君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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本気出す


第二十話 「勇気」

 二対一の状況は続いていた。

 炎の魔女と、蜘蛛の手下。

 井伊月重吾は片割れの魔女に拘束されている。

 下を見ると、国家代表の方達が何やら口論していた。

 

『あら? よそ見かしら』

「うぅ……!」

『可愛らしい子。苛めたくなっちゃう。──オータム』

 

 炎を操る魔女が、艶かしい唇を動かした。

 名前のようだ。

 〈黒兎〉からセンサーアラームが鳴る。

 目の前の投影モニターにもう片方の敵が映し出された。

 しかし二対一の状況では臨機応変に──という訳にはいかない。人間には体がひとつしかないんだから、出来ることもひとつだけだ。

 

『オラよぉ──!』

 

 聞こえてきた鋭い声に歯を食い縛る。

 ドッ──と体の内から鈍い音が聞こえた。そして次に痛みが体中を駆け巡った。

 視界が急に滑り出す。

 重吾は息を吐き出し、とてつもない痛みに顔を歪めた。

 

「あっ……が……ッ!」

 

 思わず呻き声が零れる。

 視界がグルグルと回る。

 重吾は〈黒兎〉のスラスターを制御する余裕も無く、堕ちていく感覚にただ手足をばたつかせた。あまりにも脇腹を蹴りつけられた痛みが強くて目が開けられない。呼吸も出来ない。

 掠れた声を上げながら、必死で喉を動かす。

 肺から酸素が急激に無くなった為、頭が締め付けられるような痛みで虐められていた。

 く、苦しいよ……!

 対応出来ない苦渋にパニックになる。

 重吾は胸中で救いを求め、薄っすらと開けた視界の先に手を伸ばした。──そして、それを見た。

 白銀の翼を広げ、こちらに手を伸ばす少年。黒い髪を風に靡かせる、その凛々しい顔をした少年の姿を、井伊月重吾は視界に捉えた。

 

「──い、一夏くん!!」

 

 希望と共に叫んだ名前。

 それに目の前の少年はニカッと笑い、重吾の手をガシと掴んで、

 

「助けにきたぜ!」

 

 まるでおとぎ話の英雄のように勇ましく言い放った。

 

 ◆

 

 突然の参戦者に皆が動揺していた。

 揃って空を見上げ、それを凝視していた。

 

「おいおい……どっちも男かよ」

 

 同じく、その光景を見ていた楯無は息を飲んだ。

 空を飛び交う「黒」と「白」の両方のIS。その操縦者はなんと性別が男。重吾のことは知っていたが、まさかもう一人の男性操縦者が現れるとは思っていなかった楯無は、ただ驚きの表情をするばかり。周りにいる者達も、きっとそうに違いない。

 空の戦闘は過激ではなかったが、派手ではあった。

 というのも、白のISの操縦者──あれは素人だ。動きがまばらで統率性が無いのが何よりの証拠。見ているこちらも動きが予測出来ない。もちろんそれは敵も一緒。捉えられないから、派手な攻撃を放ち続けている。

 重吾とは何度か戦ったことがあるから分かるが、彼はすこぶる強い。自分の一歩手前ほどだ。しぶとく、そしてしなやかな強さでいつも苦戦させられる。

 それに比べ、もう片方の男の子は弱い。弱過ぎる。

 ブースターを吹かせて飛ぶのも下手。武器だって上手く出せていない。辛うじて敵の攻撃が当たっていないだけで、死に飛び出しにきたようなものだ。

 楯無はもどかしさに手を握った。

 視線を横にすると、皆も歯を食い縛ったりして、口惜しさのようなものを感じているようだった。

 視線を前に戻すと、戦闘は派手さを増していた。

 

「……」

 

 何も出来ず、見ているだけなんて──。

 前、実家で父に怒られた時もそうだった。

 頭を下げるばかりで、怯えていた。

 弱い自分。弱い意思。

 妹に助けられた自分は、まだ胸で燻っている。

 逃げ出さない──弱い心。

 それでいいのか? それでいいのか?

