君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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遅く、遅く


第十三話 「わからないからやめよ」

 いったい何度──叩きのめされただろう。

 朝から昼にかけて続けた、千冬との鍛錬。

 それに何度、歯を噛み締めただろう。

 

「まだまだ遠いな」

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 竹刀を担いだ千冬から浴びせられた言葉。

 疲労で消耗した身体にはあまりにも重く、胸に突き刺さる。なんて悔しいんだろう。

 竹刀を杖に、膝をついた状態から立ち上がった一夏は、千冬と同等の目線になる。凛とした姉の双眸と、己の両目を対峙させる。

 

「もっと手加減してくれたっていいだろ? 千冬姉」

 

 鬼のような千冬のしごきに文句を零す。

 しかし千冬はそれを鼻で笑った。

 

「男なら耐えてみせろ」

 

 ひゅっ──と竹刀を投げた千冬。

 彼女は綺麗に回転しながら落下してきた竹刀の握り手をタイミング良く掴み、その先端を一夏に突き付けた。

 空唾を飲んだ一夏は、苦々しい顔で竹刀の先を見つめ、その先端を指で押し退ける。いつもこうだと、溜息を零した。

 

「古臭いんだからさ……もう」

 

 得意げな千冬の雰囲気に苦笑し、一夏は壁の端へと座り込む。次いで千冬も隣に腰を下ろしくる。

 乾いた喉を潤すため、用意していた緑茶を飲んだ。心地良い清涼感が体の芯まで通り抜けいき、火照った体が歓喜に震える。

 鍛錬に付き合ってくれた千冬にも緑茶を渡した一夏は、不意にその話を切り出した。ずっと聞きたかったことだ。

 

「束さんはさ……なんで箒をIS学園に入れることに意固地になってるんだ? あの人と仲がいい千冬姉なら……その、知っているんじゃないか?」

 

 その問いに、ピタリと千冬が緑茶を飲む手を止める。それにより静かな波が空間に押し寄せ、重く冷たい空気が漂い始める。

 

「そりゃあ、箒は開発者の妹だし、いろんな融通が利くのもわかるさ……。でも、嫌がってんだ。あいつ、あんまり人にそういうこと言わないタイプだからさ……心配で」

 

 緑茶が注がれた紙コップに視線を落とす。

 千冬はふむ、と緑茶を飲み、空になった紙コップを置いた。

 ふわり──とした風が流れる。

 重苦しい雰囲気の中に通り過ぎた風は、あまりにも心地良く、一夏は自然と微笑んだ。だから、落ち着いた。

 

「……説得とか、出来ないか?」

 

 ──束をどうにかできないか?

 一夏が言いたいことはそういうことだった。

 

「無理だな」

 

 しかし千冬はあっさりと、そしてばっさりとその頼みを斬り捨てる。

 取り付く島もなかった無慈悲さに、一夏は思わず変な声を漏らした。「うぐぐ……!」

 

「諦めろ」

「そっか……」

 

 こういう時の千冬を説得するのは無理だ。何度かこんなことがあったからわかる。きっと頑固さとは違う思惑があるから、千冬は自分の頼みを断るのだ。

 少し悲しくなったが、仕方がない。姉の言うことは絶対だ。一夏は千冬に育てられてきたから、変に逆らうことに躊躇いがあった。

 自分を出せよ、一夏──。

 そういえば昔、何でもかんでも言うことを聞いていたことが、初めて箒に怒られた理由だっけな……。

 ふと思い出した記憶に口元を引き締め、一夏は納めていた想いを再び再燃させた。押し込んだ「気持ち」を引っ張り出し、千冬に向き直った。

 

「でも俺──箒と離れるの、嫌なんだ」

 

 その言葉は、静かな空間には良く響いた。

 千冬は少しだけ驚いたようで、ほうと抜けた声を漏らす。

 一夏はそんなに千冬に、必死の視線を送った。

 

「……駄目、かな? 束さんに何とかしてもらうことって……説得って無理なのか?」

 

 何かを考え込む千冬の顔を見つめながら、一夏は何とかならないかという意思を示す。これが最後だと、何とかしてほしい気持ちを前に押し出す。

 箒とはずっと一緒に成長してきたのだ。もちろんこれからも、ずっと一緒にいると思っていた。なのに、こんなにも簡単に別れてしまうなんて、それは嫌なことだ。どうか、どうか──。

 顔を持ち上げた千冬が、ゆっくりとこちらを向いた。

 姉の冷たい瞳に喉を鳴らした一夏は、高鳴る心臓に眉を寄せ、発するであろう言葉を待った。

 

「馬鹿めが」

「うっ……」

 

 短いが、端的だ。

 即ち、「無理だ」──ということだ。

 やはり駄目だったと、一夏は思った。千冬を説得するのは無理であると、改めて実感した。

 

「お前も来るのだぞ?」

 

 しかし、次のその言葉で頭が変になりそうになった。

 

「来る? はい? 何が? え?……え? よく分かんない」

 

 定まらぬ思考に慌てふためく一夏。

 千冬はそんな弟の姿に溜息を吐くと、横に立て掛けていた竹刀を取り持ち、それを振り落とす。

 

「痛ぇ!?」

 

 一夏は突然、頭に生じた痛みに悲鳴を上げ、弾けたように千冬の方を見た。睨んだ。

 

「なにさっ!」

「お前も行くと言っているんだ。それぐらい理解できることだろうが、一夏」

「でもIS学園は女子高だって……」

「それは女にしかISが扱えんからだ。性別の縛りなど元々あの学園には無い。動かせればいいんだよ、要は」

「はいィ……?」

 

 口をひん曲げ、無理矢理の思考をした。

 千冬は自分もIS学園に連れて行くと言っている。しかしIS学園は実質女子学校みたいなものだから、そんなことは出来る訳がない。けれど千冬はISを動かせればいいと言っていて、自分を混乱させてきている。

 つまりなんだ? 俺はISを動かさなきゃいけないのか?

