君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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なふ


第十五話 「ミステリアス・レイディ」

 顔に装着するマスク越しに伺えるミサイルは、もはや回避出来るような距離ではなかった。それこれも、体を拘束してきた国家代表の所為である。

 

「あれを受ければ分解される……!」

 

 口中で舌打ちを漏らし、手短にあったビットを呼び戻し、それとミサイルを衝突させた。それによりダメージは無かったものの、爆発の余波が代わりに牙を向く。

 急激な圧力と、グルグルと回転する視界に歯を食い縛る。

 スラスターを無理矢理吹かせるが、ほぼゼロ距離と同じ近さで破裂したミサイルの爆風の強さは予想以上だった。機体のパワーが負けてしまっている。

 

「だから嫌なんだよっ」

 

 まだ調整も終了していないイギリスの実験機〈サイレント・ゼフィルス〉に悪態を吐きながら、いまだ胴体にしがみつく国家代表を見下ろした。──その時、

 

「──あはっ♪」

「な──こいつ……⁉︎」

 

 ぐん、と顔をこちらに向けた〈シルバリオ・ゴスペル〉に思わず圧倒され、呻きに似た声を上げてしまう。まさか、狙っていたのか──

 

「ラージさんッ‼︎」

「おうさよぉ!」

 

 下から接近してくる──いや、接近していた機体。両腕部にナックルを装着したその機体は、圧倒される我が身に向かって構えを取り、極大のバーニアを放出して、そして拳を放った。

 まずい──そう思った瞬間、背中に力が入らなくなり、次いで体が横殴りに吹き飛ばされた。まるでダンプカーに跳ね飛ばされたのかと錯覚してしまうほどの衝撃だった。

 

「あ、が……く──あぁ──ッ⁉︎」

 

 車窓から覗く景色のように流れていく空に目を回し、不愉快な心地悪さが咽喉元から込み上げてくる。暫くしてその景色の滑りが止まったかと思うと、いつの間にか体は瓦礫の中に埋もれていた。建物に落下していた。

 声にならない呻き声を漏らしながら、コンソールを操作する。操っていた〈サイレント・ゼフィルス〉の破損状況を、痛む体で必死に確かめる。すると、破損率は戦闘不可の七割に達しており、目を見開いた。

 くそ。瓦礫を退かし、口をすぼませて血を吐く。

 各部のスラスターを点火させ、機体を上昇させたが、やはり調子が悪く、滞空を維持しよとしても、ガタガタと全身の装甲が弾け飛びそうになって揺れ動いた。

 体のこともあり、少し思案した。思案して思案して──

 

「スコール。──私は退く」

 

 そして退却を決めた。

 

 ◆

 

「上手くいきましたね──って⁉︎ 腕、腕がっ‼︎」

 

 敵に向けていた視線を、役目を終えたラージに向けたナターシャは、グシャグシャにひしゃげたジャンクのような彼女の腕を見て、驚愕の声を上げた。

 ん? と眉を上げたラージは、

 

「これは義手だよ」

 

 と、言ってその腕を根元から引き千切った。

 ギョッとしたナターシャは思わず顔を顰める。破顔して笑うラージの顔を見て、さらに顰める。

 

「……あら? あの方、退いていくようですね」

 

 気を紛らわすように敵に視線を向けた時、丁度彼方に行方をくらませようとしていた瞬間だった。退く間際だった。

 ほう、と息を吐いたナターシャは、溢れた安堵に微笑む。だが突如〈シルバリオ・ゴスペル〉が何かを察知してアラームを鳴らしたために、その安心感は一瞬で消え去った。

 ナターシャは弾けたように顔を動かす。何がきたのだと視線を彷徨わせる。

 そしてその時、ようやく気付けた。

 足元に広がる火災。登り上がってくる火の柱。まるで大蛇の真っ赤な口を連想させる炎。いまにも体を呑み込み、その腹を満たそうとする真っ赤な炎の化け物。

 ナターシャは思わず呻いた。急くような速さで上がってくるその圧倒的な炎の光景に──恐怖した。

 

「なにやってんだ!」

 

 その声にやっと体が動く──が、遅い。

 登ってきた炎はナターシャを呑み込み、焼いた。

 全身を包んだ炎は、圧倒的な暴威だった。津波だった。必死でもがいても逃れることができない、息をすることも叶わない、そんな災害だった。

 

「熱量の……嵐──がっ」

 

 荒々しく鳴り響くアラームが、その危険性を報せる。

 ナターシャは必死で炎の渦に抗ったが、その獣は収まることを知らないかのように、荒れ狂い続ける。

 チリチリと皮膚が焼けていた。ISのバリアは正常だが、熱の高さが耐熱値を超えているのだ。このままでは焼け焦げてしまうのが目に見えていた。

 歯痒い──ナターシャは致し方なしと、我が身に〈シルバリオ・ゴスペル〉の銀の鐘を放った。それにより、ドシンと強い衝撃と痛みが生じたが、反動で体が吹き飛ぶ。炎の中から脱出できる。

