百万大図書館   作:凸凹セカンド

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貸本屋、弄る

 

 

 

 

 

 

 小柄な人影は少女だった。可愛らしいその少女は、いつも半分が開かれている「百万図書」の引き戸を粉砕する勢いで突撃してくる。

「いまなら、いけるっっ!」

 きらり、と狩人の目をした少女はそういって視界に納めた店主に狙いを定める。

 クロロは、その少女が念の使い手であることに気付くと、すぐさまシェスカの前に陣取った。達人と呼んで差し障りない流れるような纏に感心するとともに警戒する。

 少女は、自分の視界に納めていた店主にかわり、黒髪の青年が前を遮ったことに踏鞴をふみ、まるで車のブレーキをかけるかのように地面を擦って止まった。

 じろじろと、値踏みするかのようにクロロを見る。

 クロロも、いつでも動けるように、少女の動きに注視する。

 すると、少女は幾分もしないうちにふるふると体を震えさせ始め、拳をぎゅうと握り、歯を食いしばる。ギッ、と睨むようにクロロを見据え―――。

 

「ディルムッドに続いてこんないい男をっ!!く、くやしくなんてないんだから!!でも、どっちか寄越すだわさぁぁぁぁ!!!」

 

 力いっぱい叫んだ。

 

 

 

 

 

 貸本屋、弄る

 

 

 

「ビスケ…五月蝿いわ。騒ぐなら閉店後に来て頂戴」

「すっごい冷静、流石店長」

 ムーディは流れるような突っ込みの店主に思わず拍手をした。

 離れたところで全体を見ていたため、ムーディからは三人それぞれの様子が見えていた。

 クロロだけは、変な雄たけびに頬を引き攣らせはしたが、まだ目の前の少女が危険でないのか判断がついていないため警戒をといていない。

「ルシルフルさん、大丈夫です。店長の友達ですよ」

「友達じゃないわさ!」

 ムーディが二人の間に入ろうとすると、すかさず少女が反論する。

「えーっと…知人の方です」

 めんどくせぇ、と目が語るが、言い直してクロロに紹介する。

「ビスケット・クルーガーさん。たまーに来られるんです。店長とは長い付き合いらしいです」

 そうは紹介されても、第三者が変装しているということも考えられるため、一応シェスカに声をかける。シェスカは面倒くさそうに頷いた。気配でそれを察したクロロは、許可が下りたので横にそれる。

 少女、ビスケットの視界に、ようやく店主が現れた。

 店主はすでに少女から興味をなくしているのか、いつものように本を開いている。

 ビスケットはシェスカを認めるとずかずかと勇み足で近寄り、ずずいっと顔を寄せる。鼻先が当たるのではないかというくらい近づいているにもかかわらず、本から視線を上げない。男二人が妙なところでぶれないな、と関心していると、その反応にビスケットの額に青筋が走る。

 口を開きかけるその前に、目線をあげたシェスカの視線と絡んだ。

 

「折角何匹も猫を飼ってるのに、見せる暇が無かったわね」

「うぐぅぅっ!」

 

 ビスケットは妙な悲鳴を上げてうな垂れた。

 

 

「……えーっと…仲いいんだな」

「ええ、仲良しさんですよ」

 

 その一連の流れで、クロロは彼女等の関係を理解した。

 

 

 

「ムーディ、奥にいるから。ルシルフル、ビスケがいるから護衛はいいわ、本を読んでいてもいいからムーディと一緒に店内にいて頂戴。いつもディルムッドがやってることの延長をしてくれたらいいから」

 そういって店内から姿を消す二人に、クロロは手を振って応えた。

 そう長くもない廊下を二人で移動する。ビスケットは先ほどからクロロのことが気になるようで、扉が閉まるその瞬間も視線を逸らすことはなかった。

「気になるの?」

「いっちゃなんだけど、危険だわさ。どういった人間かわかっているんでしょうね?」

「常連客よ。私に借りがあるから、ちょっと手伝うように言ってるだけ」

 ダイニングに着くと、ビスケは当然のように一人がけのソファに座り、シェスカは珍しいことにキッチンに足を向けると、インスタント珈琲の缶を手に取った。インスタントなところにシェスカらしさを感じたビスケットは、相変わらずのずぼらさに呆れた顔をした。これが護衛の槍騎士なら、ちゃんとサイフォンで淹れてくれるのだから、見習えばよいのに。

 