 楯無は息を吸い込んだ。私は弱くない──。そう言い聞かせ、そして今度は息を吐き出した。

 簪は一歩を踏み出した。今度は──私の番。

 

「やってやる……」

 

 静かな闘志を燃やした。

 楯無はゆっくりと後ろに足を動かし、群の中から抜けた。そして後ろに置いてある自分の専用機に近付き、繋がれたケーブルを静かに引き抜いた。

 ポーンと音が鳴る。その後に『オールグリーン』との英表記が装甲の上に浮かび上がった。

 エネルギーのチャージが終了している。これで動かすこと自体には何も問題はない。しかし──。

 ちらり、と自分の専用機である〈ミステリアス・レイディ〉を見下ろした。そして深々と刻まれたその傷跡に唇を噛んだ。

 そう──動かすこと自体は何ら問題はない。問題はないが、別の問題はある。それは大きな負荷を背負った機体が耐えられるかどうかなのだ。

 くたびれた人間をずっと働かせていると、作業の効率が落ちることと同じように、ISだって立て続けに酷使されてしまえば根を上げてしまう。それをわかった上で使用するのも手かもしれないが、愛着のある愛機には嫌でも抵抗が湧く。悲鳴を上げる〈ミステリアス・レイディ〉なんて見たくはない。

 ──が。

 視線を空に向けた楯無は、次第に押されつつある二人の男子に目を細めた。このままじゃ……!

 もう一度〈ミステリアス・レイディ〉に目をやり、考える。このまま出撃するか、それとも指を咥えて傍観者になるか、そのどちらになるかを考える。

 

「私は……どっち」

 

 深く、深く──。

 心臓の音に耳をすませ、思考する。

 弱い自分でいるか。それとも強い自分に成るか。

 冷たい風が肌を撫で、髪が揺れた。

 しかし楯無は続けた。考えることを──覚悟を。

 その時、上空からより激しい音が轟いた。

 反射的に顔を上に向けると、白のISが敵の炎に被弾して落下していく光景が目に映った。

 ハッとした楯無は、未だ地団駄を踏む己に歯噛みした。

 私は……私は……!

 まだ決断は出来ていない。意思が胸の奥で暴れている。

 強くなれ。強くなれ──! このままじゃいけない。腐っては駄目だ。歩け、進め、目指せ。その先にある強さで自分を変えてみせろ。何になるかではなく、何をするかだ。

 大きく息を吐いた楯無は、強く瞼を閉じた。そしてとある日のことを鮮明に思い出し、胸に手を当てた。

 夕暮れの生徒会室。

 そこで私は彼と出会った。

 劇的な再会。思わず胸が高鳴った。

 ──好き。

 守ってあげなきゃ。

 ──大好き。

 だったら弱いままじゃいけないでしょ。

 ──もう、離れて欲しくない。

 たとえ「あの人」じゃなかったとしても。

 ──私を愛してくれる人。

 私は彼のそばにいたい。

 

 ────だから。

 

「行く!」

 

 息を吸い込んだ楯無は、躊躇いを捨てた。

 眠る〈ミステリアス・レイディ〉に飛び乗り、ロックを解除して機体を作動させた。

 ウォン──と音が鳴る。かなり大きな音が鳴る。

 それに周りにいた国家代表が振り返り、そして楯無の動きに気が付いた。慌てて駆け寄ってきた。

 すみません。胸中でそう謝り、ブースターを吹かせて〈ミステリアス・レイディ〉と共に飛び上がる。楯無はガタガタと振動する機体に不安を感じつつも、徐々に高度を上げた。

 ブースターの風圧に叩かれ、楯無を止めようとした国家代表達の動きが止まる。何人かが大口を上げて、声を荒げる様子が伺えた。きっと、今すぐ降りてこい──そんなことを叫んでいるんだろう。

 楯無はもう一度だけ謝り、頭を下げた。

 自分がしている行動は、本当に馬鹿なものだと思う。けれどこれは私だけのこと。どうか何も言わないで──。

 空唾を飲む。

 必死で、戻ってこいとのジェスチャーを送ってくる国家代表の方々から視線を逸らし、ついに楯無は戦いの世界へと舞い戻った。

 

 ◆

 

 目の前に迫る火の塊。

 ハッと息を飲んだ次の瞬間、それは霧散した。

 

「うっ……くぅ!」

 

 別方向から聞こえる呻き声。

 一夏は荒くなった呼吸をしながら、声の聞こえた方に勢いよく振り向いた。そして微かに溶解した右腕の鎧を、苦悶の表情で押さえつける重吾を見た。

 

「重吾……っ!?」

 

 助けにきた筈なのに、何も出来ない。

 一夏は身に纏う〈白式〉を見、歯噛みする。

 

「大丈夫……だよ」

 

 重吾がえへへと笑った。

 片腕を抱き、汗を流して、笑った。

 

「でもお前……」

 

 重吾はギリとさらに歯を噛んだ。

 俺は何をやってるんだよ。助けに来たんじゃないのかよ。なのに何もしないで、何も出来ないで……! そうだ。何も出来ないならせめて──!