 やっとこさ逃げ出すことができた外が、なんて涼しいこと。ナターシャは顔に纏わりついた熱を振り払いように、〈シルバリオ・ゴスペル〉のバーニアを最大で吹かせた。

 

「ナターシャ! ナターシャ・ファイルス⁉︎」

「無事ですっ! あったまりしたから」

「上だってば‼︎」

「上が?──って……えぇ⁉︎」

 

 見上げた先にあったもの──

 

「空に海⁉︎」

 

 空から降り注いでくる多量の水──いや、もはや海。

 ナターシャはその場からすぐさま離れ、そのすぐ後に降ってきた水のかたまりを見つめ、ゼーゼーと息を吐いた。

 

「火の次は海なんて……美容に良くない……」

 

 その水は地上へと着陸し、炎の渦と混ざり合った。

 見下ろして見るその光景は、圧巻の一言。

 対立する赤と青が互いを潰し合い、この空にまで蒸気が漂ってきた。流れてきた。

 

「さすが楯無だぜ」

 

 ラージが得意げに口笛を吹く。

 ナターシャは、轟々と叫ぶ自然現象から目を離せなかった。

 拮抗していたはずの二つは、いつの間にか水が優位に立っていた。荒ぶっていた炎を呑み込み、そして沈めていた。

 ナターシャがいる空域は、それにより集まった暖かな空気と蒸気の流れにより、気流が激しくなっていた。丈夫な〈シルバリオ・ゴスペル〉が、生み出された突風に囲まれてガタガタと揺れている。

 と。その時、ふと気付いた。

 すでに一緒くたになった、炎と水──そして地上。

 ごちゃまぜになったそこに、身に覚えのない人がいた。

 

「敵じゃない筈だけど……」

 

 この場所に来た仲間の顔は全て覚えている。誰一人欠かさず。

 しかし地上付近にいるその人は、初めて見る顔だ。身に纏うISは青色のカラーリングだ。髪も青だ。けれどやはり知らない。

 ナターシャは顔を顰める。ジッと地上を見つめるその少女の不思議な雰囲気が、なぜか心を掻き立ててくる。

 

「あれ、ロシアの代表です」

 

 隣にきたフランスの"パーニャ・ケルバン"が静かに耳打ちして教えてくれる。

 

「……あっ! 代表を引き継いだ子ね。思い出したわ」

 

 そうだ。そうだ──あれは更識楯無だ。

 ペロリと舌で唇を舐めたナターシャは、すぐさま機体を降下させて、いまだ地上を見下ろす楯無の横に並んだ。

 

「ナイスフォローね」

 

 ぽんっ、と楯無の肩に手を置く。

 彼女は振り返ると、ナターシャの顔をまじまじと見つめてから、

 

「当然のことをしたまでです」

 

 ──スッと微笑んだ。

 それにこちらも微笑み返したナターシャは、機体の破損状況を確認する為、手を動かした。

 脚部の辺りにあるコンソールパネルをタッチすると、目の前に〈シルバリオ・ゴスペル〉を立体化したホログラムが現れる。パーツの所々に赤いカラーが点滅しているのは、その箇所が破損しているというサインだ。隣では楯無も機体のチェックを行っている。

 上空から降りてきたラージが、ナターシャの肩に手を乗せ、覗き込むように〈シルバリオ・ゴスペル〉のホログラムを見に来た。むむむ、と唸りながら、じっくりと凝視してくる。

 

「腕部とブースターだな」

「補助スラスターで補いますよ」

「いけんのかい?」

「何言ってるんですか、だらしのない」

 

 ホログラムを消し、機体を上昇させる。

 

「私たち、国家代表じゃありませんか」

 

 ぽかん、としたラージに、楯無が肩に手を置く。

 

「ですって」

 

 軽く微笑み、「先陣、切りますね」そして敵との戦闘が繰り広げれる空域に飛翔していった。綺麗な飛び方である。

 

「腕の調子はいかがで?」

 

 機体のチェックが終わり、壊れた義手の取り付けを行っているラージに問いかける。

「んー」と眉尻を上げて返答したラージは、とても集中した様子で取り付けの仕上げに取り掛かろうとしていた。

 彼女が取り付けようとしている義手は鋼色のフレームで形成されていて、肩の付け根の接続部から覗く内蔵機器から、精巧なものであることが判る。開発元がロシアとの、製造番号と記号が刻み込まれていた。

 ラージが義手の接続部と、肩口に取り付けられた嵌め口とを合わせ、そして強く押し込んだ。するとガチャと何かがはまる音が接続部から鳴り、ラージが安心したように息を吐いた。

 それを確認し、ナターシャは〈シルバリオ・ゴスペル〉を操って高度を上げる。ラージはまだ腕の感覚の調整が済んでいないらしく、しきりに手を握り締めたり肩を回したりしていた。

 待つかどうか迷ったナターシャだったが、上空から轟く轟音に体が動いた。「行ってきます」

 ラージがそれにおう、と返事したことに頷き、ナターシャは炎が舞うその空へ視線を定めた。

 

