君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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なかさ


第十七話 「重吾の戦い!」

 下、上とを見て、ある程度解った。

 絶え間なく続く「戦争の音」が、思考を刺激したのだ。

 重吾は胸に抱く女性に微笑み、地上に降り立った。

 ゆっくりと女性の足を、地面に向けて傾ける。

 ふわり、と少しだけ風に髪をなびかせた女性は、こちらの顔を見つめてから、何か躊躇うように──足を地に降ろした。

 ふむ──意外と小さな戦いなんだ。

 上で広がる砲火を眺め、重吾はつま先を力ませた。

 

「もう、大丈夫ですよね」

 

 さきほど助けた女性に笑いかけた。

 女性は腰が抜けたように、地面に座り込んでいる。

 

「……あの……どこか痛いの?」

 

 ポケーとしている女性に顔を近付ける。するとようやく反応が現れた。

 女性は、まるで自分が突然現れたかのように素っ頓狂な声を上げ、みっともなく後ろに頭をぶつけて倒れた。たゆん、と大きな胸が、地面と接地した衝撃で揺れた。

 

「違うんだぞ! おばさんは、いつもはスッゲェ格好良いおばさんなんだぞ! 本当だぞ!?」

「ゆ、揺れる! 頭がっ、揺れ、る──う!」

 

 何故だか激しく体裁を取り繕うとする女性に体を揺さぶられ、ぐるぐると視界が回転する。うえ、気持ち悪い。

 さきほど体験した"ジェットコースター"よりも荒々しい刺激に口元を押さえた重吾は、少し強引に女性を引き剥がした。

 と、その時、一層激しい音が上空から轟いてきた。

 弾けたように顔を上げた重吾の視界に、すぐそこまで迫っていた炎の塊が飛び込んでくる。

 うわわ──!? 反射的に迎撃行動を取った重吾は、束から受け取った愛機である〈黒兎〉に意識を集中させる。

 吸って──吐いて──そして──

 だんだんと感じてくる熱の熱さ。

 すぐそこまで炎が近付いているのだ。

 周りに障害物は無し。しかし守る対象は在る。

 目を見開いた重吾。炎は、本当にあと少しの距離にまで接近していた。だから、有り余る「力」が筋肉を収縮させ、稼働させてくれた。

 ──放つ。

 

「いやァ──ッ!」

 

 気合と共に放った手のひらは、刀であった。

 鈍い黒色の装甲に包まれた〈黒兎〉の籠手が、神速の速さを糧とし、偽物の刃を形作って、炎の下級を二つに斬り裂いた。別け離れた炎は、まるで引き裂かれたことを知らぬように、静かに燃え尽きて消えた。

 あちち。僅かに熱を譲り受けた籠手を振るった重吾は、すぐそばで地面に伏せていた女性に近付いた。

 ISスーツに包まれていない肌に、一切の傷跡は無い。どうやらさきほどの炎で、火傷なんかはしたりしていないらしい。

 覗き込む重吾の視線と、女性の視線が交錯する。しばらく見つめ合う。

 

「えへへへ〜」

 

 とりあえず笑ってみよう。そう思って顔を緩ませると、途端女性は破顔し、まるで新しいオモチャを見つけた子どもみたいに飛び付いてきた。

 

「かーわーいーいー!!!!」

「なに!? なに!? また!」

「子ども欲しい〜!!」

「いやあっ! この人怖い!!」

 

 なにがなんだか──暴走する女性に堪らなくなり、重吾は逃げるようにダッシュした。走った、走った。そして、飛んだ。

 〈黒兎〉のバーニアを吹かせてグングンと加速していき、女性がいる大地と離れる。下を向くと女性は既に、豆粒ほどの大きさになっていた。思わずホッとしてしまった。

 何だったんろう……あの人……。

 片隅に浮かぶ女性。彼女は何がそんなに嬉しかったのか、涎まで垂らして自分を抱擁してきた。暖かかったが、あの女性の目は何だか怖かった。

 ぶんぶんと頭を振るった重吾は、いっそう高い出力のエネルギーをバーニアから放出する。あと少しで敵との戦闘空域だ。気を引き締めなければ。

 

「楯無は……いないよね」

 

 ハイパーセンサーには彼女は示されていない。赤いマークで浮かぶものは、上空で飛び交うISの反応だ。

 指先でコンソールパネルを操作していると、とあることが判明して驚愕した。何と〈黒兎〉のパスロットに、ひとつも武器が設定されていなかったのだ。"月輪"も"三日月"も装備されていないのだ。

 

「えぇ!空っぽじゃない!?」

 

 実はあらかじめ束が言っていたことなのだが、慌ててこの場所まで移動してきた重吾は、武器が装備されていないということを知らなかった。

 だから当の本人は焦りに焦り、思わず周辺の警戒を疎かにした。パスロットの中を何度も何度も確認して、周りに目を配らなかった。

 その時だ──。

 何かとぶつかった。

 突然の衝撃に呻き声が出る。ぶつかった何かからも、呻き声に似た声が上がった。

 なに!? と顔を前に戻すと、そこにはこちらを見て驚く国家代表の方がいた。あ、ぶつかっちゃったんだ!

