その時、確かに「歌」が聞こえた。
透き通るような歌声だ──。
「どうしたの──よッ」
と。
動きの止まった重吾を敵が殴り付ける。
腹部辺りを殴られ、痛みが発生し、ようやく重吾は意識を元の位置に戻した。
だめだよ! 集中しなきゃ!
けれど、重吾の中には歌の事が縛り付いていた。とても印象深かったのだ。
敵の攻撃を潜り抜け、重吾は機体を反転させる。〈黒兎〉を瞬時加速させ、その場から一度離れた。
──ららー♪
(まただ……また歌が……)
いったいどこから響いてくる?
この歌は、何を謳う歌だ?
背後から敵のブースター音が聞こえ、振り返る。すると敵が、かなりの至近距離まで詰めてきていた。
「やめて!」
敵が両手を伸ばし、機体の一部を掴んだ。
重吾はそれを剥がそうとする。
「いい加減、飽きたのよね」
そう言うと、敵の手のひらが赤く光った。〈黒兎〉を掴むその手が、熱を帯びた鉄のように発光した。
重吾は悪い予感を感じる。機体を通して、とてつもない熱が迫ってきているのが分かっていた。
「熱っ……!」
「うふふ──」
顔が自然と歪む。
熱は次第に温度を上げていく。
重吾は汗の滲んだ手を動かし、敵の腕を掴んだ。しかし何ということだろう。手のひらだけではなく、敵の体そのものが熱を帯びているではないか。
うぐ──と呻いてしまう。沸騰したヤカンを触った時のような反射が、自身の手を跳ね除けた。
──このままじゃ……!
と。その時、こちらに接近する機体があった。
視線を動かすと、そこには「白塗りの騎士」がいた。
「うおおおおおッ!!!!」
織斑一夏だ。
来てくれた──!
重吾は途端に顔を輝かせた。
反対に、敵は一夏につまらなそうな目を向けた。
「下がってなさい。貴方には敷居が高過ぎる」
敵が一夏に向けて手のひらをかざす。そこから炎の弾丸を射出した。真っ赤な炎の大群を。
「逃げて、一夏くん!」重吾はそれを見、叫んだ。あの炎の弾丸が一度、一夏を堕とした攻撃だったからだ。
「──いち……にの、さん!」
しかし、一夏はそれを避けていく。極限まで開かれた双眸を駆使して、炎の雨の中を俊敏に潜り抜けて向かってくる。
「……あらまぁ」
敵はそれが嬉しかったのか、クスと笑った。
ゾク──その笑みに、重吾は寒気がした。そして──気付くと敵は目の前から消えていた。
「っ!? 一夏くん!」
バッと顔を動かすと、敵はすぐに見つかった。一夏にターゲットを向けていた。
くそ、と歯痒んだ。
あの笑みの仕方で、気付けばよかった。
バーニアを吹かせて敵の背中を追ったが、間に合う距離ではなかった。敵はすでに一夏の懐に飛び込んでいるのだ。
一夏はというと、炎の弾丸を避け切ったことでの疲労感に息を上げ、顔を俯かせている。あれでは敵の接近に気付けない。
「一夏くん、逃げて!!」
その叫び声に、一夏は反応して顔を上げる。
だが──やはり遅かった。
敵は顔を上げた一夏目掛けて、炎を灯した拳を叩き付けた。
バンッ──とした爆発音が鳴り、僕は思わず動きを止めた。
◆
確かな感触。
少年にぶつけた炎の拳は、何かを殴った。
しかし、何故だか不思議な違和感があった。
手応えはあるのだが──何やらおかしなものを感じるのだ。そうまるで、血の登った獣と対峙しているかのような、本能的な何かを──うん? これは、恐怖?
「──やっと捕まえた」
その時、鼓膜を震わせたのは声だった。
まだ幼い──しかし勇敢な声。
私は思わず震えてしまう。
久しく忘れていたそれは、恐怖。そう、恐怖だ。
「な……貴方!?」
少年にぶつけた拳が全く動かない。それもそのはずだ。"掴まれている"のだから、引き戻せる訳がない。
「俺、弱いからさ──捨て身しかないんだ!」
ごう──と巻き上がると火炎。
パチパチと鳴る火の鱗粉。
その中から現れた少年は、右拳を高らかに上げ、
「──っらァ!!」
私を力強く、殴り飛ばした。
そしてキュン──と胸が高鳴った。
◆
視界がグラつくが、それよりも高揚感が上回っていた。
敵を殴り付けたこと──それが心を高めさせた。
「よし……よし!」
一夏は感触を確かめるように、何度か手を握り締める。なかなか良い手応えを感じた。
ふん、と鼻息を鳴らして視線を動かす。殴り飛ばした敵は、顔を向こうに背けたまま、まだ動きを止めていた。
……いけるか?
少しの賭けに出てみよう。
一夏は拳を開き、生唾を飲み込んだ。そして〈白式〉のバーニアを背に受け、動かない敵に向かって突進した──が。
「──うふっ」
敵が振り返った。まるで待っていたかのように。
「いぃ……っ!?」
上ずった声が溢れ、一夏は手足をばたつかせた。
「ふふふ。こっちにきなさい」
しかし、そんな一夏を敵は手繰り寄せた。そして抱き締めた。
一夏は目を見開き、抱きしめられたことに驚愕した。
「は、離せ──」
「可愛い坊や♪」
──ぺろり。
「んんんん!?!?」
ゾワリと寒肌が立った。
なんだ!? 俺、なにされちゃった!!?
一夏の頭は真っ白だった。
何故なら敵が──何故なら敵が──産みたての我が子を舐める母猫のように、一夏の血に濡れた口元を舐めてきたからだ。何度も、何度も、優しくだ。
「ひいいい!」
バタバタと暴れる。
けれど敵は構わず"毛繕い"を続ける。
「おとなしくしてなさいな♪」
──地獄のような時間が、始まった。
続く