 と。そこで思わず笑ってしまった。あまりにも可笑しくて、肩を震わせた。

 だってISは女性専用の武器なのだ。男は動かせない。どうしたって解決方法が無い、完成された欠陥品なのだ。

 けれど、千冬の目は真面目だった。

 お前なら出来る──とでも言いたげな瞳だ。

 一夏はそれに少しだけ嬉しくなったが、それでも分からないことだらけで顔を顰めた。千冬はたまにこんな事を言うから、理解するのに時間がかかる。

 

「とりあえず、よく分かんないや」

 

 困ったので話を切り替えようとした。

 けれどやはり姉弟とは凄い。

 

「逃げさせはせんぞ?」

「うえっ……!」

 

 千冬は即座にそれを見破って、一夏にデコピンをした。

 ううむ、と唸った一夏は、痛む額をさすりつつ、話を再開させた。

 

「でもさあ、ISは女の武器だぜ? それがどうして、俺に動かせるだなんて言うんだよ」

「別に難しく考えなくていい。乗って動かす。ただそれだけだ」

「それが出来ないのがISだろ? 命令したって言うこと聞いてくれる訳ないじゃないか。犬じゃないんだ、機械はさ」

 

 どうやら千冬には絶対の自信があるようで、全く否定の言葉を吐き出さない。

 一夏は少しも理解できない姉の考えに、ただ頭を傾げる。姉を解するのはもはや不可能だと諦めた。

 

「わかったよ。俺がISを動かせば、万事解決……そう言いたんだろ? やってやるよ」

「ああ。期待している」

「簡単に言ってさあ……」

 

 小さく溜息を吐き、一夏は口を曲げる。

 はてさて、これからどうしたものか。

 最初の質問からかなり離れた気がするが、これ以上このやりとりを続けても何も変わらないだろう。箒のことは、自分が何とかしてみせる。彼女への気持ちは、きっと変わらないだろうから──

 

「──……ああ。そういえば、一夏よ」

 

 唐突に名を呼んできた千冬に、一夏は振り返る。「なに?」

 こちらを見つめる千冬と目が合う。変わらずの眼差しと視線が交錯する。

 千冬は少し間を置き、再び言葉を紡いだ。

 

「井伊月と打ち合ったことがあるか?」

「打ち合う?」

 

 小首を傾げ、眉を寄せた。

 

「試合だよ。あいつは強いからな。良き練習相手になったろう?」

 

 少し、理解するのに手間取った。つまり千冬は、井伊月重吾と試合をしたかどうかを聞いてきている。

 しかし彼とは試合を交わしたことは無い。だから一夏は首を横に振った。そうか、重吾は強かったのか。

 あまり想像の出来ないそのスケールに一夏は顔を顰める。どうにも彼の強さが想像できないから、千冬の言葉もすぐ染み込まなかった。重吾はいつだってぼやっとしてる奴だったから、本当かどうかも怪しい。ここに来てからの二週間。彼はずっと呑気だったから──

 

「うーん……そうだったんだな」

「なんだ? もしや経験が無いか?」

「だっていつもあいつ、俺の鍛錬を見てるだけだったから……」

「……ふむ。そうか」

 

 何かあるな──。

 一夏は目を細めた千冬にそう思った。

 

「その目、何考えてるのさ」

「……いや、気にするな」

 

 ほら、これだ。いつも千冬は秘密にする。

 一夏は悶々とする気持ちに口元を結び、千冬をジッと見つめた。千冬は何も動じない様子で、こちらを見返している。

 

「頑固なんだから……」

 

 呟き、一夏は苦笑した。

 

 

 ◆

 

 

 少し寒いかな──。

 そんなことを独りごちながら、重吾は目を閉じた。

 少ない量だが、風が吹いている。

 季節は春になろうとしている時期だが、まだ冬の色は濃い。何も羽織っていない体にはとても冷たい風だ。

 

 気持ちいや……。

 

 けれど心地が良かった。

 重吾は冷たい風でも楽しめた。冬の冷たさが初めての感触だから、寒いなんてものは二の次で、珍しい感覚が楽しくて仕方がなかった。

 今いる場所は木の上である。

 大きく成長している木だ。

 よじ登るのに時間がかかった。

 木はかなり大きく、現在座っている木の枝から景色を見れば、篠ノ之家や他の山々が一望出来た。これもまた、楽しい。

 

 世界は広い。とても広い。

 知らないことばかりに満ちていて、全てが宝物のよう。

 昔は流れ星が見たかった。外に出られなかったから、夜の宝石を見てみたかった。

 けれど、今ならなんでも見られる。全部を知れる。

 重吾は微笑んだ。

 あんまりにも自分が幸せだったから、幸福に震えた。

 

 さあ、明日はどんなことがあるのかな。

 

 口元が然りと緩む。

 重吾は己の境遇にはにかみながら、懐から「ルービックキューブ」を取り出し、

 

「ふ〜ん……ふふ〜ん♪」

 

 大切なそれをカチャリ──と回した。

 

「ねぇ〜? ───"マリア"」

 

 呟いた名は、冷たい風に流されていった。




続く
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