 

「す、すみません! 邪魔して……」

「男の子ぉ!?」

 

 何故だか驚く国家代表の女性の目の前には、ゆっくりと近づく炎があった。こちらを見ている女性は、遅れてそれに気付く。しかし防ぐことまでは出来ず、直撃した炎の爆発に吹き飛ばされた。

 

「ああ!」

 

 飛ばされた女性を胸で受け止めた重吾は、身に纏っている専用機が粒子化したことに息を呑んだ。凄い戦いだったんだ……。

 ISというのは、その殆どが短期決戦型の兵器に近い。どの機械であれエネルギー容量というものがあるように、ISにも底というものは存在する。

 しかしこの女性達は皆、国家代表なのだろう? これほどまでに消耗させられる戦いというのは、それこそ戦争だ──

 楯無さん──彼女を浮かべ、一抹の不安を感じた女性は、こちらに近づいてきた国家代表の一人に女性を差し出した。

 

「あ、ちょっ、貴方!」

「その人、もう戦えないです」

 

 バーニアを点火させ、敵のシルエットに駆けた。あの女性は、仲間の人に任せれば大丈夫だろう。

 心配で向けていた視線を前に向けた重吾は、遂に始まった戦闘に息を吐き出した。敵は既に、こちらを捉えている。

 

「新手……!?」

「いや、識別が別だ。だが、知らない奴だ」

 

 味方であるが、面識のない重吾に国家代表達が戸惑う。

 みんな、敵を見て! 動揺が伝染していく中で、唯一敵意を無くさない相手に意識を集中させた重吾は、手のひらでエネルギーを練り上げた。敵の恣意を感じる。あの人は、必殺技をするつもりだ──!

 手を動かして、空を撫でた。手のひらで、空間を薙いだ。

 すると手のひらが通り過ぎた空間に、緋色のラインが残る。

 〈黒兎〉の特性は、エネルギーの制御である。さきほど空間を撫で、そして撫でた場所に残った緋色の軌跡は、固定化され、現実化した、いわばエネルギーの物理体なのだ。これはとても応用の効くものであり、武器にも盾にもなる。

 眼前──身体が隠れるほどの範囲をエネルギーの壁で覆った重吾は、後ろにいる国家代表達に叫んだ。「逃げて!」

 そして視線を前に戻すと、

 

「貴方、強いのね」

「ッ──!!?」

 

 既に敵は目の前に存在した。

 

「耐えてみせなさい──!」

 

 敵が左手に圧縮された炎を宿し、それをぶつけてくる。

 ハッと息を飲むんだのも束の間、視界が赤で覆われ、凄まじい爆音が鳴り響いた。隙間無く作り上げたエネルギーの盾も、あまりにも巨大な炎の暴力には敵わず、ひび割れていく。

 

「お、お化け……!」

 

 何とか踏ん張り、炎を押し留める。両手でエネルギーの盾を押し込んで、歯を食い縛る。

 しかし次第にひび割れた隙間から、炎が侵入してきた。

 ああ! 負けちゃう。

 顔を歪ませ、全力で力を込める。強く、強く。

 エネルギーの盾の向こう側にいる敵は、悠然とこちらを見つめていた。口元には微笑。何故、あの人は炎の中で無事でいられるのだろう。

 ピキピキと聞こえてくるのは、エネルギーの亀裂音。

 もう、これ以上は盾として機能してくれないだろう。

 

「あわわっ! ど、どうしよう!」

 

 既に逃げられるチャンスは逃してしまった。かろうじて保ってくれているエネルギーの盾も、目に見えて崩壊寸前だ。バーニアを吹かせて逃げる? ううん、後ろを向けた途端に炎のお化けに倒されちゃうよ。

 感じる炎よ熱よりも冷たい感覚に視線を彷徨わせた。

 焦りが極限にまで高まっている。

 その時、首根っこを誰かを掴まれ、変な声が出た。強く後ろへと引っ張られ、重吾は目を見開いた。

 

「危ないぜ、坊っちゃん」

「あ、ありがとう!」

 

 引っ張り、というよりも救出だった。重吾の逃げるに逃げられない状況に気が付いた国家代表の方が、後ろへと後退させてくれた。

 

「──って、炎!?」

 

 ハッとした重吾は、遂に瓦解したエネルギーの盾から溢れ出てくる炎の嵐に、後ろで引っ張ってくれている女性の腕を叩いた。

 

「なんだありゃ!? うわ……わわあ!」

 

 こちらを向いた女性の視界にも、その炎が映る。

 重吾は歯を食い縛った。このままでは大変だ!

