君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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こやまた


第二十三話 「僕はヒーロになれるかな?」

 ゾッとした。比喩でも、何でも無い。ゾッとしたのだ。確かな恐怖で体が震え上がり、まるで喰われてしまうのかと錯覚してしまった。

 ワタシ──オータムは強い。自負している。

 何人も殺してきた。何人もだ。

 恐怖とはお友達。慣れっこ。だが──これは違う。

 

「テメェ……何者だよ」

 

 未だ在り続ける戦慄。

 それは徐々に大きくなっていた。

 

「──……クソが」

 

 オータムは手から少女を離す。気を失っている少女は、途端重力に引かれて落ちていく。

 ──すると、

 

「……楯無っ」

 

 目の前の「黒兎」が、その少女を受け止めた。

 どこか不思議なその光景にオータムは眉を寄せた。

 

(こいつ……黒兎か? いや、だがあのクソテロリストは死んだって聞いている。……生き返った? んな馬鹿な)

 

 様々な考察を浮かべたが、一旦それは捨てた。

 オータムは目を細め、取り敢えず標的を絞った。

 

「……ねえ」

 

 ポツリ、と黒兎が呟く。

 問いかけか?

 

「あん?」

 

 オータムは片眉を上げて、返事した。

 

「引いて……もらえませんか?」

 

 引く? 見逃せってことか?

 オータムは思わず笑った。

 なんだ、弱者かよ。彼女の悪い癖である見下しをして、目の前の黒兎に嘲笑を送った。

 

「はあ? お前、こんな有利な状況を手放す訳ねえだろ! 事前に調べてんだよ。そのロシアの女も、他の奴らも、みーんな専用機がガタついてるってことをよォ!」

 

 だから、たった二機で襲った。まあ、もう一機いたが、あいつは使えない。不意打ちを貰って、すぐさま帰りやがった。クソ弱くて使えねー雑魚。いるだけ無駄。

 オータムは一気に冷めていくのが解った。

 体の内に在った恐怖が波のように引いている。

 この黒兎はどうやらニセモノの兎だったようだ。確かに耳はあるが、資料で見たものより派手で本物とは違う。耳の大体は緋色の薄いカラーシートのような材質で形作られ、根元の黒い部分から伸びている。ああ、全く違う。

 見れば見るほど、黒兎と目の前のISは違った。そもそもよく考えれば、このISは先ほどまでスコールと相手をしていた少年のものだ。顔が黒いフェイスマスクで覆われていたから、少し気付くのに遅れた。

 ──そうとわかればよゥ。

 ニィと口角が釣り上がる。

 先ほどまで私は何を怖がっていやがったのか。考えれば考えるほどアホらしい。笑っちまうぜ。

 

「好きに逃げ回れやァ! 媚びがうまくいきゃあ、見逃してもらえるかもだぜぇ!? イっひひひひッ!」

 

 そしてオータムは蜘蛛脚を目の前の少年に向けた。全マニピュレーターを差し向け、抱きかかえる少女もろともに貫いてやろうと魂胆した。

 だがその思惑、その傲慢な態度は、砕け散ったマニピュレーターの破片と共に掻き消され、オータムの意識を一気に冷え上がらせた。

 

「なっ!? なぁ!? な、なんだってんだよ!」

 

 突如、軽くなった背中。

 振り返ると、背中にある筈のマニピュレーターが消え、宙でそれの残骸らしき破片が飛び散っていた。

 オータムは一瞬何事か理解出来ず、不透明な思考の波が頭の中を満たした。そして数秒遅れて、オータムはやっと理解する。

 は!? はぁ!? 私のマニピュレーター!

 オータムは驚き、目を丸くした。

 それもその筈だ。ずっと背負っていたマニピュレーターが全て砕け散り、根元だけになってしまったのだから。

 急いで前を向くと、そこには当然、少年がいた。──すると少年はこちらを見ていた。その漆黒のマスクに灯る、赤いツインアイの双眸を妖しく光らせて、こちらジッと見ていた。

 

 ゾッ──それだけで、嫌な 鳥肌が立った。

 

 再び体の内側から恐怖が湧き上ってくるのがわかる。今度のものはさっきよりもずっと濃く、そして強い恐怖だった。いつの間にか指先が震えていた。

 オータムは息を飲んだ。

 こんな感覚は初めてで、言葉が出てこない。上手く物事を考えられない。思考という思考が強制的に遮断され、恐怖という感情だけで頭の中が支配されていくような、侵食。足先から徐々に徐々に呑み込まれていくような、底無しの沼。

 目の前のこいつはなんだ? 本当にあのガキか?