「……ハンター協会の爺から連絡をもらったわ。随分危険な真似したと思ったら…あんなイイ男どこでみつけてきたわさ。寄越せ」

「だから、ただの常連よ。勝手に口説きなさい。ディルムッドがいないから番犬の真似してもらってるの。それより、なんで貴女に連絡がくるのよ」

 インスタントの粉に湯を注ぎ、ぐるぐるとスプーンでかき回すと、それを両手で持ち片方を少女に手渡す。

 ビスケットはマグカップを受け取ると、それに口をつけた。

 インスタントらしい味がした。

「爺が直接見たのよ。あと二十年若ければ戦いたかったらしいわよ。…あの爺は爺で人外だわさ、その人外でもディルムッドには勝てないでしょうけどね…。そんな人間がいたら、普通調べるのは当然でしょう?それが良識のある人間ならよっぽど囲いたいわさ。それで、あたしと面識があることがわかって連絡がきたのよ」

「それはまぁ、プライバシーの侵害と訴えてもいいのやら」

「察しなさいよ。アンタねぇ、自分がどんな人間を傍に置いてるか、理解してるの?そのお陰でこんな危険人物ホイホイな店舗で悠々自適に過ごせてるって言うのに」

 シェスカは無言で肩を竦めた。

 ビスケットはむっとして唇を尖らせ、形のいい眉がきりりとつりあげる。

「まったく!こんな店ディルムッドの顔を見に来るためじゃなければこないっていうのに、たまに見に来てみればこれだもの!罰当たりな奴だわさ!アンタそんなんじゃいつか刺されるわよ!?」

「私が刺されるかもしれないから急いで来てくれたんだ。ありがと」

 

 ビスケットは瞬間沸騰し撃沈した。

 

 

 どこかで悪魔の笑い声を聞いたと、後に常連の一人は語る。

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 トリックタワーの1階。

 早々にタワー攻略を果たした雲隠流上忍のハンゾーは意気揚々とゴールを果たし、扉をくぐった。

 これは時間的に絶対に一番乗りだろうと、得意げな気分でいると、すでにゴール地点には先客がいた。

 先客は、24番ディルムッド、301番ギタラクルの二名。

 ハンゾーはその二人を見て鼻白んだ。

 大人気なく不満そうな顔をして、とりあえず二人から遠い場所に移動する。

 二人とも特にハンゾーに興味を持った風でもない。彼としては301番と仲良くしようとは思えないので別段構わないのだが、まともそうな24番に視線すら寄越されないというのは上忍としての矜持がいたく刺激される。そっちがそんな態度なら、こっちだって相応の態度があるんだ、と彼は自分勝手な自己完結をし、これから一切相手をしないと決めた。決して彼の容姿に嫉妬しているわけではない、絶対だ。

 そうして視線を誰とも合わせないまま壁際に移動して初めて、そこに二人以外の先客がいたことに気付くと、盛大に頬を引き攣らせた。たゆまぬ訓練が、彼が情けなく悲鳴を上げることを阻止した。努力は報われると、妙な関心をすることになったが、今はそれどころではない。

 

 埋まっている。

 ものの見事に埋まっている。

 

 そこには壁に3センチほど埋まった、44番ヒソカがいた。

 

 

 ハンゾーは思わず後退る。

 誰がどう見ても今試験でもっとも危険視されている受験生のヒソカ。その彼が、気絶しているのか、気配が薄い状態で壁にめり込んでいる。

 何がなんだかわけがわからず混乱したハンゾーは、あたりを見回した。

 

 そこで初めて視線が絡まる。

 

 24番ディルムッド。彼の視線は一直線にヒソカに向かっている。よくみれば、ゴール地点の床の一部がところどころ砕け、ここで戦闘があったことを如実に語っていた。

 そしてハンゾーは、ディルムッドの姿を改めて見て驚愕に目を見開いた。

 彼の手に握られていた長物が獲物であることは理解していたが、それを隠すように巻かれた布の下から、あのようなものが出てくるとはハンゾーは予想だにしなかった。

 

 ―――――槍。

 

 彼が知るどんな槍にも該当しない、恐ろしいほどの気配をもつ紅い槍。

 

 ――――ああ、ああいうのを、魔槍っていうんだな。

 

 槍の魔力に、ハンゾーはしばし見蕩れ、結局ヒソカのことを言及することをすっかり忘れ、真実を突き止めることはできなかったのである。

 

 

 

 呆けたようにディルムッド否、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を見つめるハンゾーとは別に、301番ギタラクル、本名イルミ・ゾルディックはこちらも視線を合わせないように努力しながらディルムッドを警戒している。