 女性はさらに加速度を上げた。しかし炎の手はそれよりも速かった。

 もう駄目だ──そう思った時、突然現れた青色の閃光が炎を消し飛ばした。食い潰した。急な出来事だった。

 

「え?──あ、楯無さん!」

 

 目を動かし、その閃光が現れた先を見ると、そこには笑みを浮かべる青髪の少女──更識楯無が立っていた。そしてその傍らには、列車砲のような巨大な兵器が在った。

 

「ありゃあ、ロシアの……」

「更識楯無さ! ははっ♪」

 

 楯無が無事だったことに重吾は喜んだ。やっぱりだ。やっぱりあの人は強いや!

 スラスターをはためかせ、彼女の元に降り立つ。

 楯無は重吾の登場に少し眉を上げたが、すぐさまいつもどおりの表情を浮かべた。

 

「井伊月くん。なーにしてるのかな〜?」

 

 怒りの混じった声色だ。怖い。

 罪悪感が胸の奥からジワジワと登ってくる。

 楯無は重吾の頬っぺたを両側からつまみ、グイグイと引っ張った。

 あう、と声を漏らした重吾は、しょんぼりと落ち込む。

 楯無の助けに来たのに、逆に楯無に助けられてしまった。それと怒られた。井伊月重吾の気持ちを消沈させているのは、その二つの理由からだった。

 シュンとする彼の顔を、楯無は覗き込む。

 ふむと頷き、そして柔和な笑みを浮かべた。手を伸ばして重吾の頭を優しく撫でた。

 それだけで、重吾の表情はとても明るいものに変わった。

 と。その時、楯無と重吾のすぐそばで爆発が起きた。

 地面を散らせたその爆発の余波により、小石や砂の弾丸が体の節々に直撃する。

 

「まだやろうってのか……!」

 

 顔を覆っていた腕をどかして上を向くと、こちらに蜘蛛の脚を持つ敵が接近してきていた。

 ゴオオオと大きな風切り音を上げて、何か良くわからないことを猛々しく叫んでいる。

 

「死ねやァ!」

「こっちに、楯無……っ!」

 

 ぐいと楯無の腕を掴んで抱き寄せ、重吾は近くにある崖目掛けて走り出した。走行中に〈黒兎〉を纏い、さらに脚力とスピードを上げる。

 どっどっど、と高鳴る心音に目を見開きながら、遂に崖の端へと足裏を乗せ、そして大きくジャンプした。ブースターを吹かせて飛び立ち、敵との距離を離した。

 

「あとは私達がやるよ」

「残るは手負いだけさ!」

 

 迫る追手を遮るように、二人の国家代表が壁となる。

 重吾はそれに心強さを感じつつも、こめかみ辺りを刺激した電流のような刺激に、半ば無意識な反応で体を急停止させた。

 ──刹那、目の前を炎の「線」が通り過ぎる。

 思わず息を飲んだ重吾は、さらなる刺激に〈黒兎〉を再び発進させる。と、同時に、ハイパーセンサーが先ほどの蜘蛛足とは別の機影を捉え、それを表示した。……やっぱり炎のやつだ!

 

「井伊月くん! 下よっ!」

 

 楯無の切羽詰まったような声が耳に届いた。

 ぐん、と眼球を下に動かすと、そこには炎の塊を両手に携えた敵が上昇してきていた。

 

「うう──くぅ……っ!」

 

 足をばたつかせてスラスターを吹かし、一度機体を急停止させてから、体を方向転換させて再び駆けた。その際に楯無の呻き声が聞こえてき、重吾はハッとした。

 楯無さんは何も着てないんだった! 唇を噛み、重吾は眉を寄せる。

 楯無への配慮を再認識した所為か、ブーストをかけようにも上手く意識ができなかった。

 重吾は少しずつ近付いてくる敵の気配に悪寒を感じ、安堵を求めるように楯無を見た。すると、楯無もこちらを見ていた。

 赤い瞳。青い髪。僕が大好きな楯無さん。

 向けられる視線に重吾は、恥じらうことも首を傾げるようなこともせず、ただジッと見つめ返した。だってその瞳が──語りかけるような楯無の瞳が──

 

『信じてるわ』

 

 ──重吾を強くする覚悟を宿していたからだ。

 

「敵が逃げたぞっ! 少年っ!!」

 

 前を向くと、蜘蛛足が味方の間をすり抜け、猛獣のようにこちらにターゲットを移していた。

 もう一度だけ楯無を見つめ、そして前を向いた重吾は、

 

「ごめん、楯無!」

 

 五指を猫の手のようにして空中を数度引っ掻き、エネルギーの網を形作って、そこに楯無を放り込んだ。そして楯無が上手くエネルギーの網の中に着地してくれたことを確認し、重吾はいよいよ本格的に戦闘を開始した。

 

「まずは悪い魔女だ──!」

 

 蜘蛛を操る悪い炎の魔女。

 重吾は束によく読んでもらっていた絵本の話をふと思い出し、まるで自分が正義の味方のようになった気がして微笑んだ。

 




続く
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