 夢?──と思いたくなった。オータムは産まれて初めて、これは夢ではないかと錯覚した。

 

「逃がさない。逃がしませんから……」

「に、逃げる? はは……お前、手負いを抱えた状態で何言ってんだよ。こっちが有利なことには変わりねえだろ」

「……もう一人の人は帰ったよ?」

「は?」

「……そっか。後を追わないから何してるんだろって思ってたけど、気付いていなかったんだね」

 

 つい、と少年が指先を空に向ける。

 オータムはそれを辿って空を仰ぐと、確かにそこにはスコールの姿がどこにも見当たらなかった。それと相手をしていたもう片方の少年も。……もう片方?

 ハッとしたオータムは、そこでようやく気が付いた。専用機である〈アラクネ〉が、先ほどからずっと敵の識別反応を示していることに。その反応が真後ろにあることに、ようやく気が付いた。

 恐る恐る、後ろに振り返る。

 するとそこには、満身創痍だが、確かな闘志を瞳に宿したままの少年が、片腕を押さえて存在していた。身に纏っているISも変わらず、少年の鎧として健在している。

 

(な、なんなんだよ! なんでスコールは私を置いていったんだよ、チクショウ!しかもコイツも生きてやがる!)

 

 急いで通信回線を開こうとした時、またあることに気がつく。それは通信のログに残っていた、スコールからの『帰投』のメッセージだった。スコールは、オータムに確かに撤退を知らせていたのだ。

 なん……何なんだよコレ!

 オータムは戦闘になると周りが見えなくなる癖があった。今回もそれが祟り、スコールからのメッセージに気づけなかった。

 が、オータムは自分の非を認めるほど出来てはいない。勝手な苛立ちで怒りを募らせ、歯を噛み締める。

 

「クソ! クソッ、クソが! 馬鹿にしやがってテメーら! ぶっ殺してやる! 絶対だ!」

 

 しかし戦士としての戦い方を知っているオータムは、この状況での最善を知っていた。

 まったく不本意だが、スコールの指示は無視出来ない。この手負い達を仕留める自信はあるが、スコールの命令に反して彼女に嫌われるのは御免だ。ああくそ……クソ。

 オータムは下唇を噛み締めた。小さく舌打ちを漏らして、この場にいる子ども達を忌々しげに睨みつける。

 そして風の音が鮮明に聞こえる程の静寂が訪れた後に、オータムは背を向けてバーニアを吹かし、その場を離れた。後ろ髪を引かれ──名残惜しさが満ちた。殺してやりたかったさ。あいつらを殺してやりたかった。だから今度会ったらぶっ殺す。

 雲の中を突き抜けながらオータムは、胸の中で何度も何度も殺意のこもった言葉を呟き、我が「亡国企業」の帰路へと着いた。脳裏にはまだ、微かな恐怖が残留していた。

 

 ◆

 

 遠ざかっていく敵の姿。

 戻ってきた平和と、静かな安堵の時。

 しかし去った脅威とは別に、また新たな脅威が織斑一夏を苦しめていた。それは──

 

「一夏くううん!! 無事で良かったよぉぉお!」

「離れろ! ばかっ、痛っ! あだだだっ!!?」

「死んだかと思ったんだよぉぉぉお!!」

「大丈夫! 大丈夫だから離れて! うぐぅ!? じゅ、重吾、首! 首絞まってるから離れ──」

「い”ち”が"ぐぅぅぅうん!顔もこんなにベトベトになっちゃてさぁぁあ! 犬にでも舐められたんじゃないのぉぉぉお!!?」

(あ、息が……おれ……死ぬ……)

 

 ──それは友からの熱い抱擁。そして涙。それらが物理的に表現された、井伊月重吾による殺し一歩手前の感動劇だった。

 

「はいはい、離れましょーねー?」

 