 敵に視線を移し、一夏は〈白式〉を走らさせた。まだ慣れない飛行を何とか維持して、こちらを見つめる二人の敵に真っ直ぐに向かった。

 

「ば、ばか! 一夏くん!!」

 

 突然の行動に驚愕した重吾。

 一夏はその声に耳を傾けず、より強い加速を機体にかけた。

 誰から見ても、自分がしていることは馬鹿なことだ。盾も何も無い状態で敵に向かうなんてのは死ににいくことと同じ。馬鹿でもしない、馬鹿なこと。

 けれどその、馬鹿なことこそ一夏の狙いだった。何も出来ないならせめて重吾の「盾」になってやると、馬鹿な彼が考えた馬鹿なことだった。

 もう……嫌なんだ……!

 敵との距離が縮まっていく。

 視界が急に狭まっていき、心音が妙に近く聞こえた。

 一瞬、昔のことを思い出した一夏は、怯えたようにギュッと目を閉じた。大丈夫。大丈夫だ。今度は守れる。強く、静かに、過去の出来事を克服するように心の中で言い聞かせて、一夏はまた目を開けた。────敵が、眼前にいた。

 

『真っ直ぐな子……』

「うわあぁぁぁあッ!!!」

『けど……若いわ』

 

 がむしゃらに手を出した。

 恐怖、動揺。

 慣れない初めての感覚が一夏を暴走させる。

 敵はそれを静かに見つめていた。真っ直ぐだが、愚直な少年の無謀を眺めていた。が、突然突き動かされるように右腕を引き絞り、少年の顔面めがけて放った。

 ゴスッ──視界が揺れる。

 一夏は無理矢理変えられた首の角度に目を丸くした。そして次いで迫ってきた拳にまたも首の向きを変えられ、堪らず苦しみの声を上げた。

 殴られたのか? 訳も分からず、流れゆく景色をただ見つめた。口内で鉄の味がする。なんだ? 何が起きた?

 

『ふっ──!』

 

 下がった視界の先に、こちらに滑ってくる膝が見えた。

 それを見た一夏は、朦朧とする意識の中、半ば無意識に防御の構えをとった。しかし力の入っていない腕の防御は容易く蹴破られ、腹部への衝突を許してしまい、三度目の衝撃が体の内側で暴れた。

 

「こん……の、やろぉ……!!」

 

 しかし、一夏は堪えた。血の入り混じった唾液を口元から流しながら、死に物狂いで我慢した。

 重吾にチャンスを与えてやるんだ。重吾を助けるんだ。唸り声のような呻き声を上げながら、一夏は必死になって手足を動かした。これが攻撃になるかどうかは分からない。けれど少しでも時間が稼げるならと、一夏は枷の外れた獣のようになって暴れた。

 ズキズキと腹が痛い。

 殴られた頰が熱を帯びている。

 がむしゃらに動かす腕は既に限界だった。今もこうしているだけで、関節の節からビキビキと筋繊維が悲鳴を上げているのが伝わってくる。

 敵からの反撃は無いが、別にそれがいいという訳ではない。敵の反撃がないということは、相手にされていない──もしくは時間稼ぎにもなっていないということだ。この必死な暴走も、全く意味を成していないということだ。

 殴られた所為で腫れ上がった瞼を限界まで開く。

 そして一夏は、こちらに目もくれていない敵の姿に叫び声を上げた。俺を見ろよ……ッ!!

 

「ああああああッ!!!!」

 

 何度目になるかもわからない声。

 一夏は千切れそうな手を敵に伸ばした。

 こっちだ! こっちだ!!

 ガタガタの体は今にも壊れてしまいそう。今もこうして意識を保っているのが奇跡に感じる。

 

「ふっ、ふっ、ふっ──っあァァッ!」

 

 不規則な呼吸をしながら敵を睨み付けた。

 しかし敵はこちらを見ない。存在しない者のように一夏を認識して、重吾のみに狙いを定めている。

 それが堪らなく悔しかった。悔しくて悔しくて、思わず泣いてしまいそうになる。

 頼むから、こっちを向いてくれよ……!

