君と僕の物語   作:名無しの執筆者

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はさかなま


第二十四話 「お元気で!」

 時は経って一時間後。

 瓦礫作業も目処が立ち、建物から出てきた重吾は、外で他の国家代表と談笑していた一夏の元に向かった。

 

「あれ? 一夏くん、何か痩せてない?」

「お、おぉ……別に普通だろ」

 

 決して普通ではない一夏の様子は、まるで乾き切った雑巾のようにカラカラでパサパサであった。

 首を傾げた重吾は、自分のいない時間に彼に何があったのか少しだけ気になったが、何故だか触れちゃいけない、暗黙の了解のようなものがある気がしたので、彼に対しての疑問は心の中にしまっておくことにした。触らぬ神に祟りなしである。くわばらくわばら。

 

「井伊月くん」

 

 腕を組んだ楯無に呼びかけられる。

「はい」重吾はすぐさま、彼女に駆け寄る。

 

「今回の事は、本当にみんな感謝しているわ。貴方に一つ貸しが出来たみたい」

 

 と。楯無は肩をすくめる。

 

「……お役に立てて、何よりです! 会長!」

 

 重吾は楯無からの礼に素直に喜びを表した。ジワジワと喜びが込み上げてくる感覚は、とても心地が良かった。

 楯無は小さく息を吐くと、一歩前に出て、自分の顔を重吾の顔に近付けた。そしてスッと微笑み、「ありがとね」感謝に満ちた表情で改めての礼を送った。

 思わず照れ臭くなり、顔を俯かせる。

 えへ、えへへへ! 重吾は頭を掻き、そして楯無から離れて一夏の元に戻った。会長に褒められちゃった!

 口元にはまだ微かに喜びの笑みが残っていた。

 

「んじゃ、帰ろうぜ」

「うん!」

 

 くたびれた様子の一夏に頷き、視線を楯無を含めた国家代表の方々に向ける。一同に集った彼女達を今一度よく見ると、皆疲労を蓄積させた体をしていた。手足に痛々しい傷を負った者達だっている。

 何故だか無性に悲しくなった。

 彼女達は痛い筈だ。けれど口には出していない。だから決めつけることも出来ない。だが──痛い筈なのだ。

 走り、前に出た。

 そしてスゥと息を吸い込み、

 

「元気しててください!」

 

 まるで校門で生徒を出迎える教師のような大げさな声で、そう言い放った。

 後ろにいた一夏も、目の前にいる楯無達も、一様に目を丸くしていた。そして笑いを堪えたり、呆れたように手を頭に当てたりする者も。……だが、嬉しそうに微笑む者もいた。

 

「──ありがとう」

 

 その時の言葉は誰が言ったのか分からない。

 何しろ頭を下げていた。

 しかし感謝の気持ちと共に紡がれたであろうその言葉は、胸の奥に然りと染み込んだ。

 ──それだけで、満足だった。

 

 井伊月重吾は頭を上げ、楯無を見遣った。

 彼女は微笑むと、軽く手を振ってきた。

 

「また、学校でね」

 

 別れの挨拶ではなく、「また」と。

 不思議だ。この「また」がとても嬉しい。

 

 ぶんぶんと頭を上下させて、その言葉を噛み締める。楯無は大袈裟よ、と苦笑していた。

 振り返って一夏の元に戻る。

「もういいのか?」彼は小声でそう聞いてきた。

 だから、「うん」と小さく頷いた。

 

「……重吾!」

 

 この声は──ラージ・エレクトロだ。

 彼女は皆の中を掻き分けて、前に出てくる。

 眉尻を上げて反応した。何か伝えたいことがあるのだろう。これが最後の別れかもしれないのだ。幾らでも待つ。

 ラージは言葉を探すように視線を迷わせる。

 彼女の隣にいる楯無は、可笑しそうに笑いを堪えていた。

 

 と。ようやく言葉が見つかったのか、ラージが声を上げた。「あのな、重吾!」

 

「また、私に会いに来い!楯無も連れてだ。そしたらデッカい宴会でも何でも開いて、朝まで飲み明かそう!」

 

 最後にニカリと笑ったラージの顔は、太陽のように明るく、子どものように無邪気で、そして母のように優しかった。さっきまでとは一変した様子に、こっちまで嬉しくなってしまう。

「必ず!」大きな声に、大きな声で返した。

 満足したのか、ラージはより破顔する。

 元気になってよかった──そう、井伊月重吾は密かに喜んだ。

 

「ありがとうござました。どうかお元気で!」

 

 〈黒兎〉を身に纏い、上昇する。先に上がっていた一夏の〈白式〉を追いかけ、伴奏するまで加速をかける。

 最後に振り返り、楯無達がいる地上を見て、「また会えますように」と星に祈るように願った。

 

 ◆

 

 ──同刻。

 カツン、カツンと。

 足早で、乱暴な足音が廊下に響く。

 ……戻ってきた。

 だんだんと近付く雑多な足音。

 作業をしていた事を止め、机の上に手を置いたその瞬間、目の前の扉が乱暴に蹴り開けられた。その際の風圧が机上の書類を巻き上げる。

 

「乱暴よ、オータム」

 

 低い声で咎める。

 が。オータムという女性は聞かず、机に両手を叩きつけ、苛立った表情の顔をこちらに近付けてきた。

 舞い上がった書類を指で掴み、机上に再び揃えた私は、そんな彼女の怒りで染まった顔と対面する。

 

「あら……怖い顔しちゃって」

「どうゆうことだよっ!」

「どうゆうこと、って?」

 

 問いの意味は分かっていたが、少しだけ意地悪をしてみる。するとどうだろう。彼女は全く予想通りに泣き出しそうな顔をして、唇を噛み締めたではないか。

 腹部の下辺りに切ない感覚を感じて、はぁと熱っぽい息を吐き出す。そして微笑み、彼女の頬に手を当てた。

 途端にトロン、とした目をするオータム。

 彼女は鋭い目を細め、頬を赤く上気させる。

 ……可愛い子。

 椅子から立ち上がり、オータムの横に立った。両手を肩に添えて耳元に口を近付け、甘く囁く。「ベッド……行きましょうか」

 それだけで、彼女は牙を抜かれたライオンのように大人しくなり、少女のように縮こまる。

 

「良い子ね……」

 

 書きかけの書類に一度目をやり、それからオータムの背中を押して部屋を出て行った。

 そして誰もいなくなった部屋には、異様な空気、主であるスコール・ミューゼルの薔薇の香りが仄かに漂っていた。

 




続く
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