 ぐい、と重吾を引き剥がす女性──更識楯無。

 気を失った状態から回復した彼女は、歩ける程には気分も戻っていた。しかしそれでもどこか危ない様子ではあった。

 

「ぜぇ、ぜぇ……か、川が見えた。結構リアルな川が」

 

 それとキラキラした天使達も。

 

「いい友達じゃねーかよ、織斑ボーイ」

「ど、どうも……」

 

 頭をポンポンとされた一夏は上を向く。そして視線に映った、茶髪で、髪を肩ほどまでで適当な長さに切り揃えた、健康的でボーイッシュな印象を受ける女性に苦笑いした。

 今──ここは地上だ。さっきまでいた空とは違う、ちゃんと足裏の感覚がある地上。周りには更識楯無や先ほどのボーイッシュな女性だけでなく、様々な人種の女性がいる。戦いを終え、そして地上に降りた一夏や重吾をまず迎えたのは、そんな女性達からの拍手喝采と歓声だった。

 その大袈裟な迎え方にビックリしたが、褒められて悪い気はしなかった。皆、口々に「よくやった」と言ってくれた。良い人達ばかりである。

 息を吸った一夏はゆっくりと立ち上がった。

 ボーイッシュの女性が、立ち上がった一夏の肩を叩く。「じゃ、ゆっくりしとけ」

 

「はい」

 

 一夏は軽く頭を下げた。女性が去りながら手を振ってきたので、一夏も軽く振り返す。

 はあ──自分でもビックリするくらいの息を吐いた一夏は、ようやく落ち着いた身の回りに一気に疲れを感じる。ああ、箒の淹れた熱いお茶が飲みたい。

 ふと、目を落とした自分の手首。

 そこにはさっきまで身体に身に纏っていた〈白式〉の待機状態である白塗りのガントレットがあった。

 

「待機状態か……普通のアクセサリーみたいなんだな……」

 

 撫で、一夏は不思議な気分になった。武器なら武器でいいのに何故こんなにも華美にする必要があるのか? 武器は武器で、そのままの巨大な金属の鎧でいいだろう──と。

 建前なのか、それとも兵器だとカテゴライズしない為か。そのどちらも、一夏には知る由もないことだった。

 と。その時、肩を軽く叩かれる。振り返ると、そこには背の高い女性が立っていた。知らない女性だった。

「どう……しました?」少し尻すぼみになる。知らない女性だったので、戸惑った。

 

「君、織斑千冬の弟?」

 

 むむ。と一夏はなる。空から地上に降り立ってから今までの時間の中で、この質問は既に十回以上受けたのだ。だから正直そろそろしつこいと思っていた。

「はい」と短く返す。

 女性はその素っ気ない一夏の返事にある程度のことを理解したのか、途端態度を変えて「ごめんなさいね」と困ったように苦笑した。

 それに冷静になった一夏はマズイと思った。

 

「いえ! こちらこそすみません……悪い態度とっちゃって……目上の方なのに」

 

 そうだった。いつも千冬に教えられてきたことではないか。目上の人には注意して礼儀を正せ、と。

 一夏は慌てて取り持った。間に合うか分からないが、せめて少しでもご機嫌を取らなければ!

 

「ふふ。可愛いのね」

「〜!!」

 

 何とも大人の対応をされてしまった。

 女性は慌てふためく一夏を微笑ましい目で見ていた。

 

「う、あのっ……そのですね!」

 

 顔が赤くなっているのが自分でも分かった。ああ……めちゃくちゃ恥ずかしい!穴があったら入りたいぐらいだ!

 クスクスと微笑む女性。

 対して一夏はアワアワと慌てる。

 

「あまり小さな子を苛めないでください、ナターシャさん。ウブなんですからね?」

 

 そんな時、更識楯無が苦笑しながら一夏のピンチを救ってくれた。しかし彼女はすぐにそれを再び窮地に戻した。一夏の両肩に手を置き、顔を近付け、「ね?」なんていうお姉さんが子どもにするような聞き方をしてきたのだ。

 

「……はい」

 

 それだけで、一夏の羞恥は上限に達した。きっと今なら、夏のトマトよりも赤さが勝っているに違いない。

 体をカチカチにさせた一夏は、男から見て絶対の魅力を兼ね備えた楯無とナターシャを見て思った。何てゆうか、ナターシャは大人だからそうだが、楯無も凄く大人びて見えるのだ。オーラが違うのだ、オーラが。落ち着いているというか何というか、絶対に慌てないような自信を感じる。……包容力? ああ! きっとそうに違いない。彼女達は包容力がカンストしているのだ! 包み込んでくれるような、甘えさせてくれるような包容力が──!!

