君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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なし


第十四話 「亡国企業」

 ざわざわとした喧騒が耳に痛い。

 一体いつから、この騒がしさを聞き続けただろう。

「世界のコト」を決める会議。

 そこに集まった数多のノイズ。

 それはやかましく吠える獣──人間達だ。

 彼等は何に怯え、そして怒っている?

 ずっと聴き続けた会話の内容は噛み合っていなかった。互いが互いの意見しか言い合わない、歪な会話だったからだ。

 

 それは聞いているだけで、不愉快になる音。

 怒りではなく、呆れも込み上げてくる。

 ナターシャ・ファイルスは座していた椅子から立ち上がり、護衛の相手だった各国の政府の代表が集う会議場を離れようとした。他の護衛者がそんな自分を見ていたが、止めようとする者が一人もいないのは、きっと同じことを考えていたからなんだろう。

 

「おいっ!どこへ行く!」

 

 出て行くその直前、政府の人間が呼び止めてきた。

 ナターシャはこめかみに違和感を感じながら、

 

「少しお花を摘みに」

 

 笑顔でそう返した。

 

「お、おい!」

 

 その人間はナターシャを追いかけようとしたが、横から割り込んできた男の言葉に怒り、再び無駄な会話を再開させた。

 

 ◆

 

 冬の風が心地良い。

 あそこに戻らず、ここに居たい。

 会議場から抜け出したナターシャは、一人、テラスで時間を過ごしていた。

 

「ふう……熱い方々ですこと」

 

 会議場の熱気を思い出すだけ、息が詰まるような気がした。邪念のようなものが、あそこには密集しているのだ。

 白塗りのテラスの柵に手を置き、景色を眺める。

 ホッと吐いた息は白く、風に流されて消えた。

 そういえばこの場所に来てからずっと気を張り続けていた。だからだろうか? 少しだけ体が重たい。

 ナターシャは近くにあったイスに座った。そして再び吐息を漏らし、疲れた心を癒してくれる青空を見上げた。

 空には、いつものように雲があった。

 白くて柔らかそうな雲だった。

 今日は風の強い日で、その雲は忙しくなく空を滑っている。速く、速く。

 ナターシャはそんな雲を見つめながら、胸に溜まっていた熱を静かに吐き出した。

 吐き出された息が、空と一緒くたになって溶けていく。

 ああ、暇だ。ナターシャは思い、瞼を閉じた。が、背後に気配を感じ、また開けた。空だけが映っていた視界に、誰かも知らない顔が入り込んでくる。一体誰だ?

 

「おやまあ、また見ない顔で」

「そちらこそ、どなたさん?」

 

 女性だった。逆光で顔が見えなかったのだ。

 その女性は、ケラケラと笑いながらナターシャの隣のイスに腰掛けた。妙に馴れ馴れしい女性である。

 しかし、ナターシャはさして気にしなかった。女性がどこかイーリス・コーリングに似ていたからだ。

 

「私はラージ・エレクトロさ」

 

 自己紹介をしたラージ・エレクトロ。

 彼女は自身の体を見せつけるように、二カリと笑った。

 

「あら? ラージ・エレクトロ? なら同じじゃない。私はアメリカ出身よ? ナターシャ・ファイルスと言うの」

「あ〜、国家代表かぁ……。まあ私は元だけど」

 

 知ってるさ。彼女は既に引退したラージ・エレクトロ。ロシア出身のラージ・エレクトロ。そして黒兎に襲われたラージ・エレクトロだと、ナターシャは知っている。

 彼女の体をよく見ると、所々に傷が見え隠れしていた。ひとつひとつが酷い傷で、何かで引っかかれたようなものもあった。

 ナターシャはその傷が付いた原因を少しだけ想像し──やめた。ご飯が食べられなくなるかもしれないからだ。

 

「いやはや〜、お互いよく知る人をヤラレましたなぁ」

「あ、ああ……そうよね。そうだわ」

 

 遅れた返事を返して、ナターシャは思い出した。少し前に起きた「戦争」を思い浮かべた。

 あれは酷かった──ああ、酷かった。

 地は焼かれて変わり果て、建物も焼かれて瓦礫に成った。小さな命も大きな命も関係無しに溶かされた。ほら見てみなさい。テラスから一望出来る景色を見てみなさい。まだ癒えぬ大地の嘆きが、そこには広がっているから──。

 ナターシャは視線の先に見える、乾いた大地を見つめた。

 ラージも、その視線を追って大地を傍観していた。

 

「何年かかるんだろうな……」

「治らないわ……深い傷だもの」

 

 しん、と静まり返る空間が、過去の悲劇を思い出させる。だからこそ、あの会議場で馬鹿話をする大人のことが無性に腹立たしくなり、鼻を鳴らしてしまった。

 

「人は……人よね……」

「うん?」

「変わらないから素敵だけど、それが癖になって駄目になっちゃうのよ……きっと」

「ロマンチック〜」

「悲しみよ。そんな綺麗なものじゃないわ」

 

 ふふ、と笑い、ナターシャは景色を眺め続ける。

 ラージは「だなぁ」と頷くと、何かを思い出すように遠い目をして空を見上げた。

 ──その時だった。

 サイレンが響いたのだ。軍で聞き慣れた音が、高らかに響き渡ったのだ。突然に、唐突に。

 

「警報じゃない? 敵を知らせる合図でもないわ?」

「いいや、敵が来たってベルだよ。アンタんとことココの場所じゃあ、音の鳴らせ方が違うんだ」

「なら急がなくてはっ!」

 