 熱くなった目頭に歯を食い縛り、もっと手を伸ばす。手だけでは足りないと思い、指先も伸ばす。

 と。その時、片方の敵がこちらを向いた。ニヤリと口元に笑みを浮かべて、手のひらをかざしてきた。

 一夏はそれに笑う。今まで無視を決め込んでいた敵がようやくこちらを向いたことが"嬉しくて"、感違いの喜びにハハッと笑う。

 敵の手のひらに光が満ち始める。白色の発光が視界を照らす。

 一夏は脳内でそれが危険な光だとは分かっていた。しかし既に人間の限界を越え、無理な動きをし続けていた体は、逃げるという選択を取る体力が残されていなかった。くたびれた体を抱えて光の収束を傍観しながら、一夏は呆れたように鼻を鳴らした。光は既に十分な輝きを得ている。

 放たれた光の弾が鼻先を掠めるように脇腹を削り、肩を殴り、そして顔面に直撃した後に、さらに強い一撃が胸の辺りを襲った。吐き気ではない何かが喉奥から込み上げてくる。嫌な味の息を吐き出した一夏は、後ろに吹き飛ばされる感覚を全身に感じた。俺は……死ぬ?

 ヒュウウ、と鼓膜を掠める風の音。

 背中に感じる風圧は、落下していく際の感覚と同じものであった。視線を横にすると、物干し竿に干された洗濯物のように自分の腕が下からの風圧にあおられていた。ごふっ、と血の混じった咳を漏らし、一夏は悔しさに歯噛みした。

 

(くそっ……負けちまった……)

 

 〈白式〉が甲高い警報を鳴らす。視界では捉えきれない範囲まで隈なく映し出してくれるオールビューのモニターが、警報の音に合わせて赤く点滅する。瞳に映る青空がそれにより、赤になったり青になったりと、不可思議な色を演出した。一夏は苦しみがさらに増した気がして、顔を苦渋に染める。

 堕ちる感覚はまだ止まない。かなりの高度で戦闘を行っていた為、地表との距離がかなり遠い。だがそれは生き残る活路を作れる、最後のチャンスの落下時間でもあった。ここでする行動で、生死が変わるかもしれない時間だった。

 しかし一夏の意識は半ば薄っすらとしていた。

 誰かに息を吹きかけられてしまえば消えてしまうのではないかというほどの、微かな意識の灯火だったのだ。

 故に、一夏は自分の今の状況を判別出来ないでいた。落下しているのか、それとも上がっているのか──天と地の重力が自身の中で混濁としていた。

 海の中を漂うとはまた違った浮遊感だ。

 臓器が掻き回され、散らかっている。

 僅かな意識は生存本能に従って危険信号を送ってくれてるが、それに反応するまでの「意識」までは残っていない。一夏はまだ気を失うなどの事態にまでは陥っていなかったが、それでも今の状況が危険なことには何ら変わりはない。頼みの綱である重吾も、敵の攻撃に阻まれて一夏を助けたくても助けられない状態だった。──つまりは万事休すである。

 

「──!」

 

 その時、どこからか声が聞こえた。

 混濁とした一夏には届かなかったが、確かに人の声。

 透き通った声色の──女性の声。

 

「動きなさい──!!」

 

 そこで一夏は意識を覚醒させた。

 人の声に脳を揺さぶられた。

 もがいた一夏は上手い具合に体勢を立て直す。強風に叩かれる顔面をしかませ、ゆっくりと瞼を開ける。

 

「……っ!!?」

 

 一夏の目に飛び込んできたのは眼前に迫る地上だった。

 朦朧とした意識から覚醒した途端、目に映った危機。

 慌てふためいた一夏は機体の制御を忘れ、叫び声を上げた。その時だった──!

 ぐん、と誰かに腹部を掴まれ、持ち上げられた。一夏は腹を圧迫されて呻き声を漏らした。ぐいぐいと体を持ち上げられる。

 視線を動かすと、腹に人の手があった。両側から支えるように脇腹を担ぐ手は、スラッと上に向かって伸びている。その先を辿ると、一夏より少し年上の少女が懸命な表情で落下を阻止しようとしていた。

 

「す、すみません……!」

「上昇して!」

「え?」

「上にあがる!」

「……あ! は、はいっ!」

 

 慌てて〈白式〉を動かす。パチパチとスパークを立てる〈白式〉のブースターだったが、まだ臨界点には達していなかったようだ。背面のブースターに灯った青白い炎の噴射により、一夏の体に再び浮遊感が戻る。

