君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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ど!


第十話 「二人の男」

 あと一ヶ月で初めての高校生活が始まる。

 ドキドキ、ワクワク。さまざな感情があるのは、初々しさも重なって少し気恥ずかしい。嬉しさ半分、楽しみ半分といった具合だ。

 高校──それは少しだけ大人になれるステージだ。けれどあんまり予想ができないのが、逆に少しだけ楽しみでもある。

 一体どんな生活なんだろう? 考えるだけで、胸がざわざわと騒がしくなった。きっとこれから、たくさんのことを経験するんだろうな──。

 

「しかし、姉さんも勝手だ」

 

 そう、勝手だ。姉さんは既に合格を貰っていた高校の入学手続きを取り消し、勝手に私をIS学園に入学することを決めていたのだ。元の高校に問いかけてはみたが、細かな詳細のことは教えてくれなかった。予想だが、きっと姉さんが何かの圧力をかけたんだろうと思う。

 姉さん──篠ノ之箒のことはよく分からない。箒は正直にそう思っていた。家を出て行った時も分からなかったし、おままごとをしている時だって──。

 

「けど、姉さん……」

 

 ──姉さんは、優しい人ではないか。

 どんな時も、箒姉さんは分からない人だった。けれど姉妹だったから、家族だったから、私はその優しさを知っていた。だからこそ、今回のことは少し嬉しかった。

 IS学園に何故入学させようとしているのか──それを問いかけた時、姉さんは『安全だからだよ』と言ってくれた。

 何故今になって帰ってきたのか──それを問いかけた時、姉さんは『家が心配だったから』と言ってくれた。

 私はな? 姉さん。本当に嬉しかったのだ。また一緒に暮すことが出来ることが、本当に……。

 

「でも、それは……一夏にとって……」

 

 なんなのだろうな、私は。

 誰よりも大好きだった姉よりも、血の繋がりも無い幼馴染のことを優先してしまうなんて、駄目な女になってしまった。

 細く溜息を吐いた箒。

 彼女の中に潜む悩みは、日に日に大きさを増していた。

 

 ◆◆

 

 ──しなやかに、かろやかに──

 

 朝の道場──。

 今日も一夏は欠かさず鍛錬をする。

 朝の道場は静かで穏やかで、伽藍堂のよう。

 一夏はこの静かな空間が好きだった。鍛錬をする者にとって、こんなにも適した場所は他にない。だから素振りにも自ずと気合が入っていた。

 

「なあ、おいヨー」

「んー? なにヨー」

 

 振る手は止めず、背後の重吾に語りかける。

 彼は今日も一夏の鍛錬を見ながら、道場の床に寝そべっていた。彼曰く、冷んやりとした道場の床が好きらしい。

 

「お前、父親はいないのか?」

 

 素振りが100回目に到達──残り50回。

 

「知らな〜い。聞いたことないんだぁ〜」

「ふーん……」

 

 惚けた会話だった。中身は何も無い。ただ敷居を広げていくだけの、空気の抜けた風船のような会話。そこに目的がある訳でも、暇潰しがある訳でも無い──。

 一夏は半ば無心で竹刀を振り続けた。どうも最近、体の調子がおかしいと感じる。前から続いていた調子悪さだが、束と重吾が来てから、その不調がさらに酷くなった気がする。

 一夏は元より、外からの影響を受けやすい体質だった。

 あれは何年前のことだろう?

 一夏が一度、転校をした時のことだ。仲の良かった友達と最後の別れをし、いざ次の学校に転入した途端、原因不明の高熱を出して暫く休校したことがある。姉の織斑千冬は発熱の理由を知っていたらしく、時折一夏をよく心配してくれていた。けれど根源をよく理解していなかった一夏には、どうせ風邪のようなものだろう──そんな風にしか思えなかった。

 だが──この心地の悪さはあまり無視できないものである。どうにか出来ることなら、この気分の悪さは払拭したいと思っているし、長引くようならマズイとも考えている。ずっと続けていた鍛錬に支障をきたすならば──すぐさま解決すべき問題だとも、思案している。

 そうして素振りを最後まで達成させた一夏は、寝転がる重吾の横に置いてあったタオルを手に取り、かいた汗を拭いた。様を重吾が見ていたが、特に何も無いようなので声をかけることはしなかった。

 タオルを肩に掛けた一夏は道場の出口に足を向ける。竹刀は私物なので、別に片付けなくてもいい。それに道場を使う人間なんて、一夏以外に誰もいない。

 出入り口の戸に手をかけ、振り返る。

 

「もう出るぞ。早く来い」

 

 と。床から起き上がった重吾が、飼い犬のような機敏さで一夏の元にやってきた。

 一夏はそれに出入り口を開け、そして敷居を跨いで外に出た。後ろから重吾がそれに続いて出てくる。

 鍵をかけ、しっかりと戸締りの確認し、道場を後にする一夏。空を見て時間の経過を確認する。空の色は薄い暗がりの膜が張ってあった。だいたい推測するに、道場で鍛錬をしていた時間は二時間半といったところか。

 視線を戻すと、いつの間にか重吾が目の前にいた。

 ニコニコとしたその笑顔は、この家に来てからずっと見続けているものだ。

 一夏は言った。「邪魔だよ」

 しかし、何事も無く横を通り抜けようとした一夏のことを、井伊月重吾は焦ったように止めた。「ま、待ってよ!」

 

「な、なにさ……」

 

 意外だった。

 一夏は、こいつもこんなに焦ることがあるんだと思った。

 

「あのさ……お母さんのことなんだ……」

 

 口中苦そうに、重吾は言う。

 ジッとその様を見た一夏は、重吾の視線の泳ぎの中に、一夏に対しての配慮が在ることに気が付いた。

 

「……別に怒ったりしないさ」

 

 言い、一夏は重吾の肩をポンと叩き、そして追従の意を示して歩き出した。肩を叩かれた意味を理解した重吾は、しっかりと一夏の横に並んで歩く。

 彼は迷っているようだった。時たま視線をこちらに向けるも、喉に何かがつっかえたように言葉を詰まらせている。

 一夏はそれに、重吾なりの考えがあっての苦悶だろうと見て見ぬフリをし、彼がその言葉を吐き出すまでを静かに待った。

 

「──……ごめんね、一夏くん」

 

 なんて──重たい言葉だろう。

 一夏は彼の口から零れたその言葉に、自然と力んだ。

 あまりにも重く、そして想いの詰まった言葉は、他には無い不滅の言葉だろう。

 彼──井伊月重吾が紡いだ言葉の意味は、単純であるからこそ深く、単純であるからこそ強いもの。

 重吾がここにきてからの五日間。彼はもしかするとずっとこれを言いたかったのかもしれない。そう思うと、何故だから無性に篠ノ之箒に怒りが募った。自分では言わない言葉を、代わりに自分の息子に言わせてやるなんて、なんて卑怯な奴なんだ。そう思ってしまったから、だから──。

 故に、一夏はその言葉に対しての返事は決まっていた。これを紡いでくれた重吾に対しての、僅かばかりの敬意を払いたかったから、お礼にその言葉を聞かせた。

 

「別にいいよ、"重吾"」

 

 こんなこと、最初で最後だ。仲良くなりたいだとか、そんなことは別だ。織斑一夏は井伊月重吾という人間性が素直に好きだと感じたから、彼を名前で呼んだのだった。

 

「お前は、優しい奴なのかもな」

 

 そうして重吾を見ると、彼はいつもの元気な笑顔で笑っていた。




続く
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