百万大図書館   作:凸凹セカンド

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9月4日

 

 

 

 

 ヨークシンシティ中心部セメタリービル。現在、彼の都市に集結した大勢の裏社会の住人が顔を寄せ合っているそにを目指すように、放射線状に火の手が上がる。遠くにいても、優れた五感が闘争の匂いや音を正確にかぎ取る。

 ビスケット・クルーガーは空に舞い上がるきな臭い煙に舌打ちして、足の向きを変えた。

 中心部の喧騒は外周部にも届いている。SNSやインターネット通信の普及にともない、情報は加速度的に外部に届けられる。それでなくとも、ヨークシンに古くから住む住人たちは、この街の市長がマフィアン・コミュニティと蜜月関係にあることを察している。表立って批判するものはいないが、そんな土地柄である、いつ何が起こってもおかしくはない。賢い判断を下す彼らは、中心部から急いで足を遠ざけた。おかげで、どこもかしこも渋滞が起きている。

 この状況では車も拾えないし、一般人をかき分けていくにも時間がかかる。

 彼女はいったん路地に入ると、「絶」で気配を消し、音もなく飛び上がり建物の屋上に踊り出た。

 屋上のフェンスの上から、火の手の上がる中心部を眺める。もうもうと上がる火の手と、風に煽られる煙。もっと近づけば、不協和音を奏でる銃声と怒声、そして断末魔をこの優秀な耳は拾い上げるだろう。

 けれど、彼女はそこに用はない。何があっているか知らないし興味もない。相手に向かって銃口を向けるということは、いつかその銃口が自分に向くことも覚悟してのことだろう。

 

「いけない、こんなことしてらんないわさ」

 

 収まることのない騒動に背を向けて、フェンスを蹴る。疾風となって宙に躍り出ると次々と建物の屋上や屋根を伝い移動を始める。

 ポケットから取り出した携帯電話には、滅多に連絡を寄越してこない知人(・・)から、一通のメール。

 既読済みのそれに書かれた住所に向け足を進めながら、顔を顰めてぼやく。

 

「ったく、小心なんだか大胆なんだかさっぱりわかんないわさ」

 

 ビスケットがヨークシンを訪れたのはオークションのためだ。と言っても用があるのは競りに参加する方ではなく、その後にある。

 グリードアイランド。

 現在、大富豪バッテラが25本を所有するハンター専用のハンティングゲーム。それが、このヨークシンシティにおいて格式規模ともに最大のサザンピースオークションに、プロハンタージェイトサリの顧問弁護士によって7本出品される。

 そのグリードアイランドに、彼女は用がある。

 大富豪バッテラ自身は非能力者。彼に雇われたプロハンターあるいはアマチュアが、グリードアイランドに挑戦する。ネットの告知を見た彼女は、その選抜のためにこの地を訪れていた。

 連絡をもらった直後に居場所が判明するという締まりのないやりとりがなんとも彼等らしい。なんだかんだと律儀なので一応、かし「いち」は「いち」と数えてくれるだろうがなんともやり辛いとため息をひとつ。

 彼女からの頼み。従業員の確保。

小動物みたいに小心なくせに妙に大胆になる、そばかすだらけの男の顔を思い出す。へらへらして締まりのない顔をしているけれど、おそらくあの主従(・・・・)のそばでまともな思考をしていられる稀有な人間だ。

 

「あー…わかったわさ。あれだわ、ハムスター…」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 夜の帳が捲れヨークシンシティの喪が明ける。

 街を舐めるように走る煙と炎が沈下され、ビルの谷間から太陽が顔を出す。

 セメタリービルを中心にした騒動は、主犯である幻影旅団が鏖殺されたことで落ち着いた。深夜を回ったころからオークションは通常通り開催。十老頭も観覧し参加者はみな張り切った様子で競りに参加。無事、最終の品まで競り切ったという。

 セメタリービルから2kmは離れた高層ビルの上で、情報収集に開いていた携帯を閉じる。

 あの極悪極まりない集団がそう簡単に殺されたとはにわかには信じがたい。相対したことがあるから余計に。

 しかし、実際に死体も回収されているという。マフィアに雇われる念能力者は多い。彼らならば死体が偽造されていても聡いものなら気付く。ということは、本当に死んだのだろう。

 深く大きく息を吐く。

 

「障害のひとつは片付きましたが、さすがに彼はちょっともったいなかったですね」

 

 思い出すのは、たった二回しか会ったことがないにも関わらず、警戒心もなくほいほいと自分についてきた平凡そのものの男。

 かねてより目をつけてはいたが、こうも上手くいくものかと内心高笑いを上げていた。しかし、旅団によってそれをあっさり失うことになる。

 

「また、仕込みなおさないといけませんね。ああ、折角あのお嬢さんの絶望に歪む顔が見れると思ったのに」

「そんな機会はもう訪れないから安心しろ」

「ッ!?」

 

 風が体を貫いた。

 そんな気がした。

 衝撃に目を白黒させ、ゆっくりと視線を胸に落とす。

 

 紅い薔薇が美しく咲いていた。

 

 自分の胸を貫く紅く鋭い矛先。

 じわじわと紅に侵食されていく胸部。

 

「な…な、な…ぜ?」

「何故?」

 

 意味が分からない。なんだこれは?どうしてこんな風に?俺の、体がっ!!

 矛先がゆっくりと横にスライドしてく。その先は、その先は駄目だ。そんなことされたら…!

 

「死んでしまう!」

「生かしておく気はないから、気にするな」

 

 恐怖で目の前が真っ赤に染まる。恐ろしくて恐ろしくて、矛先を握りこんだが、それらはまったく微動だにせず、まるで嬲るかのようにゆっくりと横にずれていく。

 口から血の泡が溢れる。口内が血の味で満たされる。死が近づいている。足音が、じわじわと、じわじわと。

 

「嫌だっ、や、やめてくれ!」

 

 応えはない。

 相手が誰だかわかっているのに、振り向くのが恐ろしい。

 振り向いて懇願すればいい。

 助けて、殺さないでと。

 けれど、首が固定されたかのように動かない。

 許しを請うことができな――――――――――――。

 

「―――――――――――」

 

 

 

 

「黙って土竜に徹していれば、見逃してやっていたのにな」

 

 

 

 

 

 

 

 




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