 急な上昇に声が溢れた。

 一夏はふんと歯を食いしばって、持ち上げてくれる少女の力も借りながら少しづつ地面との距離を離す。そしてだいたいビルの屋上の辺りにまで高度を上げたところで、上昇を止めた。

 

「動ける?」

「あ、えと……多分」

「うん。強い子だ」

 

 少女は一夏の頰に付着した血を指先で拭い、ニコリと笑う。年相応ではない、まるで母のような笑みに、一夏は場違いの安心を覚えた。胸の奥が──ポッと温かくなる。

 

「さ、もう少し頑張りましょう」

 

 クルリとISを反転させる少女。

 一夏は少女が纏うISを見つめた。細部に渡る隅々を視界に収める。

 鋼のフレームで繋ぎ合わせられ、形を成すそのISは、少女の髪の色と同様に青いカラーリングで染められていた。だが、その機体は薄汚れていた。元々が綺麗だったと分かるその機体は、壊れ、破損し──欠けていた。それがとても痛々しくて、一夏は息を飲んだ。

 少女も戦士──。

 ジワと、胸の底からまた違ったものが生まれた。熱く、そして濃い──苦味の感情だ。

 一夏は胸を押さえる。

 胸中に芽生えた熱に顔を歪めた。

 

「……」

「怖いんだったらそばにいなさい。守ってあげるから」

「……え、いや。俺は……」

「欠けた機体で出来ることは何もないわ」

 

 一夏は少女の言葉に息が詰まった。何も言い返すことが出来なかった。

 また守られるのか──。次第に胸の中を埋め尽くしていく感情が、まるで火の如く燃え上がっている。息を吐くだけで熱が目の前で停滞するような気がした。

 少女はニコリと微笑み、笑っている。

 それがあまりにも格好良くて、一夏は悔しくなった。歯を噛み締めた。拳を握り締めた──。

 そろそろ。と呟いた少女は、機体の推進力を背に受け上昇を始めた。

 一夏はその背を見ながら、何か口惜しさのようなものを感じ、より強い苦味を口中で味わった。

 

(〈白式〉をもらったのに……変わらない)

 

 それが絶対だとは言わない。

 ハッキリとした確信も求めていない。

 けれど──それでも──強くなれたと思いたかった。

 一夏は口中で「くそ」と呟く。変われなかったことへの悔しさと、強くなれなかったことへの憤りに、眉皺を寄せる。

 上空にいる重吾は、片手に負傷を負いながらも懸命に戦い続けているのだ。なのに自分は「下」で見上げるだけだ。助けに来たはずなのに、何も出来やしなかった。

 ──強くなりたい。

 ──高みに登りたい。

 想いは強い。誰にも負けない自信がある。

 けれど違う。違うのだ。

 自分はそうじゃない。確信が欲しい。強くなったという確信を手にしたい。何もかもを倒せる力を手に入れてみんなを守りたい。だから欲しい。今すぐ──この瞬間──ここで──。

 

「──ねえ、君」

 

 上から声が降り注ぐ。

 どこかに意識を飛ばしていた一夏は、気の抜けた顔で上を向いた。

 上には少女がいた。こちらを見下ろし、手を伸ばしている。

 何をしているのだろう? どんな意味だ?

 一夏は、少女がこちらに向かって手を伸ばしている理由がわからなかった。

 

「君は、飛べないの?」

 

 それに、一夏は首を横に振った。

 すると、少女は続ける。

 

「じゃあ、早く行きましょう。貴方も、井伊月くんを助けてくれるヒーローでしょ?」

 

 屈託なく、少女は笑った。一夏をヒーローだと称えて、力強い仲間を得たような笑顔を見せた。

 

「……っ」

 

 何故だか──泣きそうになる。

 一夏は思わず顔を伏せた。

 少女にこの顔を見せたくない。そう思ったからだ。

 少女は一夏の様子に気が付かない。彼の勇ましい心意気に純粋な敬意を表す。

 

「恐れも無く立ち向かったこと──。無謀だけれど、勇気の要る行為だわ。貴方はその強さを誇りに思いなさい。貴方の気持ちは必ず人の為になる。だから失くしてはだめ。君が嫌だと感じるその時まで、どうがその強さを役立ててちょうだいな」

 

 顔を上げた一夏の視界に映る、笑顔の少女。箒が自分を勇気付けれくれる時と同じような、自信のある表情。

 それに一夏は──

 

「──行きます。重吾を助けに」

 

