ーー臆病者ーー
パチン、パチンと扇子の開閉を繰り返しているうちに、酷く時間が経っていたことに気が付いた。秒針の針は午後の二時を差している。生徒会室に来てから三時間は過ごしていた。感覚としてはまだ数分しか経っていないようだったのだが、おかしな気分だ。
ーーー更識楯無は孤独な子。
バチンーーー扇子を強く閉じた楯無は、ふと思い出す。
黒と白の悪魔。赤色の花と、赤茶色の青年を。
一ヶ月前だろうか。「ウサギ事変」と呼称されたそのテロ行為は、全世界を震撼させた。
たった二匹の兎が、やく半数ほどの"コア"を奪った。
その事実に人々は恐れ、そして震えたのだ。
思い出すだけでゾッとする。あれは地獄の使者なんだと言われても、いまなら納得できるほどにあれは化け物だった。
ずっと研鑽してきた力をぶつけても倒れない兎達は、更識楯無だけでなく、「世界」という括りそのものに恐怖を植え付けーーーそして討伐された。
誰も、その最後を見なかったというーーー。
悪魔が打ち取られる様を、周りにいた国家代表達は誰も。
「……」
けれど、たった一人だけ、それを見ていた。
黒兎を討ち取った本人ーーー織斑千冬が、黒兎の最後を見届けていた。
流石はブリュンヒルデ。流石は織斑千冬。
その報告、そしてニュースを見た者達が皆、口を揃えてそう言っていた。自分だってそうだ。誇らしいと思った。
だけど、織斑先生と久しぶりに会った時、私は全く違う感情を抱いた。
『織斑先生が泣いている』
まるで糸の切れた人形のような織斑千冬のその姿に、更識楯無は絶望にも似た不安を感じたのだ。
「……誰」
と。そこで誰かの気配を感じた。
楯無は椅子から立ち上がり、扉を見た。
コンコンーーーああ、誰か来たのね。
「どうぞ」言い、楯無は来客を招いた。
扉が開く。
楯無は隅に置いてあるコーヒーメーカーを取り上げ、カップに珈琲を注いだ。今日、学園にいるのは一部の教師を除く自分だけだから、この部屋を訪問してきた者はきっとお客様だろう。砂糖はどれくらい必要かな?
「すみません。砂糖はお入れに?」
何気ない質問のつもりだった。
何気なく振り返って、どんな人かを見るつもりだった。
けれど、それはなんて「喜劇的」な再会だったんだろう。
窓から差し込む光に反射して、キラキラと輝く赤茶色の頭髪。まるで無邪気な子どものような、純粋な二つの目。微かな笑みを口元に浮かべるその顔は、偶然では済まされないほど、
「ーーーーー井伊月……さん?」
井伊月重吾に酷似していた。
「え? 砂糖? 珈琲は嫌いなんだ。ごめんなさい」
そう言って苦笑した少年の困った顔は、本当に彼に似ていた。
かちり。
そしてどこかで、スイッチの鳴る音が聞こえた。
続く