 何やら変な気分になってきた一夏は、唯一の同性である重吾の姿を探した。彼ならば、この窮地を打破してくれる──そう思った。なぜなら彼は馬鹿だから。

 しかし彼の姿はなかなか見つからなかった。キョロキョロと視線を動かしたが、彼の赤茶色の髪が視界に映らない。

 うーむ、と困った様子で眉を寄せた一夏。

 

「ねね、君はさ? 強いの!?」

「うふふ、言ってあげなさい。強いって♪」

 

 そんな彼を、再び羞恥が襲った。

 

 ◆

 

 カツン、カツン──。

 井伊月重吾は足元にある瓦礫に気を付けながら、瓦解した建前の中を進んでいた。

 

「すまねぇな。人手が足りなかったんだ」

 

 そう言って重そうな瓦礫を持ち上げる彼女は、ラージ・エレクトロ。ロシアの元国家代表らしく、楯無のお師匠様だそうだ。

 

「いいっスよ! 自分、イケるっす!!」

 

 言って自身も瓦礫を持ち上げる。

 今、重吾達がしている作業は瓦礫の除去兼、瓦礫の下敷きになった人間がいないかの確認だった。話を聞くと、この建前はさっきの敵に破壊されたものらしい。政府の重鎮達が会議場として使っていたそうだ。

 

「いけすかねえ奴らだけどよ。国には必要な奴だから、一人でも欠けたら駄目なんだ。ま、脱出した時にちゃんと全員居たから大丈夫だとはおもうけどな──よっと!」

 

 次々に瓦礫を退かしていくラージ。彼女は自分達が来るまで戦いをしていた筈なのに、その体のどこにそんな力が残っているのだろう。

 重吾はラージの体に刻まれた傷を見、口を結んだ。敢えて口にしなかったが、重吾はラージの片腕が義手であることに気付いていた。片口からの先が、少しだが色が違うのだ。

 彼女の背中は──大きい。だが、それは人としてだ。女性としてのラージの背中は重吾に比べれば当然小さく、そして懸命で健気。守らなければと感じる、異性の背中だ。

 ラージの後ろ姿から視線を退かした重吾は、足元にある瓦礫を持ち上げ、集めている場所まで移動させる。ゆっくりと手に持つ瓦礫を地面に降ろして、重吾は小さな息を吐いた。

 

「……」

 

 退かした瓦礫を集めている場所は建前の隅だ。なるべく作業の邪魔にならないような場所を選んだ。ここも建前の崩壊場所の大元と同じく、砂埃や崩壊の余波などで傷が付いている。綺麗な装飾がされた窓など、亀裂すら走っている。

 重吾は砂を被った窓を手のひらで撫でた。撫でた場所は、砂が無くなって外が見えるようになる。

 

「みんな……小さな背中だなぁ……」

 

 外には他にも、瓦礫除去を行っている女性達がいた。その皆の背中はやはり小さく、そして懸命さが滲んでいた。

 重吾はチラリと視線を移し、瓦礫除去を手伝わず、向こうの方で世間話のようなものを話す、ラージの言っていた政府の人間達を見た。

 なんで、仲良く出来ないんだろ……。

 不思議だった。同じ人なのに助けないことが。皆、女性なのに──何故その背中を守りたいと思わないのか。それが不思議でたまらなかった。

 

「……」

 

 窓から離れ、バッと早足で駆けた重吾は、奥の方で作業をするラージに近付き、

 

「あ、重吾よぉ。もう休んでていーぜ。後は私が──」

 

 彼女の肩に触れ、マッサージの要領で優しく揉んだ。昔、束の肩を叩いた事を思い出しながら、優しく、優しく。

 