 覚悟を決めて言い放った。

 自信は無い。度胸だって少ない。

 けれど、この人とならやれる。重吾を助けられる。そう感じたから、織斑一夏は奮い立った。

 少女は闘志を燃やす一夏を見て頷く。とても嬉しそうに頷く。

 

「さあ、行きましょう」

 

 少女が背を向けた。

 一夏は拳を数度握り締め、

 

「はい!」

 

 どこか懐かしい清々しさと共に叫んだ。

 

 ◆

 

「ふざけんな! 私も行く!」

「お、落ち着けって……」

 

 地上。傷を負った国家代表達が集う地上。

 そこでは数人の代表達が揉め合っていた。

 

「楯無を一人にできるかよ!まだガキだぞ!?」

 

 その発端はラージ・エレクトロ。

 ロシアの元国家代表であり、更識楯無の師。

 彼女は飛び出した楯無の助太刀をすると、他の代表達に口論をしていた。

 

「馬鹿言うなよ。あんたの機体が一番駄目なんだ。そもそも「あの事件」でここにいる奴らの専用機はみんなバラされちまって、今は仮組み状態みたいなもんなんだぞ。さっきの戦いで燃料全部使い果たしたんだ」

 

 もちろん、ラージの言い分は通らない。

 ボロボロの機体で飛び出すことは自殺だからだ。長年、ISという兵器と共に過ごした国家代表だからこそ、ラージの言い分を通す訳にはいかなった。

 ラージ・エレクトロとて理解をしていない訳ではない。むしろ同じ国家代表だった者として共感出来る。

 しかしそれとこれとは別だった。

 ラージは楯無を助けにいきたい。

 この思いだけだった。機体のことはどうでもよかったのだ。

 ──だからこそ、他の者達は必死で彼女を止めた。

 彼女の意見を通し、自由にさせてしまえば、必ず命を賭して楯無を救うだろうという確信があったから、ラージ・エレクトロをどうしても離したくなかった。

 

「いい加減にしねえと殴るぞ!」

「そりゃこっちの台詞だ!」

「少しは冷静になってください!」

 

 他の面々が口々に言葉をぶつける。

 それにラージは酷く苛立った。こうしている間にも楯無の身に危険が迫ってしまう。そう思うだけで、全身の血が沸騰しそうになる。

 苛立ち交じりに視線を上に上げたラージ。

 彼女の視界には、青い機体を駆らせる少女の姿のみが映っていた。

 

「くそ……っ!」

 

 ラージの呟きは酷く濃い──感情で染められていた。

 

 ◆

 

 間隔も無く、攻撃が続く。

 赤色の火と──蜘蛛の脚。

 四方から襲いかかるそれらに、ひたすら手足を動かす。呼吸も浅く、感覚を研ぎ澄ませ、眼球の動きを限界まで速く──。

 敵の攻撃を光だと思え。重吾は己にそう言い聞かせた。

 攻撃を防ぐことは正直容易だった。ここまで耐え忍んでいる事実がその証拠だ。

 けれど防ぐだけではダメである。

 敵の攻撃を避け、隙を探り、見つけたその隙間を突くことが戦いの真である。防ぐだけの行為は、戦いとは言えない。攻撃こそが最大の防御だ。

 重吾は視線を一旦横に動かした。左に表示されている〈黒兎〉の残存エネルギー量の数値。不可視のモニターに浮かび上がるその数値は、あと少しで機体のパワーダウンに繋がる範囲にまで下がろうとしていた。

 なるべくエネルギー消費を抑えたつもりだった重吾は、険しい表情をして眉を顰めた。このままじゃジリ貧だ……!

 しかしそんな思いとは裏腹に敵の攻撃は続く。

 再び思考の処理速度を上げた重吾は、もはや呼吸をも忘れる機敏さを保って敵との攻防を再開させた。──その時だった。

 

「──……光っ!?」

 

 敵が不自然なタイミングでこちらとの距離を離したと思ったその瞬間、目の前に一筋の光が上へ向かって通過した。

 目を見開いて驚愕した重吾は、すぐさま視線を下へと向ける。すると荒れ狂う桐生に揉まれ、形を目まぐるしく変える雲の中に墜落した筈の織斑一夏と、そんな彼を支えながら高度を上げてくる更識楯無の姿があった。

 喜びがまず第一に浮かんだが、重吾はすぐに顔を歪めた。大口を開けて叫んだ。「来ちゃダメだ!」

 

「余所見は駄目って言ったでしょ?」

 

 背後から忍び寄った声に目を見開き、振り返った時には既に遅かった。敵はもうすぐそばで爪を研いでいた。

 