 パドキア共和国、ククルーマウンテンに居を構える暗殺一家ゾルディック家の長男であり、依頼があればどんな人物でも殺す暗殺者。

 そんな彼だが、父親から言いつけられている言葉がある。

「蜘蛛には関わるな。貸本屋には手を出すな」

 彼の父親は貸本屋「百万図書」店主の殺害を依頼された際、その貸本屋の護衛に暗殺を阻止された。相対した護衛の異常性に気付いた父親は、依頼の取り消しがあったあと「貸本屋には手を出すな」と彼も含めた息子達に警告した。

 実際に見ていないイルミには父親のいう「異常性」とやらがいったいどんなものなのかわからなかったが、今試験で実際に本人を見て父の言葉に従うことを決めた。

 自分がかつて、彼の主人を暗殺しようとした一族の人間と知れたらどうなるか…嫌な汗が背中を伝う。弟キルアが馬鹿正直に彼の前で自分の家名を名乗らないといいのだが、今は隠れて試験を受けている身だ、警告することもできない。

 

 ちらり、と壁と友達になっているヒソカを見て、ああはなりたくないな、と胸中ごちた。

 

 

 その後も、ぞくぞくと受験者たちが降りてきてはヒソカを見て悲鳴を上げるか、顔を引き攣らせるという現象が続き、今度は起きたらおきたで不気味な笑い声をあげるヒソカに、受験者達は気が気ではなかった。

 

 

 

 気が気ではないのは何も受験者ばかりではない。

 44番ヒソカ、301番ギタラクルという凄腕の念能力者を尾行しなければならない試験官たちは、いつかその矛先が自分達に向くのではないかとはらはらしながら追いかけていた。残念ながら、プロハンターであるにも関わらずあまり彼等の腕はよくないらしく、二人に早々に気付かれた。気付いていたが、放置された。そのことに試験官たちは胸をなでおろした。

 24番ディルムッドもまた、試験官を好きにさせていた。

 ただし、ターゲットを狩ってからは、霊体化させてもらうつもりなので撒く気満々である。

 ヒソカと拳を交えた彼は、この四次試験で絶対にかち合うことがないようにと気合をいれた。

 ディルムッドの生きた時代に、男色文化は広く根付いていた為、どちらもいけるという人間を見てきてはいる。見てきているが、あんな猟奇的な変態はいなかった。根本的に相容れないと早々に悟った彼は、とりあえずできるだけ接触をさけることにした。

 それならやはり霊体化が一番確実である。

 

「プレートを貰い受けよう」

 

「よりにもよってアンタかよ!」

 

 狙うターゲットは、294番。

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

「付き合いが長いって彼女いくつ?」

「さあ?女に歳は聞かないものだ、ってディルムッドさんが言ってたもので」

 

 見た目通りの年齢じゃないってことか、まあ念能力者だしな、と納得する。振り向いたムーディも情けなく眉を下げていた。

 

「なんとなーくなんですけど、ルシルフルさんたちと同類ですよね?」

「へぇ、気付いてたんだ」

「そりゃーいろんな方が来ますから」

 

 一流の念能力者ともなれば、その雰囲気も強者のそれになることが多い。ディルムッドという規格外が傍にいて、クロロという常連の気配に慣れれば、それとなく気付くこともできはするのだろう。

 

「ビスケさんも、ここが開店してからたまにディルムッドさん目当てに来店されますけど、もうここ5年以上姿が変わってませんから、気付きますよ」

「あー、寧ろそれで気付かなかったら相当鈍いよね」

 

 ムーディの脳裏に、ディルムッド相手に体をくねくねと奇妙に動かす少女の姿が浮かぶ。しかし彼女はディルムッドに対して誠実で、恋する乙女というには、落ち着き払った態度は寧ろムーディより年上に見える。真実そうではないかと半ば確信していたりする。

 

「まあ、いいんじゃない。シェスカは敵が多い。それは彼女が好きで作った敵ではないけど、味方が多いに越したことはないしね」

「ルシルフルさんも、手伝ってくれますしね」

 

 ムーディの無邪気とも取れる言葉に、クロロは意味深に微笑むだけで、答えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これでクロロがビスケと仲良しだと、クロロがただのロリコンにしか見えないという、ね。ヒソカは喜んで対応しそうだけど、同属嫌悪とか覚えそうだなぁ。

ビスケさん、ツンデレ。需要などがあるかは謎です。

ビスケさんはチャームにかかっても、実年齢あれだから、結構落ち着いてそう、という勝手なイメージ。なのでディルムッドも邪険にしたりしないと。

さくさく試験は終らせます(・ω・`)ディルムッドのSAN値ががりがり削られてるから(笑)

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