「ははっ。どうしたよ、ん? ビックリしたぜ」

「疲れたでしょ?」

「ん? まあ……確かにそうだけど」

「お母さんによくやってたんだ。自信あるんだよ? だからラージさんはゆっくり休んでて。ね?」

 

 言い、重吾はマッサージを本格的に始めた。

 

「……そうかい。ありがとな」

 

 ラージは何かを思ったのか、急にしおらしくなってマッサージを受け入れた。重吾はそれに少しだけ目を伏せ、落ち込んだ時のような気分を感じた。

 

「──なあ、重吾。お前、なんでここにきた?」

 

 ぽつり、とラージが問うてきた。

 重吾はそれに「助けるためだよ!」と返した。

 

「ははっ……そっかそっか」

 

 納得したのか、ラージは続いて質問はしてこなかった。それに重吾は間を置いてはならないと思い、今度はこちらから質問してみることにした。

 

「ラージさん。ラージさんって、なんで国家代表を辞めちゃったんですか?」

 

 ぷっ──と突然、ラージが噴き出した。

 重吾は変な質問をしたのかと不安になったが、ラージの様子を見る限りでは嫌な質問をした訳でもなさそうだ。

 大口を開けて笑うラージは、暫くしてその笑いを静めていく。しかしまだ微かな可笑しさがあるようで、ラージの両肩はたまに上下に震えた。

 

「変な質問すんな? 重吾」

「……ごめんなさい」

 

 謝ると、ラージは「いいよ」と手を振る。そしてそれからポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。静かに、静かに。

 

「なんでかなー……塩時って訳じゃないけど、楯無や他の子ども達が実力をつけてきたのを見てたら、私はお役御免だなって思ったんだ。……まあこうして、ちょくちょく国家代表の真似事はしてるから、引退っていえるか分かんねぇけどよ」

 

 はは、と笑うラージ。

 その後ろ姿が少しだけ悲しく見えたのは、何でだろうか。

 

「国家代表になるの、嫌だったの?」

 

 いいや、違うよ──ラージは苦笑する。

 重吾はそれになにも言わず、言葉を待つ。

 

「……まあ、国家代表になったのは成り行きだったんだ。強い奴と戦って、そんでボコボコにしてたら……いつの間にか国家代表になってた」

「すごいや……」

「はは、だろ? 自分でも凄いって思ったぜ。私ってば超強いじゃんかってさ……。けど、何かあんまり面白くなかったんだよなー……国家代表って」

 

 それは、職業として? それとも──。

 

「国家代表ってはたから見たら国の代表みたいな感じがするだろ? けど実際は違うんだよ」

「面倒くさかった?」

「違う違う。それなりに楽しかったさ……」

「……ラージさん?」

 

 突然黙り込んだラージの横顔を覗き込むと、彼女はどこか遠い目をしていた。様々な感情が入り混じったような目を。

 何か、違和感があった。胸の中央の辺りだ。

 重吾は片手を胸に当てる。トクン、トクン。手のひらに感じるのは温かな体温と心臓の鼓動だ。違和感の正体は判明しない。

 そっと手を離し、重吾はペタリと座り込んだ。それで丁度ラージの頭が目元の高さにきて、話しやすくなる。

 ラージは口を結んだまま、中々口を開かない。

 重吾は足元にある瓦礫を足先で突きながら、そんな彼女の言葉を静か待つ。

 

 ヒューヒューと聞こえるのは、風の音だろうか。

 足元を通り過ぎていく、冷たい風──。

 太ももを摩り、重吾は息を吐いた。

 ラージさんは、寒くないのかな? 女性が身に付けるISスーツも自分が着ているオーダーメイドのISスーツも、そんなに対して布面積は変わらない。けれど女性は男性と違って寒さに弱い筈だ。しかもこの風がより体を冷やしてくるから余計に心配である。何か、体を温められるような物でもないだろうか。

 周囲を見渡したが、それらしき物は見つからなかった。まあ別に期待はしていなかったので、特には気にしない。

 

(……ラージさん)

 

 日も陰ってきたので、少し心配になる。

 重吾は口をグニャグニャと曲げ、悶々とした。

 そんな時──ラージが再び言葉を発した。

 

「実はよ……私、戦いが嫌いなんだ」

 