 ◆

 

 飛んでくるのは弾丸では無く炎の塊だった。

 楯無は歯嚙みし、こちらも相反する水を向けた。

 飛んできた炎が水とぶつかり、蒸発する。

 熱気が顔にかかって、楯無は顔を顰めた。

 ──どんな手品よ……っ。

 敵がしてくる攻撃は、今まで一度も見たことがない。手のひらから炎を生成して放ってくるなど、それこそ魔法だ。イギリスではビームを制御する技術が開発されたと聞くが、いやいやとんでもない。これはそれを遥かに超えた科学力だ。

 

「お嬢さん、右からくるぞ!」

 

 先輩の国家代表の声で即座に腕を動かし、防御の構えをとる。しかし目の前で組んだ腕に攻撃が当たることは無く、違った場所の背中に何かが直撃した。

 むせた時のような息が、口から出る。

 酸素が逆流してくる苦しい感覚に顔を顰めた楯無は、目を見開いてもう片方の敵を据えた。──よくも……!

 炎を出す敵とは別の機体は、まるで蜘蛛の脚のようなマニュピレーターを背面に背負っていた。複数の国家代表を相手にしても、押されることなく拮抗を保っているのは、その独自に動くマニュピレーターが様々な方向からくる攻撃を正確に受け止めているからだろう。

 アクア・ナノマシンは使い過ぎて、残り僅か。炎の攻撃はまだ止まる気配が見えない為、これだけの残量では心許ない。

 

「光合成して増えるわけでもないし……!」

 

 〈ミステリアス・レイディ〉を加速させた楯無は、炎の敵に向かってガトリング弾を放ち、間合いを詰めた。そして短くと息を吐き──パスロットから呼び出した蛇腹剣の刃を相手に伸ばす。

 敵はそれを、身の回りに緋色のバリアを展開することで防いできた。ガチン、と蛇腹剣が弾かれた。

 

「逃がさない!」

 

 後退していく敵に武器である槍を投げる。当然それも弾かれる。だが敵の動きが少しだけ鈍り、スピードが落ちた。

 楯無はすぐさまバーニアを吹かせ、敵の体と正面衝突する。ヘッドバッドのように頭部をぶつけてやる。ガン──とまるで銃を発砲したような音が脳内に響き、視界が揺れた。

 

「──……ッ!」

 

 敵はそれに呻き、さらに隙を出した。

 揺らぐ視界と意識に歯を食いしばった楯無は、その隙を逃してなるものかと、青色の装甲でコーティングされた健脚で敵の腹部を何度も殴りつける。ピシピシと装甲に入るほどの脚力を駆使して攻撃を加える。

 獣のように唸った敵が、抵抗するように楯無の顔を殴打した。

 何とか耐えようとした楯無だったが、強い力で鼻を殴られてしまったことで思わず目を瞑ってしまい、掴んでいた敵の体を離してしまう。

 その隙に敵は拘束から逃れ、ありったけの炎を飛ばしてきた。

 

「きゃあああっ!」

 

 相殺する余裕も無く、全ての炎を受けてしまう。

 体勢が崩れた楯無は痛む体に苦しみながら、制御の利かなくなった機体と共にどんどんと落下していった。

 

「く、クリスタル……ッ」

 

 危険信号を鳴らす〈ミステリアス・レイディ〉の胸部装甲に嵌め込まれているクリスタルを取り外すと、それから多量の水が滲み出し、次第に小さな源泉となって下に零れ出していく。握り締めるクリスタルはその水と命が共にあるかのように、流れ落ちていく水に比例してどんどんと体積を少なくしていった。

 そして手のひらから遂にクリスタルが完全に無くなり、楯無はギュッと目を閉じる。なるべく体を折り畳んで小さくなり、そしてのちにくる衝撃に備えた。

 ──バシャンッ。

 まるで崖から海に飛び降りた時のような音が聞こえたすぐ後、楯無の全身は水に包まれた。それに目を見開いて息を吐くと、その息は泡となって上にあがっていく。

 視界に映るのは揺らぐ光と、綺麗な青。まるで海の底のような浮遊感と冷たさが、周りの世界を形成していた。

 成功した──頷いた楯無は、一番光の強い上を目指して泳ぎ、そして達した。

 

「はぁ、はぁ……流石はロシアの兵器ね」

 

 限界まで上昇し、そして飛び出た場所は──アクア・ナノマシンで作り上げた擬似の海の上だった。

 楯無は落下の衝撃を殺すため、最後に残っていたアクア・クリスタルを使用して、この巨大な水の塊を作り上げたのだった。

 水の中から出、楯無は草原が茂る大地に降りた。

 たぷたぷと揺れるアクア・ナノマシンの形成を解除し、アクア・クリスタルの形へと戻す。

 疲弊した体を投げ出し、地面に四肢を広げた。

 

「……結構消耗しちゃった」

 

 目の前にある空では、まだ激しい戦闘が続いている。

 




続く
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