが児戯や戯れの類では無いことを物語っている。
表面上でこそ冷静に見えるが、学園長の真剣な態度と質問の内容にカリストは内心で困惑を露わにする。
いきなり何を言い出すかと思えば"魔法"だと?
一体何を考えているのだこの老人は…。
何故こんなことを聞いてきたのか…考えが読めない。
しかし、単にふざけている訳では無いことはわかる。
俄かには信じられないが、機関の言っていた"魔法"と関係しているのか?
カリストは学園長の全てを見透かすような視線に耐えながら思考を巡らせ、言葉を選ぶ。
「その"魔法"というのは、箒で空を飛んだり、杖で火を起こしたり…というような超常的な現象のことでしょうか?」
「そうじゃ。そして、その魔法が実在すると言ったら信じるかの?」
学園長の表情はどこまでも真剣である。その重い視線が一直線にカリストへ向かう。
カリストは肌を切り裂くような空気が部屋に満ちているかのように感じた。
「否定はできませんが、根拠が無い以上、少なくとも私は信じていません」
「魔法は実在するのじゃよ。カリスト君」
カリストが発言し終わるのとほぼ同時に、間を空けずに学園長が静かに言葉を発した。
それはまるでカリストの思考時間を奪うかのようである。事実、カリストの表情には僅かな驚愕と焦りの色が見える。
そんな彼にさらに畳み掛けるかのように学園長は言葉を続ける。
「この麻帆良はのう、お主らの知る通り表向きはただの学園都市じゃ。しかしその実、魔法使いの集う場所でもある。何を隠そうこのわしもタカミチ君も魔法使いなんじゃよ」
その発言にいち早く反応したのはガニメデであった。
「ハッ!!馬鹿馬鹿しいぜ。何が魔法使いだよ」
そう言いながらガニメデは心底呆れた様に笑い声を上げている。
その様子を学園長とタカミチが表情を変えずに見つめる。
「おいおい…マジで言ってんのか?」
さも当然としている学園長とタカミチの態度に、ガニメデは怪訝な表情となる。
「本当のことじゃよ」
対する学園長は先ほどと変わらない真剣な様子だ。そんな態度を見て、ガニメデは「正気かよ」と言わんばかりに両手を上に挙げ、短く鼻で笑う。
そんなやり取りを見ていたカリストは、難しい表情を見せる。
「疑うようで申し訳ありませんが、証拠を示すことはできますか?」
問われた学園長はわざとらしく驚いたような表情を見せる。カリストには、何となくそれが芝居じみて感じられた。
この言葉が向けられることがわかっていたのではないか、とさえ思えた。
「はて、お主達はすでにその証拠を見ていると思ったのじゃが」
そう言うと学園長は再びガニメデに視線を送る。
「エヴァンジェリンのことは覚えておるかの?」
「ああ。あのガキか」
問われたガニメデは昨日の夜のことを思い出す。
夜の森での戦闘。茶々丸という自立機械と自称吸血鬼の子供。
自分と拳を交えた仲だ、ガニメデが忘れるわけがなかった。
「昨夜のことじゃ。そのエヴァがお主に魔法を見せたと言っておっての」
この瞬間、カリストは話の流れから嫌な予感を感じ取った。
会話が学園長の手の上で進んでいる、そんな直感が働いた。
「そんなもん見た覚えはねぇぞ?」
ガニメデは腕を組み、困惑した表情となる。
咄嗟に思い出せないガニメデは昨晩のことをさらに思い返す。そして、たった一つだけ思い当たるものを見つけた。
「あ、もしかしてあの試験管か。あれが魔法だってのか?」
「そういうことじゃ」
確かにガニメデが見た限り、あの攻撃方法は既存のものではない。まさに未知の攻撃である。
とすると、魔法という説明は筋が通っている。が、魔法という言葉自体がそもそも彼らにとって受け入れ難い。
魔法だから、という一言で納得できるものではない。
故に、ガニメデにしては珍しく何か思考しているように難しい顔を見せる。
「ここで一つ気になることがあるんじゃよ」
「何だよ?」
思考を邪魔されたガニメデは話かけてきた学園長に鋭い目付きを送る。
しかし、学園長は何事もないかのように表情を変えない。そして今度はカリストへ顔を向ける。
「お主は魔法を信じておらず、そもそも魔法の存在を知らん。そうじゃの?」
「…ええ」
カリストは身構えながら応える。先ほどの自分とガニメデの言動から、今更否定することはできない。
すると学園長はわざとらしく首を傾げ、惚けた素振りを見せる。
そんな様子を見て、カリストは自分たちが学園長の話術に嵌っていることを自覚した。
「はて、するとおかしいことになるのぅ」
「何がだ?」
対するガニメデの声は若干低くなっていた。彼もカリストと同様、話の雰囲気が予期せぬ方向へ向いていることを感じ取ったのだろう。
しかし、学園長は尚も気にしていないように続ける。
「いやのぅ、わしはてっきりお主らは魔法関係者とばかり思っておったんじゃ」
「…何故でしょうか?」
「エヴァからは魔法を見てもさして驚いておらず、常人では考えられんような身のこなしであったと聞いての」
学園長は何事もないように話しているが、その内容は3人が何か隠していることを明確にしている。
異世界から来た、そのため魔法を知らない。この点だけ考えれば疑問はない。
しかし、彼ら3人はおおよそ常人とは言えない能力を有している。学園長自身が直接見たわけではないが、彼らの放つ雰囲気とエヴァの証言から、それが事実であることは容易に想像できる。
力を制限されているとはいえ、あのエヴァと戦って無傷である者が常人のはずがない。
であるならば、彼らは魔法以外の能力を有していることになる。
そしてその能力とは何なのか。学園長はそれを問いかけているのだ。
「しかしお主らは魔法関係者ではなく、確かに魔力も少ないようじゃの。はて、とするとお主らは一体何者なのじゃろうな?」
学園長は芝居じみた態度で首を傾げて見せる。
明確に矛盾点を指摘されたこの状況で、今更嘘は通用しない。
なるほど、とカリストは一人納得した。
「…わかりました。私たちが何者か、お教えしましょう」
「おいカリスト!」
何か諦めのような表情を見せるカリスト。
そんな姿を見たガニメデは反発するように叫ぶ。
「いいんだ。いつまでも隠しておくわけにもいかないだろう」
そう言ってカリストは片手でガニメデを制す。
そんな様子から何かを察したのか、ガニメデはそれ以上反発することはない。
「ほう」
これから話される会話の重要性を理解した学園長は興味深そうに2人を見つめる。
その視線は鋭さが増している。
カリストは真剣な表情で口を開く。
「私たちは量子存在。巨視的領域でも量子効果を現出できるように身体を量子化した存在です」
その口調は決して強くはない。
しかし、確かな重みを持って部屋に響いた。