君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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第二話 「井伊月重吾」

 ーー臆病者ーー

 

 パチン、パチンと扇子の開閉を繰り返しているうちに、酷く時間が経っていたことに気が付いた。秒針の針は午後の二時を差している。生徒会室に来てから三時間は過ごしていた。感覚としてはまだ数分しか経っていないようだったのだが、おかしな気分だ。

 

 ーーー更識楯無は孤独な子。

 

 バチンーーー扇子を強く閉じた楯無は、ふと思い出す。

 黒と白の悪魔。赤色の花と、赤茶色の青年を。

 一ヶ月前だろうか。「ウサギ事変」と呼称されたそのテロ行為は、全世界を震撼させた。

 たった二匹の兎が、やく半数ほどの"コア"を奪った。

 その事実に人々は恐れ、そして震えたのだ。

 思い出すだけでゾッとする。あれは地獄の使者なんだと言われても、いまなら納得できるほどにあれは化け物だった。

 ずっと研鑽してきた力をぶつけても倒れない兎達は、更識楯無だけでなく、「世界」という括りそのものに恐怖を植え付けーーーそして討伐された。

 

 誰も、その最後を見なかったというーーー。

 

 悪魔が打ち取られる様を、周りにいた国家代表達は誰も。

 

「……」

 

 けれど、たった一人だけ、それを見ていた。

 黒兎を討ち取った本人ーーー織斑千冬が、黒兎の最後を見届けていた。

 流石はブリュンヒルデ。流石は織斑千冬。

 その報告、そしてニュースを見た者達が皆、口を揃えてそう言っていた。自分だってそうだ。誇らしいと思った。

 だけど、織斑先生と久しぶりに会った時、私は全く違う感情を抱いた。

 

『織斑先生が泣いている』

 

 まるで糸の切れた人形のような織斑千冬のその姿に、更識楯無は絶望にも似た不安を感じたのだ。

 

「……誰」

 

 と。そこで誰かの気配を感じた。

 楯無は椅子から立ち上がり、扉を見た。

 コンコンーーーああ、誰か来たのね。

「どうぞ」言い、楯無は来客を招いた。

 扉が開く。

 楯無は隅に置いてあるコーヒーメーカーを取り上げ、カップに珈琲を注いだ。今日、学園にいるのは一部の教師を除く自分だけだから、この部屋を訪問してきた者はきっとお客様だろう。砂糖はどれくらい必要かな?

 

「すみません。砂糖はお入れに?」

 

 何気ない質問のつもりだった。

 何気なく振り返って、どんな人かを見るつもりだった。

 

 けれど、それはなんて「喜劇的」な再会だったんだろう。

 

 窓から差し込む光に反射して、キラキラと輝く赤茶色の頭髪。まるで無邪気な子どものような、純粋な二つの目。微かな笑みを口元に浮かべるその顔は、偶然では済まされないほど、

 

「ーーーーー井伊月……さん?」

 

 井伊月重吾に酷似していた。

 

「え? 砂糖? 珈琲は嫌いなんだ。ごめんなさい」

 

 そう言って苦笑した少年の困った顔は、本当に彼に似ていた。

 

 かちり。

 

 そしてどこかで、スイッチの鳴る音が聞こえた。




続く
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