「そろそろ幕切れ──よ!」

 

 巨大な火炎を振りかざし、敵はそれを放る。全てを焼き尽くすような真っ赤な太陽。それを重吾の背中にぶつける。

 ドシン──とした衝撃の後、次に襲ってきたのは、ISの絶対防御の壁を越えてやってきた凄まじい痛みであった。

 顔面を蒼白にさせ、未だかつて感じたことのない痛みに一瞬意識を飛ばした重吾は、めちゃくちゃな悲鳴を上げた。

 そしてまだ高度を上げきれていない楯無の目に、一連のその光景が全て目に映る。

 

「やめて!」

 

 思わず隣にいる一夏の手を離し、楯無は無理な上昇をした。しかしそれが祟り、ブースターがすぐさま爆砕する。ガクンと機体が揺れて、楯無は小さな悲鳴を上げた。そして、

 

「死・ね・や」

 

 下にさがった視線を上にあげたその時、恍惚に歪んだ蜘蛛の敵と目が合った。目の前いた。

 ハッとしたが、それよりも前に敵の拳──そして蜘蛛足のマニピュレーターの打撃が体を殴打した。体の関節を狙ったその攻撃は、痛みに慣れた楯無から容易く悲鳴を上げさせる。

 

「あっ……うあっ……!」

 

 鈍痛をさらに強くさせたような痛みに、思わず瞼を閉じる。戦場では死に繋がるその行為をしてしまう。

 楯無はマズイと思った。だからとっさに身構えた。

 きっと再び強い攻撃が襲ってくる。次に受けた時、どうなるかは自分でも分からない。──いや、もしかすると──

 

(死……!!)

 

 ゾク──と背筋が凍る。

 かつてのトラウマが蘇る。

 ──白兎。

 思い出すな。

 ──血のカーペット。

 いや……!

 ──鉄の棒。

 考えるな!

 ──指輪。

 ああ……っ。

 ──『井伊月重吾』

 

「ひっ……!?」

 

 脳裏に浮かんだ多数の言葉。

 そのひとつひとつがとてつもなく怖い。

 戦闘のことなど既に頭からは消えていた。楯無は己の体を強く抱き締め、さらに瞼を閉じた。少しの光も入り込まないほど力ませた。

 震えが止まらない。

 嫌なことばかりが脳裏に浮かぶ。

 未だかつて、これほどの恐怖が襲いかかったことがあるか? いや──ある。彼が死んだ時だ。彼がいなくなった時だ。何も言わないで血痕だけを残し、まるで初めからいなかったかのように消えた彼との別れだ。

 ガチガチと鳴る歯が、さらに恐怖を煽る。

 打ち付ける風の冷たさを超える冷気が、喉元から込み上げてくるみたいに、体が寒い。凍えてしまいそう。

 

「──動いてください!」

 

 そんな時、あの少年の声が鼓膜を震わせた。

 

「重吾を助けに行くんでしょ!?」

 

 忘れていた使命。

 けれど恐怖は無くならない。

 

「貴方は俺をヒーローだって言ってくれた!」

 

 怖いの。

 何も出来ない。

 体が少しも動かないの……!

 

「でも、俺を救ってくれた貴方だってヒーローだ!」

 

 怖い。とても怖い。

 何も見たくない。恐怖だけが目の前にあるから。

 でも少しだけ──少しだけ。

 私は強くなるって……そう決めたから──。

 ──勇気を。なけなしの勇気を。

 ほんの少し、出してみよう。

 ゆっくりと、瞼を開ける。

 そしてまだ恐怖が完全に消えていない楯無が見たもの、それは──

 

「ぐぅぅ……!!」

 

 自信を盾とし、数本のマニピュレーターに体を貫かれながらも、尚も懸命に歯を食いしばって敵を抑え込む、少年の後ろ姿だった。

 

「信じてます! だから──」

 

 やっちゃってください──。

 信じる目。

 彼の目はそれだった。

 疑わず、信じて、背中を任せた目だった。

 ぶる──また震えた。しかしこの震えは恐怖からではない。胸の底が焦がされるような勇気が湧き出るこの震えは、闘志の震えだ。

 胸に手を当てる。

 ほのかに暖かい自分の手。

 そうだ……。私はまだ生きている。なら、出来ることをやらなきゃいけない。彼は、それを待っている。

 ドグン、ドグン──と。

 確かに脈打つ我が身の心臓。

 生きている証と、その証明をしてくれる臓器から送られてくる血液が、芯から冷えた体を徐々に火照らせ、熱を帯びさせる。

 

(戦う! この子を守らなきゃっ!!)

