君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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さてはな


第二十一話 「毛繕い」

 その時、確かに「歌」が聞こえた。

 透き通るような歌声だ──。

 

「どうしたの──よッ」

 

 と。

 動きの止まった重吾を敵が殴り付ける。

 腹部辺りを殴られ、痛みが発生し、ようやく重吾は意識を元の位置に戻した。

 だめだよ! 集中しなきゃ!

 けれど、重吾の中には歌の事が縛り付いていた。とても印象深かったのだ。

 敵の攻撃を潜り抜け、重吾は機体を反転させる。〈黒兎〉を瞬時加速させ、その場から一度離れた。

 

 ──ららー♪

 

(まただ……また歌が……)

 

 いったいどこから響いてくる?

 この歌は、何を謳う歌だ?

 背後から敵のブースター音が聞こえ、振り返る。すると敵が、かなりの至近距離まで詰めてきていた。

 

「やめて!」

 

 敵が両手を伸ばし、機体の一部を掴んだ。

 重吾はそれを剥がそうとする。

 

「いい加減、飽きたのよね」

 

 そう言うと、敵の手のひらが赤く光った。〈黒兎〉を掴むその手が、熱を帯びた鉄のように発光した。

 重吾は悪い予感を感じる。機体を通して、とてつもない熱が迫ってきているのが分かっていた。

 

「熱っ……!」

「うふふ──」

 

 顔が自然と歪む。

 熱は次第に温度を上げていく。

 重吾は汗の滲んだ手を動かし、敵の腕を掴んだ。しかし何ということだろう。手のひらだけではなく、敵の体そのものが熱を帯びているではないか。

 うぐ──と呻いてしまう。沸騰したヤカンを触った時のような反射が、自身の手を跳ね除けた。

 

 ──このままじゃ……!

 

 と。その時、こちらに接近する機体があった。

 視線を動かすと、そこには「白塗りの騎士」がいた。

 

「うおおおおおッ!!!!」

 

 織斑一夏だ。

 来てくれた──!

 重吾は途端に顔を輝かせた。

 反対に、敵は一夏につまらなそうな目を向けた。

 

「下がってなさい。貴方には敷居が高過ぎる」

 

 敵が一夏に向けて手のひらをかざす。そこから炎の弾丸を射出した。真っ赤な炎の大群を。

「逃げて、一夏くん!」重吾はそれを見、叫んだ。あの炎の弾丸が一度、一夏を堕とした攻撃だったからだ。

 

「──いち……にの、さん!」

 

 しかし、一夏はそれを避けていく。極限まで開かれた双眸を駆使して、炎の雨の中を俊敏に潜り抜けて向かってくる。

 

「……あらまぁ」

 

 敵はそれが嬉しかったのか、クスと笑った。

 ゾク──その笑みに、重吾は寒気がした。そして──気付くと敵は目の前から消えていた。

 

「っ!? 一夏くん!」

 

 バッと顔を動かすと、敵はすぐに見つかった。一夏にターゲットを向けていた。

 くそ、と歯痒んだ。

 あの笑みの仕方で、気付けばよかった。

 バーニアを吹かせて敵の背中を追ったが、間に合う距離ではなかった。敵はすでに一夏の懐に飛び込んでいるのだ。

 一夏はというと、炎の弾丸を避け切ったことでの疲労感に息を上げ、顔を俯かせている。あれでは敵の接近に気付けない。

 

「一夏くん、逃げて!!」

 

 その叫び声に、一夏は反応して顔を上げる。

 だが──やはり遅かった。

 敵は顔を上げた一夏目掛けて、炎を灯した拳を叩き付けた。

 

 バンッ──とした爆発音が鳴り、僕は思わず動きを止めた。

 

 ◆

 

 確かな感触。

 少年にぶつけた炎の拳は、何かを殴った。

 しかし、何故だか不思議な違和感があった。

 手応えはあるのだが──何やらおかしなものを感じるのだ。そうまるで、血の登った獣と対峙しているかのような、本能的な何かを──うん? これは、恐怖?

 

「──やっと捕まえた」

 

 その時、鼓膜を震わせたのは声だった。

 まだ幼い──しかし勇敢な声。

 私は思わず震えてしまう。

 久しく忘れていたそれは、恐怖。そう、恐怖だ。

 

「な……貴方!?」

 

 少年にぶつけた拳が全く動かない。それもそのはずだ。"掴まれている"のだから、引き戻せる訳がない。

 

「俺、弱いからさ──捨て身しかないんだ!」

 

 ごう──と巻き上がると火炎。

 パチパチと鳴る火の鱗粉。

 その中から現れた少年は、右拳を高らかに上げ、

 

「──っらァ!!」

 

 私を力強く、殴り飛ばした。

 そしてキュン──と胸が高鳴った。

 

 ◆

 

 視界がグラつくが、それよりも高揚感が上回っていた。

 敵を殴り付けたこと──それが心を高めさせた。

 

「よし……よし!」

 

 一夏は感触を確かめるように、何度か手を握り締める。なかなか良い手応えを感じた。

 ふん、と鼻息を鳴らして視線を動かす。殴り飛ばした敵は、顔を向こうに背けたまま、まだ動きを止めていた。

 ……いけるか?

 少しの賭けに出てみよう。

 一夏は拳を開き、生唾を飲み込んだ。そして〈白式〉のバーニアを背に受け、動かない敵に向かって突進した──が。

 

「──うふっ」

 

 敵が振り返った。まるで待っていたかのように。

 

「いぃ……っ!?」

 

 上ずった声が溢れ、一夏は手足をばたつかせた。

 

「ふふふ。こっちにきなさい」

 

 しかし、そんな一夏を敵は手繰り寄せた。そして抱き締めた。

 一夏は目を見開き、抱きしめられたことに驚愕した。

 

「は、離せ──」

「可愛い坊や♪」

 

 ──ぺろり。

 

「んんんん!?!?」

 

 ゾワリと寒肌が立った。

 なんだ!? 俺、なにされちゃった!!?

 一夏の頭は真っ白だった。

 何故なら敵が──何故なら敵が──産みたての我が子を舐める母猫のように、一夏の血に濡れた口元を舐めてきたからだ。何度も、何度も、優しくだ。

 

「ひいいい!」

 

 バタバタと暴れる。

 けれど敵は構わず"毛繕い"を続ける。

 

「おとなしくしてなさいな♪」

 

 ──地獄のような時間が、始まった。




続く
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