 互いにテラスの柵に身を寄せ、空を凝視した。

 このご時世、使う武器といえば決まっている。

 

「──……いたっ!」

「うえぇ……! ありゃ重量型じゃないかぁ〜っ。重いんだぞぉ、あれはさぁ〜!」

 

 悲鳴を上げるラージ。

 ナターシャは視界に捉えることができたISを睨みつけ、そして衣服を脱ぎ捨てる。冬の季節には少し厳しい、ISスーツの姿に早変わりした。

 ラージもそれに続いたが、構わずテラスの柵に登り、飛び降りた。まだ調子は良くないが、専用機を展開する準備をする。

 

「──ゴスペルッ!」

 

 愛機の名前を呼ぶと、途端、降下しながら感じていた風が止み、そして空中を漂う感覚が訪れた。専用機の〈シルバリオ・ゴスペル〉は間隔を空けず、操縦者の体へと纏ってくれ、ナターシャは手を握り締める。

 後から降下してきたラージも、既に専用機を装備していた。彼女の専用機の〈ガイア〉は、各部に潜んでいるスラスターをはためかせながら、空中停止を維持している。

 

「……お。やっこさん、気付いたか〜?」

 

 と。その言葉の刹那に、見ていた敵機とは別方角からの射撃が二人の間を通り抜けた。

 息を飲んだナターシャもラージは互いに離れ、ハイパーセンサーを展開させる。

 

「──……二機……いや、三機よ!」

 

 バシュウ──と他方向から二機の機体が空に上がった。それぞれが味方機の信号を出さない、敵の機体であった。

 ナターシャは一箇所に集まった、空で滞空する三機のISを睨み付ける。光信号も、回線も開いてこないところをみると、あの者共は完全に敵意だけでここに来たのだろう。

 ぺろり、と下唇を舐めたナターシャは、癪に障ると鼻で笑ってやった。「舐めているじゃない」

 

「おいおい、あいつらっ!? "亡国企業"のフォルムじゃねえかよぉ〜! なんでこう、立て続けに面倒ばっか……」

「亡国企業ですって?」

 

 ラージの言葉に、センサーをより強くした。それにより、目の前の透明モニターに拡大された敵機が映る。……ああ、これは面倒なことになりそう。

 小さく舌打ちをしたナターシャは、この場に存在する全ての護衛者に対しての回線を開いた。先に忠告をしておかなければ、足元をすくわれてしまうかもしれないからだ。

 

「気付いているでしょうが敵が来た! 亡国の奴らよ!皆さんはなるべく気合を引き締めてから来てくださいっ! あと──」

 

 と。有無を言わせぬが如く、躊躇いの無い狙撃がナターシャの元に向かってきた。

 はっ──息を呑んだナターシャは、間際の瞬間にこちらもエネルギーを放出し、向かってきたそれとぶつけた。相殺は出来たが、目の前で爆発したエネルギーの波が、体を強引に押してくる。ナターシャは呻き、機体を動かした。

 

「乱暴者めェ……!」

 

 ぐん、と引っ張られる感覚に歯を食い縛りながら、敵の真下に滑り込む。後方にいるラージは後から来た仲間を制止させ、状況の確認をさせていた。ならば良し──。

 

「出て行けばヤらないわッ」

 

 上にいる敵に向かい、牽制の意味を込めた射撃を撃つ。

 三機の敵はそれぞれ散開し、こちらをターゲットにしてきた。

 

「貴方達ぃ!」

 

 逃げることもしなかったのは、やはり敵意に染まっているから──何かの目的があるからだろう。

 だったらやってやろうじゃない!──〈シルバリオ・ゴスペル〉を加速させたナターシャ。

 彼女はまず初めに紫色のカラーリングをした敵に狙いを定め、アメリカで新開発された「ティンクル・ビット」を背面の翼の中から放出した。それぞれに識別反応機器が内蔵されたビット達は、忠実に敵へ向かっていく。

 が、その時だ。突然、攻撃を受けた際のアラームが鳴った。

 

「どこから!?──はっ! 後ろっ!」

 

 ハイパーセンサーが捉えてくれた映像に映るのは、まるで花のような小型機械だった。

 ナターシャはその写真を見、驚いた。だってあれはティンクル・ビットと同じタイプの遠隔操作型兵器なのだ。しかもイギリスが開発している〈ブルー・ティアーズ〉のものだ。いや、これは弟機のほうか?

 

「貴様、奪ったな! 情報を提供してくれた恩ある国の機体を! よくもォーッ!!」

 

 吠えたナターシャは、放たれるビット達の射撃を掻い潜り、紫色の機体にぶつかった。

 これで動きがとれまい!──細く笑んだナターシャは、後方から援護に来てくれた仲間達にジェスチャーを送る。

 

「おいおい! もろ共にィ!?」

「バリアがあるの! 忘れたの!?」

「う、おーりゃあ〜!! 知らねえぞォっ!」

 

 ラージが目を瞑って射撃した。弾頭の大きな、高威力のミサイルを放った。

 敵はそれを避ける為、バーニアを加速させる。

 だがナターシャが羽交い締めにしているから、動くことができない。

 このままいけば、互いにミサイルの餌食になるだろう。

 が、ナターシャは分かっていた。この敵が手練れの雰囲気を醸し出しているから、もう一つのジェスチャーをミサイルが直撃する直前に仲間に見せた。刹那──

 

「ナターシャ・ファイルスぅッ! 無事かぁ!?」

 

 爆発したミサイルの火球が、ナターシャと敵を呑み込んだ。




続く
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