 

 自然と体が動いた。

 敵にしがみ付き、少年と引き剥がした。

 

「ははっ──!」

 

 乾いた笑いを零す敵。

 楯無は前だけを見、目を見開く。

 一閃──。

 楯無が手を振ると、水の斬撃が空中を突き進んだ。

 弧を描いた形の、その斬撃。

 残り僅かなアクア・ナノマシンを使っての攻撃は、敵を怯ませるには十分な威力を持っていた。

 

「やるじゃないですか!」

 

 少年が楯無の勢いに歓喜する。

 

(いや……甘い)

 

 しかし戦いに慣れた楯無には、次にくる一手が気になって仕方がなかった。少年と喜びを分かち合えなかった。

 蜘蛛の敵は、一旦離れて、また距離を詰めてきた。

 水の斬撃は多少の時間を稼ぐだけだった。

 楯無は口元を引き締めた。

 ちらり、と視線で投影モニターを見ると、そこには残り僅かな活動限界時間が表示されていた。お世辞にも多いとはいえない時間量だった。

 少年を残して動けなくなるわけにはいかないわね──。楯無は本腰を入れる為に一度息を吐き、気持ちを切り替える。そして手のひらにボロボロにくたびれたランスを粒子構築して強く握り締めた。

 

「君は先に行ってて! こいつは引き受ける。……信じてるわよ、男の子!」

 

 声は震えてなかっただろうか?

 自分なりに決まったつもりだが、どうだろう。

 

「はい!」

 

 少年は二つ返事で頷いた。

 他には何も言わず、何も疑わず。この場を楯無に任せて重吾の元へと馳せていった。

 横目で彼を見送った楯無は、さてと唇を舐める。

 どうやら上手くいったみたい。

 はは、と笑って楯無は、今度は敵に目を向けた。

 

『キヒヒ。──お前、震えてるぜ?』

 

 敵が自分の足を指差す。

 確かに、その両足は僅かに震え、怯えていた。

 

「……それが何か?」

 

 しかし楯無は気にせず一蹴した。所々欠けたランスをクルリと弄んで再び握り締め、ポーズを決めて髪をかき上げる。

 

「イラッとするな、お前!」

 

 敵がニカっと笑う。顔の大体をマスクで隠しているから、そこしか伺えない。爽やかだが、歪んだ笑みだ。

 ふん、鼻を鳴らす楯無。

 彼女は残存のエネルギーを配慮しつつも、既に一撃必殺とも呼べる攻撃のチャージに取り掛かっていた。アクア・クリスタルそのものを使用した爆破攻撃を決めにかかっていた。

 

「貴方は短気そうですものね」

 

 だからこそ時間が要る。

 楯無は煽りに耐性の無さそうな敵を、クスクスと笑って次々とけなした。

 

「雑魚が……!」

「雑魚に馬鹿にされる貴方はどうなのかしら?」

「………」

「あら? 怒らせてしまったかしら? ああ! それはごめんなさいっ! 私みたいな"雑魚"が出過ぎたマネを……。んん? でも雑魚に何か言われて怒っちゃう貴方も、同じ雑魚なのかしら? あらら〜? ん〜? どっちなのかしら。貴方は雑魚? 雑魚なの? いえいえ、そんな訳ありませんよね? 雑魚にけなされて怒ったりなんかしませんよね? だって貴方は──雑魚じゃないんですから」

 

 最後の決め──ニヤリ、と笑う。

 敵がワナワナと震えだす。口元はヒクヒクと震えていた。

 楯無は今か今かと待った。恐らく敵はこの挑発に乗ってくる。叫びながら拳を振り上げ、襲いかかってくる。だから待った。

 シャリン──と。

 鉄と鉄が擦れる音が身を伝った。

 

 ◆

 

 遠く、遠く──。

 雲の流れが無い空の中で、"少女"が歌う。

 

「らららー♪」

 

 それは透き通る水。

 青く、白く、薄紅色の歌。

 風のように突き抜けていく、掴めないモノ。

 

「らーららら──」

 

 少女は飛んでいた。イメージして──。

 彼を想うその心を写して、空を──。

 

「らーらーらら──♪」

 

 歌う。

 歌声は響く。

 ──そして『インフィニット・ストラトス』は、喜びに震えた。




続く
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