 その言葉は、様々な意味が込められている気がした。

 重吾は一拍して返答をした。「どーして?」

 少し黙り込み、ふうと息を吐いたラージは、チョイチョイとこちらに向かって手招きし、隣に座るようにとのジェスチャーを見せてきた。

 重吾は途端、表情を輝かせて直ぐさまラージの隣に座り込む。飼い主を待っていた犬のような過剰な喜び方で。

 それを見たラージは何故かきょとんとした表情をした。しかしその後に、彼女は今まで見たこと無いような表情を見せた──母を思わせるような、慈愛の顔だ。

 

「可愛い奴め」

 

 ラージがワシャワシャと頭を撫でてくる。

 少し乱暴だが、心地の良い感じがした。

 

「えへへへ〜」

 

 ほにゃっとした笑みに自然となる。

 重吾はラージからの愛撫に口元を緩ませ、温かい気持ちを全身で感じた。やっぱり、良い人だ!

 

「私の親父はさ、軍人だったんだよ」

「ぐんじん?」

「お国の為に戦う奴らのこと」

 

 重吾の頭から手を退かしたラージは、止まっていた話を本格的に再開させた。

 

「ラージさんみたいな?」

「そーそー」

 

 ふむ、と頷く重吾。

 ラージは手足に付着する埃を払うと、足を伸ばしていた状態からあぐらに体勢を変えた。

 砂埃が立ち、少し重吾は鼻が痒くなる。

 

「IS乗りになろうと思ったきっかけも、親父の影響だったのかもしれないな」

「……わからないの?」

「ん〜……さっきも言ったけど、私は戦うことが嫌いなんだよ。……いや、「戦い」が嫌いなんだ」

 

 じゃあ、なんでIS乗りに? そう問いかけるより先に、ラージが言葉を紡ぎ出した。

 

「戦争で、親父が死んだ。だから──嫌いなんだよ。戦いってやつがさ……」

 

 にこり、とこちらを見て、ラージが笑う。

 顔を傾け、膝を抱き、悲しそうに微笑む。

 重吾はそれを──哀れんだ。胸の内側が謎の痛みに締め付けられ、少しだけ苦しくなった。

 手を伸ばし、重吾はラージの頭に触れる。

 ラージは少しだけ驚いた様子で目を見開いたが、抵抗はしてこず、そしてゆっくりと瞼を閉じた。

 

「……優しい奴め」

「えへへ……」

 

 照れくさそうな、嬉しそうな、そんな声。

 ラージ・エレクトロという女性は、歳に似合わない頭の撫でられに苦笑して、顔を両膝の間に埋めた。

 

「人が死ぬのは悲しいことなんだ。だから、守ってやらなきゃいけない。……私は、そんな奴になりたくて、IS乗りになったんだよ、重吾」

「……」

 

 固い信念と──戒めの言葉。

 ラージが語る言葉のどれもに重みを感じる。

 ふと、考えてみた。

 ──僕も、そんなヒーローになれるかな?

 重吾から見て、ラージは素晴らしい女性であった。強く、強く──諦めを知らないような、強さ。しかしそれでいて包み込んでくれるような安心感を持っている、稀有な女性。

 戦いが嫌い。戦うことが嫌い。

 そう、彼女は言った。

 うん。……うん。僕も、戦うことが嫌い。だから楯無を守りたくて、ここに来たんだ。──けど、

 

「……ん? どした、重吾?」

 

 急に黙り込んだ重吾に、ラージが顔を近付ける。

 下唇を噛み、顔を上げた重吾は、声を絞り出した。

 

「僕は……ヒーローになれるかな?」

 

 震える声と、視界の霞み。

 自分でも分かるほど体が熱く、悲しくなってくる。

 よく分からない混濁した何かが、次々と溢れる。

 

「お前……」

 

 ラージはそんな重吾を見て、顔を歪めた。

 

「お前は、戦う奴じゃないよ……ったく」

 

 そしてその頭を優しく抱き寄せ、「大丈夫だ」と囁いた。優しく、優しく──。

 それはなんて温かくて、甘い言葉なんだろう。

 重吾は全身に感じる熱に"二人の母"の姿を思い出し、噛み締めたその安心感で目を閉じた。

 

 

 

 




続く
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